鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「銀閃の風姫Ⅰ(後篇)」副題『エレンちゃん大暴走の巻』

 

 

 

「有意義な時間だったわ。ありがとうリョウ」

 

 

「そこまでかなぁ、俺からすれば居た堪れない話ばかりだったんだけど」

 

 

「ごめん、ソフィーがここまで開けっ広げだったなんて僕も初めて知ったんだ」

 

 

サーシャの申し訳なさそうな顔には悪いが、その女子の会話の生々しさに乗っかっていったのも彼女なので、こちらの視線の険しさは変わらなかった。

 

 

「とか何とか言っても、庭園から逃げ出そうとはしなかった辺り、あなたも興味があったんじゃない?」

 

 

「こんな広い王宮で俺一人ほっぽりだそうってのかい」

 

 

薔薇の庭園から抜け出て宮殿内部を見ながら、絶対に迷子になると確信できる広さだ。ヤーファの王城のように平屋建てならばともかく、キャッスルの広さは苦手だ。

 

 

「それはそれで面白そう。貴婦人とかに誘われたりとかするかもしれないわ」

 

 

勘弁してくれ。という内心での言葉と同時に、前方にて何かの気配を感じる。曲がり角から出てきたと思われる人間二人。

 

 

どちらも青系統の衣装を身に纏った少女である。そして片方は名前と顔が一致している。

 

 

「エレン、リュドミラ……珍しい組み合わせだね」

 

 

呼びかけるようなサーシャの言葉であちらもこちらに気付いたようだ。回廊の向こう側に、こちらの姿を確認した紅玉の剣士の怒りが飛んでくる。

 

 

「一目見た時から認識した……お前は間違うことなく敵だ―ーーー!!!!」

 

 

怒りはそのままに剣戟という形でこちらに襲いかかってきた。

 

 

「どんな認識でそんな判断がなされたってんだ……!」

 

 

抜き払われた長剣―――「竜具」を召喚した「草薙の剣」で受け止める。サーシャ以外の全員の驚きの視線がこちらと剣に向けられるも構わずに

 

 

鞘込めのままに振るった剣が、あちらの竜具とぶつかり合うと――――――。

 

 

「なっ!?」

 

 

「っ!!」

 

 

剣戟のぶつかり合いで生じた風とは違う剣そのものの「風」がお互いにたたらを踏ませた。

 

 

勾玉を装備していないとはいえ、己の剣から風を出すムラクモに何なんだという思いであるが、どうにも向こうの竜具も……乗り気ではない感じがする風を主に当てていた。

 

 

「戦いたくないから自分を使うなだと!? アリファール、お前いつからそんな我儘言うようになったんだ」

 

 

「武器に拘るのは、戦士の常だが……武器に当たるとは、エレオノーラ・ヴィルターリアという女は戦士としては三流のようだな」

 

 

「なんだと……!」

 

 

「こんな所でそんな剣呑なものを振り回すなと言っているんだ。戦士には戦士の場があるんだ。それを弁えろ」

 

 

同意したのか、アリファールという特徴的な鍔を付けた長剣が主に優しげな風を当てる。その流れを受けて、やむを得ずエレオノーラは鞘に込め直す。

 

 

憤懣やるかたない顔でこちらを見てくるエレオノーラに、彼女が何故怒っているのかは先程までのソフィーヤとの話で理解している。

 

 

仲良しになろうとまではいかずとも、そこまで敵視してほしくない。

 

 

「……改めて確認するが、お前が東方剣士リョウ・サカガミだな」

 

 

「そういう君がライトメリッツ戦姫エレオノーラ・ヴィルターリアでいいんだな」

 

 

睨みつけの視線と険のある言葉に同じく返す。

 

 

「何で二人ともそんなに剣呑なんだい? いやまぁ人間合わない人っているけれども……リョウ、一応エレンは君より年下なんだからもう少し大人の対応を、エレンも僕の恩人にいきなり竜具で斬りかかるなんて真似やめてくれ」

 

 

悲痛なサーシャの言葉に対して申し訳ない思いがあるが、自分としては降りかかる火の粉を払っただけなので、そこまで責められたくはない。

 

 

しかしながらエレオノーラは、サーシャを心配する様子で肩を掴んでくる。

 

 

「サーシャ、お前は騙されているんだ。この男は確かにサーシャの病を癒す術を持っているかもしれないが、それは別の目的があるに違いない!!」

 

 

「り、力説するねエレン。だったら僕を介して、リョウは何をしようとしているんだい?」

 

 

「具体的にはサーシャを食い物にするんだ。男慣れしていないサーシャに近寄って身の毛もよだつような行為を要求して快楽に溺れた所で、金銭の類をむしり取るだけむしり取って、その後はボロ雑巾のように捨てられてしまうんだ!! そんなこと私は許せない!!」

 

 

身振り手振りを加えて表情豊かに表現するエレオノーラに想像力豊かだなと感心すべきなのかどうか、まぁ取りあえず本人の前でそんな罵倒聞かせるんじゃない。そして何よりサーシャを馬鹿にしすぎだと思う。

 

 

しかしながら、それに対して――――。

 

 

『本当にそんなことするの?』

 

 

「しません!!!」

 

 

蒼髪の戦姫と金色の戦姫が、朱い顔をしながら聞いてきたので、こちらも完全否定をする姿勢を取る。

 

 

ソフィーヤとは違い少し初心な反応で聞いてきた蒼髪の戦姫……確か名前は……。

 

 

「失礼しましたサカガミ卿、ジスタート王国が公国の一つオルミュッツの地を治めているリュドミラ・ルリエと言います。以後お見知りおきを」

 

 

一礼をしながら、名乗りを行ってきたリュドミラに対してこちらも一礼をしてから握手をしあう。

 

 

「エレオノーラが不作法をして申し訳ありませんでした。けれども、私達だって少しだけ嫉妬もします……理由は分かりますか?」

 

 

「サーシャが頼ったのが、君達でなく俺だからだな……」

 

 

「―――それ以外にも、病床を回復させたとはいえ戦場に彼女を立たせたからですよ。だから……場所を改めて私の挑戦を受けていただきたい」

 

 

持っていた水晶のような拵えの槍の穂先をこちらに突きつけたリュドミラの視線を受けながら―――決闘の日時と場所を聞く。

 

 

彼女の怒りは正当なものだ。自分に対して不作法な妄想で、悪者にしてくれたエレオノーラよりも好感が持てる怒りだ。

 

 

「待てリュドミラ、その男に戦いを挑むのは私の―――むぐぐ……」

 

 

「はいはい。あなたは黙っていなさいな」

 

 

エレオノーラの口を手で塞いで言葉を閉ざしたソフィーヤに若干の感謝を示しながら、リュドミラにそれを聞く。

 

 

「日時は今すぐ、場所は、この宮殿の鍛えの間にて―――」

 

 

「承知した。準備が出来次第赴く」

 

 

見届け人は、要らないだろう。ここにいる戦姫全員が、自分とリュドミラ・ルリエとの戦いを見にくるはずだ。

 

 

踵を返して鍛えの間に向かって歩いていくリュドミラ、自分も着替え次第向かおうとしたのだが、サーシャの少し怒るような顔が自分の目の前に現れる。

 

 

「どうした?」

 

 

「何でそう向かってくる相手に対して真正面から噛みあうのさ……あんまり女の子と喧嘩しないでほしい」

 

 

「別に俺もそんなに喧嘩したいわけじゃないさ。ただエレオノーラはともかくとして、彼女の怒りは分かる気がするし」

 

 

そういう意味では自分とエレオノーラは似た者同士とも言える。もっとも自分は彼女のように偏見を持つことは無いのだが……。

 

 

「そうじゃなくて、そんな風に戦姫全員と戦っていたらリュドミラまで君に懸想するかもしれないじゃないか」

 

 

「いや、その仮定はおかしくない?」

 

 

不満たっぷりな顔で言ってくるサーシャに対して、あり得ないという想いだ。

 

 

第一、どうやっても懐かない聞かない猫が一匹いるのだからあり得ない。そしてその猫はサーシャに近づくなと言いたいのに、ソフィーヤに口をふさがれ傍から聞けば何と言っているのか分からない。

 

 

「なんにせよ。挑まれたからには戦うさ」

 

 

それが戦士としての礼儀なのだから―――――。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

やってきた馬の数々。そしておまけと言わんばかりの、牛や羊も数十頭ずついた。目の前の光景は当初思っていたものとは上方修正する形で広がっている。

 

 

しかしながらティグルとしてはこれだけの家畜を……こんな金額で買い取れたことに対して、何だか釈然としない思いだ。

 

 

離れた所ではここまでキャラバンを率いてきた恐らく騎馬の民族の商人と雇った護衛(?)であり侍女といえる女の子が話している。

 

 

少しだけ呆れた顔をしている商人に対して女の子―――オルガは恐縮しっぱなしだ。しかしながら仕方なしと言った感じにため息一つを吐き出した商人が拝跪をしてから、こちらにやってきた。

 

 

「我らが族長の継嗣をよろしくお願いします」

 

 

ただ一言。それの後に一礼をして商人は、馬車に乗り込んで再び商旅を開始していく。

 

 

「―――やっぱり君は騎馬の民族の関係者だったのか……」

 

 

やってきたオルガに何気なく問い返すと彼女も普通に返してきた。

 

 

「血筋的に私は今の族長の孫に当たる」

 

 

ジスタート貴族に縁戚として己の一族の娘を嫁がせたというティグルの想像は――――違うのだが、オルガはそれを訂正することはしなかった。

 

 

とにもかくにもモルザイム平原に牧場を設定しているのだ。とりあえずそこに馬や家畜を離すようだ。

 

 

家畜責任者なども募っておいたので、その内、募集が来るだろう。しかしそれまではティグルが見ておくようだ。

 

 

何より耕作馬を欲している村の要求を精査しなければいけない。

 

 

「ティグル様ーー!! マスハス様がこられましたー!!」

 

 

大声で丘の向こうから呼びかけてくるティッタの言葉に、招待していた客人がやってきたことに気付く。

 

 

「俺の後見人ともいえる人なんだ……父上の友人で、こことは違う領地を治めてらっしゃる」

 

 

「どんな人なんだ?」

 

 

「会えば分かるさ」

 

 

オルガを連れ添って丘の向こうに行くと、そこには白い髪と髭で覆われて老齢に差し掛かった大柄な男がいた。

 

 

「マスハス卿、ご無沙汰しています」

 

 

「息災で何よりだティグル。そして我が友ウルスが行おうとしていた大事をやり遂げるとは、この老体をあんまり感動で震えさせるな」

 

 

差し出した手を握り合うと、ティグルにも分かってしまう。初めて会った日からどれほどの年月が経ったのか。

 

 

目頭に涙が浮かびつつあるマスハスにティグルは恐縮してしまう。今回のことは本当に幸運だっただけだ。

 

 

「まだまだです。今回は思わぬ幸運と思わぬ良友との出会いで買うことが出来ただけですので」

 

 

「それもまたお前の善事が招いた神の思し召しだ。ありがたくそれを受け取っておけ……良友というのは、そちらのお嬢さんかな?」

 

 

「初めましてティグルヴルムド・ヴォルン卿にお仕えしておりますオルガです」

 

 

「マスハス・ローダントだ。ティグル、こちらのお嬢さんはお前の―――」

 

 

何なのかという問いに自分が答えるよりも早くオルガは答えた。

 

 

「私はティグルの客将であり護衛であり夜伽の相手です」

 

 

瞬間、マスハスが固まった。そしてティッタは素早くオルガの後ろに回り込んで頬を両側から引っ張る。

 

 

「いたたたたた。ちょっ、ティッタさん。それは本当に痛いです」

 

 

「全くオルガちゃんってばお茶目さんなんだからー♪ そんな冗談、お客様に言っちゃだめだよー♪」

 

 

バタバタと手を動かしてティッタに抵抗するも流石に背丈に差があってか、それも無駄な抵抗だった。そしてティッタが若干怖い。

 

 

そんな二人のやり取りをみつつマスハスは一言真剣にティグルに問いかけた。亡き親友の一粒種の将来を心配しての言葉は若干失礼だった。

 

 

「今の言葉のどれが真実だ?」

 

 

「真ん中以外は全て嘘です」

 

 

真剣な問いかけに、少し憤慨しつつ答えた。もっとも真ん中にしても、護衛されるほどの脅威はこの領地にはないのだが……。

 

 

こちらの憤慨を理解したのかマスハスは話題を変えてきた。内心はともかくとしてあんまり父の友人を怒りたくもないのでティグルもそれに乗る。

 

 

「しかし、この馬たちは海路を渡ってやってきたのだな……良い馬だ。海が穏やかだと交易も豊かになるな」

 

 

「南海からやってくる行商人達がまさかアルサスを通るほどですからね。何かあったのですか?」

 

 

「うむ。近海の海賊達が掃討されたとの話だ。それを行ったのはジスタートの戦姫と―――、一人の自由騎士」

 

 

戦姫という言葉にオルガは、背中がざわつく思いがしたが特に疑いの目がこちらに向くことは無かった。

 

 

「一騎当千の噂があるジスタートの戦姫は知っております。ですが……その自由騎士というのは?」

 

 

興味を惹かれる単語が出てきたのでティグルは、マスハスに詳細を聞くことにしたのだが、その前に盛大な腹の音がモルザイム平原に鳴り響いた。

 

 

その音は、ティグルとオルガから出ていた。正直、穴があったら入りたい気分だが、助け舟はティッタから出た。

 

 

「お昼ご飯は多めに作っておりますので、マスハス様もどうぞ」

 

 

「ではご相伴に預かろう。昼と同時に自由騎士の詳細を話そう。よろしいかなヴォルン伯爵?」

 

 

「からかわないでくださいよ」

 

 

そうして聞かされた自由騎士の話にティグルは、興味を覚えて、その相手がヤーファから来た人間だと知り尚の事興味を抱いた。

 

 

ヤブサメという馬上での弓術を修めるのがヤーファの騎士の第一とも言われているぐらいだ。相当な弓の名手なのだろうと思って、何より竹で出来た弓を見てみたいとも思った。

 

 

「竜殺し―――リョウ・サカガミ……凄い人間がいるものですね」

 

 

「お主の弓も相当なものだと思うがな。その竜殺しの功績に関して一度、全ての貴族を王都に召集するということも考えられている」

 

 

「何故、そのようなことが?」

 

 

疑問に対してマスハスは少しだけ苦い顔をしてきた。

 

 

「英雄と言うものには正の側面もあれば負の側面もあるのだ。覚えておけティグル、どんな英傑や聖者が私心無くともその後には様々なものが残される」

 

 

マスハスの重い言葉に、聞かされている三人が息を呑んだ。

 

 

今回の海賊討伐の結果として海賊達の本拠地であった群島諸島の類に関してジスタートは、そこを完全に拠点化するという行動に出ており……それは色々な意味で不味かった。

 

 

「今までどこの国にとっても領海が跨る微妙な地域であったからこそ海賊共が塒としていたのだろうが、リョウ・サカガミと戦姫達の行動はその海賊共を完全に壊滅させた」

 

 

領海の安全というものと引き換えにジスタートにとって新たな領土が増え、結果としてそこにもしも軍船が常駐するようになったならばブリューヌやアスヴァ―ルなど沿岸に面している国にとって脅威だ。

 

 

「ジスタートとは交渉をしているのですか?」

 

 

「一応な。宰相ボードワンは堅実に粘り強く話を続けている。感触ではどうにも拠点化が難しいという話も聞かれるが、果たしてだ」

 

 

戦争になる可能性もあるのか……。ティグルの脳裏に不安が過る……一応、自分の土地はジスタートとは山脈一つ挟んで隣接しているが、それでもここにそこまでの影響は無かった。

 

 

それは街道が整備されていないからというのもあるが、それにしてもこのアルサスが貧相な土地だからだ。

 

 

「ティグル様……」

 

 

思案を続けていた時に、ティッタに袖を掴まれて険しい顔をしすぎていたかと反省して彼女の頭を撫でて安心させる。

 

 

横にいたオルガが少し不満そうな顔をしたが、ティッタの不安も分かるので彼女は抑えた。

 

 

「何にせよ。いずれは召喚状が届くはずだ。その前にどうするか、そして始めたものをちゃんと軌道に乗せてから王都に向かうべきだな」

 

 

「もしもの時には書状をお願いします。ですが……なるたけ赴くようにしますよ。それがブリューヌ貴族としての務めでもあります」

 

 

親友の顔を、目の前の青年に重ねて目頭が熱くなりながらも今回、青年が自分を呼んだ理由を聞いていなかったことを思い出す。

 

 

「頼もしいな。それでお主が今回ワシを呼んだ理由は何だ? すっかり忘れてしまっていたが」

 

 

「ええ、これだけ多くの家畜の世話となるともう少し広く多く人材を募集しようと思いまして、マスハス卿の領地でも、この牧場の管理者募集のお触れを―――――」

 

 

そうして王都に召集されるという将来の予定を考えつつも、今は自分の領地のことで手一杯だと思いつつマスハスの伝手を頼る算段を着けていた。

同時刻――――ブリューヌ王都ニースにて皇太子レグナスが、宰相ボードワンに渡された書類の今回召集される貴族の中に『ティグルヴルムド・ヴォルン』の名前を見つけて、寂寥感を少しだけ薄らげたのは『彼』だけの秘密であった。

 

 

 


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