鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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正直のごほうびに、 きれいな「ザイアン」 をあげましょう。


ザイアンは犠牲になったのだ……。この作品の妙な改変に―――!


今話は、場面転換が多すぎるのと、少し推敲したいので、とりあえず分割した5500文字程度をどうぞ。


「光華の耀姫Ⅱ」副題『あなたが落としたのはこのザイアンですか?』『いえ、もっときたないの!』

 

 

土地肥えて、人豊かになれども、悪漢の類は数を増すばかり。

 

 

 

周辺国に比べて豊かなこの王国でも、その手の輩はどこにでも発生するものであり、その対処に土地の領主及び騎士軍は悩まされる。

 

 

 

しかし治安維持という観点からこの手の輩は放ってもおけず、殲滅するのが常である。

 

 

 

「つまりだ。こんな風に街道を歩いていてもその土地の領主が完全に賊を討伐していなければ、こんなことにもなるわけだ」

 

 

 

「成程。それで結果として―――この死屍累々たる惨状をどう説明したものかしらね」

 

 

 

街道に倒れる野盗の群れ―――凡そ五十人を前にため息を漏らすソフィー。

 

 

 

「殺さずに峰打ち……何で手加減を?」

 

 

 

「いろいろ理由はあるが、まぁ他人の家で騒ぎをあまり起こしたくなかったんだ」

 

 

 

刀を鞘に収めながらソフィーに理由を説明する。

 

 

 

自分とソフィーを狙ってやってきた野盗の群れを前に正直、いつも通りの殺劇で殺すことも出来た。

 

 

 

しかしながら前回の忍者。どこの手の者かは知らないがそれでもあのようにこちらの術理を理解している連中に再び見えることもありえるのだ。

 

 

 

生かさず殺さずの感覚で技の錆落としがしたかった。こちらの剣舞に付きあわされた野盗どもの大半は筋肉痛で三日はまともに動けまい。

 

 

 

更に言えば、最初の理由と同じく他人の家で騒ぎを起こしたくなかった。

 

 

 

しかしながら騒ぎは拡大を続ける。自分の噂が風のようにこの国にも駆けて行ったように。

 

 

 

「私の身体をいやらしく見てきた野盗共を殺すだけの義憤は無いのがリョウなのよね」

 

 

 

頬に手を当てて平素で言うソフィーだが、こちらとしても色々と事情があったのだ。

 

 

 

「五十人の死体を大規模戦争でもないのに拵える方がよっぽど嫌だよ」

 

 

 

街道を歩けばそこには腐乱死体が転がっている現実などこのテリトアール領の領主にとって嫌がらせ以外の何物でもない。

 

 

 

そして野盗共を拘束しに来たと思しき完全武装の騎馬兵団。その先頭にて馬を操る老人ながらも他の兵士とは装備が違う人がテリトアール領主なのだろう。

 

 

 

老人の右側には一人の青年もいた。彼も少しばかり装備に金がかかっている。

 

 

 

砂塵を上げながらやってきた騎馬兵団を前にどうしたものかと思う。

 

 

 

「とりあえず私も事情説明に付き合ってあげるから同行を求められたら行きましょ」

 

 

 

「それしかないなぁ……」

 

 

 

隣にいるのが虚影の幻姫であれば、転移でどこかへと行けたというのに。色んな意味でティナの全てが恋しい。

 

 

 

だがいたらいたでどこぞの自動人形(?)のように色々と発言の倫理性に苦言を呈していただろうが。

 

 

 

「失礼、テリトアール領主ユーグ・オージェだが……この先のベルフォルという街にご足労願えるかな自由騎士リョウ・サカガミ殿」

 

 

 

(何であっさりばれるかなぁ……)

 

 

 

「父上に代わり少し言わせてもらえばそこまではっきりした異人の装束に異国の得物。そして彼の自由騎士の隣には戦姫がいるというのが最近のあなたの評判ですから」

 

 

 

しれっと言うユーグの息子と名乗った男の言葉に迂闊すぎたとも思えた。

 

 

 

今度から普通のロングソードでも持ち、そしてこの辺の装束に着替えて、更に言えば絶対に一人旅にしよう。

 

 

 

そんな機会が訪れたならば絶対にそうしようと心に決めた瞬間だった。そのぐらいその息子の言葉に打ちのめされたのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、ザイアン・テナルディエは酷く落ち込んでいた。

 

 

 

父の側近達からの白眼視。まるでフェリックスの種から生まれたとは思えぬほどに無能な自分に対する視線にはもう慣れた。

 

 

 

何故、自分には兄弟がいないのかと疑問に思っていた。父とて自分をそう見ているということはザイアンとてもはや知っているのだ。

 

 

 

その一方でザイアンを愛してくれていることも知っている。だからこそザイアンは父の真似をして大貴族としての態度を養ってきた。

 

 

 

しかしそれは周りの人間に対して劣等感だけを感じているザイアンにとって苦痛だった。実を伴わぬドラ息子。

 

 

 

そんな目は領内の人間からも向けられていたからだ。そんなザイアンを救ってくれる存在はいた――――。

 

 

 

その存在―――少しだけ年上の姉とも言える女性こそが、ザイアンの本当の胸の内を吐ける相手だったのだ。

 

 

 

「……サラが怪我を負っていた……父上がサラを暗殺者として使っているという話は本当だったのだな……」

 

 

 

サラは自分が「買った」人間だ。言葉としては不穏当であるが、彼女はムオジネルの奴隷商人の商品の一つであった。

 

 

 

嘘か真か彼女はヤーファからやってきたということであった。

 

 

 

最初、奴隷商人の話は嘘であろうと思えた。何故ならば彼女の眼も髪も肌の色もこの地方の一般的な人民のそれであったからだ。

 

 

 

ヤーファにおいても奇異の目として見られ、結果としてここまで流れ着いたとの話を聞かされた瞬間に彼女を―――側に置きたかった。

 

 

 

彼女は自分と同じなのだと理解出来たからだ。

 

 

 

侍女としてサラを置いて数週間したころに彼女から感謝されたが、自分はただ単に彼女を憐れんだだけだとして突き放したが彼女は退かなかった。

 

 

 

『それでも若様は私を助けてくれた恩人です。若様の為にこの身の全てを使って恩を返します』

 

 

 

その後、サラは何か「荒事」が起こるたびに、姿を晦ましてその後、何事もなく帰ってきていた。

 

 

 

最初は自分が逆らえぬ父がサラを慰み者として使っているのだと「怒り」を覚えたがそうではなかった。

 

 

 

自分が野盗討伐を任された時に彼女は首領の特徴とそして罠の存在を教えて自分を勝利に導いてくれた。

 

 

 

「密偵としてだけでなく暗殺までなど聞いていない―――」

 

 

 

ただの異国人の侍女に対する感情の動きではない。ザイアンは彼女に優しくする分、他の領民達にも少しだけ優しくも出来ていた。

 

 

 

もしもこれで劣等感だけを感じて非道を行う領主の息子であれば、ザイアンはいつか領内にて不審な死を遂げていただろう。

 

 

 

「これはこれはザイアン様、随分と気落ちしたようで……何かお困りごとでも?」

 

 

 

領館の廊下。窓の外を眺めていたザイアンの前に一人の薄気味悪い老人が現れた。父であるフェリックスの気に入りの存在。

 

 

 

「ドレカヴァクか……悪いがお前に―――待て、お前は確か占い師としてだけでなく薬師としての教養もあったな?」

 

 

 

「ええ、ええ。ですが……どのようなことでその話を? 籠絡したい女でもいるのですかな?」

 

 

 

「そういう冗談は好かんな。お前とて分かっているだろう。サラの怪我だ……!」

 

 

 

もはや答えなど分かっている癖に、そういうことを聞いてくるドレカヴァクという老人に嫌悪感を感じる。

 

 

 

しかし質問をしているのはこちらであり、激発のままにこの老人を殺すことは出来ない。

 

 

 

「異国人の侍女相手に―――「どんな来歴であれもはやサラはテナルディエ領内の領民だ。関係は無い」これは失礼―――」

 

 

 

自分がテナルディエ領を継いだならば、まずは今の苛烈な政策を改めさせる。人種差別も無しだ。

 

 

 

そもそも自分と父の髪の色こそヤーファ人のそれと同じでないか。

 

 

 

「であるならば私に対する態度も改めていただきたいものですな………」

 

 

 

「……テナルディエ家の金を何に使いこんでいる……? そしてお前の部屋から漂う匂い……知られていないと思うな」

 

 

 

正直言えば何故このようなものを父が重用しているのかが分からない。しかしながら今はそれを聞くわけではない。

 

 

 

不穏な空気を察したのか、ドレカヴァクも不敵な笑みを変えずに、話の転換を図る。

 

 

 

「これ以上からかって斬られてはたまりませんからな。侍女サラの傷ですが普通の火傷ではありませんからな。少々希少な薬草が必要なのですよ」

 

 

 

「……どの山に群生している? 俺が採ってきてやる」

 

 

 

人任せには出来ないことだとしてザイアンは自ら一人で向かうことにした。

 

 

 

「ではご足労願いますか―――」

 

 

 

内心での笑みを隠せぬドレカヴァクは、この人間がそう言ってくることを予期していた。そして彼が向かう山には手筈通りのものが用意されていた。

 

 

 

鬼剣との決戦をするというのならば今は雌伏の時だ。使える手駒は多ければ多いほどいい。使える「捨て駒」も多ければ多いほどいい。

 

 

 

そうして、目の前の未熟な貴族の小僧の感情を利用して惨たらしいことをドレカヴァクは画策した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり俺たちにネメタクムを経由して王都に向かえと仰る?」

 

 

 

「そういうことです。あなたにはこの国の実情を知ってもらわなければなりません」

 

 

 

「オージェ殿には悪いのですが、ジスタートとしてはこの国の事に干渉するつもりはありません。例え「内乱」が起きたとしてもジスタート全体としては動きたくないのが現状です」

 

 

 

自分の怪訝な質問に応接室で、深刻な顔をしているオージェに対してジスタートの大使の役目も担っているソフィーが厳然と告げて、自由騎士としての自分を政治的に利用するのを防いできた。

 

 

 

助かることといえば助かるのだが、だからといって見て見ぬふりが出来るようなことではあるまい。ミラから聞く限りではその街を治めている人間こそが反乱の眼になるかもしれないのだから。

 

 

 

「気が向いたら、という辺りでご勘弁願えますか。ソフィーヤが言うように私はジスタートに厄介になっている身なのでそこまで不義理は犯せません」

 

 

 

「それで結構です。では今晩は―――」

 

 

 

「気遣いありがたいですが急ぐ旅路ですのでお茶だけで結構です。ごちそうさまでした」

 

 

 

本当に急ぐ旅路である。彼らも事情は分かっているだろうに……有名すぎるというのも考え物だ。

 

 

 

「そうですか……ジェラール、街道までお送りしなさい」

 

 

 

「心得ました父上」

 

 

 

褐色の髪の青年。少しばかり神経質な印象を受けるも、それは物事を冷静に見ているからこその物言いだ。

 

 

 

領主の子息としては、どうかと思う。何かの上に立つということは物事を冷静に見ているだけでは駄目だ。無論、彼とて自分の領地の保全などを考えた上で、自分たちに接触してきたのだろうが。

 

 

 

(組織の参謀としてならば力を発揮できるタイプなんだろうな)

 

 

 

父親の性格か性分なのかは分からないが、ジェラールという貴族の子弟は、何も言わずにエスコートをしてくれている。

 

 

 

何か一言でもあるのかと思いつつも領館を出て街道の入り口に馬を進めた時に彼は言葉を発してきた。

 

 

 

「この国は既に乱れているのですよサカガミ卿」

 

 

 

「―――それを知るにはあなたの父親の言う通りテナルディエ領を見た方がいいのか?」

 

 

 

見送りの言葉としては剣呑なものであるが、自分が知りたいことを彼は知っているのだろう。

 

 

 

「この領地にすら彼らは容赦なく食指を伸ばしてくる。己に付き従わなければ叩き潰すという態度は感じるだけで不愉快ですな」

 

 

 

どんなに家格に差があるとはいえ、同じブリューヌ貴族なのだ。同盟を結ぶという態度ならばともかくまるで奴隷のような扱いを強要してくるそれは、どんな貴族でも不愉快だろう。

 

 

 

封建制度においては、王の下の家臣は全て平等のはずなのだ。無論、実際には違うのだが……こういう若年の貴族の子弟からすれば世の中の道理というものの不条理を投げ捨てたくなるもの。

 

 

 

意識が高い男だ。と思いつつもこの男ではその二大を倒すほどの「頭」とはなり得まいと結論付ける。

 

 

 

「西方の自由騎士として知られている貴方だ。その際にどう動くのかを私は知りたい」

 

 

 

「その考えがある意味、あんたが毛嫌いしている男と同じだと理解しているならばいいが……俺個人としては、まぁ流れに身を任せるのみさ」

 

 

 

どんなに強い覇王であっても天の道理には叶わぬ。天運尽きる前に王聖を持ったものが必ず現れる。

 

 

 

悪徳・大逆を旨としているものが栄えたためしなどこの世にはあり得ないのだ。

 

 

 

「そういえば―――ジェラール卿。弓は得意か?」

 

 

 

ふともはや街道に出る直前になり後ろを振り返りながら一つの質問を投げかける。それは自分にとって一番の「懸案事項」だ。

 

 

 

もしかしたら、この国の行く末と「魔」の存在よりも――――

 

 

 

「……得意と言えるほど達者ではありませんよ。嗜む程度です。このブリューヌで弓は重要な武芸ではありませんから、どの『武芸者』でもそんな回答でしょう」

 

 

 

「そうか非常に残念だ」

 

 

 

ため息と嘲笑混じりの回答に、本当に残念な思いだ。青空を一度見上げてからソフィーと共に馬を全速で走らせる。

 

 

 

目指すはニースだが少しばかりの寄り道をしなければならない。

 

 

 

故に軽量化の御稜威を唱えて馬の速度を上げたのだが――――並走するソフィーの「揺れ」が激し過ぎて、失敗した想いだった。

 

 

 

† † †

 

 

 

自由騎士と戦姫の二人を見送ってから領館の方にジェラールは足を向ける。結局の所、あの自由騎士の心根は正道のもので正当を旨としていることは理解出来た。

 

 

 

風聞から伝わっていたことに間違いは無かったが、それでも自国で争いが起きた場合にどう動くのかが分からなかった。

 

 

 

出来うるならば官軍。レグナス王子を頭としたその軍に居てほしいと思った。その時は自分は参謀としてどこまでも力を発揮してゆくゆくはこの領地の拡大も目指したかった。

 

 

 

しかしながら彼の完全な協力は得られなかった。テナルディエとガヌロンの二大に着くことはあり得ないだろうが。

 

 

 

「弓……そういえば……」

 

 

 

自由騎士の言葉に少しだけ思い出すものがあった。それはまだ自分が少年の頃の話であった。

 

 

 

父と付き合いのあった貴族の息子が、得意という話だ。

 

 

 

その息子も自分と同じような年頃になっているだろう。父の寝具に涎を垂らしたと言う少年貴族。

 

 

 

『あやつはいつか大うつけか、儂も従える大物になるな』という意味によっては同じ評価を降されたティグルヴルムド・ヴォルンという男こそが、弓を得意としていたはずだ。

 

 

 

「教えてあげればよかったかもしれないが、これ以上道草食わせるのも悪いだろう」

 

 

 

第一、今更思い出してもどうしようもない。ジェラールとて色々と忙しいのだ。

 

 

 

王都主催の武術大会はともかくとしても、この土地とて色々とあるのだ――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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