鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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速さが足りない!!! 色々とやりたいこととか多すぎる!! なんやかんやと盛り上がっている魔弾二次創作。

私もすぐに追いつきたい!!(涙)


『東方よりの影響』

 

 

 

 海猫の鳴き声が響く。今日もまたそんな声を聞きながらも波をかき分け、己の港を目指すは客船にして運搬船にして、はたまた軍船にもなったことがある白イルカであった。

 

 

 航海士の声で帆を張り、柁輪を動かして舵を取る。行くべき先は、ジスタート王国が公国の一つ「レグニーツァ」である。冬の季節近づきつつあるジスタートではこの時期は冬篭りをする熊のように多くの商業活動が活発になる。

 

 

 ジスタートの冬は長く厳しいものだ。場合によっては悲惨な凍死者が出るものだ。それを抑えるためにも「燃料」「食料」「衣料」など様々なものを各国から輸入していく活動が多い。

 

 

 多くの取引を終えて少しだけ荷足が鈍った白イルカだが、そこはクルー達の不断の努力によっていつもの速度を出している。

 

 

 

 そんな白イルカには今回も多くの客人が乗り込んでいた。人種・国籍・信教・職業、それぞれ違うだろう人間の群れ。

 

 

 群れは船室に篭ったり、甲板に出て船旅を満喫している。そしてそんな船旅を満喫している人間の中に一際目立つ人々を見つける。

 

 

 

 それは三人と一匹といったところだろうか。

 

 

 船べりの方で、仁王立ちするように腕組みして、波間と遠くの水平線を見ているは、長い黒髪―――知っている人間よりはストレートではなく跳ねていたりするが、そんな髪をまとめずに流している女は様になっていた。

 

 

 黒い鎧と白いドレスの中間のような格好をして、短扇を持っている人間。その腰には見知った人間が良く使っている得物二振りに、金属製の何に使うか分かぬもの「二つ」

 

 

 剣呑な姿だが、それで恐れていては船乗りなど務まらぬ。事実、この船にはそういう剣呑な仕事をしている人間も多くいるのだ。

 

 

 しかし得物が得物であった―――。

 

 

 そんな女の隣というよりも船べりに腰掛けて「尻尾」を振るは―――猫であった。もう徹頭徹尾「ネコ」なのであるが、そのネコは時に直立歩行をしていたりするのを自分達は見ていた。

 

 

 見たときには知らずに変な薬でも飲んだのかと思ってしまったのだが、それは当の「本人(?)」によって否定されてしまった。

 

 

 

『いや船長、お構いなく。我が細君の掛けた呪いの弊害なので、あなた方が見えている姿は、幻ではないですぞ』

 

 

 

 渋い声を出してきたネコの流暢なジスタート語に、更に困惑してしまった瞬間であった。しかしながら人間の慣れというものは恐ろしいものである。

 

 

 コートを着たネコの背中にある得物もまた見知ったものであり、その得物を扱い、見知った人間と同じような運動能力で、近づこうとしてきていた海賊船が沈黙させられた時には、驚きつつも『ヤーファ』って何なんだろうと思ったほどだ。

 

 

 

 そんな風に威風堂々とした一人と一匹とは別に、蹲っているものもいた。

 

 

 銀髪というよりも白髪に近い女が、船酔いに苦しみながら、顔を真っ青にして金色の「ひよこ」のような毛色をした女の子に介抱されていた。

 

 

 この二人はヤーファ語で喋っていたのだが、どうやら終始白髪の女はひよこのような毛色をした女の子に申し訳無さそうだ。

 

 

 

 二人は先の二人のように大した装備を見受けられなかった。精々、こちら側で言う「はたき」のようなものと、「瓢箪」のようなものを腰にしている。

 

 

 しかしながら、白イルカの船の長であるマトヴェイは、この三人と一匹に、見知った人間と同じ空気を感じていた。

 

 

 可憐ながらも、その手に握った「運命」が血塗られたものであるような姫君と、武神のような力を見せ付ける若武者と――――。

 

 

 深入りしてしまうのは危険そうではあるが、もう少しでレグニーツァなのだ。主君である姫に報告を入れておくためにも、この人間(?)達を、知っておくのもいいだろう。

 

 

 

「どうですかな? ヤーファからここまでやって来た感想は?」

 

 

「これはどうも船長。我がことながら遠くまでやってきたものだと思っていましたよ―――親父殿も同様かな?」

 

 

「ああ。ワシもこうして外国に来ることが出来て嬉しい限りだ。それがドラ息子の様子見ということでなければ、もっと楽しめたのだがな」

 

 

 

 女の割には自分の主人よりも男らしい口調の女性がジスタート語をしゃべるネコに問いかけた。

 

 

 二人ともどうやら目的は観光であり、それと同時に誰か親族を見舞うようにやってきたようだ。ネコの出身地がどこだかは分からないが、隣の女性と同じと考えると―――少しだけの引っ掛かりもある。

 

 

 

「船長は、ヤーファ人が珍しいのかな?」

 

 

「いえ、ここ一年経つか経たないかの間に、あるヤーファの騎士殿と友人になりましてね……珍しさという意味では、薄れてしまいましたかな」

 

 

 

 マトヴェイの笑いながらの言葉に、一人と一匹は表情を引き締めた。些細な変化程度のものであるのだが、それでも変化は変化だ。

 

 

 探り針にあっさり食いついたことに、マトヴェイは早まった思いも感じていたが。杞憂であった。

 

 

 

「その話、詳しくお聞かせ願えませんか?」

 

 

 扇子を開き、口元を隠した女。それだけでもこの釣り針にかかったと確信できる当たりであった。

 

 

 だが、その前に確認しなければならないことがある。

 

 

 

「その前にお名前、教えていただけますかな?」

 

 

「一応、乗船名簿に書いておいたのですが……」

 

 

 

 怪訝な顔をする黒髪の西方・東方混ぜ合わせ衣装の女性だが、マトヴェイとしても退く事は出来ない。

 

 

 

「まぁ、あれがどれだけ信用出来るものかというのにも疑問はありますからな」

 

 

 

 正直、今の時代の乗船名簿、身分証明というやつは幾らでも偽装しようと思えば偽装できてしまうものだ。故に船長の航海日誌というものが一番の信用できる書類とも言える。

 

 

 それゆえに船長は時には目立つ客人には自ら接触をすることで、名前と顔を一致させておく必要もあるのだ。

 

 

 そうして扇子を器用に閉じた女は一度だけ目を閉じてから、こちらに名前を告げる。

 

 

 

「織田和紗信『那』―――カズサと呼んでいただければ結構です」

 

 

「坂上十葉官兵衛―――通称はジュウベエと申す浪人侍でござる」

 

 

 異国の名前と名称混ぜ合わせゆえにはっきりとは聞こえなかったが、それでも流暢な声に見知ったヤーファ人を思い浮かべるのは仕方ない話であった。

 

 

 次に自由騎士リョウ・サカガミに関する話をしようとした瞬間に――――。

 

 

 

「自己紹介の途中ですが、船長……酔い止めの薬を飲みたいので真水を―――ひよの様にお手数かけさせたく――――」

 

 

「ちょっ、カグヤ! むしろ船長さんに迷惑かける方がだめだってば、アタシが取ってくるよ!!」

 

 

 

 などと後ろの方で息も絶え絶えな声をした声。まるでいつぞやの亡者の軍団を思わせる顔面蒼白な人間が一人すがるようにして見てきて、少しだけ肝を冷やした。

 

 

 それを制した金髪の女の子の快活な様子に、一人と一匹は苦笑しつつのため息を吐いた。どうやらこれはいつものことのようだ。

 

 

 

「――――では船長、改めてリョウ・サカガミに関してお聞かせ願えないかな?」

 

 

 

 優雅に髪をかき下げるカズサという女性に思わず見惚れつつも、マトヴェイは自分が知る「自由騎士」の姿を語ることにした。

 

 

 マトヴェイは語りつつも、船は一路リプナ、レグニーツァの港町に向かっていったのだが、この時、レグニーツァにとっての幸いとは、この三人と一匹が戦姫と出会わなかった点にあるだろう。

 

 

 現在、アレクサンドラは王宮にて諸々の案件に携わることを余儀なくされていたからで、ヤーファ……オオヤシマ、ヒノモトとも言われる国の『魔王』と出会えば、激突は必至であったからだ。

 

 

 

 ヤーファにおける一つの争いを制して、鬼の侍―――リョウ・サカガミの元に行く権利を得たのは「魔王」であった。

 

 

「魔王」は向かう。乱の時には自分の下で戦ってくれた鬼の侍の下に、今度は自分が助ける番なのだと――――、海の向こうに見える大陸の入り口を見ていたのだった。

 

 

 

 † † † †

 

 

 

「そうか、ではドナルベインの装備品などは回収出来なかったのだな?」

 

 

「はっ、申し訳ありませんサラ様」

 

 

 

 侍女服のままにその報告を聞いていたテナルディエ家の毒手は、どうしたものやらと思う。

 

 

 月明かりのみが照らすテナルディエ家の庭園にて、その姿は両名共に異彩を放っていた。

 

 

 しかし、そんなことは些事であり、歩き巫女は考える。

 

 

 

(やはり戦姫と自由騎士が厄介だな―――何より……)

 

 

 

 自分の気掛かりは「ザイアン」を殺したのが「誰」なのかということだ。

 

 

 無論、主家に対する礼節として「伯爵」は殺すつもりではいるが、復讐者としての自分の標的が誰なのかにもよる。

 

 

 こうなれば直接の接触あるのみだとして、膝を突き頭を下げていた部下に命じる。

 

 

 

「分かった。後のことは手筈通りにしろ。場合によっては――――戦姫を動かす」

 

 

「しかしサラ様、大旦那様の動かせる戦姫―――リュドミラ・ルリエ、エリザヴェータ・フォミナ。両名は共に、自由騎士と親しい存在ですぞ」

 

 

 

 七鎖の内の一人の報告。それに対して一方を確実に動かす算段はつけてあると伝える。所詮は―――戦姫といえども人間でしかないのだから、それを動かす手などいくらでもあるのだ。

 

 

 

「そちらは私で何とかしておく。お前達は予定通り「森」で迎え撃て」

 

 

『はっ!』

 

 

 

 これ以上は無用な問答であり命令を聞いた15人の暗殺者達が伯爵家からいなくなった。庭園から館の方に戻ると、そこには予想外の人物が佇んでいた。

 

 

 

「復讐はやめないのですねサラ」

 

 

「大奥様……騒がせてしまって申し訳ありません」

 

 

 

 先程までは、多くの人間をかしづかせていた女が、現われた貴賓の女にかしづく。

 

 

 その人こそが自分の主であった男の母親だからだ。

 

 

 名はメリザンド。ブリューヌ王室に連なるものとしてこの家に嫁いできた言うなれば政略結婚の「道具」である。

 

 

 どんな国でもそれは代わらぬものだとして、少しだけ「女」というものに考えさせられる人だ。

 

 

 

「フェリックスはあれ以来、抜け殻になったようです……だというのに、未だに王権を握ろうとしています」

 

 

 

 あれ以来―――というのはアルサス侵攻によって嫡男を失った以来ということだろう。己の手を握りつぶしたくなるほどの噴気が起こる。

 

 

 何故あの場に自分は着いていかなかったのだろう。己の力さえあれば全軍とまではいかなくてもザイアンだけでも助けられたというのに……。

 

 

(女として生きてくれと言われて、それに甘えた私の落ち度だ……)

 

 

 だが、もしもザイアンが魔体になったとして、それを解けるほどのことは出来ただろうか―――。しかし、自分の全力で「陰陽師」を脅すぐらいは出来たはずだ。

 

 

 

「私はフェリックスが玉座を得られるとは思っていません―――ならば、ザイアンに喪を弔うぐらいは心穏やかにしておかなければいけないはず」

 

 

「若様の葬儀には下手人の首級を捧げなければなりません。でなければ家の面子に関わりましょう……その為にもアルサス伯爵以下、ザイアン様の死に関わった者全ての首をあげます」

 

 

「……分かりました。もう何も言いません。私も全てを喪えばあなたのようになってしまうような気もします……そうならないように気をつけたくはありますが……無理でしょうね」

 

 

 

 この人が家に嫁いできた時、どんな気分だったのだろうか。それを問いただしたい気分にもなったが、それでも……それを聞けば何も出来なくなりそうな気もしていた。

 

 

 翻り、決戦の場へと向かう。闇夜に再び死神が踊る時がやってきたのだった。

 

 

 † † † †

 

 

 

「其は祖にして素にして礎、母なる大地に芽吹きし癒しの光、暖かな光持ちし大地母神モーシア」

 

 

 精神集中したティッタ。いつもの侍女服ではなく、薄い巫女服を着た彼女が精神集中すると同時に、唱えられる祝詞。

 

 

 一応の場として神殿にて様子を見ていたのだが、既に癒しの光が彼女の身体から溢れ出ている。

 

 

 

 中央の台座には、枯れ果てた花束差された花瓶。それに対して――――ティッタが手を翳した時に、一挙に変化が現れた。

 

 

 既に花弁も色彩を喪い、枝も朽ち果てていたというのに、まるで枯れるまでの過程を逆回しのように見せられた。

 

 

 そして花瓶には立派な花束があった。その花瓶を詳細にみるべく台座に近づき花に触れると―――、特に何事もなかった。

 

 

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 

「いや見れば分かるとおりだよ。成功だよ。君の御稜威は十分に奇跡として通じるものだ」

 

 

「―――よかったぁ」

 

 

 

 安堵して胸を撫で下ろすティッタだが、指導したリョウとしては一挙に教えることが無くなると同時に、一抹の杞憂でしかないような不安もあった。

 

 

 

(才能がありすぎじゃないか?)

 

 

 

 一応、家系図的なものでも無いかと思ったが、ティッタ自身は特に何か出生に秘密めいたものはない平民だと言われてしまった。

 

 

 今では引退してしまったメイド長であるモーラ女史にも聞いたが、これといった話は聞けなかった。

 

 

 ただティグルの御母堂―――ディアーナという奥方は、神話や御伽噺に関して教養ある方であり、不覚にも自分の母も思い出させた。

 

 

 九歳まで生きていた御母堂とティッタも面識あったならば、そういった話を聞いて、子供の頃から親和性を発揮させていたのかもしれない。

 

 

 それが巫女の家系としての血を発させて―――この結果を与えた。と考えれば、それなりの納得は出来た。

 

 

 

「怪我の程度にもよるが、君の治癒ならばかなり重篤なものも治せるだろう。だがあまり無理はするな」

 

 

「無理といいますと……?」

 

 

「ティグルが大怪我を負ったからと、それを全て御稜威で治そうとはするな。ということだ」

 

 

 

 こちらの言葉に少し口を曲げるティッタ。彼女がこれらを覚えたのは、まさしくティグルのためなのだろうが、下手に使えば――――。

 

 

 

「その辺は任せよう。言っても聞きそうにないからな」

 

 

 

 結局、問題を伏せた上でこの侍女の心意気に賭けるしかなかった。自分もそこまでの傷を負った友人を見て、そんな風に冷静でいられるとは思えなかったから、これ以上は木阿弥である。

 

 

 

 ――――着替えがあるティッタを神殿に残した上で外に出ると、待っていたティグルが成否のほどを聞いてきた。

 

 

 

「成功だよ。正直嫉妬してしまうほどの精度だ」

 

 

「そうか……」

 

 

 

 ほっ、と胸を撫で下ろすティグル。似たもの主従というよりお互いに想いあっているのだろう。想いの方向性が少しずれているだろうが、それはあえて言わないでおく。

 

 

 

「なぁリョウの母さんってどんな人なんだ?」

 

 

「いきなりだな」

 

 

 

 何気ない質問だが、どうしてそんな質問をしたのかは何となく察しはついていた。自分がモーラなど領民達にティグルの来歴を聞いていたのを誰かが言ったのだろう。

 

 

 

「まぁ俺もお前のご両親に関してあれこれ聞いて回ったからな。教えてやる」

 

 

 

 神殿の壁に寄りかかりながら気のない調子で己の来歴を答えていく。

 

 

 坂上の領地にて巫女頭、姫巫女を勤めていた我が母。領地の若君であった自分の親父と色々あって結婚したことを。

 

 

 珍しいことではあるが、とりあえず恋愛結婚であり「室」を持つこともなく、すんなり俺が生まれたという辺りを。

 

 

 

「ウチの父親も恋愛結婚だったそうだが、それでも珍しいな。巫女と結婚するなんて」

 

 

「無論、俺の国でも早々無いよ。武士の結婚相手はどこそこの貴室の姫ってのが普通だからな」

 

 

 

 ただ色々なことは推測できる。それが様々な要因あってのものだろうということも……ただ結局親父は「後添え」「後妻」の類を持つことなかったので、相当な大恋愛だったことは推測できる。

 

 

 

(応仁の頃からの乱世で出来た愛だから大事にしたかったんだろうな)

 

 

 

 お袋の「嫉妬」で「猫又」に時々なってしまう父を見ながら、悲しい納得をすることにした。

 

 

 

「お前は結婚の予定とか無いの?」

 

 

「―――今から戦争だっていうのに、それを聞くか?」

 

 

 

 あきれ果てるようなティグルには悪いが、これは重要事項でもあるから表情を変えずに問い掛ける。

 

 

 

「誰かと婚姻関係や婚約関係ならば、そういう相手からの助力も可能だろ―――まぁ絶対に力を貸してくれるとも限らんが」

 

 

 そんな風に言いながら「謀反」を起こしたはいいが、当てにしていた縁戚の相手に袖にされた「親友」であり「好敵手」のことを思い出した。

 

 

(あの時……『フジタカ』殿が、あいつに味方していたらどうなったんだろう……)

 

 

 

 手組枕を回して空を見上げる。嫌な思い出だ。あの時もこんな青空の下での戦いだった。しかし、その戦いは火に巻いたと思っていたカズサの出現で一気に形成は覆された。

 

 

 無駄な感傷だとして、ティグルに問い掛けるも芳しい答えはない。

 

 

 

「俺の土地の程を見れば分かる通りだ。好きでここに嫁いでくる人もそうそういないだろ」

 

 

「自虐的だな」

 

 

「否定しようが無いからな」

 

 

 

 しかし場合によっては、ここがジスタートとの交通の要衝になるかもしれない。貧乏な辺境伯と見るか、それとも将来性ある男と見るか。

 

 

 ただ情勢が変化しなければ、確かに前者で終わる可能性でしかない。それだけでブリューヌの有力者達の目を推し量ることは出来ない。

 

 

 

「そういうお前こそどうなんだよ? ヴァレンティナにアレクサンドラさん……他にもどこかの戦姫に慕われているそうじゃないか」

 

 

「戦姫の結婚というのは特殊なんだ……まぁそれを抜きにしても大事にしていきたいとは思うよ。仮に誰か一人となっても上手くやれそうな気がする」

 

 

 

 仕返しするような表情のティグルには悪いが、これでも天下人の偉業に付き合ってきた人間なのだ。

 

 

 女の二人や三人、心の底まで慈しめなくては、やつの偉業に泥を塗りかねない。

 

 

 

「お前もそういう時が来るんじゃないか。オルガは騎馬民族の継嗣、ティッタだって昔からの幼馴染なんだろ?」

 

 

「いや、あの二人は……まぁただの妹分だとも言っていられないか」

 

 

「着替え終わりました!」

 

 

 

 そんなティグルの紅潮しての頬掻きを見計らったようにいつものメイド服でティッタが神殿の扉を開けて、言ってきた。

 

 

 驚くティグルだが、神殿の壁の感じから「聞き耳」を立てていたのは、理解していたので、そんな風な質問をしたのだ。

 

 

 

「それじゃ帰るとするか」

 

 

「あっ、ああ……なぁティッタ、今の―――」

 

 

「? 何ですかティグル様?」

 

 

 

 そこまで鈍感ではないのかティグルも言い募るが、満面の笑顔で聞き返すティッタに毒気を抜かれたのか、ため息一つして「なんでもない」と言うに留まった。

 

 

 遠回りしすぎる二人を見て、一笑してから共に館へと戻ることにした。

 

 

 セレスタの街では現在、復旧作業と並行して戦支度も進められていた。今回のことでもはやアルサスが、ただの辺境という位置づけではないと思った領民達は多い。

 

 

 国乱れて多くの人間が往来するようになると、危機感からの連帯により、村から集まった若者の多く。彼らは練兵に積極的に参加するようになっていた。

 

 

 そんな領民達に囲まれて、人気者の性でもみくちゃにされている二人を置き、主人に先んじて館に入ると武官三人の合議が行われていた。

 

 

 

「ではこれが目録になりますので、くれぐれも間違いないようにお願いします」

 

 

「―――リムアリーシャ殿、このクマの毛皮というのは―――必要なのですか?」

 

 

 

 軍需物資の目録を一読して、ジェラールはそんなことを怪訝そうに聞いたが、椅子に座るリムアリーシャは愚問とばかりにため息を突いた。

 

 

 

「いいですかジェラール卿。私の見立てでは、この行軍は確実に冬を迎えます。その際に必要なのは兵士達の身体を温める毛皮の防寒着です。仮に長時間野晒しの状態を耐えての弓射を行う部隊に装備させるは、獣と間違うものならば、尚のこと良いのです」

 

 

 

 ヤーファでは地走りなどと言われる狩人がいるそうです。と締めくくるように言うリムアリーシャだが、地走り、マタギなどは別に熊の毛皮だけを使うわけではない。

 

 

 しかし……敢えて何も言わないでおこうと思った。この女将軍の唯一の趣味はサーシャから教えてもらっていたから。

 

 

 

「考えには同意ですが……承知しました。このオニガシマの紅釉薬というのは……サカガミ卿からの注文で?」

 

 

 

 白熱する女将軍の言葉を聞きながらもジェラールはこちらに気付いていたようだ。

 

 

 ジェラールとルーリックを対面に立たせたリムアリーシャ。そのどちら側でもない所に立ちながら、首肯しておく。

 

 

 

「ああ、頼んだ」

 

 

「理由を伺っても?」

 

 

「何故ムオジネル軍の大半が「赤い軽鎧」を身に着けているか……考えておけ」

 

 

 

 答えは簡単に教えないという態度でいると、ジェラールも致し方ないとばかりに全ての目録を読み終えてから、懐に入れて館を出る準備をする。

 

 

 

「では行くぞ禿頭のジスタート人。ここからは速度が肝要だ。商人の腰を上がらせるにも時間が必要だからな」

 

 

「舐めるなよ小物のブリューヌ人。ティグルヴルムド卿の為にも山吹色の如き波紋疾走を見せてやる」

 

 

 山吹色の波紋疾走(さんらいといえろーおーばーどらいぶ)って何だよ。と思いつつも、補給部隊としてテリトアール、ライトメリッツの兵士達十人ほどの連隊が出発を待っていた。

 

 

 

「我がテリトアールの意地を見せるのだ!」

 

 

「風の戦姫の戦士として、迅速且つ正確にこなすぞ!」

 

 

 

 無論、たかだか二十人程度で全ての物資を輸送できるわけはないが、オードでも護衛部隊を組織するとなると、とりあえず第一陣は、間に合いそうだ。

 

 

 勢い込んで出て行くルーリックとジェラール。そんな二人を見送ってからリムアリーシャに向き直る。

 

 

 

「エレオノーラの居留別荘は?」

 

 

「キキーモラの館で待つそうです。これが報告書の類ですので、確実にお願いいたします」

 

 

 

 ライトメリッツの副官である彼女の仕事の早さは、連合軍にとって欠かせないものだ。だからこそ無理をせずに養生するようにとした。

 

 

 そうしてジェラールに続いて自分もお使いを頼まれる身となった。

 

 

 

「思うにあなたとティグルヴルムド卿は不思議な人ですね」

 

 

「藪から棒に、何だよ?」

 

 

 

 唐突な感想を金髪の副官から述べられて、少しびっくりする。

 

 

 

「アスヴァールの英雄でありエレオノーラ様の宿敵であり、戦姫の色子であり、ブリューヌでも礼賛される「ヤーファ」の剣士―――、こんな人物がいたらば誰もがあなたを総指揮官にしたがるはずなのに……」

 

 

「『自分』も含めて何でティグルの虜になっているんだろう? ってところか?」

 

 

「殴りますよ。殴れるとは限りませんが」

 

 

 

 一瞬にして茹でタコのようになるリムアリーシャ。この女将軍にとって男など所詮は戦場での競争相手か身体を狙う下衆な人種程度に考えていたのだろう。

 

 

 それが、一緒に行動してオルガ、ティッタと同じく女性として扱われている内に、心が絆されつつある。

 

 

 最終的には献身的に看病してくれて、そして自分をエレオノーラへの義理とか何もなく全ての手を打つ男の姿に思うところ出来つつあるという感じか。

 

 

 その辺はティグルの貴族としての「礼節」の良さの勝利だろう。エレオノーラもリムアリーシャも、「男」を対等な競争相手という場所でしか見てこなかったから、淑女や姫として扱われ、いざとなれば武を以って立てる有様が心に響いた。

 

 

 それ以外の場所では、貴族らしくもなく、のんびり屋なところがありすぎる。日常とのギャップがアンバランスな英雄に「がんばろう」という気持ちを喚起させられる。

 

 

 

「ざっくり言えば、そんなところだろ。まぁ俺としては弓が得意だなんて本当に羨ましすぎるし、家督を相続しているだけでも武士として負けている……俺を上手く使ってくれる人間に俺は全力を出せるんだよ」

 

 

「そうでない時には、アスヴァールの時の如くあなたが動くと―――」

 

 

「まぁ最初はそういう考えだったが、ご存知の通りタラードという人間がいたから、そっちに賭けた。今回はティグルになったってところだ」

 

 

 

 自分から動くときには動く。しかし、自分以上に義憤を持って戦う人間いればそれに従う。それが自分の「侍」としてのあり方なのだろう。

 

 

 場合によっては主体性が無いと言われるかもしれないが、それが自分のあり方なのだから仕方ない。

 

 

 

 ―――――しかしリムは少し考えが違っていた。思うに、タラード、ティグルの心がリョウ・サカガミと同じくだからこそ、そこまで動くのだろう。

 

 

(まぁこの方が自由に動こうと思えば、それは最上の結果かもしれないが……)

 

 

 それだけを国や社会は求めていない。多くの課題が残りつつもそれを一つ一つ皆で解決していくことも必要なのだから。

 

 

「―――ティグルヴルムド卿を頼みましたよ」

 

 

 一言だけ、そう言っておくことにした。

 

 

 

「仰せのままに、リムアリーシャ将軍」

 

 

「長いでしょうから私のことはリムでいいですよ。畏まられてもこそばゆいだけですし」

 

 

 

 

 

 苦笑しつつの言葉を吐くと同時に手荷物一杯のティグルとティッタが帰ってきた。

 

 

 そうして館の主人が戻ってくると同時に、いろんな所で「人気者」な英雄の姿に、二人して「心からの微笑」を零すこととなった――――――。

 

 

 


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