鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「魔弾の王Ⅲ」副題『二つの想い』

 

 

 

 ブリューヌ軍敗走。

 

 

 何のことはない地域紛争、その戦場において多くのことが動こうとしていた。未だにムオジネル、ザクスタンなどには詳細な情報は届いていないものの、風聞で一つのことがまことしやかに囁かれていた。

 

 

 ブリューヌ皇太子レグナス戦死―――。あるものにとっては訃報。あるものにとっては吉報。あるものにとっては偽報の類が、多くの人々に伝わっていく。

 

 

 何かが起きる。明確な予感ではないとはいえ、ブリューヌに生きる多くの人々が、この平原の王国に起こるだろう不穏なものを感じ取っていた。

 

 

 そして国王は、唯一の直系を亡くしたということから鬱ぎこむことになっていった。

 

 

 表向きは―――。

 

 

「レグナスの幕舎はかなり荒らされていた。近衛騎士三人の遺体は、そのままだったが……レグナス本人の遺体と、ジャンヌの遺体は見つからなかった。無論、首検分のために持っていかれたというのならば、どうしようもないが、跡地にいた兵士連中にも聞いたがレグナスらしきものはいなかったそうだ」

 

 

「…………全ては不確定ということか、生きているかもしれぬし、死んでいるかもしれない…………」

 

 

 国王の私室。かつて、多くのことを託された場所に再び舞い戻った。

 

 

 調べてきたことを全て話しておきながら、断定出来ないのは、自分とエレオノーラの仲が最悪だからだろう。

 

 

 だが、どうにも不可解なことがあった。レグナス…レギンの幕舎に撒かれていた血飛沫。

 

 

 その様子から察するに、何かがあった。騎士達は抜刀もせずに死体となっていた様から暗殺者の類いによるもののはず。

 

 

 エレオノーラが使った可能性もあるが、まだ事実確認の最中だ。

 

 

 第一、王子の殺害が早すぎた。二万五千を五千で打ち破る。確かに電撃作戦としては成功の部類。

 

 

 しかしながら、陣の最中央。一番防備が強かっただろう場所にそこまで早く侵攻出来るだろうか、今の所、記録官によるまとめが上がるのを待つようだが……。恐らくレギンは生きている。

 

 

 確信ではないが予感、天文の星の位置を見るに、まだレギンの命脈は尽きてはいない。

 

 

「とにかく暫くは、鬱ぎ混んでいる様子でいた方がいいでしょうな。色々と誤魔化しも効きますし」

 

 

 と言葉の後半で、部屋の隅に目を向けると、一人の人間、給仕衣装の男が簀巻きにされている。正体はこの王宮の内膳司の一人。そんな人間が何故、部屋の隅にいるのかを事情を知らなければ誰もが訝しむはずだ。

 

 

「戦争が終わると同時にまさか一服盛ってくるとは……」

 

 

 戦争をするというのならば、確かに早さは肝心要のものだ。エレオノーラが背後からの奇襲を成功できたのも決断の速さと迅速な行軍あってこそだ。

 

 

 だが、ガヌロンもしくはテナルディエ。どちらの手の者かは分からないが、レギンを失うと同時に、王宮にまで手を伸ばしてくるとは

 

 

「どちらにせよ目的は王都の機能を麻痺させることだろう。如何にボードワン殿たちが献策講じても、最終的な決裁を取り仕切るのは、ファーロン陛下だからな」

 

 

 その言葉にボードワンは溜め息を吐き出す。まさか王宮にまで両盟主の毒手が回っているとは思わなかったのだろう。

 

 

 こちらの言葉に、ファーロンは少し考え込みながら、その思案の顔から、結論を出した。

 

 

「内膳司を解放してよいな。そして毒は通常通り私に与えたまえ」

 

 

 とんでもない結論。王は本当にレギンが死亡したと思って狂ってしまったのではないかと部屋にいる下手人含めて思った。

 

 

「……理解出来ませんぞ陛下。何ゆえそのような凶行を……」

 

 

「我が王宮のコックは優秀だ。そして今まで彼の人格を尊重して、毒味役などを設けてこなかった。そんな忠臣にすら、このようなことをさせる以上、もはやテナルディエ、ガヌロンを止めるには武力しかあるまい。辛い役目、申し訳ない」

 

 

 ファーロン陛下は、この内膳司が脅されてやったのだと気づいていた。恐らく人質でも取られているのだろう。

 

 

 王宮の料理人ともなれば、その給料はちょっとした貴族よりも高いはずだ。

 

 

 だというのに、こんなことをするということ……そういう事情が見え隠れする。

 

 

 だが、それだけでファーロンが自ら毒を煽る理由にはならない。

 

 

「へ、陛下、ご寛恕いただいてありがたいですが、そのようなことなさらないでください……」

 

 

「そなたの作る料理はいつでも、我が腹を心地よく満たしてくれた。それを忘れるわけにはいかぬし、そなたの家族に迷惑をかけるのも我が心にしこりを残す」

 

 

 温情でありながらも、そのようなことをしては確実に体を害する。

 

 

 ファーロンとしては、今後起こるだろう争乱終結まで、命があればいいという公算なのだろうが……何事も計算通りにいかないのが、世の中というものだ。

 

 

 この国王の思惑はことごとく外れてここまで来たのだからーーー。

 

 

「一応、中和剤も渡しておきます。但し量もそこまでありません……そして、今から私は王宮には近づけません」

 

 

 それは前々から言われていたことだ。調査報告の後の連絡員なども用意出来ていない現状だったので、今回はやむを得ず王宮に来たが、今後ここに自分は来れない。

 

 

 恐らくガヌロン、テナルディエは本格的に戦争を始めるまえに、王宮の権利を掌握しに来るつもりだろう。

 

 

 玉璽なども場合によっては奪いに来る可能性もある。

 

 

 それが終わってから漸く、奸賊は刃を交えるつもりだろう。

 

 

 そこに自分がいてはどうなるか分からない。無論、暗殺者程度は退けられるだろうが、それでもジスタートの食客である自分は、寄り付かない方がいいだろう。

 

 

「まずはどこに行きますかな?」

 

 

 ボードワンとしては、レギンが生きていれば早くに戻ってきて偽報、虚報の類であったと喧伝することで大貴族を騎士団の勢力などで追い落としたいだろう。

 

 

 扉に体を翻しながら、語る。

 

 

 気は進まないが、リュドミラの領地からライトメリッツよりも、直接ライトメリッツに入れるルートの方角。

 

 

 確か、そのライトメリッツ領に近いブリューヌ領はーーー。

 

 

「アルサス、まずはそこを目指そうと思います」

 

 

 † † †

 

 

「それじゃ、君はそんな経緯で捕虜になったのか?」

 

 

「ああ、何だか随分と聞かれるが、そんなに変なのかな?」

 

 

「君じゃなくて、エレンの行動が可笑しかったのさ。彼女は今までどんな戦を行っても捕虜をあまり取らなかったんだ。身代金目的のものは騎士たちだけに任せてね」

 

 

 戦姫の個人的な捕虜というのは、かなり重要な意味を持つ。彼女らはその超常の力を持つが故に大半の戦士達を下に見る。

 

 

 昔の話だが、戦姫の捕虜となった剣士の一人は彼女の薦めもあってムオジネルの前身国家の闘技場において、戦姫御抱えの剣奴となって最終的には時のチャンピオンを打ち破り自由を勝ち取った。

 

 

「自由を勝ち取った剣奴がその後やったことは、まずその戦姫に求婚することだった。その頃には彼女とその剣奴との仲は知れ渡っていたんだけどね」

 

 

 最初から最後まで面白がるように話す黒髪にして、短髪の女性。アレクサンドラという戦姫は、変人戦姫列伝・外典に書いてあることだと告げてきた。

 

 

「それじゃ俺には無理だな。俺は剣も槍も苦手だ……剣闘士となって自由を勝ち取ることも出来そうにない」

 

 

 公宮の廊下にティグルの力ない嘆きがこだまする。こんな時は剣を上手く使えない我が身が悔しい。そんな武勲詩(ジェスタ)にまで伝えられるような存在、例えばリョウ・サカガミのようであれば、如何様にも出来たかもしれないのに

 

 

 そんなティグルの嘆きは、当の本人が聞いたらば「俺は弓を執らせれば遠雷、天下無双になりたかった」と言うだろう。

 

 

 アレクサンドラは、そうしてお互いに無い物ねだりをしている似た者同士な男の子たちと結論つけておいた。

 

 

「だからエレンは君に違う道を示すだろうね。それを受けるかどうかは君次第だ」

 

 

 アレクサンドラは、自分に示されるだろうことを半ば予想しているようだ。

 

 

 エレン……エレオノーラの執務室に入ると同時に、鋭い視線が向けられる。自分に対してだけであり、アレクサンドラにたいしては敬服しているようだ。

 

 

 そして呼び出したエレオノーラは、目を通して決裁を押した書類から目を離してようやくこちらを見てきた。

 

 

「ようやく来てくれたな。リムが起こしても寝てばかりだったからサーシャにいってもらって正解だった」

 

 

「リョウで慣れているからね。もちろん一緒の布団に入っていても得意だけど」

 

 

「……前言撤回だ。リム、今度から何が何でも起こせ。具体的には剣の切っ先を口に入れても構わん」

 

 

 ……やけに具体的かつ、猟奇的な起こし方を提案するものだ。

 

 

「承知しました。今度からはそうします」

 

 

 しかも了解されてしまっているし…。明日からは絶対に早起きしようと心に決めつつティグルは表情を引き締める。

 

 

「俺を呼び出したのは何でだ?」

 

 

「色々とあるが、まずはお前に今後の身の振り方を決めさせようと思ってな」

 

 

 そうしてエレオノーラは、話してくる。自分の今後に関わることだけにティグルもこれには真剣に応じなければならない。

 

 

「まずはお前にかかる身代金だが……こんな所だ」

 

 

 示された金額に眩暈がする。しっかりしようと思っていたところにいきなり衝撃的な一撃だった。

 

 

「な、七万ドゥニエ……何でこんな金額が設定されているんだ!? 言っていて悲しくなるが俺は伯爵だし、王家連理でもない。ついでに言えば弓ぐらいしか取り柄がないんだぞ」

 

 

「うむ。しかしこれがブリューヌとジスタート側との戦時約款というやつでな。まずは一つずつ答えていこう」

 

 

 そうして麗しい戦姫の声が響く。その麗しさなど目に入らぬぐらいに衝撃的な答えが突きつけられる。

 

 

 どの国でも優秀な将軍や騎士……つまり剣や槍の豪傑無双は得難い。そして今までは、それを捕えれば身代金は多く取れたが、しかしそれは同時に相手国の経済をとにかく疲弊させることとなっていった。

 

 

 戦争とは外交の一つであり、相手国を完全に征服できるならばともかく、持ちつ持たれつの関係を持続出来るならば、あまりにも疲弊させるのは、得策ではなかった。

 

 

 そこで―――例え、剣や槍の豪傑を捕えたとしてもあまり高い金額を設定することはお互いにやめた。

 

 

 しかし、それでも身代金という制度を持続させて、かつどこかに高い金額を設定しなければ名誉と契約の神ラジガスト、戦神トリグラフに申しわけがないだろうと、二国の高神官達が反発したのだ。

 

 

 特に戦神トリグラフに仕えている神官は、その性質上―――剛毅なものが多く、メイスやモーニングスターを持ち、己の勇者と信じた戦士と共にいることもあるのだ。そんな連中ばかりなので、そんな風に弓使いにとばっちりが来た。

 

 

「結果として弓使いという貴族位のものには、このような金額が設定されているのだ。理解出来たか?」

 

 

「ああ、これからはトリグラフを祀る神殿には寄進しないことに決めたよ」

 

 

 戦というものは時の運だ。しかし勝算のある戦いであったのを崩されたばかりか、一人の男の運命までもここまでかき乱すとは。

 

 

 だからこそせめてラジガストの加護を信じて交渉を開始する。

 

 

「……負けてくれないか?」

 

 

「駄目だ」

 

 

「せめて二万ドゥニエ程度に」

 

 

「駄目だ♪」

 

 

 びた一文負けてやらんという笑顔。ここまでの面白がるかのようなやり取りのそれにティグルはとりあえず降参しておく。

 

 蓄えはこれからの事業の投資に回してしまった。つまりそんな金額を払える計算は無いのだ。

 

 

 春になれば、何とかなりそうだったというのに時期が悪かった。オルガから教えてもらった騎馬民族特有の馬乳食などを参考にした酪農製品の生産体制が整いつつあったというのに。

 

 

「五十日以内にこれに対する回答及びそれに類するものが無い場合、ティグルヴルムド・ヴォルン伯爵。あなたの身柄は正式に私のものとなる。それを前提として―――今のうちに良い条件で何とかしてもらいたいと思わないか?」

 

 

 何とかとは何だろうか? アレクサンドラという女性はすでに察しているようだった。

 

 

 リムアリーシャという女性は、ため息を吐いている。

 

 

「エレオノーラ様、その誘いをする前に、まずは公宮の兵士達、全員の前でティグルヴルムド卿の腕前を見せるべきです」

 

 

 リムアリーシャという女性が、ため息からそんなことを言ってきてティグルも察しがつく。

 

 

「お前の馬を一射で当てたのだぞ。ティグルヴルムド……長いな。これからは私のことはエレンと呼んでいいから、お前も愛称を教えてくれ?」

 

 

「ティグルと皆からは呼ばれている。それでエレン、俺は何を『射れば』いいんだ?」

 

 

 流石に早くも愛称で呼んだことにリムアリーシャは少し怒っているようだが、話が進まないと思ったのか、流れのままにさせていた。

 

 

 

 

 

 ―――そうしてティグルは練兵場の中でも弓使い達の訓練場に連れて行かれて、その実力を披露した。

 

 

 結果として一人の青年の毛髪全てと驕慢を奪い取り、公宮の女性達に多大な嘆きをさせるのだが、それは彼の大いなる戦果であり、青年一人を英雄の道へと進ませる切欠にもなった。同時に青年の新たな魅力(毛髪を奪った男と一緒の時)に女性達は違うため息を吐くこととなった。

 

 

 それは後の未来においてもそうなのだが、当時を生きる者たちにとっては知るべくもないことであった。

 

 

 

 †  †  †

 

 

 鯨油に灯された灯りの中、上がってきた報告を見ながら青髪の少女が目を細めて言う。

 

 

「そう。ブリューヌとの戦争はこちらの完勝……エレオノーラも侮れないわね」

 

 

「それで……どうするのかしらリュドミラ・ルリエ?」

 

 

 呟きに対して、青髪の少女の対面に座っていた紅髪の少女が返す。

 

 

「どうもしないわエリザヴェータ・フォミナ、私達に何か影響があると思っているの?」

 

 

 無いわけがないだろう。だからこそこうして緊急の会談にも応じて、氷の戦姫と雷の戦姫はお互いに提供できる中立地帯で話し合っているのだ。

 

 

 紅茶を飲みながら、別荘の一室にて話し合っていた。

 

 

「これを機にブリューヌでは内乱が起こる。それは同時に私達二人の取引相手との決済が増えるということよ。私はウラの事業で出来たものを戦争に使ってほしくないわ」

 

 

「……あなたがオニガシマからミスリル鋼や希少金属を私の領地に届けてくれているのは分かっている。エリザヴェータ、あなたの尽力は有難いわ」

 

 

 目の前の紅髪の戦姫の懸念は分かる。そしてそれはミラも分かっていたことだ。

 

 

 義兄として慕っている男性は、いずれ起こるだろう大いなる戦いの為に、これを渡してくれたのだ。

 

 

 それは人の世にあってはならぬ「邪悪」との戦いだ。

 

 

 あの後、ソフィーから聞いた話ではブリューヌにおいて、蛙の魔物が現れて義兄と戦ったそうだ。

 

 

 その時は結局、逃げられたそうだが―――。恐らく今後起こるだろう西方の争乱においてこの魔からの被害は出てくるだろう。

 

 

「義兄様ならば、出し渋りはしないで稼げと言ってくるでしょうね」

 

 

「リュドミラ、貴女―――」

 

 

「落ち着いてエリザヴェータ、いえリーザ。私にも考えはあるわ」

 

 

 腰を浮かせた雷渦の戦姫を手で制しつつ、自分の考えを同世代の戦姫に話す。

 

 

「義兄様ならば、この力を使っての混乱はよろしくないとしつつも、これが多くの人間に行き渡らなければ、その方が多くの災厄を招くとしているでしょうね」

 

 

 力を制限するとしても、いざそれが必要な所になければ、その方が多くの人死にを招く。

 

 

 義兄もまた長き時の中で、破邪と退魔を統べる一族は、世界と関わることを無くすわけにはいかなくなったのだから。

 

 

「結局、テナルディエ家だけでなく多くのブリューヌ貴族と付き合えということでしょうね。まぁ多角的経営を行っていければ、いざというときのリスクを回避できるでしょう」

 

 

「お互い、昔からの付き合いしか持っていないものね私も……ミラも……」

 

 

 俯き加減にして、こちらの名前を呼んだリーザに少しだけ顔を綻ばせる。

 

 

(別にエレオノーラだけじゃないわよね……)

 

 

 昔、年が近く仲良くなろうとした少女とは義兄のことが無くても今でも不仲だった。

 

 

 しかし少し遠い領地には、自分と同じ年頃の戦姫がいた。それと仲良くすることも重要だったのではないかと今では思う。

 

 

「これから私達はお互い色々と助けあっていきましょ。リーザ、戦姫若い方組として」

 

 

「ええ、ミラ。よろしくお願いするわ。ついでに言えば私とウラの仲を進展させるために協力してくれないかしら? 具体的には戦姫お局組を遠ざけるためにも」

 

 

 こうして同じ取引相手を持っていた少女二人は変な所で意気投合し、今後の西方情勢に深く関与しつつも、見極めて新たなる販路開拓も共同で行うことを了承しあった。

 

 

 


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