鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

58 / 86
「決意の人々―Ⅰ」

 

 

 

 キキーモラの館というのは、ジスタートにおいてフォーマルな別荘名である。

 

 

 そんな訳で館の主に指示された場所に行くまでに、それなりに時間がかかってしまった。

 

 

 こういった別荘が作られる背景には、様々ある。一つは休養のため、これは別に分からなくもない。領主たるもの偶には、仕事など関わらずにいたい時もあるのだろう。

 

 

 それ以外の理由としては領地の様々な「間諜」に聞かれたくない話をするため、あまり表ざたに出来ない人間との会合。

 

 

 領主の裏の顔としての都合を付けるためのものである。だが……この館には「裏の顔」どころか「表の顔」だけで突っ張りあう人間が二人いた。

 

 

 この二人の仲の悪さは、ジスタート王国の醜聞と言っても過言ではなかろう。

 

 

「二人とも睨めっこもいいけれども、お茶が冷めちゃうよ? せっかく僕が焼いたお菓子の為のお茶なんだから」

 

 

「案ずるなサーシャ、とりあえずこの女を黙らせてからでないと心穏やかにお茶会出来ないんだから、速攻でケリをつける」

 

 

「随分と大言吐いたものね。あなたがここで竜具を出した所で義兄様と私で抑えつけられるわよ。状況が見えていない女」

 

 

 苦笑している炎の戦姫。そんな炎の戦姫に勢い込んで宣言する風の戦姫。宣言に対して冷ややかな態度の氷の戦姫。

 

 

 いつ爆発するかも分からぬ状況の中で男二人はそんな女同士の争いにある意味、我関せずで、お茶を飲み茶菓子に手を伸ばしていた。

 

 

(あの二人って何であんなに仲が悪いんだ?)

 

 

(昔はミラは仲良くしようとしたらしいが、色々あってこんなことになっている)

 

 

 小声で尋ねてきたティグルに返しつつ、詳細を語れば誰の悋気に触れるか分からなかった。

 

 

 立派な屋敷に相応しい華三輪―――その華は少し触れればハエトリソウのように「捕食」をするとんでもない「植物」なのだ。

 

 

 綺麗な薔薇には棘がある。とかいうレベルではなく綺麗な薔薇は実は「食虫植物」でしたという話である。

 

 

 話の発端は――――二刻前ほどに遡る。

 

 

 

 † † † † †

 

 

 アルサスにてティッタ、オルガ、バートラン、リムアリーシャなどの見送りで、ヴォージュ山脈を越えて一路ライトメリッツに向かうこととなった。

 

 

 それは同盟者の伝言ゆえであり、彼女にも何らかの事情があるのだろうとは思えた。

 

 

「何でエレンは直接に戻ってこなかったんだろうな?」

 

 

「考えられるのは、まぁ密会目的か……邪魔ならば、俺帰ろうか?」

 

 

「何で密会でリョウを除け者にするんだよ。胡乱なこと考えるな」

 

 

 こりゃ失敬。とばかりに舌を出してはぐらかしときながらも、真面目に考える。

 

 

 王都でのあれこれに関してはオルガにも語らせたし、俺も報告したのだ……後は彼女がライトメリッツから軍を移動させればいいだけだったのだ。

 

 

 それが覆るとは何かしらの予定外のことがあったか、別荘での会合が表ざたに出来ない「ゲスト」との密会であるということも考えられる。

 

 

 考えつつリムの渡した地図でクマのサインで示された目的地を目指すのだが、流石に土地勘の無い自分達だけでは迷う。

 

 

 参ったなと考えていたらばティグルが指で遠くを示した。――――その先には語るとおり、確かに立派な建物があった。「望遠鏡」で確認すると間違いない。

 

 

 あの口撃から攻撃に変換するのが早い女のことである。テリトアール領のように持ち主の所有分からぬ城砦などを己の領土内に残しているわけがない。

 

 

「あれだな。リムが教えてくれた特徴とも合致する―――しかし、流石だ。全然分からなかった……」

 

 

「目の良さは、弓使いの必須技能だから。あんまりエレンを待たせても悪いだろうし、行こうか」

 

 

 ティグルに促されて、目的地へと急ぐ。

 

 

 近づいていくたびに、その屋敷の立派さが見える。ティグルはそれに少し圧倒されているようだったが、リョウは構わず進む。

 

 

 屋敷の厩舎に繋がれている馬は―――二頭。リムがいれば、それがエレオノーラの馬かどうかぐらいは分かるのだろうが、自分では分からなかった。

 

 

 しかしもう一方の馬は少しだけ見覚えがある。というか間違いなく彼女だろう。リプナの街に急ぐために並走した「戦友」だ。

 

 

「ティグル、馬の方は俺がやっておくから、お前は先にエレオノーラがいるかどうか屋敷に訪問しろ」

 

 

「分かった。荷物は全部俺が持っていくから、こっちは任せた」

 

 

 お互いの馬に乗せていた荷物全てを担いだティグル。その姿を見送りつつ、馬具、鞍を外して馬を楽にさせて餌である飼葉と水を与えていると、一羽の鳥が自分の肩に止まった。

 

 

 鷹だ。その鷹の足の根元にある書簡を取り出してから、己の手の中に「納める」。返書を出すまでは休ませといた方がいいだろうという判断だった。

 

 

 書簡にさっ、と目を通すと―――衝撃的な事が二つほど書かれていた。

 

 

 一つは……最近になって桃の「化神」の気配を「西方」で感じたというサクヤの文言である。文章の前半にあった恋文のようなそれを一旦無視してのそれを見て、衝撃的である。

 

 

(死者を操る存在がいるんだ……しかし、「神」を復活させるか……どこのどいつかは知らないが……)

 

 

 余計なことを、と歯軋りしたくなる。

 

 

 もう一つは……その桃の化神討伐の援軍として「魔王」を送ってよこしたとのことだ。こちらは文章の前半でカズサに対しての罵詈雑言がとてつもなく書かれており、それを無視して見た結果であるが。

 

 

 書簡を懐に収めつつ、順序を立てておく。とりあえず当面の敵は「テナルディエ公爵」だ。魔物は公爵の近くにはいるのだ。まずはそいつを締め上げてからである。

 

 

 第一、もしも邪神が動いたとしても、それはこの西方の魔のように隠れ潜んだものにはなるまい。公然と権力の奪取及び領地の「死国」化ぐらいは平然と進めてくるはず。

 

 

 全てにおいて、あちらに優先行動権が与えられている事態を苦々しく思いながらも、出会ったならば容赦はしない。捻り取り、引き裂き掴まなければならない。

 

 

 拳を硬く握り締めてから、瞑想一つ。気持ちを切り替えてからキキーモラの館に入ると―――。

 

 

「いらっしゃい。ご飯にする? お風呂にする? それとも―――僕にするかい?」

 

 

「抱きつきながら、そういうこと言うの卑怯だな。というか後ろの人がとっても怖いから離れてくれ」

 

 

「やだ♪」

 

 

 そうして深く抱擁をしてくる女性だが、そんな行為の結果として、自分からすれば正面に当たる人物は、鬼の形相でこちらを見てくる。

 

 

 抱きついて言ってきた女性アレクサンドラ=アルシャーヴィンの髪を自然と撫で梳きながらというのが、エレオノーラにとっては、不機嫌の原因だったと分かるのは後の話である。

 

 

 † † †

 

 

「やれやれ本当に暑い国だな。冬も間近だというのに……さっさと目的を達して、帰りたいものだよ」

 

 

 見渡す限り熱砂と荒野の枯れた土地である。そこまで故郷に愛着があるわけではないが、グレアストとしても草原が恋しくなってもくるぐらいに嫌な風景だ。

 

 

「王弟クレイシュは動くことを決意したと聞いておりますが?」

 

 

 そちらは表向きのものだ。と無言で問うてきた従者の一人に語りながら、白―――というよりは熱砂で黄色く色褪せたムオジネルの普段着の裾で汗を拭いながら、目的のものがある場所を目指す。

 

 

 裏側の目的―――即ち、我が主の力を増大させるための「モノ」が欲しいのだ。

 

 

 かつて始祖シャルルに仕えていた神官ガヌロンは、己の足で深き森、大いなる聖域、魔境の類に入り込み妖術、魔術、祈祷術などに類する技能を精霊・悪魔・神々から教えてもらっていたという話だが……。

 

 

 今代のガヌロン公爵は、人を使って秘術を得るという、何とも罰当たりな男である。

 

 

(しかし、あの方は本当に「人」であり「魔」である……このムオジネルの前身国家の終王である「悪政王」の如き御仁だ)

 

 

 そして今から自分達は、その悪政王の遺体を漁らなければならない。墓荒らしなどは、国が変わるたびに新興国で行われるものだが……悪政王の墓は未だに荒らされていない。

 

 

 そこはムオジネル王国にとっても忌まわしき「呪われし場所」であり手出しすることは……不審死を幾つも出す結果に終わっていたからだ。

 

 

 

 一刻で三ベルスタも歩いてきた所で、ようやく見えてきた……巨大な石の「山」――――かつては黄金細工、銀細工などが施されていたという四角錐の巨大な建造物。

 

 

 例え墓荒らしが容易に手出ししなくとも、長い風雨と吹き付ける砂嵐が、それらを吹き飛ばしていったのだろう。

 

 

 それにしても……何故にこのようなものが必要になるのだろうか……。

 

 

 王墓というものがブリューヌにも無いわけではない。ただそれはもう少し厳かであり簡素なものである。

 

 

 ましてや、このような高さだけでも二百五十アルシンあるような巨大な建造物―――。何のために作ったのやら。

 

 

「グレアスト様、どうなさいますか?」

 

 

「さてさて頼まれ、所在は判明し、されど取りに行くは難し……どうしたものやら……」

 

 

 部下達に命じて中に入って来いというのは、簡単だ。しかし地元民からの情報ならば全員が五体満足で生きて帰ってくることはあるまい。

 

 

 第一、この巨大な四角錐の建造物は一種の迷宮でもあるのだから。死なせるには無駄すぎた。

 

 

「おまえたち―――何者だ?」

 

 

 仕方なく地元住民達の盗掘屋を金で―――と思考した時に、どこにいたのか自分達と同じくムオジネル風の服を着込んだ人間が、現れた。

 

 

 武芸に達者というわけではないが、グレアストもそれなりに納めていただけに、その人間が―――自分など及びもつかない「手練れ」だと気付けた。

 

 

 王墓の階段――――六段目とも言うべき所にいきなり現れた。フードを目深に被った人間。

 

 

 従者達が、腰に差していた長剣を抜こうとする前に―――手から放たれた何か―――甲高い音と共に剣帯を吹き飛ばした。

 

 

 見ると、当たり所が悪かったのか……手を押さえているものもいた。見ると、三人のうち一人は指が吹き飛び血が流れている。一瞬の早業。

 

 

(魔術師か……?)

 

 

 呪術ということも考えられたが、詳細に見ると人間の手には金属製の何かがあった。それから煙が棚引いている。

 

 

 太陽を背にしていたので暗くて上手く見えなかったが、どうやらこれが――――。思考を進めようとするも次の攻撃が続けられようとするのを確信して、口を開く準備をする。

 

 

 この場は口八丁で切り抜けなければならない。

 

 

「質問に答えろ」

 

 

「いやはや、まさか観光に来て、このような不思議な体験が出来るとは思いませんでしたよ。私、ブリューヌの貴族で伯爵位を戴いておりますカロン=アクティル=グレアストと申します」

 

 

「ブリューヌの貴族……観光と言ったか――――それは真実か? ここに来るまでに何も言われなかったのか?」

 

 

 階段から着地音一つさせない跳躍。そして早業のように抜かれる―――「カタナ」。フードを目深にしている人間の出身が分かった瞬間でもある。

 

 

「グ、グレアスト様……!」

 

 

 従者の一人が呻くように周りを見て戦いている。首にカタナの切っ先を向けられながらも注意して周りを見ると――――背格好がバラバラな同じく砂漠の民の衣装に身を包んだ人間達に囲まれている。

 

 

 大柄というには巨躯過ぎる人間もいれば、盟主であるガヌロン以下の矮躯の人間もいる―――年齢・性別こそ判別出来ぬが、全員がとんでもない殺気でこちらを睨み付けているのだ。

 

 

「疑いはもっともだが……私の主は残虐非道、悪辣無道を旨としている人なのでね……蛇神をその身に宿したという王に詣でて来いと言われたのですよ。いずれ始まるであろう戦争で勝利するには、我が国の戦神ではどうにもご加護が薄そうなのでね」

 

 

「邪神の加護で戦うか、馬鹿げてるな」

 

 

「その他にも、邪神の力を手に入れたいと言ったのですよ――――、あなたには蛇王の力を取り戻す秘術があるのでは?」

 

 

 こちらの探りの言葉に、圧力が変化する。既に首からは一筋の血が落ちて黄砂に吸い込まれていく。

 

 

 黄に紅が混ざった時に―――、言葉が変化をする。

 

 

「どこでそれを知ったのだ?」

 

 

「二年ほど前から―――『極東』から流れ着いたある人間が神秘の力を用いてアサシン教団に現れた。その人間は己の力を誇示して当代のムオジネル国王に取り入ったという話ですが、その「男」――――軍事総責任者クレイシュ=シャヒーン=バラミールに冷遇されて、今ではしがない王墓の守番をしていると」

 

 

 知っている話は、そんなところだと言いながら次なる対応を待つ。

 

 

「そうか。ではそのしがない守番が出世をするためにも貴様の首は献上した方がいいだろうな。何せこの国にとって、ブリューヌは弱くも豊かな家畜なのだからな」

 

 

 言葉だけ聴くならば、今すぐにでも殺されそうだが―――分かるのだ。この男も自分も―――己が主を食い殺すほどの「狼」を飼っているのだと―――。

 

 

 黄砂に落ちた紅は既にかなりの広がりをしている。だがグレアストには分かっていた。この男も「逆らう者」なのだと……。

 

 

「―――いいだろう。話ぐらいは落ち着いて聞いてやるカロン殿―――治療を」

 

 

「承知しました」

 

 

 カタナを引き、鞘に収めた男―――側に控えていた人間―――ゆったりとした衣服ゆえやはり性別年齢分からぬが、それでも女であろうものが従者の指と―――自分の首を癒した。

 

 

「我ら外からの流れ者の住居など粗末なものでしかないが、茶ぐらいは出してやる」

 

 

「ありがたい。ちょうど喉が渇いていたところなので―――どうか我が主のお心、ご理解戴きたいものです」

 

 

「話次第だ。無条件に協力出来るわけではない」

 

 

 素っ気無い返事だが、それでも交渉の椅子には着けた――――そして、そこで一つの疑問がわいた。

 

 

 極東より流れ着いた人間の名前は知らなかった。そういう男がいることは知っていたが、それでもその男の名前は知らなかった。

 

 

「ところで御仁、お名前伺ってもよいかな? 私だけが名乗るというのは不公平だ」

 

 

 フードを下ろした男の髪色は―――予想していた人種の割には、奇抜な色だった。銀色というよりも―――光沢が無い白髪、老人のようなそれを思わせながらも、その眼は炯々と輝いていた。

 

 

 瞳が狼のそれに思えるぐらいだ。

 

 

「名前か……ならば「■■■■■■」とでも呼んでくれれば構わぬ」

 

 

 その名前は、この西方においては微妙に呼びづらい名前であり、略称としてグレアストは彼のことを「カイ」と呼ぶことにした。

 

 

 こちらの呼び名にあちらは「憎悪」八割と「親愛」二割の入り混じった表情で見てきたが、所詮、そんなものだとして、何も言わずに住処へと案内されることとなった。

 

 

 

 † † † †

 

 

 

 

 

 エレオノーラは先程までの仏頂面を少しだけ収めて、リムアリーシャから挙げられた報告書を精査に読んでいる。

 

 

 その真剣な様に紅茶を飲むティグルも姿勢を正している。片やリョウとしては、美味そうな焼き菓子に飛びつきたくもなっていた。

 

 

 だがそれでも同じく姿勢を正して椅子に座っていた。主であるティグルがそうしている以上は、自分も身を正しておかなければならない。

 

 

「―――いいんだな。ティグル? 今ならばまだ踏みとどまれるぞ」

 

 

「そこに書かれている内容に関しては察しが着いている。だけど己の口で君に宣言するよ。俺はテナルディエ公爵と戦う。彼の横暴に苦しむ多くの人と俺を信じてくれた同盟者に筋を通すために」

 

 

 書類―――紙束を机に放り出したエレンは、手を組み顎を乗せてティグルを伺うように見ている。

 

 

 その微妙に女らしい仕草に、ティグルは「鼓動」を早めたようだ。だが自分はお菓子が食べたい。というか食べさせろ。

 

 

「良い目をしている。どうやら―――色々あって覚悟はついたようだ」

 

 

「おかげさまで、ご覧の通りだよ。それじゃ食べたり飲んだりしながら話そうか」

 

 

 そうして「紅茶陶器」を持ち上げて乾杯となった。

 

 

「何度食べても、やっぱり西方の菓子は美味いな」

 

 

「当然だ。サーシャが作ったんだからな。特にこのクッキーが美味いな」

 

 

「こら二人とも行儀が悪いよ。というかもう少し落ち着いて食べなよ」

 

 

 両手に菓子を持ち咀嚼する様子にサーシャが苦言を呈するも、苦笑するにとどまっているのはやはり美味しそうに食べているからだろう。

 

 

 恐らくエレオノーラは、自分にサーシャの手作りを食べさせないための行為だろうが。本当にこの女は……と少し恨めしく見ていると。

 

 

「リョウ―――――落ち着いて食べなよ。頬に欠片付くぐらいに食べてもらって嬉しいけどね」

 

 

「そういうこと自然とやってこられるとどう反応していいか分からなくなる……というかせめてこの二人がいないところでやってくれ」

 

 

 隣にやってきて、頬に付いていたクッキーの欠片を取って食べたサーシャ。悪戯っぽい笑みを浮かべて「してやったり」な顔をしているサーシャだが、「してやったる」と言わんばかりに睨むエレオノーラ、正直怖すぎる。

 

 

「本当に戦姫の色子なんだな……褒めてるから怒るなよリョウ」

 

 

「褒められてる気がしないなティグル。エレオノーラに同じことしてあげたらどうだ?」

 

 

 こちらのティグルに対する仕返しの言葉にエレオノーラは真っ赤になって、ティグルを見ていたが、視線への返答。手を上げて首を横に何度も振るティグルを見て―――「不機嫌」な顔をした。

 

 

 バートランさん曰く、出来ることならばティグルにはティッタを娶ってほしいし、「室」を持つとしてもオルガのようにティッタと上手くやっていける子の方がいいとのことだ。

 

 

 考えるに、確かに戦前のティグルにとって親しかった女の子はこの二人だけらしいから、その気持ちを大事にしてほしいとは思う。

 

 

 詳細こそ聞いていないが、父母の関係の如く王都で親しくなった「女の子」もいるそうだが、まぁそれは詳しくは聞かなかった。

 

 

「と、とにかく―――サーシャの菓子も堪能した。今から私もお前に報告すべきことを言う。オルガやそこの「色子」から聞いたかもしれないが、私からも話してやる」

 

 

 そうして、袖にされたことを誤魔化すかのように、エレオノーラは、王宮で言われたこと、各情勢の程を話し始めた。

 

 

 エレオノーラが話し終えてから、ティグルは喉を湿らせるように紅茶を一口啜ってから、言葉を発した。

 

 

「エレンは俺の私戦で何を欲しているんだ? 俺としてはそれが知りたい」

 

 

「教えてやってもいいが、今はまだだ。とりあえず今はお前の意見を通すためにもブリューヌの悪奸と戦う」

 

 

 各諸侯の思惑は一致していない。ジスタート王室はとりあえず「義理人情」で「オルガ」を貸してくれた。

 

 

 そしてエレオノーラの戦もまた大義こそ不明確ながらも、それなりの理由付けで参戦が認められた。

 

 

「ジスタート王宮は何も決まっていないのか?」

 

 

「そうだな。どこがブリューヌの正統な政体となるか分からない状況。無論、各々で取引ある貴族は違うし、仮にどこかが倒れて損をする人間もいる。そういう状況では意見の一致は難しいから、好きにさせたんだろう……あの老人にしては随分と思い切った判断だが」

 

 

 そんなエレオノーラの言葉に自分とサーシャは苦笑いである。この戦姫がヴィクトール王に対してあまり良い印象を持っていないのは知っていたが、そこまで見くびっていたとは。

 

 

「ただ王宮としては貸し付けた「モノ」が返ってくればそれでいいだけだ。もしもお前がテナルディエをお家断絶としたりせずに矛を収めれば、それでどちらに貸し付けたものも返ってくる。一番最悪なのはやはり独り勝ちだけが先行することだ」

 

 

 それはガヌロンと縁深い人間であっても同じだろう。つまりは……ブリューヌは他国人から見れば「混沌」としか言えない状況に陥っているのだ。

 

 

「ティグル、ここで明確にしておいてくれるか? お前の戦争の「勝利条件」を、それ次第では状況が良くも悪くもなる」

 

 

「……難しいな。今の俺にとっては他の中立貴族などと同じく領土保全。つまり安堵だけなんだ。けれども、公爵がどこで矛を収めるかが分からないんだ」

 

 

 エレオノーラに語れるほど多くが決まってはいない。ティグルもまだ状況に対して流されているだけだ。

 

 

「ただもしも王宮が、此度のことでテナルディエ家を賊と見做せば、それで全ては終わりだ……とはならないんだろうなぁ……ジスタートにいる君にだってテナルディエ公爵の人格や行状は伝わっているんだし」

 

 

「やはりお前の勝利条件は―――テナルディエ家を追い落とすこと。それでいいんだな?」

 

 

「ああ。ガヌロンもまたそうだ。俺にとっては二大公爵は信用出来る人間じゃない……王子殿下が望まれた王国の未来は、あの二人の心で思い描いていけるものじゃないはずだ」

 

 

 そうして同盟相手であり戦友である戦姫に決意を述べたティグル。そう言えばレグナス、もといレギンに関してのことを聞いていなかったな。とリョウが考えたところで、戸が叩かれる音がした。

 

 

「客、それとも伝令か、全く無粋な……少し待てばロドニークに降りるというのに」

 

 

 折角のティグルの男前な話を台無しにされたという感じで、嘆くエレオノーラ。

 

 その姿に仏心を出して、リョウは己が出ることにした。

 

 

「俺が応対するよ。サーシャは俺が信用した若殿の言葉―――ちゃんと聞いておいてくれよ」

 

 

「了解」

 

 

 笑みを浮かべて言って来たサーシャに安堵しつつ、勢い良く叩かれる扉。よっぽど急用なのだろうかと思いつつ、広間を出て玄関に向かうことにした。

 

 そこにあった『顔』を見た瞬間に―――リョウは、その顔を何とかどこかにひっこめたいと思う程に、今の状況はどうしようもないと思えたのだ……。

 

 

 氷青の公主が、そこにいたのだった……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。