鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「虚影の幻姫Ⅱ」

 

 

端的に言って町は混乱に陥っていた。肉眼でも確認出来るほどの距離に、髑髏の旗を掲げた海賊船が四隻も現れたのだから。

 

 

レグニーツァ海軍・ジスタート海軍も巡洋を怠っていたわけではない。だが、それでもこの接近には目を剥くしかないぐらいに唐突であった。

 

 

リプナの船乗り達は、恐らくこちらの警戒航路を完全に読んだうえで航海してきたのだと、理解してはいた。

 

 

だが、そんな理に疎い市民たちは、警備兵達の誘導に従いながら避難を始めていた。

 

 

「さて、どうしたものかな」

 

 

「不審な動きをしているなあの船は……マトヴェイ。舷側を見せる意味は何かあるのか?」

 

 

「それが分からないから迂闊に動けないんだよ。我が友」

 

 

誇り高き白イルカ号(ゴルディ・ペルーガ)の甲板にてリプナの『市長』と共に、その不審な動きをしている海賊船を見る。

 

 

これ以上入り込まれたらばこちらも海戦を仕掛けるというギリギリの線を遊弋しているのだから忌々しい。

 

 

舷側には『穴』が空けられている。櫂を出して漕ぐというのならば、もう少し下に穴がなければならない。

 

 

だが、次の瞬間。その空洞から何かが迫り出してきた。巨大な壺―――としか表現できないそれは、鉄で出来ているのだろう。単眼鏡から見える限りでは、黒く光っているように見える。

 

 

瞬間。その壺が火を噴いて―――何かを打ち出してきた。かつて活火山であった火竜山の「噴火」という現象。今ではそうそう見ないそれは、こんな感じであったのではないだろうか。

 

 

そんな想像と共に、噴火で打ち出されたものが一隻の船を直撃した。次の瞬間には盛大な火炎を上げて二つに割れて海に沈んでいく様を見て気付く。船底の「竜骨」をその一撃で叩き割ったということだ。

 

 

「投石器の威力じゃない……! 火薬兵器か!!」

 

 

外れたものですら、周囲で巨大な水柱を作って船列を乱していくのだ。

 

 

噂にだけは知っていたが、それでもここまでのものであるなど誰が想像出来ようか。夏の季節であるというのに、背筋が冷たくなっていく。

 

 

鼻には強烈な刺激臭が漂ってくる。

 

 

「負傷者を救助しろ!! 出せる軍船は出してしまえ!止まっていては狙い撃ちされるだけだ!!」

 

 

市長の命令で、船乗り達は同胞を救うべく海へと入っていく。そして船が出ていく。

 

 

四隻の船は、黒煙を棚引かせながらも次弾を装填しているように思えた。連射が出来るというのならば、不味い。

 

 

「お前は陸に戻れ!! ゴルディ・ペルーガは海賊船に白兵戦を挑む!!」

 

 

「待てマトヴェイ!」

 

 

奴らは故郷を蹂躙しに来たのだ。船乗り云々以前にレグニーツァの民としてこれ以上は許せぬ。

 

 

「キャプテン!!!」

 

 

メインマストの上にいた物見が何かを見たらしく警告が発せられた。だが、次の瞬間には黒煙を散らして再び「噴火弾」が放たれた。

 

 

真っ直ぐにこちらに向かってきている。狙いは自分の船だと実感すると同時に死の実感が―――。

 

 

向かってきた鉄の球が自分の船に影を作っていくと同時に、その影にもう一つの影が差しこんだ。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

―――リプナの住人達は、避難をしている最中に街中を馬で駆け抜けていく男女を見た。

 

 

疾風のごとく駆け抜けた彼らは港の方まで一気に走り抜けた。誰もが彼らを見ていたが、それを無視して彼らは港へと急行する。

 

 

「あれは……戦姫様だ! アレクサンドラ様が来られたのだ!!」

 

 

避難誘導をしていた若い騎士が、喝采を上げるように駆け抜けた人物が何者であるかを伝えた。呆然としていた避難民たちは、ならば戦姫様と駆け抜けたあの若者は何者なのだという疑問に捕らわれた。

 

 

そんな疑問もなんのそので走り抜けた男女。リョウ・サカガミとアレクサンドラ・アルシャーヴィンは、風で視界を少し遮られながらも、目当ての船を見つけ出していた。

 

 

そして目当ての船に、殺意の圧が向けられていることも分かっていた。

 

 

「君が左、僕は右をやる!!」

 

 

「承知!!」

 

 

短い指示だが言わんとしていることを理解して、やろうとしていることも理解した。

 

 

港の縁で馬をギリギリ止められるように調整しながらも勢いを殺さず馬の勢いのままに飛び出して飛び上がった。

 

 

合計四つの殺意の球がマトヴェイの船を直撃しようとした時に、空中で鉄の球を真一文字に切り捨てて、「二」刀両断して火砲の鉄球を無力化した。

 

 

勢いを殺された球が海中に落ちて、「それなりの水柱」を「八つ」上げた。その水柱で出来上がった虹の向こう、船の舳先に二人の男女が、整然と降り立った。

 

 

「私は夢でも見ているのか……」

 

 

「夢なんかじゃないさ。来てくれたんだ。アレクサンドラ様が……」

 

 

呆然とした友人の言葉に応えながら、マトヴェイはアレクサンドラの隣にて「カタナ」を携えた東方剣士の姿を見て嬉しくなった。

 

 

「やれやれ。帰りの船が無事だったのは本当に僥倖だ」

 

 

――――明日の天気が晴れでホッとした程度の言動は、先程まで超絶の武芸を行っていた者とは思えないほどのんびりしたものであり、船の水夫達は肩を落とすしか無かった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「無事のようで何よりだが、すぐに出航させた方がいい。俺とて何度も「斬鉄」が出来るほど体力が有り余っているわけじゃない」

 

 

「だね。不測の事態ながらマトヴェイ。君の船はレグニーツァ軍が徴収させてもらう。以後、この戦いが終わるまでは僕の軍船ということになる。理解したかな?」

 

 

平然としたリョウの言葉の後にはアレクサンドラが必要なことを述べた。言わんとしていることを理解するまで数秒かかり、船員たちは驚きの声を上げた。

 

 

「いや、戦姫様の戦いに使うにはいささかこの船は手狭なのでは、無論。我々とて光栄ではありますが……」

 

 

「戦うのは僕とリョウだけでも構わない。今は―――あの四隻の船を黙らすのが先だ。その為に足が重い軍船じゃ駄目なんだよ」

 

 

つまりは足が早い船で「火船」を無力化するということだ。既にリプナの軍船が出て、四隻の船はそれぞれに得物を見定めようとしている。

 

 

本来ならば、停泊していた船を滅多打ちにした後に、街を襲おうとしたのだろうが、その目論見は容易く崩れ去った。

 

 

「頼むマトヴェイ。力を貸してくれ」

 

 

「――――承知しました。但し、我々も戦います。サカガミ殿達だけに働かせるわけにはいきませんので」

 

 

アレクサンドラの懇願に首肯をしてから行動に出る。市長が港に降り立ち出航を見送る。港に繋がれていた白イルカは、海の大敵をうつべく大海へと身を泳がせていく。

 

 

その背中に焔の戦姫と東方の剣士を載せて―――――――。

 

 

概算にして―――五百アルシンの距離で、海賊船とリプナの海軍は相対しあっている。

 

 

あちらは四隻―――。恐らく、その四隻全てに火砲が装備されているのだろう。

 

 

こちらはその四倍の十六隻―――。内訳としては軍船十隻に、民間船六隻。それでも接近が出来ないというのはもどかしいが、場合によっては、一方的に叩きのめされると思っていただけに、この展開は嬉しい誤算だ。

 

 

「連中戸惑っているな」

 

 

「うん。必中の火砲を無力化されたわけだからね。慎重にもなる」

 

 

先程までは港の停泊船に砲撃の限りだったが、現在は巧みすぎる操船でこちらと相対している。

 

 

舷側を見せつつということが、彼らの航海術の高さを物語っている。

 

 

「いや見事な操船ですよ。その腕をどうして真っ当なことに使えないのか疑問に思えてなりませんよ」

 

 

「食い詰めた浪人のやることは決まってこんなことなんだよな……」

 

 

だがそんなものだ。剣術も弓術も突き詰めれば殺人術なのだ。それを扱うものの性格次第で結果が異なるだけだ。

 

 

マトヴェイのような客船の船長がいる一方でドクロを掲げて海賊船の船長をやるものもいるだけ。

 

 

(最大射程は―――七百アルシン―――だが、それは風も無く安定した地面の下での計測だ)

 

 

波に煽られる船首近くに陣取りながら、敵船を睨みつける。

 

 

ムオジネルから奪った火砲の数は凡そ三十門。敵船の穴の数は、四隻の船に四つずつで十六門。

 

 

―――こちらから見える範囲ではだ。舷側を片方しか見せつけていない。それは砲口が、向けられている方にしかないからなのかそれとも。

 

 

「帆船の構造ってものは、どこでも同じなのかな?」

 

 

「まぁ造船技術というのは、ここ数年発展しておりませんから―――いずれは風だけでなく人力でもなく思いのままに海原を行く船が欲しいものです」

 

 

人の想像の赴くままに「帆走」する船。そういうものがあれば世界中で色んな取引が出来そうだ。マトヴェイの思い描く船というのは、なかなかに面白そうだが、今はどうしよもない。

 

 

軍船は全て櫂で漕ぐ「ガレー船」だ。一応帆はあるにはあるのだが、走力の殆どは、漕ぎ手にかかっている。

 

 

「問題は……あの火砲をどう無力化するかだ」

 

 

今は静寂を保ってはいるが、いずれはあの穴から突き出た砲が火を噴く。敵の観測手が無能なのを祈るのみ。

 

 

「何を考えている?」

 

 

見ると、同じく敵船を睨んでいるサーシャは唇に手を当てて考え込む仕草をしていた。彼女なりに、この状況を打破しようとしているのだろうが、何か嫌な予感がする。

 

 

「あの船を――――乗っ取れないかと思ってね」

 

 

海賊と同じことを行うと言ってはばからないサーシャに、ため息が出る。しかし有効な手ではある。

 

 

「怖いことを考えるお嬢さんだ……だが、あれを取ることが出来れば、本隊との戦いを有利に進められる」

 

 

「その為には……どうすればいいか……そうだね。投石器で前をけん制しつつ、反対の舷側に回り込む。これだな」

 

 

しかしもしも、舷側の両方に穴が付いていれば作戦は変更となりかねない。ましてや火砲を反対の舷側に移動させて来れば片手落ちだ。

 

 

「だが火力を分散させられれば、無力化するチャンスはいくらでもある」

 

 

「……包囲戦か……ならば船に切り込む役は俺がやる」

 

 

いっそのこと「水練」で、敵船に乗り込んでやろうかと考えていたが、サーシャがそういう考えならば自分はそれに従うだけだ。

 

 

「―――風を受けて、敵船の逆舷側に回り込むのだ!!」

 

 

「伝文を軍船に届けてくれ。ってあれ? リョウ。何で、無視するの?」

 

 

「………すまないけど、俺、本当に弓が使えないんだ……代わりと言ってはなんだけど…」

 

 

自分の情けなさの代償として、「柏手」を打ち―――、一羽の「鷹」を出現させた。一瞬だけ飛んで羽をはためかせてから、自分の腕を止り木とした鷹は嘶いた。

 

 

「!? それも御稜威か?」

 

 

「いや、これこそ本当の意味での呪術だな。こいつは伝書を届ける獣―――「伝書鷹」と言ったところだ。耳が遠いが、与えられた任務は必ずこなすよ」

 

 

知り合いの生臭坊主に教えてもらった「呪」の一つを披露して弓による伝書の代わりとした。

 

 

「……耳が遠いの?」

 

 

「『小鷹』の頃から面倒見てきたからね。さっさと子供を作れと俺は常々言っている」

 

 

聞く耳持たないが、と付け加えて、ひとしきり驚いたサーシャから文を受け取り、足に括り付ける。

 

 

「あの黒竜紋を船腹につけたガレー船でいいんだな?」

 

 

頷いたサーシャを見てから、伝書鷹を飛ばす。風を受けて大空へと舞い上がっていく様子を見てから、本格的な戦準備へと入る。

 

 

取り出した手甲―――軽い鉄甲を付けたものを装着して、得物を取り落さないように気を付けた。

 

 

(鎧は……いいか……軽い装備のままに戦いたい)

 

 

帆の動きで風を掴んだ白イルカは、段々と敵船の逆方に回り込みつつある。マトヴェイの操船技術は確かだ。

 

 

同時に、サーシャの伝文を見たリプナ駐留軍と武装商船による一斉射撃が始まった。

 

 

投石器(カタパルト)と大弩(バリスタ)による攻撃は、火砲よりも射程に優れていた。だが負けじと、敵船も火砲を叩きこむ。

 

 

有効打こそお互いに与えてはいないものの膠着状態を崩したそれによってどちらも一気呵成の攻勢となる。

 

 

「――――サカガミ殿! あなたの鷹が戻ってまいりました!!」

 

 

新たな伝文を足に付けられた鷹が自分の腕に止まった。外すと同時に、サーシャに投げ渡す。

 

 

「……『武運を(ウダーチ)』だそうだ」

 

 

軍船の指揮官は、随分と諧謔を知っている男のようだ。芸能を嗜む男を死なせるわけにはいかない。

 

 

微笑を浮かべたサーシャに同じく微笑を返す。その時、一隻の船のマストが叩き折られた。直撃ではなかったが、それでも火砲の威力を存分に見せるものであった。

 

 

「マトヴェイ急げ!」

 

 

「馬とは違うのです。勘弁してください」

 

 

急げと言われて急げられるのならば船乗りの仕事などあってないようなもの。そんなことは分かっているのだが、やはりこちらがやられつつあるということが、焦燥を生む。

 

 

続いて二隻目の不運な犠牲者が生まれた。武装商船ではなくガレー船である。櫂の何本かが投げ出されている。

 

 

「一列の陣形で火力を集中させて回り込みを許さないか……」

 

 

「だがこっちとて何もないわけじゃない。火薬なんて湿気れば使えなくなるのだから」

 

 

そう言ってカタパルトの水柱が「攻撃」だと慰めても、段々と十五隻の船団に多くの犠牲が増える。

 

 

サーシャへの支援のつもりか、それとも指揮官の強気が伝播したのか、あまりにも大攻勢だ。

 

 

「風を捕まえました!! これより敵船舷側500チェート付近に進出します!」

 

 

既に舵輪が動き、回頭作業に入った白イルカが風を受けて走る。

 

 

その時には、四隻の内の一隻が接近するこちらに気付き舳先を向けようとするが、それを狙ったかのように、カタパルトの攻撃が集中する。

 

 

もはや理解した。今までの船団の無謀すぎる戦いぶりは、サーシャへの支援なのだ。そして一隻の船。武装商船に火砲が集中されて、轟沈した。

 

 

歯を噛みしめながら、犠牲者の冥福を祈り―――鬼哭の鍔と鞘を打ち鳴らすことで、「金打」を叩く。

 

 

無言の誓約を己に課してから舳先を向けようとした船と最接近する。殆ど横づけする形だ。

 

 

「すみません戦姫様! 風が思ったより強くて―――このままだと40チェートまで接近してしまいます!」

 

 

「構わない。そこから先は僕とリョウで切り込む! 準備は良いかい?」

 

 

「ああ、どうやら敵はこっち側に、火砲を向ける余裕はなさそうだ。もしくは本当に湿気ったか」

 

 

ありえそうなのは無駄打ちをしすぎてしまい、既に砲弾が無い可能性もある。

 

 

マトヴェイの船が轟沈してしまうのは、避けたかっただけに僥倖だ。何より、40チェートならば―――。

 

 

遂に敵船と並列する形になった。ここまで火砲を撃ってこなかった理由は分からないが―――。

 

 

「遅かったな!!!」

 

 

不敵な笑いを浮かべてから熊手をロープに結んだうえで敵船の縁に食いつかせた。しっかりとした手応えと張力を感じて、それをひっぱっているようにマトヴェイに最後の頼みとする。

 

 

「ご武運を!! リョウ・サカガミ!!」

 

 

親指を立てて船の主に感謝を示して、リョウはロープの足場を「走っていった」。

 

 

半ばまで来ると瞠目した海賊共の顔が見える。自分が来るまでに矢でも放っていれば違ったろうが、近くにいた三人の海賊を三日月のような居合の軌道で、腹から臓物を麺のように出した。

 

 

割腹をすると、それだけでショック死したようだが、構わずリョウは次の獲物に斬りかかっていた。居合と共に走り抜けた勢いそのままに、返す刀が再び上と下とに体を分けた。

 

 

「な、なんだテメェは!?」

 

 

「通りすがりのサムライだよ。この中にアスヴァ―ルのエリオットに与した奴がいるなら俺が何者かすぐに分かるはずだ」

 

 

生き残っていた海賊共に言の刃を返す。その挑発の言葉と血ぶりをした刀に、何人かの海賊の顔は真っ青になった。

 

 

「死にたい奴から前に出ろ! 嫌だったら投降しろ!! それでも向かってくるならば念仏でも経文でも神への聖句でも何でもいい。唱えてから来い!!」

 

 

どてっ腹から力の限りの声を出したリョウの威嚇に、もはや海賊共は戦意を失っている。

 

 

「お、お前たち、敵はたかだか一人だぞ。向かわんか! 首を獲ったものには、恩賞を与えるぞ!!」

 

 

「し、しかし……敵はあの「リョウ・サカガミ」なんですよ……お、俺は抜ける。もう嫌だ!! 竜殺しの英雄なんぞと戦えるかよ!」

 

 

一人の海賊が甲板から身を投げて逃げだす。その行為に続いて、甲板にいた海賊数名は逃げ出す。

 

 

上手くいけば、港町に辿り着くだろう。もっとも無事な人生ではないだろうが。

 

 

「十人か……結構残ったな。砲撃が止まっているのは、もはや砲弾が無いからだな……」

 

 

強烈な振動が感じられないのは、砲撃をしていないからだ。波に揺られるほど軟な鍛え方をしていない。

 

 

「いけよやぁ!!」

 

 

訛りが強いアスヴァール語で、突撃を指示されて海賊刀(カットラス)、斧、小剣を持ったものと雑多な武器集団が向かってくる。

 

 

(真っ先に無力化するのは――――)

 

 

小剣を持った相手の腕を跳ね飛ばした。踏み込むと同時に切っ先の返しだけで小剣ともども手が無くなった。絶叫を聞きながらも、その手を蹴り飛ばして小剣を斧持ちの相手に投げつけた。

 

 

斧を持った相手はこの中では大柄であり、小剣を丸太のような腕で払った。

 

 

馬鹿め。という内心の嘲りの後には目に見えて動きが鈍くなる斧持ち。先程の小剣には―――「毒」が塗られていたのだ。潮の匂いと火薬の匂いの混合の中でもその匂いを感じて、先に無力化したのだ。

 

 

斧を振り下ろすこともままならず、飛び込みの勢いのままに平突きを見舞う。心臓を確実に止めると同時に。

 

 

「馬鹿が!!」

 

 

斧持ちの後ろに隠れていた海賊刀持ちの男が、死体を押し倒し重量として見舞ってきた。

 

 

だが―――海賊の言葉よりも前に、リョウは既に空中に飛び上がっていた。空で「鬼哭」を抜き放つと、刀身を逆さにして、振り仰いだ男の眉間に突き刺した。

 

 

赤い衣装で助かった。血しぶきがかかっても目立たない。眉間の刀を抜くと同時に大男からも「無銘刀」を回収する。そして小剣持ち「だった」海賊が這いずっていたので、心臓を一突きして動きを止める。

 

 

「化け物か……貴様……」

 

 

「いい勘しているよ」

 

 

実際、自分は「化け物」だろう。伝える通りならば自分は―――「■■■」の血も混じっているのだから。

 

 

「六人で叩き潰してしまえ。周囲を囲むんだ!! おいお前!! あれを!!」

 

 

一人を船室に急行させた海賊船の船長。良い指示ではあるが、包囲戦を仕掛けるには―――。

 

 

「人数が足りないんじゃないかな?」

 

 

船の縁にいつの間にか来た―――双剣士が、飛び上がり落下の方向で三人の海賊の後ろに降り立ち、炎の舞を食らわせた。

 

 

斬られながら焼かれるという二重の苦痛に死に絶えていく三人の海賊。

 

 

それを見届けながら、振り返ると同時に自分の背後の敵に斬りかかる。首に走る輝線の如き剣閃で呆然としていた海賊一人が死に絶え、反応が遅れていた右の海賊に斬りかかる。

 

 

カトラスと刀が打ち合わされて、一撃では無理な辺りなかなかな戦士だと思う。しかし――――。

 

 

「腰が退けてる!!」

 

 

足払いをすると簡単に転ばされ、体が崩れた所で首を跳ね飛ばす。そしてもう一人を無力化しようとしたが、その前にサーシャが剣閃を放ち海賊が無力化された。

 

 

「君ひとりの実力を見ていたが、本当に容赦ない」

 

 

「峰打ちでいいっていうのならばそうするが?」

 

 

「無駄に捕虜を捕まえてもね。食わせるご飯が無駄だ」

 

 

改心する可能性を信じるほどお互いに善良ではないな。と納得してからこの船の船長に向き直る。

 

 

「さてと、後は船室の砲手を無力化するだけだ。大人しく投降した方がいいんじゃないかな?」

 

 

「ふざけるな……! アスヴァールの英雄に、まさか病床の戦姫が来るなど……話が違うぞフランシスめ! あの騎士崩れがぁ!!」

 

 

「錯乱しているようだな……お前は捕虜には―――――」

 

 

瞬間。下の船室から―――大きなものが迫り出してきた。それは―――この船一番の戦利品の一つ。火砲であった。

 

 

「キャプテン!! 装填終わっていますぜ!! ぶっぱなしますか?」

 

 

既に着火するだけの状態になっているそれは、車輪を付けた完全な状態で存在している。

 

 

「演技か……。騙されたな」

 

 

「動くんじゃねえぞ!! お前たちに向けると同時にお前たちの船にもこいつは向けられてることは分かっているな!?」

 

 

立ち位置が悪かった。そして、ここまで逆上した行動に出られるとは思っていなかった。

 

 

そして―――何よりこの場面で、彼女が現れるとは思っていなかった。多くの薔薇を模した飾り模様を配したドレス姿の―――戦乙女が。

 

 

笑いながら、自分たちの目の前に―――――。

 

 

「随分と過激な行動ですこと」

 

 

言葉と同時に、海賊二人の首筋に刃が「出現」した。双葉を広げる華のような大鎌が引かれる。

 

 

断頭台による処刑のように海賊の首が飛んだ。彼らは何が起こったのか分からぬままに死んでしまっただろう。

 

 

そんな様子に死神が現れたと思ったのは、既にこちらに乗り移ってきていたゴルディ・ペルーガのクルーだった。

 

 

サーシャとリョウを自由にするために船を捨てる覚悟をした彼らの意気は見事に崩されたが、彼らは現れた死神―――が頭上で特徴的な武器を一回転させたことでいくつかの可能性に辿り着いた。

 

 

そして、その答えをサーシャは驚愕の表情で告げた。

 

 

『虚影の幻姫』(ツェルヴィーデ)……ヴァレンティナ・グリンカ・エステス……オステローデの戦姫である君が何でいるんだ!?」

 

 

「いつも余裕の表情でいたアレクサンドラの表情を崩すのは結構面白いものですね。とはいえそんな趣だけのために来たわけではありませんよ」

 

 

「王家の意向での援軍のつもり―――――――」

 

 

誰何の声をあげようとしたサーシャよりも早くヴァレンティナ―――ティナは、飛び掛かる形で自分に抱きついてきた。

 

 

彼女を受け止めることは、軽いのだがそれでも一瞬躊躇してしまった。それは隣のサーシャに対する気遣い半分。抱き着くティナの汚れに対する気遣い半分だ。

 

 

「つまりはこういうことです。お分かりいただけました?」

 

 

流し目で隣のサーシャに言うティナ。さっきまで命の危険がありすぎた修羅場だったというのに、違う意味での修羅場の方が命の危険を感じる。

 

 

「ちょっとティナ。俺さっきまで切った張ったの殺劇を繰り広げていて、血飛沫だらけだから抱き着くとその立派な「おべべ」が、汚れぶっ!」

 

 

口を最後まで利けなかったのは、ティナが抱き着いたのを真似たのか、幼竜―――プラーミャが首に抱きついてきたからだ。

 

 

「あらあら、プラーミャもパパに抱きつきたいんですね? 大丈夫ですよ。家族のスキンシップはやり過ぎて悪いことは無いんですからっ!!」

 

 

金属音が聞こえた。それは四つの刃物が、ぶつかり合う音だ。見るとティナにバルグレンを向けたサーシャ。そしてそれをエザンディスで受け止めるティナ。

 

 

その二つの境界で悲鳴を上げるは自分の鬼哭であった。持ち主も悲鳴を上げたい気分だ。

 

 

「どういうことなのかさっぱりだよ……!」

 

 

「分かりませんか? 全くこれだから。流れの旅人風情の教養では、男女の親密さの何たるかが理解出来ないのでしょうね」

 

 

「むしろ、そういうのって貴族にこそ理解が無いと思うんだけど……というか今、戦闘中だろうが、こんなことをしている場合かよ」

 

 

「だったら事情を説明してくれ。―――海賊共を殺しながら」

 

 

目が据わっているサーシャの怒りの表情と言葉。状況を確認すると船尾からこちらの船に乗り込もうとしているのか、ターザンロープや縄梯子を掛けて船と船を飛んでやってくる海賊の集団が見える。

 

 

「ここが一番端の戦列で助かりましたね。場合によっては、挟み撃ちにされてしまっていたんですから」

 

 

「俺は何一つ助かっていない。とりあえずティナ離れてくれよ」

 

 

流石に状況が状況だけにティナも自分から離れた。プラーミャは何故か火砲に跨った。

 

 

「マトヴェイ、船室の海賊を無力化してこい。僕たちで侵入してくる海賊を倒すから」

 

 

「承知しましたが……そこの戦姫様を信用してもよろしいので?」

 

 

マトヴェイの言葉に、その据わった目をティナに向けるサーシャ。何でそうなっているのかは分かる。要は嫉妬しているのだサーシャは。

 

 

「……というかティナ。何で君はここまで来たんだ?」

 

 

「リョウが心配で―――、何かの間違いで今生の別れになってしまったら嫌です」

 

 

寧ろ、君が来たせいで死にそうだとは言えない。だが、どこまでの事情を説明したものやら、と思っていたらこちらを見つめてきたティナが視線をサーシャに向けてから告げる。

 

 

「とりあえずアレクサンドラ。詳しい事情は後々話します。無論、私も同席しますよ。今は―――東方剣士リョウ・サカガミの心意気を信じてあげてくださいな。何もワザと謀っていたわけではないのですから」

 

 

先程までは少し茶化していたティナの真剣な言葉にサーシャも何も言い返せなくなる。先程までの自分の剣が嫉妬ゆえの恥ずかしいものに思えたのも一つだ。

 

 

「……分かったよ。リョウもそれでいいのか?」

 

 

「ああ……俺がジスタート、いや西方にやってきた本当の目的を話すよ。でなきゃ君の信用を損なったことに対して申し開きが出来そうにないからね」

 

 

若干、先程よりも落ち着いてきたサーシャの眼と言葉の問いかけに、リョウも答える。

 

 

そうしてから、今の自分はただの剣鬼であると、心を鎮めてから刀を構えなおす。同じくサーシャもまた双剣を構えなおした。

 

 

他の敵船から乗り込んできた海賊共。その様子に気付いたのかリプナ駐留軍船もまた白兵戦を挑むべく、接近をしてきた。

 

 

「『弩』が敵船に乗り込んで来るまで持ちこたえる。そうすれば挟撃出来るからね―――体力に気を付けて」

 

 

「承知」

 

 

見ると海賊船は縦一列の陣形となっており、その陣形を利用してこちらへと来るのだ。無論、ここで自分たちが船を動かせば彼らの目論見はついえるだろうが、せっかく四隻の火砲船を手に入れられるチャンスなのだ。

 

 

船尾に到達した海賊共が展開しようとする前に、双剣が、刀が、大鎌が、彼らに血飛沫を上げさせながら海へと叩き落とした。

 

 

(守勢だけじゃ駄目だな。こっちからも攻め込まなきゃならない)

 

 

船尾は広くもなく狭くもなく作られており、戦闘するには問題ないが、それでも敵船からの侵入者が多すぎた場合。押し込まれる可能性もある。

 

 

ボートで乗り込んでくる輩も出るかもしれないとして海面にも注意を払わなければならない。

 

 

考えているその時、飛来物がやってきた。刀で打ち払うと正体はわかった。矢だ。

 

 

海賊たちは、こちらが接近戦で無類の強さを誇ると分かって遠距離からの矢打ちに切り替えたようだ。

 

 

五十人もの弓隊の攻撃はなかなかに厄介だ。櫓に上がり指揮の下一斉射撃をしてくる。

 

 

思わず距離を取り、矢の脅威から逃れる。射程はおおまかだが100アルシン。そしてあちらの船首とこちらの船尾との距離が概算で70チェート。

 

 

弓の射程の境界にて、大鎌を風車のように回転させて、矢を打ち落とすティナ。それに倣うように双剣と刀で矢を打ち払う。

 

 

このまま矢によって距離を離されると、乗り込んできた不逞の輩にやられる可能性もあったからだ。

 

 

「ちっ、このままじゃ……」

 

 

矢とて無限ではないだろうが、それでもこのまま滅多打ちにされていては精神的に不味い。

 

 

「リョウならば切り込めそうですけど」

 

 

「確かに100アルシン程度ならばとも思うが……」

 

 

船尾から船首に乗り移る際に打たれるだろう。空中というのは一番無防備な状態なのだから……。

 

 

「仕方ない……ティナ「お三方!! こちらへ!!」―――」

 

 

自分がティナの転移で彼らの後ろに行こうという考えを伝えようとした時に、後ろでマトヴェイが叫んでいた。

 

 

後ろを振り返ると、プラーミャの周囲にゴルディ・ペルーガのクルー達が集まって火砲を見ていた。

 

 

その様子に―――自分の血の気が引いていくのを感じる。

 

 

「――――全員、耳を塞げ!!!」

 

 

焦げ臭い空気が感じられるところから察するに、何が行われようとしているのかが分かる。

 

 

脚力の限りを以て彼らの周囲に加わるのと同時に――――火砲が火を噴いた。

 

 

火炎と共に吐き出される鉄の砲弾が―――真っ直ぐに飛んでいき敵船の甲板を木端微塵にした。櫓にいた弓隊など吹き抜けとなった船室に叩き落とされて死んだだろう。(運が良ければ生きているかもしれない)

 

 

向こうの船尾でようやく止まった砲弾によって、敵船の戦闘力は完全に喪失された。その様たるや、これが火薬兵器の真の威力かと驚愕する。

 

 

「まさか―――使うとは思っていなかったぞ」

 

 

木端の粉塵と火の粉の舞う中、鼻を抑えながらマトヴェイに突発的な行動の理由を聞くことにする。

 

 

「いや申し訳ない。というよりもこちらの幼竜が「導火線」に炎を吐きつけまして……」

 

 

鉄の砲の上て直立するプラーミャは、どこか誇らしげだ。そしてマトヴェイに謝りなさいという思いで言葉を掛ける。

 

 

「お手柄だなプラーミャ。けれど次からはもう少し考えて使ってくれ」

 

 

「もうリョウってば不器用ですよ。こういう時は子供の行いを黙って褒めるものです。パパとママを助けたくてやったんですよねー?」

 

 

プラーミャの頭を撫でて、喉を撫でるティナ。嬉しそうにしているところを見ると、この幼竜なりに自分たちを助けたかったのかと思う。

 

 

だが、危険なものだったことを教えていなければいつか取り返しのつかないことになってしまう。

 

 

プラーミャが誇り高き竜王になるのか人食いの暴虐竜となるか……本当に責任重大である。

 

 

などと二人して子育てに関する方針を擦りあわせていると、わざとらしい咳払いが聞こえて、そちらを向くとサーシャがいた。

 

 

「そろそろ戦闘も終わりそうだ。弩(ルーク)の騎士団が後方の二船を追いつめている――――リプナに着いたら色々と聞かせてもらえるかな?」

 

 

「もちろん。私とリョウのなれ初めを聞くも涙。語るも涙なヒロイックサーガの如く語ってあげるわよ♪」

 

 

「変な脚色をしないように、俺も口を開くから……あんまり不機嫌にならないでくれよ」

 

 

何というか色んな意味で不機嫌が最高値なサーシャに少し困惑してしまう。

 

 

弩というガレー船から敵船を制圧しにかかった騎士達の怒号が聞こえて、確かにこの戦いは終わりそうだが、自分の戦いはこれから始まるような気がして気持ちが重くなるのを隠せなかった。

 

 

 

 

 

戦闘の結果としては申し分が無かった。だがそれは軍隊としての戦果という意味であり、リプナの商船・客船は幾つも叩き壊されていたのだ。

 

 

たかだか四隻の船相手に、十六隻で立ち向かい―――八隻の損害を出してしまったのだ。総合的な被害としてはかなりのものだ。

 

 

敵船の内、損傷が酷い二隻は海に沈めて残りの二隻をけん引しながらリプナへと戻る。

 

 

簡単な尋問を行った結果ではあるが、どうやらこの四隻の船団は―――呆れたことに「本隊」だったのだ。つまりは―――レグニーツァ軍はなめられていた。

 

 

「つまり残りの七十隻以上もの大船団はルヴ-シュ沿岸部に展開しようとしているというのだな?」

 

 

「そうだ。俺たちはレグニーツァの戦姫は病床で動けないことを知っていた。だから……こうして、火砲装備のキャラベルで打って出たんだ」

 

 

縛り上げられた海賊の一人は進んでぺらぺらと詳細を語る。一応、偽証の可能性を疑って脈を取ってもみたが―――どうやら語ったことに嘘は無さそうだ。

 

 

「フランシスの奴も、体の良い厄介払いのつもりだったんだろうな。俺たちはどちらかといえば捨て駒みたいな任務しか任されていなかったから」

 

 

反逆も考えていたという海賊の内情にはさほど興味は無いが、大胆不敵な大将だ。

 

 

しかし―――それだけで、本当にジスタートを征服するとか考えられるのだろうか。

 

 

火砲も、投石器も強力な兵器だ。だが、それだけで一国を征するなど甘い考えだとも考えられる。

 

 

「ああ、そう言えばフランシスから奇妙なことも命令されていたな。死体や白骨があれば俺のところに持ってこいなんて……ありゃ邪教にでもはまってやがると思うんだよ」

 

 

「貴重な意見ありがとう。後はレグニーツァの法務官の沙汰を待って臭い飯でも食っているんだな」

 

 

最後の意見を無視してから、白洲に引っ立てた罪人というわけではないが、どこでも罪人なんてこんな扱いだなと兵士達に連れて行かれる様を見てから、今後の方針を考える。

 

 

「レグニーツァの軍は、首都から既に出発している。兵站の補給に関しては既にリプナに積み上げていたから、そこはいいんだ」

 

 

『市長舎』の市長室を借りて、今後の方針を決めていく。判明したことといえば海賊共の塒と、お隣の領地に危機的な状況が迫ってきているということだ。

 

 

「恐らく客船クイーン・アン・ボニーの貴族共がジスタートの内情を話したのでしょうね。全く舌を噛み切って自害するぐらいの気概は欲しいものです」

 

 

サーシャとティナの言葉と海流の関係から、自分たちがルヴ-シュの沿岸部での決戦に行くには、二日と半日の猶予があるということだ。

 

 

その間に、どれだけの事が出来るかは分からないが、やれるだけのことをやるしかあるまい。火砲の整備と「砲弾」の補給。

 

 

「火薬の量はどれだけある?」

 

 

「凡そ……二十五発撃てるだけはある。もっとも砲弾以外であれば、その限りではないが」

 

 

驚いたことにこの火砲という兵器。鉄の砲弾だけでなく詰め込んだ金属製のものならば何でも打ち出せるとのこと。

 

 

試してはいないが、金属のフォークやナイフなども「弾」として利用することも可能。回収した火薬の量と砲弾の関係上。それをすることもありえる。

 

 

兵站を管理する武官がそう言ってくるが言葉は明るくない。部外者である自分がいるということが、気に食わないのか。

 

 

「いや、失礼サカガミ殿が云々というわけではないのです。私としてはこのような安全性を担保出来ない兵器になど頼りたくないのですよ」

 

 

「だが海賊共も同じものを装備している。そして今回の戦いで多くの犠牲が出たんだ」

 

 

二十五発であちらに大損害を与えられれば御の字だ。出来うることならば同じく火砲を装備した船を撃沈させたい。

 

 

「……致し方ありませんね」

 

 

そうして、この未知の兵器に対する有効な使用方法を模索するとして、弓使いや投石器などの砲手・観測手から話をきくとして退室した。

 

 

「海流の関係。海賊共の証言から察する時間の逆算―――、こちらが上手くいけば挟撃することは可能か」

 

 

地図に載せられた赤い石、青い石、黄色の石。それらこそが彼我の戦力を示していた。

 

 

赤い石は三つ。青い石は七つから八つ、黄色の石も三つ。大まかなものであったが、分かりやすい。

 

 

青石は、赤石と黄石の間に挟まれて海上に存在していた。上手くいけばそうなるというだけで本当にそうなるかは分からない。

 

 

そしてただの石が―――ヴァルタ大河に存在している。これに関しては動くかどうか分からない。「ジスタート水軍」というもの。つまり国軍である。

 

 

「せめて戦場が混乱しない時に来てほしいね」

 

 

「指揮官の賢明さに期待するしかないな」

 

 

「そして僕は君の懸命な説得を今から聞くわけだ。さぁ何でも聞くよ。もちろんそちらの『お客様』も語って構わない」

 

 

そんなもはや軍議とは無関係な話。言うなれば痴話喧嘩の類の匂いを感じたのか全ての武官・文官達が我先にと市長室から退室していった。

 

 

(裏切り者が)

 

 

内心での罵倒も何のそので出て行った彼ら。そして市長室には戦姫二人と、異国の剣士一人が残った。

 

 

その状況はもはや逃げ場なしであり、覚悟を決めてサーシャに向き直った。

 

 

「―――とりあえず俺が西方に来た本当の目的を語るよ」

 

 

ため息一つを突いてから、自分の西方に来た本当の目的を語る――――。

 

 

自分が仕えていた主。『帝』より西方の魔と邪悪を打ち払うように言われたこと。そしてそれに類するものを感じてアスヴァ―ルの戦乱にも参加していたことを。

 

 

「ティナと会ったのは、リプナに着いてすぐだったんだ。俺としてもジスタートは初めてだったから案内が欲しかった」

 

 

「私はドラゴンスレイヤーと語られるリョウが、ジスタートにやってくると知ってスカウトする為に待ち伏せしていたの」

 

 

もっとも最初はプシェプスにいました。と語るティナも嘘は語っていない。

 

 

「……怪しいと思わなかったのか君は?」

 

 

半眼で尋ねてくるサーシャ。それは自分とて思っていたことだ。だから本当の所は彼女に語っていなかった―――その時は。

 

 

「思ったさ。まぁその後、公宮へ向かう道で正体を明かされた。自分がジスタートの七戦姫の一人だとね」

 

 

「何でその後もヴァレンティナ。君はリョウに着いていったんだ?」

 

 

質問を向ける方向を変えたサーシャに対してティナは、微笑みながら口を開く。

 

 

「私はリョウに戦いを仕掛けました。英雄と語られる彼には色々と思うところがありましたのでね。しかし、そこで私は負けまして―――リョウは怪我を負った私に御稜威で癒しを施してくれました。戦姫として貴族として、礼に対しては礼を返すのは当然でしょう?」

 

 

「……確かにそうだ。そして……全然落ち度が無いなんてひどくないか……」

 

 

ここでティナが国盗りのために自分を求めてきただの何だの言うのはサーシャを利するはずだが、聞かれてもいないことを話すこともなかろう。

 

 

落ち込むサーシャには悪いが、本当にその時はそれだけだったのだから。

 

 

「そして君が僕の軍の選抜試験に来たのはマトヴェイとの約束を果たすためだった。それは間違いないんだな?」

 

 

「ああ。それに関してはティナは無関係だ。俺自身の心で決めたことだ」

 

 

「――――――最後に聞くけど……二人は……いわゆる男女の仲なのか?」

 

 

「私はリョウを女として好いていますよ。あなたと同じく―――」

 

 

ティナの言葉にサーシャは頭を抱えながらも、頬を紅潮させる。先程のリョウの言葉を疑うわけではない。

 

 

だが嫉妬してしまうのだ。自分より先に彼と知り合い彼の信頼を得ていたヴァレンティナ・グリンカ・エステスという同輩に対して。

 

 

第一、自分は今年で既に二十二。まだまだ女盛りであろうが、結婚適齢期かと聞かれれば東方の風習でも微妙な顔をされるはず。

 

 

「けれど愛されている確証はありませんね。悲しいことにプラーミャ。あなたのパパは帰る家が多すぎる人です」

 

 

「だからそういう風な虚飾をするんじゃないよ。お前の虚影の幻姫っていうのはそこから来ているのか!?」

 

 

「ヴァレンティナ……確かに君は虚飾をしていたね……君は、身体が弱いはずだった」

 

 

「あれは嘘です」

 

 

あっさり認めるヴァレンティナ。しかも笑顔で言ってくるものだから自然とサーシャの視線が厳しいものになってしまう。

 

 

「王を謀り、尚且つ君は僕の矜持すらも辱めた―――同じ戦姫として、何も思うところは無いのか?」

 

 

「御大層なことを言いますけれど、戦姫(わたしたち)にそこまでの忠誠心があるとは思えませんけど、いざとなれば他の方の土地に攻め込むぐらいはありえる同輩相手に対してそこまで胸襟を開く必要はないでしょう」

 

 

忠誠心。仲間意識。その二つが自分たちには欠けている。だがそれでも礼を失することはないぐらいには話し合うことも必要のはず。

 

 

サーシャの考えはそれであって、ヴァレンティナは己の野望達成のためにそれをしてこなかった。

 

 

「変な例えだが、リュドミラとエレンが不倶戴天の敵である理由が何となく分かるよ……己と正反対な思考と行動の人間ほど認めがたいものはない」

 

 

椅子から立ち上がり、ヴァレンティナに近づいていくサーシャ。

 

 

「そう。私も―――、己の欲であり理想を民に対して語らない支配者ほど認めがたいものはいませんわ」

 

 

同じく立ち上がり、サーシャと正面から相対するヴァレンティナ。お互いに睨みつけ合うその姿は正直言ってみていられない。

 

 

見目麗しき美女二人がガンつけあっている姿など控えめに言っても見苦し過ぎる。

 

 

「喧嘩はやめろよ。ティナ、お前にとっても海洋拠点を抑えているレグニーツァは重要な取引相手だって言っていたろ。サーシャも、そんな人間でもジスタートを守る要の存在なんだ。主義主張に対する批判は抑えて協力し合えよ。とにかく止められるうちは喧嘩はやめろ。そんなことは当たり前だ」

 

 

諌めるために一息に言葉を発する。火に油を注いでしまうかもしれないが、それでも二人が険悪でいることはよろしくないはずだ。

 

 

「……分かりましたわよ。こちらも二十歳を過ぎた「年増」の煩いお小言に付き合う必要はありませんでしたね」

 

 

「……僕も同感だな。二十歳にもなって年甲斐もない「若作り」な衣装を着ているイタイ女の戯言に付き合う必要はなかったよ」

 

 

半眼で、お互いを見てからそんな言の刃を出し合う二人に、げんなりしてしまう。

 

 

「お前ら、全然やめる気ないだろ。そうなんだろ?」

 

 

 

戦姫二人の他愛もない争いは収まる気配は無い。だが、しかしこの地に起きている戦乱は治まる。

 

 

リョウ・サカガミは人知れず決意を固めて――――何やら言葉から察して自分にまで責が及びだした後ろの現実から逃げ出した。

 

 

 

 


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