鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「雷渦の閃姫Ⅱ(前)」

炎が降り注ぐ。炎が焼き尽くしていく。前に広がる風景はそうとしか言えないほどに、圧倒的なものであった。

 

 

こちらにまで熱気が伝わるほどの火力。亡者の軍団は――――海亀の船と共に消え去っていった。自分たちの眼にも見えるぐらいに、亡者たちは戦姫の炎によって浄化された。

 

 

己の灰の中から再び孵る。炎の鳥――――不死鳥。嘶きこそ聞こえないが、焼き尽くされた敵船から幾つもの炎を身体とした小鳥が天空に飛んでいくのだ。

 

 

しかし――――その炎は、予想を超えて自分たちに結果のみを見せて、過程が分からない。

 

 

つまり―――この炎が戦姫アレクサンドラによるものであることは分かるのだが、彼女が如何なことになっているのかは分からないのだ。

 

 

亡者たちが、戦姫達の周囲に集まったところまでは見ていた。そこから先は―――殆ど分からない。目も眩むほどの赫光が輝いた後には、炎が舞い踊っていた。

 

 

そして、炎の柱が天空に二つ伸びた後には、太陽が作り出されそれが下に落ちた後には、現在の状態になったのだ。

 

 

「アレクサンドラ様……」

 

 

誰かの悲しげな声が耳に届く。この炎の中でも彼らが生きていると思っている存在が居ない。既に沈みかけている亀甲号が沈むと同時に――――何かが炎の中から飛び出した。

 

 

幻想的な炎の鳥ではなく、もっと大きな物体だ。朱色の鱗をした――――竜。

 

 

火竜(プラーニ)!?」「飛竜(ヴィーフル)!?」

 

 

誰かの悲鳴のような驚愕の声が重なり聞こえたが、しかしその驚愕はすぐさま呆然としたものとなる。

 

 

何せその竜は四十チェート程度の大きさの身体を空に投げ出しながら、その爪に東方剣士を抱えて、尻尾でアレクサンドラを巻きつけて、背中にヴァレンティナを乗せていたのだから。

 

 

盛大な炎の焚火から離れていたレグニーツァ船団。その旗艦、甲冑魚号の甲板にその火竜とも飛竜とも取れる竜は、降りてきた。

 

 

爪から逃れたというよりも下されたリョウは、甲板に降り立つと同時に、その竜を見上げた。眼にはやはり驚きが満ちていた。

 

 

そして戦姫アレクサンドラもまたこの竜の正体を測りかねていたのだが―――――。

 

 

「プラーミャってばこんなに大きくなって……ママは感涙が止まりません」

 

 

「そうじゃないだろ。そこは問題じゃない。それにしたってデカくなりすぎだ」

 

 

目頭を押さえながら言う大鎌の戦姫ヴァレンティナの言に返すリョウ・サカガミの姿を見て、「ああ、いつも通りだ」という安堵が全軍に伝わる辺り色々と深刻であった。

 

 

 

 

 

 

「というか本当にプラーミャなのか? いきなりこんなに大きくなるなんてどうしたんだよ?」

 

 

甲板にて、こちらの視線を受ける竜の身体の大きさは先ほどの幼竜のそれではなかった。皆からの奇異の視線を受けながらも、ティナに頭を擦り付ける様子を見て、やはりこれはあの幼竜なのだと実感する。

 

 

「リョウとアレクサンドラの竜技の炎、最初に放たれたその炎を食べたプラーミャが大きくなった。そうとしか言えない現象を私は見ていましたので、これはプラーミャです」

 

 

記憶を辿ると自分たちが「カグツチ」を放つ前に聞こえたヴァレンティナの言葉は「成長」したのか「変化」したのかどちらにせよ体躯を増大させたプラーミャに対するものだったのだろう。

 

 

しかしながら、再び聞こえた声―――。「アメノヌホコ」の時にも聞こえた言葉を実行するためだけに動いていた自分たちには、それを見ることは無かった。

 

 

「子供の成長を見ずに、他の女にうつつを抜かすなんてひどい父親ですね」

 

 

「うーーーん。何というか真実の一端を突いているだけに迂闊に反論出来ない。まぁとにかく一時的なものなんだろうな。脱皮したわけでもないんだから」

 

 

父としてはプラーミャにはもう少し小さいままでいてもらいたいよ。と嘆くように言ってから首筋を撫でてあげると今度はこちらに頭を擦り付けてきた。

 

 

「…………ところで、君ら今の状況がどうなっているのか良く考えた方がいいよ」

 

 

「そんな冷たい目で見ないでくれ。ルヴ-シュ軍が、本隊を叩いているんだ。おまけに―――正直これ以上レグニーツァ軍は動かせないだろ」

 

 

焔の戦姫の異名とは正反対なサーシャの視線と言葉に答えながら、遠くを見る。1.5ベルスタ程まで離れてしまった海賊船団とルヴ-シュ軍の戦いを見てから、レグニーツァの戦士達を見返す。

 

 

皆の表情はやはり優れない。疲れ切っているのだ。今までの戦いに亡者の軍団との戦いがいつもの人間相手の戦いとは違い疲労度を格段に上げていた。

 

 

「それに……そろそろ動くんじゃないでしょうか。『狼』の懐刀が」

 

 

「アレクサンドラ様、ヴァルタ大河の水軍部隊が動き出したそうです」

 

 

ヴァレンティナの言葉が予定調和だったかのように、若い騎士が進み出て援軍が向かってきていると知らせた。

 

 

「国軍が動いたか……ならば僕らは待機しつつ捕虜や奴隷の移送に回っても構わないのかな」

 

 

「そういうことです、今のところは私たちは錨を下していてもよろしいかと」

 

 

「それでも海竜相手じゃ彼女も手こずるんじゃないかな?」

 

 

「積極的に援護したいのですか? 先程まで病人の身体だったのに」

 

 

ルヴ-シュ軍を放っておけ、少しは手伝うべきだという戦姫達の意見の不一致を見せながらも各船は、この場にて留まる形で休息を取ることになった。

 

 

元気のあるものたちを再編成して二、三隻を向けることも可能だろうが、とりあえずは休みだ。そしてヴァレンティナの言葉に気付かされたようでサーシャはこちらに向き直る。

 

 

「君とヴァレンティナのいちゃつきでイライラしていて忘れていたよ。リョウ、僕の四肢に嵌められたこの宝環……何なんだ? そしてあの竜技以上の威力の術は……」

 

 

「そこまで嫉妬されていたことに対して男冥利に尽きるとでも言えばいいのかもしれないが、まぁそれはともかく宝環に関しては、少し憶測を交えて説明する」

 

 

遠くの戦況のほどを見ながらサーシャにヤーファが規定した「魂」の有様を語る。

 

 

この世にある万物には魂が宿る。それは木でも石でも、人だろうと獣だろうと同じことだ。万物に宿る魂は四つの有り様に分けられる。

 

 

勇気の魂「アラミタマ」和合の魂「ニギミタマ」親愛の魂「サキミタマ」智恵の魂「クシミタマ」

 

 

これら四つの魂が正しく働き「一霊」となり、身体は「心」を持つ。

 

 

「『心』を持つものが悪行を行えば「マガツヒ」となり四魂は穢れていく、逆に善行を尊べば「ナオビ」となる。つまり人の心は悪にも善にもなる。ここまで理解できているかい?」

 

 

「まぁ何とか……それじゃこの宝環は「四魂」を分けたものなのか?」

 

 

戸惑った表情のサーシャに首肯をする。

 

 

元々、あのルビーは戦姫の魂が凝固したものであると理解はしていた。しかし、それがこのような形になるのは―――。

 

 

「死にかけだった俺のご先祖を生き返らせたのは、神々の持つ神器だった。それは四肢に嵌められた「雷」を放つ環だったと聞いているよ」

 

 

「同じくこれもそういう類のものだとリョウは見ているのか?」

 

 

「正しくは分からないが……聞こえてきた声によればそうなんだろうな」

 

 

言いながら、クサナギノツルギに眼を向ける。この嵌められた勾玉と聞こえてきた声。全てはそれを伝えていた。

 

 

 

 

 

『神々にも生と死を与えた始まりの炎。火の赤子を創り砕き「神産み」を行え』

 

 

 

「その宝環はお前の病を「魂」の方面から癒しているんだろう。何にせよ道具は道具。使い方次第だよ」

 

 

「変なしっぺ返しがなきゃいいけど、というか外れないんだなこれ」

 

 

流石に人知を超えた竜具を扱う戦姫と言えども、二つもそんな道具を持つことには戸惑いを隠せないのだろう。

 

 

もっとも、これがあの竜王の意図した結果であるというのならば、知能において人間は負けたということでもある。少し屈辱だ。

 

 

「何はともあれサーシャの病が悪化せずに良かった。とはいえ、薬の治療は続けるからな。お前の言う通り変なしっぺ返しがあったら困る」

 

 

「とか言いながら、「私」に会いに来る理由が無くなるという心配をしていないのかな?」

 

 

「あんまり年下の男をからかわないでくれ綺麗なお姉さん」

 

 

猫のような半目でこちらを見てくるサーシャに顔が赤くなるのを隠せない。そうして火の赤子という単語に考えを巡らせる。

 

 

本当はカグツチとて母親を殺そうとは思わなかったのだろう。

 

 

だからサーシャに生きる力を与えたのかもしれない。己の死を自覚しながらも子供を欲するサーシャの両手足を保護するものは、そういうものに思えていたから。

 

 

「さてともう少し詳しい話は、帰ってからするとして……これからどうしたものやらだな」

 

 

「リョウとしてはどうしたいのですか?」

 

 

「見捨てるのも寝覚めが悪いな。上手くあの戦姫がやってくれるのならば、何も心配することは無いんだが」

 

 

二十隻程度と三十隻以上の戦い。それが上手くいくかどうかを見ていたのだが、やはり海竜に、苦慮していることがこちらからも見てとれる。

 

 

今も海中から突撃を掛けられたと思われる船が右側に傾く。舵を切ったわけでもないのにそうなるのだから、海竜がどれだけ脅威なのかが分かる。

 

 

だが何となくルヴ-シュの戦姫の人物評から察するに、余計な手出しをすればしたで何だかめんどくさい感じもする。だからと言って、このまま傍観も出来ない。

 

 

結局の所――――リョウとしては人命優先の気持ちが勝って、そこに赴くことにする。しかしながらレグニーツァ船団は、現在動ける状態ではない。

 

 

かといって流石に1.5ベルスタを跳んでいくことは無理だ。ティナのエザンティスの転移で赴こうとしたのだが。

 

 

その前に火竜の首が自分に擦り寄ってきた。それはいきなり大きくなり過ぎた自分の子供であった。

 

 

生りは大きくなっても行動は幼竜の頃と変わらないんだな。と思いながら……プラーミャを見て気付かされる。

 

 

「プラーミャ、ちょっとだけ父の頼みごとを聞いてくれるかな?」

 

 

「?」

 

 

首を傾げてきた火竜に軽い頼みごとをする。それを傍から聞いていた周りの人間を代表してサーシャが呆れるように言ってきた。

 

 

「君の勇名は、これ以上なく轟いているというのにこれ以上高まらせてどうするんだい?」

 

 

「無論、見目麗しき女ばかりのハーレムを築くための一歩―――」

 

 

「そんな野望は欠片も無い」

 

 

熱を込めた口調で戯けたことを抜かすティナの額を連続で小突き話を中断させたのだが、なぜかその様子をサーシャが恨めし気に見ているのが少しだけ気にもなりはした。

 

 

 

 

 

 

 

「イリーナ号中破。離脱を求めています」

 

 

「許可します。場合によっては乗員だけでも生かしなさい」

 

 

旗艦の甲板に立ちながら、戦況に対して正しき手段を講じる。海賊の船はもはや三隻しか無い。今にも沈むのを待つ船が何隻も周囲にあるが、それに関しては放っておく。

 

 

問題は、生き残った三隻だ。恐らく海賊船団の中でも近衛であり旗艦であろう大型のガレー船は、味方を多く失ったというのにまだ降伏もしていない。

 

 

当然だ。ここからの逆転は場合によっては可能なのだから。

 

 

海竜は、恐ろしき速度でこちらの船に体当たりをかましては、多くの船を沈没させていって、また敵味方の区別もなく海に落ちた人間を食っては、その血液が海を真っ赤に染めていった。

 

 

竜技『天地撃ち崩す灼砕の爪』を当てられれば、竜などものの数ではない。しかし当てるには確実に水面に出てきた瞬間を狙うしかない。

 

 

そしてそれを打つのに何も容赦しない場所。つまりは味方の船以外の船に食らいついた瞬間に放つ。

 

 

頑張っても『二発』が限度なのだから、無駄打ちは出来ない。仮に「通電」したとしても、その瞬間に水深いところまで潜り込まれては、完全なる勝利は得られまい。

 

 

思案している最中にも、また一隻の船が海竜の突撃を受けた。こちらから右斜め上というところに位置していた船。そこに首を突っ込んだまま動けなくなる海竜を見て好機と見る。

 

 

先ずは一匹を処理する。船首に乗りながら、雷渦と呼ばれる鞭を振り上げる。

 

 

一つから九つに分かたれた鞭身は、それぞれが雷光に染まる。そして、味方の船に当てずに雷撃を海竜に当てる。

 

 

その瞬間は――――――。

 

 

(首を出した瞬間。放された魚が、水に潜ろうとする刹那の時に)

 

 

『天地撃ち崩す灼砕の爪』(グロン・ラズルガ)!!!」

 

 

まともに食らえば何百年と生きる大木一つを真っ二つに出来る雷光、雷撃が再び海に潜ろうとした海竜を撃った。

 

 

海面に流れる落雷は、何度も拡散収束を起こし、その度に海竜を襲う。確実に攻撃は入ったはず。だというのに―――――。

 

 

海竜に入ろうとしていた落雷は、まさに雲散霧消という言葉が似合うように、かき消された。

 

 

内心の驚愕を言葉に出すことはしないが、それでも現象の不可解さに顔が変化する。どういうことなのか分からないが、あの海竜には何かがある。

 

 

竜技を相殺する何かが、あの海竜にはある。そして見ると、その竜には首輪と鎖が括り付けられていた。

 

 

まるで馬に装備させる騎馬鎧(クリバナリウス)のようなそれを見て、これこそが正体なのだと、直観する。

 

 

だが、それを知ったところで、どうにか出来るわけではない。逆に絶望感が増しただけであった。

 

 

三匹の海竜は羊の群れに飛び込んだ狼の如く次なる獲物を求めて周囲を泳いでいる。水面に突き出た背びれでどこにいるかが分かるのだ。

 

 

唇を血が滲むほどに噛みしめながら撤退という言葉が出かけた所に更に追い打ちをかけるかのように、全員が絶望する事態が起きた。

 

 

雲がかかり陽が隠れた。と錯覚してしまうほどに大きなものが旗艦の上空に現れた。四十チェート程度の朱色の鱗を持った竜が現れた。

 

 

船員の何人かが神に祈っていたが、然もありなん。それは当然だ。

 

 

しかし――――その朱色の竜の背中には三人の男女が乗っており、背中からこちらの甲板に降り立つ。

 

 

見事な着地を見せつつも警戒は解かないでおくが、現れた人間は―――とりあえず援軍と呼んで差し支えないだろう。

 

 

「手こずっているようなので援軍にきたんだぎゃっ!!」

 

 

降り立った人間の内、男が―――真面目な顔で話しかけてきたのに、それが中断されたのは、男の頭に朱色の竜が乗りかかってきたからだ。

 

 

流石の竜殺しでもこのような不意打ちには弱いのか、意外な一面を見つつもその朱色の竜が見る見るうちに幼竜の体躯へと戻ってしまった。

 

 

甲板に倒れこんだ英雄は、起き上がりながら幼竜を抱き上げて、大鎌を携えた女に預ける。大鎌を携えた女は「あんまりパパの頭に乗っちゃダメですよ」などと幼竜を嗜めている。

 

 

その言葉に怪訝な思いを起こしながらも、目の前の男と連合相手の女はこちらに話しかけてきた。

 

 

「中々に手こずっているようだから助けに来たよ。流石に海竜相手に、君一人じゃ荷が勝ちすぎるだろ?」

 

 

「……それならば、あなた達が旗艦を襲えば良かったのでは?」

 

 

海賊船から響く笛の音のようなものは多分、竜を操っているものの正体だ。それを察していないわけではないだろう。

 

 

「なるほどお前たちルヴ-シュ軍を囮にした上で俺たちが施術者を倒すか。中々に斬新なアイデアだが……そういうのは俺は好かん」

 

 

「僕もだ。だからこうして、海竜を倒すためにやってきた」

 

 

「それで何か策はあるのかしら? 東方剣士」

 

 

アレクサンドラと共に前に進み出たカタナ持ちの剣士に聞き返すと彼は、首肯をしてから話し始める。

 

 

「君も同じことを考えていると見えるが話す。とりあえず空船を利用する。空の船ならばどんなことになっても構わない。それが海賊の損傷深いものだったらば構わない」

 

 

空船に――――目立つ「敵」を見させたうえで、おびき寄せる。その上で、火薬や可燃性の気体、粉塵などを充満させて火を点ける。

 

 

体当たりをかましてくるとしてもまだ「水素」を充満させられれば、水素爆発は可能だ。というリョウの意見に全員が瞠目する。

 

 

「つまり船自体を大きな……焼き釜にするというのですか……?」

 

 

「そんなところだ。ただ体当たりの威力次第では沈没させられる可能性は高いからな。出来るだけ手練れだけで動きたい。その他の人員は、火点けの役目として後方から火砲をぶっ放せ」

 

 

「馬鹿げてるわ……そんなことが本当に出来ると思っていますの?」

 

 

エリザヴェータとしては、そこまで乱暴な手立てを考えていなかった。無論、損傷を考えずに戦うために沈没させずに足場として残していたのはあるが、まさか船を投網にしたうえでそのまま焼き殺すなど「技術的」に不可能だ。

 

 

「出来るか出来ないかじゃないな。やるかやらないか。全員あの海蛇の腹に収まるか全員が五体満足で納まるかだ。決断するしないは戦姫エリザヴェータ・フォミナ。あなたに委ねる」

 

 

百か零か。

 

とんでもないことを行う英雄の発言に、戦姫エリザヴェータを始め全員が不安を覚え―――はしなかった。

 

 

「戦姫様やりましょう。仮にサカガミ卿が、旗艦を叩いたとしてもそれはもはや目の前の現状を、変える手立てではないと思います」

 

 

仮に施術者を倒して操っているものを崩したとしてもそれで現状が変わる可能性は分からないのだ。

 

 

場合によっては誰にも操れない人食いの暴虐竜がこの海域にて暴威を振るうかもしれない。一番の脅威を叩くことで、打開する。

 

 

それを進言したカテリーナ号にて戦いを共にした騎士の一人は進言した。その結果、自分が打擲を食らい死んだとしても構わない。

 

 

その位に、意思を込めた言葉を聞きながら勝算が無いわけではない。相手はこちらの竜技を無効化するものを持っているのだ。ならば、人間の英知によって全てを決した方がいいだろう。

 

 

「……分かりました。その提案お受けします。ですが私はあなたを全面的に信用しているわけではありません。信用させたければ――――行動で示しなさい」

 

 

「何の真似か……なんては聞かない。ただ一太刀で済んだらば、その時は―――こちらの提案全面的に受け入れてもらうぞ」

 

 

言うと同時にエリザヴェータは竜具を腰に差してから、隣にいた女性から長剣を受け取り抜き払う。

 

 

逆にリョウは己の剣を飛んでいる幼竜に預けた。

 

 

「舐めているんですか?」

 

 

「いいから何でも打ってこい。時間が無いんだからな」

 

 

無手となったリョウ・サカガミの姿。どう考えても一太刀では終わるまい。もしくは拳闘によって戦姫を昏倒させる腹なのかもしれないが、それにしては構えも取っていない。

 

 

半分は戦姫への気遣いと半分は目の前の勇者のその常人離れした術法を見れるのではないかという期待。

 

 

それらを思いながらも、状況は動いた。身長に差があるというにも関わらずエリザヴェータが放ったのは上段からの振りおろしだった。相手を兜ごと叩き割るほどの斬撃の程は、疾風にして大打のもの。

 

 

振り下ろされる長剣。それを前にして手が伸びた。盛大な音が響く、振り下ろしの際にエリザヴェータが移動した甲板がしたたかに叩かれた音。

 

 

その後に響く―――甲高い金属音。振り下ろした剣身が半ばから無くなり、肉を切り裂くことも骨を砕くこともなく甲板が叩かれた。

 

 

半分の剣身は、リョウの手元にあった。掌に収まる血に濡れたそれを驚愕の眼でエリザヴェータは見上げた。

 

 

「我が国に伝わる「活人剣術」の秘奥、「白刃取り」の極みの一つ「白刃断ち」力任せでは至れぬ術理。如何かな戦姫エリザヴェータ・フォミナ?」

 

 

勝鬨を上げるでもなく淡々と技の理を話すリョウ・サカガミを前に、エリザヴェータは敗北を悟る。

 

 

例え、こちらが竜具を使ったとしてもこの男は勝利を獲れる。そんな想像は夢想では終わるまい。

 

 

「リョウ!!!」

 

 

「問題ないよ。剣を握るのにこのぐらいの傷。支障は無い」

 

 

同じく淡々と心配して駆けつけたヴァレンティナに言いながら、己に御稜威を掛けて治癒を施す。

 

 

正直、強がりではあった。本来ならば技としてはこちらも無傷で済むところであったのだが、予想外の膂力を感じて刃が掌に食い込みながらも一刹那の内に砕いた。

 

 

今の怪力を見るに竜具による付加効果以外を感じるが、それ以上は特に何も言わない。

 

 

己の驕慢で怪我を負ったのだから内心での自戒はしておくが。

 

 

「戦姫様、空の船にサカガミ殿が言う準備は済ませました。如何なさいますか?」

 

 

「予定通りに、ナウム。あなたが退却の指揮をしてください。私と―――リョウ・サカガミとで囮の役目をさせてもらいます。よろしいですね?」

 

 

「是非もない」

 

 

短時間の決闘の間にもルヴ-シュ軍は、リョウの指示を実行していた。そしてエリザヴェータも目の前の剣士の提案を受け入れた。

 

 

「……あなたは何故、ここまでしてくれるのですか?」

 

 

「見捨ててほしいのか? それとも本当に協力はいらなかったか? 俺は俺の出来る範囲のことをあえてやらないほど意地の悪い人間じゃあない」

 

 

怪訝な顔をするエリザヴェータに対して、本当に余計な手出しだったかとも思うが、だがその一方で本当に断らない辺り、人格的にはいい子なんだろう。

 

 

特に我儘を言われたわけでもない。何が何でも自分だけでこなそうという気概は買うが、それでも現実を直視出来るようだ。

 

 

「余計な事だけど君が色々と秘密にしていたせいで、こっちも苦労させられた。何でもかんでも自分ひとりでやろうという気概は、この場においては失策だよ。力を貸してほしければちゃんと言う。手伝ってほしければ差しのべられた手を取る。でなければいざという時にだれも助けてくれない」

 

 

「ちなみに聞きますけど、あなたにも苦手なこととかあるんですの?」

 

 

「弓は大の苦手、不得手とか優しく言える類じゃない。だからここから海賊船長の額を打ち抜けと言われても無理だな」

 

 

「近づけても四百アルシン―――それが出来る『人間』もそうそういませんけれど……、その顔から察して嘘では無さそうですね」

 

 

今の自分はとても人には見せられない顔をしているに違いない。子供の頃からの色々な苦い思い出が頭を過ぎて、苦虫が千匹いても足りない。

 

 

そうして軽い話をしながら海竜の動きを誘導しつつ、後方に避難船が移動していく様を見てから――――、即座に動き出す準備をする。

 

 

ルヴ-シュ軍が仕込んでくれた「爆雷」の一つ目は、先程体当たりをかまされた味方の船の船首から斜め上に存在していた。ここからは百五十アルシンと言った所か。

 

 

「ティナ、いざという時には頼む。俺よりもルヴ-シュの兵士達を」

 

 

「ええ。御武運を、その後でしたら迎えに行ってもいいですよね?」

 

 

微笑を少しだけ零してから、足場を使って飛んでいく。海竜―――というよりも、海賊達は、戦姫二人と剣士一人が移動していく様子を見たらしく、吹かれる笛の音の音に従い並走してくる。

 

 

ここまで思惑通りに行くとは、思わなかった。その間にもマルガリータ号は、移動していく。三隻の船が精一杯漕ぎ出されていく。

 

 

足の早いガレー船が、予定通り動いていく。海賊船には既に矢玉も何もかも無くなっているのだろうか、投擲兵器の一つも飛来しなかった。

 

 

「損失を埋められるかしら……」

 

 

走りながら少し嘆くようなエリザヴェータの声を聞く。それも仕方あるまい。このままいけば計「四隻」の軍船が藻屑と消えるのだ。

 

 

答えずにまずは最初の船に辿り着く。既に無人になっており、人の気配は無いが硫黄の匂いが鼻を突く。

 

 

ここから先は―――釣りをするようだ。釣り針はリョウ、釣り糸は戦姫エリザヴェータ、そして釣り上げた後の「締め」はサーシャに任せる。

 

 

「―――来たぞ。手筈通りに」

 

 

緊張感からなのか、誰かの唾を飲む音が聞こえた。もしかしたらば自分かもしれないとしながらも、リョウはやってきたガレー船と海竜の位置を測ってから、海面に飛び込んだ。

 

 

真下に、蒼鱗の生物を見ながら、丁度首の付け根にクサナギノツルギを突きたてた。一撃では斬れない。剣の半分も埋まらないが、確かな肉を切り裂く感触。

 

 

痛苦に身を捩ろうとした海竜の身体に黒鞭が纏わりついた。その黒鞭が雷撃を発すると、傷口からの電気に昏倒したのか抵抗が無くなる。このまま切り裂ければいいのだろうが、先程の竜技の不発を遠くから見ていただけに、そこまで冒険は出来ない。

 

 

サーシャとの共鳴技も、海の中にまで通じるか分からぬし、発動するかも不明だ。確実な死を与えるためにも。

 

 

「引っ張れ!!!」

 

 

指示をすると同時に、海竜の身体が海面から持ち上げられる。しかし、持ち上げるといってもそれを甲板までは無理だ。

 

 

船の内部に収めるためにも、船腹に風穴を開ける。海竜全ての身体を寸分違わず入れられる穴を空ける。

 

 

首から尾までの穴を空けて船の中に収める。ここでその穴をふさぐためにも、足の早いガレー船を横付けするというのが、この作戦の要だが、その前に自分としても出来るだけのことをする。

 

 

斬った船の木材―――確かな形を保ったままのそれを再び―――ガレー船に嵌め込んだ。

 

 

(『戻し斬り』―――試してみるもんだな)

 

 

斬るも戻すも決して楽な作業ではなかったが、先程までの作戦よりは、確実性が増したと思いながら、船に爪を引っ掻けて、甲板まで飛び戻る。

 

 

「相も変わらず非常識な剣腕だね。けれど確実性は増した」

 

 

言い終わりと同時に、サーシャはメインマストに火を着けて更に甲板全てに炎を走らせていく。

 

 

同時に、次の爆雷船に向けて走った時に、ルヴ-シュ軍のガレー船が横付けさせられた。

 

 

瞬間。四つの燃える鉄球が、爆雷船を直撃すると同時に――――強烈な爆風が自分たちを襲った。断末魔の絶叫が火爆ぜる中でも聞こえて、その海面で燃える炎から血の紅が広がっていき、竜の首が水死体として浮かんだ。

 

 

「上手くいったが……威力が過剰すぎたか」

 

 

「ルヴ-シュ軍の人間達も無事なようだ……爆発に巻き込まれる前に海に飛び込んだり、ヴァレンティナの転移で逃げたようだしね」

 

 

「海竜はこっちに向かっている。この調子でいければいいんだけど―――そうなるよなぁ」

 

 

海賊も馬鹿ではない。今度は片方の舷側ではなく両側から襲わせるような指示を出している。

 

 

正直言えば、それでも始末出来そうだが、少しばかり難儀しそうだ。

 

 

そして―――今度こそ犠牲が出るだろう。

 

 

作戦の要である三人が三人ともそう認識した後に、エリザヴェータ・フォミナは、一度だけ眼を伏せてから、こちらに向き直って、決然とした面持ちで言ってきた。

 

 

「……ここまでやってくれれば、もう十分です。ありがとうございました戦姫アレクサンドラ・アルシャーヴィン、ヤーファの剣士リョウ・サカガミ、不才の身である私にしてくれたこの御恩、生涯忘れません!!!」

 

 

言うと同時に振るわれる雷渦ヴァリツァイフの一撃が船を二つに分けた。この船に爆雷は無かったが何かの引火物があったのか、二つに分けられた船の境界で炎の壁が、出来て自分たちと戦姫エリザヴェータを分かつ。

 

 

それはまるで、冥府に流れる河の境界にも思えて、あの雷の戦姫が何をやろうとしているのかが、分かる。

 

 

「アントニーナ号及びペトルーシュカ号の船員に伝えます!!! 必ずやレグニーツァの戦姫とヤーファの剣士を無事に陸に送り届けなさい。これは厳命です!! 私は、海竜に決戦を挑みます!!! その後は後詰のビドゴーシュ公爵の指示に従いなさい!!」

 

 

声を張り上げて、言いきったエリザヴェータ・フォミナは出来上がっていた爆雷船への道を飛んでいく。

 

 

瞬間、完全に真っ二つになった足場の船から横に並列していたガレー船。どっちがアントニーナ号でペトルーシュカ号か分からぬそれにサーシャと共に、乗り込む。

 

 

甲板に降り立つと同時に、一人の戦士が進み出て己の名と船の名前を告げた。

 

 

「ペトルーシュカ号の船長、セルゲイ・ディアギレフです。只今よりこの船は、反転をしてルヴ-シュ沿岸、もしくはレグニ」

 

 

「待ってくれ。あんな命令を唯々諾々と受けるのか?」

 

 

セルゲイの言葉を途中で遮りながら、言い募る。こちらの言葉に少しばかり、眉根を動かしながらもセルゲイ船長は語る。

 

 

「戦姫様のご命令です。何より厳命なのですから従う他ありません」

 

 

「ふざけるな。お前たちは主の命令ならば死ねと言われればそれに従うのか? 犬になれと言われれば犬になるのか? それが臣としての態度か? 答えろ!」

 

 

「……現状、これが一番の策でしょう。戦姫様が海竜二匹を始末した後に我々が本拠を叩くのが……エリザヴェータ様がこの作戦の前に言っていたことです」

 

 

「その際に出るだろう死者と生者の勘定の中に自分を入れなかったのか?」

 

 

「はい。それこそが我々が本来承っていた命令です」

 

 

櫂を漕がずに前へ向かおうともしないペトルーシュカ号とは反対に雷の戦姫は海面に浮かぶ木材なども利用し、時に鞭をロープとして使うことでどんどん進んでいく。

 

 

二隻目をもう少し近場に設定しておくんだったという後悔をしつつ、唇を噛みしめてその姿を見ているセルゲイの姿を見てから、声が掛けられる。

 

 

「ヴァレンティナの転移による救出はまだかかる。どうするんだい?」

 

 

「敵の眼を欺く。海賊共もこっちの動きを分かっているから竜をこちらに向けていない……だったらその後で、『馬鹿』を連れ戻すことぐらい容易い」

 

 

「どうやって? もう五百アルシンの距離があるんだよ?」

 

 

確かに初動が遅れたことで、もはや彼女との距離はかなり離れている。背水の陣のつもりか自分の渡った通路を砕いていく戦姫の様を見て、ならばやるべきことは一つだと思う。

 

 

「泳ぐ――――」

 

 

 

一言で斬り捨てたこちらの言葉に、全員が呆然としたのにも構わずリョウは、海に飛び込んで遠泳を開始することにした。

 

 

 


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