リョウが玄関まで出て行くと同時に、ふと考えが少し脇に反れる。
死んでしまった王子殿下。彼のことを思うと、本当に申し訳なくなる。約束を果たせずに、国を割る戦いに挑んでしまう罰当たりなので、せめて遺体だけでもと思った。
ブリューヌ貴族として身を正して戦場に赴く、ということでエレンに懇ろに葬ってあげたいという旨を伝える。
「そういえばエレン。レグナス王子の遺体とかは、どうしたんだ? 出来うることならば丁重に葬ってあげたいんだが―――」
「あー……そのことなんだがなティグル。すまない。あれはもしかしたらば誤報かもしれないんだ」
手を合わせて何とも言いがたいことを言うエレンにティグルは面食らう。誤報と言うのはどういうことなのだろう。
「良く分からないんだが、王子殿下を討ち取ったという声を上げた兵士は―――いなかったんだ」
「いないってどういうことだ?」
頬を掻きながら話すエレン。まるで自分の失敗談でも話すかのようであり、詳細を聞くと、あの晩の戦いは敵味方で混乱の極地にあった。
無論、ライトメリッツ兵士の損害は殆ど無かったが、夜襲の奇襲ゆえに「戦勝報告」の類も混乱の極みにあった。
「私は背後を突く『決死隊』を選抜したから、生き死に関わらず莫大な恩賞を与えると約束していた。しかしそれでも更なる恩賞を求めて討ち取ったり人質にしたりという輩も出るかもしれないとして、「追加褒賞」に対して規則を緩やかにしていたんだ」
だが、それがもたらしたのは戦勝報告の曖昧さであった。ブリューヌ陣営が混乱するのと同様にエレン率いる決死隊の報告も混乱はしていた。
一先ず彼女は「目に見える敵は打ち倒せ」と指示していただけに―――あちこちで上げられる報告に統一性が無くなっていた。
「結論から言えば王子殿下の遺体と思しきものは見えなかったし、報告した兵士も分からなかった。どちらも死んだ可能性もあるけれど」
「そうか……何とも奇妙な話だな……」
エレンはそう前置きした上で王子殿下の幕舎にてブリューヌ近衛騎士の遺体を見つけたことで王子は戦死した可能性が高いと結論付けた。
とはいえ、殿下が生きていれば、テナルディエ、ガヌロンの専横は起こらならなかった。何より王宮に帰って誤報だったと伝えているはずだ。
やはり……王子殿下は死んでしまったのだ。そしてその跡を継ぐべく王の私生児と自分は見ている少女―――レギンは動いているのだと思った。
「まぁ王宮の話はいいんだ。今の所、吉と出るか凶と出るか分からないからな」
「お前が逆賊だと言われても私はお前の判断に従う。誇りを以って戦いに挑め」
マスハスの王宮での仕儀がどうでるか分からない。それを考えればエレンの言葉は頼もしかった。
「一応、聞くがサーシャはどうするんだ? 無論、積極的な支援をしてもらえれば大助かりだが?」
「残念ながら交易のお膝元としてそこまで大っぴらに肩入れは出来ないかな。今は海も最後の買出しと売り出しで大忙しになりつつあるからね」
ジスタートの冬は厳しく長い。それを何とかするために冬篭りをするクマのように、この時期の商業活動は流氷で海が閉ざされる前に全てを終えるために動く。
それを何とかするために丈夫な鋼で出来た船を建造したという話もあり、それは冬には流氷で閉ざされるオステローデの地で密かに就役することになっている。
計画の立案者は自由騎士リョウ・サカガミ。事実、海に沈まぬ鋼鉄「艦」の威容は、視察に来たジスタート各関係者を大いに驚かせた。
元々、海水というのは淡水に比べれば浮力が働くものだが、それでも重量には限りがある。鉄に関しては一日の長があるというリョウの鍛造技術の口伝及び書は、オステローデの戦姫へのプレゼントなのではないかと巷では噂される。
慣熟航海や様々な問題解決の為ゆえ正式な就航は、来年になるだろうが。
「敵にならないでいてくれれば、それで良いよ。もしもテナルディエ、ガヌロンに攻められることあればいつでも援軍を出す。頼ってくれ」
援軍と言ってもリョウを送るぐらいだろうが、彼が自分の「言葉」であるというのならば、彼にはそれをこなしてもらわなければならない。
自分の敵が誰かを無差別に襲うことを許せない。多分、これからの行軍でもそこまで自分は卑劣にはなれないだろう。
だが、そこにある他者のものを奪うことを是とする人間とは違う道を示す。それしか自分には出来ない。
そんな自分の考えを感じたのかアレクサンドラ・アルシャーヴィンは苦笑しての嘆息をした。
「分かった。その内、様子見に行くから、君の決意が口だけでないことを証明してくれよ」
「厳しいな。君の愛人は俺をからかいつつも、全力で力を貸してくれるのに」
「僕はヴァレンティナと違って、色子が頼っている主家への評価は厳しくしていく。それだけだ」
強力な力を持つ戦姫それぞれで考えが違い、独自で動く。
そこには様々な思惑がある。戦姫に関わらず戦乱の渦中には様々な人間がいる。義理人情や理が全て罷り通らぬからこその戦乱の世なのだ。
逆に言えば、それだけ多彩な人間を「束ねられる」傑物がいれば、この西方の戦乱は収まり平和が訪れるはず――――。
ティグルの考えでは、それは自由騎士だと思っていたのだが、彼自身はそこまでの考えは無いらしい。
そうしてリョウに対して考えた所で、玄関から本人が戻ってきた。その顔は少しだけ戸惑ったものである。
「どうした?」
「来客なんだが、通していいものかどうか少し考えてしまってな……」
困惑しているリョウの顔に気分を良くしたのかエレンは、底意地の悪い笑みを浮かべて口を開く。
「お前が困惑するほどの相手だ。よっぽどの人間なんだろうな。出っ歯に髪は脂ぎっていて、性格は「傲慢」にして「卑劣」。芽の伸びきったジャガイモのように煮ても焼いても「毒」にしかならないような―――――」
よくもまぁそこまでの毒舌吐けるものだとして、いっそ感心してしまっていたが、「来客」はそれを聞いていたようであり、玄関を乱雑に開けて、入ってきた。
蒼い衣装に蒼い短槍を持った自分と同じか下ぐらいの背格好の蒼髪の少女。何となく来歴に関して予想は着いてしまった。
そしてどこまでも透けるような透明感ある氷や水晶のような「蒼」が印象に残る女の子だ。
「誰が煮ても焼いても『毒』な人間よっ! 随分と悪罵がウィットに富んできたわねエレオノーラ=ヴィルターリア!」
「―――とまぁ、許可を得る前に来たが彼女だ。ああ、あんまり会わせたくなかったのは分かるけれど、入ってきたからには仕方ないだろ」
リョウの反応から察するに、この戦姫とエレンはあまり仲が良くないようだ。無言とジト目で問うアレクサンドラに対して嘆くように前髪を掻きながら答えた。
「義兄様が謝る筋ではないでしょう。そもそも来客が来たと言うのにその人物が誰かも知らずにそこまで言えるこの女の人格にこそ問題があるわ」
「安心しろリュドミラ=ルリエ―――例え知っていたとしても、同じような文言が出てきて門前払いだった」
「私は正式な使者よ。―――最高位の待遇で以って答えなければライトメリッツの品位を疑われるわよ」
「使者は時と場合によっては切り捨てられることを知らないのか? リムからの報告を見る限りではお前はここで殺した方が良さそうだからな」
何でここまで鼻先突きつけて、悪罵をしあえるのか……しかし既知の二人からすれば、これはいつもの光景のようだ。
「まぁとりあえず―――用件ぐらいは聞いてあげたらどうだい? ティグルもリュドミラと話したいことあるみたいだからね」
先程までエレンだけが読んでいた報告書を流し読みしたアレクサンドラが提案することで、少しだけ場は収まった。
紅茶を入れなおして、再びのお茶会となり―――。『冒頭』に至ったのである。
お茶を飲みアレクサンドラの菓子で落ち着いたのか、戦姫は口元を拭いてから交渉の開始を告げるように―――自己紹介をしてきた。
「改めて、ご挨拶させてもらうわ。「破邪の穿角(ラヴィアス)」が主、公国オルミュッツの戦姫リュドミラ=ルリエよ」
自分の机の対面に座ったリュドミラの顔は端正で可愛いし、その眼はいつでも自信に満ちていた。
この少女こそが自分が話さなければならない相手だとして気を引き締める。
「ブリューヌ王国領土アルサスを治めている伯爵ティグルヴルムド=ヴォルンだ。あなたは使者だと言ったが何の使者として赴いたんだ?」
「停戦勧告の使者よ」
しれっ、と言うリュドミラ。もう少し何かあるかと思ったが、単純に彼女はこれ以上の戦いは無駄だろうとして言ってきた。
その居丈高な主張を一先ずは聞いておく。
「正直言えばあなたがテナルディエ公爵に勝てるとは私には思えない。ライトメリッツの助力を得たとしても、公爵の力はそれを上回る。無謀な戦いをしてまでも己の領土の安堵を守るというの?」
「それが領主としての務めだからだ。君は己の領地を荒らすものが自国の貴室のものや他国の要人だからとそれを認めるのか?」
「――――あり得ないわ」
「ならば俺も同じだ。俺はテナルディエ公爵が矛を収めて王室の臣として身を正すならば、それ以上は何も言わない。けれどそれは有り得ない」
先にエレンに語ったことを今は違う戦姫に語っている。そして、何故か―――この少女には感情的になってしまう。
同時に彼女も少し感情的になっている。
「君はテナルディエ公爵の負けが自分にとっての不利益になると考えているのか?」
「そういう人間は多い。そして場合によっては公爵の敵を「叩く」ことも有り得る。陛下の言葉を捉えればそういうこと。あなたは―――ジスタート王国を混乱に巻き込んでいるということでもあるわ」
そういった人間の一人が自分だとするリュドミラ。
意見の不一致がある以上、各々の判断に任せる。言葉としては確かにどうとも言えるものであった。
その中でも公国の戦姫こそが、どう動くかによって貴族・商人・神殿の立場が決まる。王の下にいる彼女達の行動如何によってその下に据えられている貴族の動きも決まるのだから。
「だから、野盗の首領にミスリルの武器とトリグラフの鎧を与えたのか?」
「……どういうこと?」
怪訝な彼女の顔。とぼけているわけではないようなので詳細を語る。
先日、ヴォージュ山脈において野盗の集団が討ち取られて、彼らの装備にオルミュッツの武具があったことを教えられたリュドミラ。
野盗の首領ドナルベインは、恐らくテナルディエ公爵と通じていたということを。
「―――武器に対する管理義務まで問われるとは驚いたわ。確かにテナルディエ公爵はそれらの大口の取引相手よ。けれど私はそれ以外のブリューヌの要人にも売りつけているわ」
「俺はその事に対して、そこまで追及するつもりはない。ただ―――出来うることならば、テナルディエ公爵との取引を一時止めてほしい」
リュドミラからすれば居丈高すぎた要求なのか、それとも伯爵風情がという思いなのか、彼女は激怒し、立ち上がってこちらに短槍を突きつけてきた。
その様に思わず自分以外の三人が得物に手をかけて抜く寸前になったが、視線と手で制する。
これは――――俺の戦いだ。この少女を動かすこと出来なければ自分は、ここから先に勝てるとも限らないのだから。
そう、得物を手にかけたリョウにも言われたことだ。
国を動かすのは、最終的には総大将である自分なのだと―――――。
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「なぁ、やっぱりお前がそのオルミュッツの戦姫を説得してくれないか?」
「駄目だ」
キキーモラの館へと向かう時に道すがら話していたことの一つ。それはもしもリュドミラ=ルリエなる少女に交渉を挑んだ際のことを馬上で話していた。
一種の井戸端会議の話題は自然と、今後の軍議に関することであった。しかし、こちらの言葉を袖にするリョウ。
聞けばその戦姫とリョウはそれなりに仲が良いらしいので、出来うることならば親愛の契でもって説得してほしかったのだが。
「俺はお前に就くと決めた時に、ミラと決別したようなものだ。それなのに今度はお前の土地のために「あれこれ」言うのは如何にも忠節違いじゃないか」
「言いたいことは分かるんだけどな。一国の姫を動かせるほど俺は口が上手くないから、得意な奴に任せたい」
こちらの自信なさげな言葉に呆れるリョウ。
ライトメリッツはどうなんだと聞いてきたリョウだが、あれはエレンにとってご近所の火事であったからであり、そこから彼女は損得考えた上で動いてくれただけだと思う。
「どう言ったところでお前はエレオノーラの心を掴んで今でも協力させているんだ。それはやっぱりお前の戦果だよ……ただまぁ、ヒントぐらいは与えてやるか」
ミスリルソードをがんがん売って行けと言ったのは自分だと白状したリョウ。それを聞いてもあんまり怒る気にはなれない。
多分、何かしらの深謀があるのだと自分でも分かる。この男は矢の届く先や現実の遠くを見ることは不得意だが、国や人の命運などの「先」を見据えて行動出来る人間であることは知っている。
「リュドミラはプライドが高い女の子だ。同時に……そのプライドと義理人情に捕われやすい人間でもある」
「つまりテナルディエ公爵に味方しているのは、付き合いの関係上だけではないと?」
首肯したリョウの話によれば、彼女は戦姫の中でも異例な三代続く家系の戦姫であるとのこと。公爵との付き合いは祖母の時代、当時のテナルディエ公爵は現在のフェリックス卿のような悪行大逆を良しとする人物ではなかった。
ゆえに良好な関係であったのだが、先代辺りから、少し状況が変わりつつあった。
「説得するためには、懇々と人として為政者としての道理を説くだけじゃ駄目だな……道理と同時に納得させるだけの「利得」を表示させる必要があるのか?」
再び首肯するリョウ。そこから先は自分が考えることだとしながらも、各国情勢をリョウから聞いて、広げた『西方全図』とでも言うべきものを見ながら、どうするかを考える。
彼女の全てを折りつつも立て直すための策を――――。
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「どういうことかしら? あなたがブリューヌの王権を握るとでも言うの? ブリューヌで次の王権に近いのは、テナルディエ公爵よ。あなたが、それにとって代われるというの?」
ミラの考えでは次なるブリューヌの支配者に対しての支援と言う意味もあったそれを、やはりただの伯爵に止められるとは思っていなかったようだ。
しかし、ティグルは憤激するミラに構わず「二の矢」を放つ。
「違う。君はもう少し遠くを見据えるべきだ。特に自由騎士の深謀のそれを――――今、この西方全体での最大の脅威は「商」「軍」の両面から侵略を仕掛けてきている熱砂餓狼のムオジネルだ。特に君の国はムオジネルと国境を接しているからこそ、それをひしひしと感じているはずだ」
そんなティグルの「正鵠」を射た言葉に戸惑う様子のミラ。しかしティグルは構わず瞳をまっすぐ見据えながら、話す。
これはティグルの戦いだ。だから、まだ手出しも口出しも出来ない。この氷の姫の心に矢を放つ―――ティグルを待つ。
「だがすぐさまそちらに行くとは思えない。ムオジネルが欲しいのはブリューヌの肥沃な大地だ。しかし次に狙うのは山野険しく森林多きザクスタンではない。ジスタートだ。その際に一番目の被害を被るのはオルミュッツ」
「ならば、尚のこと! 南部に強い影響力を得ているテナルディエ公爵を―――」
「他国の介入を退けるために自国の領土、他者の土地を焼き払うなんて考えの人間が、仮にそちらを先に攻略してきた時に、「支援」すると思うか?」
槍が放つ冷気がティグルではなくミラの方を撫でる。冷気に当てられて、その言葉の可能性を考える。彼女は―――フェリックス卿の人格を嫌っているのだから。
「……あなたならば、支援するというの? 私に、何の縁も無い私を助けてくれるというの?」
「必要であり、君が望むならば。俺の目的はブリューヌ全土の安定だ。意に沿わぬからと野盗を使って自国貴族を脅す相手が、他国をそこまで安堵させるわけが無い」
「それでも……あなたには何も無いわ。土地は狭く、ジスタートとの国境に位置しているだけの辺境伯。財力も軍事力もテナルディエ公爵に劣っているというのに……よくもそんな大言壮語を」
「だが、それこそが俺を信じてくれたリョウの深謀だ。テナルディエ公爵に君の国の武器の有用性を広め、ブリューヌ全体の「力」を底上げして、その後、テナルディエ公爵を「退位」させた上で……ムオジネルに対する軍事同盟を二国、いや『三国』で結ぶ。俺の力は信じなくてもいい。だが自由騎士リョウ・サカガミの心だけは信じてくれ」
「………」
ティグルの言葉、それに対してミラは考えを纏めきれない。だが、彼女を動かしていることは確実だ。
「商人ムオネンツォの話を聞かされた。俺は……家族に非道を行う人間の『天秤』が、どれだけ偏っているか分かる気がする」
その言葉にミラは苦々しげな顔で、此方―――義兄と慕っている自分を見てきた。その視線に対して自分は口角を上げた。
これが「ティグルヴルムド=ヴォルン」という若武者なのだと―――。
「アスヴァールに平和をもたらし、ジスタートの近海を治めて、ブリューヌ王宮に接触をして安定を願う。未だに途切れぬリョウ・サカガミの『道』。それを天下人の所業と言わずして何と呼ぶんだ。これに協力しなければ、君の家名に恥を塗ることになるぞ」
「……あなたはその傀儡でも良いというの?」
拳を握り締めて語るティグルに、戸惑いつつも問いを発するミラの心は大きな波に揺れている。
ティグルが放つ『大波』に―――。乗るべきか、否か。
「俺は―――俺を信じてくれた人の為に戦う」
先とは違い短い言葉。
信じてくれた人。それはティグルが思っているよりも多い。多いからこそこの男は止まらない。
短い決意は――――多くを語った。
「どうだリュドミラ―――これが、ティグルヴルムド=ヴォルンだ」
まるで、名刀を自慢するかのように語るエレオノーラ。そんなエレオノーラに心底苦々しい顔をしてから溜め息を吐くミラ。
「―――あなたの深謀ゆえの行軍に関しては考えておくわ。けれどもあなたの要求は全て呑めない……手形を受け取った取引もあるもの」
溜め息と同時に、ラヴィアスを引っ込めてそんなことを言うミラの顔は申し訳無さそうであった。つまり今後の取引においては―――既にテナルディエ公爵に対する絶縁を考えているということだ。
「ならばブリューヌ内戦での中立を宣言しておくだけでいいよ」
(こいつ、最初からこれだけを狙っていたな)
平凡な辺境領主ではない強かな面を覗かせたティグルに対してリョウは感心するかのように内心で喝采を送った。
最初に誇大なことを言って相手を信用させた上で、相手を現実に引き戻すほどの高い要求。
そこから交渉相手に突きつけるは、最初の要求よりも一段階低い「本来の要求」を通す手段。
俗に交渉術で言うところの「ハイ『アロー』交渉」というものだと気付けた。
これならば俺の助言いらなくね? などと半ば捨て鉢な気持ちになっていたリョウであったが、サーシャが人差し指で頬を突いてきた。
「頼りになる―――主家の殿様だね。これでリョウが一国一城の主となれば、ちゃんと僕を妃として迎えてくれよ」
「そんな風な主殿だから……荒事に関して功を挙げていこうとは思う」
そして―――笑顔なサーシャの頬突き刺しが終わり、人差し指が広間の天井を冷たく指した瞬間に―――――、動いた。
腰からバルグレンを引き抜き臨戦態勢を取る。同時に一つにまとめられていた荷物。それにリョウは飛ぶように移動して己の「新しい得物」とティグルの弓を取って投げ渡す。
既にティグルも察していたのか表情を引き締めて、握った弓を手にして、矢を番えていた。
「出番だぜ。新しい相棒!」
得物を包んでいた布を裂いて出たのは長柄の槍。ミスリル製で鍛造された「十字」の刃を持つ「槍」を天井に向けて突き上げた。
鼠などの獣では有り得ない悲鳴が―――天井から響くと同時に―――――
「
エレオノーラの竜技の発動によって天井が吹き抜けとなって――――『戦闘』の開始となった。