鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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この話の最後の方は、すでに最新刊を手に入れた方には無情なものに見えると思われるが、まぁどうぞ。


「魔弾の王Ⅳ」

 

 

 

 計算が狂う。そんなことはよくあることだ。

 

 

 例えば本来決済すべきであったというのに代金不足で不要な違約金を支払わされたり、本来用意すべき品物を供せずに、得られる金銭を得られなかったり、まぁ大なり小なり計算違いというものは発生する。

 

 

 問題は、それが発生した際に損が自分に発生しているとううのをどうやって埋め合わせするかということだ。

 

 

 どんなに懐に余裕あり、持ち物が多量にあろうとも、埋め合わせは必要である。

 

 

 でなければ、いずれは尽きるものだからだ。

 

 

「どうやらやつも同じ考えか……人間風情にしては胆が据わっている。いや、それは前からだったか今更だ」

 

 

「それで、ここまで来て私だけをムオジネルに派遣するとはどういったことでしょうか閣下」

 

 

 王都を目前にして、着いてきた一人の青年貴族の質問。独り言に対応したものではなく、寸前に話していたことだった。

 

 

 しかし、青年貴族、グレアストは然程疑問にも思っていなかった。

 

 

 此度に起こる戦い。本当の目的とは王権の奪取ではない。いや、あればいいのだが、それでも自分が欲しいのはそういうことではない。

 

 

 女神に見初められし「花婿」、それがほしいのだ。前回の武芸大会にて、剣を手に入れるにはあまりにも自分は、弱体だ。

 

 

 しかし、自らを強大化させるには他の「魔」を取り込まなければならない。

 

 

 つまり先程の独り言に則して言うならば欲しいものがあるというのに、それを手に入れるには自分という財貨はあまりにも不足なのだ。

 

 

 馬車の中で対面に座るグレアストは、自分の言いたいことを分かっているのだろう。

 

 

「閣下の先祖に倣うならば御自身で『秘術』を取得した方がよろしいのでは?」

 

 

 それはあからさまな皮肉だった。しかし言われた方は特に腹もたてずに、返す。

 

 

「私の存在はジスタートの貴族連中などならば詳細には、分からないだろうが、流石にムオジネルの頭目とも言える赤髭クレイシュならば、分かってしまうだろうーーーしかしだ。混乱を起こす計画を持ち込んで、その間に『蛇王』を手に入れるぐらいは容易いだろう」

 

 

「ついでにアサシン集団の秘術も掠めとると……」

 

 

「呪術に関しては一日の長があると思っていたが、あそこまでのことが出来るとは私も知らなかった」

 

 

 影に潜るは蛙の仕業だろうが、巨人化の秘術はアサシン固有だ。それを手に入れられるならば、己を強化出来る。

 

 

 そして、西方にはまだ甦らぬ眷族は多い。中でも最大のものを頂く。

 

 

「しかし、つまりませんな。従わぬ貴族連中を脅しつけて我らが下に就かせる役目は私のものだと思っておりましたので」

 

 

「お前ならば確かにそれは容易いだろう。例え歓迎の宴などを催されいい気分で帰ってきたりはせぬだろうしな」

 

 

 そう言う人物ーーーガヌロンは、そんな風な人間をその役目に就けようとしているのだ。もっともそれを理由に殺してしまうこともできる辺りが、この人物の悪辣な所だ。

 

 

「そちらには、あやつを向ける。まぁ不足も甚だしいが、味方が多くても面倒なのが戦争というものだ」

 

 

 それは贅沢な悩みでもあった。元々、ガヌロンの戦力というのは強大なのだ。それなのにこんな時だけ味方をして同じ死肉を食もうという鴉の類は邪魔だ。

 

 

 しかしかといってテナルディエに組まれても困り者。本当に贅沢な悩みである。

 

 

 案外、こんな風な覇権争いの際に最終的に勝利を得るのはーーー元々の持ち物少なく、味方が少なかったという武勲詩(ジェスタ)にも出てきそうな英雄なのだ。

 

 

 しかしーーーそんな英雄のような存在が出てくるだろうか。いや、一人だけいた。もしもあの男が、国内の王都派を纏めて挑みかかれば、自分とテナルディエは追い落とされる。

 

 

 しかし、そんな英雄、豪傑、将星ありしものすらも纏めあげるーーー「英雄王」の気質持ちしもの現れれば、追い落とされるだけではない。

 

 

 文字通り「滅ぼされる」だろう。

 

 

「まぁそんなものいてもらっても困るのだがな……」

 

 

「閣下は度々、現実味の無いことを仰いますな。今までご自身の行状を英雄のようなものが止めてきたことありましたか? 無いのですよ。全てはーーー」

 

 

 人のなすことによって決められるだけだ。

 

 

 そういうグレアストは、闇に魅入れられたと言っても過言ではない。

 

 

「そうであったな……ならば私の為にもお前にはいっそう働いてもらわなければならない」

 

 

「御意、ではまた会うまでーーー」

 

 

 お互いの命脈尽きないようにーーーと言ってグレアストと数名の配下は、ニースに入らずに、ネメクタム方面を過ぎるように、ムオジネルに入り込もうとする進路を取った。

 

 

 相手方の様子を知るためでもあったが、二人が激突するまではまだ時間はあるだろう。

 

 

 まずは国内の地盤固めだ。そうして起こるだろう戦争に間に合うだろうかという考えを持ちながら、グレアストは、馬を走らせた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 公宮の弓の全てを見る。あの時、ルーリックに渡された弓を除けば、どれもいいものだ。

 

 

 中にはアスヴァールで使われている長弓もある。それを見て、ふと知り合いの貴族、ティグルの父の友人であった人物を思い出す。

 

 

 恐らく彼を筆頭に皆が自分を助けるために動いてくれているだろう。だというのに、自分はここで太平楽とまではいかなくとも安穏としていていいのかという気分になる。

 

 

 実際、今日に至るまでティグルは公宮の城壁とライトメリッツ全体の壁を検討していた。

 

 

 脱走出来るかどうか、そのことを考えて緩むように見せて考えていた。そうして壁に目をやると間が悪くルーリックがやってくる。

 

 

「ティグルヴルムド卿は、やはり弓には拘りますか?」

 

 

「そりゃ悪い弓よりは良い弓だろう。俺にとって戦場で身を守る術はこれだからな」

 

 

「では素材にも拘りがあるので?」

 

 

「適度な張力と弾性を持っている素材、竹なんかがいいらしいが、あれはヤーファでしか採れない、第一ここまで来るわけでも無いらしい」

 

 

 一度、アルサスを通る行商に注文したのだが、そこまでの商人ではないらしいし、何より大商人でもそうそう取引出来るものでもない。

 

 

 この西方で有名なヤーファ人を思い出してルーリックに聞く。この男は一応、あの英雄と面識があるそうだから。

 

 

「ヤーファ……ルーリック、何でエレンはあそこまでサカガミ卿を嫌うんだ? 何て言うか世間で言われていることとエレンの評が釣り合わないんだが……」

 

 

 確かに戦姫の色子と呼ばれているのは自分も知っている。しかしあれほど卓越した武芸と超常の武器を扱う戦姫の側にいることが出来る存在なのだ。

 

 

 何よりマスハスの前で猫を被り、エレンの前では違うのか……本当に分からぬ人物だ。

 

 

 脱走を警戒してきたルーリックを緩ませるためにも話題の転換を図る。

 

 

「私見でよろしければ……」

 

 

 そうしてルーリックは語る。語られた内容は、結局の所、エレンにとってそれは嫉妬のそれだった。

 

 

「先日までこちらに滞在してくださった戦姫アレクサンドラ様、彼女の下での戦いがその原因なのですよ」

 

 

 曰く、リョウ・サカガミがジスタートにきた際に初めて訪れたのが、アレクサンドラの領地レグニーツァらしく、そこで諸々の誘いを受けて彼女の海賊討伐に一傭兵として参加することにしたらしい。

 

 

 しかし、アスヴァールにおける武功は彼をただの傭兵としてではなく戦姫の側近として重用させることとなった。

 

 

「アレクサンドラ様は本来、身体が丈夫ではなかった方なのですが、これまたサカガミ卿のお陰で元気になりまして……もっとも回復したとしても戦場に出るべきではなかったというのがエレオノーラ様の意見なのですよ」

 

 

 それでもリョウ・サカガミは彼女を戦場に送り込んだ。ただティグルは聡明に思えたあのアレクサンドラが、例え英雄の言葉とはいえ従うだろうかと疑問に思えた。

 

 

「まぁこればかりは私の人生経験ですが恋は盲目というものでして、アレクサンドラ様もそうしたのでしょう」

 

 

「成る程、エレンにとっては確かに女を騙す詐欺師だな。それが自分の慕う人物ならば、感情的にもなるか」

 

 

「間の悪い事に、そんな一大事だというのにアレクサンドラ様は、エレオノーラ様に何も知らせずに戦場に立ったので、何よりこれでサカガミ卿が剣上手ではなく、貴方のように弓上手であれば当たりも強くなかったでしょうね」

 

 

 総評すれば、どちらかが大人になるしかないのだろう。エレンからすれば「姉を奪った悪い男」、サカガミ卿からすれば「口うるさい小姑」といったところか。

 

 

「さらに言えば自由騎士を個人的に慕う人間は多いのですよ。それがエレオノーラ様的には面白くないのです。まぁこんな所ですかね」

 

 

「ルーリックはどんな人物だと思った?」

 

 

 その言葉に一度考えてから、言葉を選んで話し出す。

 

 

「個人的には大きすぎる人物だと思いますな……その考えは国とか領地とかいうものが小さいと感じられる。何か大きなものの為に剣を振るっている感じがしますな」

 

 

 その一方で小さなものを見捨てられない心情も持ち合わせている。そういう人間だろう。

 

 

「俺も……考えたことあるよ。アルサスだけに関わらずブリューヌ全体が良い方向に向かえば、全ての国家が善導出来ていれば……昼寝しほうだいなのにってな」

 

 

「あなたらしい。しかし歴史に名を刻んだ英雄ももしかしたらば、そんな理由で立ち上がったのかもしれないですな」

 

 

「持ち上げても何も出ないぞ」

 

 

「アラムとの賭けで大勝ちしたのは聞いておりますよ」

 

 

 にっこり笑いながら奢りにあやかろうとしているのかと気づく。まぁ賭けの資本はルーリックからもらっているので、吝かではないのだが……、そこに一人の騎士がやってきて用件を伝える。

 

 

「どうやら私への葡萄酒よりも先に、御婦人方の用事を済ませた方がよろしいでしょうな」

 

 

「悪いな。とはいえ、今さら何だろうな?」

 

 

 騎士が伝えた用件とは、エレンとリムアリーシャが呼んでいるから来るようにとのことだった。

 

 

 まさか身代金が支払われて、自分が自由の身へとなるのだろうか、淡い期待を寄せて執務室へと向かう。

 

 

「ティグル、少し鍛練に付き合え」

 

 

 入って開口一番に、そう言われて少しだけ肩を落とした。

 

 

「お前は剣も槍も苦手だといった。だがそれが事実かどうか分からない。もしかしたらば隠していた実力を発揮して私の首を獲りに来るかもしれないーーーと、リムが五月蝿いのでな。お前の弓以外の実力を見せてほしい」

 

 

 隣のリムアリーシャが苦い顔をしているのは、恐らく違うからだろう。

 

 

 つまりは部下にならないのならば、さっさと奴隷としてムオジネルに送る準備、もしも身代金が支払われるならば、捕虜に相応しい待遇にすべきだといったところか。

 

 

「分かった。だが練習相手になれなかったからといって、怒らないでくれよ」

 

 

「大丈夫だ。確認するだけなのだから、失望もしない。ただもしも嘘だったらば……あの男を殺す可能性が高まる……」

 

 

 言葉の後半はもう悪党も同然のものであり、悪い顔をしているぞ。と言ってやりたかった。

 

 

 それにしても……。

 

 

「部下になったらば最初の仕事が英雄殺しとは大役だな」

 

 

「おおっ、やっとその気になったか!」

 

 

「仮の話だ。第一まだ決まったわけじゃないだろ」

 

 

「期日は迫る一方、されど届かぬ金銭、お前に残されるは私に骨の髄まで捧げることだけだ」

 

 

 女の子の使う言葉と表情じゃないと言ってやりたい。同じ感想は隣のリムアリーシャも同様らしい。

 

 

 しかしこれは前奏に過ぎず、彼女にとっては次のセリフこそが本番だったようだ。

 

 

「の、望むならばお前も私を骨の髄まで、と、蕩けさせてもいいいいいのだが、ど、どうだ!?」

 

 

 いや、どうだと言われても……机を動かすほどにこちらに身を乗り出しながら聞かれることであろうが、真っ赤なエレンを見て、顔を凍りつかせながら剣を引き抜こうとしているリムアリーシャ。

 

 

 その前に自分の骨身が無事にすみそうにはない。

 

 

 そうして、鍛練に付き合い自分の実力を知られるのだが、問題はその際に起こった事故で、やはり自分の骨身が無事で済みそうにならなくなってしまったことだ。

 

 

 † † †

 

 

「分かっていたこととはいえ、随分と早いわね」

 

 

「分かっていたことだからです。第一これだけならばエレオノーラはブリューヌの陰謀、謀略の片棒を担がされたようなものですよ」

 

 

 憤慨することであろうか? だが視点を変えれば、戦姫の力をダガーに変えられたようなものだ。

 

 

 国同士の戦いがただの謀略戦になってしまったのだ。何よりこの先、ブリューヌの覇権争いで自分達にも様々な影響が出るだろう。

 

 

「帰ってこない我が夫を待ち、枕を涙で濡らす私ってば何て健気な悲劇のヒロイン」

 

 

「嬉しそうに言われても説得力無いわ。そんな自分に酔っている大根役者さん」

 

 

 黒い長髪の戦姫のおどけた言葉に金の長髪の戦姫は返す。

 

 

 バチッ、という音でもせんばかりに火花が散ったように感じる視線と視線の交錯は終わり、お互いに紅茶を一口してから、再び話し込む。

 

 

 のどかな庭園のもとにいる乙女たちの剣呑な話し合い。即ち、ディナント平原での戦いの結果として起こり得ることを全て書き起こしたものだ。

 

 

 それだけのもの。王宮にあげられたものだが、その写しの資料。目の前にあるものは、損得全てに関わるものばかり。

 

 

「これだけならば、まだいいでしょう。所詮他国の御家騒動。問題はこれに戦姫が関わった場合です」

 

 

 話の転換を感じてソフィーヤは何事かと思い、質問する。

 

 

「? あなた何か知っているの?」

 

 

 金髪の戦姫ーーーソフィーヤの言葉に、黒髪の戦姫ーーーヴァレンティナは一つの不確定情報を話す。

 

 

 つい最近の話だ。情報戦というものの重要性をリョウに言われて態勢を見直しつつ、少し多くの情報を精査した結果、浮かび上がった事実。

 

 

 ブリューヌのある貴族とジスタートの従属民族―――騎馬の民が、大きな取引をしたという事実が浮かび上がった。

 

 

 それだけならば、何も普通のこと。ただの商売上の関係だけで済む話だが、どうにも相手方の資産状況を鑑みるに不透明な取引であった。

 

 

 事実と推測だけをまとめていけば、いわゆる賂(まいない)の類にも感じる。

 

 

「つまりこの領地の領主は騎馬の民と繋がりを持っている。けれどこの取引の前にそんな風な事実は無いです」

 

 

「……読めてきたわ。にしてもまさかブリューヌに足を伸ばしていたなんて」

 

 

 十を語らずともこれだけで事足りた。ソフィーヤも理解したのだ。しかし、アレクサンドラの報告書には斧の戦姫の事に関しては語られていない。

 

 

「一応、そこは義理立てしたのね。まぁ本音は分からないけれど……」

 

 

 付き合いをする前に去っていった人間なので、その人物像は不明だが、そう好意的に解釈することにした。

 

 

 アルサス領領主ティグルヴルムド・ヴォルン伯爵の所に公国ブレストの戦姫オルガ・タムはいる

 

 

 そして、そんなアルサス領主を今回の戦争で人質として奪ったのはライトメリッツの戦姫エレオノーラ・ヴィルターリアなのだ。

 

 

 かかわり合いになりたくなくても関わってしまう場合がある。その事だけは念頭に入れておかなければならない。

 

 

 根回しが必要だ。として二人の調整型の戦姫は、王宮における御意見番に様々な話をしていくことで合意した。

 

 

 非戦、参戦どちらに傾いたとしても対処できるように―――。

 

 

 


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