とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

8 / 35
ハーネストは密かに嗤う その②

「なーなー、見ろよこの画像。最新のエロ動画だぜ♪」

「うわっ!? マジで。おいおいおいおい、こいつはひょっとして無修正ってヤツですかぁ~~!?」

 

 週末の昼休憩とはある種の開放感が漂うもので、いつもよりハメを外して馬鹿騒ぎをする生徒が多いものである。

 東方仗助の通うこの高校も同様らしく、先程から教室内では男子学生が「ちょっ!? このねーちゃんのパイオツスゲー」とか「も、モロ出しキター!」など下ネタ談義で盛り上がり、女性徒から「サイテー」「死ね!」など蔑みの眼差しと罵声を浴びせられていた。

 

「三次元? フッ、そのような次元、既に通り越した出ござる。時代は今、二次元ッ! それも今流行の美少女ゲーム『マジカル☆ユカリン』で決まりでゴザルっっ! 仗助殿! ゆかりんの勇姿をとくとごらんアレ!」

「……知らねーよ。つか、メシ食ってる時にそんな画像見せんな」

 

 蛭田がしきりに「二次元サイコー!」と周囲の人間にアダルトな萌えキャラ画像を見せつけているのを遠目に、仗助は購買で買ったやきそばパンにかぶりついた。

 ちなみに八雲は今日は来ていない。

 ホームルームでの教師の説明だと、しばらくの間体調不良で休むらしい。

 風邪でも引いたのかな? と思いつつ、コーヒー牛乳を飲む。

 午後の授業が終るまで残り4時間。それから白井黒子に接触しなければ。

 

 黒子の動向がこちらでは分からない以上、闇雲に探すより彼女が所属する部署に尋ねた方が得策と考えての事だった。

 

(――たしか第177支部、だったな。犯人の情報、絶対に聞き出してやるぜ)

 

 自分の能力をひけらかし、挙句の果てには関係のない人間まで巻き添えにする。

 そんな犯人に対し、仗助ははふつふつと怒りを滾らせていた。

 そしてコイツは『スタンド能力』を持っている。

 絶対に野放しには出来ない相手だ。

 

 自分に何が出来るとは思わないが、それでも自分のこの『能力』なら犯人と戦える。

 誰も犯人を止められず、裁けないのだとしたら、それが出来る自分こそがその役目を負うべきだ。

 仗助を突き動かすのは、そんな使命感にも似た感情だった。

 

 

「……ところでさー。俺、とあるサイトの常連なんだけどさ。そこに変な書き込み、見つけちゃったんだよね」

「へーどれどれ……って、ここ違法サイトじゃね? バレたらヤバいっしょ!」

「大丈夫俺ダウンロード専門なんで、アップしない限りヘーキヘーキ」

 

 こんな公然で「違法」だ「ダウンロード」だの言っているのにバレないと思っているのは頭がお花畑なんだろうか。

 

「ちょっと、アナタ達! 神聖な学び舎になんてもの持ち込んでんのよ! そういう話は人のいないところでしなさいよ!」

 

 ついにクラスの女子生徒が切れ、代表してクラス委員が男子生徒に怒りの声をぶつける。

 

「なんだよ、別にいーだろ。人の話に聞き耳立ててんじゃねーよ」

「モラルの問題よ! 周りの人間の迷惑も考えなさいよ!」

 

 ワイワイと、男子生徒とクラス委員のイザコザがしばらく続く。やがて双方喧嘩別れに終わり、しばらくの間静寂が訪れる。だが数分後には元の騒然とした昼の一時(ひととき)に戻っていった。

 相変わらず男子生徒は猥談を辞めないし、クラス委員は青筋を立て、他の女子達は蔑みの視線を送っている。

 

「……なんだかなー」

 

 昼間からこうやって猥談混じりのトークを聞かされるのは精神衛生上好ましくない。

 仗助がため息交じりで場所を変えようと席を立ったその時、気になるワードが聞こえていた。

 

「……それでさっきの続きだけど、例の虚空爆破(グラビトン)事件の犯人。アイツの関係者らしい人間からの書き込みがあってさー、どっかのデパートで騒ぎを起こすらしいんだよ」

 

「!?」

 

「何か暗号らしい文字が書いてあって、多分これは犯行予告――」

「……おい、お前ら!」

 

 仗助はものすごい勢いで男子生徒の前までたどり着き、携帯を持っている手を掴む。

 そのあまりの勢いと形相に男子生徒はたじろぎを見せ(半ば震え上がった様子で)、謝罪の言葉を思わず口にする。

 

「ひ、東方くん? あ、あの、騒がしかった? ご、ごめんよすぐに……」

「そうじゃあねぇ! その書き込み、ちょいと見せてくれ!」

「へ?」

 

 携帯をひったくるように奪うと、すぐさま内容を確認する。

 

 

 デパート 31141114 

 パニック パニック

 決行時間は明日の昼の13時にしようかな。まあ、ニュースを楽しみにしていたまえ。

 

 

 投降された日付は昨日。つまり決行日は今日という事になる。

 

「――もう、一時間もねえじゃあねーかッ」

 

 時計を見ると既に12時半。後30分しか残されていない。

 時間がない。だがそれと同時にこれはチャンスだった。

 もしそこで犯人の片割れを捕まえる事が出来れば、そこから犯人にたどり着く重要な情報を得られると思ったからだ。

 

 ――だとしたら、ココでのん気してる場合じゃあねえ!

 

「蛭田ぁ! 来てくれ!」

「はいな?」

 

 机に座り一息ついている蛭田に声をかけ、携帯を見せる。

 

「お前、こういう関係に強かったよな? この書き込みの暗号、分かるか?」

「ん~~?」

 

 蛭田は目を細め暗号をチラリと見ると、鼻で笑うようにして「仗助殿、こんなの暗号でも何でもござらんよ。ただの数字変換でござる」と言い放った。

 

「相手はきっとかまってちゃんですな。高度な暗号だと相手に理解してもらえない可能性が高い。だからこうやって”暗号風”な書き込みを残して、「事件を発生させたのは自分なんだぞ」とわかってもらいたいのでござるよ。そもそも――」

「――悪い、蛭田。完結に暗号だけで頼む」

 

 蛭田は自分の得意分野になると とたんに饒舌になる傾向がある。仗助は釘を刺し、暗号の解読だけを頼む。

 

「……31141114、これをアルファベットに置き換えてみてくだされ。そのデパートが犯行予定の現場でござるよ」

「3は”C”で1は”A”……これを続けると、”CANAAN” 華南デパートか!」

 

 華南デパート。第七学区にある大型百貨店の老舗だ。ココからなら走って2,30分って所だろうか。

 

 仗助は蛭田に「サンキュー! 悪ぃが急用が出来た! 担任には”病欠”って伝えといてくれ!」と告げると、そのまま教室を飛び出す。

「頑張るでござるよー!」という蛭田の声援を耳に受け、仗助は目的地の華南デパートにひた走っていった。

 

 

 

 

 

 

「……間に合った、のか……?」

 

 肩で大きく息をしながら仗助は華南デパート正面にたどり着いた。

 時計を見ると12時58分。ぎりぎりセーフだった。

 

「しかし油断は出来ねぇ。大雑把な野郎だったら、10分位予定を早めて”コト”を始めてもおかしくねぇからよぉ……」

 

 だが今のところパニックだとかそういう類の騒ぎは起こっていないようだ。

 デパート内を行き来する人々の表情にはそういった怯えや緊張、焦りといったものは感じ取れない。

 

「しっかし、よりにもよって”この日”とはな……。いや、”この日”だからこそ狙ったと言うべきか……」

 

 デパートに掲げられた垂れ幕には『華南デパート生誕10周年記念・イベント開催中』と書かれていた。

 ――とにかく、中に入ってみるか……ここにこうしていてもラチがあかねぇ……。仗助は意を決し、デパート内へと入っていった。

 

 

 デパート内はかなりの人が押しかけ、その盛況振りをまざまざと見せ付けていた。

 一階のイベントホールでは来場者に粗品を渡すイベントがおこなわれており、長蛇の列を作っている。

 その隣ではまったく知らない女性アイドルグループが歌とダンスを披露し、賑わいに華を添えている。

 小さなミニライブ会場に設置された椅子には、固定のファンらしい男達が奇声を発し、赤や黄色のサイリウムを振っていた。

 

(まずいな。これだけ人が多いと相手のスタンドを確認することも出来やしねぇッ)

 

 もし虚空爆破(グラビトン)の犯人と同じ対象を爆破する能力者だとしたら、既に設置されたであろう”爆弾”を特定するのも困難だ。

 

 再び時計を見る。

 既に犯行予告時刻の13時を5分ほど過ぎていた。

 しかし未だ周囲に異常は見られない。

 

「――あなたは、東方仗助!? なんでここにっ」

 

 ――!?……この声は!

 

 聞き間違えるはずがなかった。

 後ろからかけられた声の主。それは早朝から接触を果たそうと考えていた人物その人だったからだ。

 

「――白井、黒子っ」

 

 願ってもない対面。

 だが仗助がその時に思い浮かんでいたのは別の思惑だ。

 白井黒子がここにいる理由。

 わざわざイベントに参加するため?

 違う。来るなら御坂美琴やその他の友達と来るだろう。一人で来る意味がない。

 それに腕につけた腕章。それは彼女が風紀委員(ジャッジメント)の活動で来た事を意味している。

 

 ――そして思い至る。

 恐らく彼女も自分と同じ理由(・・・・)でこの場にいるという事に。

 だから仗助は”その前提”で話を進める。

 

「――犯行時刻から既に5分以上経過している。今のところ何の違和感も異常もねぇ。だがあんな”書き込み”をしていた野郎だ。ガセや悪戯とは考えにくい」

「――――ッ!!」

 

 黒子はこの短い会話で仗助がここにいる理由を理解した。何故、犯人を追っているのかは知らないが、彼の真剣な眼差しから決しておふざけでない事は窺い知れる。しかし彼は民間人だ。風紀委員(ジャッジメント)としては事件に首を突っ込んでは貰いたくはないのだが――

 

「野郎は、『俺と同じ能力』を持っている。この能力は一般の人間には視認する事が出来ねぇし、犯罪に使用されたら発覚すらされねぇヤバイものだ。

今からここにいる全員を避難させている余裕はねぇぜ。

利害は一致しているようだし、ココはひとまず協力体制をとらねぇか?」

 

 黒子の思考を先読みし、情報をちらつかせる。

「自分は事件解決に有効な情報を持ってますよ」とアピールすることで、事件そのものから締め出されるのを防ぐ算段のようだ。

 そしてその仗助の読みは的中。黒子は一呼吸間を置き思案した後、

 

「……(わたくし)も馬鹿ではありませんわ。お姉さまとの戦いで、あなたがこの街(学園都市)とはまったく系統の違う能力を持っている可能性を考慮しなかった訳ではありませんの。しかしそれでも、このような重要案件に関わってくるとは予想出来ませんでしたわ……」

 

 そう言って、仗助を値踏みするようにまじまじと見る。

 

「あなたの言う”能力者の話”、後で詳しく説明してもらいますわよ。……それで、この大衆の中から犯人を特定する算段はありますの?」

 

 その黒子の問いかけで「協力体制OK」と判断した仗助は心の中で「よっしゃ」とガッツポーズ。

 犯人探査探索の為、再び周囲を見る。

 

「実は白井よ、俺もココ最近”同じ能力者”に出会ったばっかりであまり経験豊富とはいかねぇんだ。だから『害虫駆除の専門家』や、『10年位経験を積んだ猟友会』みたいな感じでよぉーー。意見を求められても詳しいアドバイスなんて出来ねえぜ」

 

 時計を見る。

 1時10分。

 予告時間からもう10分経過している。

 辺りは相変わらず10周年イベントで盛り上がりを見せて、先程よりも人の数が増してきた。

 油断すると人の並に飲まれそうなくらいだ。

 

 その弊害というか名物と言うか、女性用のトイレ周りに大渋滞が発生していたり、人同士の衝突で小競り合いが発生してしまって、警備員が仲裁に出向いたりしている。

 

「『スタンド』の見えねぇお前にあれこれ言っても混乱させるだけだしよぉーー。だが俺のカンじゃあ犯人(ヤツ)は必ずこの場所にいると思うんだ」

「さっきから言っている、その『スタンド』ってなんですの? 犯人の能力の名前?」

「スタンドっつーのは、まあ……人間の精神力が具現化したものでよぉ、一般人には認識する事も出来ない能力の総称ってトコかな。大体が特殊能力を持ってる場合が多いらしいけどなぁ」

「……なるほど。美琴お姉さまの時に見せたあの『直す能力』は、あなたが言う『スタンド』がその要因だったわけですわね」

「ああ。俺の『クレイジー・ダイヤモンド』は人型を取っているが、使う人間によって形はそれぞれ違うみたいだぜ、経験した限りじゃあな」

 

 人の波に押し流されては適わない。仗助と黒子は人を掻き分けつつ、人の出入りの比較的少ない階段付近に移動する(追いやられたとも言う)。

 

「ですが、未だ犯人は何も仕掛けてはきませんわね。わざわざアングラサイトに書き込みまでしていたと言うのに。ただの冷やかし……とは考えたくはありませんわね」

「いいや、恐らく十中八九、野郎はスタンド能力を身に付けているぜ」

「なぜ、そう言いきれますの?」

「野郎の書き込みさ。自分が能力を身につけた経緯によぉ、何らかの実験に参加して薬品を打たれたってのがあったよな? 俺が先日遭遇した『万丈健次郎』っつー奴も、同じような話をしてたモンでよぉ~~。

どうやら意図的にスタンド使いを増やしているヤツラがいるらしいぜ?」

「まさか……そんなッ?」

 

 考えたくはないが、十分にありうる話だ。

 学園都市は科学の街だ。崇高な実験を行うと言う名目ならば、多少非合法だろうと実験を行う連中がいてもおかしくはない。

 彼らはスタンドと呼ばれる能力を引き出す薬品を開発した。そしてそれを一般人に投与し、能力者を増やしている。

 理由は分からない。

 兵器開発、軍事利用、考えればきりが無いだけの理由が浮かぶ。

 だが、その為に何人もの一般市民を巻き添えにしてしまって良い道理があろうはずが無い。

 

 今回の重力子(グラビトン)事件。すでに関係の無い人間が何人も犠牲になっている。

 そんな犯人を生み出したのがその”組織”だとしたら、怒りを覚えずにはいられない。

 

「――許せませんわね。人間性こそ、人間(ひと)人間(ひと)たらしめている大切なもの。それをこうも蔑ろにする行い、心底反吐がでますわ」

 

 黒子の心の底から湧き出たかのような怒りの言葉に、仗助は驚く。

 

(――こいつ、こういう顔もするんだな。法律(ルール)を遵守する頭の固い女かと思ったが、けっこう正義感が強いっつーか、熱いトコがあるっつーか……)

 

 黒子の見せる意外な一面に多少の親近感を覚えつつ、これからとるべき行動を思案する仗助。

 既に15分が経過。

 周囲に目配せしても、これ以上の変化らしい変化は起こりそうに無い。

 珍しく”カン”が外れたか?

 仗助がいささか警戒心を緩めようとした時、はたと思いだす。

 書き込みの一文「パニックパニック」という一文を。

 

 あの文字の意味。

 爆発を起こすのではなく、別の方法で混乱を誘発する能力だとしたら。

 

「――まさか……すでに起こって(・・・・・・・)いるとしたら(・・・・・・)!?」

 

 

「――アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーーーーーーーー」

 

 突如、けたたましい笑い声が会場内に木霊する。

 周囲の人間は何事かと声の主の方へと瞬間的に振り返る。

 

 そこにいたのは一人の若い男性だった。

 彼は大声で笑いながら衆人監視の元、右の手のひらを突き出している。

 

「――なあ? 本当の痛みってのを知ってるか?」

 

 そう言うと男は自身の人差し指を左手で「ベキリ」と折り曲げた。

 その後再びけたたましい笑い声を上げながら、残りの指も反対の方向へとねじ曲げ始めた。

 

「――こ、コイツ? 一体何を――?」

「じ、仗助さん! これはもしかして……」

 

 その様子を遠巻きに眺めていた仗助と黒子は、明らかに様子のおかしな男の行動に面食らい、すぐさま同じ回答にたどり着く。

 

「ああ……白井……。これは明らかにスタンド(・・・・)による攻撃だ(・・・・・・)

 

 そして男の行動が呼び水にでもなったかのように、周囲で異変が起こり始めた。

 

「てめぇは! いつもいつも俺の事を馬鹿にしやがってッ!! その顔面を思い切りぶちのめしたいと思ってたんだーーーーーーー!!」

 

 会場内で乱闘騒ぎが起こる。

 激情に駆られた男が連れの男性の顔面を破壊するほど滅茶苦茶に殴りつけている。馬乗りで殴られている友人はもはや意識が無いらしくビクビクと痙攣を繰り返している。殴っている男は拳の皮がめくれ、骨がむき出しになろうが腕が折れていようがお構い無しに殴り続けている。

 

 それを止めようと数人の警備委員が駆けつけるが、その中の一人が警棒で相方の後頭部を殴り、倒れた隙にその警備員の耳を食いちぎりムシャムシャと食べ始めた。

 

 別の場所では女性がハサミで自分の太ももを平然な顔をしながら何度も刺し、フロアの二回の吹き抜けからは男性数人がプールの飛び込みでもするかの様に飛び降り、下にいた数人を巻き添えにして地面に叩きつけられた。

 鮮血を撒き散らせながら地面に何度も頭を叩きつける男性。「このアバズレ! 売女!」と互いに殴りあう女性達。現場は次第に阿鼻叫喚のの地獄絵図と様変わりし始める。

 その惨状にようやく事態の重さを把握し始めた人々は悲鳴と狂乱の中、我先にと出入り口に殺到し始める。

 

 あるものは転倒の拍子に人々に踏まれ、あるものは店の機材にぶち当たり、血だまりの中意識を失う。

 この騒ぎで両親とはぐれた子供が泣き叫ぶ声をBGMに、スタンドの影響下にあるもの達は

 人を攻撃し

 モノをぶち壊し

 あるいは自身を破壊し始め

 歯止めの利かなくなった暴徒と化す。

 

 

「これが、スタンド……。人間の精神に作用する能力……ここまでとは……」

 

 能力が引き起こしたあまりの惨状に、黒子はボーゼンとした表情で事態をただ眺めることしか出来ない。

 そしてその強力さに改めて戦慄を覚える。

 これが唯一人の能力者が引き起こした現象だなんて……

 

「おい、白井! 気をしっかり持て! 呆けてる場合じゃあねーぞ! こんな事を起こした野郎を野放しにする訳にはいかねーダローが! 探すぞ、犯人を!」

 

 仗助の一喝で我に返った黒子は、それでも否定的な意見を持たざるを得ない。

 こんな能力者相手にどうやって戦えば……

 そう思った感情が言葉になり白井の口から零れ落ちる。

 

「で、ですが、どうやって? 何処にいるとも知れない相手をどうやって見つけ出すと言うんですの?」

「白井、オメーよぉ。テンパると状況判断が鈍るタイプか? まあ、いきなりこんな状況をまざまざに見せ付けられちゃあしょーがねーかも知れねーがよぉ」

 

 その言葉に多少カチンと来る。まるで自分だけは平気だと言わんばかりの態度だったからだ。

 その為多少棘を含んだ物言いで、仗助に反論する。

 

「……その言い草、気に食わないですわね。仗助さん、アナタには犯人を捕まえる策がおありなんですの?」

「その意気だ。空元気でも憎まれ口でも、意気消沈されるよりかはよっぽど良いからな。

――ところで、策があるかと聞かれたが、あるぜ。周囲の状況をよく見てみるんだな。そこから推理していきゃあ自ずと犯人の場所が特定できるってモンだぜ」

「周囲の、状況……?」

 

 仗助はニヤリと笑うと黒子に周りを観察させる。そして「気付く事はねぇか?」と問いかける。

 

 ――気付くこと……!

 

 思考を一旦切り替え、冷静に状況分析。

 柔軟な思考で物事を捉える。

 この切り替えの速さこそ、彼女の強みだった。

 

「……能力の影響下にある人間に、男性の数が圧倒的に多いですわね。

それに(わたくし)達と他の被害者の違いにも疑問が残りますわね。

何故(わたくし)達は無事なのか?

能力発動に何か条件があるのか? それとも――」

 

 ――いい状況判断だぜ。流石は風紀委員(ジャッジメント)と言うべきか。

 

 先程までの恐怖を思考という論理(ロジック)で押さえ込む黒子に感心する。

 スタンド使いというアドバンテージも無く、その思考に至れるとは。

 だから仗助はさらに助け舟を出し、結論に至れるよう誘導してやる。

 

「それと犯人はこの場所にはいねえ。この建物の別の箇所にいる。そうじゃなけりゃ、自分も暴徒に巻き添え喰っちまうからな」

「と言うことは空中に何かを散布するタイプの能力? でも、発動条件が分からない……」

「何かを散布するというのはいい線だぜ、だがハズレだ。正確に言うと『混入させる』だぜ」

「混入……」

 

 推理小説の探偵よろしく顎に手をやり答えを導き出そうとする。

 混入。

 何かを混ぜる?

 混ぜて飲ませる? それとも触れさせる?

 だとしたら何処に?

 何処が最適だ?

 

 そしてとうとう回答にたどり着く。

 

「――水……ですわ。恐らく水道水」

「そうだぜ、そしてそれが被害者に男性が多い理由にも当てはまる」

「お手洗い……。確かに混雑したデパートでは殿方の方が回転率は早いですわね」

「そして水に混入するっつー事はその元を辿ればよぉーー」

「給水塔!! 屋上に設置された!」

 

 仗助は黒子に手を差し出す。

 正解を祝しての握手ではない。別の意図があっての事だ。

 

「お前の能力なら一瞬で移動できるよなぁーー? このまま犯人の虚をついてとっ捕まえるぜ!」

「ええ、でもその前にすべき事を。犯人を拘束するのはその後ですのッ」

 

 黒子は差し出された手の平を力強く握り返した。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。