鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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11月最後の投稿―――ランキングに再び掲載されたので、まぁその記念ということも含めて、沢山の閲覧及びお気に入り、評価投票ありがとうございました。


「戦姫と戦鬼の会合-Ⅱ」副題『化神覚醒』

 

 

 その時、「それ」は覚醒を果たした。自分は死んだはずだ。いやもともと生きてもいなかったかもしれないが、それでも己が己であることを認識したそれは、目覚めたことを外のモノに伝えた。

 

 

 驚愕しつつも、外に居た老人の姿をした『同類』は、急いで自分を透明な容器の中から出した。

 

 

 己の周りを満たしていた水に似た液体が少し部屋に溢れつつも、男は構わず立ち上がった。

 

 

 

「お目覚めの気分はいかがでしょうか?」

 

 

 恭しく聞いてきた老人の擬態の同類、その手に黒い衣を持っていたので奪い取るようにしても、それは感情一つ見せなかった。

 

 

 

「最悪ではないが、最高でもないな……俺を蘇らせたのは貴様か?」

 

 

「はっ、この『地』ではドレカヴァクと名乗っているものでございます」

 

 

 

 敬服している老人。それを聞きながら衣を着込む。悪くはない。むしろいいぐらいだ。そして太陽の光が無い暗い部屋であるのが気に入った。

 

 

 胸元まで届く長い髪を流した一人の若者は、何故自分を復活させたのかを聴くことにした。

 

 

 

「単純に申せば暇つぶしでありました。しかしながら、その身を再生させていく内に、その身は我らが主に近いものであることを認識してからは……この通りですよ」

 

 

「嘘偽りを言わなかったのは感心だ。殺し食うことだけは簡便してやろう。そもそも俺にとっては貴様らよりは人間の生き血の方が美味なのだが」

 

 

 

 膝を折り、館の主人にすら見せない敬服の態度を取る老人。そんなことは知らないのだが、それでも若者は満足した。

 

 

 己は本来、破邪を司る存在だった。イザナギと呼ばれる主神によって「神」と称することを許されていたはずだ。

 

 

 だが――――投げ込まれた先に漂う瘴気と闇が、己に自我を目覚めさせたときに―――その性質を反転させられていた。

 

 

 

「褒美をくれてやる。俺を蘇らせてどうしようというのだ?」

 

 

 

 しかし、いまとなってはそんなことはどうでもいいこと。己を使って成し遂げたいことがあるというのならば、それを達成させてやろうと思い、問いかける。

 

 

 既に滅んだ故郷を取り戻すために、己に協力した比売巫女(ひめみこ)のように一応は目的を聞いておく。

 

 

 

「人の世を覆したいのですよ―――。かつてあった我らが「世界」のためにも」

 

 そうしてドレカヴァクは語る。自分達の理想世界―――それは『若者』にとっても理想ではあった。

 

 

 

「俺にとっても太陽の女神を祖とする連中は忌むべき存在だ。ドレカヴァク、貴様の願い―――曲がりなりにも、神の一柱として聞き届けてやろう」

 

 

「ありがとうございます。しかし、その為にも……」

 

 

「まずは軍団を組織する。山野の虫獣を「妖」としてお前の仮初の主の軍団の一つとして参加させてやろう。あれから幾らの年月が流れたかは分からぬが、世界には人が鼠のように溢れ、それ以上に獣達も多くなっていよう」

 

 

 

 言葉を吐き出す度に溢れ出る瘴気が、妖気が、この男の格を教える。まさに我ら■■の眷属とも違う力の限りだ。

 

 

 

「我らが母と類縁にして、全てを闇に覆い尽くすもの―――オオカムヅミノミコト」

 

 拝礼をしたドレカヴァクに対して、苦笑をしながらその「魔人」は語る。

 

 

「その名前は既に喪われている―――俺を呼ぶならば――――」

 

 

 

 

 

 ――――桃生(モモウ)とでも呼べ――――。そう言った若者の姿をした「同類」の眼は暗く、それでも妖しく輝いた。

 

 

 

 

 

 †  †  †  †

 

 

 

「つまりその『モモウ』なる邪神を殺すために、あなたのご先祖様は戦ったというの?」

 

 

「そういうことだ。もっとも俺はここまで大事になる前に決着を着けたかった。こんな話、人に聞かせたって怖がらせるだけだしな」

 

 

 果汁水―――桃を潰したものを飲んで、リョウは、口を湿らせる。ここまで話したことで少しだけ緊張もしていたのだから―――。

 

 それに対して各々が反応を示してくる。

 

 

 

「だが現実には、そういう連中は人の世に紛れ込んでいる。モルザイムにて人間をああいう存在に変えたのが、公爵家に近いところにいるんだろ?」

 

 

「確証は無いがな」

 

 

 

 エレオノーラの言葉に推論を述べておきながら、彼らの目的が何であるかが分からない。

 

 

 

「この辺りでは神話・御伽噺の類はどんな風に伝わっているんだ?」

 

 

家事の精霊キキーモラ、湖の精霊ヴォジャノーイ、碾臼の魔女バーバ・ヤガー、漆黒の妖猫オヴィンニク……まぁ色々居るわ。実在するかどうかで言えば一つしか知らないけれども」

 

 

「名前がそうだからと、それそのものである確証も無いしな」

 

 

 

 もっとも、あのブリューヌでの武芸大会で襲ってきた蛙男は、確実にヴォジャノーイだろう。ソフィーの唸るような言葉に推定を付けたしておく。そうしていると―――、一人様子が違うのを確認した。

 

 

 

「……バーバ・ヤガー……」

 

 

「リーザ?」

 

 

 

 虚ろな目で虚空を見るリーザだが、こちらの言葉に気づかされたようで、何でもないと言ってくる。

 

 

 何でもないわけがないのだろうが、とりあえず今の追求は止しておく。そうして議論は進む。

 

 

 

「お前はティグルをそんな戦いに巻き込むために、わざわざ海を渡ってきたのか。気に食わん」

 

 

「ウラは、人知れず決着を着けたかったと言っているでしょうが、第一この問題は西方の人間である私達の問題」

 

 

「義兄様はヤーファの人間にも関わらず、それをしてくれていたのよ。恩を感じることあれども恨みを言う道理?」

 

 

「この男がやって来たから、その魔物とやらは動き出したという可能性もある」

 

 

 

 怒りながら庇い立てしてくれている二人には悪いが、エレオノーラの可能性は自分も考えていたことだ。

 

 

 そう考えれば、自分は西方と中原を無用な騒乱に巻き込んでいる元凶なのかもしれない。

 

 

 

「けれど―――リョウが来てくれなければ、僕はいなかった。ここには、もしかしたらば「この世」からもね」

 

 

「―――それはずるい意見だサーシャ」

 

 

 

 サーシャの言葉はある意味、エレオノーラに反論をさせない切り札である。結局の所、ティグルを危険なことに巻き込みたくないエレオノーラだが、それでもそこを突かれると反論しきれない。

 

 

 まさか東洋の医術に、彼女を癒す手法があったなど誰も分からなかったのだから仕方ない。

 

 

 そうしてヤーファという国が自分を送り込んできた目的は、そこなのではないかとソフィーは聞いてくる。

 

 

 

「サクヤ女王陛下はあなたにそれを滅ぼせと命じたの?」

 

 

「少なくとも俺の国の経験上、生かしておいていい類の存在ではないな。ただサクヤもその辺は『お前に任せる』としか言ってこない」

 

 

 

 サクヤの神託は「魔弾の王を探せ」であり、魔物は「そんな気配がするから殺して来い」。魔物の方がついでなのだ。

 

 

 寧ろ、魔弾の王がどの「道」を歩くかが、焦点となるかもしれない。

 

 

 

「この西方の魔が何を目的としているかは分からない。だが人の社会に魔性の力を用いるならば、それは俺の敵だ」

 

 

 

 結局の所、魔物という存在に関しては何も分からなかった。しかしそういう存在がそこかしこで何かしら暗躍をしているのは確認しあえた。

 

 

 とはいえ『会議は踊る。されど進まず』で終わってしまったのが、なんとも間抜けな結果だ。

 

 

 

「一番歴史が古い当家が魔物に関して直接、間接でも何も無いのが申し訳ないです」

 

 

「出会わなければ、それでいいと思うぞ。何かあればお互いに確認し合おう」

 

 

 

 ミラの落ち込むような言葉だが、そんなもの無い社会の方がいいのだ。

 

 

 人が神を自称していた時代は終わりを告げた―――。よくサクヤが言っていた言葉だが、その言っている当人こそが『先祖帰り』しているのだから、何とも皮肉な言葉だ。

 

 

 

 そうして魔物に関しては、特に明確な対策は無かった。ただそういった存在が出てきたならば、一般兵士達にそこまでの対応が出来ない。矢面に立つのは自分達だと確認しておいた。

 

 

 

「義兄様……やはりお心は変わりないのですか?」

 

 

 

 集められた部屋から出ると同時に、ミラから声を掛けられる。ミラの心が分からないわけではない。

 

 

 だが決めたのだ。だから曲げられない。

 

 

 

「――――承知しました。では―――これを」

 

 

 部屋に入った時から目にはしていたが、それでもここまで触れなかったもの。

 

 

 丈夫な布に包まれた物干し竿以上の「長物」。それをミラから渡される。中身をさっ、と検分すると注文どおりのものであった。

 

 

 

「確かに受け取った」

 

 

 そして、今後もしかしたらば敵に回るかもしれない自分にこれを渡すということは……一種の決別状といったところか。

 

 

 落ち込みつつも気持ちを切り替えたミラの相貌を見て、視線で意を伝え合う。

 

 

 

「それでは―――どんな形であれ、ご武運祈っております」

 

 

 一礼をしてから、言葉少なく彼女は回廊の向こうに去っていく。彼女にも通すべきものがあるのだろう。それは理解している。

 

 

 その小さい背中に背負うものの大きさ、それを支えあえるのは―――――恐らく俺ではないのだから。

 

 

 

「彼女も辛い立場だね」

 

 

「分かっている。それで二人はどうするんだ?」

 

 

 次なる話の相手はサーシャとソフィーだった。

 

 

 

「そのうち、向かうさ。ただ積極的な支援は出来ないよ」

 

 

「私としては、エレンが惚れ込むほどの男の子に早く会いたいわ……けれど直接的な評価は下せていないから」

 

 

 

 サーシャは海の情勢が穏やかではないことから、ソフィーは、まだティグルと会っていないからゆえ。

 

 

 それぞれの思惑を理解はしている。だが、二人はブリューヌの二大公爵に着くことはないと言ってくれた。それだけで十分だ。

 

 

 最大の問題は―――――。サーシャとソフィーから目を離して、反対側に目を向ける。そこにいたのは紅髪の戦姫。

 

 

 

 その顔は、やはり落ち込んでいるようだ。いい加減に罪悪感が出てきてしまう。まさかここまで二人が落ち込むとは思っていなかった。

 

 

 戦姫だなんだといっても、所詮は自分と変わらぬ年齢の少女なのだ。それで言動や気持ちを抑えきれるまでには達観できないのだろう。

 

 

 

「君はどうするんだ? リーザ」

 

 

「……分かりません。けれどテナルディエ公爵との付き合いは先代戦姫からでミラよりは融通が利きます……」

 

 

「けれど君には唯一の取引あるブリューヌ貴族だから、どうにもならないといったところか?」

 

 

「そういうことです……。それとウラ……いえ、何でもありません……」

 

 

 

 どうにも口ごもりがちだ。彼女にしては歯切れが悪いというか、ブリューヌのあれこれなどよりも心配事があるのだろうか?

 

 

 だとしたらば……そちらを優先することもありえる。

 

 

 

「何でもないというのならば、もう少し明るく振舞ってくれればいいんだがな。ヴァリツァイフのように」

 

 

 失礼な。とでも言うように何回も明滅をする黒鞭。それに彼女も少しだけ笑う。微笑といったところであるが、それでも彼女の暗い表情が晴れる。

 

 

 

「ごめんなさいウラ、心配事は私で解決してみせます。だからご武運お祈りしています」

 

 

 務めて明るく振舞った様子のリーザ。その無理やりながらも振り切った笑顔を見ながらも、安心など一つも出来ずに、『保険』をかけておくことにして見送る。

 

 

 彼女の無理無茶ほど俺のお袋を思わせるものはないのだから――――。

 

 

 

 そうしているとタイミングを見計らったかのようにモルザイムで共闘した戦姫三人が出てきた。

 

 

 既にサーシャとソフィーもいなくなっていたのを考えると実際、見計らっていたのだろう。

 

 

 

「私はこれから一度ライトメリッツに帰ってから、所用を済ませて別荘にて合流する。お前達はどうするんだ?」

 

 

「直接向かうさ。―――疲れるだろうが頼むよ」

 

 

「本当、あなたの前では尽くされるタイプというより尽くすタイプになってしまう自分に少しおかしい気分です」

 

 

「私も同乗させてもらって構わない?」

 

 

 

 オルガの言葉に笑顔で諾と頷いたティナを見てから、出発は半刻後にと頼んでおき、他の所用を済ませることにしたのだが―――今度はエレオノーラが少しバツが悪そうな顔をしていた。

 

 

 どうにも今日は年下か同年のものに不幸な顔をさせがちであり、何か言いたいことがあるならば聞くと、エレオノーラに言うと、意を決して彼女は口を開いた。

 

 

 

「すまなかった――――そして、ありがとう」

 

 

「何のことだか分からないな。特に謝罪も礼も言われるようなことあるか?」

 

 

「一つ目は、先程の議場で、あのような言い方をしたことだ。お前は、そういった人間でないことは分かっていてもティグルを巻き込んだ風に思えて仕方なかった」

 

 

 

 それに関しては仕方が無い。自分も半分そんな風にも思っていたからだ。

 

 

 しかし殊勝なエレオノーラというのは貴重なもの。それを茶化さずに今は聞いておく。

 

 

 

「ありがとうというのは?」

 

 

「ティグルの「力」を黙ってくれていたことだ。これに関しては二人もそうだが」

 

 

「無闇に話すものではないと示し合わせたのはあなたのはず。信頼しろとは言いませんがもう少し信用しては?」

 

 

 

 と言うのが、謀略家として内心ばれているヴァレンティナでは、どうにも言葉が薄っぺらい。

 

 

 しかし彼女としても通すべきものぐらいはあるようだ。彼女の野望がどこに行くのか分からないが、その信用ぐらいは信じてもよさそうだ。

 

 

 そんな風なヴァレンティナの言葉に、一応の納得をしたのか、エレオノーラは苦笑をして去っていく。

 

 

 

(問題は山積しているな―――いっそのことティグルに来てもらった方が良かったかもしれない)

 

 

 

 議題が全て未決だったのは正直言えばティグルの人物像を誰もが正確に知りえなかったからだ。

 

 

 

 ミラ、リーザ、ソフィー……含めればサーシャ。彼女らの協力無ければ、挙国一致とはなりえない。

 

 

 

「問題多すぎるかな?」

 

 

「とりあえず君の処遇ほどではないな」

 

 

 

 真面目な顔で悩むオルガには悪いが、彼女に比べれば解決できない問題ではなかった――――――。そう楽観出来る何かがティグルにはあるのだから。

 

 

 


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