鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『後に繋がるもの―――』第一部終了

 

 

 

騒動は概ね終わりを告げた。城下での騒ぎはただの陽動であり、後に判明したことだがムオジネル人達のアジトを発破した故のものだった。

 

 

そして回収したアサシンの遺体の検分からムオジネルの工作活動の長さが際立つ。

 

 

人的被害は殆ど出ていない。ただ奇妙なことも少し見受けられていた。一つにはこの工作活動が本当に予定されていた通りなのかどうか。

 

 

これに関してリョウは、魔物の横槍があってこそだったと認識していたが、もう一つありそちらに関しては分からなかった。

 

 

賓客席とは別の客席の一角にて、遺体の判別出来ぬものが三体ほど出ていた。最初は民衆の犠牲者かと思っていたが、持ち物からムオジネルの工作員であると判明した。

 

 

奇妙なのは彼らの殺され方だった。その死に方は―――「圧殺」「潰殺」という単語しかつけられないような死に様だっからだ。

 

 

身体の四方八方から圧力を掛けられたとしか思えぬそれを前にしては―――殆どのものが奇妙さを覚えるしかなかった。

 

 

(あそこにいたのか――――ヴォジャノーイという怪物以外の魔性が―――)

 

 

考えても分かることではないが、それでもいたのだと断言は出来た。

 

 

「何を考えているの?」

 

 

「いや色んなことをな……というか何でここにいるの?」

 

 

「城内の騎士達から夜のお供を誘われたけれどもあなたの名前を出して断ってきたからよ」

 

 

二刻前まで行われていたブリューヌ王城の宴席で繰り広げられていたパーティーにおいて彼女は様々な男性から誘いを受けていたのだが、自分から離れずにその誘いを断ってきたのだ。

 

 

自室に戻る際にも自分に結局同行してきたソフィーの姿は宴の際の豪奢と艶っぽさを両立させた衣装のままなのでどうにも目のやり場に困ってしまう。

 

 

「俺を口実にしないでくれる」

 

 

「嫌だった?」

 

 

「城内の女騎士にも妙な目で見られたぞ俺は」

 

 

儀礼的な軍衣を纏ったロランのエスコートでやってきたジャンヌという女騎士に、クロードという若武者を共にしてやってきたセレナという女騎士。

 

 

その二人から『これが戦姫の色子か』という目で見られた時にため息を突きたくなったのだ。

 

 

だが仕返しとしてではないが、談笑しつつもブリューヌの脅威として『頭突き』を広めるという旨を伝えると三人の視線がロランに向いた。

 

 

流石の黒騎士も同輩一人と後輩二人から責められては弱りきった様子であったが、まぁそのぐらいは勘弁してもらいたい。

 

 

『お前とはもう一度戦いたい。今度こそ水入りなしでな』

 

 

そう言って自分たちの前から去っていったブリューヌの四騎士達を見送った後には、葡萄酒で喉を湿らせる暇も無く様々な人間達に挨拶を受け続けていた。

 

 

「しかしまぁブリューヌの宴ってのはジスタートとはまた違うんだな」

 

 

「ご飯を食べる暇も殆ど無かったものね」

 

 

それが上流階級の務めといえば務めなのだが、少しは腹に入れたいとは思えないのだろうかと考えた。

 

 

「それぐらい内情が逼迫しているのね。私の知る限りでリョウに接触してきた人はガヌロン派が「二」テナルディエ派「三」中立貴族「五」といったところね」

 

 

「だからといって他国の人間にそこまで―――」

 

 

言葉は途中で途切れる。扉が叩かれる音で廊下を歩いていた人物が自分の部屋を目指していたのだと知れた。

 

 

「宴の疲れを取っている所、失礼するが―――サカガミ卿に少しご足労願いたい」

 

 

声から何者であるのかが分かる。そして何かしらの行動があると分かっていたが、ここまで早いとは思っていなかった。

 

 

しかしながら―――

 

 

「承知しました宰相閣下。君は―――」

 

 

「ここで待ってるわ。仔細も聞かないし、夜伽の際にも聞きださないから安心してくださいボードワン閣下」

 

 

ベッドの上に寝そべりながらそんなことを言うソフィー。

 

 

「後半はそもそもあり得ないので安心してください」

 

 

そんなやり取りをしながら、扉を開けるとそこには一礼した状態の宰相閣下がいて、手招きで案内される。

 

 

お互いに無言のまま。リョウとしては当たってほしくない予想をしつつ歩いていく。

 

 

しかしその一方でそうなった場合の話も出来上がっている。受けるかどうかは先方次第であるが

 

 

そうして宰相に案内された扉のレリーフ。バヤールという真紅馬に跨った勇壮な騎士の姿が描かれたそれから―――この中にいるのがどういう人物なのか分かった。

 

 

「お連れしました」

 

 

「通してくれるか」

 

 

声の主の言葉の取り決め通りに開かれる扉、近衛騎士達が開いた扉の向こうには月光を差し込ませて灯り要らずの夜の部屋が存在していた。

 

 

「宴席では話をせずに申し訳なかった」

 

 

真ん中に立っていた男性。部屋着ではなく礼服な辺りにこの場で話される内容にも察しが着いた。

 

 

「お構いなく。この時の為にあなたは俺という剣にこの国の有力者達が何を求めているのかを探っていた。それだけは分かります」

 

 

ファーロン国王が宴席にて自分に話かけてこなかったのは自分を警戒していたわけではない。

 

 

自分を探り針にしてこの国の貴族たちがどんな反応をするのかを観察していたのだ。

 

 

起こってほしくない事態が起こった場合の為に――――。

 

 

「貴方を我が子の近衛騎士として就かせたい」

 

 

「お断りします。ですが……その前に、貴方にはやらなければならないことがあるはず。そうしてからでなければ私はそんな大層な地位にも就けません」

 

 

「私がやらなければならないこと………」

 

 

とぼけているわけではないだろうが、それでも自分の慧眼を馬鹿にされた覚えもある。

 

 

「女の身で王位を継ぐには相応しくないという発想は我が国とは相いれませんので」

 

 

「―――気付かれておられましたか、陛下。もはや彼には胸襟を開くことでしか対応出来ませんよ」

 

 

続けたのは、後ろに自分の後ろで事の成り行きを見守っていたボードワンであった。

 

 

そんな宰相の言葉に国王も遂に観念したのか、ソファに座り込み葡萄酒。それも最上級のものをグラスに注いだ。

 

 

自分に対面に掛けるよう促されて、二つ目のグラスを手前に引き寄せる。

 

 

まるで神殿の神官に懺悔するかのような心地だろうファーロン国王には悪いが、今やるべきことは多々あるのだ。

 

 

そうして話された内容は特別珍しい話ではなかった。ただ王位を狙う奸賊共にとって最大限の弱みとなってしまったのが、この男の運の悪さだった。

 

 

「最初から王女として発表していれば事態がややこしくならなかった。それは結果論でしかないですが、運が悪いですなファーロン陛下。一度我が故郷でお祓いを受けたら宜しいかと」

 

 

『梓』という姫巫女と『川揚』という道士の先祖の建てた『陰陽寺社』のお祓いはとにかく効果覿面なのである。

 

 

しかしこの人にそこまでご足労願うわけにもいくまい。

 

 

「全くだ。この国の神職がヤーファの神職のように「奇跡」を使えていれば、建国王の側仕えであった神官のようであったならばと何度も願っていた」

 

 

その建国王の側仕えの子孫というのが、「奸賊」の片割れというのが何とも哀れな話だ。ここまでに聞いた話の限りではあるが。

 

 

「だが事態は逼迫している。レグナス……いやレギンにはかつてのブリューヌ救国の英雄であった『月光の騎士』(リュミエール)のような存在が必要なのだ」

 

 

月光差し込む部屋でそのような話をしたのは、なんてことは無いファーロンの演出だった。しかしうっかり了承してしまいそうな雰囲気ではある。

 

しかし、そこをリョウはぐっとこらえる形でワインを一杯飲みほした。

 

 

「……ファーロン陛下。やはり私にはお受けできない話です。ですが……このままこの国が暴虐に蹂躙される様は見たくはありません」

 

 

「自由騎士リョウ・サカガミ―――」

 

 

「そこでです。私はこの国において救国の存在を見つけ出したいと思います。仮に奸賊共が国王の名代、王を僭称した場合に真なる大義を示せるものが欲しいのです」

 

 

玉璽、錦の御旗、様々な呼び名がある己の大義名分・官軍であることを示す物品。それをこの国にいる「王聖」持つものに託したい。

 

 

無論、レグナス及びレギンが何か王位の正当性を示すものを持っていればそれでいいのだが。

 

 

聖窟宮(サングロエル)における啓示などという眉唾ではないものか……、ボードワンあれを」

 

 

「承知いたしました」

 

 

そうして、ボードワンはこの部屋の中にある棚の一つを丁重に開けて、高価でありながらも少しだけ汚れたビロードに覆われた短剣を持ってきた。

 

 

柄は黄金でありながらもその鞘は簡素な鋼鉄、されど微細な意匠が拵えられたもの。

 

 

「これは?」

 

 

「今、そちらが語った玉璽、錦の御旗に通じるものだ。多くの者に知られるものではないが、それでも我が忠勇なりしパラディン騎士・王宮に近いものならば知りえるもの―――建国王の第二の剣とでも呼べばいいものだ」

 

 

受け取りつつも気軽に引き抜けないものだとして、腰に差さず懐に納める。

 

 

「これを身に着けたものこそ、官軍であるとここに私は自由騎士リョウ・サカガミに宣言する。ボードワンそなたが証人だ。内乱起き、王子死すともこの「剣」持ちしものを支援してくれ」

 

 

「……承りました。ですが、そのようなこと起きない方が良いに決まっています」

 

 

内乱は止められない。それは分かっているが、それを未然に防ぐことも必要だ。特に今回奸賊二人は出席をしなかった。宮廷主催のイベントでありながら理由なく欠席をしたのだ。

 

 

もちろんあれこれ釈明はあろうが、ある意味、力を削ぐチャンスでもある。ファーロンもボードワンもここで出来た隙を狙うだろう。

 

 

「分かっている。私も最大限努力しよう。そして自由騎士―――あなたにはもう一つ依頼したいことがある」

 

 

そうしてファーロンから語られたのは依頼というよりも願いに近いものであった――――

 

 

 

 

 

 

「まぁそんな感じだな。俺がブリューヌにおいてやってきた事は」

 

 

「成程、ブリューヌにいる間、終始ソフィーヤの乳に見とれていたということですね。リョウの色魔」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

テラスにて世話になっている戦姫、大鎌を携えた戦姫に詳細は伏せて特に秘密にしなければならない部分を隠しつつ、どういったことがあったのかを話した。

 

 

話したのだが、どうにも意訳が悪意に満ちている。

 

 

「まぁそれは冗談だとして……リョウはこれからブリューヌに行くと言うことですか?」

 

 

破顔一笑した戦姫は紅茶にブランデーを少々垂らしつつそんなことを聞いてきた。

 

 

「そういうことだ……まぁ何かしら転機になるだろ。「戦」は」

 

 

その言葉に戦姫ヴァレンティナは紅茶を口に含みつつ、眉を動かした。どうやら彼女の耳にも入っていたようだ。

 

 

内々の話であるのだが、ジスタートとブリューヌは二十数年ぶりに刃を交えることになりつつある。場所はここからかなり南下したブリューヌとジスタートの国境。

 

 

レグニーツァに近くライトメリッツにも近い「ディナント平原」。そこにて戦いが始まるのだった。

 

 

「止められない戦いだろうな。ユージェン様が疲れていたからジスタートとしては交渉で何とか止めたかったんだろ?」

 

 

「それはそうですよ。利益の無い戦いほどしょうがないものはありませんから」

 

 

とはいえ元々、オニガシマの領有権などあれこれと騒動の種はあったといえばあったのだ。

 

 

それに対してジスタートはオニガシマで出た利益還流をしていたのだが、どうにも上手くいかなかった。

 

 

陶器製造や特産品などに関してはリョウ・サカガミのお陰ということで責任をこちらに持ってきたかったが、それを両国は認めなかった。

 

 

ジスタートは義理と損得勘定によって、ブリューヌは最終的にはジスタート海軍のせいだとしてこちらのことを認めなかった。

 

 

「リョウに悪名を負わせたくないんですよ。もしもヤーファと正式に国交を結んだ時にあなたには各国の知己として誤解無きものを伝えてもらいたいんですから」

 

 

「どちらにせよ……戦争は止められそうになかったしな」

 

 

ある意味やる気があるのだがブリューヌ側だ。レグナスの初陣ということもあって最低限国境を疎かにしない形でパラディン騎士達を招集しているらしい。

 

 

そして諸侯達にも多くの兵力を出させている。無論その家の実力にもよるのだが……。

 

 

「ただ……私としては悪名負ってもリョウには行ってほしくないです。確かにあなたの使命は理解していますけど」

 

 

拗ねた口調で、そんなことを言うティナ。本当に申し訳なくなるのだが、それでも託されたものから逃げ出すことは出来ない。

 

 

「すまない。けれども頼まれたんだ。『見定めてくれ』ってさ」

 

 

ファーロン国王からの依頼というよりは願い。それは情勢の変化に対応してブリューヌ全体の事を考えた行動を取ってほしいということだ。

 

 

官軍云々という王宮側からだけの側面では状況が悪くなるだけかもしれない。そしてファーロンは己が王宮だけの利益で動いている可能性もあるとして、一つのことを考えた。

 

 

『自由騎士、そなたに頼みたいことは『ブリューヌ人民』の為になる最適の行動を全て取ってくれ。仮にもしも王宮がその混乱を助長しているとすれば、その剣の切っ先を向けるべき相手はお分かりだろう』

 

 

もはや一人の傭兵に頼むようなものではない。ファーロンは情勢次第ではガヌロン、テナルディエを黙認しろとも言っている。そしてそれが駄目であれば「ヤーファ」に軍の出動を求めたのだ。

 

 

『守るべきは民。本当の意味で人民に多幸が訪れるというのならばブリューヌという国家の解体も止むをえまい』

 

 

権力の最高位に当たる人物がここまでのことを覚悟を決めて言ってきたのだ。戦士として男として、その依頼を断ることは出来なかった。

 

 

「まぁ何にせよもう少し先の話だよ。しばらくはティナとプラーミャの側にいるよ。二人は俺の家族なんだから」

 

 

「本当、今の私にとっては遠い野望よりも愛しい人との甘やかな一時の方が魅力的になってます。ずるいですよリョウ」

 

 

椅子を移動させて自分の隣にやってきたティナの髪を撫でつつ、拗ねるような言葉を安らかな表情で言われてはどうにもならなくなる。

 

 

(良かったわ。リョウが「王女」殿下に気に入られなくて―――これ以上、リョウを好く女の子が増えてはたまったものじゃないです)

 

 

リョウは秘密にしていたがヴァレンティナはレグナスの正体を知っていた。そしてこれから始まる戦もファーロンがどういった目的で行うかも。

 

 

しかしヴァレンティナはそういった権謀など抜きにこうして安らげる時間が好きになっていた。隣にいる人の温かさと我が子である幼竜の暖かさを寒冷なオステローデで感じるこの時間が―――。

 

 

 

そんな男女の時間が過ぎながらも、全ての始まり―――後に語られる数多の英雄の伝説の先槍となった『ディナントの戦い』は始まろうとしていた。

 

 


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