片桐先生で表紙が貰えたよ。やったねオルガ♪
というわけでオルガメインという訳ではないのですが、オルガも出ている所まで投稿します。どうぞ。
「結局の所、俺を部下にしたかったのか……」
「ああ、私はお前のその弓の腕に惚れた。だからこそお前が欲しいと思ったんだ」
弓だけか。と思いつつも、自分の良さなどもう少し長くいなければ理解されることはあるまい。
もっともそんな器用に女性を口説けるタイプではないことは分かっている。戦姫の色子などと称されている英雄とはどんな人物なのだろうか。執務室のソファーにて対面にいるエレンに聞くことにする。
「一言で言えば、女を騙す詐欺師だ。女を食い物にして次から次へと籠絡して自堕落な生活を送る最低最悪の人間だ。自由騎士などと名乗っていてもその実態はろくなものではないな。ヒモというにふさわしい」
「……個人的な意見入っていないか?」
どうにもこの手の話題になるとエレンはとても感情的になる。まさかそうして「籠絡」された女の一人が彼女なのかと思いつつも、それはないと思った。
「まぁあの男のことはどうでもいい。とにかく私はお前の弓の腕前に惚れたんだ。私に仕えないか? 爵位とて同じく伯爵で迎えよう。望むならば公爵でもいいぞ」
「ありがたい申し出だが断るよ。すまない。そこまでの好条件を出してもらってありがたい気持ちはあるんだ」
こんな話、ブリューヌではありえない。自分の価値を認めてくれた女性。そんな人の側で立身出世を求めてもいいのではないか。
そんな誘惑の言葉をティグルは、即座に打ち消した。確かにエレンは戦場において、自分を認めてくれた。だが、それ以外にも自分を認めてくれた人間はいるのだ。
屋敷に住みこんでいる巫女の家系の幼なじみ。密入国してきた聡明ながらも少し幼いエレンと同類の竜の姫。素性を隠しながらも自分を男として頼ってきた王宮の行儀見習い。
彼女らに「そのままのあなたでいてほしい」と言われたのにそれを裏切ってしまうことだけは出来なかった。
「だがこのままいけばお前はムオジネルに奴隷として売られるのだぞ? それを認識しているか?」
冷静な斬り返し、エレンの言葉にどうしようもない現実が降りかかる。まだ身代金を払えないと決まったわけではない。
場合によっては王宮の方で動いていてくれる可能性もあるのだ。とエレンに言うと少し口ごもってから彼女はブリューヌの内情を話してくれた。
「レグナス王子が戦死された……?」
「ああ、まだ検分の途中だが、我が軍の符丁で『総大将を獲った』という言葉が聞こえたのだ。事実、捕えた捕虜に実況見分させたが王子殿下の天幕は荒らされ放題に、騎士の死体が折り重なっていた」
何という事だ。嘆きが自然と嘆息のカタチで吐き出された。それでは王宮もそんな余裕無いではないか。つまり―――身内からの手助けのみが現状の自分を救う手段となるだろう。
「恨んでいるか?」
「無いと言えば嘘になる。あの方は最近、俺に声を掛けられていたからな。ただ期待と約束を果たせずに恨みつらみより申しわけなさの方が多い」
そしてその言葉の意味する所は、自ずと知れた。ブリューヌは二大貴族が好き勝手やる狩猟場になっていくのだと―――。
アルサスに帰らなければならない。想いは募りつつもどうしようもなくなる。
こんな時、武勲詩にある英雄であるならばどこからともなく忠勇長けし武人が現れ、さっそうと窮地を救ってもら――――。
「あ」
『あ?』
こちらの言葉に怪訝な思いを同じく間抜けにも口に出したエレンとリムアリーシャ、何となく考え付いたこと。
彼女がどちらで動くか分からないのだ。多分、最初は相談するはずだが、その後どうなるか。
仮にもしも戦斧携えここに来るとしたならば……。
(俺は色々と謀っていたと思われる……!)
せめてエレンに対しては義理立てしたいと思っていただけに、告げるか告げまいかという悩みを打ち切る形で「今日は寝ろ。色々と疲れたように見えるからな」と可哀想なものを見るかのように言われてとりあえず勧めに素直に従うことにした。
(オルガに頼んだこと。それでどっちを実行するか……彼女次第という所が賭けだな……)
明確にどっちかにしておけば良かった。客将としてアルサスを守ってくれ。客将として俺を連れ戻してくれ。
自分がアルサスの為を思った答えと、オルガがアルサスの為を思った答えとが矛盾してどっちを選ぶかが不明確だ。
「まいったな……どうすればいいんだ?」
星詠みによって、どうやればアルサスに帰れるかは大方の検討は着いている。
公宮の人達は概ねいい人ばかりで、自分が捕虜であることを忘れてしまいそうになるほどだ。
だが自分の身分は変わらずーーー。このままではアルサスに帰ることは出来ない。
(いや、諦めては駄目だ。まだ身代金を払えないと決まったわけじゃない)
他力本願かもしれないが、マスハス卿にバートラン、ティッタにオルガ。みんなが協力してお金を集めてくれているかもしれない。
それの結果が出るまでは……。しかしそれなく自分の身が奴隷になってしまうと、アルサスに帰るのは、かなり未来の話であり、第一帰れるかどうかすら分からないのだ。
寝台に仰向けになりながら虚空を掴む。この手で掴めるものを求める人生。ブリューヌが嫌いなわけではない。
だが、こんな形で自分の力を認められてもしくは、それによって道が開けるとは思っていなかった。
(駄目だ。これ以上考えていても俺にはどうしようもない)
今は寝ることだ。脱走するとしても、それまでに体力温存及び警戒体制を緩ませるために自分は脱力していなければならない。
そうしてティグルは深い眠りに就くことにした。考えてもどうしようもないことなのだから。
† † †
明け方の時間帯。そんな時間に黒髪の女性は己の部下数名を引き連れてライトメリッツの街門の前に立っていた。
彼女は己の領地に帰るべく、この時間を選んだ。そしてそれを事前に知っていたライトメリッツの主は居なくなるレグニーツァの主を見送るべくそこにいた。
「それじゃ僕はそろそろ失礼するよ。いい加減レグニーツァに帰らないと執政官に怒られるからね」
笑いを含んだそれを見ながら、エレンは世間話をするように彼女に語りかける。
「ヴィクトール王への報告は頼んだ。それにしてもサーシャに傷を負わせるなんて、随分とその女騎士は凄腕なんだな」
ディナントでの戦い。その中で一つの戦いがあった。それは広大な戦場における一角での戦いではあったが、当人達にとっては真剣勝負のそれだった。
まだ闇が戦場に満ちている中、サーシャはエレンとは別行動を取り、ブリューヌ軍を探っていた。
そんな時だった。ブリューヌの騎士。それも有名なパラディン騎士の衣装をした女が現れたのは―――。
抜き放つ双剣、変化をして大剣となった「小剣」。
両者の交錯は一瞬にして行われた。噛み合う鋼と鋼の応酬。二十も打ち合った後には、お互いに続けるか否かの判断となった。
「彼女は何かを探しているようだったね。けれども―――、あっさり僕から去っていったよ」
肩を竦めるサーシャ。考えとしてはもう少し打ち合っていたかったのだろう。浅く斬られた手の甲が、それを物語る。
「それじゃ達者でな。あまり無茶をしないでくれよ」
「君に言われるとはね。けれど少し頑張らないと、リョウも心配してくれないんだよ」
少しだけ眉をひきつらせつつも別れ際でまであれこれしたくないとして、エレンはそれを飲み込んだ。
しかしサーシャは人生の先達として言うべきことは言っておくべきだろうとして、一言忠告しておく。
「彼をもしも本気で欲するならば強気な態度だけじゃ駄目だよ。あんまりにも独占欲強すぎると他の女の子になびいちゃうからね」
「私は男としてのティグルには興味がない。いやまぁ長いこと一緒ならばそれ相応の魅力というものにも気づけるのかもしれないが…ともかく、私は弓使いとしてのアイツが欲しいんだ」
色子はいらないというエレン。そんな風でありながらも硬軟使い分けての懐柔策もありかと考え込む辺り、本気で彼を欲しているようだ。
そうして少しだけ悩みのままのエレンに挨拶一つをしてから、サーシャはレグニーツァに帰っていく。
(リョウは、まだブリューヌにいる。自由騎士が起こす風は多くの人間を巻き込み、やがては世界を席巻する)
それは分かっているのだが、サーシャとしては少しだけ自分の所に来てほしいとも思っていた。
どうしても会えないようならば……。
(その時は、こっちから会いにいってやる。僕が待っているだけの女だと思うなよ。リョウ)
決意と共に今は国の大事をこなすことが先だとして、馬を走らせることに専念した。
† † †
その少女が現れたのは、戦に行った男たちが帰ってくる一刻前といったところ。
旅着が汚れた少女。しかしその髪の美しさからどこかの貴室のものではないかとアルサス領の中心。セレスタの街に現れた。
またもや領主であるティグルの関係者かと思うのは街の住民たちだった。
夏の時期にも、彼は一人の少女を山の中から連れてきた。その時は領主同道であったが、今はその領主は不在だ。
未だに男衆が帰ってきていないことに不安を覚えていた住民は警戒しつつも、その少女がティグルの館に向かうのを見た。
少女は扉を叩き鈴を鳴らした。平時ならば来客として対応しただろうが、今は戦時中だ。
館の主人が帰ってきたと思って中にいた侍女二人と幼竜一匹は喜ぶようにそれを迎え入れた。
「お帰りなさいませティグル様!!!」
「お帰りなさいティグル!!!」
勢いよく扉を開けたのだが、そこにいたのが、領主ではないことに気づく。
「……レギンさん?」
知り合いがいて安堵するレギンだが、様子から察するに領主は不在のようだ。そして、何故か自分と同い年か少し下の少女が睨むように見てきた。
「レギンって……ティグル様の王都での愛人!?」
大声で言ったので、館の回りに何事だろうと集まっていた野次馬たちの耳に入り、領主様も枯れているわけではないと少しだけ安堵しつつ、ティッタ、オルガ頑張れという内心の声が発生することになった。
領主不在のままに来客に対応する。ティッタも流石に恋敵とはいえ、領主の悪評を巻くわけにもいかず、茶をいれ菓子を出す。
「すみませんティグルヴルムドがいない時に訪れてしまって……」
「いえ、それは構わないのですが……あのレギンさんは何故、あんな格好でここに来られたのですか?」
頭を下げるレギン、その姿はまるで長い旅をしてきたかのようだったからだ。聞いている限りでの王宮の行儀見習いという風体ではなかったからだ。
「レギンさんもディナントに行っていたのか?」
「……はい。ジャンヌ様の世話役として着いていきましたので、ティグルに伝えたいことがあったのですが、まだ帰られていない……」
「はい…」
レギンの問いかけに、二人の侍女は気を落とす。幼竜もどことなく落ち込んだ様子だ。いるべき人がいないからだろう。
そうして三人と一匹が、落ち込んでから…一人が勢い込む。
「大丈夫、ティグルは帰ってくるって言ってた。だから帰ってくる」
その言葉を信じたからこそ、竜の姫はここに残って帰りを待つことにしたのだ。何より今、このアルサスにおいて大事をなそうという男が死ぬわけがないのだ。
天は男を死なせるために、そんなことまでさせたのではない。そうオルガは信じている。
「そうだね。オルガちゃんの言う通り、ティグル様は帰ってくる。天上の神様はここであの人を死なせるために戦にいかせたんじゃないんだから」
ティッタは神殿にて祈り続けてきた。一人の若者の命運絶やさぬように、ティル・ナ・ファに彼に無慈悲な鎌を降り下ろさないように嘆願し続けた。
何より幼い頃からティグルは自分の前から完全にいなくなることはなかった。かくれんぼしていても最後には泣きだしそうになる前に自分の前に出てきてくれる人だ。
「私はあなたたちほど付き合いが長いわけじゃない。けれども彼を信じています。……王子殿下も信じられた彼の心根とこの地にて皆に慕われているティグルヴルムド・ヴォルンという青年領主の人間性を」
レギンは知っている。かつてのニースの休日とも言うべき男女の一時、その際に語られた彼の全てを―――。多くの貴族達がガヌロン、テナルディエに組みして悪行を良しとする中、彼だけは民と同じ目線で語れる人だった。
だからこそレギンはどんなに財も、知も、武も轟くものなくともティグルのその心こそが明日のブリューヌの礎なのだと気付けた。
「彼は帰ってきます。私もあなたたちも信じましょう。そして出来ることを今は全力で行う。それだけです」
レギンは決意して立ち上がる。そして馬を一頭貸してくれと頼む。
「どこかに行くのかレギンさん。暫く滞在していてもいいんじゃないか?」
「そうですよ。ティグル様が帰ってくるまでここにいても―――」
「お気遣いありがとうございます。ティッタさん。オルガさん。けれどやるべきことがある以上、私も私に出来ることを行い、いざという時ティグルを助けたいのです」
そうして彼女は二人のティグル思う女の子二人に告げる。
「私はアルテシウムにて待つ。それこそがレグナス王子の遺言だと伝えてください」
仮にもしも王家の力借りたくば、自分を探しだしてくれ。とそう伝えるように二人に言ってから、レギンは去っていった。
「レギンさんも託されたものをこなそうと必死なんだな……」
「そうだね……」
街道に出て、馬を使い去っていくレギンを見送りながら、オルガも覚悟を決めた。このアルサスに本当に必要なのはティグルなのだ。仮に自分が代理として治めていたとしても、それでは駄目だ。
頼まれたこと。その内の一つを破棄する。そして何がなんでもティグルをここに戻すしかないのだ。
決意の後にアルサスに歓声が沸いた。どうやらアルサス兵とオード兵が帰ってきたようだ。
つまりはティグルとマスハスが無事であったという証明なのだと歓声の沸いた方に赴くも、そこに片方はおらず、ティグルの無事は確認出来てもーーーマスハスとバートランからその帰還がかなり困難だと知らされた。
しかし一人だけ困難だとは考えなかった。成る程、確かに戦姫は強力な存在だ。一騎当千というに相応しい。
だが、同じ戦姫どうしならば、条件は対等だ。
(私がライトメリッツに行けばいい。あのエレオノーラ・ヴィルターリアを自分のムマで打ち倒せばいいだけだ!)
しかしまずは正攻法だ。とにかくお金を工面する。そうすることがまずは第一だ。正規の取引でティグルを取り返せるならば、それに越したことはない。
それがダメだった場合、契約そのものを反古にする。無論、そんなこと本来ならば許されるものではないが、泰平の世に見えても、戦国の世である西方諸国なのだ。こんなこともある。その認識を持っていない方が悪いのだ。
(ティグル、待っていてくれ! 今度は私がティグルを助けてみせる!!)
得体の知れない自分を拾ってくれたあの時のティグルの恩に報いるためにも羅轟の月姫(バルディッシュ)は、銀閃の風姫(シルヴフラウ)と戦うことを決意したのだ。
「で、どうしたんだ。その頭?」
「剃りました。東方では敬服する時は、髪を刈り取りそれを出家の証とするとも聞いておりますので、それに倣いこのルーリック、テイグルヴルムド卿の見張りを務めさせていただきます」
「そ、そうか」
見張りというよりも、何だか部下にでもなったかのように敬ってくるルーリックに半ば気圧されつつも、ティグルとしては敵対的な人間が監視役でなくて少しだけほっとした。
そうして、ティグルの思惑とティグルに関わる全員の思惑が決定的にずれつつも様々な邂逅の時は近付きつつあった。
そして、闇に潜むものたちも……己の願いを叶えるために動き出していた。