鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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約一か月お待たせして申し訳なかったです。




「凍漣の雪姫Ⅲ」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

「何に対する礼なんだ?」

 

 

「色々よ。今食べている麦粥(カーシャ)もその一つだけど」

 

 

 

大きなものはもう一つあるのだろうと考えられるリュドミラ・ルリエの言葉。

 

 

露店から離れた所にあるテーブルに掛けつつ、麦粥を食べる彼女の様子を見る。

 

 

熱いものを良く冷ましながら食べるリュドミラのそれはやはり年頃の少女にしか見えなかった。

 

 

 

「女性の顔をまじまじと見るのはどうかと思うわ」

 

 

「いや美味しそうに食べてくれるんで、買ってきた甲斐があったと思ってね」

 

 

 

取らないからゆっくり食べてくれと言うと、顔を少し赤らめつつも麦粥をスプーンで掬って食べていく。

 

 

そうして何度目かで掬った麦粥のスプーンをこちらに差し出してきた―――リュドミラがだ。

 

 

 

「え」

 

 

「あなたのお金で買った麦粥なんだからあなたにも食べる権利はあるはずよ。ほら『あーん』しなさい」

 

 

 

いきなりな行動と年頃の少女な言動に呆気に取られつつも、リュドミラも少し恥ずかしいのだろうと思いつつ早めに口を開き近づく。

 

 

(というかこれって間接的な接吻―――)

 

 

胡乱な考えに思い至った時すでに遅し、樹のスプーンごと白濁の粥を飲み干した。

 

 

 

「美味しい?」

 

 

「―――ああ、美味かった」

 

 

 

今ならば、土塊を放られても食えそうな気がする。至近に迫ったリュドミラの顔の端正さに見惚れてしまったのも一つだろう。

 

 

ティグルは通常以上の美味さをその麦粥に感じていた。そんな様子に満足したのかリュドミラは語りだす。

 

 

 

「こうして知らぬ街を見て回るのも良いわね。少しだけオルガの気持ちが分かった気がするわ」

 

 

 

意外な人物の名前が出てきて、少し驚くがお互いに何度かの「咀嚼」を終えてから、皿とスプーンを店主に返そうとするリュドミラの立ち上がりに同じく対応する。

 

 

 

「ご馳走様。美味しかったわ―――チーズを入れてリゾット形式にするともっと美味しくなるかもしれない」

 

 

「仰るとおり。しかしこの辺りに良質なチーズを提供できるブリューヌ貴族がいないもので……」

 

 

 

リュドミラは店主に気軽な提案をすると、店主もそれは考えていたらしく肩を竦めつつ返した。

 

 

 

「春先には良いものが入ってくるわ」

 

 

 

その言葉の意味は分かる。つまりはまぁそういう事だ。

 

 

ちょっとしたお礼を受け取ってからロドニークの町の主要産業―――大浴場に行くことにした。

 

 

 

「行きましょうティグルヴルムド卿」

 

 

「ティグルでいいよ。呼びにくいだろうし」

 

 

「まだあなたの格を私は定めてはいないわ。だから節度を守らせてもらう」

 

 

 

手強いな。と思いつつも姫君のエスコートをしていく。

 

 

だが、陰謀とかそういう生臭いもの関係なく、この少女と一緒にいることが悪くないと思う自分がいることにティグルは―――戦姫の色子リョウ・サカガミに感化されすぎだろうかと真剣に悩んでしまった。

 

 

 

 

 

† † † † †

 

 

 

 

 

「待てと言っていたはずだが……何故動いた?」

 

 

「も、申し訳ありません! サラ様が一度だけ自由騎士を地に伏せさせたということを聞いていたので、功を焦りました!!」

 

 

 

森の中で待てと言ったにも関わらず、その命令を無視して戦いに赴いた愚か者の生き残りを睥睨して言うサラの形相は命令を忠実に実行した連中をも戦かせていた。

 

 

しかし、戦姫が三人に自由騎士一人に弓持ち一人……恐らく最後の弓持ちが件の「伯爵」だろうが。

 

 

問題は『誰』がザイアンを『殺した』か、だ。

 

 

それに辿り着いたとしても、どうやって殺すかだ。正直、戦姫が三人もいるなど予想外だ。戦力の厚みが違いすぎる。

 

 

 

「連中はロドニークに逗留しているのは確かだな?」

 

 

「も、もちろんです! 八蜂(ユイップ)の一人として、それだけは確認しておきましたゆえ!!」

 

 

「分かった。ならばロドニークからライトメリッツに戻る街道で仕掛ける。木々の枝の如く、森に住まう獣の如く襲撃まで気配を殺す」

 

 

 

その言葉を受けて、生き残った暗殺者集団は今度こそ失敗など出来ないと感じた。そして散らばる。ロドニークの近くの森から最適な襲撃場所へと「鎖の蜂」は向かう。

 

 

そうしつつ、合流までに時間がかかったものの、上手くいったこともある。

 

 

『剣士には暗殺者、戦姫には戦姫をぶつける』

 

 

大旦那の言葉を脳内で再生させつつ、戦姫に戦姫をぶつける手筈は整った。あの別荘とロドニークでどれだけ懇々と論を説いたとしても、『彼女』は確実に自分達の思う通りに動く。

 

 

いや動かなければならない。動かなければ喪われるものがあるはずなのだから。

 

 

 

「情というものは時に力にもなりえるが―――時に、弱点にもなりえる」

 

 

 

冷たい言葉を吐きながら、情を捨て去った女忍は決戦の時を待つことにした。その行動理由が―――『情』によるものだという矛盾を抱えたままに――――

 

 

 

 

 

† † † † †

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、こんなに立派ならばオルガ達も連れてくるんだったかもな」

 

 

「今のアルサスからの山道だとヴォージュの行きと帰りでチャラになりそうだけどな」

 

 

 

汗を流したはいいがまたもや汗を掻く結果になってしまえば意味は無さそうだ。もっとも湯治の主目的は故郷と同じで療養目的だが。

 

 

そして―――三つある大浴場がちゃんと区切られていることに安堵する。レグニーツァのようなことにはなりそうにない。

 

 

安堵もそこそこに旅館に泊まれるかどうかを確認する。部屋数をどうするかという段で―――。

 

 

 

「エレン。僕がリョウと同部屋になるから、後の二部屋は君らで決めなよ」

 

 

「いや待て!! 何でそうなる!? とりあえず私とサーシャで一部屋、ティグル一部屋、リュドミラと色魔で一部屋でいいだろう!」

 

 

「普通に考えて俺とリョウが同部屋。女子は……まぁ部屋割りは任せるけど二部屋取ればいいんじゃないかな?」

 

 

 

私欲満々なサーシャの提案。

 

 

 

それを閃光のような言で封じ込めたエレオノーラ、それに対して男同士で楽にしようぜ提案をするティグル。

 

 

まともな提案はティグルだろう。一応、義兄と慕ってくる女の子がいるので、そういった『豊かな場面』は見せたくない。

 

 

 

多数決及び人間関係を重要にした結果、変則的ながらもティグル案が採用されることになった。

 

 

 

「一人で大丈夫かい?」

 

 

「問題ないわ。自分のことは自分で出来るわよ」

 

 

 

サーシャの気遣いはそういうことではないのだが、とりあえず彼女のプライドを気遣ってそれ以上はサーシャもいわなかった。

 

 

そうして三部屋取り、男二人でとりあえずリラックスする風になれたのは幸いだったのかもしれない。

 

 

 

「しかしまぁエレンとリュドミラの仲の悪さはとんでもないな」

 

 

「王宮にも伝わっているよ。あの二人の犬猿っぷりはな。触らぬ神に祟りなしとばかりに皆諦めている」

 

 

 

事実、仲裁することはあれども改善させようという気はサーシャにもソフィーにもない。

 

 

こういうのは当事者間で行うことでもあるからだが、まぁこれ以上は憶測である。

 

 

 

「襲撃は―――テナルディエ公爵の手のものと考えていいのか?」

 

 

 

寝台二つの内の一つに己の荷物を置きながらティグルはそう聞いてきた。

 

 

推測を交えながらも、それで間違いないとする。敵と同じような装備、同じような戦い方の人間が公爵の家にいたことを伝える。

 

 

 

「だが戦姫相手には不十分だ。如何に妖術、呪術にも精通しているシノビだとしても……奇襲で先手こそ取れても勝てはしない」

 

 

 

問題はないはずだとして、ティグルを安心させる。問題は、どうしてここが分かったかである。

 

 

 

「―――リュドミラが尾けられた可能性は?」

 

 

「有り得る。俺が襲撃されたのも彼女の屋敷から出た後だったからな……まぁ間者なんてどこに紛れているか分からんよ」

 

 

 

街の大小に関わらず、居るところには居るのだ。それが分かるかどうかは勘でしかない。

 

 

もっともティグルの領地にそんな奴はいないだろう。セレスタの街の住人の結束は強く余所者を独特の嗅覚で見つけ出して、報告するぐらいは出来るはず。

 

 

今から放ったとしても、ろくな活動は出来ないだろう。

 

 

 

「んじゃ早速、風呂に行って『モノ』の大きさ勝負でもするか?」

 

 

「何でだよ!? というかリョウ、お前そんなことするの!?」

 

 

「ジスタートに来てからは殆ど女の子としか主要な関わりなかったからな。こういう明け透けなことが出来る男友達が出来て嬉しいよ」

 

 

「そんなことで嬉しがられても……」

 

 

 

おどけるようなこちらの言葉に驚き苦笑するティグルだが、アスヴァールではそんなことばかりであった。

 

 

男として絶対に持っている「剣」がどれだけの「業物」であるかを示すは男子の沽券の一つだ。

 

 

単純に―――男同士でバカをしたいというだけだが……武士というよりも貴族なティグルは乗り気ではないのかもしれない。

 

 

 

「気が向いたらというか、本当に男だけの時にしよう。流石に女の子と一緒の宿泊でそれは拙いと思う」

 

 

「……言われてみると似たような経験がある……」

 

 

 

アスヴァールでのことを思い出して自戒する。ただあの姫君はそういったことに興味津々すぎて逆に引いてしまった。

 

 

 

「そして俺は、リムに全裸を見られたことがある」

 

 

「んなことがあったのかよ……」

 

 

 

どういう状況でそうなったのかは不明だが、顔を真っ赤にしているティグルを見るに、かなり「良い思い出」のようだ。

 

 

にやけてなければ真逆の感想だっはず。

 

 

 

「それじゃ俺は先に風呂頂いとくよ。ちゃんと窓は開けて匂いが篭らないようにしておいてくれ」

 

 

「おい待て。別に一人になったからとそんなことするわけないだろ」

 

 

「溜め込まない内に吐き出しとけ。魅力的過ぎる女性三人ともう少し一緒にいるんだからさ」

 

 

 

こちらの笑いながらの言葉に不貞腐れるように『弓の手入れをしている』と応えたティグル。からかいすぎたかと思うも、時折、顔を真っ赤にしてにやけたりするのを見ると、「発散」はするだろうと確信出来た。

 

 

バートランさん達、セレスタ住人の切なる願いという『依頼』。

 

 

ティグルが勢い余ってエレオノーラと『にゃんにゃん』という状況は回避できたはずである。として部屋を本当に出て湯治場へ向かうことにした。

 

 

―――もっとも、そんなやり取りの最中に黒弓が「歓喜で震える」ように見えたのが、幸か不幸か自分だけであったのは秘密である。

 

 

 

 


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