鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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分割後篇です。


「光華の耀姫Ⅳ」(後)

 

 

 

ブリューヌ騎士団の中でも精鋭と呼ばれるはナヴァール騎士団だろう。

 

 

騎士審問は厳しき門だ。それを乗り越えて精鋭たる存在になったとしても、それを超える存在もいた。

 

 

一般には知られていないが、それでも若き騎士候補は彼らの事を故事に準えて「パラディン」と呼んでいた。

 

 

そのパラディンの殆どはロランと同じく団長格になっているのだが、一人の女騎士は未来の国王の守り手としてその細腕で「大剣」を振り回していた。

 

 

「ば、化け物め!」

 

 

「そんな風に言われたのは初めてではないですが、少なくとも女性に言う言葉ではないですね」

 

 

その手に持っていた小剣を大剣に「変化」させて小剣の手数で振るっていた彼女の技量にムオジネルの工作員及び奴隷剣闘士達は慄く。

 

 

そんな驚愕に震えていた集団の中を軽快に滑り込み、剣を振るっていく若き騎士二人。

 

 

早業の限りの抜刀。最短での剣の突き立て。

 

 

殺人術としては正に比類なき術技の程は、ロランにも劣らない。しかしながらブリューヌ騎士としては邪道の術法でもある。

 

 

しかしながらクロードとセレナはそれを行いムオジネルの鼠共の息の根を止めていったのだ。

 

 

「それでどうしますか? 部下の命をこれ以上無くしたくなければ撤退してもらえると助かります。殿下の御前を下郎の血で汚したくありませんので」

 

 

「逃げ出した所で既に展開した騎士団共が俺たちを捕縛するという算段だろう……どちらにせよ犠牲は出るさ」

 

 

口減らしの為に兵士にさせられたようなものである男は剽悍な顔を歪ませながらも逃げ出す機会をうかがう。

 

 

せっかくここまで上り詰めたのだ。しかしながら報奨も魅力的だ。

 

 

自分の上役である「赤髭」ならばどんなことが最善手なのか分かるはずだ。

 

 

故に―――男。ダーマードは、即座にルートを設定し逃げることにした。こうなった場合に備えての街中での混乱だったのだ。混乱の最中、門番たちが自分たちを見失うだろうことは予測済みだ。

 

 

あのお方ならば無駄な首を置いて、敵への口実を作らせることはすまい。第一、アスラン、マジードというブリューヌの工作員共との連携が破綻した時点で、こんなことをすべきではなかったのだ。

 

 

三人の騎士、そして迫りくる黒騎士の圧力で包囲をされる前にダーマードは四方八方に煙幕を張る玉を投げつけた。

 

 

足元から広がる白煙と黒煙の限りがムオジネル人達を覆い隠し逃走を許す。

 

 

(全ては無意味に終わったな……とはいえ、全てが無駄に終わったわけではないか)

 

 

この国の主要な人物達、その手強さ。そして―――東方剣士の実力の程は既に分かったのだ。収穫が無いわけではない。

 

 

(後は……内乱が起こるのを願うだけだ)

 

 

その時にこそあの男との戦いが起こるはずだ。もっともダーマードとしては絶対に一対一では相対したくない相手であった。

 

 

憂鬱な気持ちを持ちながらも、煙の中を抜けて人ごみの中を紛れながら逃走を続けていく。新たなる闘争の幕開けを感じながら、生きて帰れたらばと再び憂鬱な気持ちが湧きあがるのを隠せなかった。

 

 

 

† † †

 

 

 

顔が煤で汚れながらもリョウは相手の攻撃の意図を読んでいた。だからこそ既にアサシン達の攻撃は無にされていたようなものだ。

 

 

一度に一人へと殺到できる人数というのは限られている。それでも自傷、同士討ちというものを考慮しなければ、いくらでもかかれる。

 

 

既にこのアサシン共の施術の程は見えている。そして斬るべき線も――――。

 

 

姿勢をとにかく低くする。腰を落として地に伏せるかのごとくまでの伏せりに暗殺者の攻撃が空かされて、そこに足元の影から現れたアサシンを踏み台にして、飛び上がる。

 

 

幾重にも絡まる「剣衾」を擦過しながらも上空に飛び上がり眼下に広がるアサシン全ての身体を視界に入れながら上空から落ちながらの斬撃を見舞う。

 

 

落雷と共にの斬撃がアサシンの手甲に仕込まれていた火薬を誘爆させながら斬り捨てて、影から出てきたアサシンの脳天に剣を突き刺して終わりとなる。

 

 

「神流の剣客にとって必殺の好機とは相手の「必殺」にあり。勝利を確信した相手程、間隙というものは出来やすいからな」

 

 

冥途の土産として覚えておけと焼死体と化したアサシン共に言っておき、残った二人のアサシンに眼を向ける。

 

 

恐らく―――この二人こそがこの集団の最強格。

 

 

「見事なり東方剣士」「その絶技しかと見た」

 

 

「驚いたな―――正気を保っているとは」

 

 

剣を向けながら威圧していたが反応が返ってくるとは予想していなかっただけに面食らう。

 

 

「我らアサシン教団の中には服薬をすることで身体能力を上げる存在もいる」

 

 

「中には身体精神を狂わせる術もある。そんな訓練を受けてきた我らを侮ってもらっては困る」

 

 

「死ぬ前に、お前たちの――――」

 

 

「御託はいいんだよ。さっさと殺し合いなよめんどくさい」

 

 

今回の黒幕に関して聞こうとした瞬間。声のした方向に眼を向けるとそこには厚手の服を着た―――青年に見えるが「魔」そのものの存在がいた。

 

 

完全に抑制が効かなくなるほどの衝動を押し殺しながら、青年を凝視する。

 

 

「お初だね少年。けれど僕は色々と君の事を知っている―――よって今回そこのムオジネルの工作員共を使って君とブリューヌの要人共を襲った」

 

 

「べらべらと喋ってくれてありがたいね。このアサシンの魂を解放したらば次はお前の首だ」

 

 

十を言わずともこの男は探し求めた仇。自分の息子の仇だろう。流星の称号ありし竜王の言っていた外見に酷似している。

 

 

「そこまで分かるとは―――では―――闘争するといいよ!」

 

 

言葉と同時に二人のアサシンは地に伏せるかのような疾走でこちらに近づいてくる。縦一列となり近づいてくる。

 

 

そして影から潜ると見せかけての後方のアサシンが前方のアサシンを踏み台にして飛び上がり、こちらの上を取ろうとする。

 

 

させるかと短刀を投げつけるも、さしたるダメージもなく突き立った短刀そのままに制空権が奪われた。

 

 

そして前方からアサシンが斬りかかってくる。この挟撃が厄介だ。上方のアサシンは四方八方に暗器を投げつけてきてこちらの足場を奪っていく。

 

 

「リョウ!!」

 

 

長柄の錫杖を回転させてあちらの攻撃を無にしているソフィーの呼びかけに答える暇もあらば、斬りかかってくるアサシンを始末しなければならない。

 

 

甲高い金属音を響かせながら、打ち合うアサシンとサムライ。その膂力の程からやはり普通ではないのだと分かる。

 

 

しかしながらあちらもこれ以上打ち合っても勝てないと悟ったのか、

 

 

「アスラン!」「やるぞマジード!」

 

 

打ち合いから離れて、二人のアサシンは何かを唱える。呪法の類は即座に効果を発揮して二人のアサシンの肉体を増強させて―――合成させていた。

 

 

百チェートはあろうかという巨躯となり襲いかかってくるアサシン。

 

 

「ま、まさかこんな非常識なことが出来るとは……何で今まで戦場に投入してこなかったのかしら?」

 

 

「まぁ何かしらリスクがあるんだろ。火砲の方が安定しているんだから―――来るぞ」

 

 

驚愕しているソフィーに答えた刹那。闘技場を圧倒する形で迫りくる巨人の腕力から逃れつつ、ソフィーと左右に分断されて離れる砂塵の向こうにソフィーはいると思いつつ気配を探る。

 

 

すると今度は巨漢から一転して一人のアサシンとなったものが普通の体躯で斬りかかってきた。

 

 

砂塵を切り分けて進んできたマジードというアサシン。そして甲高く響く金属音からソフィーもまたアスランというアサシンと切り結んでいることが分かる。

 

 

「その力、惜しいね。もう少しまともなことに使えれば良かったのによ」

 

 

「命を削るこのアサシンの秘儀はムオジネルにおいては秘中の秘。そうそう日の目に当ててはられんのだよ。貴様の剣術とて同じだろう」

 

 

事実、その通りだ。しかしながらそれでも公僕として仕え、武士として生きている自分とこのアサシン達とでは境遇が違いすぎた。

 

 

「どのみち、私は死ぬ。あの男に何かを施された時点で既に手遅れなのだからな。ならばせめて最強と呼ばれた自由騎士の首を携えて軍神ワルフラーンの旗下に納まってやろう」

 

 

ムオジネルの軍神ワルフラーンは死後においても戦士の魂を守護するものとして信仰されている。

 

 

そこに加わるために俺の首を携えるか。なかなかに面白い発想だと思いつつも首一つになっても生きていられるかもしれないと言ってやろうかと思ってやめた。

 

 

刃と刃が打ち合わされる音は、この男の手強さを物語る。必殺の好機に仕掛けようとしても、その瞬間を狙って間合いを空かしてくるのだからどうしようもなくなる。

 

 

(暗殺者との戦いにおいて読みの速さは使えない。彼らは感情を押し殺して冷静に動くのだから三速の内の一つが無くなる)

 

 

しかしこの男の自棄な考えは一種の読みを自分に与えてもいる。それでもそこは職業的な殺人者――――必殺の好機は空かされて、再び距離を取られる。

 

 

「どうするリョウ? このままじゃやられはしないけれど、千日手よ」

 

 

「君の竜具でもあいつらを砕けないのか?」

 

 

「どこに隠し持っているのか次から次へと得物を取り出してくるの。あなただってそうでしょ」

 

 

ここまでにアサシン共の得物を叩き壊すこと五度。その都度ゆったりとした黒い服から様々なムオジネル製の暗器が出てくるのだ。

 

 

「―――致し方ない。風蛇剣で決着を―――」

 

 

「ならば私との共鳴技で決着を着けましょう」

 

 

自分の思惑を外す形でソフィーは意外な提案をしてきた。色んな事を話しているのは良いとしても、発動条件をクリアできているとは思えない。

 

 

そもそも今回の相手に対してソフィーはそこまで感情的に―――。

 

 

「あの観客席の縁で嘲笑っている男はプラーミャちゃんのお父さんを破滅させた相手なのよね。私は私の好意を抱いている相手の敵を許しておけるような人間ではないわ」

 

 

なによりソフィーの怒りは、そのように人の運命を弄び死出の旅路を強制的に行うものに対する怒りだ。

 

 

戦士であれば、その怒りはお門違いだと思うかもしれないが、それでも彼女の友人はその運命に抗いながら生きてきたのだ。

 

 

そして今は生きている―――――。だからこそ魔性の運命を強制的に受け入れさせた存在に対する怒りがソフィーに発生する。

 

 

「軍神の所に送ってやるよ―――ただし戦姫(ヴァナディース)戦鬼(イクサオニ)を苦労させたという戦士の称号付でな」

 

 

「いいや、首を貰うぞ!!!」

 

 

「二体」の巨人と化したアスランとマジード。一方は影に潜り込み一方は正面から迫ってくる。

 

 

二面同時攻撃のそれは本来ならば必殺であったはず。

 

 

しかし既に声は聞こえていた。そしてソフィーもまた聞こえているようであり、アメノムラクモに光の勾玉が嵌め込まれた。

 

 

瞬間、光の粒が闘技場を覆い尽くす。ソフィーのザートからもあふれ出た光の粒は巨人と巨人が潜り込んだ影に入り込んでいく。

 

 

その光を受けた巨大な影は水のようなものとなり流体のようになってしまう。その流体となった影にアメノムラクモを突き刺して刺さったものを「釣り上げた」。

 

 

『天手力男神』(アメノタヂカラオ)

 

 

宣言すると同時に釣り上げた影に潜った巨人を光の拘束を受けていた巨人に投げつける。

 

 

その一連の動作の最中にソフィーは―――踊っていた。いやただの踊りではない。白拍子よりも激しくムオジネルのソードダンサーよりも過激な神懸かった動き。

 

 

彼女自身の妖艶さも加わり、見るもの全てを魅了する踊りはいつの間にか彼女の周囲に五つの大きな光の珠を作り出して―――。それらが巨人二人に投げつけられた。

 

 

『五伴緒神』(イツトモノオノカミ)

 

 

彼女の宣言と同時に、光の珠は柱となって巨人の動きを完全に束縛する。

 

 

そうして、ソフィーの下に光の剣を携えて近づく。一方ソフィーもまた光の塊となった錫杖を持ちながらこちらに近づく。

 

 

空いている方の手。武器を持たない方の手と手を合わせて面を見合う。

 

 

神話の再現のようで少し違うそれを行いながら身動きとれぬ「クニツカミ」の方に同時に向き直りながら宣言した。

 

 

『天孫降臨=邇邇芸命』(ニニギノミコト)

 

 

そうして巨人の頭上。いや天空から光の柱が降り立つ。その光の柱は巨人を消滅させていく。

 

 

まるで意に沿わぬ神を消していくようで残酷なようで、しかしながら――――天上へと召し上げられるかのように厳かなものであった。

 

 

神技の発動の終わり。ムオジネルのアサシン集団との戦い終結と同時に、その男は闘技場へと降り立った。

 

 

どことなく―――カエルの跳躍にも似たそれによってやってきた男に自然と険のある視線は向く。

 

 

「やるねぇ。しかも「光華」の力を倍加させて技として放つとは、評価を上方修正しなければならないね」

 

 

「秘密の一つをくれてやったんだ。笑い声でも上げながら陰謀を暴露するぐらいの報奨あってもいいと思うが」

 

 

「あったとしても俺の計画ではないしね。今回はただ単に君の力の程を確かめるだけだった……けれど気が変わった」

 

 

最後の言葉で、気配が変わる。目の前の魔性が戦闘態勢に入ったのだ。

 

 

「ソフィー下がっていろ。もう援護は要らないというより……戦えないだろ?」

 

 

「全く、確かにエレンやエリザヴェータ程、戦っていないとはいえ……これだけで動けなくなるなんて我ながら情けないわ」

 

 

自嘲するかのように、笑ってから自分から遠ざかるソフィー。自分の背中に一言が掛かる。

 

 

「勝てるわね?」

 

 

「勝つさ。俺が誓った全てに賭けても―――名を聞いておこうか、魔性の眷属」

 

 

「ヴォジャノーイ、仲間内ではそう呼ばれてる―――よ!!!」

 

 

同時にヴォジャノーイの口から何かが飛ぶ。それは―――「舌」だ。赤黒い舌は槍のようにこちらを突き刺そうと向かってきた。

 

 

それを間一髪で躱し、神速の足捌きでヴォジャノーイに向かっていく。

 

 

舌こそがこの魔性の武器であると分かっている。舌を斬りおとすことは容易いだろうが、それの操作に集中させておけば必定、そこから離れた――――。

 

 

「真芯ががら空きだ!!!」

 

 

体を上と下に分けんとした斬撃。それが受け止められる。

 

 

「!」「そんなに驚かなくても、いいんじゃないかい!!」

 

 

手で受け止められた剣。アメノムラクモをそのままに至近距離から何かを放つ。

 

 

再びの舌槍かと思いきや口から放たれるそれは含み針よりも強烈なものだ。

 

 

(酸、いや毒か)

 

 

御稜威を使いヴォジャノーイから逃れる。しかしヴォジャノーイから放たれる「毒弾」の連射は一直線にこちらに放たれる。

 

 

勾玉を炎に変えて、毒を蒸発させる。ここが屋内だったらば凍結させていたが、屋外であれば「熱消毒」した方がいいだろう。

 

 

距離を取ってから、ヴォジャノーイの特性を思い浮かべてから思いつくは――――。

 

 

「お前、カエルか」

 

 

「確かにカエルと言えばカエルだね。けれどもただのカエルではないよ」

 

 

あっさり肯定してくる魔性に対して肯定されたことで―――簡単に勝機を見出した。

 

 

瞬間、アメノムラクモを地面に突き刺して、鬼哭を鞘込めのままにヴォジャノーイに相対する。

 

 

行動に不審を覚えつつもヴォジャノーイは、強力な武器を捨ててまで向かうこちらに挑発された気分を覚えただろう。

 

 

目の前の相手は如何に魔性のものとはいえ感情があり、そして「2本の足で立っている」。倒せない相手じゃない。

 

 

「死んでもらおうか神剣!!!」

 

 

言葉と同時に、ヴォジャノーイの舌が身をくねらせる蛇のように地面を何度も叩き砕きながらこちらに迫ってくる。

 

 

落下する「槍」の目測を見誤らせる策であるのは分かっている。自分に迫った槍を一歩前に出ながら躱し、更に一歩で砲弾のような跳躍を行いヴォジャノーイに接近する。

 

 

瞬間、ヴォジャノーイの舌は翻り、自分を後ろから突き刺そうと迫る。

 

 

(獲った!)

 

 

歓喜がヴォジャノーイを満たそうとした時に、砲弾は回転をしてヴォジャノーイの舌先(きっさき)から逃れる。

 

 

異常なる世界で生きてきた魔性の眷属が明らかな驚愕で動揺する。

 

 

回転をすると同時に引き抜かれる刀。剣士の超絶な反応からのその姿が、ヴォジャノーイには――――双角を持った―――「赤竜」に見えた。

 

 

そしてその後には、赤髪に黒い肌をした―――「鬼」の姿に。

 

 

(お前は!!!)

 

 

「鬼」の眼が輝き哀れな獲物を喰らおうと迫る。それはただのイメージでしかない。だというのに、ヴォジャノーイの脳裏から離れない「恐怖」の「象徴」だ。

 

 

引き抜かれる刀がヴォジャノーイの首に迫ろうとした瞬間。反射的に防御行動をしていた。

 

 

両手が刀の軌道と斬撃を無にしようとするが、既にリョウはヴォジャノーイの手の秘密を解き明かしていた。

 

 

掌で押し込まれる寸前に斬撃の変化を施し、掌の「皮」を手首の付け根から切斬していた。

 

 

皮一枚を斬り捨てると同時に伸びきった体の勢いのままに飛び上がり、落下しながら切っ先を向ける。

 

 

流石の「蛙」でも、上方向から襲いかかる「鳥」の強襲からは逃れきれない。

 

 

落下しながらの斬撃は勢いもあり、ヴォジャノーイを袈裟懸けに切り捨てた。しかし真に死んではいない。

 

 

しかし―――重傷ではある。

 

 

怯えた目で3アルシンの距離で見てくるヴォジャノーイに声を掛ける。

 

 

「お前が自分をカエルと称した時点で俺はお前の身体の構造を理解した。その身体は変幻自在だろうとね」

 

 

カエルという生物の詳細は良く知っている。そしてヴォジャノーイという生物が武器を無効化できるという理由も自ずとさっせれた。

 

 

「ならば何故俺を斬れる。あり得ない。それがただの鉄の剣「剣じゃない―――刀」―――それがどうした?」

 

 

「この西方の剣―――両刃、片刃に関わらず、直刃のそれは重量を乗せることで切れ味を再現するが、俺の国の剣―――刀は違う」

 

 

鋭利さ、如何に力を使わず「体」を切り裂けるかだけを追求してきた正真正銘の魔剣だ。

 

 

本来的に人の肉体の支配範囲とは然程広がらない。何かを持つという行為でもせいぜい食器ぐらいなものであり、自由に全てを動かせても箸程度。

 

 

しかしながら武器を持ち、誰かを攻撃するとはその範囲を無理やり広げると言うことだ。

 

 

肉体が本来持たない動きの論理を鍛錬によって教え込むことで、それを実践できる。箸の扱い方と同じく。

 

 

だが箸と違い武器とは重量の大小あれど他者を傷つけるだけの重さはあるのだ。それを扱うだけでも苦慮するというのに更に重みに対する支配までとなるともはや容量を超えてしまう。

 

 

「ゆえにだ。重量はそれなり―――されど一度肉体の論理(ロジック)を開放すれば持ち主の意のままに切り裂ける武器が必要になった。それが―――「日本刀」、お前の蛙の手。衝撃吸収と刃を滑らせなくする吸盤状の皮膚組織を切り裂くには重さを感じさせずに斬るしかなかったのさ」

 

 

「そこまで読んでいたとはね―――歴代の戦姫の中には、こちらの秘密を知った相手はいたけれども殆どは熱や大質量で、こちらの「細胞」を死滅させる道を選んでいた……しかし、お前はその尋常の世の剣でこちらを切り裂いた。恐ろしき剣腕だよ……爺さんと将軍の言っていた『妖刀』の意味理解した」

 

 

怪物が怪物を見るような目で、こちらを見ながらも構えを崩さずに睨みつける。

 

 

「いつ頃から存在しているのか知らないけれど、あんまり人間サマ舐めるんじゃないよ。お前たちみたいなのを倒すために殺人技巧を極めつくしてきた一族もいるんだからな」

 

 

歩みを止めるものと、止めなかったもの。その違いとは―――カエルの手から滴り落ちる紫色の液体にある。

 

 

「さてと種明かしはここまでだ―――全て吐いてもらう。お前たちの組織体系、人数、特徴―――そして住処。何を目的としているか―――全て語ってから―――死ね」

 

 

地面に突き刺さるアメノムラクモを回収してからヴォジャノーイにゆっくりと近づきながら、これから行うことを語る。

 

 

「怖いねぇ。恐怖心なんてとっくの昔に無くなっていたと思っていたというのに……けれど、甘いね!!」

 

 

瞬間、蹲っていた蛙の足が撓むのを見る。飛び掛かりを警戒して防御をするが違った。

 

 

飛び上がりこちらの跳躍以上の高さと距離で闘技場の端にまで移動した蛙。その行動の意図を察すると同時に追うとするも、舌を観客席の縁。丁度出っ張っている部分に這わせて盛大な落石を人為的に起こした。

 

 

「ここは帰らせてもらうよ。次会う時は―――こちらが真に「最強」である「月夜」だ」

 

 

残酷な笑みを浮かべながら、そんな事を言い落石を目晦ましにして、その粉塵の向こう側に消え去る蛙。

 

 

仕留めそこなったと思うと同時に、状況も一段落していた。

 

 

ムオジネルの連中も煙の向こう側に消え去った様子であり、城下においても騒動は収束していく。

 

 

しかしながら自分の中では何も収まらない。寧ろ嵐がやってきたままに、今後の自分の戦いにあれらが関わってきて、更に戦姫達に関わると思うとどうしても焦燥感だけが募る。

 

 

あれは自分の知己達を尋常から魔性の戦いに引き入れていくものだ。そう思うとここで仕留められなかったことがどうしても後悔としてのしかかる。

 

 

だが終わってしまったことは終わってしまったことだとして――――ブリューヌ騎士団達に合流することにする。

 

 

何にせよ自分の手はまだまだ必要なのだから……。

 


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