鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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何故だ。前回の更新では、後篇の方がアクセスの伸びがいい……!

まぁ副題が副題だからなー(苦笑)ただあまり期待しないでご覧なってください。


「煌炎の朧姫Ⅲ(前章)」

戦闘は散発的に行われているが、それでも圧倒的にこちらが優勢だ。

 

 

既に海賊共の数的有利は覆されている。旗艦による中央突破に端を発する火山噴火の如き攻撃で既に十隻打ち崩されていたのだから、その時点で大体同数にさせられていた。

 

更に言えば、レグニーツァ軍へと攻撃を集中させようと再編成している最中に、足止めしておいたルヴ-シュ軍が遂に果敢に戦いだしたのだから、海賊の焦りたるや察する。

 

 

「それを行ったのは、リョウなんだろうね」

 

 

「彼は何と言うかやはり英雄ですね……いや、私が言っているのは戦場における勘というものです」

 

 

「言いたいことは分かるよ。彼はどんなに困難でも戦うべきポイントを見誤っていない。海賊が強力な兵器を持っているならばそれをまず叩く」

 

 

えげつないものを最初に潰す。敵の強みをまず最初に叩く。何事でもそれが戦いの「軸」ならば、たとえどんなに困難でも目を逸らさずにそれを叩き潰す。

 

 

それがリョウ・サカガミが敵から恐れられ、味方からは英雄と称えられる所以なのだろう。

 

 

結果として、海賊は追いつめられている。既に四十前後の編成と化している。これはもはや戦力が半減したようなものだ。

 

 

だが―――――。

 

 

(再編成して、まだ戦う気か……)

 

 

敗走する構えでも見せるかと思えば、そんな気配は全くない。

 

中央突破の陣形ではない。

 

右翼十五隻、左翼十五隻。中央十隻前後の数の艦隊陣形を見ながら、どうしたものかと思う。

 

 

こちらも陣形を整えて海賊と真正面から相対している。

 

ここまでの戦いで火砲は十門壊れてしまった。

 

使いすぎが原因であると報告は受けており使えるものに火薬と砲弾と砲弾もどきを集中させても、残り十発が限度だとのこと。

 

 

「数的優位は、こちらにある……だが何でだ?」

 

 

パーヴェルは、隣接しているルヴ-シュ船団の長との合議に出ている。エリザヴェータは、数隻を率いて人質達を奪い返しに来ただろう五隻の船団を叩き潰している最中。

 

 

残りの軍団は、自分たちに従うようにと言って、彼女は自分たち連合軍の斜め後ろにて戦っている。

 

 

思考の坩堝に嵌っていて、平素ならば気付けたそれにその時だけは気付くのが少し遅れた。

 

 

怒号と喧騒の中でも何かが聞こえてきた。自分を愛称で呼ぶ声が―――、その声の方向は上からだった。振り仰ぐとそこには一人の男性が戸惑った様子の顔で――――落下していた。

 

 

あまりにも急なことで、どうにもこうにもならず間抜けな顔をしたままに彼を受け止めることとなったのだが、同時に彼も何とか受け身を取ろうとしたのだろうが、間の悪いことに、幼竜と女一人が彼に伸し掛かり結果として、自分はリョウに押し倒される格好となってしまった。

 

 

木板の甲板の丈夫さを実感しながらも、落ちてきた男性の意識の確認をする。

 

 

「リョウ大丈夫か……ひゃん!! ちょっ……ちょっと待っ―――」

 

 

「悪い。今退く―――」

 

 

その時になってようやく自分の手が掴んでいたものを認識したのか、至近距離の位置で彼の驚いた顔を見る。

 

 

「も、申し訳ないっていたいいたいたい! ちょっとティナ、エザンディスが俺の背中引っ掻いている!」

 

 

手の置きどころを変えようとした瞬間に、リョウの背中に乗っかっているヴァレンティナの竜具が丁度よく彼を制裁していたようだ。

 

 

しかし、それは反射的にもう一度彼に自分の―――胸を触らせる機会を与えたのだが、それでも立ち上がったリョウは、少し朦朧としているヴァレンティナを抱えながら自分に手を差し出してきた。

 

 

その手を掴みながら、最初に会った時の手だと思いつつも、この手が自分の胸を何回も揉んでいたのだと思うと何とも微妙な気持ちにさせられてから――――。

 

 

「君って結構助平だよね」

 

 

少しばかりイジワルを言いたくもなった。

 

 

「今のはどうしようもない事故だと思うんだけど……いや本当にごめん……」

 

 

怒りたいのに本格的に怒れない自分を認識する。これが惚れた弱みというやつなのだろうかとも思ってしまう。

 

 

「状況は?」

 

 

「海賊共も陣を整えている。散逸した敵船は分団で叩きのめしている」

 

 

その分団も五隻で二隻を叩きのめしているので、大勢は決している。にも関わらず―――何かがあるのか。

 

 

2ベルスタの距離を挟んで対峙しあう海賊とジスタート軍。海賊共の横っ腹にはヴァルタ大河があり、ここでジスタート水軍が出てきてくれれば戦闘は終了のはずだ。

 

 

「つまりは……まだ俺たちを倒すだけの秘策が黒髭海賊団にはあるということだ」

 

 

「火砲に新型投石器だけでないということかい?」

 

 

「でなければ逃げるしかないと思う」

 

 

そんなことを話していると、2ベルスタの距離を詰めようと海賊団が動いてきた。どちらにせよ―――やってくるならば、戦うだけだ。

 

 

「数はこっちが圧倒しているんだ。正面から受けて立つ」

 

 

サーシャが出した号令に従って、連合軍が動いていく。血で血を洗う戦い――――第二戦が始まる。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

前進を開始した連合軍―――、ティナの転移で飛ぶ前の場所であったルヴ-シュの戦姫の戦いの場を見てみると閃雷が迸って、五隻の海賊船の内の二隻が叩き潰された。

 

 

(あれがルヴ-シュの戦姫の持つ竜具の属性―――「雷」)

 

 

落雷が落ちた大木のように真っ二つにされた二隻の運命の後には三隻も怯んでしまう。威嚇としては最大の使い方だ。

 

なかなかに戦い慣れていると思うと同時に……何故、そこまで人質に拘ったのか、ふと気になる。

 

 

「情が深いのですよエリザヴェータは、だから困難なことでも少数を切り捨てたくないのでしょう」

 

 

「人間としては好感は持つが、為政者としてはどうなんだ?」

 

 

回復したティナがそんな風に言ってきて返すが、肩を竦めるのみ。突き詰めた話、人間の性分など立場で変わりはしないのだろう。

 

 

まぁ好感は持てる人物ではある。

 

 

そんなことを話しながらも2ベルスタの距離が詰まっていき、遂にお互いにそれぞれの長距離兵器が当たるという射程に入っていきつつある。

 

 

1ベルスタ無い―――900アルシンに至ろうとした瞬間、中央の突出していた三隻が速くなった。

 

 

「風が吹いた? 潮流かな?」

 

 

指を舐めて風の動きを確認するサーシャを見てから自分は単眼鏡で、900アルシンまで倍率を上げて、その船の動きを注視する。

 

 

正面からでは上手くは見えない。メインマストの上。物見の場所へと赴いて、覗き込むと―――船首に縄が括り付けられていた。

 

 

その縄の括り付けられているものは水中にいる。水中―――水面に何かが浮かぶのではないかと見ていると、甲冑魚号の火砲が中央に噴かれた。

 

 

狙いは―――更に速度を上げた船の動きによって外された。

 

 

その時だ。何か海蛇を大きくしたようなものが見えたのは。既知ではないがその正体に閃きが走る。マトヴェイによってレグニーツァに着くまでに聞かされた海の伝説。

 

 

海に住まう竜のことを……。

 

 

「サーシャ! あの船、竜によって曳かれてる!!」

 

 

「えっ?」

 

 

下にいるサーシャの呆然とした言葉の後には、つんざくような音と共に一匹の蒼鱗の竜が身をくねらせるように出てきた。

 

 

風雲昇り竜を思わせる登場ではあるが、神聖さが無いと思いながら、更に早くなっていく。

 

 

海竜(バダヴア)!!」

 

 

声は驚愕へと変わって、代わりに砲弾の音が響く。水面に出てきた竜を狙ってのものだが、いかんせん射角が合わない。

 

 

「竜じゃない。船の方を狙い打て!!」

 

 

サーシャの命令に従い、火砲と大弩、投石器の長距離兵器が雨霰と三隻に吸い込まれていく―――かと思われた。

 

 

しかしながら高速で複雑に動く物体には、照準を合わせきれずにその大半が海へと落ちて行った。

 

 

そして敵船の船首全てに巨大な槍や金属の銛が突き出ているのを見て、最初から特攻攻撃をするつもりなのだと理解する。

 

針鼠のように、棘だらけの海賊船の船首が旗艦にやってこようとする寸前に一隻の船が前に躍り出た。

 

 

―――盾になるつもりだと察したサーシャが、退くように声を上げるが、聞かずに正面からぶつかり合う。

 

 

他二隻も中央の護衛船に突撃を繰り出して三隻が拘束状態になる。

 

 

「すぐに三隻に増援を出せ。海竜がいるかもしれないから気を付けろ」

 

 

「いや、どうやら海賊船に戻っていく」

 

 

単眼鏡を覗く限りでは、海竜三匹が八百アルシンの辺りで停止した船団に戻っていく。

 

 

「俺の予想が正しければ、この攻撃は波状となってくるんじゃないかな」

 

 

「だが、こんな特攻攻撃なんかで何が変わる。あの船に火薬などの燃焼物が大量にあったとしても無力化する手段なんていくらでもあるんだ」

 

 

確かに混戦になったとしても、こちらが数が多いのだ。別働隊を、海竜に構わず編成することも―――という思いは悲鳴の如き絶叫で霧散した。

 

 

「何だ?」

 

 

聞こえたのは正面の盾となった船からのものだ。どうにも剣呑すぎるそれを前にして、船首を足場に飛び移る。

 

 

船尾に辿り着くと怯えた表情をしているレグニーツァ軍の兵士の顔が、こちらに向けられる。

 

 

「何があった? 話せ」

 

 

「せ、戦姫様! 幽霊船です!! 悪霊の船が―――」

 

 

質問をしたのは、遅れてついてきたサーシャであり、要領を得ない回答を耳に入れつつも既にリョウは主戦場に眼を向けていた。

 

 

肌がひりつくような気配。久しく覚えていなかったそれは、「妖」の波動。いや、低級ながらもその手の「陰術」の匂いだ。

 

 

何かが叩き壊される音と共に、正体が分かる。船首から乗り込んできたそれは―――「屍」だった。

 

 

「死体が……動いている?」

 

 

サーシャの声を聞きながらも、リョウは走り出して、そのあらゆるところが既に死に体となっていた屍を切り捨てていた。

 

 

「胸糞悪いものを、まだ太陰は浮かんでいないんだぞ。なんで動ける」

 

 

刀の腐血を拭いながら、特攻船にいる屍兵の数を見る。数え切れなかった。

 

 

「リョウ、これは?」

 

 

「死体を兵士にする呪術といったところだ。目的は生者を亡者に変えて仲間を増やす。その為には、生前では出来なかった」

 

 

言葉が途中で途切れる。ぼろぼろの身体、骨すらも見えるそれでいながらも構わずに飛び掛かってきた。

 

 

通常の鍛えではあり得ない肉体の動き。上からの襲撃に対して、双剣と刀が閃き、死体の兵を返す。

 

 

「こんな超絶な動きすらもやってのけられるというわけだ。筋肉が通常以上に使えるんだから当然だ」

 

 

そして断裂を起こしたとしても、それはすぐさま「修復」される。まさに無限に死なない兵士だ。だが戦における最大の左道である。

 

 

「対策は?」

 

 

「一番には、徳の高い坊主の説法が有効なんだけど、ジスタートでは従軍司祭はいないんだろ」

 

 

「ヤーファではどうだか知らないけれど、ジスタートの神職の方々はそんなに「奇跡」を起こせないんだ」

 

 

「次善の策としては、銀製の武器で攻撃する。もしくは強烈な炎で火葬する」

 

 

その言葉を聞いていたのか後続の騎士団が伝令に戻っていく。恐らく右翼・左翼に突撃してきた船にも屍兵がいるのだろう。

 

 

「これは出し惜しみしている状況ではないのではリョウ」

 

 

自分の隣にて見上げながら言ってきたティナ。その表情はどこか面白がるかのようであり、秘密を知りあう関係ゆえのものであることは理解出来た。

 

 

だから反対隣のサーシャが不機嫌そうにしながらも応えて、御稜威を唱える。自分が正当の「弓」使いであるならば「祓い」の御稜威で一掃も出来たのだ。

 

 

「当然だ。プラーミャ。お前は転んだ死体や地に伏せた死体に炎を吹きかけてくれよ。サーシャ、お前の武器がこいつらには一番有効だ。刃の舞姫としての力。存分に見せつけてやれ」

 

 

必要なことを指示しながら、唱えた御稜威に従って一本の太刀が現れた。驚いた焔の戦姫に構わず、太陽にその剣を翳した。

 

 

「黄泉平坂より来たりし死霊たちよ! 高天原より来たりし戦神が振るいし、クサナギノツルギの輝きを恐れぬならばかかってこい!! 恐れ震えるならば死人は死人となりておとなしく帰るが良い!」

 

 

腹の底からの声。それに反応を示す屍兵、これ以上の被害を出さないためにも自分が囮となって引き付けなければならない。

 

 

奇声を上げてレグニーツァ騎士達を押しのけて自分に殺到する死体の兵士達を見ていても、リョウは怯んではいない。

 

 

(俺が万軍殺しの英雄などとタラードにまで言われた理由を存分に知ってからあの世で語れ!)

 

 

意思を込めて振るわれたクサナギノツルギが、緑色の軌跡を描くたびに死体は砂に還っていく。十人を斬り捨てるとすぐさま、五人の海賊(死体)が得物の長短バラバラながらも豪剣の勢いで振るってくる。

 

 

しかし振るう前に決着は着いていた。海賊の「斬打突」の前に、リョウは間合いを詰めて、得物の短い順から斬り捨てていた。

 

 

傍目には、真一文字に振るわれた剣戟程度にしか見えなかっただろうが、その実、細かな変化を付けて、相手の攻撃をすり抜けて打ち鳴らさずに殺したのだ。

 

 

(神流の剣客は絶対不敗、戦鬼―――「温羅」の敵であった妖魔にして「神」の一柱でもある存在に対抗するためにも作られた剣術なのだ)

 

 

再びそのような存在が現れた時のためにも、自分はこの剣術流派を修めてきたのだ。人の世にあってはならぬ力を始末するために。

 

 

次から次へと殺到する屍兵達を斬り捨てながらも動きは止めない。後ろに斬りかかってきた眼窩が窪んだのを「視ながら」斬り捨てようとした時に気配が消えた。

 

 

同時に自分の背後に現れた黒赤の衣服を身に纏った戦姫。彼女が目が無い死体を斬り捨てたのだ。

 

 

「手伝うよ。いくら君が万軍殺しの勇者だとしても手伝いは必要だろ?」

 

 

「嬉しいけれどもさ、その場合他に被害が出るんじゃないかな」

 

 

「ジスタートの兵士を舐めないでもらいたいね。倒し方さえ分かれば、後は実践するのみだ―――」

 

 

双剣を正面で交差させ、左右に振りぬいた。自分との練習の時にもやっていた技だが、威力は段違いだった。

 

死体一つを交叉斬撃で殺すと同時に、それが導火線の役割でも果たしたのか、火柱が数十本出来上がり、炎の範囲にいた死体達が火葬されていく。

 

 

灰と砂に還るそれを見てから、周りにも目を向けると確かに、自分の言ったことを正しく実践している。

 

 

松明を作り上げて、それで威嚇しながら、銀製の短剣で心臓を突き刺していく。一人では駄目だとしても二人、三人で組になり一匹の死体を確実に仕留めていく。

 

 

ティナはどうしているかといえば、身を低くして大鎌を円状に振るって死体の足を刈り取っていき、その円状の軌跡をなぞるようにプラーミャは、死体を炎上させていた。

 

 

「皆が戦っているんだ。君一人で何でも抱え込もうとしないで、僕―――私にもその重さを分けてほしいんだリョウ」

 

 

「ならば俺の背後は頼むよサーシャ」

 

 

「承知したよ。リョウ」

 

 

そうしてサーシャが自分の背後を守ってくれるという安心感を覚えながらも、彼女が炎ならば自分は風となりて、その浄化の炎を広げようと思い風の勾玉を柄尻に嵌め込む。

 

 

クサナギノツルギにとって一番相性がいいのはこの風の勾玉だ。乱風が一瞬巻き上がりながらも、それが刀身に纏わりつき風の刃となる。

 

 

踏み込みと同時に、屍兵の間合いの外から振るうと、生前に着ていた服が千切れてそこから破壊は始まり、最後には身体全てが砂へと変じていき風に攫われた。

 

 

「風蛇剣、こいつは問題児だ。主人が斬りたいときに斬れるのが名刀の意義だってのに」

 

 

こいつは一太刀浴びせると同時に、斬りつけたもの全てを塵芥へと変えてしまう。

 

 

「竜具に似た武器だとは思っていたが、風を操れるのか」

 

 

「使える属性は色々とあるが、今はこいつがいいだろうな」

 

 

先のことを考えると問題があるとはいえ、一太刀で済むことが出来る風が一番適している。

 

 

構えなおした剣を手にリョウとサーシャが前の屍兵達に斬りかかっていくと、それが号令であったかのように全ての兵士達が意気を上げて戦いを継続させていった。

 

 

†  †  †  †

 

 

「第二波を出せ。その後、立て続けに第三波をぶつけろ」

 

 

「―――フランシス船長、このままで勝てるんでしょうかい?」

 

 

「勝てる。今奴らは増え続ける死体の兵士達に手を煩わせているはずだ。そこに残った火砲船と油樽の投射でやつらを火炙りにしてやれ」

 

 

ここから見える限りでは船団全ては未知の恐怖に戦意を上げているが、それもそこまでだ。

 

 

戦姫は竜も殺せるそうだが、戦姫を抑え込むには無限に増える雑兵で疲労させることがいい。そうあの協力者である青年は言ってきた。

 

 

事実、竜を恐れて別働隊も動けないようだ。戦姫だけでなく多くの兵士達が疲労したところで、必殺の攻撃を食らわせる。

 

 

「……未確認の情報ですが、ジスタート軍には戦姫以外にもとんでもない戦士がいるということで、そいつが女共を救出しに来たという話ですが」

 

 

「アルフの船を落とした人間。誰であるか分かるか?」

 

 

フランシスもかつてはアスヴァ―ル王家に仕えていたが、エリオットとジャーメインの戦いに何も感じることが無く、国を捨てた。

 

 

王家に仕えていた頃、様々な英傑達の名を聞くことがあった。ジスタートと言えば七戦姫もそうだが、王家連理に連なる将器のもの「イルダー=クルーティス」も有名だ。

 

 

その他にも様々な将星のものたちがいる。そいつらがやってきたところで自分は勝てるだけの力があるはずだ。

 

 

だが、手下が言ってきた言葉に背筋に氷柱が入れ込まれたかのような緊張感に晒される。

それは本当の意味での『死神』の登場でもあったからだ。

 

 

「………確認したのか?」

 

 

「未確認だと言いました。しかしながら、東方の剣を携えた剣士が、船から船に飛んで行くのを何人かが目撃しておりやす」

 

 

そして飛び乗っていった船が海賊船であった場合は、容赦なく沈められていった。戦姫側の船であれば必ずや勝利をもたらしている。

 

 

大なり小なり尾鰭が付く戦士の逸話の中でも、その男だけは自分も見たことがある。

エリオット王子の陣営にいたころの話だ。

まだ少年と呼んでも差し支えないその戦士が一番槍となりて幾人もの戦士達を切り殺していた。

 

 

目が覚めるような蒼色の鎧、黒金色の縁取りが成されたそれが、真っ赤に染まるほどに少年は多くの兵士を切り殺していた。

 

 

タラードという将軍の指揮下において彼こそが最強の称号を得ており、一つの村を守るために襲い来る万もの海賊・兵士どもを斬り捨て、一人で守りきったなどという眉唾ながらも信じられる話もあった。

 

 

戦をするための鬼人。戦場の全てを死で塗り替える「戦鬼」(イクサオニ)という東方の化生の類をその剣士に見ていた。

 

 

「……命令変更だ。遅くてもいいから竜に第三波の死船も曳かせてぶつけろ、ぶつけるのは――――中央旗艦、金色と朱色の刃が交差した旗を掲げている船だ」

 

 

「承知しました」

 

 

あそこにあの竜殺しがいるという確証は無いが、あの騎士は総指揮官が危険に陥ると確実に守護をするために舞い戻るのだ。

 

 

事実、ジャーメイン配下の有力将軍を狙って、長弓部隊を差し向けたこともあったが、その闇より来る暗器のような武器から彼らを守ったのも、戦鬼だ。

 

 

「―――別働隊に備えて竜だけは手元に置いておく必要があるかもしれんな」

 

 

その考えはある意味では敗着の一手ではあったが、無理からぬ話だ。フランシスは読み間違えたわけではない。

 

 

ただ単に脅威に備えただけなのだから。しかし、その考えそのものが盤の対面にいる相手には敗着であっただけだ。

 

 

破滅の時は着々と近づいているのを知らせるかのようにフランシス・ドレイクが持つオーブが怪しく光り輝いてるのだった……。

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆

 

 

陽炎(オルトレスク)

 

 

姿が揺らめき、海に見える蜃気楼のようになったサーシャ。死人達がどのようにして自分たちを認識しているのかを確認するためであり、その上で、攻撃の為の算段であった。

 

 

死人達が戸惑う様子になるのを見ると、どうやら視覚で認識していたようだ。もしも熱量に対してだったならば、同時に発生させた人肌と同程度の火柱に反応するはずだったから。

 

 

赤炎流星(フラムミーティオ)

 

 

陽炎の壁の向こうから拳大の炎の弾を、放っていき、そうしながらも移動を開始していた。

 

 

リョウと視線が合う。こちらの意図を理解した剣士は、その神秘の剣を一度鞘に納めてから、柄を走ってきた自分の足元に差し出した。

 

 

「素は軽―――」

 

 

御稜威を掛けたらしく、自分が少しだけ軽くなる感じを覚えて、その柄に足を掛けると同時にリョウは、持ち上げて親指の弾きで剣を撃ちだした。

 

 

剣に込められた風に乗ってサーシャはマストよりも上まで飛んでいった。

 

 

視線はまだ空にある。自分がこんなことをした意図は、空にある多くの長距離兵器の投射物を炎の壁で防ぐ。だがバルグレンの炎をどれだけ伸長させたとしても、全ては防ぎきれまい。

 

 

しかし、それを助けてくれたのは下にいる東方よりの剣士だった。

 

 

クサナギノツルギから放たれた一陣の風が炎の壁をどこまでも広げていく、もはや天空を覆う炎の天幕は船団全てを保護するかのようになっていた。

 

 

火の粉が鳥の羽根のごとく落ちてくる。その火の粉は亡者に触れた途端に、どこまでも燃やしていく。そして亡者の軍団と戦う勇者達の剣には、炎の力を与えていく。

 

 

炎の天幕は鳥のような姿となりて、サーシャの双剣の炎の続く限りどこまでも戦士達の守護を司る。

 

 

「亡者の軍団と戦う勇者たちに加護あれ、神々が創りし世界を守る守護者達に万雷の喝采を―――」

 

 

御稜威ではない、しかし韻律を込めた言葉と腹から出した声でレグニーツァ軍およびルヴ-シュ軍の戦士達を鼓舞する。

 

 

一種の「神術」と化したそれは挫け掛けた士気を持ちなおさせて、全軍に元気を与えていく。

 

 

郷里では「鳳凰」「朱雀」とも呼ばれる霊鳥を作り出した「不死鳥(フェニックス)」の女性を抱きとめる。

 

 

上から落ちてきた彼女の様子を詳細に見る。ここまでかなり戦っており、何かしらの身体の変調があるのではないかと思って見ていたが、傍から見たらば誤解されそうだと思った。

 

 

そんな自分の内心を知ってか知らずか、サーシャはこちらの視線での問いかけに答えた。

 

 

「問題ないよ。大丈夫」

 

 

「そのようだ。少し熱があるように見えるのは……俺のせいかな?」

 

 

自意識過剰だろうかとも考えるが、一度だけ微笑んでからこちらの胸板を一撫でしたサーシャが甲板に降り立ち、戦姫としての顔を取り戻して命令を発した。

 

羽根のような火の粉が落ちる戦場において彼女の姿は神秘性を増している。その命令もまた何か厳かなものを持っていた。

 

 

「海賊共の無粋な攻撃は無効化した。上からの攻撃が無い今、亡者の群れを掃討しろ!」

 

 

命令に従って、屍兵の群れに炎の剣を叩きつけていく連合軍の奮戦を見ながら、この分ならば勝てるかと思った時に第二波、そして第三波の特攻が始まる。

 

 

見ると五隻ほどの塊が、中央に向かってくる。二隻ずつが右翼左翼に向かってくる。

 

 

「さてと―――生きてる人間がどの船にどれだけいるかだな。生きた死体ばかりを家臣にして何が国盗りだ」

 

 

そんなことをやろうとしていた輩―――桃の化生を知っているだけに、目の前の海賊船団の手口に嫌悪感を感じるしかない。

 

 

「どちらにせよ。やることに変わりはないよ。手を伸ばして叩き潰すだけだ」

 

 

「にしてもこの船が邪魔で甲冑魚号の火砲が使えませんね」

 

 

「申し訳ありません!!!」

 

 

もはや旗艦の邪魔にしかなっていない「亀甲号」の船長が半ば泣きながら、ヴァレンティナの容赦の無い言葉に答えた。

 

 

特攻を仕掛けてきた亡者の船に生けるものはいない。恐らく中央に突撃を仕掛けてくる五隻の船も殆どは死体だろう。

 

 

その時、亡者の戦闘に苦心しながらも、兵士達が後ろの旗艦から火砲を運び出してきた。

 

 

「やれやれ、苦労させられましたよ」

 

 

「言えば手伝ったのに」

 

 

「あれだけの剣舞をした身体で、この上に輜重部隊の手伝いなどさせては我らの沽券に係わります」

 

 

どこかから合流してきたのかマトヴェイとパーヴェル船長が、部下を率いて本来ならば岸壁につけるはずの頑丈な桟橋を使って火砲七門を亀甲号に持ってきた。

 

 

特攻船との距離は、残り六百アルシンといったところか。ここまで弓などが降り注いでいないのは、上にある炎の天幕だけではなくそういう行動にあれに乗っている乗員たちには出来ないのだろう。

 

 

一般的に亡者の兵というのは単純な行動しか出来ない。弓弦を引いて何かを飛ばすという行動よりも斬る。叩く。かみつく程度しか出来ないのはそれが肉体の直接的な行動に繋がっているからであり、弓射ちというのは二次的なものだからだ。

 

 

波に揺れる船体に苦心しつつも狙いを付けていく殆ど真正面からやってくる船団相手に七つの火砲が順序良く吹かれる。

 

 

最初に沈んだのは亀甲号の衝角に半壊していた最初の死霊船だった。盛大に爆散するところから油もあったのだろうが、亀甲号の船体には異常はない。

 

 

揺らめく火炎の向こうに新たな死霊船を見つけた砲撃手の一撃が相手方の船首を叩き折りながらも内部に砲弾を叩き込んだ。

 

 

それでは必殺とはならなかったのか、三発目が吹かれた。これまた必中し、竜骨が叩き折られたのか、真っ二つになって沈んでいく。

 

 

しかし竜はそれで少しの重みを無くしたのか速度を上げてこちらにちかづいてくる。残り四百五十アルシンに迫ったところで、四、五と吹かれる砲弾。

 

 

黒煙を上げて、砕け落ちる砲一つを見て限界を超えた一撃の結果を見届けるが、マストが砕けるのみだった。しかし後を次いだ攻撃が舷側に盛大な穴をあけて、そこから浸水するのみ。

 

 

「残り一隻ぐらい沈めてみせろ!!!」

 

 

命令に答えて慎重に照準を定めて、発射までの間隔とを考えながら砲撃手は、三百アルシンに至った時に、放たれた。

 

 

「撃てぇ!!」

 

 

言葉と共に二発の鉄の弾は一隻を確実にしとめてみせた。そして爆散しても残る三隻の死霊船を引っ張る海竜の姿が見えてきた。

 

 

「これでもはや打てる火砲はありません。残る敵を倒すは――――」

 

 

「己の血と鉄―――そして己の意思を武器に載せて戦うのみだ」

 

 

砲撃手のやり遂げた感のある言葉を引き継いだサーシャの言葉に全員が得物を構えなおす。それと同時にルヴ-シュの細身のガレー船もこちらに向かってきた。

 

 

どうやら人質の護衛と奪還船の大半は駆逐しおえたようだ。

 

 

「海賊と海竜を滅ぼし―――、我らが海を守るんだ!!」

 

 

その言葉と薙ぎ払った双剣の軌跡に全員が意気を上げて、怒号を響かせて亡者の船を睨みつける。

 

 

三隻の船は沈んだ船の残骸などお構いなく、こちらに体当たりを仕掛けてきた。右翼左翼にも同じく死霊船が叩き付けられながらも、目の前の敵だけに集中する。

 

 

前左右を亡者の群れに囲まれながらも後ろに退くことなど考えてはいない。

 

 

骨だけの亡者の兵士、肉と骨の半々の腐乱死体、殆ど生者と変わらずも生きてはいない乱雑な亡者の群れたちが飛び掛かってきた。

 

 

炎の花弁が舞う中、戦場の雄々しき踊り手達は己の武骨な踊りを華麗な踊りを用いて、亡者をあるべき場所に還していく―――――。

 

 

 


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