鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「恋する戦乙女達」

 

 

 

 

 

 

 ―――あなたは中々に無理難題を仰いますな―――

 

 

 訪れたオルミュッツ工房の中でも最高の鍛冶師を集めたもの達を前に放った言葉に対する反応である。

 

 

 正直予想通り過ぎて、自分はこの後に言う言葉に苦労はしなかった。

 

 

 オニガシマで見つかった稀少鉱物の塊―――これを溶かすには、「火の国」の「始原の炎」が必要だったが、それを解決したのはタトラとは違う山に住んでいる竜王の炎だった。

 

 

 更にその火を持続することが出来る炉の設計を見せてオルミュッツの鍛冶師達を納得させた。

 

 

 もっとも産出量がそこまで多くないわけで、作られるものは、炭素や他の金属と混ぜ合わせることで、売りつける予定であるが、自分が求めたのは純粋に―――。

 

 

 

「このミスリルだけで打ち鍛えた槍―――柄も刃も石突きすらもとは……贅沢なものを所望しますな」

 

 

 

 慣れない敬語を使っているだろう鍛冶長に、二人の名工を思い出しつつ、俺も手伝うと言う。

 

 

 それにこれは、其方にとっても夢の具現化であると伝える。

 

 

 

「あんたらジスタートの職人にとって超えたい理想があるはずだ。―――『竜で作られた武器』などという言葉で表現された『理想』」

 

 

 

『不可能なこと』の例えとして言われたものでありながらも、それを実際にジスタート人達は知っていた。

 

 

 特に公国住人達は、それこそが外連味溢れる儀礼のものでないことを。

 

 

『竜具(ヴィラルト)』

 

 

 詳しい事情は知らないだろうが、建国王が七人の妃に渡したという神秘の武器の伝説を。

 

 

 そしてそれは現存している。見たことがあるものもいるだろう。だからこそ職人であるならば誰もが求めるはずだ。

 

 

 目に見える限りでの最強の武器を越えたものを。

 

 

『竜具に匹敵する武器を―――作りたい、と』

 

 

 一連の説明を聞かされた職人達は腕組みしながらも足を震えさせたり、拳を握り締めて震わせていた。

 

 

 それは恐らく怒りではなく―――歓喜だろう。

 

 

 

「剣だけでなく口も上手いようですな自由騎士殿は……」

 

 

「しかし親方、戦姫様からも言われておりますから便宜を図りましょうや。それにレグニーツァやルヴーシュの連中だって似たようなもの作ってるはず……話によれば燃える鉄球を吐き出す兵器を作っているとかいう話も」

 

 

 

 他都市に負けてられないとして、若手の職人が立ち上がり年配の人間達に詰め寄っている。

 

 

 それに対して、鍛冶長も観念したのか了承をした。そして、要求をすると―――とりあえず実物を見せろといわれた。

 

 

『刃』だけであるが、それは彼らの考えの慮外にあるものであった。似たものとして斧槍などもあるが、それとも似て非なる武器。

 

 

 ヤーファにおいては、勇将、猛将が愛用せし戦士の武器であった。

 

 

 

 その名は―――――――――――。

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

 

 屋根が吹き飛ぶと同時に、窓の方に移動して外の様子を窺う。予想通りというか何というか既に展開が果たされていた。

 

 

 屋敷の外、庭先である牧歌的な雰囲気の庭に黒ずくめの下手人が見える限りでは、七人展開していた。

 

 

 エレオノーラの竜技で吹き飛んだのを含めれば八人。しかし格好から察するに、暗殺者だろうが――――。

 

 

 思考を終えてから、二階の窓をガラスごと吹き飛ばして―――三人が躍り出た。

 

 

 三つの窓から出てきた自分達に驚く暗殺者達。

 

 

 ダイヤモンドダストにも似たガラスの雨にも構わず、暗殺者に得物を向ける。注意が自分達の落下店に向いた所で―――。

 

 

 

「くらいなさいっ!!」

 

 

 

 先手を取ったのはミラであった。ガラスの雨に紛らせていた本物の「ダイヤモンドダスト」が、凍漣から放たれて落下点から外れていた一人を襲う。

 

 

 完全な奇襲であり、降り注ぐだけであったはずのガラスが方向を変えたと見えただろうが、その中にあった氷の刃が一人を地面に縫い付けた。

 

 

 

 そこを狙い済まして同じく長柄の武器が襲う。ヤーファ鍛造の達人武器―――3アルシンを越えた『槍』の石突を暗殺者の心臓―――背後から撃つことで気絶させた。

 

 

 気は早いがまずは口を割らせるための捕虜を確保すると同時に落下点を読んでいた一人の暗殺者が、無手で向かってきた。

 

 

 自信家かそれとも何かあるのかと思ったが、とりあえず風を切るほどの「突き」を放つ。

 

 

 紙一重で躱して、自分に肉薄する前に槍を手前に「引いた」。

 

 

 すると暗殺者の首は落ちて、持っていただろう毒物が死体ごとエレオノーラの庭園を濡らした。

 

 

 そういう手か―――と思うと同時に、暗殺者たちの視線が、自分の持つ蒼黒の槍の―――形状に向けられた。

 

 

 

 一本の槍刃、その根元から両側に枝葉のように三日月のような刃が出ていたから当然だろう。

 

 

 

 ヤーファ銘『千鳥十文字槍』オルミュッツ銘『クローヴァ』と命名されたもの。

 

 

 それが引くと同時に首を落としたのだ。

 

 

 槍の要訣の一つ、『突く』からの『斬る』への変化が剣よりも予想できないからこその攻撃である。

 

 

 

(後ろの奴からしても鎖帷子を着込んでいる―――狙うべきは首元だ)

 

 

 

 もっとも戦姫の竜具ならば、そんな事は杞憂だろうが『千鳥』を構えなおすリョウは手近な相手に再びの突をかける。

 

 

 

「ぐっ!!」

 

 

「重さはあまり無いんだが、切れ味がいいからな―――速さと切れ味の良さで死ね」

 

 

 

 重さ自体は己の「五体」を十分に生かして発揮させればいいだけだ。ダガーで受け損なった一人はバックステップで逃げ、そこに左右から二人の暗殺者が迫る。長柄の武器の弱点を突こうと懐に入り込もうとしているが、横に構えて待ち受ける体勢を取ると、暗殺者の「意気」が分かる。

 

 

 こちらの悪手を嘲笑っているのだろうが、しかし――――平行に持った『千鳥』の両端に重みが乗る。

 

 

 赤と青の戦姫が同時で、槍に脚を乗せた。

 

 

 女性二人の重みを受けても一瞬だけの重圧であり、槍を足場にして飛び上がると瞠目する暗殺者。己たちを飛び越えた赤と青に動揺する。

 

 

 バックステップで逃げていた暗殺者も驚き、その一瞬の虚を利用して地面がめくれて土が吹き上がるほどの踏み込みと同時の突きは、喉元を真っ直ぐ貫き、血を噴出させる。

 

 

 絶命した暗殺者から槍を抜くと同時に、着地した赤と青は背後から左右の暗殺者を襲う。

 

 

 

「しまっ―――」

 

 

 

 失態を悟った暗殺者の声に、燃え上がる『斬音』と凍てつく『薙ぎ音』が重なって焼死体と凍死体が出来上がる。

 

 

 見える限りでは残り二人、庭園の一番外側にいて殊更警戒してくる―――こいつらは、先とは違いレベルが違う。

 

 

 されどリョウは自分に意識を向けさせた。構えを取り先の高速突を放つという意識を向けて一歩を踏むと同時に、聞こえる風切り音。

 

 

 

 飛来した矢は、暗殺者の鉢金ごと頭蓋を貫き絶命させた。上から飛来したそれは完全に無警戒であったらしい。

 

 

 崩れかけの天井の梁に乗り、不安定な足場でも放った矢が一人を打ち倒すと同時に、もう一方にも殆ど時間差無しで向かうが、『矢捌き』をして暗殺者に掴み取られた。

 

 

 ティグルの仕事は、ここまでだとして最後の一人に近かったサーシャが向かうも、暗殺者が懐から出した『何か』がサーシャに投げつけられる。

 

 

 飛来物の形状に見覚えあり過ぎて、サーシャを制止しようとするも―――。

 

 

 

「べっ!」

 

 

「サーシャ!!」

 

 

 

 飛来物を切った瞬間に吹き荒れる『煙』。シノビが持つ『鳥の子』という道具であり、いわゆる煙幕玉である。

 

 

 原理としては単純な発煙装置なのだが、この鳥の子は恐らく『火薬』も多く使っているらしく、鼻を突く臭いがとんでもない。

 

 

 煙を突っ切って、彼女の身の安全を確認する。もしも罠であったとしても問題は無い。

 

 

 

「アリファール!」

 

 

 

 単純な呼びかけで、一陣の風が吹き荒れて煙が吹き散った。散った先には―――見える限りではなんら変哲の無いサーシャ。

 

 

 肩を抱き、黒真珠の瞳や肌に変化が無いかを確かめるのだが……。

 

 

 

「そんなに見つめないで、濡れてしまいそうだよ……」

 

 

 

 何がだ? という疑問はさておき、恥ずかしがる声を聞けた時点で、確認事項は全て終わった。

 

 

 

「さっきの煙玉に毒物でも入っていた可能性を探ったが、瞳孔に変化もないし、声も大丈夫みたいだ。ただ火薬を近場で吸ったから刺激臭で鼻がやられてると思う」

 

 

「そうだね。けどリョウの匂いだけは記憶に残っているよ」

 

 

 

 熱っぽい瞳が、こちらに向けられたが、とりあえず離れて後ろでフォローを入れてくれた戦姫に礼を言う。

 

 

 

「お前を助けたわけじゃない。サーシャを助けたんだ」

 

 

「それで構わないさ……死んでいる……!?」

 

 

 

 いつも通りなやり取りの後にエレオノーラの後ろ、口を割らせるための暗殺者一人が死んでいた。

 

 

 

「首横に毒針が刺さっていた。恐らくお前達が他の連中に構っている間に、こちらからの死角に潜んでいた人間が口封じの為に。といったところだろうな」

 

 

 

 嘆息して示すエレオノーラ、見える限りでは七人の内の六人が死んだことになる。一人を取り逃がしたこと。そしてこんな「こちら」に有利な戦場で戦った事と言い、お粗末な襲撃としか思えない。

 

 

 

「しかしまぁ派手にやったもんだな。この別荘どうするんだ?」

 

 

「柱はまだ大丈夫だろうが、まぁ燃やしてまた作ればいいだけだ。サーシャ頼む」

 

 

 

 金持ちを羨むような目をするティグルの肩に手を置きつつ、自分達は死体処理だとしてスコップを渡すことにした。

 

 

 必要なものやまだ使えそうで持ち出せる調度品を出していく女性陣を見つつ、自分達は埋葬。一応、身分を示すものを持っていないかと持ち物を探る。

 

 

 

「毒物が多いな……そして―――」

 

 

「腕に刻まれた鎖の刺青―――、蜂の紋様か……」

 

 

 

 屋敷から離れた所に穴をこしらえると共に遺品整理をすると出るわ出るわと―――、蜂の紋様を刻まれたものは女であった。

 

 

 そして女の大半は毒筒を持っていた。一舐めして芥子と附子を用いた調合だと分かる。調合の比率は一番覚えがあるもの。

 

 

 

(甲賀忍……歩き巫女か……)

 

 

 

 母国の間諜の二大里の内の一つを思わせる調合毒であり、下手人の正体を看破した瞬間でもある。

 

 

 あのザイアン・テナルディエの侍女が裏にいると分かった。

 

 

 埋葬を終えると同時に盛大な焚き火になっている別荘の方へティグルと共に戻ると、この後にどうするのかを聞く。

 

 

 

「再びの襲撃があると見ていいだろう。その前に山を下りてロドニークの街に向かう」

 

 

 

 ここはあまりにも暗殺者にとって有利な戦場だ。どこかの森からの不意の襲撃も有り得るので、さっさと人の集まる場所に赴くことで、襲撃を難しくする。

 

 

 エレオノーラの提案は最適ではあったが、それならば調度品を持っていくのは落ち度になり得ないかと思う。

 

 

 

「安心しろ。お前の『ミイツ』とやらで馬の速度を上げてもらう。輸送作戦の要だ。頼むぞリョウ」

 

 

「満面の笑みでとんでもないこと言うね。おまけに個人の力におんぶにだっこだし」

 

 

 それは作戦とはいわない。と内心でのみ愚痴る。

 

 

 嫌になるほどの笑みを浮かべるエレオノーラを半眼で見ながらも、それが最善だろうなと感じてその提案を受けた。

 

 

 

「何か悪いなリョウ」

 

 

「もう諦めたよ。あの年下からの意地悪に対抗するのはさ」

 

 

 

 溜め息突きながら、荷物を馬に下げていく。そんな中、ティグルは先程の武器は何なのかを聞いてきた。

 

 

 

「義兄様が我が領地の鍛冶師達に特注で頼んだミスリルスピア、形状はヤーファで使われてきたものらしいけれど、私たちは「クローヴァ」と呼ばせてもらってるわ」

 

 

「何でそんなものを、刀だけじゃ駄目なのか?」

 

 

 

 ティグルは純粋に聞いてきている。特に嫌味でもなく本当の疑問として聞いてきた。

 

 

 結局の所、確かに刀は良い武器だ。

 

 

 達人が使えば馬上でも難なくだが、やはりどんなに戦術や防具が優秀でも古代から現代にいたるまで戦争において優秀な装備というのは、槍などの長柄武器なのだ。

 

 

 時と場合にもよるが、多対一が発生することもある戦争において多くの者を相手取るには相手に近づかせない武器が必要になる。

 

 

 

「ゆえに俺は欲しくなったんだよ。それ以外にも原因はあるが……」

 

 

 

 自分は「有名」になりすぎた。刀を差している武芸者、それもヤーファ人が珍しいからなのか、簡単に身分が割れることが多い。

 

 

 ジェラールが自分を知っていたのもそれだとして、出会いの経緯をティグルに話す。それこそが最大の原因でもあるとして―――。

 

 

 馬に乗り込みミラのラヴィアスで鎮火された別荘を後にしつつ、そうしたことを話すとティグルは考え込む様子を取る。

 

 

 

「槍か……」

 

 

 

 思うところあったのか、ティグルは考え込んでからエレオノーラを見て、少し紅くなっていた。

 

 

 何があったのかは知らないが、セクハラじみたことを考えたことは間違い無さそうだ。

 

 

 同様にエレオノーラも紅くなっていたのだから。

 

 

 

「僕としては槍だからと何でその形状にしたかが気になるよ。ヤーファの槍だって直刃が殆どなんだろ? 何でそんな「三枚刃」にしたのさ」

 

 

「言いたいことは分かるが、あまりにも胡乱過ぎるぞサーシャ」

 

 

 

 千鳥の形状は、丁度どこぞの両刃の大鎌に対になるよう両端の刃の切っ先が上向いている。

 

 

 これは、確かに鎌と同じく引いて首を掻き切るという「突」からの「斬」を容易にする機構でしかないのだが、サーシャのふくれっ面の原因が察せられないわけではない。

 

 

 柄に使われるミスリルの軽さ故に、バランスを崩してもいいから大型の「十文字刃」を頼むと頼んだが……そこは埒外であった。

 

 

 

「僕も『反射炉』で作ったレグニーツァ製の特殊武器贈るから絶対受け取ってよ。約束だよ」

 

 

「分かったから、あんまり顔近づけないで、愛しくて抱きしめたくなる」

 

 

「馬上でサーシャといちゃつくな!! ほらロドニークが見えてきたぞ!! というかお前の御稜威は便利だな。馬が速すぎ軽すぎて殆ど時間がかからなかった!!」

 

 

「怒るか、褒めるか、どっちかにした方がした方がいいと思うぞエレン。語気が混ざっている」

 

 

 

 そんなこんなしつつライトメリッツ領の一つ。ロドニークの街が見えてきた。

 

 

 入って見ると、そこは街というよりもすこし大きめの村といった感じであり、露店も並んでいるが数は少ない―――しかしそれなりの活気には溢れている。

 

 

 何か主要な産業でもなければ、ここまでの賑やかさは生まれないはずだが……。

 

 

 

「ここは温泉が湧き出ているんだ。街道から外れた湯治場といったところであり、宿場町としても賑わっている―――要は、観光産業で成り立っている」

 

 

 

 ティグルも同じ疑問を感じたらしく、エレオノーラに問い掛け、その答えが自分の耳にも入ってきた。

 

 

 それを聞いて、温泉と言えば、「甲斐」と「越後」だよなと考える。

 

 

 最初に考えたのは甲斐の方であった。

 

 

『色んな温泉に入れば、『天上天下』しなくても「ぼいんぼいん」になれるはずー。だから私の目的は『天下湯一』といったところー』

 

 

 などとのたまっていた女の子を思い出すと同時に――――。

 

 

『ふふん! 私のところの温泉は弘法大師が見つけた由緒正しき名泉なんだから、身体の発育でアンタに勝つのも当然よねー♪』

 

 

 などと身体をくねらせて挑発した女を思い出して――――。

 

 

 

 その後の戦いが怖かった。伝説に語られる獅子人(ナラシンハ)と戦う阿修羅仏(アスラ・マズダ)といった風であり、戦姫同士の戦い以上にとんでもない余波が―――両国の間に新たな温泉が出来上がることで一応の決着を見た。

 

 

 今更ながら我が国の『姫将』達の実力とは『神器』の力に己の『血』の力を重ねるからこそなのだろうと考える。

 

 

 余計なことを考えていた自分に老人―――昔は吟遊詩人だっただろう人物の古びた「翼弦琴(グスリ)」の音が響き、この後どうするのかをエレオノーラが話す。

 

 

 

「私は、あの別荘の管理をしてくれていたものに給金、退職金を支払ってくる。その後、再びの工事の手配をしておく」

 

 

 

 ライトメリッツに帰ってからでもいいだろうが、荷物である調度品を適当な所で換金してそこに己の路銀を加えるといったところか。

 

 

 別荘を建て直せば再雇用の旨も告げるはずだろう。

 

 

 エレオノーラの決断の早さと行動の早さは、いずれ来るだろう「魔王」を思わせる。

 

 

 

「荷物持ちが必要だな」

 

 

「俺が着いていこう。ティグル、お前とミラは『旅館』まで私物を頼めるか?」

 

 

「ああ、けどそれならば―――」

 

 

 

 自分が調度品を持つのが筋ではないか? というティグルの躊躇いを切り捨てたのは、ミラの言葉だった。

 

 

 

「いいわよヴォルン伯爵。あなたに私をエスコートすることを許可するわ」

 

 

「俺もこの町は初めてなんだけど……まぁ目的地は分かるしな。ゆっくりしながら向かうか」

 

 

 

 お腹減ったと言わんばかりに腹を鳴らすミラ、それに付いて行くティグル。三人が分かれて目的地へと向かうルートを取る。

 

 

 まだティグルのミラへの交渉は続いているのだから、それは当然だが……やはりティグルを女の子と二人っきりにさせるのは独占欲が強いエレオノーラにとっては容認しがたいものなのだろう。

 

 

 睨み付けるようなエレンを促す形で歩き出すサーシャの苦笑を見つつ、果たしてどうなるやらと考える。

 

 

 † † † † †

 

 

 

 戴冠式は順調であった。

 

 

 円卓信仰の神官達を招き、全土の貴族達を招集して飾り立てた戴冠式。

 

 

 そして各国のゲストを招いたそれは、冬が近づいているにも関わらず、暖かなものであった。

 

 

 既にエリオット陣営は見限られたようなものなので、この反応は有り難かった。

 

 

 

 しかしながらそんな戴冠式において非常に冷めた人間が一人いた。

 

 

 各国の人間から様々な挨拶を受けながらも、その顔は朗らかながらも心はとてともなく冷めた人間。

 

 

 これならば、いっそのことタラードのみが、あいさつ回りを受けていればよかったのではないかとも考えてしまうほどだ。

 

 

 その冷めた人間―――女性は正統アスヴァール継承者「ギネヴィア」であった。

 

 

 玉座に座りながら各ゲスト達の様々な秋波や要求をそれぞれ聞いている彼女の様はまさに女王と呼ぶに相応しい。

 

 

 しかし纏っている蒼―――というよりは冷たい氷のような透ける様な白青のドレスが、彼女の心情を物語っていた。

 

 

 

「機嫌悪いねぇ姐御」

 

 

「分かっているならば口に出すな」

 

 

「こりゃ失敬……しかしまぁ気持ちは分からなくもないぜ。心は少し違うがな」

 

 

 

 傭兵部隊の隊長であるサイモンは渇いた笑みを浮かべる。

 

 

 今夜は盛装をして騎士風の衣装で宴会にやってきたが、どうにも歴戦の傭兵としての顔とのギャップで場に馴染まない男である。

 

 

 ルドラーは、そんなサイモンに対して少しの同意をしておく。

 

 

 あれだけ苦しい戦いの現場で共にやってきた仲間、同士だったのだ。そしてようやく一つの安定を取り戻して全土「島」奪還へと動こうとしている自分達。

 

 

 それなのにあの男は―――来なかった。

 

 

 招待状を出して一応、ジスタート王宮にも「出来うることならば自由騎士を」と念押ししたのだが、彼は今、ジスタートの代表として動ける立場にいなかった。

 

 

 そしてやってきたのは「戦姫の色子」のいないオニガシマの公王閣下達だ。

 

 

 

「寂しすぎて、何より薄情すぎないかよ」

 

 

 

 愚痴るような声を出すサイモン、その声の責任は自分にこそあった。

 

 

 

「……恨むなら私を恨め。あの男を遠ざけたかったのは私なのだからな」

 

 

「結果として、その紅葉は姐御の打擲ゆえか」

 

 

「言うんじゃない」

 

 

 

 今でも頬に残る掌の形から残る痛みがぶり返してきたかのように感じる。笑うサイモンから目を離して、半眼で明後日の方向を見る。

 

 

 見た方向では様々な話をしているタラードとイルダー、どちらも武人として身を立てる王―――武成王なだけに話も合うのだろう。

 

 

 そんなタラードとイルダーの話の中にそれとなく出てくる男の話題にギネヴィアの耳が大きくなっているような気がする。

 

 

 話が一段落した辺りでイルダー公王は、玉座にいるギネヴィアに向かって歩いていく。

 

 

 警戒するほどではないが、女王の侍従が用向きを聞いていた。ダンスの誘いには少し早いが、予約(リザーブ)ぐらいはしにきたのかもしれない。

 

 

 ギネヴィアもイルダーも独身なのだから、そういった用向きもあり得たが公王閣下は実直であった。

 

 

 懐から出した便箋一枚。少し膨らんだそれを侍従に渡しながらギネヴィアに小声でどういったものであるかを伝えた。

 

 

 

 瞬間―――ギネヴィアは、華が綻んだような笑顔を浮かべてから侍従に便箋であり彼女にとっては『恋文』に近いものを寄越すようにいってきた。

 

 

 

(分かり易すぎる……!!)

 

 

 

 アスヴァール家臣、特にタラードと共に革命軍の中核を担ってきたクレスディル、ラフォールなどは内心呆れてしまうほどの変化である。

 

 

 

「やれやれ、ラブレターのメッセンジャーとして公王閣下を使うとは、やっぱりあいつは大物だな」

 

 

「……笑い事ですか? まぁ誰に言ってもしょうがない話ですが……」

 

 

 

 諸国の物笑いの種になるのではないか? という質問をやってきた美麗の青年―――タラード・グラムに投げかけるが、それに対しても呵呵大笑している。

 

 

 

「これはある意味では脅しにも使える。正統アスヴァールを今後狙うことあらば、自由騎士は想いを寄せる姫君のためならば、駆けつけるという、な」

 

 

「……それ本当ですか?」

 

 

「いいんだよ噂なんて尾鰭が付く形で流言させればいいんだからな。そんな噂でびびっている所を強襲させればいいんだ」

 

 

 

 事実、彼もそんな風なことがあったそうだ。

 

 

 ヤーファでの主君の危機―――謀反を起こした逆臣を倒すために、残った主君の家臣と共に敵対勢力などに「主君」は生きていると調略で信じさせることで、逆臣の行動を封じ込めたそうだ。

 

 

 結果として天下分け目の決戦―――『天海軍団』と『温羅軍団』の総力を結集させた闘いにて、一進一退の実力伯仲した合戦。

 

 

 それの趨勢を決めたのは―――現れた主君である「魔王」の一軍の登場が、逆臣を壊滅に追い込んだ。

 

 

 

「あいつ曰く、『虚報や偽報というのは姿なき軍団』だって言っていたからな」

 

 

「それを有効に使えるのだから、あいつが率いてくれれば傭兵軍団は常勝だったんだよ」

 

 

「情けないと思わないのですかサイモン」

 

 

 

 タラードの感心するような言葉、それに追随するサイモンを諌めるがルドラーも、それは無駄だろうと思えた。

 

 

 しかし正統アスヴァールを包む問題はまだ多い。休戦条約の後も不気味な沈黙を続けているコルチェスター。

 

 

 無論、傷が深いのはあちらも同じだが、革命の混乱期に襲ってくると思っていただけに、肩透かしを食らった気分だ。

 

 

 

(本当にリョウの影に怯えて震えてくれればいいんだが)

 

 

 

 既にコルチェスターからこちらへの亡命者は多い。あちらも一応はエリオット配下の貴族・将などで統率を保っているが内部での瓦解は始まりつつある。

 

 

 要請次第では、こちらから条約を破ることで宣戦布告することになるかもしれない。亡命者の中には、あちらに親兄弟を残してきた人間も多いのだから。

 

 

 

「まぁその前に内部崩壊が起こってくれればいいんだけどな。間諜は潜り込めているんだろ?」

 

 

「ええ、後々まとめた報告も上げますので―――今は、ギネヴィア女王の機嫌を取ってきてくださいよ閣下」

 

 

「一度ふられたってのに未練がましく誘えってのかよ」

 

 

「正統アスヴァールの柱はあなたとギネヴィア王女なんですから情けない男でもいいからやるんですよ」

 

 

 

 私情など知ったことではない。王になりたければそこを飲み下せと言外に伝えると、本当にしぶしぶな表情でタラードは玉座の女王に踊りの誘いを掛けていき、それに上機嫌な様子で応じるギネヴィアである。

 

 

 周りの人間は、その変節をどう取るかは賭けである。タラードの求婚が実りつつあるのか、自由騎士の恋文に機嫌を良くしたのか。

 

 

 

「半々で良いんじゃないか? 姐御だって本気でリョウと結婚出来るなんて思っていないだろうし」

 

 

 

 王族としての責務であり戦乱の世における姫の運命を彼女だって知らないわけではないはずだ。としてお前の心配など杞憂だとするサイモンに、ルドラーは呆然とする。

 

 

 

「姐御だって年頃の女だからこそ好いた男性にまだ恋に恋したいだけだ……熱病みたいなもんだろ」

 

 

 

 時と共に忘れるものだとするサイモンに、何故そこまで詳しいのか問い掛ける。

 

 

 

「―――聞いたのか?」

 

 

「それなりにな。ただアスヴァール全土を治めるまでは、一人の『ブレトワルダ』として『昇竜』を共にして戦いたいとは言っていた。あんまり気を張りすぎるなよルドラー、仮にもしも黒髪の子が姐御から生まれたとしてもそれはアスヴァールの血の継承者なんだからよ」

 

 

 

 小姑かお前は。と呆れるように言ってからサイモンは火酒を口に含む。ジスタート製の上等なものだ。

 

 

 話題に出ている人物は現在、ジスタートからブリューヌへと動いている。アスヴァールに近い位置に来てくれたといえばそうだが、来ることは当分無さそうだ。

 

 

 

「しかし、リョウが頼りにしているとかいうブリューヌ貴族……どんな人間なのか興味あるね」

 

 

「傀儡ということもありえるが」

 

 

「そんな奴をあいつが立てるわけ無いな」

 

 

 

 つまりは、その貴族は後のブリューヌの指導者に近い人間ということだ。

 

 

 興味がありつつも、当分は見ることが出来ないだろうとして―――その場はそういう結論で自由騎士の話題は終わった。

 

 

 何よりあの男だけに構っても居られない。

 

 

 自分達にとって必要なのはこれからのアスヴァールに支援してくれる人間なのだから―――。去っていった人間はどうあれ、頼るに頼れないのが普通なのだ。

 

 

 

(そう言えばあの詩人(バード)は、邪竜殺しの伝説を完成させるために出て行ったな……正直、残念だ)

 

 

 

 ラフォール以上に技術屋な人間でありながらも、実用性よりも趣味的なものばかり作る人間であったが、その技術力は惜しかった。

 

 

 そして彼にとっては現代の英雄のサーガを作り上げていく方が故郷の大事よりも重要だったのだ。

 

 

 去るもの、残るもの、来訪するもの、と様々な人間が入り乱れるアスヴァール。それをまとめるのは自分達、残るものなのだから―――。

 

 

 ルドラーは決意してから、葡萄酒(ヴィノー)で口を湿らせてから各国大使への口添えを行うことにした。


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