鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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同志が増えた!(喜)


追記・誤字指摘感謝です。


「羅轟の月姫Ⅳ」 

 

「成程、俺がジスタート王宮であれこれやっている間に、お前は愛のままに我がままにリムアリーシャのわがままボディを思う存分まさぐって、僕は君だけを離さないな状態だったと。そういう認識で大丈夫か?」

 

 

「大丈夫だ。問題ない――――なんて言うわけないだろ。まぁとにかく野盗から受けた毒を何とかしなければならなかったんだよ。怪我人として見ていただけで、そんな疚しい気持ちは無い」

 

 

 

 幕舎の中で、薬草の類を調合しつつティグルがあんなことになっていた弁解を受けていたのだが、まぁそれは仕方ないのだろう。

 

 

 しかし、看病する際に胸を揉んでいる辺り、この青年の趣味が分かった瞬間でもある。苛立たしげに赤毛を乱雑に髪を掻きつつも顔が赤い。

 

 

 

「サカガミ卿、そのあたりで」

 

 

「失礼、まぁ俺もあんまり人のことどうこう言えないしな」

 

 

 

 リムアリーシャの窘めの言葉で、最後の作業―――後遺症を残さない類の成分を入れて薬草をお湯に溶かす。

 

 

 

「苦いだろうが我慢しろ―――その前に、『其は、祖にして素にして礎―――』」

 

 

 

 御椀に入った「薬湯」。寝台で上体だけ起こしたリムアリーシャに渡す前に、御稜威の中でも『身体復調』の類を掛ける。

 

 

 手に出来上がった緑色の光がリムアリーシャに移っていく。

 

 

 これならば治りは速いはずだ。としていると興味深そうにティグルの侍女であるティッタが見ていた。

 

 

 

「ウラさん。今のは……?」

 

 

「何と説明すればいいのやら……まぁ簡単に言えば「奇跡」ってところだな。昔から修行を積んだ巫女や神官の類が出来るものだ」

 

 

「神職に就いていれば出来るものなんですか?」

 

 

「――――覚えたいの?」

 

 

 

 興味深いどころではなく、むしろ学べるならば学びたいと言わんばかりに、身を乗り出してくるティッタ。

 

 

 ブリューヌの神々に対する正確な知識がない自分では、それに相応した呪言を教えられるかどうか微妙なところではあるが、ティッタが覚えたいのは「回復・解毒・解呪」などの「癒しの秘蹟」のはず。

 

 

 それぐらいならば、特に問題ないだろう。しかし実践出来るかどうか……未知数だ。

 

 

 

「君もどうやら行軍に付き合うみたいだからな。戦う術はともかくとして、そういったことを覚えておくのは悪くない」

 

 

「お願いします!」

 

 

 

 意気込むティッタ。その姿に一応ティグルの了解はどうなのかと思うが、彼は特に止めないようだ。

 

 

 

「とりあえず今は、山に篭っている連中を叩き潰すことだな。詳しい状況教えてくれるか?」

 

 

「ああ、とりあえずここより外で説明した方がいいだろうな。ティッタ、リムの看病頼む」

 

 

「はい。お気をつけて」

 

 

 

 そう言い残し、幕舎から出てヴォージュ山脈の全体が見れるところまで歩いていく。幕営全体は慌しいようで整然としている。

 

 

 次に攻め入る時が決戦であると誰もが認識しているのだろう。

 

 

 連れ立って歩きながら、状況も良く見ておく。皆それほど悲観はしていない。特に不平不満もないようだ。

 

 

 

「まずはどこから話すか……」

 

 

「一当てしたんだろ。その際の状況から」

 

 

 

 思案したティグルに、聞くべき一番は野盗共と一戦やらかした時、その状況などからだ。

 

 

 それによるとこういうことらしい。ユーグ卿の要請で野盗征伐に出た「ライトメリッツ軍」は、『巳の刻』の半ば辺りで山道から降りてきた山賊達と戦うこととなった。

 

 

 

 ユーグ卿の時のように誘い込まれないように平原での戦いに終始しつつ、防御で後退しつつ、敵を平原側に誘い込んでいって―――、伏兵で挟撃することが出来た。

 

 

 壊滅と言っても差し支えない状況だったのだが、壊走する山賊たちの中に一人手練れの「人間」がいて毒矢を放った。それは運悪くリムアリーシャの甲冑を砕いて、胸の辺りに突き刺さった。

 

 

 

 

 

「処置は早く出来たんだが、少し不安になってな。リョウは薬師としての技量もあるって聞いていたから、トレブションに行ってもらったんだ」

 

 

「成程、ただ処置は完璧だったぞ。ベルフォルの街の医者にも見せただろうに、お前は心配しすぎだ」

 

 

 

 失態というか甘えだと思っているのかティグルは髪をかき回しながら言ってくる。

 

 

 そうして山賊共は未だに立てこもっている――――住処は既に割れているとのことだが。

 

 

 

「朽ち果てた城砦か。そういう廃墟とか所有者なしの建築物は取り壊せと言いたい」

 

 

「だよな……いずれにせよ。そういう所に篭っている。それでどうしたものかと思案の最中だ」

 

 

「予備兵力もあると見た方がいいな……流石に一戦した時に、砦を空にしているわけがない―――とするとだ」

 

 

 

 最低でも五十人、多くて六十人以上がいまだに立て篭もっている。しかし城砦にいるということは……。ティグルが広げていた地図を見て考えを巡らす。

 

 

 一つ、城砦から野盗を追い出す方法を思いつく。恐らくあちらも復讐戦をしたいと意気を上げているだろう。

 

 

 場合によっては窮鼠になるかもしれないので……もう一つの策で、あちらの戦意を下げることも必要だとしていたのだが……。

 

 

 

『何か奇策でも思いつきましたかな?』

 

 

 

 同時に呼びかけられる。方向は後ろからだ。

 

 

 見ると美男子二人がいた。しかし、お互いの言葉が調和したのが気に入らないのか互いに険悪な視線を向け合う。

 

 

 ここの領地の後継者である男と、この軍の次席武官である男。

 

 

 髪の多寡は――――勝敗が着いていた。

 

 

「リョウ、こちらは」

 

 

「紹介は無用ですよ。お久しぶりですね。まさか―――と思っていましたが、本当だったとは」

 

 

「言いたいことは分かるがな。俺は伯爵閣下に忠孝を尽くすと決めたんだ」

 

 

 

 髪の多い美男子―――ジェラールを紹介しようとしたティグル、それを制して含みのある言葉をかけてきた。

 

 

 それに対して、言外に余計なことを言うんじゃないと含めておく。

 

 

 

「心得ておきましょう……さて、どうしますか? あまり日にちも掛けられないのではないですかな?」

 

 

 

 軍と言うのは策源地にいるわけでもない限り、一日待機しているだけでも金がかかるのだ。

 

 

 何より借金まみれの主に更に借金を負わせるわけにもいくまい。そしてユージェン様から頂いた「花代」はこれからの戦いに必要なものだ。

 

 

 

「山を登って戦うってのは、かなり犠牲が出るからな。こっちから打っては出ない……よし、『水の手』を切ってしまえ」

 

 

「水脈を断つのか? けれど山にあるんじゃ意味が無いんじゃ……」

 

 

「いや、地図を見ると野盗共の水は山頂から引いているわけじゃない……『ここ』と『ここ』を人を使って掘らせろ―――その上で、奴らを―――『ここ』で待ち伏せる」

 

 

 

 地図を指で示しながら、作戦の概要を話す。これを採用するかどうかはティグル次第なのだ。

 

 

 

「捕らえるのか……その後は?」

 

 

「内部分裂を起こさせる―――お前の武功は減るが構わないか?」

 

 

「……同じようなことリムが言っていたな。けれど、もう犠牲は出させられない。兵を無傷で生かし、奪われたものを無事に取り返す―――その術あるんならば、それで頼む」

 

 

 

 ティグルが望むかどうかであったが、彼にとってはそれで構わないようだ。

 

 

 

「あとはそうだな……絵心ある奴―――詳細な人物画が書けるのいるか?」

 

 

 無ければ無くていいのだが、いればそれだけ「簡単になる」。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「くそがっ!」

 

 

 

 火酒の入ったグラスを壁に叩きつける。ガラスが砕けるその音に驚き、身を戦かせる村から攫ってきた娘達。

 

 

 貞節を汚し、陵辱をすることで慰みとするためだけのものとしてきたが、今はそんな気分にもなれない。

 

 

 恐らくジスタート軍は、こちらの食糧事情を掴んでいるはずだ。包囲を解かずにいるのは、後々近隣諸侯の援軍が来ると分かっているからだ。

 

 

 流石に奴らも山の上にいる自分達に戦いを挑む愚は冒してこない。

 

 

 何よりも腹立たしいのは……。

 

 

 

「どうなっていやがる! 支援は出ないってのか!?」

 

 

「さぁな。我々はただ主家と頭領である「ソウジュ」様の求めに応じて貴様に協力しているだけだ」

 

 

「だが分かることもある。お前が閣下の支援を受けたければ、この領地の貴族―――オージェ卿を討ち取るべきだったのだよ」

 

 

 

 歯軋りをして山賊の首領―――ドナルベインは、その男女の―――暗殺者共を睨み付ける。

 

 

 自分がここで山賊をしているのは、言うなればテナルディエ公爵の要請によるものだった。彼にとって自分達に従わない連中を従わせる術はいくつかあるが、領内に反乱勢力、反動勢力を作り上げる。

 

 

 どれだけ関与しているかを偽装しつつ、自分達を使っている辺りにあの男の能力の高さが伺える。だがしかしその分、彼は己の手下にすら多くのことをこなすように求める。

 

 

 たとえ傍目には大戦果であろうとも、公爵の物差しが長すぎれば「功なし」などと言われるのだ。

 

 

 

「……水を切られた以上、これ以上の篭城は不可能だぞ」

 

 

 

 要塞という名ばかりの廃墟における唯一の自給出来る兵站を止められた。恐らくこの廃墟の井戸はヴォージュ山脈から引いていたものではなかったのだ。

 

 

 持ち主の所有分からぬ場所だったから、そういったことが出来るとも考えていなかったのも一つ。

 

 

 今現在、副頭に指揮をさせた上で、川に水を汲ませにいかせている。だが成果はあがるまい。しかし……明日、もしくは明後日になれば何とか一戦して囲いを突破できるだけのことは出来るだろう。

 

 

 そう考えていたのだが予想外のことはいつでも起こるものである――――。

 

 

 

「頭領、大変です! 副頭が下の連中に捕らわれました!!」

 

 

 

 屋敷に入り込んできた下っ端の焦った言葉で予定を少し変更せざるをえなくなった。

 

 

 

 † † † †

 

 

 

「……上手くいくと思うか?」

 

 

「いかなきゃ予定通りお前の鳩を使った虚兵手段でやるだけだ。既に別働隊は向けている」

 

 

 

 既に丑三つ時ともいえる深夜。そんな時間の前。山に送り出した『酔っ払い』がどうなるか次第だ。

 

 

 

「離間の策の一つとしては、上手くいくさ。あの副頭ってのは心底から頭領に信頼されているわけじゃない」

 

 

「まぁ話から俺もそう感じたが」

 

 

 

 くすんだ赤毛を掻くティグル。それを見つつ考える。第一に首領の名前が判明したのは僥倖であった。

 

 

 『あの男』がどういう人間であるか詳細には知らないが、レグニーツァでの金銭授受の際の様子から猜疑心が高く己以外は信用していないタイプに思えた。

 

 

 そして『傭兵団』のような組織に属していないところから察するに、集団の頭としては使えなさそうな人間である。

 

 

 

 

 

「まぁ俺達は合図を待ちつつ一杯やっておこう」

 

 

「俺はいいよ。オルガやルーリック達が別働隊という危険任務に就いているんだ。俺だけでも身を正して報告を待っていたい」

 

 

「そうか」

 

 

 

 山の上を佇立しながら睨み付けるティグル、とりあえずその姿を見つつ、胡坐をかきながら故郷の酒を一杯呷っておく。

 

 

 彼の立ち居に既視感を覚えつつ、二刻半もした辺りで変化が訪れた。山の上から『三本』の色付きの火矢が飛んでルーリックの合図を確認する。

 

 

 

「―――作戦は成功だ」

 

 

 

 流石は魔弾の担い手、一瞬自分は『二本』で失敗かと思えたが、ティグルは見間違うことなくそれを見れたようである。

 

 

 聞いてから、立ち上がり幕舎内に腹からの声を響かせる。

 

 

 

「閣下が出陣される。選抜された者たちは手筈通りに動け!」

 

 

 

 盛大な銅鑼を鳴らす必要は無い。太鼓の音もない。ただ馬を使って山道を上がる。それだけだ。夜明けは近づきつつあった……。

 

 

 

 ――――そんなティグル達が出陣する前、山道ではなく獣道のような場所を上がることで野盗共の館を見下ろせる位置に来た別働隊は、眼下で行われている風景を見ていた。

 

 

 それは拷問風景である。外に連れ出された見知った男が、首領と思しき黒髪の男に吊るし上げられながら、数々の悲惨極まりない行為を行っている。

 

 

 

「離間の策とはいえ、ここまで上手くいくとは……正直予想外でしたな」

 

 

「だが、ここからだ。副頭が何を言うかによる……それ次第で作戦の成否が決まる」

 

 

 

 後ろで話している禿頭のライトメリッツ兵士と長髪ながらも縮れている褐色髪の貴族の言葉を聴きつつ、オルガは耳を澄ませる。

 

 

 自由騎士リョウ・サカガミがとった手段は兵糧攻めによって奴らが「窮鼠猫を噛む」形を消すことにあった。

 

 

 川に水を汲んでくると踏んだ自由騎士は、その際に捕らえた男が指示を出している所から幹部に相当する人員であると理解してからは早業である。

 

 

 一人を捕らえると同時に、周りの部下達をティグルの矢で適当に殺しつつ、何人かを生かして返した。

 

 

 

 

 

「あちらは水も禄に飲めない貧窮状態―――、そんな中で一人だけ呑気に酔っ払って帰ってくれば……」

 

 

「粛清のためにもああなるか。とはいえあそこまで歓待する意味は見出せないな」

 

 

 

 感心するような言い方をするも最後の方には、あの副頭に費やした食事と酒の量を嘆くようなことを言う。

 

 ついでに言えば心にもないおべっかを使って上機嫌にさせたことを思い出しているようだ……。

 

 

 しみったれたことを言う人だ。とオルガは、ジェラールに対して思いつつ『兵站管理』もまた軍にとって大切でもあるとリョウの言葉で思い直す。

 

 

 

「それもまた連中を分裂させるための策だ……お前はティグルヴルムド卿が信じた戦士を信用出来ないのか?」

 

 

「そういうあなたこそ自由騎士を信じている風には聞こえないな。寧ろアルサス伯爵の武威を高める機会を奪ったぐらいには考えているはず」

 

 

 

 ――――少し声が大きくなりつつある二人だが、それ以上に副頭の悲鳴が甲高く響き、自分達の声を掻き消すほどだ。

 

 

 

「ならばオルガ様がどう感じるかだ。ご裁決いただきたい!」

 

 

「公平な裁決をお願いしますよ」

 

 

 

 勢い込むルーリック、気障ったらしく言うジェラール。こんな個性的な連中をまとめるのも「将」に必要な素質だとしてあの自由騎士は言ってきた。

 

 

 とはいえどう言ったものかと少し考えながら……別に贔屓目があってもいいと思って、考えをまとめた。

 

 

 

「リムさんには悪いけれどティグルには特別な武功は必要ないと思う。今回もどう軍を動かすかだけを理解すればいい」

 

 

 オルガの言葉にルーリックは酷く落胆する。反対にジェラールは、少し得意げな顔だがそれもまた違うとして言葉を続ける。

 

 

 

「けれどそれはティグルが将をまとめる『王』の器だからだ。お兄さんも言っていたけれどティグルはブリューヌでは弱小貴族で弓が得意で馬鹿にされることも多かった――――だから下にいる人間のことを真に理解出来ているって」

 

 

 

 そこからのし上がろうという野心は無くとも、様々な人間を理解して、活かすことに長けている。いざ立ち上がれば、彼は多くの人間を動かせるだけの器を持っている。

 

 

 

「勇気もあるし、行動力も、人望もある―――それら全てがティグルの器なんだと思う。だから私もお兄さんもティグルの放つ「矢」の先にある障害を切り崩す「木こり」でいいんだ」

 

 

「……それがあの伯爵の魅力であり、あなた方が虜になる理由だと……?」

 

 

「付き合いが短いジェラールさんにはまだ分からないかもしれない。けれどそれでいいと思う。私やルーリックさんやお兄さん達がティグルの虜なだけで、冷静な判断が出来なくなった時に鋭い一言で諌めてくれれば、それは最良だよ」

 

 

 

「―――私は別にあの伯爵の部下になってはいません」

 

 

「おまえはっ」

 

 

 

 しれっ、と言うジェラールに拳を振り下ろさんばかりのルーリック、しかし次の一言でそれも収まる。

 

 

 

「ですが、あの伯爵と行軍することあれば、時には辣言吐くこともしましょう。私とてこの領地を継ぐものとして、あの青年がどんなことをするのか見ておかなければならない」

 

 

 

 結局の所、ジェラールがこうなのは性分でしかないのだろう。立場の違いでしかないといえばそれまでだ。

 

 

 アルサスの保全としてネメタクムへと向かうティグルは様々な目で、これから見られる。そして味方となる貴族達も己の領土をテナルディエ公爵及びガヌロンに脅かされないように動く。

 

 

 それが第一義である以上、ジェラールの態度は当然である。だからこれ以上は今後のティグル次第だとオルガもこれ以上は言わないでおいた。これ以上は自分の言葉を尽くしたとしても無意味だと思えたから

 

 

 

「うん。存分に見てくれ。私とお兄さんが王様だと感じた男はすごいんだってことを後世にまで伝えてくれ」

 

 

「オルガ様、私も含めてください。弓聖王の偉業の語り部となりますから」

 

 

「けれどあんまりティグルに傾くとエレオノ――――――――」

 

 

 

 言葉が途切れたのは状況に変化が現れたからだ。拷問受けていた副頭の懐から出た「指名手配書」―――五千ドゥニエと頭領ドナルベインの似顔絵が書かれたそれを下っ端が拾い上げたからだ。

 

 

 

『全員聞け!! このままじゃおれらは破滅だ!! ブリューヌ国軍は、ジスタート軍との同盟でおれたちを殺すつもりなんだ!!』

 

 

 

 追い詰められた副頭は、教え込まれた情報をペラペラと声を張り上げて叫ぶ。

 

 

 その指名手配書にはドナルベインの罪状も書かれており、それこそがジスタート軍との同盟理由にもなっている―――はず。

 

 

 

『おれは西方の自由騎士と呼ばれるヤーファ人からそれを受け取った!! 今ならばそこの裏切りのよう―――――』

 

 

 

 甲高い声が途切れたのは、頭領でもあるドナルベインが澄んだ青色の刃を振るって絶命させたからだ。

 

 

 だがそれはあまりにも短慮な行動だった。これでは既に「馬脚」を現したも同然だったからだ。しかし追い詰められていた野盗共である疑いの視線がドナルベイン及び幹部連中に向けられる。

 

 

 幹部もまたドナルベインに疑いの目を向けていた。一触即発―――全員が得物を引き抜いたのを確認して作戦は最終段階だと感じられた。

 

 

 

「手はず通りに、ジェラールさん達は裏口に回って女性達を安心させると同時に、内側から扉を閉じてください――――それとルーリックさん。あの―――中央の篝火台消せるかな?」

 

 

「成程、同士討ちを誘発するのですな。お任せを、奴らが蹴飛ばしたと見せかける形であの巨大な篝火を落としましょう」

 

 

 

 見せしめの効果と燃料節約のためなのか城砦外の火を一箇所に集めたそれのみが、この場所の明かりだ。

 

 

 それを無くせば惨劇はもっと悲惨になるはず。夜目が利いたとして目の前に「敵」がいる以上、刃は振るわれ放題である。

 

 

 例え敵が同一であっても「目の前」にいる人間が殺しにかかれば―――――。

 

 

 

 月明かりも朧な三日月すらも長く尾を引く暗雲に隠れた時に、野盗同士の切りあいが始まった。

 

 

 頭領派と副頭派がきり合いする中、怒号が響き鈍い金属音が鳴り響きながら、誰か一人が篝火台に近づいていく。

 

 

 

 首領であるドナルベインだ。そしてルーリックは下っ端三人ほどがまとめてドナルベインとぶつかる寸前を狙って矢を放ち―――ドナルベインに処理させる形で、篝火台を消させた。

 

 

 不審に思ったドナルベインだが、しかし自分の首を取ることで恩赦を得ようとしている連中の前では、あまりにも無駄な思考だった。

 

 無駄な思考の間に殺されることも考えられる。

 

 

 

「くそがあっ!! フェリックスゥウ!!!!」

 

 

 

 堅い地面に落ちて炎は燃え広がるもの無くなり、更に言えば多くの人間が篝火の燃焼物を踏んでいくので三十も数える前に完全な闇の帳が落ちた。

 

 

 闇の帳の中、誰が敵で誰が味方かも分からぬ中、己の剣のみを振るうドナルベイン。

 

 

 

 この中では一番の「業物」を持っているだけにドナルベインの繰り広げた惨劇は恐ろしいほどに進んだ。

 

 

 悲鳴が加わり怒りの声がそれを上塗りしていき―――――――。

 

 

 

 

 

 ―――――半刻もする頃には、城砦の外には動く人間は一人だけとなった。

 

 

 多くの裂傷、打撲跡を全身に負って、もはや死に体である歴戦の傭兵という―――肩書き虚しい敗残兵。

 

 

 

「どこだ! かかってきやがれ!!! おれのくびを取ったところで、てめえらの罪が許されるわけじゃねええ!!!」

 

 

「そう。だからあなた以外は全員死んでるよ―――その剣、随分な業物だ」

 

 

 

 もはや出血のしすぎで、目も見えなくなっているドナルベインの耳に、涼やかな音色を転がしたような声がした。

 

 

 陵辱の末の嬌声を上げさせてきた女共とも違う声だ。初めて聞く声ながらも、ドナルベインは察していた。

 

 

 この女―――というよりも小娘だろうが下手人の関係者なのだと……。恐らく自分の前にて「大型の武器」が軋む音が耳に届きながら、最後を覚悟する。

 

 

 

「自由騎士リョウ・サカガミからの伝言だ――――『最後ぐらいは全てを話して死ね。』と」

 

 

「――――あの野郎……はっ、はっ……ちくしょうがぁ―――俺を使ったのは―――」

 

 

 

 目の前の野盗の「雇い主」の「名前」を聞きながら小娘――――オルガは、怒りを強くした。

 

 

「ちくしょう……あいつと俺とでなにが――――違うってんだぁあああ!!!!」

 

 

 

 耳に届く音を頼りにドナルベインは突進していた。音の中に「戦姫様」「オルガ様!」というものがあり、目の前の存在を察していながらも止まらず―――ミスリルソードを振るっていたが。

 

 

 その前に上半身と下半身が分かたれた。突進からの落下―――底なしの地獄に落ちていく感覚にも似ていて、その顔は絶望に染まっていた。

 

 

 

「お兄さんの伝言の追加だ。『力なき者の剣と盾となる―――自由な翼―――それが自由騎士(ようへい)』だそうだ」

 

 

 

 ――――おれには出来ない―――生き方だ――――。

 

 

 既に死んでいた男の口から出るはず無い言葉だったが、オルガはそんな言葉を聞いたような気がした。

 

 

 やはり幻聴の類だろうと、笑みを浮かべて動かなくなった死体を一瞥してからルーリックに合図矢を出すように指示を出す。

 

 

 夜明けは近づきつつあった――――。

 

 

 


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