鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「煌炎の朧姫Ⅲ(後章)」副題「初めての共同作業」

 

 

 

そんなレグニーツァ軍の姿は、やっとのことで残敵を掃討し終えたエリザヴェータの眼にも入り込んできた。

 

ルヴ-シュ軍の配置に入り込む前に中央を見ると一隻の船の甲板において、アレクサンドラとヴァレンティナの姿を確認する。

 

 

炎の軌跡を双剣で刻み付け亡者を殺して、残像の軌跡だけをそこに後ろに回り込んだ大鎌が首を跳ね飛ばす。

 

 

戦姫二人の戦いは予想通りでありながらも、予想外だった。どっちも病弱という話であったが、そんな話は嘘だと言わんばかりに戦姫としての役目を果たしている。

 

 

そしてそれ以上に予想外であり、予想を超えた存在の姿を見た。

 

 

西方で使われている剣とは違う得物を振るう剣士。遠くから見てもその技法が、周りより頭一つ追い抜いていることが分かる。

 

 

例えば――――三体の亡者の死体が前にいる。立ち位置も一列というわけではない。しかし、それが一刀の下に斬り伏せられる。

 

 

三体同時にだ。走りながらの斬撃。しかし接近する剣士に対して得物を突きだした時点でほぼ一列となってそこで、真一文字に剣の軌跡が描かれた。

 

 

武器の威力もそうだが、それ以前にそのような誘いを掛けて亡者の意気を釣っていたのだ。

 

 

かつてイルダーに武芸を教えられていなければ、エリザヴェータには、それが分からなかっただろう。それぐらい見事、コロシアムであれば拍手喝采を送りたくなるほどの剣士である。

 

 

亡者の三体を斬り捨てた剣士―――リョウ・サカガミは、そのままの勢いで、戦斧を振り下ろしてきた相手に斬りかかる。

 

 

戦斧と刀がぶつかろうかという軌道だが―――その軌道が変化をした、いや加速をして亡者の肘を叩き打つ。足さばきを早めて剣速を上げたのだ。

 

 

(エレオノーラと同等……? もしかしたらば――――)

 

 

それ以上かという思いで見ていると亡者の手から離れた戦斧に構わず、返す―――「カタナ」で胸郭を斬る。

 

 

既に還った亡者。しかし斧だけは現世に留まり、それを足元で蹴り集まりつつあった亡者の足元にやると意識がそちらに向いた。

 

 

その時には、背中に担ぐように構えて弓で狙いを付けるかのように指で何かを測った後に一回転するかのような斬撃が周囲の亡者を斬った。

 

 

「―――状況はどうなっているのですか?」

 

 

「はい。現在ルヴ-シュ軍にも―――亡者の軍勢がやってきていますが、この火の粉によって我らは亡者と戦えております」

 

 

「優勢なんですか?」

 

 

「少なくとも絶望的な戦いを演じているわけではありませんな」

 

 

副官であるナウムに各船団の状況を教えてもらうと同時に、あの中央の戦場が一番の激戦だという確証を持つ。しかし海竜がいるという本隊を強襲するということも出来る。

 

 

海竜三体を倒すのに、少なくとも竜技三発は必要だろう。幾ら病身がそれなりに回復したとはいえ、サーシャをこれ以上消耗させるのは不味いだろう。

 

 

「戦姫様、何を考えていらっしゃいますかは、恐れながら察せられますが、亡者の相手を彼らに任せて我らは本隊を叩かねば片手落ちになる可能性もあります」

 

 

「つまり私に必死で戦っている戦士を見捨てて、戦果の横取りをしろと?」

 

 

「有体に言えば、亡者の軍団は恐らく控えているでしょうし、まだ生きている人間による船を叩く方が我々の使命でしょう」

 

 

確かにあれだけ色々と約定に難癖をつけて、しかも実際は自分たちが主力を務めたわけでもないのだ。

 

 

海賊船残り三十隻近くを撃滅する。

 

 

「竜に対する対処はありますか?」

 

 

「海賊船から奪った火砲と投石器、それらを用いれば何とかなるかと、時間稼ぎ程度ですが」

 

 

「―――分かりました。ではルヴ-シュ船団をレグニーツァ軍から引き離します。その上で本隊を叩きます」

 

 

これもまた失敗したならば、自分は無能という誹りを受けるだろう。けれども構わない。兵士さえ生きていてくれれば、ルヴ-シュ軍はどうともなる。

 

 

いざとなれば竜技の連発使用も辞さない。

 

その結果、自分が死んだとしても――――。エリザヴェータ・フォミナの決意は、一方的に対抗意識を燃やされている剣士にとっては、『馬鹿』と罵ってやりたくなるほどに的外れなものだった。

 

 

 

 

 

†  †  †  †

 

 

 

「ルヴ-シュ軍、本隊に向けて走っていきます」

 

 

「戦場から逃げ出したわけじゃないんだ。彼らに本隊を任せろ!」

 

 

伝令の言葉を受けながらサーシャは、怒り交じりに亡者の首を跳ね飛ばす。しかしながらどれだけ亡者の軍勢を組織してきたのか少しばかり嫌気が差してくる。

 

 

(死んでも尚、安息を与えさせない。こんな人の道を外れた行いが許されていいものか……)

 

 

奥歯を知らずに噛みしめる。嫌気が差してくるのは、それ以上に死者を冒涜するような真似を平然としてくるからだ。

 

 

遠くの国ではこんなことが許されているのかもしれないが、少なくともジスタートもといアレクサンドラ・アルシャーヴィンの価値観からすれば断じて許せない悪行であった。

 

 

死を身近に感じてきた人生だった。そうだからこそ、どんなものであれ死んでしまえば、その後は安らげるものだと思いたかった。

 

 

例え苦痛を一身に感じながらの死であったとしても、誰にも死んだあとまで己のことを利用されるなど堪ったものではない。

 

 

サーシャのそんな内心の激情に反応したのかバルグレンが赤と黄の炎の勢いを上げる。それと同時に―――、ルヴ-シュ本隊を避ける形で、三隻ほどの死霊船が竜に曳かれてやってくる。

 

 

「まだ来るというのか……! やつらはティル・ナ・ファとでも契約を結んだのか!?」

 

 

邪教の徒―――という考えが、さすがのレグニーツァ軍にも絶望を与えつつある。必死に放たれた弩や弓が死霊の船に吸い込まれていくが、生きている人間がいないので、あまり効果は無い。

 

 

「戦姫様、亀甲号は終わりです。後方の旗艦へとお下がりを」

 

 

「駄目だ。このままじゃ亡者の群れにみんなやられてしまう。ここで退けば後は押し込まれるだけなんだ」

 

 

もはや亀甲号には衝角による沈没を待つのみだ。如何に亡者だけとはいえ船体の体当たりを何発も食らって無事なわけが無かった。

 

 

そしてやってくる死霊の船は三隻。体当たりはかませないだろうが、後ろからの追突で、亀甲号は沈没するだろう。そしてその後は、空いたスペースを利用して亡者達は右翼・中央のレグニーツァの兵士達に襲いかかる。

 

 

言うなれば亀甲号はこれまで、蛮夷の侵入を防いでいた砦の役目を果たしていたのだ。如何に、様々な要素があったとしても被害は拡大する。

 

 

「船員及び傷病兵達は後ろに下がらせているね。それをしつつ順次、みんなも下がってくれ。殿は僕が務める」

 

 

「それはなりません。総指揮官が下がらないなどこの後の指揮をどうするのですか? 身を大事にしてください」

 

 

「分かっている。けれども僕の代わりはいずれ現れてもみんなの代わりはいないいたっ!!」

 

 

「失礼、正直聞いていてあまり気分が良くなかったので「でこピン」一つさせてもらった」

 

 

そんな自分の言葉を最後まで言わせてもらえなかったのは、傭兵でありながらも一角の傑物として知られる男だ。

 

 

悶絶してしまうぐらいの痛みに先程までの自分の決意も砕かれたような気すら起きてしまう。

 

 

「サカガミ殿、いくら卿が戦姫様のご友人とはいえ少し砕けすぎではないか?」

 

 

「こんな時に鼎の軽重を気にしてられるか、サーシャお前は自分の「私的」な考えでみんなを戦わせたくないとか考えているだろ。お前は―――多分、必殺の竜技で亡者の軍勢全てを焼き払おうとしていたんじゃないのか?」

 

 

「何で分かったんだ!?」

 

 

血相を変えた騎士の一人に瓢と答えながら、自分には真剣な声色で問うてくるリョウに驚きしかない。

 

 

「というわけでいざとなれば俺が責任を持ってこのお嬢さんを姫抱きで後方に連れて行くからお前たちは下がれ」

 

 

「殿をあなたも務めるのか?」

 

 

「それならば少しは安心できるだろ? ほらさっさと動け。今は小康状態だがすぐに戦闘なんだからな」

 

 

こちらの言葉を完全に信用したわけではないだろうが、サーシャが折れず、真っ先に退いてはくれないと分かっていただけに、全員が命令に従う。

 

 

従わないのはオルミュッツの戦神鎧を着こんだ精鋭十数名と、マトヴェイなどの有志たちだ。ティナとプラーミャは言わずもがなでここにいる。

 

 

「君たちは一番無謀な選択をしたんだぞ、分かっているのか?」

 

 

「無謀な選択結構。己の意思で選択出来ないのならば、無茶だと分かっていても困難な道を選ぶ」

 

 

暴虐の海賊達を退けるために村一つを捨てるなどという選択を強要されるぐらいならば、己で精一杯やってから諦めるのみだ。

 

 

万の軍に勝てないことが問題なのではない。万の軍に勝とうと思わないことが問題なのだ。

 

 

それは確かに無謀な選択かもしれない。けれども意思を示さなければ再び蹂躙されるさだめは変えられない。

 

 

「どんなに弱い生き物でも生きようとする意志が、強い生き物を怯ませる。そう俺は師匠から教えられた」

 

 

―――恐れを持つことは必要だ。だが恐れから逃げていては、ナニモノにも勝てない。

 

 

師であった男性の言葉を胸中で繰り返して、「九字」を唱える。

 

 

「お前が単純にあの亡者を敵と見れなくなるのは分かっていた。だが、それでも己の事を省みない戦いだけはしてくれるな」

 

 

「……何でリョウはそこまで言ってくれるんだ?」

 

 

「俺としては女の子にはどんな苦難に陥っても生きていてほしいんだ。自己犠牲を持ってほしくない」

 

 

特にサーシャは見ていると自分の母親を想起させる。だからこそ死んでほしくない。

 

 

そんな想いで言った言葉に対してサーシャは一度だけ顔を伏せてから、前を向いた。

 

 

「分かったよ。もう四の五の言わない。君が僕を助けたいならばその手を僕は掴む。死神の鎌が無慈悲に振り下ろされるならば、それを受け入れる。僕の無謀な選択に君達を巻き込むよ。それでいいんだね?」

 

 

先程とは違い少しだけ意気を取り戻したサーシャの宣言に全員が承諾を返す。

 

 

「ならば全員でやるべきことを伝える。まずはこの亀甲号に全ての亡者を曳きつける。そのままの状態で僕が竜具で巨大な炎を焚くことで亡者を一掃する。その前に――――こういうことを皆でやってくれ」

 

 

「やはり戦姫様が最後になりますか……?」

 

 

「すまない。大きな火種を点けるにはやはり僕が最後になるしかない。けれど―――僕を抱きかかえて安全な所まで連れてってくれるんだろ?」

 

 

「望みとあらば月まで送り届けてやってもいいぐらいだ……って、この辺には「輝夜」の逸話は無いんだったな」

 

 

微笑を浮かべた挑戦的な言葉に返した際のセリフがヤーファでしか通じないものだと気付いて失敗した感を覚える。

 

 

「生きる希望が湧いたよ。ヤーファのお伽噺、聞かせてもらうまで死ねないな」

 

 

言葉を最後に、伝えられた指示を全員が実行していく。亀甲号の油樽何本もを見つけた全員がそれにロープや要らない布きれを浸していく。

 

 

油で手が汚れながらも、構わずに十分に浸した後には、それに銛や大釣針などを結んでいく。リョウもまた一本のロープに熊手取り付けてからもう一本かなり長めのロープを油に浸す。

 

 

敵船が既に二百アルシンまで迫っている。しかしそれはそれで好機だ。

 

 

「急げ!!!」

 

 

騎士隊長の言葉に全員が用意したものを構えて投げるタイミングを測る。

 

 

リョウもまた亀甲号のメインマストの中ほどにに長ロープをしっかり巻きつけてから、柏手を叩き鷹を呼び出して、やるべきことを伝える。

 

 

長ロープの片方を加えて何処へと飛び去っていく。

 

 

そうして二百チェートまで迫ってきた時点で振りかぶって回していた引っ掻け道具を――――。

 

 

「放て!!!」

 

 

敵船に放った。船縁や甲板に突き立つそれらはしっかりとした張力を与えつつこちらとあちらを紐で繋げる。

 

 

亀甲号の左右に進出しつつあった二隻に凡そそれぞれ二十本近くのロープが掛かった。

 

 

全て油が滴っており、接近すれば弛んだロープが更に敵船の甲板を濡らすだろう。

 

 

そしてリョウの放った鷹は、亀甲号に追突してきた船のさらに後ろに突撃してきた敵船のメインマストにロープを巻きつけた。

 

 

器用なことをさせながら、全ては揃った。後は――――どれだけ大きな火種が出来てとどれだけ多くの死霊を呼び寄せられるかということだ。

 

 

「では始めるよ。突火槍列(プラムオーク)

 

 

確認した戦姫は亀甲号のメインマストの周囲で多くの火柱を出現させた。

それをきっかけにしたのか何なのか死霊達は、生きた人間がいる沈みゆく船に飛び掛かってきた。

 

 

「邪魔は!!」「させない!!」

 

 

リョウの剣とヴァレンティナの大鎌が、両舷から乗り込もうとしていた死者達を海洋に葬る。

 

 

しかし数は圧倒的であり、切り払えなかった箇所から死者達が乗り込んでくる。もはや天幕と化していた炎は無く自力による戦いのみが、この死者達を葬る手段だ。

 

 

精鋭二十数名は流石に、単騎でも死者と渡り合えている。その動きも一般兵士とは隔絶しているものがある。

 

 

戦神トリグラフの名に恥じぬものだ。ゆえに――――。

 

 

「サカガミ殿、オステローデの戦姫様、あなた方はアレクサンドラ様への最後の壁、近衛として付いていてくれ」

 

 

「でなければ我らがいる意味を疑われかねない」

 

 

「同感だな」

 

 

絶望的な状況でいながらも誰もが苦悩をにじませてはいない。まるで本懐だとでも言いたげな表情で笑い合っている。

 

 

この場で死ぬことは恥ではなく「誉れ」だ。亡者の軍団と戦う姫君の盾として死ぬことは騎士として英雄譚に焦がれるものとして戦わせろ。

 

 

そういう意識を感じさせる。

リョウ個人としては出来うるだけ死人を出したくないのだが、それでも男の意地を張らせろという意気を挫くことも出来ない。

 

 

何より状況は両舷だけでなく前方からも死者はやってくるのだ。サーシャの舞が終わるまではここを死守せねばならない。

 

 

三十人ほどの死者の群れが殺到してくる。最初の特攻船にいたのも含まれているのか、それは分からないが、それでも刃向うならば斬り捨てる。

 

 

(目を曳き付ける)

 

 

サーシャの邪魔だけはさせない。走りながら殺到する死者の群れとぶつかる前に、リョウは飛び上がっていた。

 

 

飛翔―――。そんな言葉が似合うぐらいにその姿は宙を歩んでいた。見えない足場を渡り切り、死者達の後ろにまで飛んだ時点で鞘から剣を抜き払い、滞空しながら五人の延髄を斬りおとす。

 

 

回るようにして剣劇が鮮やかに放たれる。

その回転力を利用しながら返す刀で、一人の首を刎ねた。

 

 

その時点で、ようやく宙から地へと足を着けるが、その時点ですら死者はこちらにやってくる。いや、もはやサーシャの方には目が向いていない。

 

 

引き寄せるという策は功を奏した。そしてこのまま包囲されるのは不味い。死者には同士討ちを考えるだけの気遣いなど無いのだから。

 

 

前方の敵を袈裟切りにして消滅させると同時に、回るような剣戟が後ろから迫ってきた相手の首を刎ねる。

 

 

()ッ!!」

 

 

呼気が、剣戟の音と同調する。平突きのそれは甲板を踏み抜くほどの踏込と共に放たれて死者の群れを吹き飛ばす。

 

 

その平突きを行った得物は、サーシャからもらった数打であり、死者の心臓を止めると共に、真っ二つに割れた。

 

 

(さらば)

 

 

一時だけの持ち主であったが、それでも別れを告げると同時に、鬼哭を抜き払う。

 

 

どこから打ち掛かられても斬りかかる姿勢を見せつつ、再び剣戟を放つ。一撃ごとに死者を殺していく。

 

 

どんな角度からも放たれる攻撃はさしもの死者でも難儀する。神流の剣客は、太刀の変化を要訣とした剣戟を放つ。

 

 

それは、「三速」を極める過程で習うものであり、それが出来なければ死ぬだけだ。

 

 

サーシャに殺到させなければいいのだ。俺が一番の強敵だと認識しろ。そう念じながら、攻撃を放つ。

 

 

そうしている内に、メインマストが燃え上がり巨大な炎の尖塔を作り上げる。

 

 

「今だ。全軍退却しろ」

 

 

声に従い死者との戦いを切り上げつつ、後退する。しかし背中は見せられない。こちらも戦闘を切り上げつつ、サーシャの側に寄るととんでもない熱気が伝わる。

 

 

「後は僕の竜技で最後の着火となる。それまでたの―――――――――」

 

 

油まみれのロープを伝い、炎がそれぞれの船に燃え移りながらも最大火炎を放つと言うサーシャの言葉が途切れた。

 

 

様子がおかしいと思うと同時に、彼女は胸の辺りを押さえていた。

 

 

瞬間、自分たちの「仲間」を感じたのか、それともただ単に「好機」と見たのかは分からないが、死者達の殺到が早まった。

 

 

押し込まれると感じて「風蛇剣」の斬撃を伸ばす。扇状の軌跡が拡大されて、安全圏が元の形になる。

 

 

しかし文字通り死体が死体を踏み越えてやってくるのだ。その安全圏が脅かされるのは即だ。

 

 

「まいったね。こんな時に……」

 

 

「下がれ。作戦は失敗だ」

 

 

短い進言に、彼女は顔を上げて苦笑で以て答える。

 

 

「駄目だよ。それだけは出来ない……押し込まれたら、皆が死んでしまう」

 

 

そうとは限らない。という言葉を吐くことは問題ない。しかしながら、この状態のサーシャを目にしてレグニーツァ軍が平静で戦えるだろうか。

 

 

そんな疑問が首をもたげながら、構えと警戒は解かないで前方を睨みつける。

 

 

「プラーミャの炎でならば」

 

 

「違うんだよヴァレンティナ。そうじゃないんだ。―――これは僕の誇りを賭けた戦いだ。邪魔しないでほしい」

 

 

同輩の意見を退けてサーシャは答える。

 

 

「僕は死ってものは、どんな人間にも訪れて然るべきものだと考えている。その人間の行状ってものを考えれば安らかなものとも考えたくないときもあるさ」

 

 

一回だけ言葉を切ってから彼女は言葉を吐き出す。その言葉の一言ごとに何かが鳴り響いている。サーシャの言葉を耳にしながらも遠くでそんな音が聞こえているように感じるのだ。

 

 

「けれども人間の善悪に関わらず。死ねば体一つ、魂一つのものが天上や冥府に赴く。だから――――その摂理を無視してこのような人間の尊厳を踏みにじるような外道の所業を許しておけないんだよ」

 

 

それこそが死を身近に感じながらも懸命に生きてきた戦姫、いや一人の乙女の儚い願いなのだとリョウが理解した時に――――朱色に光り輝く勾玉が懐から飛び出した。

 

 

輝きは殺到しようとしていた死者達を慄かせるに足るものであった。破邪の武器―――クサナギノツルギに自動的に、焔の勾玉が嵌め込まれた。

 

 

「これは……!」

 

 

「発動条件は……そういうことか!」

 

 

驚愕するサーシャとは対照的に、リョウにはこの武器が竜具と反応する条件を理解した。

 

 

しかし今回はヴァレンティナとの時とは少し違っていた。クサナギノツルギが焔を纏った二刀へと変化して、サーシャのバルグレンと対になり、そこから溢れ出した炎がサーシャが持っていた四魂のルビーと反応した。

 

 

四魂のルビーは、彼女の両手首、両足首に宝環となって装着された。そして彼女の顔色が健康なものへと変化を果たす。

 

 

「あら? プラーミャ?」

 

 

ヴァレンティナの少し驚くような声を聞きながらもサーシャとリョウの頭の中に響く声。

 

 

そして――――やれることが伝わる。頭に響く指示こそがこの窮地を脱する最後の手段だ。

 

 

サーシャとリョウ。お互いに交叉させていた双剣を勢いよく解き放つと、熱風が周囲に広がり亡者の群れにたたらを踏ませた。

 

 

そして、左右から円を描くように、丁度メインマストを軸として動いていく「時計針」のごとくリョウとサーシャは、双剣を絢爛豪華な舞扇の如く振るっていく。

 

 

亡者とて何もしていないわけではない。しかし彼らが動く度に、炎の壁が円形に放射状に広がっていく。攻撃と防御を兼ね備えた炎壁であり円壁の内部にて落葉の如く火の粉が舞い散る。

 

 

左右から丁度一周して元の位置に戻ると、安全圏であった場所は船の甲板殆どとなっていた。

 

 

しかし、もはや立ち位置は関係ない。炎の落葉の中でリョウからまず先に動いた。双剣の重ねから一振りの剣に戻すと同時に、天へと突き刺さんばかりに掲げる。

 

 

そしてサーシャもまた双剣を一振りの剣にして、天に掲げた。剣は巨大な炎の柱となり、天で混ざり合い一つの巨大な炎の珠を作り出して、リョウとサーシャの狭間に落ちる。

 

 

『火之夜藝速男神=火之炫毘古神』

 

 

お互いに神々の名前を詠みあげると同時に、その炎の珠に向けて剣を振り下ろした。

 

 

『終曲―――火之迦具土神』

 

 

炎の珠から巨大な光があふれ出る。その光は、熱であり火炎の放射でもあった。ロープを伝って極大の火炎が敵船に燃え広がり、降り注ぐ炎の弾が敵船を砕きながら焼いていく。

 

 

死者の全てはその炎に焼かれて、本当の意味で死んでいき解放されていく彼らの姿は全ての船から飛び立つ炎の鳥から察することが出来る。

 

 

瞬間、サーシャの思惑。全ての敵船を「延焼」させる以上の効果「誘爆」。爆散して沈んでいく敵船と――――今、現在の足場としている亀甲号。

 

 

本来ならば、この技は陸の上で放ち、絶対安全圏を作った上で、巨大な火炎で敵を焼き殺していく技なのだろう。

 

 

術者の周囲の敵諸共だが、足場の固さに対して技の威力が過ぎた。ティナの時と同じく昂揚していた精神状態から解放されると同時に、不味いという思いで、御稜威を唱えようとした時に、何かに襟を掴まれる感触。

 

 

同じくサーシャは、何かに巻きつかれて、捕えられていた。敵かと思ったが、その時には逡巡する間もなく彼らはどこかへと連れて行かれ――――その数秒後に亀甲号は二つに割れて沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「オルガちゃんは、何か食べられないものとかありますか?」

 

 

「いえ、お構いなく。特に好き嫌いは無いですし、スープ一杯、パン一切れでも――――」

 

 

「そうですか。では腕によりをかけて作らせていただきます。ティグル様、お客様とご一緒に少々お待ちを」

 

 

ツインテールのメイドはこちらの言を聞いてか聞かずか、一礼をして食堂から出て行った。

 

 

「すみません。ご迷惑をおかけして……」

 

 

「気にしないでくれ。この館には客が来ることなんてそんなに無いんだ。ティッタもアルサスの名誉の為に料理の腕を振るうことが出来て嬉しいんだろ」

 

 

こちらの恐縮した態度を解すように、微笑を浮かべながらそんな軽口を叩く。

 

 

着席した自分の椅子の体面にいる赤毛の若者。自分より二つか三つは上だろう男性。名をティグルヴルムド・ヴォルンと言いアルサスという領地を治める貴族と名乗った。

 

 

「ティッタも言っていたが果物でも食べながら繋いでいてくれ。こちらとしてもお客人にそこまで恐縮されっぱなしでは―――俺もつまみ食いが出来ない」

 

 

「それではいただきます……」

 

 

手本をするかのように皿のリンゴに手を伸ばしてこすってから食べるティグルに倣うように、こちらは葡萄を食べた。

 

 

一房食べ終わると同時に、ティグル(ここに来るまでに略称しか呼べなかった)もまたリンゴを芯だけ残して食べ終わった。

 

 

「ティグルは、何故私があんなことをしていたのか気にならないのか?」

 

 

「あんなことって山で原始の民のような生き方をしていたことか?」

 

 

「……そこはかとなくバカにされてる気がする」

 

 

「すまない。けれどまさか交通税を払いたくないとかいう理由で、山道を越境しようなんて少し考えが足りないじゃないか」

 

 

確かに、そういわれればその通りだ。しかしオルガとしてもその理由はあったのだ。ここアルサスと隣り合うジスタートの公国ライトメリッツは、自分としても足を向けるのもおこがましかったからだ。

 

 

有体に言えば、会わせる顔が無いのだ。だからこんな無茶な密入国のようなことをした。

 

 

「仮に、私がジスタートが放った「草」だったらどうなのだ。ジスタートと国境を接しているアルサスの内情を調べるためにそんなことをしていたかもしれない」

 

 

「だとしたらば俺はそのジスタートの「密偵(スカウト)」の実力と頭を疑うよ。この国においてアルサスという領地は辺境だ。中央の実情や内情を探るならばともかく、このアルサスから何かが得られることはない」

 

 

言いながらティグルは少しだけ悲しくなってきた。仮に目の前の童女がジスタートが放った「草」だとしたならば、それで自分はジスタートおそるるに足らずなどと中央に進言出来るかもしれないが、それすらもブリューヌを油断させるジスタートの策略かもしれない。

 

 

穿った見方、疑った見方をしていけば、きりがない。それならば、最初から自分の持ち物を少なくしていればいい。自分にとってはアルサスですら大きすぎる領地なのだ。

 

 

他の人々がどうだかは分からないが、ティグルとしては平穏な生活が続いていけばそれでいい。父の友人であるマスハスならば嘆くかもしれないが、それがティグルの価値観なのだから仕方ないのだ。

 

 

「ティグルには野心が無いのか……?」

 

 

「まだ世俗に明るくない時には、王権に近くなることを少しは求めていたよ。けれど遠すぎる。ここから―――ニースは」

 

 

「……ごめんなさい。変な事を言ってしまって。私は確かにジスタートの近くの生まれだ。こんなことをしているのは―――武者修行と見聞を広げるためなの」

 

 

相手の真実を引き出すために自分も胸襟を広げる必要があった。その為の本音での告白だったが、どうやらうまくいった。

 

 

「私もティグルと同じく責任ある立場だった。けれど私は、少しだけその責任が重すぎて、こうしている」

 

 

「そうか……」

 

 

オルガの話を聞いたその時点で、ティグルとしてはジスタートの貴族の子女なり騎士階級の姫という程度の認識でしかなかった。

 

 

持っている武器が外連味たっぷりな斧であったとはいえ、まさか音に聞こえしジスタートの『七戦姫』の内の一人であるなどとは夢にも思わなかった。

 

 

オルガもそこまで言えば流石のティグルも警戒してしまうかもしれないと思って、あえて言葉は伏せた。

 

 

何故、そうしたのかは明確に言葉に出来ない。

 

しかし自分と同じく若い身でそういった責任を何とかこなしている彼をもう少し見ていたいと思った。

 

 

だから―――ティグルと一緒に居たいがためにそんな風にしてしまった。

 

 

 

「私がブリューヌに来たのは、ある占いを受けたから」

 

 

「占い?」

 

 

少しばかり奇妙なとはいえ、ちょっとだけ興味を惹かれる単語であった。

 

マスハスもまた忘れたい思い出だとか言いながらもそういうものに凝っていたそうだが、彼女が語る内容は、どうにも「本物」を思わせてならない。

 

 

 

「オルガは、その占い師が語る「光」とやらを見つけるためにここまで?」

 

 

「うん。けれどもう見つけた」

 

 

首肯して目を輝かせながらこちらを見てくるオルガに、ティグルの表情は苦虫をかみつぶしたように変化をする。

 

 

「まさかと思うが、それは俺とか言わないよな?」

 

 

「間違いない。ティグルこそが私の悩みに回答をもたらして、更に私を導いてくれる光」

 

 

少しばかり鼻息荒くなっているオルガをどう宥めたものかと思う。だが追い返すのも悪い気もするし、何よりこのままいけば門前で首を縦に振るまで待っていそうな気すらある。

 

 

「私を―――配下に加えてください。護衛だろうが暗殺だろうが何でもします」

 

 

「いや俺の領地では将を募集はしていないんだ。それに戦争とかそういったことも殆ど無い」

 

 

しかしながら、中央に近くないティグルの耳にもある『二大貴族』が王権を狙おうと様々な後ろ暗いことをしていると入ってきている。

 

 

この二大と王権の三つ巴の戦いになる可能性を考えて、その際にアルサスがどういう立場になるか分からないのだ。

 

 

というティグルの真面目な考えとは裏腹にオルガは更に言葉を募って―――――。

 

 

「ならば、わ、私はまだ初潮を迎えたばかりだが、その……よ、夜伽の相手も務めさせてもらうから――――」

 

 

「そんなのダメに決まってるでしょうがっ!!!」

 

 

思わず吹き出してしまいそうになるぐらいに絶妙のタイミングで、ティッタが現れた。

 

 

片手にスープ皿を持ちながら、怒りの表情で轟音を上げながら扉を開けたのだ。

 

 

「ティッタ! いやその……これはだな……」

 

 

流石にこの幼なじみである侍女に、見損なわれたくないので言い訳をしようと思ったのだが。

 

 

「ティグル様の夜伽の相手は私が務めるんです!!」

 

 

「違うだろ! そこは怒るポイントじゃない」

 

 

頭が少し痛くなりつつも、幼なじみに言いながらオルガにフォローを求めるも、更におかしなことになってしまった。

 

 

「ティッタさんが調子悪い時でいいです。その時にご相手させてもらいます」

 

 

「それは……どういう意味だオルガ?」

 

 

「? ティグルとティッタさんはそういう仲じゃないのか? 貴族の子息が侍女を持つのは日常の世話といずれ来る伽の練習のためと聞いている」

 

 

半眼で問いかけたこちらにオルガはどこか偏見混じりながらも真実の一側面を突いた考えでいたようだ。

 

 

頭を乱暴に掻いてから、とりあえずそんな事は求めていないし、ティッタも自分で言ったことに対して赤くなっているので、慰める。

 

 

「仕方ないな。とりあえずティッタと同じく侍女として働いてくれ。無論……夜伽は無し。睡眠中の護衛も要らない。後は俺の領地経営は―――」

 

 

「教えてください。そして何よりあなたを見習って、私は今後のためにしたいんだ」

 

 

「……こんな小さい領地で、君の今後に関わるものがあるかどうかは知らないが、まぁいいか。それと呼び方は普通でいいよ。変に畏まらなくていいから」

 

 

他国の「姫」であるのならば関係としては対等なものなはずだ。中央にて自分があまり重視されていなくても彼女との関係は対等のはず。

 

 

「分かった。ならばこういう場ではティグルと呼ぶ。けれども公的な場ではヴォルン卿と呼ぶ」

 

 

「オルガの中で分別が着くのならばいいさ。では改めてよろしく。ティッタも色々頼むな」

 

 

「承知しました。ではオルガちゃん。調理場からパンを持ってきてくれるかな?」

 

 

「心得ました侍女長様」

 

 

少しだけおどけた返答をするオルガに微笑を零してから、気になり彼女を呼び止めた。一つだけ気がかりなことがあった。

 

 

「オルガ、君に占いをした人って誰なんだ?」

 

 

「ヤーファの男性です。名前は忘れてしまったけれども―――少しだけティグルに似ている気がした」

 

 

そうしてからオルガは、調理場へと赴き―――全ての用意された料理を両手に掲げて持ってこれる力持ちであることに驚いて、その「占い師」のことをティグルは忘却してしまった。

 

 

 

 

 

 


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