鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「鬼剣の王 Ⅱ」

 

 

―――黒騎士ロランが西方国境砦から出た。

 

 

 

その報がもたらされたのはその西方の小競り合い相手ザクスタンであった。戦神テュールを信仰し、西方からブリューヌを侵さんとする国は、その戦神の加護も無く幾度となく敗走を繰り返してきた。

 

 

 

何故、ザクスタンから「自分たち」に報がもたらされたのかは分からない。しかし「軍神ワルフラーン」の加護として、自分たちはその報に有難さを感じた。

 

 

 

「つまり上はザクスタンと組んでいるということだなアスラン」

 

 

「それは我々の考えることではないなマジード。要はこの好機を利用できるかどうかということだ」

 

 

ザクスタンとの間でどんな密約があったのかは分からない。しかしながら、ブリューヌの重要な戦力を削ぎ落して侵攻をしやすくさせるための好機なのだ。

 

 

しかしながら正面からは無理だとしてどうやって倒すのか―――。

 

 

 

「如何なロランとて無差別の武芸大会にて多くの挑戦者達を降した後では疲労は相当なものだ……出場しているのは我が国の有力剣闘士達もいるのだからな」

 

 

その為に傭兵に偽装した上で多くの武芸者達を出場させた。その剣闘士達の指揮者は「赤髭」のお気に入りの戦士の一人、「這い上がる者」ダーマードなのだから。

 

 

「その後に、我々が―――暗殺者として雪崩れ込みロランの心臓に―――」

 

 

 

短刀を埋め込む。上手くいくかどうかではない。上手くいかず故郷に逃げ帰れば恐らく処刑は免れまい。

そして他国に逃げたとて自分たちと同じ「アサシン」「ハシーシャン」の全てが、自分たちを殺しに来る。

 

 

 

自分たち以上の「殺しの技」を使ってだ。

 

 

 

マジード、アスランがいるのは王都ニースの酒場・風俗店の一つ、奇特なムオジネル人の兄弟主人を装い、ここを拠点として間諜としてやってきたのだ。今までは荒事ではなく様々な手法で王都の事情などを人と接触することで、情報を得てきたのだが、本国からの指示は今までの自分たちの活動を褒め称えると同時に完全なる破壊活動を起こせということだ。

 

 

 

この時が来るのを心待ちにしていた―――。というわけではないが、来るときが来たという心地だ。

 

 

 

「十三人の同志達を集めて―――やるぞ」

 

 

「ああ、勝つにせよ負けるにせよ。我々はやるべきことを―――」

 

 

 

言葉が途切れたのは気配が訪れたからだ。殊更に路面を足で叩きながら歩いてくる人―――なのだろうか。疑問符は尽きないが、それでも「客」が来たようだ。

 

 

 

「いらっしゃーい。今日は年に一度の武芸大会だ。サービスするよお客さん」

 

 

人好きをする笑みを浮かべて、店員として客の対応をしたのだが、客は―――あまりにも不気味だった。どう不気味であるかを言われれば言い表せない。

 

 

ただの青年にしか見えない。今は秋だが温暖なブリューヌだ。ここまでの厚着をしなくてもいいのではないかと思うほどに毛皮がそこかしこにあしらわれた衣服を着こんで、扉を開けてきたのだ。

 

 

 

数年間に渡って客を見てきたアスランとマジードだから分かるのだが、どうにもこの男―――女と楽しんだり、酒を飲んだりという客には見えないのだ。

 

 

 

「爺さんは手出ししないなんて言っていたけれども、こんな近くまで来たんだ。俺は俺でやらせてもらうだけだな―――――さて、悪だくみをしている「異国の暗殺者」達に協力してあげようと思うんだが、どうかな? 俺の話に乗れば黒騎士ロランは首尾よく倒せるよ。もう一つの密命―――東方の「龍」に関しても、僕の手を借りれば倒せるはずさ」

 

 

 

前半は独り言だったようだが、後半は完全にこちら側の事情を看破した上での言葉だ。それに寒気と同時に冷静な感覚が武器を握らせていくのだが―――、男の眼はこちらに反抗を許さない。

 

 

 

嗤っている顔が自分たちの全てを握っている。ここで自分たちは生きるも死ぬもこの男に握られているのだ。もはや覚悟を決めるしかない。頭だけを下して恭順の意を示すと、満足げに何度もうなずく男。

 

 

 

「素直でよろしい。では―――まずは他の連中を呼んできたら、婆さんの施術と、俺の施術は全員そろった状態が都合いいんだからさ」

 

 

 

こちらの事情などお構いなしの横柄な言葉。調子だけは軽薄そのものなのだから余計に不遜さが際立つ。

 

 

 

しかし――――もはや自分たちはそうすることでしか生きられない。

 

 

 

そんな恐怖の感情しか残っていなかった。

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

多くのブリューヌの有力者達が自分に挨拶をしてくる。その顔と名前を一致させながら、この場には二大貴族がいなかった。

 

 

 

片方は息子の容体芳しくないということで真実だと気付いていた。憤慨する貴族や文官もいたが、一応彼の名誉の為にも道中で見たことを伝える。

 

 

「確かにその男はザイアン・テナルディエでしょうな……ネメクタムに寄ったのですか?」

 

 

「一晩宿を取っただけです。ただの浪人相手に何もすることは無いとは、いや公爵閣下はなかなか先見の明がありますよ」

 

 

「ご謙遜を、あなた一人味方にいるだけで千人力、万人力だということはこの西方で知らぬものは居りません」

 

 

 

皮肉と共に奸賊との接触は無かったと告げるが、それよりも踏み込んでくるはピエール・ボードワンなる宰相だった。

 

 

 

そこに割り込んでくるものもまたいる訳であり、これまたブリューヌの有力者であった。

 

 

「ボードワン少しばかり失礼ではないか、この青年は公爵の世話にはなっておらんと言っているのだ。それを信じられぬのか?」

 

 

「マスハス、私とて信じていますよ。武勲詩(ジェスタ)に出てくる英雄が私心を抱いていないということは幼いころから知っておりますし」

 

 

 

猫顔の宰相と熊みたいな印象を受ける老貴族。この二人のやり取りは少しだけ私情という感情を交えたものに感じられる。旧友といったところなのだろう。

 

 

 

そんなやり取りの後にこちらに頭を下げてくる老貴族にこちらも恐縮してしまう。

 

 

 

「我が国の宰相が無礼をしたサカガミ卿―――。しかし……若いですな」

 

 

しげしげと見られては居心地の悪さもあろうが、どうにもこの老人からはそんな気分は無い。

 

そうされながらも言うべきことを言っておく。

 

 

「若造ですから、どうしようもなく若造なので侮ってくれていると助かります」

 

 

 

「いやそういう訳にもいきませんな。友人の息子もあなたと似た年齢なので……少し親近感が湧いたのですよ」

 

 

 

マスハス・ローダント伯爵という貴族が語るところによればその友人の息子も最近「大事業」をやっているらしく、自分を馬鹿には出来ないと言ってきた。

 

 

 

そういう意味での凝視だったかと理解すると同時に、その友人の息子とやらに少しの興味も出てくる。貴族の友人が貴族だとは限らないが、「放牧」をやるようなものがただの商人であるわけがない。

 

 

つまりはこのブリューヌにおける有力者。貴族の青年であると理解出来た。

 

 

 

「そのご友人の子息はどちらに?」

 

 

 

出来うることならば多くの人間に会うことで、この地にいるかもしれない「王」を探したかったのだが、マスハスが語る自分と同年代の「貴族の息子」とやらと会いたかったのだが……

 

 

 

「いえ、来ておりませぬ……ったくあやつは、気にせず来いといったのに……」

 

 

少しの憤慨と共に嘆息するローダント伯爵は、その青年のことを本当に気にかけているようだ。故郷にいる老官の一人を思い出させるほどに。

 

 

「私としては安堵していますよ。彼は……殿下の心を乱しかねない」

 

 

横から宰相の正反対な意見。その男はどうやらレグナス王子と親しくても、このような場には出られない男のようだ。

 

何とも人物評価が定まらない人間だと思いつつも、興味が湧いてくる。この国に来てから奸賊の話ばかり聞かされてきたので物珍しい感覚を覚えているだけなのかもしれないが。

 

どういった人間なのか―――を問う前に、下の闘技場にて大きな音が響いた。

 

 

 

「勝負あり! 勝者ロラン!!」

 

 

 

闘技場の観戦者達は、拍手喝采の大嵐である。黒騎士の健在ぶりはこのブリューヌが外敵に侵されないことの証明だ。

 

 

彼が膝を突くことあれば、それはこのブリューヌが終わる時とも思える。

 

 

 

「如何ですかな「我が国最強の騎士」の武勇の程は?」

 

 

 

観覧席の最賓客席からこちらまでやってきたのはこのブリューヌの最高権力者―――ブリューヌ王「ファーロン」だ。王子殿下を連れて準賓客席までやってきた。

 

 

 

流石のボードワンとマスハスもこの人間の登場には頭を低くして道を譲った。こちらも少しばかり頭を低くして言う。

 

 

 

「流石ですね。私とて勝てるかどうか分かりませんよ。「ファーロン陛下の騎士」には―――」

 

こちらの言葉の皮肉に気付いたのか、ファーロン王は苦笑しつつ語る。

 

「ロランには騎士として私にではなく「国」に忠節を誓ってほしかった。その上でレグナスも盛り立ててほしかったのだが……私の言葉が彼の忠節の道を決めてしまったかもしれない」

 

「始祖シャルルに仕えし豪傑無双にして私心無き騎士―――ロラン」

 

 

 

ここに来るまでに知ったブリューヌの建国神話。始祖シャルルに仕えし神官から譲られた「剣」を使いシャルルを助けた最強の騎士。

 

眼下にて一人の大柄の剣士を討ち果たした黒騎士の姿にそれを重ねるは無理からぬ話だ。

 

武芸大会の全ての試合は終わった。形の上ではそうだ。思うにムオジネル系の人間が多すぎたような気もするが、それも無理からぬ話かもしれない。

 

 

 

剣闘士が多いのはあの国なのだから、しかし武芸大会はまだ終わらない。

 

 

 

―――あの男の次の相手は恐らく―――。

 

 

 

「よくぞ全ての挑戦者を倒したロラン、汝が剣と汝が武勇に今一度の拍手喝采を皆にお願いしたい!!」

 

 

 

最賓客席に戻り、観客であり主に自国民たちに顔を見せながら、そんなことを言うファーロン国王の言葉通り、再びの大音声に包まれる闘技場。

 

 

 

「ロランよ。全ての挑戦者を倒したそなたに余は褒美を与えたい。何か望むことはあるか?」

 

 

 

一しきりの拍手喝采が終わり、静寂に包まれた闘技場にてファーロン国王は、拝跪した状態のロランに声を掛ける。

 

 

 

その言葉の後には恐らく――――。

 

 

 

「陛下、恐れながら私は―――自由騎士リョウ・サカガミに決闘を挑みたくあります!!」

 

 

 

戸惑いが観客席に生まれる。自分が来ていることの驚き半分、そしてそいつは誰なのかという疑問半分といったところか。

 

 

 

「まだまだあなたの名声も轟いていないわね―――それで受けるの?」

 

 

 

前半は少しおどけながらも後半は真剣に聞いてくるソフィー。いままで多くの人間の相手をしていたのは彼女も同じだったが、事態の急変に勢い込んでこちらにやってきたようだ。

 

 

 

「君も言っていただろ。ブリューヌでも自由騎士として振る舞いたければ、俺はこの国の豪傑無双達に勝たなければならないんだ」

 

 

 

そして何よりあれ程の剣客と立ち会える。己の「格」を確かめるにあの男は最適だ。

 

 

 

同時にロランの忠節の道を少しばかり正したい気にもなる。彼には彼なりの忠義というものもあろうが、主の意に添わずに剣を振るうは主に対する最大の不敬である。

 

 

 

「刀を―――」

 

 

 

「はい、どうぞ。武運を祈るわリョウ」

 

 

 

恭しく得物を差し出してきたソフィーから受け取って、そのまま手摺に足を掛けて、どてっ腹から出した大音声で応える。

 

 

 

「俺が自由騎士リョウ・サカガミだ!! ブリューヌ最強の戦士、「黒騎士ロラン」その挑戦受けるぞ!!!」

 

 

 

このコロシアム全体に聞こえるほどの叩き付けの文句に全員が姿勢を正される。そうして闘技場に降り立つ。観覧席から闘技場までの距離十アルシンはあろうかというところを落下しながらも着地を成功させると動揺が走る。

 

 

 

こちらの技量の程はコロシアムの観客全員にも分かったのだろう。そして―――目の前の男にも―――。

 

 

 

何も言わずともロランは手にした大剣を構える。鉄で出来た巨大な大剣。それを竹竿でも振るうかのように操るこの男の技量は―――並ではあるまい。

 

 

 

同時に自分もまた半身を向けて抜刀の体勢を取る。既に判定を下す審判役はいなくなっている。

 

 

 

つまりは―――そういうことだ。仕組まれた舞台。しかしそれでもその「イタ」を踏むと決めたのは自分なのだ。

 

 

 

互いの間に見えぬ火花が飛び散る。相手の隙を窺いながら己への隙を誘う。

 

 

 

想像と空想の間での闘争が現実のものとなることは――――数十秒後のことだった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

閃光と轟雷がぶつかり合う。そうとしか表現できない剣戟であった。

 

 

 

黒騎士が振り下ろした大剣を侍が横薙ぎに払った刀で迎撃した。お互いに踏込と同時の必殺の打ち合い。それだけで力量は知れる。

 

 

 

(俺とて負けないだけの自信はあるが……正直、砕け散りそうだな)

 

 

 

ムオジネル人の男は人知れず嘆息しつつ、奇態なことをするヤーファ人とこの国の最大の障害とも言える男を見比べる。

 

 

ダーマード。それが男の名前ではあった。ムオジネルの王弟クレイシュの側近として動くようになって様々な仕事をしてきたが、その中でも今回は難事中の難事といっても過言ではない。

 

どさくさまぎれの「破壊工作」「要人暗殺」など、今まで任されてきた仕事以上だ。

 

 

 

「何事もその通りに動けばいいのだが、不測の事態というものはどんな時にでも起きるものだな」

 

「確かに、まさか用意してきた剣闘士全員が汗一つかかせられなかったというのは驚き以外の何物もありませんよ」

 

「そっちはそんなに期待していなかった。ロランの記録は暗唱するまで読まされたからな。あの程度の連中では無理だったろうさ」

 

 

 

部下の一人の言葉に還しながらも、ロランは「人」ではないのではとも思いたくなった。

 

 

 

そしてそのロランと真っ向から剣戟を叩きつけ合えるヤーファ人。この男は眉唾な情報が多すぎる。アスヴァ―ルの諜報員達の情報全てを鵜呑みにすればこの男を手に入れることは千、万の軍を手に入れたようなものだ。

 

 

しかしその情報が全てまことの真実なのではないかと思わせるほどの戦いぶり。

 

 

 

「まぁ今回の狙いはロランだ。それでアスラン達はどこにいる?」

 

 

「連絡はありません。十三人のアサシン達は置手紙一つを残して行方知れずです」

 

 

 

その十三人のアサシン達の塒にあった置手紙の文面は全てが同じであることを既に確認している。これだけ見ればブリューヌの間諜共に既に見破られている可能性もあるが、そういった気配は感じられない。

 

 

 

露見せず尚且つ行方知れず……アスラン、マジード達が居なくなったのは三日前。その三日前に何かが起こったのだ。

 

 

 

奇怪な匂いがする。こちらの道理が通じぬものが動いているとでも言い知れぬ不安が包んでいる。

 

 

 

「予定ならばそろそろのはずだが……」

 

 

 

剽悍な顔を歪ませながら他の観客同様に、その闘争剣劇に熱狂できないことを恨めしく思う。

 

 

 

(剣ならば負けるが『弓』ならば負けないだろうさ)

 

 

 

そう悔し紛れの言葉を内心で呟きながら、マジード共を探すよう指示しながら自分も動く。

 

 

 

闘技場の周囲でマジード達の姿を確認出来ないかと思い、走り出すと同時に奇妙な男を見て、その奇態さに目を奪われた。

 

 

 

「暑くないかい?」

 

 

 

一言気軽に聞きながら、様子を仔細に見ておく。ある意味では、今のダーマードは怪しげなもの全てに問い質したい気分でもあったから。

 

 

 

「いずれ暑くなるよ。いま以上にね」

 

 

 

求めた答えとは違う的外れのそれを聞きつつも、その奇態な男―――厚手の服を温暖なブリューヌでも着ている男から目を離して走ることにする。

 

 

副官が呼んでいたからだが、呼ばれていなければその男ともう少し会話をしていただろう。

 

 

 

(まぁ肌の色・髪の色だけで出身国が分かるとも限らんな)

 

 

 

恐らく自分と同じく熱帯気候の出身なので少しばかり厚手の服を着ているのだろう。ブリューヌの気候が温暖といってもそれは、ジスタートなどと比べた際のものでしかないのだから。

 

 

 

そうして観戦をしていた奇態な客―――回廊の柱に寄り掛かっていた男の事をダーマードは完全に忘却した。

 

 

その男の『舌』がカエルのように、口元から垂れていることに気付かずに……

  

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

豪風が殺意の圧と共に叩き付けられる。閃光が必殺の意と共に奔る。

 

 

 

両者が剣を振るい合撃にいたる様は、一般の客からすればそうとしか見えないものだった。まるで二人の間にだけ雷雲があるかのように―――。

 

 

二人の超常の剣客どうしが死線を渡らせんとすると必定、そのような画が出来上がる。

 

 

 

黒い軽鎧。いわゆるブリューヌ式合戦装備ではないロランだが、この男はあの重鎧を纏っていても同じような動きが出来るはず。

 

 

 

剣客としての勘は間違いなくこの男の技量を隈なく探れていた。

 

 

同時にロランも目の前の男が最強の剣士の一つであると理解していた。ブリューヌ程ではないがヤーファの戦鎧もまた同じような重量であることを知っていた。

 

 

 

鎧を着けていてもこの男の剣戟の速度は落ちまいと理解すると同時、今は自分よりも防御力が無い平服の姿だ。剣戟の応酬でところどころ破れてきたものの、致命傷には程遠い。

 

 

重さで優る大剣をこのようにしていなすとは―――。

 

 

 

「見事だ自由騎士。この俺とここまで剣を合わせられたものはいない!」

 

 

「だろうな! あんたの剣の三太刀まで受けられればそれだけで英雄の資質ありだろうさ!!」

 

 

 

言葉を返しながらも剣戟は止まらない。大質量のものを軽々と扱い短剣も同然の手数で振るってくるロランの技量の程は、『現実』というものを軽々と超えてくる。

 

 

 

(大型の武器は『一撃必殺』か『後の先』を狙ってしか使えないはずなんだよな。だというのにこの男は―――)

 

 

 

しかしながら自分とてそういった相手を倒すための「剣術流派」を修めてきたのだ。

 

 

 

意気を込めてロランに必殺を込めて挑みかかる。水流の如き剣の流れが閃く度にロランは驚愕をする。

 

 

 

リョウ・サカガミの剣のそれは自分の術理―――いやブリューヌを含めて西方全体とはまるで逆のものだ。

 

 

 

相手の攻撃に剣を絡めて、攻撃の方向をずらしていく。

 

 

重さで優り膂力で超えた一撃とはいえ狙いを外されればそれは必殺とはなりえない。

 

 

そして相手の攻撃が逸れた間隙を突いて、防御不可能の必殺の一撃が叩き込まれる。刃と体の境界に擦り抜けるように入り込んでくる白刃の軌跡。

 

 

 

しかしそれはさせんとロランも神速の捌きで己の剣を引いて防御する。その攻防の応酬が見える形での絶え間ない剣戟のそれだ。

 

 

 

(このままでは千日手だな―――という考えなのは黒騎士も同じか)

 

 

 

読速が黒騎士の意図を読み解いた。恐らく次の瞬間にロランは太刀の動きを変化させてくるはずだ。

 

 

 

剣の火花が散る中でも、それは読み取れた。ロランの次の動き――――攻撃の応酬を切り上げる形で弾かれて距離を否応なく取らされる。

 

 

 

その間にロランは足を開き、剣を最上段に構えた。

 

 

 

どのような打ち込みがやってきたとしても迎え撃つ。一太刀に全てを賭ける構え。それを前にしての逃走は剣士として出来ない。

 

 

 

背後に回っての打ち込みは不可能。となれば――――こちらはこれに賭ける。

 

 

 

鬼哭を納刀し、腰を落とした半身をロランに向ける。最初の攻防の再現と同じく抜刀術の構えを取る。

 

 

 

「それがお前の最高の剣戟か、だが俺とて簡単には斬られない」

 

 

 

「そうだな。お互い本当の全力で戦うためにもこの「勝負」には勝つ」

 

 

 

――――殺気が黒騎士と自分との間に満ちる。

 

 

 

――――闘気が自由騎士と己との間に揺蕩う。

 

 

 

お互いの殺気が、闘気を突き破る形で顕現する。

 

 

 

踏込と同時の神速の抜刀撃が、向かってきた自由騎士を迎え撃つ振りおろしの一撃が、交差しあう一瞬。

 

 

 

ロランは、「虚撃」を交えた。振り下ろしの斬撃が止まる。これだけの質量を完全に制御しきれるロランだからこその芸当。

 

 

 

ヤーファ式剣術で言うところの正眼に完全に止まったロランの大剣。その隙間に本来ならば交差必殺が入るはずだが、リョウは抜刀術の力を完全に空かされた形となり、剣は空を斬り身体は流れたままだ。

 

 

 

(獲った!)

 

 

 

歓喜と共に自分と打ち合える好敵手の不在を嘆くロランだが剣の術理は構わず自由騎士の生命を奪うはずだった。

 

 

 

それは―――あり得ざる結末だった。正眼から最上段と同じく力を込めた振りおろしが、行われていく。

 

 

 

しかしそれを止めるものがあった。

 

 

 

受け止められるロランの剣。受け止めたのは――――鬼哭の鞘であった。抜刀の動きと同時に腰から抜いていた鞘が二撃目としてロランの振りおろしを受け止めた。

 

 

 

「ぬっ!」

 

 

 

受け止めた鞘を支店にして振り子の要領で返す刀として鬼哭が振るわれる。狙われたのが首であることを理解してロランは剣を引く。

 

 

 

それこそがリョウの狙いであったのだが、交差する大剣と刀。二重の力点を加えられた大剣は破断する。

 

 

 

鋼の破断と同時に振るった刀の動きと共に身体がロランの背後に移動されていく。

 

 

 

ざわめきが広がる。当然だ。ブリューヌの最強の騎士がある意味では敗れたのだから、しかしながら勝鬨を上げられぬ。

 

 

 

この男の本来の武器でなければ―――勝てたとは言えぬからだ。

 

 

 

「『本当の得物』を取れロラン。本来の力を制限された状態での勝敗など勝てたとは言えぬ」

 

 

「理解していたか……鍛冶師には苦労させた大剣だが……こうなっては仕方あるまいな」

 

 

 

振り向かずに、ロランに本当の剣を握らせる。この男が初対面時に持っていた剣と自分が壊した―――否、ロランの使用に耐えきれなかった剣とは違っていた。

 

 

 

ロランの持つ「絶対不敗の剣」がいかなる武器なのかを知るまでは自分は勝鬨を上げることは出来まい。

 

 

「クロード! デュランダルを!!」

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

観客席、若い騎士達が護衛と観戦をしていた一角に大声で呼びかけて一人の騎士が恭しく宝剣を携えてロランに向けて投げた。

 

 

 

半ばまで刀身を無くした大剣を捨ててから、鞘は無く布が巻かれた大剣。空中で掴み取りそのまま剣身を衆目に、そして自分に晒すロラン。

 

 

 

(神宝……? いや、確かに近いが……)

 

 

どちらかといえば「魔剣」に近いのかもしれない。恐らくは「ムラマサ」に近いのだろう。

 

 

 

「俺はデュランダルを手に取ったぞ。自由騎士―――貴様も『本当の剣』を抜け」

 

 

 

切っ先をこちらに向けながら威嚇するように言う黒騎士の言葉にどうしたものかと思う。

 

 

 

無論、自分から言い出したことだ。あちらが本当の得物を出したからといってこちらも馬鹿正直にアメノムラクモを出すのはどうかと思う。

 

 

 

あれは抜くべき時に抜く秘剣だ。あれを使わずとも自分は自分の剣術全てを出すことが出来る。

 

 

 

「六人のサムライ」の技巧を余すことなく鬼哭で繰り出せる。

 

 

 

だがロランの言葉は―――こちらに響く。万の軍から一つの村を守ったという剣を見せてみろという彼の言。それに応えなければ、俺はこの「黒騎士」に「負けた」ままだ。

 

 

 

意を決して御稜威を唱える。自分の目の前に現れた一振りの太刀。その出現に観客全員が驚くも、ロランだけは感情を表に出さない。

 

 

 

掴み取り鞘から振り抜き一閃すると、風が会場全体を走る。

 

 

 

「クサナギノツルギ、アメノムラクモ―――様々な銘が付けられているヤーファの神剣の一振り。サクヤ女皇陛下より賜りしこの剣―――抜いたからには、ヤーファの剣客として負けられんぞ『黒騎士』」

 

 

 

「始祖シャルルの時代より今にも伝わるブリューヌの守護の剣。銘はデュランダル―――私が敬愛するファーロン陛下より賜りしこの剣―――抜いたからには、ブリューヌの騎士として負けられぬ『自由騎士』」

 

 

 

お互いに意気と決意を示してから構えを取る。お互いに負けられぬ理由の語りは終わった。後は絶技繚乱の限りで以て応えるのみだ。

 

 

 

二度目のぶつかり合いは―――轟音と渦巻く空気の乱流が始まりだった。

 

 

 

 

 

† † † †

 

 

 

「見ろグレアスト、あれこそが東方の化生を打ち破ったという「鬼」の子孫だ」

 

「どうやら閣下にとっての最大の障害はあの男になりそうですかな?」

 

「さて分からぬな。あの男はこちらの眼前に来ることすら不可能かもしれないのだから」

 

 

 

とはいえ、そんなことを本気で信じているわけではない。闘技場での戦いのそれは、鬼剣が真実―――自分たちを打ち倒す可能性を秘めていた。

 

 

 

だがそれ以上に、魅力的な『力』であった。弓の使い手はそうそう生まれるわけではない。しかし鬼剣はあのようにヤーファで常時生まれる。

 

 

 

ある意味戦姫と同じように武器が己の持ち主を選定しているようなものだが、そこに「温羅」としての力が加わるとこうなるのか。

 

 

 

「奴と対峙すれば五分五分……いや、こちらが三分で分が悪いか、「奴ら」のように使える『手駒』が少ないというのが我々の弱みだ」

 

 

 

『捨て駒』の間違いではないかとグレアストは、目の前の老人の言に異を唱えながらも、それを素直に言うことはしない。

 

 

 

言ったならば如何にグレアストといえども、このマクシミリアン・ベンヌッサ・ガヌロンという「怪物」に殺されているだろう。

 

 

無論、この貴族お得意の拷問処刑ではなく「握り潰す」という非現実極まりない行為でだ。

 

 

「奴らと言えば……連中の内の「一匹」がここに紛れ込んでいるのでは?」

 

 

「だろうな。金喰い蛙だ。奴が何をするのかは分からぬが……まぁ見届けるに越したことはあるまい。ともすればデュランダルの担い手として不完全なロランを排除できるかもしれぬ」

 

 

 

どちらが勝っても自分にとって有利な状況になるだろう。蛙が死んだとしてもそれを「取り込み」。鬼剣が死んだとしても「神剣」は自分の手に。

 

 

 

「今は静観するが吉だ。機を見て動くも動かぬも臨機応変に対応する」

 

 

 

「承知しました。ではそのように―――」

 

 

 

盟主に一礼をしたグレアストは、再び闘技場に眼を向ける。

 

 

 

そこには自分ではまず不可能な絶技の数々。あらゆる剣士に技の閃きを与えるであろうものを繰り出す騎士と侍の姿があった。

 

 

 

† † †

 

 

 

黒剣と―――「雷剣」が噛み合う。稲妻の如き剣戟のぶつかり合い。しかし片方が完全に稲光を纏っているにも関わらずその効果は黒騎士には与えられない。

 

 

 

理解はした。この剣は「呪力」の全てを遮断するものだ。恐らくこの男の前では戦姫の持つ竜具の効果は十分に発揮できまい。

 

 

 

(あの海竜に装備されていた鎖環と同じか)

 

 

 

結局の所、あれは回収することは出来なかった。相当な重量があり海底から回収することも不可能であったというのもあるが数日後に捜索隊が調べた時には忽然とその姿を消していた。

 

 

 

強烈な海流によってどこかにいってしまった可能性も考えたが、現実的ではない。恐らく持ち去られた。

 

 

 

それ自体は蛇足だ。問題はその鎖環と同じもので出来ている以上、勾玉の効果は期待できないはずだった。

 

 

 

だというのに雷の勾玉を装備したのは、長尺の武器に対応するためにこちらも長尺の武器を振るう必要があった。

 

 

 

そして―――六人のサムライの技巧を繰り出すにはこの武器が適していた。

 

 

 

「その剣―――何で出来ている?」

 

 

 

「蛇の骨の一部なのかもな。もしくはその蛇自体「神」みたいなものだったから神の肉体で出来ているのかもしれない」

 

 

 

「面白いことを言う。だが確かにお前の剣技は「神懸かっている」」

 

 

 

言葉の応酬の間にも剣の応酬は止まらず「黒剣」と「雷蛇剣」は、鋭音と空音を奏でる。

 

 

 

その絶技繚乱の程に観客は熱狂をし、剣士・騎士達は己の武芸を磨くために瞬き一つせんとばかりに見ていく。

 

 

 

(それにしても……この男の型は変幻自在だ……いや、まるで一人と戦っているというのに、七人と戦っているかのようだ)

 

 

 

ロランは目の前の剣士の絶技の程の深淵を既に探れていた。

 

 

 

本来、どんな武芸者、いやどんな職種に就くものであっても「一定の型」というものが存在する。それは多くは師であるものから伝わるものが主なのだが。

 

 

 

この男の型は、今は違う。刀の長尺の太刀を逆手・順手に持った二刀自在の巧手あれば、体重で劣りつつも、自分の頭を割り砕かんとする大打の斬撃を両手で放ち、長尺の太刀を槍のように見立てて、突撃の乱打を放つこともある。

 

 

 

それら全てが、まるで違う剣士から繰り出されているように感じられるのだ。

 

 

 

「はぁあああ!!!!」

 

 

 

その変幻の型に惑わされんと、全体重を乗せた振りおろしの一撃を気合い一発。しかしそれを自由騎士は受け止める。いや―――受け流した。

 

 

 

太刀と刀を頭上で交叉させて鍔部分の重ねで受け止めた。一瞬の沈み込みの後には刃を滑らせて、身を低くしながらこちらに接近してきた。

 

 

 

顎を撃たれると感じてロランは―――頭を低くして予想外の攻撃を放つ。

 

 

鈍い音が響く。額に鈍痛を感じて、敵の姿を―――お互いに見失った。

 

 

「頭突きだと……お前、予想外にもほどがある……」

 

 

「兜があれば、それもまた武器。我がブリューヌの騎士の誉れ重装鎧は、それだけで一つの武器なのだよ」

 

 

「じゃあ何か、ここの騎士達は全員頭突きの鍛錬を常にやっているってのか?」

 

 

「いいや全くそんな教練は無い」

 

 

 

額を押さえながら、四チェートは離れた相手に聞くも真面目な様子でそんなことを言われるので、面くらう。

 

 

 

頭突きのダメージを逃がしながら、回復を図るためにも話を長引かせなければならない―――が意外にも話を伸ばしてきたのはロランの方であった。

 

 

 

「あれが……貴様の万軍殺しの秘儀か?」

 

 

「というわけではないが……確かにアスヴァ―ルでペレス村を守った際の技ではあるが……あれは俺にとって形見みたいなもんだ」

 

 

「形見?」

 

 

「先程の絶技―――それを使えた武士の内四人は死んだんだよ。その四人は、同じくのぶせ……野盗共から村を守るために集まったサムライだった」

 

 

「何故、それを見せた? こちらの挑発に乗らなくてもお前自身の剣で挑めば良かった」

 

 

 

その言葉に内心での笑いが出てくる。この男の忠節の道を少しばかり曲げるためにも、使って良かった。

 

 

 

「お前は『ブリューヌを守る騎士』なんだろ? だったら俺も、お前と同じく『守るため』の技で応じたかった。それだけだ」

 

 

 

『国』と『村』そこに大小の違いはあれども、そこに住む人々には何の違いも無い。

 

 

 

たった七人で「羅刹」の集団と戦うと決めた自分と六人の武者。その来歴はそれぞれ違えども、目的は一つだった。

 

 

 

「あんたの忠節の道が全てにおいて間違っているとは言わない。ただその忠誠をただ犬のように盲信しているようじゃ、いつか正邪の区別、正義と悪徳の区別も無く段平振りかざす結果になるぞ」

 

 

 

「俺の剣が間違っていると……騎士として俺は不適だとお前はいいたいのか?」

 

 

 

少しだけの憤怒がロランから吹き上がる。しかし、それでもこの男は―――もっと大きな意味で「ファーロン国王」の「剣」になれるのだ。

 

 

 

「さぁな。ただ俺は大きな者の為に剣を振るう道と同時に小さな者の為に剣を振るう道を教えられた」

 

 

 

言葉と同時に思い出すは死に行く四人の「師」。

 

 

 

己の剣は大きなものの為に振るうものだとしても、小さなものの為に戦う道もあると父以上に教えてくれた至高の剣客達。

 

 

 

二刀の変幻繚乱なりし必殺の絶技を披露した父以上の剣客。

斬馬の大剣をものの見事に振るった巨漢の剣客。

長尺の槍を振るい目にも止まらぬ斬突を見せてくれた武僧。

ありとあらゆる飛び道具と剣戟を受け流し必殺を放てる同心侍。

 

 

 

皆に死んでほしくなかった。例え生きる望みが薄い戦いだったとしても、生きていてほしかったのだ。戦士である自分がこんなことを言うなど不覚だろうが。

 

 

 

「あんたが剣を使って守るのはブリューヌに座する王という「存在」だけか? それともブリューヌに生きる多くの「人々」か?」

 

 

最後の問い。その意味をロランは思考する。答えは出ないのか再びの激突の予感を思わせる構えを取る。

 

 

「俺は、お前と戦うことで陛下を害するものかどうかを知りたかった。結果は―――どうとでもいえる。しかしながら……お前の剣は俺とは違い自由であり「真っ直ぐ」だ。だからこそ羨ましくも思う」

 

 

 

「あんただってなれるだろ? 自分にとって守りたいものが本当の意味で「守りたい」と思っているものを守ってやればいいだけなんだから」

 

 

 

「ややこしいな。だが自由騎士―――お前の言いたい事は理解した。だからこそこの激闘にも決着をつけなければ―――俺は「前」には進めない」

 

 

 

激怒は止み清廉なる闘気がロランより発せられる。

 

 

 

最後の戦い。それを以て終幕となる。両者が決意を決め剣を振るおうとした瞬間。

 

 

 

 

 

轟音が響き、悲鳴が上がる。

 

 

 

 

 

惨劇が―――闘技場の外―――そして中で繰り広げられんとする号砲であった。

 

 

 

 


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