鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「魔弾の王Ⅱ」副題『再起する運命』

 

 

 

上機嫌な様子で馬を進める。行軍の様を気づかれないようにするのは簡単では無いのだが、ブリューヌ陣営は、馬鹿ばかりなのか、それとも楽勝だとでも想っているのか、斥候の一人も放ってくること無かった。

 

 

それさえあれば、こちらの動きも少しは掴めただろうに…

 

 

「だが勝てる戦というのは嬉しいな」

 

 

「まだ一戦もしていない内から、そんなこと言っていていいのかい?」

 

 

「大丈夫だ。サーシャがいてくれるならば、私の力は十倍にまで膨れ上がる。逆にあの色魔がいると十分の一になってしまう」

 

 

どういう精神構造してるんだ。という目で隣で馬を歩ませている白銀の戦姫を見ると、少しばかり浮かれているようだ。

 

 

まぁ気持ちが上がっているのは、いいことだ。指揮官が弱気でばかりいたならば、どんな作戦も成功はしない。

 

 

そしてエレンには慢心は無く、油断もない。

 

 

遠回りをして、ブリューヌ軍の後ろを取った。前進を開始すれば簡単に背後を突ける位置にまで来て、エレンは姿勢を正して、大声では無いが張りのある声で連れてきた千の軍勢を前にして宣言した。

 

 

「突撃だ。我々は一本の槍、一陣の風となりて、二万以上もの軍勢に痛打を与えなければならない。だが恐れるな―――我々は勝つ。ライトメリッツの騎士達よ銀閃の風になれ!!」

 

 

符丁と宣言の数々後には、全軍が戦闘態勢に入る。

 

 

「シュトゥールム・プラルイーフ!!」

 

「エレン、女の子が使う言葉じゃないよ」

 

 

たしなめつつも軍隊が男社会である以上、そういった同一化も戦姫には必要なのかもしれない。

 

 

サーシャの感想を余所にライトメリッツの別動隊はブリューヌ軍の背後を突いていき、その攻撃は呆気なく全てを食い尽くしていった。

 

 

 

 

 

 

背後に混乱巻き起こる現状で、前線でも混乱が起きた。

 

 

正面の四千の軍勢が動き出したのも一つだったが、一番にはーーー総指揮官であるレグナスの幕舎で血飛沫が待っていたからだ。

 

 

お飾りのような総指揮官とはいえ、此処こそが、全ての諸侯に号令を発する場所なのだ。

 

 

ここが潰されては、各前線指揮官も各自の判断で動くしかなかった。

 

 

中でもザイアン・テナルディエは、襲いかかるジスタート軍と刃を合わせつつ、愛しき一人の女性の名前叫んでいた。

 

 

そしてその女性こそが、この混乱の一端を担っていた。

 

 

レグナス皇太子の幕舎に現れた黒ずくめの暗殺者集団。その中に彼女はいたのだから。

 

 

「ブリューヌ王家第一『王女』レギンだな?」

 

 

重装鎧の戦争装備の騎士三人を床に死臥せた暗殺者の中でも中央にいたくノ一の言葉に言われた当人と、護衛である女騎士ジャンヌは、身を震わせる。

 

 

敵は外ではなく内にいた。迂闊だったのだ。このような状況下での襲撃こそが暗殺者を使う好機だったのだ。

 

 

「何処の手の者だ。テナルディエか、ガヌロンか?」

 

 

「外敵であるジスタートの刺客を疑わない辺りに、同じ女として尊敬しますが……これから死ぬものが知るべきことか?」

 

 

言うと同時に、短い得物を構えるアサシンの集団、この王族専用とはいえ、狭い幕舎の中での戦いを心得た選択。

 

 

そして見るものが見れば、そのアサシン、特にくノ一が持つ得物はクナイの中でも業物の類いであり、ジャンヌは小剣『ドゥリンダナ』をそのままの状態で、アサシンと正面から向かい合うことになった。

 

 

(レギンだけでも、ここから逃がす!)

 

 

決意を込めて、ジャンヌはテナルディエ家最強の暗殺者サラ・ツインウッドに挑みかかった。

 

 

 

―――ディナントの戦いは夜明けと共に、終結していた。

 

 

夜襲の奇襲。五千の兵で二万五千が打ち破られるという惨憺たる有り様は、総指揮官である王子が死んだという『報告』が闇の戦場に飛び交うと共に、重要諸侯は勝手な行動を取り、それに同調するものも多く……結果として、潰走の敗走。

 

 

ジスタートの兵士の白刃による殺害よりも逃げ回る味方に踏み潰される方が多かったなどというぐらいだった。

 

 

平原に死屍累々と横たわる鈍色と赤色を墓標とした死体の数々の中から一人の『英雄』が立ち上がる。

 

 

傍から見れば幽鬼が死体から出来上がったのではないかと思うほどの立ち上がり、粉塵で薄汚れた身体を持ち直して、遠くを見つめる。

 

 

『英雄』は男だった。ありとあらゆる重要な場面で『女』が主役であったこの戦いにおける終幕を告げる男。

 

 

知己の名前を叫ぶも、応答は無い。味方は全員死んだのではないかと思うほどに、とびっきりの悪夢を想像しつつも男は歩みを進めた。

 

 

前に出なければならない。生きるならば止まっていては駄目なのだ。

 

 

そうして見ると、目の前―――300アルシン先を悠然と横切る一団がいた。

 

 

七人の騎馬兵の一団。その中に目立つ人物を見る。銀色の輝き。鈍色の空の中でも燦然と輝く白銀の戦姫。

 

 

長い銀髪を振り乱して、何かを探している彼女こそ―――敵方の総指揮官。思わず見とれてしまうほどの美しさは、武器を持つよりも、社交界で花束でも受け取っていた方がいいのではなどと思ってしまう。

 

 

(オルガの言う通りならば戦姫の持つ竜具は超常を司る神秘の武器だ……)

 

 

相手にしようなどと考えてはいないが……この後に、同じく騎馬兵。特にもしも今以上の集団に見つかれば自分の命はないだろう。

 

 

つまりは幸運を求めようとすれば失敗する可能性もあるのだ。

 

 

七人の中から誰か一人だけでも出てきて打ち落とせれば、馬を奪える。

 

 

(賭けに出るしかない……)

 

 

周りに味方は居らず、これ以上留まっていては、どうなるか分かったものではない。

 

 

まずは相手の意気を釣る―――。こちらから見える最初の騎馬兵の馬に矢を放つ。

 

 

狙い通り空気を裂いて相手の馬を狂乱させることに成功する。振り落される仮面の騎士の正体が女騎士であることを確認した後にーーー予想外のことが起こった。

 

 

こちらを警戒して手勢を最初に寄越すと思ったというのに、爛々とした顔。まるで面白いものを見たかのような目をして、真っ先にやってきたのは戦姫だった。

 

 

もはや覚悟を決めて、戦姫を打ち落とすことで馬を手に入れるしかない。

 

 

弓弦を引き絞り、剣を握らない手綱を握る手を狙う。

 

(風と嵐の女神エリスよーーー!)

 

 

御加護を、という内心の言葉と同時に放たれる銀色の矢は銀色の長剣によって「斬り払われた」。

 

 

だが、それは織り込み済み。相手の動きを予測しての二射目を放つ。既に弓弦を引き絞られている。英雄の眼が斬りはらい伸びきった腕の、手甲を狙っていた。

 

 

甲を貫き、剣を落とすと思っていただけに次の瞬間に驚いた。

 

 

風が吹いた。まるでこちらに加護を与えずに戦姫に加護を与えたのではないかという程に、その少女の周囲に風が吹き荒れて、矢を在らぬ方向に飛ばした。

 

 

そしてその風の加護は馬に通常以上の跳躍力を与えて伝説にある天馬のようなそれを見せつつ、二百アルシンを跳んできた。

 

 

もはやこちらとの距離が五十アルシンあるかないか……。

 

 

(終わりなど呆気ないもんだな……)

 

 

死ぬつもりは無かった。だが、これ以上はどうしようも無い。

 

 

五十アルシンの距離を再び跳んでこちらの目の前にやってきた戦姫。弓を下げて一応の降伏をしておく。もはや生殺与奪はあちらに委ねられた。

 

 

「どうしたもう抵抗しないのか?」

 

 

物語の続きの読み聞かせをねだる子供のようだ。と戦場に似つかわしくない感想が生まれた。

 

 

そのぐらい彼女は面白がるように言ってきたのだ。

 

 

「俺の距離での戦いは終わった。あの必殺の二射を止められたら抵抗する気も無くなる」

 

 

「周りにある槍でも剣でも使えばよかろう」

 

 

「これは俺も知らぬ戦士達の墓標であり誇りの証だ。おいそれと使うことは出来ない」

 

 

第一、自分は剣も槍も苦手だと……自分の末期の言葉を聞くだろう相手に答えていく。

 

それにしてもすらすらと答えられるものだ。

 

 

恐らくこれで終わりだと思っているからだろうか。それとも―――彼女の美しさを前にして頭がおかしくなったかだ。

 

 

「ふむ。ブリューヌの戦士としては失格かもしれないが、その弓の腕は正に天地に並ぶものはないだろうな……。私はライトメリッツ戦姫 エレオノーラ・ヴィルターリア、お前は?」

 

殺すまでは行かなくとも自分を狙った相手を賞賛するなど、少しばかり予想外だった。そして名前を聞いてきたことに関しては観念する思いでティグルは全てを答える。

 

 

「ブリューヌ王国アルサス領、領主ティグルヴルムド・ヴォルン……国王陛下から賜りし位は「伯爵」だ」

 

 

「いいだろう。先程の勇戦に応えて―――お前の身柄は私が預かる。―――。今日からお前は私の『モノ』だ」

 

 

まるで新しいおもちゃを手に入れたように言ってくるエレオノーラの笑顔に何も言えなくなる。

 

 

―――お前は私の『モノ』だ。どうとでも解釈出来る言葉を吐かれながらも、自分には選択肢など無いのだと諦めの境地に達しつつ、エレオノーラに『自分に色子の真似事は出来ない』と伝えるべきかどうか少し悩んでしまった。

 

 

もっとも、言えば彼女の逆鱗に触れていただろうと後に思えたので、ティグルはこの時の自分の幸運を心底感謝した。

 

 

 

こうしてディナントの戦は―――大きな利益を生むことなく、ただ多くの人死にを出したままに終結を迎えた。

 

 

 

だが後の戦史研究家はこう述べている。

 

 

「この戦いこそが後の西方の戦役全ての発端であり、そして英雄ティグルヴルムド・ヴォルンが起った日なのだ」と―――。

 

 

そして戦史研究家は知らないが、この戦争には多くの英雄の友人であり、ティグルヴルムド・ヴォルンが、生涯を通じて『盟友』として信じた男が来ていたのだ。

 

 

 

兵どもが夢の跡を見に来た一人の男。東方の刀を携えて、戦跡を俯瞰するように見ながら―――目的のものが無いかと探る。

 

 

それを見てからでないと男は戻ることは出来なかった。明確な痕跡を探すべく男―――リョウ・サカガミは戦跡に降り立った。

 

 

 

戦跡を去っていく英雄。戦跡を探っていく英雄。

 

 

 

二人が邂逅する時――――全ての運命は幕を開けることとなる。

 

 

 


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