とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ハーネストは密かに嗤う その①

 風紀委員(ジャッジメント)第177支部。

 その一室では連日発生している虚空爆破(グラビトン)事件の対策会議が行われていた。

 室内の照明は落とされ、正面に映し出された液晶ディスプレイの光だけが、その場にいる風紀委員(ジャッジメント)達の顔を浮かび上がらせている。

 その液晶ディスプレイには、

●被害にあった施設・建物

●犯行に使用された遺留品

●事件発生地点の分布図

などが表示されており、進行役の固法美偉(このり みい)が、事件の詳細を他の風紀委員(ジャッジメント)へ伝達している。

 

「――事の始まりは二週間前。SNS上にアップされた映像が始まりでした。

犯行現場は、街中の茂み、歩道橋下、河川など様々。

犯人は、自らが設置した遺留品を携帯で撮影。重力子による対象物破壊を確認後、現場を逃走しています――」

 

 個法から「これはその内の三件目の動画です」と補足が入り、犯行時の監視カメラの映像がモニタ上に映し出され、再生される。

 

 破壊され、黒煙立ち込める現場から、足早に立ち去る犯人。

 その出で立ちは制服姿の女子高生だった。

 

 映像はそこで途切れ、別の監視カメラの映像へ切り替わる。

 先程の女子高生が走っている場面が移っている。

 

 また映像が切り替わり次の場面へ。

 今度は歩みを止めたり、再び歩き出したりを繰り返し、所在無く周囲をうろつく彼女の姿が。

 懐から何かを取り出す。

 形状から恐らく携帯電話だ。

 何らかの文字を打ち込んでいる。

 

 その次の瞬間、彼女は消えた。

 周囲の人間が何らかの衝撃を感じ倒れ、起き上がるまでの数十秒足らずの間に、彼女は唐突にその存在を消し去ったのだ。まるで人体消失のマジックでも見ていたかのように……

 

「……先ほど便宜上”犯人”と呼称しましたが、この女性が『被害者』である可能性も十分に考えられます。何故なら、他の7つの犯行のいずれも、犯人の姿がそれぞれ異なるからです」

 

 犯人が異なる。

 それが今回の重力子(グラビトン)事件を複雑にさせている要因の一つであった。

 犯行はそれぞれ性別、容姿、職業など関係なく、すべて別の人間によって行われた。

 彼らは自ら爆弾を設置し、その後自爆するという末路を辿っている。

 これらの行動から何らかの『組織的な洗脳』の線が疑われたが、確証がまったく得られないのが現状だ。

 

「被害者……。いえ、現時点では容疑者ですわね……。彼女の身元は分かっていますの?」

 

 白井黒子はより詳細な情報を個法に求める為、挙手をして席から立つ。その表情は現状を何とか打破しようという焦燥感すら感じられた。

 

「ええ。『光宗亜紀子(みつむね あきこ)、第七学区に在学中の学生。品行方正で、際立って目立つ悪評もないごく普通の学生。事件の1時間前から友達との連絡を絶っていたらしいわ」

「では、その時に真犯人に何かをされ犯行に及んだ、と考えるのが妥当ではありませんこと?」

「80%……、いえ、90%の確立で恐らく何か(・・)をされたのでしょうね……。

でも確証がない。確証がない以上、様々な方面から検証をしていかなければならないのだけど……、現状では判断材料が少なすぎる……。私達は犯人の能力すら分かっていないのだから……」

「くッ……」

 

 完全に手詰まり状態だった。

 犯人は単独犯なのか、それとも組織的な陰謀なのか、今のところまったく手がかりが皆無の状態なのだ。

 期待した回答を得られず、黒子はやや落胆した様子で着席する。

 個法は周囲を見渡し、他に質問者がいない事を確認するとすぐに会議を再開させる。

 

「この事件の特徴は大きく分けて2つあります。1つは先に述べたように、まるで事件を引き継ぐかのごとく複数の人間が同じ犯行に及んでいる点。もう1つは、自らの犯行をSNSに投稿している点です。もっともそれは最初の5件のみで、それ以降は成りを潜めている様ですが……。その際の文面は以下の通りです――」

 

 モニター上に投稿されたコメントが表示される。

 

 

 ――ボク、は、ある日突然変異的に能力に目覚めました。この能力はすごい。何をしても他の一般ぴーぽぉーにまったく気付かれる事なく色んな事が出来る。どんなに悲鳴が聞こえるほど痛めつけても、泣きわめく様を延々と眺めていても、気に入らないヤツを消しても、まったくばれない、分からない。ボク、は、お祭り騒ぎが大好き。世間が注目してくれて、皆が右往左往している様を嗤うのが大好き。だからコロスよいっぱい殺すよ。もっともっと盛り上がろう。もっともっとお祭り騒ぎ。もっともっと永遠に続かせよう――

 

 

 あまりに長ったらしいコメントに途中から見る気が失せるが、掻い摘むと「自分のこの素晴らしい能力で世間をもっと騒がせたい」という犯人の”自慢”だった。

 

「――今回の事件、時間も場所も関連性が認められず、犯人の特定は困難を極めると予想されます。犯行動機は至って稚拙。このまま野放しにしておけば学園都市の治安維持の崩壊にも繋がりかねない重要案件です。次の犠牲者を生まない為にも警備員(アンチスキル)と協力して、より一層の警備強化と風評被害の拡大を防ぐ必要があります」

 

 会議室に個法の声が響き渡る。皆それぞれ犯人対しての憤りを感じているのか、皆神妙な面持ちで画面上に映し出される犯人の声明文を睨みつけるように見続けている。

 その後、個法からの数点の事件に対する補足説明と確認事項を執り行い、会議は程なく終了となった。

 

 室内に明かりが灯され、風紀委員(ジャッジメント)達はそれぞれの支部へと戻っていく。

 部屋を出る際の彼らの表情はいつにも増して真剣そのものだ。

 恐らくこの後、犯人逮捕のために各々独自のルートで動き始めるのだろう。

 

 白井黒子と初春飾利も同様、犯人への憤りを隠さず、険しい表情のまま自分達の部署へと戻る。

 

「――初春……。光宗亜紀子の能力について調べてくださいます? どんな些細な情報でも、そこから手がかりがつかめるかも知れませんから」

「わかりました。他の七人の被害者……、いえ、容疑者の能力についても調べておきます」

「後は事件当日の各容疑者の動向の確認。彼ら七人に接点がないか、徹底的に調べますわよ」

 

 黒子と初春。彼女達は密かに闘志を燃やし、犯人に近づく道を模索し始める。

 彼女達の胸に去来するものは、犯人に対する怒りと、この街を守るという強い信念だ。

 行動できる選択肢がある内は、まだ最悪ではない。

 だから彼女達は立ち止まらず、先に進む道を模索し始める。

 その先にいるであろう犯人にたどり着くために。

 

 しかしそんな彼女達の努力をあざ笑うかのように、何の成果も得られぬまま3日という時間だけが無常にも過ぎていくのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 東方仗助の元にその電話がかかってきたのは早朝の事であった。

 朝シャンを済ませ、半乾き状態の髪へポマードを付け、ドライヤーと櫛で入念にヘアスタイルを整えていた仗助は、早朝の憩いの一時を邪魔され、少々イラつきながらも電話を取る。

 

「もしもし、東方っスけど」

「…………」

 

 だが電話の主は答えない。無言を貫き話そうとしない。

 これはあれだ。いわゆる無言電話というやつだ。

 ナンバーディスプレイに表示された文字は『非通知』。

 明らかに知り合いからの電話ではない。

 朝の貴重な時間をくだらない嫌がらせに消費されたくなかったので、仗助はあからさまに不機嫌な声色で電話の主に苦言を呈す。

 

「……いい加減にしなよ。朝っぱらから人を不愉快にさせてよぉ~~……。もしテメーが今後も同じようにかけてくるつもりなら、俺だってそれ相応の対応っつーのをさせてもらうからよォーーッ」

 

 朝食の準備よりも優先した朝の貴重な時間をこんな何処の誰とも知れない人物に消費されるのは我慢ならない。

 そのまま受話器を叩きつけて切ろうとすると、ようやく相手方が返答する。

 

「……東方仗助……。アンタこの学園都市の能力者とは別系統の、特殊な能力を持っていますね? 『スタンド』っつー能力ですけど、……実はね、この俺も持ってるんですわ」

「……何モンだ? テメー。……俺の事何で知ってる? (ここの番号を)どうやって調べた?」

 

 相手はボイスチェンジャーで自分の声を変えている。甲高い声で「ククク」と笑う相手は男なのか女なのか、未成年なのかそれとも社会人なのか、それすら分からない。

 

「『万丈健次郎の仲間』って言えば、分かりますかねぇ。先日の戦いぶり、しっかりと拝見させてもらいましたよ。アンタの能力、中々に面白い。それだけ言えば私がどうやってアンタの住所を調べたのか分かりますよねェ?」

「何ッ!?」

 

 先日の雨の中での戦いを思い出す。

 万丈は金で雇われて仗助を襲ったと言っていた。その際かなりの金額を万丈に支払っていたらしい。

 相手は複数。それも規模の大きな組織という想像が容易に出来る。

 そのような組織なら仗助の電話番号が把握されていてもおかしくは無い。恐らく住所さえも。

 

 だが、そこで一つの疑問が頭を(もた)げる。

 コイツは何故わざわざ仗助()に電話をかけてきたのか?

 

「……何のつもりだ……。わざわざこんな早朝に俺を不快にさせる為だけに電話してきたッつーのか?」

 

 相手の意図は読めないが、これだけは分かる。

 コイツの長電話のせいで朝の貴重な時間が確実に浪費されている。

 お陰で髪のセットはイマイチだし、朝食を取る時間もなくなりそうだ。

 気分爽快とは程遠い鬱屈した気持ちで放課後まで過ごさねばならないと思うと、心の底からむかっ腹が立ってくる。

 その相手は仗助の気持ちなどお構い無しに、あくまでマイペースに話を進める。

 

「『マリオ』って、知ってるよなー? ゲームの配管工のおっさんのよぉー」

「……何の話だ?」

「いいから聞けって。そのマリオでよぉー。仮にBダッシュで死ぬ事無くゴールまでたどり着けたとしたらよぉーー。オメー、面白いと思うか? 敵に当たっても、落とし穴に落っこちても死ななかったらよぉーー」

「…………」

 

 最初の敬語口調はなりを潜め、相手はタメ口の様に馴れ馴れしくゲームの話をし始める。

 それにどんな意図が含まれているのか分からない仗助は、口を閉じ、相手の出方を窺う事にする。

 

「圧倒的に自分が有利なゲームッつーのはよぉ~~。やってて白けるもんだぜ。

『今やってるゲーム』。降りるつもりはねェが、それでも勝ちの決まったゲームほどつまらねぇモンはねぇ。

……だからよぉー、ちょいとゲームの難易度を上げる事にした訳よ。

『イージーモード』から『ノーマルモード』への切り替えってヤツさ」

 

 相手は自分の主張したいことをベラベラ話すだけ話す。

 ――自己顕示欲の強いヤローだ。

 一貫してだんまりを決め込んだ仗助だったが、そろそろ我慢の限界が近そうだ。

 

「――今世間を騒がせている虚空爆破(グラビトン)事件の犯人。もしそれが電話をかけている相手だったとしたら、アンタどうする?」

「!!」

 

 唐突に。

 本当に唐突に、電話の主は自分が犯人であると告白する。

 自白ではあるが、自首する為の告白では決してない。

 これは挑戦だ。

 犯人から、東方仗助への一方的な宣戦布告。

 

「見てみぬフリを決め込むかい? それとも、俺を捕まえる為に奔走するかい? 

本当を言うと、俺はどっちでもいいんだ。実際、ただの暇つぶしだしよぉ~~。

世間の人間が事件に右往左往する様を眺めるのを見たいだけだしなぁ~~~~。

そン中でアンタは間違いなく追う側の人間だと俺は踏んでるんだが……そこんトコ、どうよ?」

「……オメーは一つ、勘違いしているぜ」

 

 暗く、深いドスの利いた声を、仗助は出していた。

 その声は心の中で渦巻く仗助の感情をそのまま代弁している。

 すなわち――「この野郎は許せねぇ!!」

 

「さっきオメーは『ノーマルモード』だと言ったが、訂正が必要だぜ。

今、この瞬間からッ、『ベリーハードモード』に切り替わったからよぉーーッ!

……必ず見つけ出す。見つけ出して、お前が殺した生徒達の償いをさせてやッからよォーーーーッ!」

「きっひひひひひっ! そうこなくちゃあなぁッ! それでこそゲームし甲斐があると言うモンだぜっ!

期待して待ってるからよぉーーッ!!」

 

 電話は唐突に切られた。

 後には「ツーツー」という音声が室内に響くばかりである。

 

「…………」

 

 受話器を置いた仗助はテレビのリモコンを消し、室内灯を消す。

 学ランを羽織り、カバンを手にし、そのままマンションを出る。

 このまま、のんびりと髪のセットにこだわる気分ではなくなってしまったからだ。

 

 とりあえず、闇雲に犯人を捜してもしょうがあるまい。

 必要なのは情報。

 犯人の手がかりを掴む為には、こちらも何らかの有力な情報が必要になってくる。

 

(――と、なると、アイツに頼み込んでみるか……)

 

 仗助の脳裏に浮かんでいたのは風紀委員(ジャッジメント)の存在。

 そして白井黒子の顔だった。

 

 美琴とのとばっちりバトルや、あすなろ園での一件で知らない間柄ではない。

 恐らく風紀委員(ジャッジメント)は現在この重力子(グラビトン)事件にかかりきりのはずだ。

 そこに所属している黒子からうまく情報を引き出せれば、犯人に繋がる糸口が見つかるのではないか。

 仗助はそう考えていた。

 

(――他に風紀委員(ジャッジメント)の知り合いなんていないからよぉーー……。うまく畳みかけて情報を引き出せれば『御の字』、って所かな? ……うまく引き出せればの話だがな……。

……ま、このままうじうじ悩んでも成果は『ゼロ』だからな。少しでも『プラス』になる可能性に打って出るさ)

 

 話してみて分かったが、黒子は頭が固く、低能力者を見下す傾向にあるこの学園都市の人間には珍しく、話の分かる能力者だ。ならば自分の訴えも聞いてくれる可能性は非常に高い。

 

「何はともあれ、放課後……だな」

 

 後は出たトコ勝負。

 最悪な結末は黒子に協力を得られないことではない。このまま犯人を野放しにし、まんまと逃げられる事だ。

 それだけは何としても阻止しなければならない。

 

 決意の眼差しを携えながら、東方仗助は朝の通学路を進んでいった。

 その視線の先に高笑いし続ける犯人のまぼろしを見ながら。

 

 朝空けの澄んだ空気を目一杯吸い込む。

 熱く滾る思いはそのままに、冷静な思考の自分を手に入れる。

 

(待ってなよ。俺にケンカを吹っかけた事、必ず後悔させてやっからよぉ~~~~)

 

 怯えず、ひるまず、立ち止まらず。

『犯人へと続く道を探し出す』。その信念を胸に秘め、仗助は歩み続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ああ、もうっ! 腹立たしいっ! この犯人の手のひらの上で転がされている様な気分、まったくもって不快ですわっ!」

 

 第177支部の一室にて。

 外回りから帰ってきた黒子は椅子を軋ませながら、やや乱暴に腰掛ける。

 現場百篇という言葉通り事件現場を何度も行き来して情報を集めていたのだが、あまり芳しい成果があげられなかった為だ。

 

「そうですよね。わかっている事と言えば、犯人はレベル4クラスの未知の能力を有している……ということ位ですし……」

 

 黒子のぼやきに同意しつつ、初春はパソコンから目を離さずPCを弄り続けている。

 初春が閲覧しているのは様々な匿名掲示板や投降サイトである。

 それらのサイトを複数同時に呼びだしつつ、連日起こっている重力子(グラビトン)事件に付いての書き込みをチェックしている。犯人や事件に関する話題を閲覧するに、ネット上ではお祭り騒ぎといっても過言ではないくらいに盛り上がりを見せている。

 

 曰く

「犯人は神」

「次の犠牲者はだれかにゃー?」

「ウチの学校のヤツも●してくれませんかね?」

「終末の日は近い」

「動画UPマダー?」

 

 事件に不安を感じている投稿者より、現状を愉しんでいる、もしくは更なる混沌を望んでいる声の方が多い気がする。その期待の声に答えるかのように、この3日間で計4件の事件が発生し、犠牲者はさらに増え続けている。

 

「――完全に犯人の思惑通り、という感じですね。この現状を生み出す事、それが犯人の望みなのだとしたら……」

「終わりがありませんの……。犯人が飽きるか逮捕されるまで延々と繰り返される凶行。それを阻止する為にも、何らかの情報が欲しいところですのに……」

 

 大きく伸びをしつつ「でも、絶対諦めませんの」とやる気は減退していない黒子は、疲れた脳細胞に少しでも潤いを与えようと、冷蔵庫にてミルクたっぷりのカフェオレをカップに注ぐ。「初春もいりますの?」と訊ねると、「私は、これがありますので」とストローを差し込んだ野菜ジュースを口に含み、再びキーボードで検索を開始する。

 

「……この事件、犯人は複数と見て間違いありませんわね。対象を爆発させるという能力は同じですが、その本質はまったく異なりますの」

 

 カップ片手に黒子は初春の元へ。

 後から初春が操作しているPC画面を覗き込む。

 画面には高速で様々なウインドウが閉じたり、表示させたりで目まぐるしく変わっている。

 

「爆発物にアルミを仕込んで『重力子で爆発させる犯人』と、『被害者を爆死させる能力』を持った犯人。最低でも二人の能力者がいるということですね」

 

 高速なブラインドタッチを止めもせず、初春は黒子の会話に参加する。

 作業と思考の並列処理能力。この情報処理能力の高さこそ彼女が守護神(ゲートキーパー)と呼ばれる由縁だった。

 

「ええ。そうでなければ一人一能力が原則の学園都市の能力者に当てはまらないですわ。『犯人は被害者の身体に爆弾を埋め込み、強制的に言う事を聞かせていた』。もっとも、『人間に爆弾を埋め込む能力』と言うのが本当にあるのか甚だ疑問ですけれど……」

「――白井さん。私、一つ仮説を思いついたんですけど、聞いてくれますか?」

「なんですの?」

 

 PCを操作する手を休めず初春は5つの動画を一画面に表示させる。それは事件の始まりの頃の動画だった。

 

「最初の5つの事件。私、これは犯人の宣伝なんじゃないかと思うんです」

「宣伝? 一体誰に対して?」

「『特定のコアなユーザーに対して』のです。『これからもっと被害は大きくなります、世間はもっともっと大騒ぎになります。みんなもこの騒動に参加してみませんか?』。私には犯人がそういっているような気がしてならないんです」

 

 初春は画面を操作して別の動画を表示させる。

 

「最初の5つの事件は被害者自身に撮影を行わせていた。でも、それ以降は……。正確に言うと『グリーンマート』の一軒から、被害者は撮影を行っていません。しかし監視カメラの映像は残っています。これらの映像。おかしな点に気がつきませんか?」

 

 表示されている映像はいずれも街中を被害者が歩き、あるいは走り、唐突に消失するまでが記録されている。

 だが、その映像に何か引っかかる点があるかと言えば「わからない」としか黒子には答えられない。

 少々じれったくなったので「もったいぶらずに教えてくださいな」と、回答を急くように初春に迫る。

 

「厳密に言うと、被害者ではなくて周囲の人間を見てください。彼らの様子にどこかおかしな点はありませんか?」

「……ん? ひょっとしたら……、カメラ? 動画を撮影している?」

 

 初春の言うように画面周囲に目を凝らしてみると、画面上の数人は明らかに被害者に向かってカメラを向け、撮影を行っている。

 他の動画も確認して見る。同様にカメラを被害者に向けている数人の姿が確認できた。

 

「これは、一体……?」

「おかしいと思いませんか? 彼らは明らかに被害者をターゲットにしてカメラを向けている。この時点で重力子(グラビトン)の実行犯だと分かっていないにも関わらずです」

 

 先程の初春の発言が思い出される。

 

「まさか……、特定のコアなユーザーって……」

「そうです。特定の個人だけが入れる犯罪サイト。彼らはその住人なんじゃないでしょうか? 犯人はそこの住人達に情報を流して被害者の様子を撮影させる。それになんに意味があるのか現時点では不明ですけど」

「……初春。そのサイト、見つけ出せないんですの?」

 

 黒子がくい気味に詰め寄る。せっかく見つけた犯人逮捕への足がかりとなる情報だ。うまくいけば芋ずる式に犯罪者達を逮捕できるかもしれない。しかしせっかく浮かび上がった希望を自ら否定するように、初春が残念そうに首を振る。

 

「ダメです。恐らく特定の手順を踏まないと浮かび上がってこないサイトのようですね。それを特定する為にも、撮影者達を取り調べたいんですけど……」

「そうですわ! 初春、あなたなら画像から個人を特定するのも容易でしょう。それなら……」

 

「残念ですが……」再び首を横に振る。「投稿者は全てフードを被っているか、カメラの死角にいたりで徹底的にカメラに映らない様にしているんです。どうやら犯人は監視カメラの位置まで把握して、教えているようですね」

「そんな……」

 

 人は希望を見せてから落とされるのが一番精神に堪える。精神的に落胆した様子を隠せない黒子は、思わず後ずさり、「これで、振り出しと言う訳ですわね……」大きなため息を吐く。

 

「――いえ、そうともいえません」

 

 落胆を隠しきれない黒子に対して初春ははっきりと、「可能性はまだある」と示唆する発言をする。

 そして表示される一つのサイト。

 

「これは?」

「確かに、私達は犯人に遅れをとっています。ですが反撃の糸口はまだ残されています」

 

 それはとある違法な会員制動画サイト。

 海外のサーバーを何度も経由しており、個人を特定させないような(無駄な)努力がありありと見て取れる動画投降サイトである。

 バナーには半裸の女性の動画や画像、怪しいピンク文字やリンク先など明らかに何らかのウイルスが仕込んであると容易に想像できてしまう。

 アダルトな内容に顔をしかめる黒子。意に介さず、そのままあるスレッドを表示させる初春。

 

「犯人は頭も切れて容易に姿を現さない人物です。ですが、その他不特定多数の『協力者』はどうでしょう?

あくまで『素人』である彼らが、犯人の言う事に素直に聞くと思いますか? 驕り、昂ぶり、スタンドプレーをしてしまう可能性がないとは思いませんか?」

 

 そう。

 彼らはこの虚空爆破(グラビトン)事件と言うゲームに参加しているプレイヤー。そんな感覚でこの犯罪に加担している。

 そんな彼らがゲームマスターである犯人の言う事全てに素直に従っているとはとても思えない。

 中には調子に乗り、独断で余計な行動をとってしまう者も現れるかもしれない。

 初春のその予想はその実、見事に的中した。

 

「――海外サーバーを経由してIPアドレスすら消していると思って油断したんでしょうね。事件に関する書き込みが複数ありました」

 

 そこには事件の当事者しか知りえない情報が書き込まれていた。

 

 

 

12.カリギュラ

実は俺、グラビトン事件の犯人知ってるんだ。

ハーネストって言う名前で、俺達のゲームマスター。

 

13.デュエル

なにいってますのん自分?

 

14.カリギュラ

まあ聞けって。ある操作をしないと入れない匿名サイトがあるんだけどさ、おれ、そこの住人なの。今回はちょっと主張中ー☆

 

15.ローズマリー

そんなことよりエロ画像UPヨロ

 

16.グリズリー

15»だが断る

 

17.カリギュラ

今面白いゲームが開催しててさ、爆死する被害者の動画をup&掲載すると1000万円もらえるクエスト発生中ナウ♪

俺それで4000万円くらい稼いだお♪

 

18.ファンハウス

嘘クセー

 

19.デッドリースポーン

嘘でも言っていい嘘というものがあってだな……

 

20.カリギュラ

ターゲットと場所はそのつど公開。後は監視カメラの場所と適切な変装の仕方なんかのハウツーも載ってて楽ショーって感じ? たった二、三分の撮影でそれだけ儲かるなんてラッキーだよねー☆

 

21.センチネル

調子乗ってます? ひょっとして?

 

22.カリギュラ

のってマース♪

そのついでに俺もなんか事件起こしたくなってきた。実は俺、最近能力に目覚めてさ。

 

23.ヘルハザード

薬でもやってんの?

 

24.カリギュラ

その通り! 変な科学者に薬打たれたら能力に目覚めちった。

おまけにこの能力、他人に見えないみたいだし。悪用する以外方法ないっしょ☆☆

 

25.マニトゥ

いや、まっとうに生きなさいよ……。ラノベか。

 

26.カリギュラ

生きないー♪

デパート 31141114 

パニック パニック

決行時間は明日の昼の13時にしようかな。まあ、ニュースを楽しみにしていたまえ。

 

 

 

 

「……この『カリギュラ』という投稿者は……。もしかして、初春!」

「ええ、十中八苦、当たりではないかと……」

 

 投降されていた内容を見た二人は思わず息を呑む。

 ついに見つけた犯人に繋がる糸口!

 しかしその内容はとても歓迎できるものではない。

 

「犯行予告ですわね、確実に……。そして決行予定日は……」

「今日の13時! もうすぐじゃないですか!」

 

 時計の時刻は12時30分を回っている。これがブラフでない限り、後30分後には確実に犯人は凶行に及ぶだろう。なんとしても阻止したいが……

 

「場所を特定しないと……ッ!」黒子は犯人の残したヒントを読み解こうと躍起になる。

 

 黒子の空間移動(テレポート)なら目的の地点まで地点まで一瞬で飛べる。しかし、その場所が分からなくてはどうしようもない。

 焦る気持ちとは裏腹に回答はまったく浮かばず、時間だけが浪費されていく。

 そんな一刻も争う状況下で、初春は勤めて冷静に犯人の意図を読み解き、解読していく。そして――

 

「――白井さん、分かりました! 場所は恐らくここ(・・)! 行って下さいッ! 早くッ!!」

 

 初春が導き出したその解答に、「どうやって?」と言う疑問が浮かぶが、今は一刻でも時間が惜しい。

「わかりましたの!」とだけ告げると、その場所(第177支部)から瞬時に移動。

 空中を連続空間移動(テレポート)していく。

 

(ついに掴んだ犯人への糸口ッ! 絶対に捕まえて吐かせて見せますのッ――!)

 

 強い決意を胸に秘め、黒子は目的の場所へと急行するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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