鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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ご指摘いただきましたところを変更しつつ、二万字近いので、分割することにしました。




プロローグⅡ

 

夕焼けが落ちつつある。夏の季節は日が暮れるのが遅いのが、この世界の共通認識だ。

 

そんな遅い夜の帳が、平原を覆いつつある。整備された街道と闇との境が見えなくなる前に本来ならば宿場町まで行くのが普通だが……少しばかり馬を走らせるペースを落とした。

 

「どうかしましたか?」

 

「後ろから五人―――騎兵がやってきている。着けている鎧の割には馬の速度が速いな」

 

「……それでどうしますの?」

 

「君から言ってやってくれないかな。俺には特に害意は無いとね―――君の『部下』にだ」

 

瞬間。彼女は持っていた鎌を振るってこちらを落馬させようとしてきた。馬の毛が何本か夜風に攫われるも馬も無事。そしてリョウ自身も空中に「飛び上がり」斬撃から逃れていた。

 

馬に跨ると同時に頭を翻させて後ろにいるヴァレンティナに向かう。竜の爪のようなその鎌を馬の上に立ちながら振るっていたようであり、その不安定な足場を崩そうと取り出した短刀を足に投げつけるが、刃の向かった先に彼女の足は無く、主を失った馬が一頭であった。

 

そうして五人の騎兵の叫び「ヴァレンティナ様!!」「戦姫様!!」が近くに聞こえ。その騎兵の後ろに彼女が現れた。

 

「なんというか今更だな」

「いつから……気づいていましたか?」

 

主語が要らない会話がどこか訳ありの男女のようにも感じられるが、そんないいものではない。

 

「最初からだ。出会った時からお前の気配がいきなり現れたんだ。何かしらの妖術を使ったと思ったりするのが当然じゃないか」

 

自慢ではないがリョウは、気配とかそういったものには敏感なのだ。特に自分に何かしらの接触を果たそうとするものに対してはその五尺前から何気なく分かる。

 

戦場で培われた気配探知とでもいえばいいものを街中でも行っていた。

 

「お前は―――ジスタートの七戦姫の内の一人だな」

 

確信を持って言い放った言葉は彼女には予定調和程度でしかないようだ。

 

「では改めて自己紹介させていただきますわ。黒龍の王国が誇る公国の一つオステローデを治めております。ヴァレンティナ・グリンカ・エステス―――口さがないものには虚影の幻姫(ツェルヴィーデ)と呼ばれておりますわ」

 

騎兵を二つに割る形で彼女が前に出てきた。そして本当の自己紹介を行われる。笑う彼女はそれが面白い冗談であるかのように言ってくる。

冗談ではない思いはこちらのみであり、鞘込めの得物をいつでも引き抜ける位置に足を動かしつつ、間合いを測る。

 

騎兵の得物は突撃槍ではなく剣だ。つまりは。

 

 

(すれ違いざまの斬撃がこちらを襲う!!!)

 

ヴァレンティナは指を弾き、騎兵たちに突撃を命じた。気配は感じていた。ゆえに騎兵の突撃に合わせてこちらも飛び出した。

後退をするならともかく前進をするなど馬鹿かという目をする。だがこちらも「魔剣」を晒す。正確には見えないだろうが、それでもリョウは己の魔剣でもって、騎兵を無力化した。

 

右に左にと五人の騎兵とすれ違ったと同時に、走り抜けてから数秒後に落馬をした。悲鳴が後ろで聞こえる。

甲高い音が響く。己の刃を鞘に納めた際に鳴る音。

 

そして――――鎧が地面に叩き付けられる音だ。

 

 

「一瞬にして馬の手綱と鎧を斬った……!? オルミュッツ製の鎧は軽いけれど決して、脆弱なものではないはず!」

「確かに軽くて、かつ斬打射突の攻撃の全てにおいて耐久ある鎧だった。けれど決して万能じゃあない」

 

 

万物には破断を宿命づけられた部分がある。そこに刃を入れる。リョウからすれば剣の極意とはその作業でしかない。

ティナの驚愕には悪いが、相手が悪かったとしかいいようがないのが現実だ。

 

「どうやら一筋縄ではいきませんわね。その力―――危険でありながらも全容を知りたく思います!!」

「なんでこうなるのかね!! 俺は争いたいわけじゃないんだ!!」

 

腰を落として飛び掛かると同時に体全体を回して、鎌を斬りつけてくるティナの技量と膂力は、こちらの予想を上回っていた。

クレッセントエッジと鞘込めの刀がぶつかり合う。火花が一瞬弾け、夜の帳を明るくする。

 

そのまま連撃の形でティナは腰を回す容量で何度も鎌を振り回してくる。

 

(左右の連撃。誘われてるな)

 

 

大振りの攻撃の連続は、明らかに何かを狙っている。左右のリズムの攻防に慣れたところで―――

鎌の軌道が変化する。それは同じく右からの回転攻撃からであったが、軌道が上に伸びた。掬い上げるかのような攻撃がリョウの体を後ろに押し流す。

 

追撃するかのように、振りおろしの一撃が加えられる。受ければ剣は砕け自分の体も壊されかねない。

そうして彼女の一撃を待ち構えた。一刹那にも満たない時間の間に、リョウは体を後ろに向けた。構えはそのまま。

 

死を振り下ろす女の前からの愚かな行為の結果は、再び起こる金属音で驚愕へと変わる。

 

(予測していた!? そんなことありえますの!?)

 

ヴァレンティナの心は表情と同じく驚きでしかなかった。

竜具の一つ「エザンディス」の能力―――空間転移は、まさにこの手の奇襲攻撃に使われる。

 

他の戦姫達には、長距離の跳躍しか出来ないように思わせているがヴァレンティナの集中力次第では、1チェートにも満たない距離での微細なことも出来る。

且つ「そのままの状態」でだ。攻撃状態のままに転移をすれば、まさに最強の奇襲攻撃が出来る。先ほどのリョウへの攻撃などはその最たるものであり、これで幾人もの不逞の輩を屠ってきた。

 

「首に回っていれば別だったよ」

「その武芸、惜しいですが……ただの剣で竜具(ヴィラルト)は防げませんよ」

 

鞘を鍔競りから置き去りする形で刀を抜くと同時に、ヴァレンティナから離れる。瞬間―――鞘が木端に砕け散った。

判断を誤れば、こちらの得物が無くなるところであった。刀を構えなおして、ヴァレンティナの動きを窺う。

 

「それがヤーファの武具、カタナですか」

 

ヴァレンティナは、その魔剣こそが鉄を斬った正体だと思っていた。曲刀(シミタ―)ほど曲がっているわけではないが、反りが入っているということは斬る上で剣の重みではなく剣の鋭さで斬るものだ。

 

銀色の剣は月光を受けて怪しく光る。だが超常の武具である竜具のまえでは、それはただの「鋭い鉄剣」でしかない。

 

ヴァレンティナは、その剣を砕くことでリョウの意気を削ぐことを考えた。殺すつもりはない。

 

ただ単にサーシャの所に行く前に自分の懐に引き込みたいのだ。

いままでとは段違いの動きでヴァレンティナはエザンディスを振るう。豪風のごとき連撃。縦横無尽とでもいえばいい連撃に、リョウはその豪風の中に飛び込んだ。

 

(後ろではなく前進、死ぬ気なの)

 

しかしヴァレンティナの心中とは別に、リョウは既に一つのことに没頭していた。

剣が何かを斬れるのは、「何か」の中に刃を入れる始点があるからだ。始点があれば終点もある。起こった事象・事物に際限が無いことはない。

 

竜具がヤーファでいうところの神宝の類であることは分かっていた。破邪を司る神々の武具と出自を同じくするものだ。

 

ならばその竜具には「何か」を挟む隙は無い。あれは「砕けない」。入れるべきはヴァレンティナの斬撃の「軌跡」に対してだ。

 

振るう剣と剣がぶつかりあおうというその一瞬に太刀筋の変化を促す。

竜の爪にも似た三日月の刃が刀と触れ合うまえに身を低くしてリョウは逃れながら剣を振るう。長柄を握りしめている両の手。

 

その甲に刃を走らせた。一瞬のことでありヴァレンティナには何が起こったのかわかるまい。

だが甲から迸った血が、握力を失わせて長柄を離させることになった。ありえないと思うヴァレンティナではあったが、それが結果だ。

 

回転しながら草原に突き立つ竜の爪。そうして呆然として手の出血を見ているヴァレンティナの喉に刀を突きつける。

 

「私の……負けですね。まさか超常の力を持つ戦姫(ヴァナディース)に対してここまで簡単に、敗北を突きつけるだなんて……」

 

「俺が勝てたともいえないな。最初から手加減されていたんだから」

 

「本気でしたよ?」

 

「君が本当の本気で俺を殺しにかかれば一瞬だっただろう」

 

 

引いただけで首を落とせる位置に転移していれば、自分は確実に負けていた。首と刃の間に刀を差しこんだとしても、恐らくやられていた。

この「刀」では―――――。

 

ヴァレンティナの部下が遠巻きにこちらを睨みつけている。大事な姫君を傷つけてしまったのだ。たいそう恨まれているだろう。

 

喉から刀を引いて地面に突き立てる。

武器を離してから俯いている彼女に近づく。敵意が無いのを示したのだが、やはり彼らからの敵意は止まない。

 

血を出している甲に手を当て言霊を呟く。

 

 

「其は祖にして素にして礎―――」

 

その言葉はヴァレンティナには完全に異国の言葉でありはっきりとした意味は分からなかった。だが何かを請い願うような響きはあった。

自分たちが信仰している女神や戦神、軍神のようにそういう高次の存在に何かを訴えるかのような文句に聞こえてきたのだ。

 

「え」

 

リョウの手から放たれる緑色の光がヴァレンティナの手に着けられた傷を癒す。完全に出血が止まり、傷が塞がった。

 

 

「リョウ……あなた呪術師だったの?」

「俺の国ではこれを呪術とは言わないが、まぁ似たようなものだ」

 

『ミイツ』と言う。と前置きしたリョウは、視線でヴァレンティナに要求をする。

 

「武器を納めなさい。この人にもはや敵意はありません。これ以上の敵対は私の名誉を汚すものだと知りなさい」

 

◆  ◇  ◆  ◇

 

「つまり君は、アスヴァ―ルにて自分の情報屋から俺がここに来るのを知って待ち伏せしたというのか…」

「本当はもう少し偶然を装った出会いにしたかったのですけれど、あなたがリプナの方に行くから計画が狂ってしまいましたのよ」

 

唇を尖らせて髪を掻き上げるティナには悪いがプシェプスの港行きの船に乗ろうとした際にマトヴェイに誘われてしまったのだ。

彼にはアスヴァールに滞在中にいろいろと迷惑を掛けてしまったので、最後ぐらいは彼に迷惑を掛けずにジスタートに渡ろうとしたところで、呼び止められた。

 

そういうことだ―――。

 

夜道において馬をゆっくり走らせながら、ヴァレンティナの愚痴と本当の所を聞くことにした。部下の騎兵達は後ろで従容とついてきている。

彼らの心境がいかなるものかは察しようがないが、まぁとりあえず今はこの令嬢にして姫君の相手をすることに。

 

 

「私が何故、あなたと出会いたかったのか分かりますか?」

「君はいずれこの国の最高権力者になろうとしているんだな。恐らく女王になろうとしている」

「まさしくその通り―――。そのためにも私は力を欲した。リョウ、あなたが私の腹心になってくれるのならばそれは大変に魅力的なものだったのだけれど」

「国捕りなんてたいそうなものに使える人材かね俺は」

 

 

嘆きを呟きながら、アスヴァールでも似たような勧誘を受けたときのことを思い出す。

タラードにも「自分はいずれこの国の王になる。力を貸せ」などと言われたのだが、御免こうむるとしてここまで来たのだ。

 

「その剣の技量、惜しいですわ。そして『ミイツ』という神秘の力、ゼフィーリア女王の側仕えであった『魔法使い』のように、私の下に居てほしい」

「ちなみに聞くが、その場合俺の待遇はどんなものなんだ?」

「我が領地の見目麗しき娘達を集めたリョウ専用の後宮(ハーレム)を作って差し上げますわよ。もちろん私が女王になった暁にはジスタート全土から妾妃を―――」

 

 

「そんなものは要らないよ」「もちろん正妃であり女王は私。あなたには大公の地位ですけど」

 

微笑みを浮かべながら言う彼女には悪いが、自分はこの地であることを成さなければならないのだ。

 

 

「本当に要らないのですか?」

「……そういう聞き方はずるいな。というか近い近い。そして上目使いはやめてくれ」

 

馬をとにかく近づけてこちらを下から見てくるティナに流石に色々と不味いと思っていたが、以外にもティナはすぐに離れて胸を撫で下ろした。

いったい彼女は何に安心したのだろうか。

 

 

「よかったわ。リョウは男色家というわけではないのですね。本当に安心しましたわ」

「おい、そこな大鎌女。言っていいことと悪いことがあるぞ」

「冗談ですわ。まぁもしもそうならば後ろの騎兵達をあてがうところです」

 

 

びくっ!と震えた気配がして少しばかり申し訳なくなる。そして自分は衆道の道は無いんで安心してくれ。

という思いでいたらば、やっとのことでこのレグニーツァに到着する。

 

 

「ここに戦姫アレクサンドラ・アルシャーヴィンがいるのか」

「なんでそんな感慨深そうに言うんですか?」

「君のような美人だったら本当に困ってしまいそうだからさ」

「むぅ……」

 

先ほど、からかわれたことに対する意趣返しをしたのだが、頬を膨らませる彼女を見て言い過ぎかと自戒する。

 

しかし反応から察するにここの戦姫も見目麗しき美女のようだ。せめて一人ぐらいは筋肉ムキムキの醜女とまではいかずとも、武芸者な女性の戦姫はいないものかと思う。

ヴァレンティナの筋肉の付き方はどう考えても、そういう修羅戦場を駆け回るようなものには見えない。

 

恐らく彼女に戦う力を、本当の意味で与えているのは竜具という神宝の類なのだろう。

 

 

「ではあなた達は一足先にオステローデに戻っていなさい。私はとりあえずまだこの剣士殿と一緒におりますので」

 

「しかし戦姫様。サカガミ殿を全面的に信用するには―――」

 

「失礼な口を閉じなさい。私はこの剣士によって命を繋いでいるのです。そして何よりまだ恩を返せてはいません。私に恩知らずの領主という汚名を被せたいのですかあなたは」

 

 

ぴしゃりと騎兵隊長の言葉を閉じさせて反論を許さないティナ。

別にそこまで気にしなくてもいいと思うのだが、ティナはどうやら自分にまだ付いて回るらしい。ジスタートの世情に明るくない自分としては彼女の同行は有難いが、彼女には治めるべき領地があるのだ。

 

そこに帰らなくていいのだろうか。

 

「……承知しました。しかしながら戦姫様。男というのは狼なのです。寝所を一緒にすることはなりませんぞ。あなたはジスタート王族にも連なる貴族の子女(ノーブルレディ)でもあるのですから」

 

「はいはい。その辺はご心配なく」

 

微笑みながら、騎兵隊長の言葉を受け取ったティナ。新たな馬に変えて彼らが公国へと向かっていく姿を見送った。

 

そうして街の中に入ると同時に宿の部屋を取ることになったのだが――――――

 

 

 

 

「なんで君がここにいるんだ?」

 

「きっとエザンディスが気を利かせてくれたんですね。今夜が勝負だと」

 

何の勝負だ。という思いを発しながら自分が取った部屋のベッドに腰掛けるティナに話しかける。

 

一応、自分たちは二部屋取ったはず。やむを得ず自分が角部屋。代わりにティナはそれなりに良い中部屋をということだったはずだが。

 

それぞれの部屋に入り数分経ったと思ったら後ろには彼女がいた。

 

 

「それで何の用だ? というか明日は傭兵採用の試験があるからさっさと眠りたいんだけど」

 

「あなたの目的を――――」

 

「……目的か……そんな大したものではないとは言えないが、こんな話を信じるか少し疑わしいな」

 

アスヴァ―ルでも、感じた気配。タラードの陣営。ジャーメイン王子のところで感じたそれを下に怪しい存在を斬ってきたが、どれも影武者の類で浸食された屍兵の類だった。

 

「とりあえず―――郷里の酒でも傾けながら話そう」

「あら私を酔わして何するつもりなのかしら? なんて冗談は言えそうにないですね。話してくださいリョウ」

 

お猪口を二つ出して、それに「冷や」を注ぎながら言葉を紡ぎだす。

 

 

―――人の世界には時として闇が訪れる。その闇は神話の時代から続くおぞましきものであり邪神の眷属だったり善神に敵対した悪神。

 

様々な呼び名が付けられて禍をもたらしてきた。「八つ首の大蛇」「九尾の妖狐」「イザナミ」そして……「鬼」と「桃」。

 

彼らはその神々に敵対していたころの絶大な力を人の世に向けて解き放ち、世界を邪悪に染めていくという時代遅れな所業を度々はた迷惑にやってくる。

ヤーファにおいても度々こういった類の存在が現れては混乱をもたらしていた。知り合いの「生臭坊主」によれば、かつて一国が「桃」の妖魔に支配されかけてしまいオオヤシマが終わりかけたそうだ。

 

 

「この大陸においてもそれの脅威があると……?」

「戦神トリグラフや嵐と風の女神エリス。豊穣の女神……なんだったっけ?」

「ヤリーロ」

「ああそれだ。そういった具合にここでも神話は語られている。そしてヤーファの神話も似通っている」

 

 

神々の王「ペルクナス」そしてその妻にして夜と闇と死の女神「ティル=ナ=ファ」。

 

最初の男神にしてオオヤシマの王「イザナギ」その妻にして死の国の女神「イザナミ」。

 

 

「十柱の神々の中で何故、このどうにもいただけない夜と闇と死の女神が未だに居座っているのか、ティナ分かるか?」

「神官達には悪いけど、簡単ですわ「夜と闇」そして「死」は万物にとって必要なものだからです」

 

 

首肯してから喉を潤してから言葉を紡ぐ。

夜がなければ人はいつまでも働き続けて動きを止めることが出来ない。

 

闇がなければ作物はただ太陽の光だけを受け止めて焼けてしまいかねない。

死がなければ―――この世はただ「生きている」というだけの腐ったものだらけになっていたはず。

 

始まりがあり終わりがあるからこそ全ては輝くのだ。そういう意味ではこういう死を司る神というのは有難いのだ。

人間に「休み」というものの大切さをある意味では説いているのだから。

 

 

「しかしながらこういう神様達は、あまり性質がよろしくないんだよな」

 

実際イザナミは炎の神を生み出した後、焼け死にそれゆえに死の世界「黄泉の国」の支配者に封ぜられて、イザナギの迎えで光の下に出ようとしたが―――

 

「出られなかったんですか?」

 

「ああ、情けないことにイザナギは腐り果てて屍となりながらも生きているイザナミを見て恐ろしくなって逃げ出したらしい」

 

「愛するものがどんな姿形であろうとも構わないと思えないんですかね」

 

憤慨しながらティナは穀物酒―――清酒をぐいっと煽る。リョウは苦笑しながらもイザナギには何か深い考えがあったのではないかとも考えている。

 

その一件を境に昼の世界の支配者であるイザナギと夜の世界の支配者であるイザナミは完全に敵対し、その戦いはいまだに続いている。

 

「リョウは、この地にそういう魔の類がいると思っているのですか……」

 

「俺の主は、そういうのに『敏い』方でな。この地にいるもの達に始末を着けさせるのも一つだろうが……と前置きした上で、武者修行ついでに殺してこいと言われたんだ」

 

突拍子も無い話と言われればそれまで、だがヴァレンティナは既にこの話を信じていた。

自分たち王家連理の者たちに密かに伝えられてきたもの。

 

世界の闇であり、お伽噺に出てくるような魔の眷属。錫杖の戦姫と槍の戦姫も似たような話を知っているだろう。

 

そしてそれを抹殺しに来た東方の剣士。

 

(これは運命とも言えるのかしら……)

 

とても澄んだ水のようなお酒を飲みながら、リョウがここに来たのは運命だと言える。しかし竜具のような特殊な「神器」をもたないで勝てるのだろうか。

そういう質問を投げかけると、リョウも酔ってきたのか微笑を浮かべて。

 

「女だけでなく男も秘密の一つや二つあった方が、魅力的だとは思わないかな。まぁあの刀が俺の本当の得物じゃないさ。機会があれば見せてやる」

 

話をはぐらかされてヴァレンティナは少しばかり不満を覚える。こちらはその全てをリョウに晒したというのにリョウはまだ教えてくれないことが多い。

 

信頼されていないとかではないのだが、どうにも厭だ。

 

 

「さて、これ以上は明日に差し支える。ティナそろそ「ここで寝ます」え``っ。それは不味いんじゃないかな……」

 

言うが早くティナはベッドの中に潜り込んで布団を引っ掴んだ。どうやら本気でここで寝るようだ。これでは何のために二部屋を取ったのかが分からない。

 

なので少しばかりティナをいじめることにする。布団で眠ることを邪魔された腹いせだ。

 

「言っておきますけど私の部屋に行ったらエザンディスで転移します」

 

「女の子の部屋に許可無く入ろうとは思わないよ。ただ……襲われても文句は言うなよ」

 

「お、襲うのですか?」

 

「危機感を持っているのならば十分だ。それとティナ安心していいぞ。俺は――――どちらかと言えば短髪の女性の方が好みだ」

 

「~~~~!!!」

 

布団の中に潜り込みながら、顔だけ出して膨れっ面を見せるヴァレンティナを見ながら、椅子の上で安眠を出来るように身体を緩めていく。

 

体調は万全とは言えないが、それでも傭兵として雇われるだけのパフォーマンスは出来るだろう。

 

そして今日一日で様々なことがありすぎた。

 

ジスタートという国で一番最初に出会えた人間が、とんでもない美女でとんでもない野心家であった。

 

それは自分の運命がこの地で試されているということなのかもしれないが、果たして本当に出会えるのだろうか。

 

 

 

 

(『サクヤは言った。俺にはない『才能』を持つ人物こそが約束された宿命を与えられた―――「王」なのだと』)

 

 

 

 

東方剣士・坂上 龍に無い才能。それが際立った人物。タラードがそうだったのではないかと信じそうにはなったが、何かが違うと思って彼の誘いを断った。

 

 

 

 

(『弓―――それも流星の如き輝きで相手を一撃で殺す―――魔弾の射手』)

 

 

 

 

そんな人物に出会った時に、この地での自分の運命は決まると――――。時代が求めた英雄に会えることを願いつつも、眠気はあっさりやってきた。

 

◆ ◇ ◆ ◇ 

 

「ティグル様、風邪ですか?」

 

「いや、花粉が鼻に入っただけだろう。ティッタの家事が行き届いているならば埃はありえないだろうからな」

 

「もしくは……王宮の美女が噂をされたことも考えられませんか?」

 

「無いな。所詮、俺は弓だけが取り柄の狩人領主だ。宮殿のご婦人たちが噂するのは剣や槍の豪傑無双たちだけだよ」

 

 

出仕を終えて、館に戻ってきて胃に入れたメイドのシチューの旨さは礼儀ばかり要求される宮廷料理よりも上に感じられた。

そんな時にくしゃみをしてしまった。ティッタが家事をさぼっていたわけではないだろう。そのフォローを入れたのだが、彼女の顔が曇ってしまう。

 

「心配するな。俺はこのアルサスを無事に治めていく。今回の納税減額に関しても滞りなかったからさ。領民達も安心して生活してくれるように―――」

「もう! そういうことではありません!! 今、ローストチキンを持ってきますので少し待っててください」

 

 

怒ってしまった年下の幼なじみにしてメイドに途方にくれつつも、仮にティッタの言う通り噂をされたのだとしたらば、どんな人物なのか少しばかり興味を覚えた。

 

無論、ティッタの言う通り女性であればティグルも嬉しいが、男であっても少し嬉しい。自分には同年代の親しい男の友人がいない。

 

同じく領地を治める貴族の子弟はいるが、その殆どは弓しか使えず小貴族であるティグルなどには見向きもしないのだ。

 

特に大貴族の息子―――ザイアン・テナルディエの影響と彼の取り巻きに目を付けられることを恐れるのだから、自分の交友関係は狭く父の友人であったマスハス卿ぐらいが、親しい貴族だ。

 

自分の弓という武芸を認めてくれる同年代の男の友人。彼と共であるのならばどんな戦場でも自分は駆け抜けていけそうだ。

 

例え、どんなに絶望的な状況であっても――――。友人がいてくれるのならば。

 

(―――考えても詮無いよな)

 

出来上がった夢想を振り払いつつ、ミトンで鉄板を掴んだままローストチキンを持ってきたティッタを笑顔で迎えてから今日のメインに舌鼓を打ちつつ、ティグルヴルムド・ヴォルンはティッタを褒めていった。

 

 


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