鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。


「魔弾の王Ⅶ」

 

 

 

 夜明けになると同時にヴォージュ山脈に入り込んだティグル達は、そこでの予想外の光景に一度面食らうこととなってしまう。

 

 

 野盗共のアジトは廃墟のような城砦と、城砦の周りに岩で作られた質素な塒―――そして死屍累々たる野盗共の死体の山であった。

 

 

 様々な戦利品。中でも―――内部分裂が起きた時点で鎧も着ていなかった人間ばかりだったらしく、修理の必要性が殆ど無い武具を入手出来たのは大きかった。

 

 

 今後も使えるもの、使えないもの。オージェ子爵に渡すべきもの、そして死体の処理などを手分けして指示していたところ。

 

 

 やってきたのは、別働隊であり女性陣救出部隊であったジェラールである。表情に変化は無いが、少しだけ……疲れているようにも見えるが、特に指摘しなかった。

 

 

 指摘しても逆鱗に触れるだけな気もしていたからだ。

 

 

 

「ではここはお願いします」

 

 

「承知した。オルガ、ルーリックもジェラールと一緒に下ってくれ……彼女達に必要なのは、お前達だろうからな」

 

 

「……分かった」

 

 

 

 野盗共の慰みものとなっていた村の女性達は、ジェラールの保護で山を下ることになっていた。

 

 

 それの護衛であり、安心のためにも女と「二枚目」が一緒にいた方がいいだろうとしてティグルは、そう指示した。

 

 

 少しの不満を見せつつも、オルガは従って馬車の御者となった。

 

 

 

「ご婦人方の扱いはお任せください。サカガミ卿―――お願いいたします」

 

 

「承知した。ティグルは無事に凱旋させる」

 

 

 

 そこまでの危険は、もはや無いはずなのだが、もしかしたらば山の獣が血の匂いに惹かれてやってくる可能性もある。

 

 

 ルーリックの懸念をリョウは察しているのだろう。そうして後方移送の馬車数台を見送ってから―――惨状の程を見る。

 

 

 

「まさかこんな欺瞞情報を信じるとはな……馬鹿が、お前がもう少し「自由」にやってればこんなことにならなかったんだよ」

 

 

 野盗の首領ドナルベインの死体。そして血と土に塗れた偽の「指名手配書」。その二つを見比べたリョウが嘆くように言う。

 

 

 

「リョウの国では、こんな風な計略も行うのか?」

 

 

「基本的にヤーファは平地よりも山地が多くてな。防御の要害である山城を落とすには、こういった離間工作、調略の類は多いよ」

 

 

 もっとも山にある以上、よほどの備えなくば兵糧攻めされるだけだがと付け加えるリョウ。

 

 

 

「コンスイボギョ―――、水をかき混ぜて、魚を誘導することに似ていることから、名付けられている。――――卑怯だと罵るか?」

 

 

「命じたのは俺だ。……この乱世で『戦』の作法にこだわる意味がどこにある。何より敵は野盗だ」

 

 

「オルガの話ならば、奴はテナルディエ家の客将だったようだが―――それでもか?」

 

 

 

 確認するように視線で問いかけてくるリョウ。試しの言葉であることを理解しながらもティグルは心のままに吐き出した。

 

 

 

「ああ。今回の事で確信したよ。味方でないならば、味方にならないならば同属、同民にすら非道を行う。様々な斟酌無く行うやつ玉座に就けば、ブリューヌ全土がどんなことになるか―――」

 

 

 

 今まで、ティグルには確かにアルサスを守る。それが第一義であり、会談の時のマスハスほどの義憤は無かった。

 

 

 しかし城砦より出てきた様々な指令書、手紙の類などを一読してからティグルは、一種の怒りを覚えた。それは人間として正しき「怒り」であった。

 

 

 

「何で燃やさなかったんだろうやら、あるいはこの事をどこかに密告するぐらいは考えていたのだろうかな」

 

 

「どちらにせよ……馬脚を現したな。王になるとかまでは考えないが―――」

 

 

 

 そんな奴に玉座を与えることは有り得ない。泥臭くても、例えブリューヌの戦の作法を逸脱したとしても――――。それだけは心が許せないのだ。

 

 

 

「俺の心が正しいと思えたことを必ずや成し遂げる―――これから出るかもしれない悪名は俺が引き受けていく。鬼となり魔王と呼ばれようとも構わない。冥府に落ちるは俺だけだ。だからリョウ、――――平和が訪れ、皆に笑顔が戻るまでは、どんなことあろうともその刀を鈍らせないでくれ」

 

 

 

 そう言って来るティグル。そんなことを言われたのは「三度目」である。

 

 

 一人は神王。一人は魔王。

 

 

 二人ともが、『お前のカタナは私の『言葉』だ』として、そんな風なことを決意して言ってきたのだ。

 

 

 

「お前はお前の心のままに命じろ。それに俺は応えるだけだ――――お前が斬れと命じたもの守れと命じたものの為にカタナを振るうさ」

 

 

 

 全てを背負うと決意した王様。その為に働けるというのならば、これ以上の武士としての誉れは無い。

 

 

 何より恐らくティグルの心は俺と同じはず。たとえ困難な戦場に民を助けに行くなどという無謀をも、この男は行うはず。

 

 

 それは―――俺と同じ道だ。だからこそ戦える。

 

 

 

「詳しくは後に話すが、まず行軍する前に……お前は、この「武器」をテナルディエ公爵に供給した『戦姫』に会わなければならない」

 

 

 

 決意の言葉の後には現実に引き戻す。とりあえず当面の問題としてドナルベインの得物に関して決着を着けねばならないと告げる。

 

 

 剣の心得不足しつつも、その剣の良し悪しを感じて、豪奢な鞘から軽く引き抜くティグル。

 

 

 夜明けの光に透けて刀身に見えるのはこの辺りの戦神の紋章である。

 

 

 

「トリグラフの紋章の……ショートソード」

 

 

「オニガシマより産出せし神鍛金属ミスリル、火竜の炎により溶けて鍛えるは、氷結の土地の鍛冶職人」

 

 

「……近いのか? ここから」

 

 

 ティグルの質問に首肯で答えてから、件の戦姫の名前を告げる。

 

 

 

「公国オルミュッツの蒼の公主 リュドミラ=ルリエ。まずは彼女と話を着けるべきだ」

 

 

 

 

 

 

 † † † †

 

 

 

 

 

 テリトアールにおける戦いは大勝利となり、ティグルはベルフォルの街にて、拍手喝采に包まれることになる。

 

 

 大したことはしていないはずだが、それでも総指揮官は自分なのだと、リムに諭され胸を張って凱旋。その足でオージェ子爵の館に挨拶に向かう。

 

 

 広間に通されて、ささやかな酒宴を開くと言われて特に断る理由も無いので受けることにした。

 

 

 こちら側からは、主だった将達が出席をしている。初めて来た時にはいなかったオルガ、リョウも含んでのそれとなる。

 

 

 

「いやはや感謝するティグル―――いや、ヴォルン伯爵。息子から詳細は聞いておるゆえ、その武功と完全なる勝利に感謝は絶えぬよ」

 

 

「俺一人だけではありません。首領を討ち取ったのはオルガですし、水脈を辿ったのはリョウです。俺一人では何も為せませんでしたよ」

 

 

 

 その言葉にリョウとオルガは少しだけきつい目で見てきたが、それでも嘘偽り無く申告せねばならないことだ。今、兵を欲しているのは自分たちなのだ。

 

 

 自分の武功自慢などよりも、これだけ有能な将がいることを紹介することで、オージェの信用を得なければならない。

 

 

 

「やれやれ……ウルスは良き後継者に恵まれたものだ。そこまで言わなくても、もはやワシは決心しておるよ」

 

 

 

 前半の言葉に少しだけ含まれたものを感じたのか同席していたジェラールは、むっ、としていた。

 

 

 後半の言葉は自分の狙いを看破されたゆえだ。

 

 

 

「では――――」

 

 

「うむ。お主の義戦、テリトアールは全力を以って支援しよう。とりあえず一千の兵をお貸しする。そして策源地としてここを使うがよい」

 

 

 

 そして近隣貴族への交渉も自分がやると言われて本当にありがたく思う。しかし、こちらの笑顔に苦笑をするは老子爵であった。

 

 

 

「一軍の総大将たるものが、そこまで簡単に喜ぶでない。寧ろ忠節を詰るぐらいでいるべきだぞ。ワシは此度の戦―――、いやこれ以上は言わないでおこう」

 

 

 

 老子爵の言葉が途切れるは当然だ。この戦は、言うなれば最終的にはテナルディエ及びガヌロンの横暴を止めるための戦いになろうとしている。

 

 

 彼らが中立貴族に対して、そのような行いをするを止めるには結局の所、義がこちらにあることを示さなければならない。

 

 

 つまり王権に対しての不義・不忠を諌めるためのものだ。

 

 

 

「さてと、では乾杯をする前に一つ提案をさせてもらいたい」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「我が息子ジェラールをお主の「旗本」として就かせてもらえぬか?」

 

 

「父上!?」

 

 

 

 どうやら事前に通していたことではないようだ。驚いたジェラールの顔がユーグに向けられるが老子爵は淡々とそれを受け流しつつ、どういうことなのか驚くこちらに説明してきた。

 

 

 

「リムアリーシャ殿にそれとなく聞いていたことだが、どうやら現在ライトメリッツ兵の何人かは残ったアルサス兵士と一緒に練兵されているとか」

 

 

「ええ。こちらと戦闘合図などが違うことも有り得ますし、いざ行軍という段になって共同歩調できないでは意味がありませんので……」

 

 

「それを知るためにも、こちらとしても誰かを派遣することで、合図矢や号令のそれを知っておきたいのです。無論、軍機であるというのならば諦めますが」

 

 

「……ティグルヴルムド卿のお心次第です」

 

 

 

 リムの発言で殆ど全員の目が自分に向けられた。

 

 

 特に裏がある提案ではない。確かに事前にそういう伝令や合図のそれなどが分かっていれば、行軍及び戦の仕方は統率取れたものとなるだろう。

 

 

 指示を出すのは隊長格の役目。大体は代々の領地の家臣が10から100の指揮官となって動くというものだから、そこまで神経質にならなくてもいいはず。

 

 

 決断次第では、どうなるか分からぬものだ。下手したらばジスタートとブリューヌの軍団同士での分裂にもなるかもしれない。

 

 

(現にルーリックは、ジェラールを睨んでいる……)

 

 

 しかし、そもそもこの寄せ合わせの軍団を繋げるのは結局、自分なのだと気付かされる。ジスタートにも理解があり、ブリューヌの臣として動くこともある自分が、この軍の楔なのだと。

 

 

 ならば―――起こるだろう問題はさっさと起こって早めに解決してしまえばいいだけだ。

 

 

 

「分かりました。同盟相手との迅速な行動のためにもそれは必要でしょう。ジェラール殿には、私の協力者がどういう用兵をするかを理解していておいてもらった方が手っ取り早い」

 

 

「感謝をする。ジェラール、私に孝行するのと同じように、伯爵閣下に忠節を行え。でなければお前は絶対の親不孝者である」

 

 

「……承知しました父上」

 

 

 

 諌めるような老子爵の言葉に、どう見ても不承不承という顔のジェラール。

 

 

 

 しかし、それだけならば……ジェラールではなくこの地の武官でも就かせればいいはずだが……そんなティグルの疑問に答えるものは宴の席の段ではいなかった。

 

 

 

 答えたのは―――宴から一夜明けての、アルサスはセレスタの街へと帰る際の行軍中のリョウであった。

 

 

 

 

 

「なんだそんなことを考えていたのか。言うなればあの男をもう少し教育したいんだろ」

 

 

「教育って……少なくとも、俺には足りない所は無い人間に見えたんだけど」

 

 

 

 馬を並べて言ってきたリョウ。後ろの方ではジェラールが連れて来た家臣十人ほど、それを併走して見るのはルーリックだった。

 

 

 示すように首を後ろに向けたリョウだが、疑問が増えただけだ。

 

 

 

「確かに、けれどあの男は父親から見れば少しだけ次期領主として失格扱いなんだろう」

 

 

 

 そうして語るリョウの言葉には一理ありつつも、誰もが武人としての栄達が出来るわけではないのだから、それは仕方ないのではないかと思う。

 

 

 兵站参謀であることが不名誉役職なわけあるまいし、だがそういうことではないというリョウ。

 

 

 

「時に領主ってのは効率だけを優先していては駄目だし目先のことだけに囚われていては駄目なんだ。もしも自分一代だけでその後の己の土地など知らんというのならば、あの男のようなやり方でもいいさ―――通じれば、それはテナルディエ、ガヌロンにも」

 

 

 

 ―――なりえるものだと語るリョウ。だが、それが自分に就けることとどう関係するのだろう。

 

 

 

「そいつは今後のお前次第だ。だが―――アルサス、己の民を守るためになりふり構わぬお前の姿にあの老子爵も何かを感じたんだろう」

 

 

「そういうもんかな……」

 

 

 

 自分としては精一杯やっただけだ。結果として勝利が出来ただけだ。そこに己だけの力で何か出来たとは思えない。

 

 

 

「うん。ティグルのやり方を批判する人間がいるかもしれないけれど、それでも真実を知れば誰もが納得する。誰もが己の力だけで何かをこなせるわけじゃないんだ」

 

 

「まぁ己の身を慎んでおきたいな。多くの綺羅星の如き将星、将兵達、忠義の家臣が俺に身を寄せている以上は、その振る舞いには気をつけたい」

 

 

 

 オルガに対する返答に、周りの人間全員がそれぞれの反応を示す。――――多くは照れのそれであり、オルガなどは体を揺らすようにしていた。

 

 

 簡潔に言えば体を『もじもじ』させていたのだ。

 

 

 

「俺もああだこうだと言われるがお前の人誑しも相当だな」

 

 

「自由騎士と同じ技能があって嬉しく思えばいいのかどうか微妙だ」

 

 

 

 リムですら明後日の方を向いて諌めないような現場において、リョウだけは冷静を「一応」は保ってそんなことを言ってきたのだが、彼はそれはそれとして忘れていたことを今、告げるとしてきた。

 

 

 

「何だ未報告のことって?」

 

 

「ティグル。親父さんの交友関係に関して知っているか? それならば話は早いんだが」

 

 

 

 リョウの報告で出てきた内容。父であるウルスの関係者としてユージェン・シェヴァーリンなる人間を知っているかどうかと尋ねてきた。

 

 

 自分は知らなかったが、ウルスの代からの家臣であるバートランは知っているとして、どういう人物なのかを語ってくれた。

 

 

 

「話半分ですが、ジスタートからの派遣役人で御自分では「下っ端役人」だと名乗っておりましたよ」

 

 

「論客、説客……外交官みたいなものか」

 

 

 

 知らぬことであったが、ユージェンなるその方はブリューヌへと入るルートでヴォージュ山脈を超えたものを選んでいた方だった。

 

 

 その道中で父と母がまだ健在であった頃のアルサスに立ち寄ること多かったとバートランは思い出に浸るように言ってきた。

 

 

 閉じた目の向こうには恐らくその頃の父母の姿と幼い自分などが映っているはず。

 

 

 

「事実、その頃のユージェン様は、ただの王宮勤めの役人でした―――もっともいずれは「宰相」にもなれるだろう方でしたが」

 

 

 

 宰相でなくなったということは出世街道を外れてしまったのだろうかと思うも、そうではないと―――当人と面識があるリムアリーシャは語る。

 

 

 

「領地を貰い姓をいただき、ヴィクトール王の姪を嫁にいただいた。つまり「王の遠戚」となったのです」

 

 

「―――それは大出世じゃないか」

 

 

 

 少なくともただの役人でなれる限りでの、栄達ともいえるかもしれない。宰相となることと、どちらが良かったかは本人の心次第だろうが。

 

 

 

「成程、だから最近お会いしなかったのか」

 

 

「バートランさんが最後にお見掛けした数年前後は、ユージェン様=現パルドゥ伯となられた辺りのことですね」

 

 

 

 その後のユージェン殿は、身を正して一介の貴族として王にあまり意見しないことで「文官」としての自分を封印してきた。

 

 

 ただの貴族ならばともかく「王の遠戚」関係では、世間がどう見るかは分からないからだ。

 

 

 もっともヴィクトール王は度々、王の名代として使っているらしく、その辺りがユージェンの優秀さを語る。

 

 

 

「ウチの国とは大違いだな。王の血族となったからと増長している人間が、俺たちの敵なんだから」

 

 

「見習ってほしいもんだが、結局、こういうのは己の気性が問題なだけで立場云々というわけじゃないんだろう」

 

 

 

 リョウと共にため息を突くように言うと一同揃って苦笑いであった。

 

 

 

「で、そんな方がどのような用件なんだ? 申し訳ないが墓参りなどの案内は出来そうに無いぞ」

 

 

「ああ、家督相続及びご両親のご不幸を教えると――――今は伺えないが、一応「花代」だけでも渡しておいてくれってさ」

 

 

 

 花代―――つまりは墓に供える葬花のことだろう。そうしてリョウはムオジネル製の細工で出来た袋を渡してきた。

 

 

 袋だけでも結構な値打ちのはず。そんな袋には、何かが詰まっているのか大きく膨らんでいた。

 

 

 何より重量が相当なものである――――――、一瞬バランスを崩してティッタを落としそうになってしまったが、持ちこたえつつ中身を検分する。

 

 

 検分してからまたもや再びバランスが崩れそうになった。中身が衝撃的だったからだ。

 

 

 

「おいリョウ、中身に関して何か聞いていないか?」

 

 

 見た瞬間に、何故にこんなものが「大量」にあるのだと思う。半眼で隣にいる侍を見ると―――。

 

 

 

「さぁ、「花代」とだけ聞いているよ。まぁ金の使い方に関してあれこれ言いたくないが、あまるようなら「戦費」の足しにすれば、いいんじゃないか?」

 

 

 

 こいつ絶対に知っていたな。と面白がるような口調で言われて理解する。

 

 

 

「め、目が焼かれそうです……!」

 

 

「ティッタさん!」

 

 

 

 日を浴びて袋から出た「金色の光」に目を回すティッタ。その身体を慌てて馬を寄せて支えるオルガだが、その反応は当然である。

 

 

 そこにあったのは富の象徴である「黄金」30枚が―――、こんな時だけは自分の目のよさを呪いたくなるぐらいに輝きの全てを正確に数えられた。

 

 

 

「お前、これ!?」

 

 

 

 短い問い掛けに対して自由騎士は構わず口を開く。

 

 

 

「ジスタートにも色々あるのさ。旧知の方からの遅めの家督就任祝いとご両親への香典だと思っておけ」

 

 

「香典って事はいずれお返ししなければならないんだが……」

 

 

「戦争が終わってからでもいいからシェーブルチーズを送ってくれと言っていたよ」

 

 

 

 こちらの驚きだらけの言葉に飄々と答える自由騎士。どんな話術を使ったのかは分からないが、それにしてもとんでもない戦費確保方法である。

 

 

 正直、詐欺の片棒を担いでいる気分にもなりかねないが、リョウがいればどんな誇大なことも不可能ではないように感じられるのだから、完全な詐欺ともいえない。

 

 

 

「お前という男に「投資」したいと思っている人間は結構多いんだ。それに応えられるかどうかは今後のティグル次第だがな」

 

 

「―――リョウはどうなんだ?」

 

 

 

 その辺の事情はエレンから知らされるだろうと思い、とりあえず一番の「投資家」に問い掛けることにした。もしかしたらば、この男が担保しているからこそ誰もが自分に投資してくれているかもしれないからだ。

 

 

 自分の危惧などどこ吹く風なリョウは破顔一笑して言ってきた。

 

 

 

「俺は既にティグルに賭けた。生きるも死ぬもどこまでも付き合う―――望むならば、前に言っていたとおりだよ」

 

 

 

 黙ってお前に全額賭けると笑う自由騎士。

 

 

 

「本当に俺は慎まなければならないよな……分かった。立派な花を捧げ―――土地の安寧、国の安泰を父母に伝えるさ」

 

 

 

 自由騎士という西方最大の「昇竜」を得た自分なのだ。果報者であることを常に身に締めておかなければ戦の神であるトリグラフから天罰を受けそうだ。

 

 

 

「使い道だけど、どんなことに使おうかな……」

 

 

 

 そんな自分の嘆きに、バートラン、ティッタ、オルガは「身代金」を払えと言いかねない。それは戦後のことだとして今を戦う自分達に必要なものに使うべきだ。

 

 

 やはり「兵糧・武具・輸送車」など軍事的なことに使うべきだと思う。こういう時に知恵を乞うべきは―――。

 

 

 

「リム。君ならば、どんなことに使う?」

 

 

「ユージェン様からの支援ですが、やはり堅実に武具・兵糧でしょう。後は「人」を雇うべきですね―――」

 

 

「人を雇う……傭兵か?」

 

 

 

 自分の怪訝な言葉にリムは首肯をしてきた。やはりというか何というか絶対的に戦力が足りないのだ。

 

 

 如何にライトメリッツの兵が強兵とはいえ、二万の兵を簡単に繰り出せる相手に最大でも五千でしか当たれない自分達では、どうにも不安なのだ。

 

 

 

「今後の情勢次第かもしれませんが、やはり金銭で雇った兵が居てもいいと思いますよ。それは―――ライトメリッツの意向では動かないティグルヴルムド卿の「近衛」として置くべきです」

 

 

「……傭兵か。どんな人間が来るか分からないし、何より俺ではどんな人間かもしらないんだけど」

 

 

 

 現に野盗の首領であるドナルベインの来歴をティグルは知らなかった。それに対してリムとリョウは知っていた。名うての傭兵であっても自分には無名でしかない。

 

 

 それにしたって傍目では敗色濃厚でしかない自分に着いて来てくれる傭兵がいるだろうか。もしかしたらば間諜の跳梁を許すかもしれない。

 

 

 

「傭兵にしても色々といますから、人材の一応の見極めは私のほうでもやっておきます」

 

 

「ああ。ということは、エレンへの報告に来ないのか?」

 

 

 

 この後のルートとしてはアルサスに戻った後にエレンが逗留している別荘に向かうというものだった。

 

 

 それは全軍で向かうというよりも密会に近いもので、何人かだけで向かうということに決めていたが、まさか副官自ら辞退するとは……。

 

 

 

「医者の判断に従え。何が何でも命を賭してもっていう場面でもなければ、止めさせる」

 

 

「―――とのことです。後ろのルーリックとジェラール殿の仲裁。その他、残留軍の統率のためにも私が残っていたほうがいいですよ」

 

 

 

 女将軍の睨みあれば、そこまで大層なことは出来まいという言葉だったが、どこから聞いていたのか、ジェラールは別命を任じてくれと迫ってきた。

 

 

 いきなりな馬の勇み足に自分の周りが戸惑うも、構わずジェラールは、言ってきた。

 

 

 

「先程から話を聞かせてもらっていましたので、伯爵、私に兵站参謀としての活動を許してもらえませんかな?」

 

 

「―――どこから兵站を輸送するんだ?」

 

 

「北部一帯の商業都市からです。友人である人間も多いので交渉は何事も無く行えましょう」

 

 

 

 ブリューヌ南部の港湾都市の多くはテナルディエ公爵の影響下に置かれている。となればマスハス卿のオード付近からの兵糧買い込みは悪くない。

 

 

 しかし、その辺りはガヌロン公爵のルテティアも影響力を得ている。

 

 

 

「確かにガヌロン公爵もそれなりでしょうが……私としてはオード、アルサス、テリトアールの直線輸送ルートを確保すれば行軍はスムーズに行くと思っております」

 

 

「港湾都市の分断か、確実に敵に回るというわけではないからな。今の所はいいかもしれないが……」

 

 

 

 下手をすれば、マスハスのオードが潰されるかもしれないのだ。そんなのは杞憂であることを一応の事情通は知らせてくる。

 

 

 

「だとしても、ガヌロン公爵は簡単に軍を動かせないでしょうね。現在の両公爵の動きは王権の補佐だけに回っていますから」

 

 

 

 何より自分もジェラールも知るマスハスは、それほど弱い存在ではない。その顔の広さと「質実剛健」な様は、あの辺りの貴族の中では大きいものだと言って来る。

 

 

 

「リョウはどう思う?」

 

 

「いいと思うぞ。策源地をテリトアールにする以上は、そのルートを確保するのは正解だよ」

 

 

 

 行軍においてもっとも重要なのは補給である。策源地が如何に豊かで要害険しい場所であっても、どこかで貿易輸送は必要になるのだから。

 

 

 

「行商人達は嗜好物を売りに来ることはあっても、主食類に関しては、軍が責任持って輸送すべきだ」

 

 

 

 従軍経験多々在りしものたち全員が、その意見に特に反対意見を述べない中、一人反対意見を申すものが―――内容は少し違うのだが。

 

 

 

「私は反対です。確かにその輸送路を確保するのはいいでしょうが、それにこの男を任すのは如何なものでしょうか?」

 

 

「やれやれ、私はこの軍において新参だからこそ信任を得るために献策したのだが……こうも反対を唱えられるは、狭量だなジスタート人」

 

 

 

 ルーリックの反対意見にジェラールは瓢と受け流しつつも、どこか嘲るような様子だ。

 

 

 二人の争いというか仲たがいのほどは既知だった。皆が少し呆れる中でオルガは微笑を零している。別働隊であった時に何かあったのだろうか。

 

 

 そんな争いを止めたのは―――リョウだった。

 

 

 

「喧嘩はやめろよ。みっともない―――とにかくリムアリーシャ将軍も言っているんだから決定事項だ。それとジェラール、仮に現在膨れ上がるだろう全軍を食わすのに金子がいくら必要だ?」

 

 

「試されていますね……では私ならば金4枚で6千ほどの軍を三ヶ月は行軍出来るだけを用意しましょう」

 

 

 

 その言葉に、リョウはこちらを見てきた。言葉を待つというわけではなくこちらの表情を見たといった感じだ。

 

 

 その後、身と表情を正して戒めた。そうしてから褐色髪の青年に言う黒髪の侍。

 

 

 

「ジェラール。金10枚で六ヶ月『全力』行軍出来るだけを用意しろ。兵站には余裕がなければ、軍は途端に行動出来なくなる。閣下の戦いがテナルディエ公爵だけに矛先を向けていればそれで十分だろうが、情勢というのは常に流動的だ」

 

 

 

 言われればその通りだ。場合によっては自分達はどこと敵対するか分からないのだから、やはり兵站には余裕なければいけない。

 

 

 自分ではそういう計算は難しいし、そこまで顔は広くない。適材適所ということだとして、ジェラールに任じる。

 

 

 

「分かった。兵站補給は、ジェラールお前に任せるよ。金『12』枚で頼む―――、余分の二枚は、それぞれの担当官達に聞いて、便宜を図ってやってくれ。ルーリックには目付け及びジェラールの業績を正しく報告する役を任す。頼んだぞ」

 

 

「ティグルヴルムド卿……仕方ありませんな。軟派なブリューヌ人。私は長弓と大弩を要求する―――二百人分のアスヴァール製の上質なものだ。出来るか?」

 

 

「あからさまな挑発ありがとう禿頭のジスタート人。最上のものを商人どもから買い付けた暁には、そのゆで卵のような頭で『ドゲザ』でもしてもらおうか」

 

 

 

 挑発の笑みと嘲笑の笑みを浮かべあう『二枚目』たちのある意味、「見苦しい」争いを他所に帰路を進む連合軍であった。

 

 

 

 


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