ああ、終わってしまった。
そして、『彼女』は、そんな最後か―――、まぁ一応、今作のメインヒロインなので外伝的なものを後々書きたいと思います。
人によっては『煌樹まみかお別れ会』の如く白けたものかもしれませんが、(苦笑)まぁ気軽に待っていてくれれば幸いです。
「……そのご面倒をお掛けしました」
村を見回った後に、セレスタの領館に戻ってくると、そこにはライトメリッツの副官であるリムと自分の後見人であるマスハスが剣呑な目線で睨み合っていた。
色々と言いわけをして、どういった経緯でそうなったかを説明した。マスハスもオルガが戦姫であることを既知であったことに驚きつつもその辺りの説明も含んだ。
「そうか、オルガはお主を無事に助けたのだな。それで何故、彼女の公国の軍でなく、捕虜とした公国の軍がお主を助けているのだ?」
「それに関しては私から、エレオノーラ様は、ティグルヴルムド卿の身代金。それをアルサスを担保として保護し、義理人情を以ってアルサスを救済する軍を出動させたのです」
「つまりアルサスを征服するためにライトメリッツ軍はテナルディエ公爵の軍を討ったと」
「征服というよりは、様々な状況と偶然からですが、とりあえず行軍のための資金はいずれティグルヴルムド卿から支払ってもらいます」
嫌な現実が、ティグルを襲う。ただこれから宣言することに比べれば屁でもない。人によってはそれは無謀と蛮勇だと馬鹿にされるかもしれないからだ。
「分かった。疑って申し訳なかったリムアリーシャ殿、ティグルに用立てできないようならばワシからも資金を出そうと思うが」
「お心ありがたいですが、エレオノーラ様と……ティグルヴルムド卿も、そういったことは望んでいないはずですよ」
言葉の後半で、こちらを一瞥するリム。彼女に見抜かれてしまっていることは、どうしようもない。事実それはあまりにも申し訳なかったからだ。これから行うことに父の友人を巻き込むことは出来なかった。
「ところでマスハス卿、ガヌロン公爵の軍はどうなったのですか? テナルディエ公爵が派遣すると同時にこちらに向かってきたそうですが……」
「ワシもそれに関して聞きたいことがあるが、とりあえずどうしたのかは教えておこう」
そうして聞かされたのは少しだけ予想外な話であった。
ルテティアから縁者であるものを「将軍」として出立させたガヌロン遠征軍ではあるが、それを止めるためにマスハスは近隣の小貴族と共に彼らを歓待した上で、様々な交渉を行った。
結果として、アルサスに援軍を出すことは不可能となってしまったのが失策ではあったが、それでも彼らはアルサスへの行軍をぴたりと止めた。
その後は―――知っての通り、テナルディエ公爵軍が敗走したという報を聞いた後、さっさと退散を始めたようだ。
「理由は分からん。テナルディエ公爵の竜を恐れていたのも一つだろうが、それを撃退したという報に対しても動きは早かった……恐らく自分達に味方する人間がどれだけいるのかを探りたかったのだろうな」
つまりガヌロン公爵の目的は、「偵察」であったということだ。積極的な「交渉」もあちらからは無かったというマスハスの言葉。
テナルディエ公爵の軍が竜をどう扱うのか、それを見ることも含まれていたはず。
「ティグル、テナルディエ公爵の軍にあった竜、それを打ち破ったのは誰だ?」
「協力者であるエレン……エレオノーラ・ヴィルターリアと……自由騎士と呼ばれている男です」
「なんと……まさかあの青年が来ていたとは……」
「マスハス卿、あんまり俺のこと持ち上げないでくださいよ。そんなに大層なことしていないんですから」
驚くマスハスに悪いのだが、リョウが聞かされていた自分の人物像とかなりの乖離がありすぎたのだから。勘弁してほしかった。
「何を言う。ウルスの代からの計画、それを行ったものを讃えることが悪いわけあるか」
とりあえず竜を屠ることが出来る存在として一番有名な存在を出したことで、マスハスは納得をして、それ以上の追求はしてこなかった。
そして口休めとして一口チーズをつまんだリムが、酪農製品に現在のジスタートの状況を絡めて語る。
「同感ですね。このシェーブルチーズなどその最たるものでしょう。サカガミ卿はこれらを手土産にしてオルガ様とあなたへの支援を引き出すはずです」
「先祖代々のものを守って作っていただけなんだけどな」
そこに騎馬民族の馬乳食などの文化を融合させただけだ。試作一号を提供して販路開拓を行う考えであったのだが、まさかその販売員として「自由騎士」を使うことになるとは考えていなかった。
『安心しろ。モノが悪ければ、どんなに口達者が売ってもいずれは客は離れる。だがモノが良くて、信頼できる販売者が語れば客の関心は掴んだままだ』
などと言って、『投資資金』集めに奔走してくれてはいるだろう。しかしそこまで手広くやろうとは考えていないのだが……まぁ、やりようだなと考えてそれらに関する考えを終わらせてから、これからの事に関して語り合う。
「マスハス卿。遠征軍を倒した日から考えていましたが、ようやく決心が着きました。俺は―――テナルディエ公爵と戦います」
父の友人であり、自分の後見人である貴族に自分の決意を語る。それを聞いたマスハスは目を瞑り、十ほど数えてから問うてきた。
「それはガヌロン公爵の傘下に入るということか?」
「いいえ、俺はそちらには就けません。ここを狙ってきた以上、同類ですから」
「―――第三軍となるということか?」
「そこまで大層なことは……ただ俺の目的はアルサスの保全です。それを達成するための障害になるならば両公爵は俺の敵です」
「それがどれだけ困難な道であるか分かっているのか? そして望むと望まぬとに関わらずお主を取り巻く状況は複雑になっていくことを」
再び厳しい質問、それに明朗に答える。自分の意地と意思を以って、行うと決めたのだから。
「同じ事をリョウからも言われました。けれど決めたんです。―――アルサスの保全もそうですが、二大公爵の行状を俺自身許せないのです。何より俺の「友人」ならばどんな当てが無くても義勇忠孝果たすために立ち上がるはず」
もしも自分が立ち上がらなければリョウは一人でも立ち上がり義の為に戦うはず。同じ若者として同じく義憤を持っているブリューヌ人である自分が何もしないでいいわけが無い。
自分は「伝説の英雄」ではないかもしれない。伝承にあるような「魔王」かもしれない。けれども……もう黙ってみていることは出来ないのだから。
「出来ると思うのかティグル?」
「出来る出来ないではなく、やり遂げたいのです。俺みたいな辺境領主に多くの期待を寄せてくれた皆のためにも」
こちらを見てくるマスハスの目。彼は恐らく自分を通して父であるウルスを見ているのだろう。
かつてのウルスはどうだったのだろう。もしもこの光景を父が見ていたらば愚か者と罵倒してくるかもしれない。だからこそティグルは言葉を重ねた。
「だからマスハス卿が、もしもどちらとも争いたく『見くびるなティグル』―――」
こちらの言葉を遮ってマスハスは言ってきた。その目は少し怒っているように見えた。
「お主のような若造が、そのように義の為に立ち上がろうとしているというのに陛下の臣として長かったワシが、立ち上がらないわけがないだろうが、その戦いオード領主として参加させてもらうぞ」
「マスハス卿……」
威勢よく言われたマスハスの言葉に感極まってしまった。
ここから先の事は本当に険しい道になるのだ。二大公爵の力は大きすぎて、如何に顔が広いマスハスでも抗しきれるものではないのかもしれないのだ。
父の友人であり、自分にとっては第二の父親だ。そんな人を困難な闘いに巻き込みたくは無かった。だからこその突き放しだったのだが、どうやら要らぬ気遣いだったようだ。
「良いお父上ですね」
「義兄さん達は、隠居を求めていそうだし、俺もあまり無茶してほしくないんだけど」
リムの柔らかな微笑の言葉に、ティグルとしては苦笑をするしかない。だが、そういってくれる以上、もはや無下には出来ない。
そして次の話に移る。理念は分かった。問題はどうやって行動していくかだ。
「具体策はあるのか?」
「いくつかは……まずジスタート軍を招きいれた正当性を確保するためにも王宮に嘆願書を出したく存じます」
「令旨を得るか……だが、お主も知っての通り、王宮は機能停止に至っている。無論、全てにおいて何もしていないわけではないが」
そうなのだ。このようにテナルディエとガヌロンがすき放題出来るのは王宮がそれに歯止めをかけていないからだ。
しかし、それでも一応言ってみなければならない。でなければどんな目で見られるかも分からない。
「二つ目は味方を作ろうと思います。全ての貴族たちが公爵に靡いているわけではないでしょう。俺のように意思あれども勝ち目が無いと思って尻込みしている方もいるでしょうから」
「堅実だな。だがティグル、それでも勢力としては弱体にしかなりえんぞ」
そうしてマスハスは数枚の硬貨を出して、現在の勢力図を示してきた。冷茶を飲み老貴族の言に耳を傾ける。
このブリューヌ全土を百とした場合、二大公爵を三十ずつとすれば、自分達は残りの四十に属していると語った。
「それならば十分勝てそうな気もしますが」
リムの質問が飛んできたが険しい表情を崩さずマスハスは語る。
「単純に考えればな。だが四十の内の三十はパラディン騎士団。本当の意味ではわしらは残りの十に属している」
パラディン騎士―――ブリューヌにおける十二の勇将達に送られる名誉称号であり、彼らは国王直属の戦力である。
彼らとて大貴族の行いに怒りを燃やしていないわけがないのだが、彼らの大半は国境警備の任務についている。
「それらを纏めたところで十でしかない……しかし、お主は幸か不幸か二人の戦姫、そして自由騎士という戦力を得ている。もっともどこまでご助力してもらえるか分からぬがな」
そう言ってリムを見るマスハス。それに鉄面皮を作って応対するリム。ここからはただの話し合いではすまされそうにないからだ。エレンはこういった事態のためにも自分を置いてくれたのだとしてリムは務めて硬い口調で言い放った。
「オルガ様とサカガミ卿は分かりませんが、我がライトメリッツの側は、ティグルヴルムド卿がエレオノーラ様に愛想を尽かされることなければ、助力しましょう」
「努力するよ」
「具体的には戦姫の色子と呼ばれるぐらい頑張ってください」
「それはちょっとエレンの悋気に触れないかな……」
そうして、国内だけでない戦力を手にしている自分の優位性をマスハスは話してくれた。
「三つ目は、最終手段として、リョウがヤーファから援軍を連れて来るそうです。あいつ曰く『自分に勝るとも劣らない
「それは、まぁ何というか最終手段だな。そこまでするとリムアリーシャ殿やエレオノーラ殿に申し訳が立ちそうに無いじゃろう」
「同感です」
あえて口にはしなかったがマスハスとしては近場のジスタート軍を引き入れるよりは遠方の縁もゆかりも無い軍隊の方が、色々と面倒が無いような気もしていた。
ボードワンやファーロンがリョウ・サカガミを通じてヤーファとの連携を模索していたのは何気なく察していた。
正式な国交を結び、同盟国となる前に、このような事態となってしまった。
しかし、何の因果か彼はティグルと友好を結び、これから始まる戦いに同行すると言っているのだから、運命とはどうなるか分からない。
「とはいえ、テナルディエ公爵の主敵は我らではない。意味は分かるかなリムアリーシャ殿」
「五頭の竜が、戦姫と自由騎士がいたとはいえ、打ち破られたのです。下手に藪を突いてガヌロン公爵との決戦に疲弊させたくはないと」
「ワシが公爵の立場ならばそうする。かといって矛を収めはせんだろうな。あの苛烈な奸賊のことじゃからな」
一時休戦なり賠償金を支払うなども無いだろうとするマスハス。当然だろうとティグルは納得出来た。
王位を取るためならば、そこをこらえるだけの心もあるはずだが……そうはならない。
嫡男を殺されたのもあるが、あの男にとって自分など手を取り合える相手ではない。無論、こちらにとっても同じだが。
「まずは……王宮への嘆願書だが、誰にやってもらう予定だった?」
「間に合えばリョウに、間に合わなければトレブションにでもと」
「前者はともかく後者では入ることも儘なるまい。その書状、ワシが届けよう」
「―――――ありがとうございます。王宮に知人の多いマスハス卿ならば心強いです」
ティグルのどこか頼もしい姿。それがどうしてなったのかは察しが着いた。やはりこの青年貴族にとって必要だったのは同じ年代として語れるものだったのだと。
そうして、マスハスが王宮に行っている間に地盤固めとして他の中立貴族―――その中でも力ある「テリトアール」のユーグ・オージェを尋ねるように助言する。
時間は有限なのだとして、ティグルにも行動させるように促す。王宮への嘆願と同時に、それぐらいはやっておかなければなるまい。
立ち上がり何気なく本当に頼もしくなった「息子」の姿を目にもう一度収めるとマスハスの目が一点に集中してしまう。
「ティグル、その短剣どうしたのだ?」
「リョウからの貰い物です。剣の心得が不足しているとはいえ、接近された場合に護身の武器ぐらいは持っておけと言われて……」
苦笑しつつ語るティグルだが、マスハスとしてはその『剣』にどうにも見覚えがあるような気がする。
しかし『業物』などよりは珍しい武器、長弓などを集めているマスハスなので、自由騎士であれば、そんな『業物』も持っているかとして納得をしてしまった。
後にその剣の『銘』が明らかとなりマスハスを仰天させることになるのだが―――その時点では、ただの業物でしか無かったのだから。
「リムアリーシャさん。こんな汚れたぬいぐるみでいいんですか? なんでしたら同じもの作りますけど……」
「ぜ、ぜひ、ただあまりにも用事が立て込むようならば、そちらで構いませんので」
ティッタが作ったクマのぬいぐるみ。リョウからの贈り物である短剣。
どちらも、見るものによってしか「価値」は決まらないのだから―――――。