とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

6 / 35
「――ええ、そうっス。さっきデータを送った通り、東方仗助はアンタらが探している能力者じゃないですな。まあ、映像の方は送ったんで後は勝手にやってくださいよ。オレはお小遣い貰えりゃそれでいいんで――」

 東方仗助が万丈健次郎を倒し、その場を立ち去ってから数分後。
 その様子をずっと観察していた人物が携帯で誰かとやり取りしている。

「はい? オレの見立てっすか? まあ、こっちから手ェ出さなきゃ向こう(東方仗助)も何も仕掛けてこないんじゃあないんスかねぇー。まあ、タダの勘ですけど」

 話している相手は『草薙カルマ』。
 彼の命令で今朝からずっと東方仗助の動向を観察していた。

「とりあえずは放置でいいんじゃあないッすかねー。変に刺激して『やぶ蛇』なんて事になったら、オタク等も困るでしょー? まあ、タダのおせっかいですけどね」

 携帯で会話している人物は若い女性だ。
 長髪のスラリとした長身の一般的な学生。だがその様子はどこか奇妙だ。

「ところでー。オレもそろそろ好き勝手やらして貰ってかまいませんかねー。何、あんたらの足を引っ張るなんて真似はしませんよー。タダのオレの趣味ですー」

 女性は顔面蒼白で携帯を握り締めている。
 とても苦しそうに荒い息を吐き続け、足はがくがくと震えている。
 そして何より

その女性は(・・・・・)しゃべってはいない(・・・・・・・・)のだ(・・)

「せっかく『スタンド』なんて面白い能力を手に入れたんだ。これから面白おかしく生きたいんスよーー。
とりあえずは、ちょいと世間が注目する騒ぎでも起こして見たいっスねー」

 声の主は笑う。だがそれは女性ではない。別の誰かだ。
 女性はついに堪えきれずに、膝から崩れ落ちるように地面に(ひざまつ)く。

「お互い悔いのない人生を送りましょうや。『人生短し』と言いますからな。でわでわー、また近いうちにー」

 携帯は向こうから切られた。これ以上話をする事もないという意思表示であろう。だが別に不快には思わない。なぜならそれは『好きにやれ』と了承を得たのと同義だったからだ。

「――さて、と。……おい、ねーちゃん。お前、『解放』されたいか? んんー? 『解放』されたいよなぁ? せっかく話しかけてんだから返事くらいしろや」

 だが女性は答えない。いや『答えたいが答えられない』といったほうが正しいか。
 しきりに喉元を苦しそうに押さえている。

「……ああ。スマンスマン、ド忘れしていたよ。確かに『ソレ』じゃあしゃべれんわなぁー。ほーら、少し緩めてやるからよぉ……。それならしゃべれるだろー」
「……げほっ……げほっ……ううう……お、お願いします……どうか、命だけは……」

 首元を緩められた女性は少しだけ苦しみから解放され、思い切り息を吸い込む。そのせいで少しむせてしまうがそんな気恥ずかしさを気にしている余裕は今の彼女にはない。
 しゃがれ声でなんとか命乞いをするだけで精一杯だ。

「んんー? そうかそうか。解放されたいわけだな? その答えは『YES』っつーことだな? はっきりと答えろよ。解放されたいんだよなー?」
「……は、はい……。『解放』されたい、です……」

 女性はかろうじてソレだけを伝える。必死だった。目には涙を浮かべ、恐怖でどうにかなりそうな感情を必死に押し止めていた。もし逆らおうものなら、今度こそ命の保障はないと直感で察したからだ。

「よーしよしよし。素直な子は好きだぜ。いいぜ? お前の願い、叶えてやるよ。それじゃあ、アバヨーーッ!」
「――え――ッ?」


 その数秒前。
 通行人の一人が地面にうずくまる女性に気が付いていた。
 貧血か、何かの病気か?
 全身で息をし、今にも倒れこみそうな彼女が心配になった通行人は、携帯電話を取り出し警備委員(アンチスキル)に連絡を取ろうとした。

 一瞬だった。
 目を離した一瞬のうちに何かの大爆発と衝撃が通行人を襲い、その風圧で思わずその場に伏せる。
 そして目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
 
「――え? ――ええッ――?」

 女性は跡形もなく姿を消していた。
 地面に焦げ後もなく、爆発した物体も見当たらず、
 ただその場にいたはずの女性だけが、この場から消失していた――






ハートエイク《心の痛み》

 ――トンネルを抜けると、そこは雪国であった。

 という某有名な一説が示すように、日常から非日常への境界線など、ほんの些細なきっかけで変わってしまうものである。

 問題はそれが果たして悲劇なのか。それとも喜劇の物語なのか、当事者達には選び様がないという事である。

 同じく小説から引用するならば、ある日寝て起きてみたら虫になっていた男の物語は明らかに悲劇の部類に入るであろう。

 ではこの場合は?

 この八雲憲剛(やくもけんご)場合(ケース)はどちらの部類に入るのか?

 

 彼が自室のベッドで目を覚ますと目の前に『謎の物体』が浮かんでいた――

 

 

 

「――え? えええええッ?」

 

 八雲は素っ頓狂な声をあげる。

 ――なんだこれ? 一体なんなんだ? UFO? UMA? それともエクトプラズムか何かか?

 毛布に包まりつつ、後にズザッと後退する。壁を背にし、謎の物体の出方を待つ。

 

「…………」

 

 しかし一向に動こうとしない。八雲をじっと観察し、空中で待機しているだけだ。

 

「ハ、ハロー? ……あ、アイキャンノットスピークいんぐりっしゅ?」

 

 仕方ないので拙い英語で話しかけてみた。

 当然反応はなかった。

 もっと英語を勉強しておけば良かったと八雲は後悔した。

 

 物体は、何と形容したら良いのだろう。

 小型の甲殻類の様な形をしていた。

 

 豆電球の様な二つの眼球。

 手足はなく、のっぺりとした概観。全身はダークグレーで光沢を帯びている。

 胴体には所々切れ込みのようなものが入っているが、それがどんな機能を持っているのか皆目見当が付かない。

 いや、これはそもそも生物なのか? それとも他の惑星の生物が送り込んだロボットなのか?

 それすら分からない。

 八雲がしばらくこの物体とコミュニケーションをとろうと四苦八苦していると、唐突に物体がしゃべってきた。

 

「……ァ……ワ……たシわ……。あナタかラ……ウマれまシタ……」

「……なん、だって……?」

 

 たどたどしい発音で聞き取りづらい事この上ない。

 だが聞き間違いではないのなら、この物体はいま「私はアナタから生まれました」と八雲に言って来たのだ。

 

「せィシン、みジュク……。こトバ……まダ、はナせナい……」

 

 聞き取れる範囲で翻訳すると「八雲の精神が未熟だからうまく話せない」と言いっているみたいだった。

 突然現れた謎の物体に、何故か自分が非難されているようで、なんとなく申し訳ない気持ちが込み上げてきた。

 それと同時にこの状況を作り出した原因に心当たりがあった。

 

「……あの、薬だ……」

 

 身体検査(システムスキャン)以前に謎の組織から受けた投薬。

 その後の原因不明の高熱や吐き気。

 全てがフラッシュバックのように鮮明に思い出された。

 

「――なんてこった……。確かに能力は欲しいといったけど、まさかこんな形で手に入るなんて……」

 

 がっくりとうな垂れて以前の自分の軽率な行動に後悔する。

 自分が欲しかったのは『学園都市の能力』であって、決してこんな訳の分からない物体ではないのに。

 

「――っていうか、『これ』どうしたら良いんだ?」

 

 まさかこんなのをつれて学校に行くわけにもいくまい。

 置いて行くしかないが、果たして言うこと聞くのか?

 空中に漂う『物体』をどう取り扱ったら良いのか考えあぐねていると、『物体』が提案してきた。

 

「……ワたしわ……アナたノ心デす。いツでモ呼びダせルはズでス。心ノなカで念じテくだサイ。元、モドりまス」

「……元に、戻る……」

 

 試しに心の中で念じてみる。『物体』を、体内に戻すイメージで……

 すると、『物体』はまるで八雲の胸部に吸い寄せられるように引き寄せられ、やがて体内に「スゥー」っと消えていった。

 慌てて胸に手を置いてみるが、どこにも異常は見られない。

 健康な自分の身体そのものだ。

 後には普段と同じ、朝の光景が広がるばかりである。

 

「――なんなんだよ、もうーー」

 

 八雲はコトの異常さについていけず、布団に頭から突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、八雲が教室のドアを開けると色んなざわつきが耳に入ってきた。

 普段も騒がしい教室内だが、今回は特に騒がしい。

 何かの事件でもあったのだろうか?

 

「なあ、蛭田。教室がすごい騒々しいけど、何か事件でもあったのか?」

 

 自分の机に座ると前の席の蛭田に話しかける。

 その際ちらりと隣の席の仗助を見たが、机に突っ伏して動かない。「スースー」と寝息を立てている。

 そういえば今月は社会奉仕活動をやらされているのだった。きっと壮絶に疲れているのだろうな。

 

 ――こりゃ相談するのは日を改めたほうが良いかな。

 

 八雲は肩をすくめて苦笑した。

 

「事件なんてものではござらんでござるっ! テロッ! 連続テロ事件が近辺で続発しているのでござるよっ!」

「――マジで?」

 

 蛭田は携帯の動画をさっと差し出すと八雲に見せる。そこにはある動画がアップされていた。

 

 雑路を歩く人々。

 植え込み。

 その中にたたずむ白いクマの人形。

 それらがまったく関連性も分からず数分間映し出されている。

 

「なんだこれ?」

「しっ! 問題はここからですぞ」

 

 蛭田に叱責され黙って続きを見る。

 

 少しずつ動き出すクマ。

 その周りに重力の歪みの様な物が発生する。

 次第に収縮していくぬいぐるみ。

 そして――

 

 クラッカーの破裂音にも似た乾いた音が発生し、同時にクマのぬいぐるみが小さく爆ぜた。

 何事かと驚く通行人。

 黒い煙を発生させ燃え続けるぬいぐるみをバックにカメラは遠ざかり、そこで映像は終了した。

 

「これがテロ?」

「そうでござる。この動画と共に、様々なSNSを媒介にして犯行声明文が投函されているのでござるよ」

「様々って事は、他にも?」

「そう! 今回で五件目。爆発の規模自体は小さく、被害者も出ていないからまだそれほどの騒ぎにはなってはいませぬが、実は、最初の映像と比べるとだんだんとその威力が上がっているのを確認できるのでござるよ」

 

 蛭田がネット上にアップされている他の動画も見せてくれた。

 確かに最初の犯行時の動画では、何が破裂したのか分からないほど威力が小さい。

 だがここで違和感が募る。

 

「この、動画を撮影している人物は? コイツが犯人じゃないの?」

 

 こんな近距離から撮影しているのだ。周りの人間だって監視カメラの映像だって絶対に怪しいと疑うはずだ。

 すると蛭田は「ちっちっちっ」と人差し指を左右に振る。その「まあ、誰でもそう考えますわなー」的な態度がちょっとむかついた。

 

「確かに状況からいってこの人物が一番怪しいのでござるが……。実はもう一つ事件がありましてな……。それが『人体消失事件』なのでござる!」

「人体消失? 瞬間移動とかじゃなくて?」

「そう。実際に事件を目撃したであろう人物からの書き込みを見ると、実際に爆発物をおいたのは若い女性で、何やら置いた場所を撮影している。そして爆発が起き、あからさまに怪しいその人物を問いただそうと近づいたとたん――」

 

 一呼吸間を置く蛭田。八雲はもったいぶる蛭田に「早く言えよ」とせかす。

 話半分に聞いていたが、既にこの事件に興味津々になっていたのだ。

 蛭田はその期待に答えるため大きく息を吸い込むと――

 

「――『ぼぉぅうううんっ!』という爆発と共にその人物は跡形もなく消失してきたそうでござる――って、アレ? 八雲氏? どうしたでござるか?」

「――お、おまえなぁ……。いきなり大声出すんじゃねーよっ!」

 

 八雲は蛭田のオーバーリアクション(大声とも言う)に驚き、椅子からずり落ちてしまった。見ると周りの人間も何事かと八雲達に視線を集めている。

 ちなみにこんな状況なのに仗助は未だ爆睡中である。とてつもなく図太い神経をしていらっしゃる。

 

「コ、コホン……」

 

 八雲は咳払いをして何事もなかったように装う。あまりに恥ずかしかったので今度は周囲に聞こえないよう、小声で蛭田に尋ねる。

 

「……で、話は戻すけど、犯行声明文っていうのは? 『何らかの社会的不満をぶつけてやる』系の右翼的な奴なの?」

「いやいや、それよりもっとタチが悪いでござる。動機は単純明快そのもの。一言で言うならば……『面白いから』。動画のタイトルも『暇なんで爆弾を爆発させてみた』っていうもので、あとは長ったらしい自己主張がつらつらと……。犯人は世間の注目を集めたい系の、サイコ野郎でござるな」

 

 もう一度アップされた動画を見せてもらい、コメント欄に書かれた自己主張満載の犯行声明文を見る。

 蛭田の言ったとおり、あまりに長ったらしい文章に、途中から見る気をなくす。

 とりあえずかいつまんで翻訳すると、

 

『自分は選ばれた人間で、目覚めた能力で好き勝手する。自分の行動で人が右往左往するのは見ていて楽しい。これからもっとお祭り状態になる』

 

 という内容だった。

 そのあまりに幼稚すぎる内容に一瞬呆れるが、犯人は本気なのだ。そう思うと一笑に伏す事等とても出来ない。

 

「……確か5回目、だよな? 犯行は……。て、ことは当然……6回、7回目も……」

「確実にあるでござろうな……。そして殺傷力はだんだんと高くなっている……。こりゃ、次回は笑い事じゃ済まなくなるでござるな」

 

 下手をしたら人死にが――

 蛭田がそういいかけた所で予鈴が鳴り、教師がやってきたので、この話題は一時中断となった。

 全員自分の机に戻り、起立する。仗助は未だカ爆睡中だったが、八雲達の尽力で何とか叩き起こした。

 

 こうしていつもの授業風景が展開されるのだが、皆、心の中ではこの度の事件について一抹の不安を感じずにはいられないらしく、妙に神妙な顔付きで授業を受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 仗助君、どこか行くの?」

 

 放課後、いつものように仗助と一緒に下校しようと思っていた八雲は、仗助の意外な申し出に驚く。

 

「――悪ぃな。今日……っつーか、今月はちぃーとばかし顔を出したい所があんだよ」

「それって、社会奉仕先の? たしか『あすなろ園』だっけ?」

「――まあ、な。なんつーか、『縁』が出来ちまったからな。疎かに出来ねーっつーか……」

「そっか……」

 

 恥ずかしそうに頬をかく仗助。

 情に熱く、義理堅い、心の中にとてつもなく熱いものを秘めた好人物。

 それが八雲が知る、東方仗助という人物なのだ。

 その彼が率先して奉仕活動を行おうというのだから、引き止めることなど出来る訳はない。

 

 相談する事が出来ないのは残念だが、そんなのは些細な問題だ。

 今は彼の重荷にならないように送り出すのが正しい選択というものである。

 だから八雲は笑顔で仗助を送り出した。

 

「最近物騒だから、気をつけて行って来なよ」

「ああ、身に染みて分かってるよ。じゃあなー」

 

 帰り道、お互いに挨拶を交し合い、それぞれ別の道を進む。

 奉仕先に出向く仗助を八雲はふと振り返り眺める。

 

「……とはいったものの……どうしようかな……『これ』」

 

 自分の手の平にぎゅっと握られた『あるもの』を、まじまじと眺めながら呟く。

 そこには一枚のカードが収められており、簡略的な説明文が記載されていた。

 

 ●クレイジー・ダイヤモンド。破壊された物体を修復する。

 

 

「……うーん。どう見てもカードゲームのカード、だよなぁ……」

 

 手にしたカードの裏表を何度も見返しながら八雲は帰路に着く。

 銀色のよくわからない装飾が施された綺麗なカード。

 表には能力の説明文らしき文字が刻まれている。

 このカードが現れたのは朝のホームルーム時からだ。

 

 たしか、そう……。教師がやってきているのにもかかわらず、仗助が爆睡こいて中々起きないものだから、蛭田と二人がかりで必死に体を起こしたのだ。

 その時八雲は確かに聞いた。何かスイッチの様なものが入る音を。それと同時に手の平に現れたカードを。

 試しに蛭田にさっと見せてみたが、やはりというか、何の反応も見られなかった。

 つまりこれは、仗助の能力と同じで、他人には見えないモノ、という事になる。

 

「でもこれ、どういう能力なんだろう? 相手のステータスを見る事が出来る能力、とか?」

 

 自分で言ってみて壮絶にどうでもいい能力だなと、落胆する。

 相手がどんな能力を持っているかなんて、日常生活を送る上で別段気にしない。

 それに対象に触れないと発動しないというのも、地味に面倒くさい。

 

 周りの人間にべたべたと触れる自分を想像する。

 変態が一人いるだけだった……。

 

「まてよ」

 

 そこで思いつく。触れないと発動しないというのなら、今朝のあの『物体』を触れさせれば良いのではないだろうか? 幸いこの能力は他人には見えない。だとしたら、触り放題だ。

 

「…………」

 

 触り放題はあまりに犯罪的だよなー。と自分の考えを訂正しつつ、『物体』を呼び出す。

『物体』は自分を八雲の心だといっていた。ならば自分の意志で出現させる事が出来るはず。

 八雲のその推測は正解だった。

 心の中で『物体』を呼び出すイメージを受かべると、一瞬で体から飛び出すように現れたのだ。

 目の前に浮遊する『物体』。

 

(うーん……そろそろ名前をつけてやらないと、呼びにくいなー。いつまでも『物体』じゃあ格好悪いし…)

 

 どうやら八雲は、RPGなどで主人公の名前を付けるのに1時間くらい平気で費やすタイプのようだ。

 数十分ウンウン唸り、格好良さそうな名前の候補を頭に浮かべ、「あーでもない、こーでもない」と候補から外したり、思い直してもう一度候補に入れたりを繰り返していた。

 

 そして結局、英語の授業で習った単語を付ける事にした。

 『ハートエイク』

 直訳すると”心の痛み”。

 

 別に名前に深い意味はなく、ただ単に「この学園都市での生活で虐げられ、夢を諦めていた頃の自分はいつも心に痛みを抱えていたなぁ」と、ふと思ったからである。

 

「ハートエイク……。まあ、なんとなく良い感じ? かな。うん」

 

 名前をつける事で人間(ひと)は自分の存在意義を得るというが、それがこの『ハートエイク』にも当てはまったのだろうか。嬉しそうに空をくるりくるりと一回転して、八雲の周りを飛び回るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、お前ら。昨日ぶりだな」

 

 仗助が正門前で遊ぶ子供達に声をかけると、とたんに児童達がワイワイといって駆け寄ってきた。

 

「あー、じょうすけだー」

「じょうすけー」

 

 駆け寄る子供の中には仗助を親しげに下の名前で呼ぶ子供達もいる。

 恐らく昨日遊んでやった子供達なのだろう。仗助の足元にしがみ付いて放さない。

 そんな彼らに対し、仗助は目線を低くし、同じ視線に合わせると持参したお土産を掲げる。

 

「ところでよー。お前ら腹へってねーかー? 今日は土産を持参してきてやったぜ」

 

 両手に掲げた大量の赤いケース。紐で固定された箱から漂うその匂いに、子供達は即座に答えを導き出す。

 

「ピザだっ~」

「すご~いっ、こんなにいっぱい~」

「慌てなくてもたくさんあっからよぉ~。皆で仲良く食おうぜ~」

 

 仗助はピザの箱を子供達一人ひとりに配りだす。すると園内から施設の園長が顔を出す。

 

「あら、あなたは確か、東方さん? まあー、こんな事をしていただかなくてもよろしかったのに。お金、結構したでしょうに」

「何、はした金っスよ。食うに困らない位は蓄えあるんで」

 

 ピザを全て配り終えた仗助は「後で遊ぼうな」と子供達を遊びに行かせると、ゆっくり立ち上がる。それから園長の女性に対し軽く一礼する。

 園長も「どうもありがとうございます」とお礼を言うと、お辞儀を返す。

 

「――いやはや、今時感心な若者ですなぁ。君の様な若者がいるというだけで、世の中まだまだ捨てたものじゃないと実感できるというものだ。結構、結構――」

 

 不意にかけられる仗助への賛辞の言葉。

 誰だろうと思っていると、園長の後ろから声の主が現れる。

 

 その人物は人当たりの良さそうな初老の男性だった。しかし足が不自由なようで電動車椅子にを使用している。手元のスティックを操作してゆっくりと仗助の元へと歩み寄る。

 白いスーツに水色のネクタイを身に纏ったその老人は、

 

「鏑木光洋(かぶらぎ あきひろ)。このあすなろ園へ出資を行っているものだ。まあ、よろしくしてくれたまえ」

 

 と仗助に手を差し出してきた。

 

「あ、――どもっス」

 

 最初は軽く身構えていた仗助だったが、この施設運営を援助している人物なら悪い人間ではないだろうと、警戒と解き、握手を交わす。思い切り握ればそのまま骨ごと砕いてしまうのではないかと思う位、弱弱しい手の感触だった。

 

「みすぼらしい体でスマンね。色々研究を尽くしているのだが、この病気の治療法だけは私が存命の間には見つかりそうにないのだ」

 

 そういうと老人は弱弱しい笑顔を仗助に向けた。どうやら手を凝視していた為勘違いさせてしまったようだ。仗助は慌てて訂正する。

 

「あ、いや、そーゆーわけじゃあ無いっス。……いや、です(・・)……。――なんかスンマセン。別に鏑木さんがどーとかそーゆーんじゃあなくてですね……」

 

 シドロモドロになって言い繕おうとする様が可笑しかったのだろう。鏑木は「ははっ」と軽く笑い、自分の病気について説明する。

 

「私は癌を患っていてね、もう先行きが長くないのだ……。だからだろうね、こうして自分のやりたいことを率先して行う事にしたのだ。私はね、子供が好きで、科学者ではなかったらこうして子供達に囲まれる生活を送りたいと思っていたのだよ」

 

 園内を自由に遊ぶ子供達を見渡しながら幸せそうな表情を浮かべ、鏑木はそう答える。

 

「科学者っスかー。俺の理解の範疇を超えた『スゲー』研究を日夜やってるんでしょーね」

「もう20年以上になるかな……。最初は芳しい成果は得られなかったがね、最近になってようやく『希望の光』というものが見えてきたのだよ。……まあ、『時既に遅し』といった感は否めないがね」

「へぇーー。ちなみにどんな研究か聞いてみてもいいっスか?」

「ふむ……。一言で表すなら、『神様になれるシミュレーションゲーム』という所かな? 学園都市が誇る超高度並列演算処理器である樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)には及ばないが、それに見劣りしない並列コンピューターを使用してのね」

「は、はぁ……、シミュレーションゲームっスかー。『シ●シティー』みたいな感じのヤツしか連想できないっス」

 

 質問しておいてなんだが、話についていけるか不安が出てきた。とりあえずゲームという単語にだけは反応するのが高校生らしいというか……。

 だがこれ以上話が膨らみそうもない。鏑木もそれを察してか、専門的な用語は極力使わず解説する。

 

「まあそれと似たようなものだよ。地球60億年の歴史や生態系の進化の過程などを可能な限りシミュレーションし、観察するのがプロジェクトの目的だからね。これを解明すれば地球生命史のブラックボックスの部分など、これまで謎とされてきた生命の進化の過程が手に取るようにわかるのだよ」

「なんつーか、すげー壮大な研究っすねー。凄すぎて俺の理解の範疇を超えてるっつーか」

「『科学の進歩とは、それを知りたいと願う知的好奇心がその発端である』……。

私の師匠だった人から教えられた、最も好きな言葉だ。

だから私もそれを実践したのだ。子供達に未来への遺産として残したくてね」

 

 視線を園内の子供達へと移す。

 

「私の肉体はいずれ朽ちていくが、それでも私の精神(こころ)は死ぬ事はない。あの子達と共に、いつまでも同じ時を共有する。この研究はその為にも必要な事なのだ。そしてその成果はもう間もなく実を結ぶ事となる。これ程嬉しい事はないよ」

 

 それは志や意思を子供達に託すという事なのだろう。研究成果さえ出れば、自分のやろうとした事を他の誰かが、それこそここの施設(あすなろ園)の子供達が受け継いでくれるかもしれない。そうすれば彼らの中で、自分という存在は永久に行き続ける事になるだろうと。

 

 仗助も鏑木の視線を追い、子供達を見渡す。

 どの子供達も皆、自分達の境遇を意に介さぬようにキラキラとした笑顔を浮かべ、輝いていた。

 昼の日差しが窓辺から差し込む六月の午後。

 カラッと乾いた風が木の葉を揺らす夏のひと時。

 仗助と鏑木はしばしその光景を遠目から眺め、同じ時間を共有するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……それじゃあ、ちょっと試してみるかな」

 

 帰宅するのを中断し街中にやってきた八雲は、自身はベンチに座りつつ、歩道を通る人々を物色する。

 傍らには彼のスタンド『ハートエイク』もおり、空中に浮かんでいる。

 

 前方に女子高生が数名並んで歩いている姿を確認する。実験は彼女達で良いか。

 

「よし、行けっ」

 

 小声で『ハートエイク』に命じ、女子高生達に接触させる。

 接触といっても肩をちょんと触れる程度だ。

 

「おっ」

 

 すると八雲の手元にカードが三枚出現する。

 

念動力(テレキネシス)レベル2。物体を動かす能力。

風力使い(エアロシューター)レベル1。空気を操作する事が出来る能力。

透視能力(クレアボイアンス)レベル2。物体を透視する能力。

 

 

「よし。ここまでは予定通り。後は……」

 

 それぞれに異なる記載がされているカードを手にし、その中から一枚を選ぶ。

 八雲が選んだカードは透視能力《クレアボイアンス》のカード。

 このカードを持つ能力者を八雲は探していた。

 もっとはっきり言うと『使用した効果を周囲の人間が認識できない能力を所有するもの』を探していたわけだが、数度目の接触でようやくめぐり合えた。

 

「『ハートエイク』」

 

 心の中で自分のところに戻るように命じると、『ハートエイク』は素直に従い八雲の所へと戻ってくる。

 

「バインダー」

 

 八雲がつぶやくと、目の前の空間に正方形上の透明な枠が出現する。

 そこには既に数枚のカードが収められている。

 これらのカードは数時間前に八雲が対象に触れて獲得したカードである。八雲は先程獲得したカード二枚を透明の枠にはめ込むと「クローズ」と呟く。すると先程まで存在していたウンインドウは跡形もなく消失する。

 まるでゲームだよな、と八雲は思った。自分の精神が具現化したものだからそういう仕様になったのだろうか。

 

 まあそれをここで考えても仕方ない。今までは『ハートエイク』が教えてくれた通り。

 そしてこれからは初体験だ。

 

 手元に残したカードに年を込め、唱える。

 

「透視能力《クレアボイアンス》使用」

 

 カードが霧状に四散し、『ハートエイク』の体内に吸い込まれる。

 すると『ハートエイク』体に変化が起きる。

 手足のないのっぺりとした胴体に切れ込みが入ったかと思えば、そこから両手、両足が出現したのだ。

 円盤状の容姿だった『ハートエイク』は先程と大きく姿を変え、より人間らしい形態へとシフトチェンジしていく。その様を見て八雲は「なんかモビル●ーマーみたいだなぁ」と、その変形に内心かっこいいと思った。

 

 変形した『ハートエイク』は八雲の肩に乗り、カードに書かれていた通りの能力を発動させる。

 八雲は発動した能力で意識を集中させ、街行く一人の学生のカバンを『透視』してみる。

 

「お、おおおーー」

 

 思わず感嘆の声をあげる。レベル2なのでそれ程の効果は得られなかったのだが、薄ぼんやりと何かが透けて見えたのだ。能力的には本当に大したコトないものだ。だがそれでも凄い。

 無能力者だった自分が始めて能力を使用した。その事実に軽い興奮状態になる。

 全てはこの『ハートエイク』の言ったとおりだった。この能力は使えるっ。

 八雲は先程の『ハートエイク』とのやり取りを思い出し、一人ニンマリするのだった――

 

 

 

 

 

 

 ――名前をつけ終わった八雲は『ハートエイク』に尋ねてみる事にした。

 この能力はどういう能力なのだ? と。それに対し『ハートエイク』はたどたどしい口調で、だけどはっきりとこう答えた。

 

「こノ能力ハ。万能ノちかラ。アリトあらユる能力ヲ使用すル事ガできル……マス」

「……マジで?」

「まジでス……はイ」

 

 八雲はマジマジと手にしたカードを眺める。一番に連想したのはカードゲームだ。ゲーム上だとカードを手にし能力を発動し、敵を倒したり自分のステータスを上げたり出来るのだが、このカードもそういう風に出来るという事なのか。

 

「わタしか、八雲様、対象ニ触れル必要アリ、マス。ストックは、八ツまデ。新しクふレるト、一番最初ノかーどは消滅しまス。マタ、192時間経過すルと、古イかーどもまタ消滅しマスでス……はイ」

「192……。丁度8日か……。ていうかストック数もそうだけど、8とかけてるのって、もしかして……」

「はィ。八雲様ノ名前トかけテありまスな……。理由ハしりマセヌが」

 

 もし名前が『十夜』とか『百代』だったりしたら使用できる期間もストック数も変わっていたのだろうか? という疑問が沸き起こるがいまさらあーだこーだ言っても仕様がない。『こういう能力』だと受け入れるしかないのだ。

 そのあと八雲は『バインダーの出し方』や『スタンドの動かし方』といった基本的なレクチャーを受け、今に至るのだった――

 

 

 

 

 

 

「――他人の能力を使えるって、何かすごいチートっぽい能力だなぁ。しかもそれが8回もストック出来るなんて。なんかいっぺんに勝ち組階段を駆け上がっているみたいだ……。えへっ。えへへへへっ……」

 

 これまでの鬱屈した生活の反動だろうか、満面の笑みと笑いの感情が同時に込み上げてきて、声が漏れてしまう。

 

「うわっ、なにコイツ。キモ」

「顔合わせると犯されそー、しらんぷりしらんぷり」

 

 たまたま視線が合ったギャルの方々に大変顰蹙(ひんしゅく)を買いつつも、この感情を抑える事はしばらくの間出来そうにない

 

「……八雲様、お喜びニ成られテいル所、まことニ残念デごザいまスが、お知らセが御座イまス」

「え、なに? 残念なお知らせって」

 

『ハートエイク』が浮かれ捲くっている八雲に対し、努めて冷静に声をかける。

 

「こノ能力。制限時間ガごザいまシテ。30秒しカ能力ヲ使用デきマせン」

「へーそれは残念……って30秒!? みじかっ」

「八雲様がうかレまくっテいるのデ、いままデ申しあげらレませんデしタ。マア、世の中そンな都合良イ事はなイといウ事デすナ」

「……つかえねー……」

 

 あまりの衝撃の発言に、浮かれていた気持ちが急激に冷め、ボーゼンとした表情で虚空を見つめる。

 先程まで勝ち組だと浮かれていた分、受けるショックも大きい。

 

「あーー……。確かに、僕ってゲーム買う時でも体験版やらないと絶対買わないし、映画とかでも予告編で満足しちゃうタイプだし。漫画本とかでもレビューでクソ叩かれていると見る気しなくなるし……。事前に試さないと安心出来ないんだよなーー、きっとそれが反映されたんだろうなーー。お試し版能力……、30秒。フ、フフフ……僕にはお似合いさ……」

 

 とたんにネガティブな思想に取り付かれる。気が付くと頬を伝う涙が一筋。

 

「こいつ、なんかキモイんですけど。さっきから笑ったり泣いたり……」

「6月って鬱病の人が多いから、その影響かな? とりあえず通報しとく?」

 

 周囲の人間のひそひそ声を無視し、しばらく八雲は頭を空っぽにして空を眺めていた。

 午後の天候は晴れやかで晴天そのもの。それに半比例するように心の中身は涙でぐしゃぐしゃだった。

 

 

 そうすることしばし30分。

 

「……あれ? 岡成さん?」

 

 街中で見知った顔を見かけた。

 同じクラスの岡成理子だ。

 彼女は身を低くしてベンチの下やら茂みの中やらをひたすら探し回っている。

 流石にクラスメイトのそんな姿を見て知らん振りする事は良心が咎めたので。理子に話しかける。

「岡成さん」と声をかけると、彼女は小さい声で悲鳴をあげた。それ程集中して探し物をしていたという事だろう。

 

(あ、八雲くん? どうしてここに?)

 

 相変わらずか細い声で、この人通りの中では雑音にかき消されて殆ど聞き取れない。おそらく挨拶的な何かを言っているのだろうと仮定し、話をこちらから振ってみる。

 

「たまたま見かけたんだけど、何か落し物でもしたの? さっきからベンチの下とかしきりに覗いていたから……」

 

 そう訊ねると理子は顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむくと、何事かをぽつぽつと話している。

 ものすごく集中してその単語を拾い上げ、翻訳してみると、どうやら「ミケがいなくなった」といっているらしかった。

 

「……えーっと、ミケちゃん? 岡成さんのペットの事かな? その子がいなくなって探しているんだね?」

 

(はい。ミケはまだ幼く、狭い所が)(大好きなんです。だからこうして)(茂みとかベンチの下を探しているんです)

 

 殆どカンだが言おうとしている事は大体分かった。しかし子猫か子犬か分からないが、闇雲に探していても見つかる確立はかなり低いだろう。何か算段はあるのだろうか? 八雲がそう問おうとした時、突然理子が「ミケッ!」といってどこかへと走り出す。その声はいつものか細い声ではなく、どこか張り詰めた、悲壮感漂うものだった。

 

 八雲はこのまま彼女の後を追おうか悩んだ。

 理子は確か『精神感応』の能力を持っていたはずだ。その能力でミケの救いを求める声をキャッチしたのかもしれない。ならば見つかるのは時間の問題で、自分はしゃしゃり出ず、彼女に任せておけば良いのではないか? 元々自分とは全然関係ない問題のはずだ。

 

 そう思った八雲だったが、一瞬朝の蛭田との会話が思い出される。

 連続テロ事件に人体消失事件。

 ここ最近は非常に物騒だ。いつ自分のクラスメイトがその被害にあうのか分からない。

 

「――しょうがない、乗りかかった船だ」

 

 結局、八雲は理子の後を追うことに決め、その場を離れた。

 

 

 八雲が理子の後を追い走り始めてしばし。理子はすぐに見つかった。

 理子は『レストランJulian』の駐車場入り口でがっくりと肩を落とし、意気消沈している様子だった。

 

(ミケの声が聞こえなくなっちゃった……)

 

 どうやらミケの声が聞こえなくなったらしい。そのあまりの落ち込みぶりはレストランに入ろうとする車が彼女にクラクションを鳴らしているのに気が付かないほどだ。

 彼女の能力レベルは2。ミケの声を完全にキャッチするにはまだまだレベル不足だった。

 そんな彼女を見かねた八雲は理子の手腕を取り駐車場の脇に寄せる。

 ドライバーは何かわめいてそのままレストランを出て行った。

 

「危ないよ、岡成さん……。どうやら、携帯の電波みたいに受信出来る時と出来ない場合があるみたいだね。今は完全にリンクが切れちゃったの?」

 

(や、八雲くん……)(追いかけてきてくれたの?)(どうして?)

 

 自分を追いかけてくれるなんて夢にも思わなかったのか、理子が目をまん丸に見開いて驚きの表情を作る。

 

「まあ、最近は何かと物騒だし、ね。それに一人より二人の方が見つかる確立も上がるかもしれないじゃん? 手伝うよ」

 

 八雲は理子を安心させるように笑顔を作るとそっと掴んでいた右腕を離した。

 理子はその離れた箇所に左手を合わせ、どこか名残惜しそうに見つめつつ「ありがとう、八雲君」とはっきりと聞こえる声で感謝の言葉を述べた。

 

「この辺りでミケの声は聞こえなくなった……。という事は、この通りにミケがいる可能性は非常に高い。とりあえずここら一帯を探してみよう。もう一度ミケの声が聞こえるかもしれないし」

 

 八雲の提案に理子はコクンとうなずき賛同する。

 裏路地、河川敷、公園。探す所はたくさんある。暗くなる前にミケが見つかると良いけど……

 

 八雲はとりあえず『ハートエイク』も呼び出して。当たり一帯を探られる事にした。

 小回りが効く『ハートエイク』ならミケを見つける事が出来ると踏んだからだ。

 同時にバインダーを呼び出しカードを一枚収める。

 さっき理子に接触した際、能力がカード化してしまった。

 当然、理子の視界に入らないようすばやく収める。

 

 八雲自身も理子の能力を使ってミケを探すという手段に出る事も可能だった。だがカードに書かれていた彼女のレベルはとても低かった。

 

精神観応(テレパス)レベル2。離れた物体とコミュニケーションが取れる。(ただし――)

 

 学園都市でのレベル2は、あってもなくても大して変わらない程度。

 これじゃあ使わなくても同じだな、との思いから今回は見送りとなった。

 その為、文面を最後までまともに見ることはなく、そのままバインダーに収めてしまった。

 

 ちなみにこの能力の真骨頂を八雲は数十分後に身をもって体験する事になるのだが、それはまた後の話しである。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……。見つからなかったー」

 

 木漏れ日が差し込むベンチ下、八雲は体を預け、大きく伸びをする。

 気持ちの良い風がそよそよと舞い、火照った体が次第に落ち着きを取り戻していく感じがした。

 

 あれから色んなところを探し回ったが結局ミケは見つからなかった。

 理子の能力もミケを感知するに至らず、手詰まりが二人の間に湧き上がる。

 そこで仕切り直しの意味も込めて小休止と相成ったのだ。

 

 

(はい。八雲君)

 

 ちょうどリラックスしていたタイミングで、理子がやってくる。両手にはレギュラーサイズのクレープが二つ。その一つを八雲に差し出す。

 

「ありがとう。でも良かったの? 僕が並んでもよかったのに」

 

 クレープを受け取りつつ、心配の言葉を掛ける。だがそれを理子はフルフルと首をふって否定する。

 

(ううん。私が並びたかったの。)(八雲君への感謝の気持ちも含めてね)

 

 差し出されたクレープはバナナチョコ味。一口かぶり付く。バナナの風味とチョコの甘さが生クリームと絡み合って、疲れた脳内に染み入るようだ。

 

「おいしい」

 

 正直な感想を口にする。

 

(えへへっ。よかった)

 

 理子も八雲の隣に腰掛け、一口。そちらはキウイフルーツ入りだった。

 

 二人が小休止の場所に選んだのはクレープハウスrublun。

 理子の強い勧めで八雲達は足を運ぶ事となったのだが、開店から数週間を経っても変わらぬこの賑わいは、やはりデモンストレーションが効を奏したのだと思わざるを得ない。

 

 数週間前、ここで二人の能力者がガチンコのバトルを展開したのは今でも語り草りとなっている。

 御坂美琴と東方仗助。

 彼らの戦いぶりは動画サイトにまで投稿され、かなりのアクセス数を稼いだという。

 その際、動画に写っていた『rublun』は、良い意味でも悪い意味でも有名となり、二人の軌跡を追い求めるファン達の巡礼地(メッカ)になっているらしい(蛭田談)。

 

 八雲達はしばしクレープの味に舌鼓を打ち、風のそよぎに身を任せていると、そこに見知った顔が見えた。

 

「あ、れは……」

 

 見間違えるはずもない。その人物こそウワサの当事者、御坂美琴とそのお供、白井黒子その人であったからだ。

 

「やば……」

 

 八雲は本能的に身を縮め、二人の視界から身を隠す。

 あのときの事で何か因縁をつけられでもしたら溜まったものじゃないと思ったからだ。

 その様子を理子が不思議そうに見つめている。

 

 

「はい、お姉さま。(わたくし)のクレープをお試しあれ。納豆と生クリーム。出会うはずのない二つが奇跡のコラボレート! その神秘の味をとくとご賞味下さいですのっ」

「いや、いいから。合うはずないでしょ納豆と生クリームなんて」

「あ~ん、お姉さまのいけず~~。確かに、何事も初めてというものは躊躇するものですわ。

ですがっ! それを乗り越えてこそ大人の階段を昇っていけるというもの。

さあっ! お姉さま、遠慮なさらずっ! あの燃え上がった夜のようにっ! 全てを黒子に委ねてくださいな。

その、可愛らしいお口でっ。ねばねばと白濁した白い液体を滴らせながらクレープを頬張ってくださいませっ!

さあ、さあっ、さあ! お姉さま~~、ひ、と、く、ち~~」

「な~に~が~……、燃え上がった夜よーーーーッ! 代わりにアンタの身体を炎上させてあげましょうかっ!?」

 

 ……ああ、あれが百合というものか。

 美琴の電撃にのた打ち回る黒子を見ながら、「愛って色んな形があるんだな」と八雲は思った。

 

(あ、そうだ)

 

 ついでといっては悪いが、『ハートエイク』で二人の能力をコピーさせてもらおう。

 30秒限定とはいえ最強のレベル5が使用できるのだ。コピーしない手はなかった。

 

 八雲は『ハートエイク』で二人の能力をあっさりコピーする。

 この能力の利点は、対象に気付かれる事なく動作を終了する事が出来る点だ。

 お陰でこんなレアモノを二枚もゲットしてしまった。

 

●超電磁砲《レールガン》レベル5。電流や電磁場を自在に操る事のできる能力。

●空間移動《テレポート》レベル4。空間を移動する能力。

 

 思わず息を呑む。

 この学園都市の誇るレベル5の能力がこの手にある事が信じられない。

 そしてそれを自分が使用する事が出来るなんて。

 思わず笑みが漏れる。

 

 ――30秒限定なんだけどね……

 

 同時にガッカリもしたが。

 

(八雲君大丈夫?) (身体の調子でも悪いの?)

 

 思わず理子に心配されるくらい変な顔をしていたらしい。

 そろそろ元に戻らないと。

 幸い美琴達はクレープを食べ終えるとその場からすぐに立ち去っていった。

 自分達もミケ捜索を再開しよう。

 

 そう思いクレープを全て平らげると理子がはっきりとした口調で「きこえましたっ」と言って来た。

 普段会話するときは本当に消え入るくらい声の出ない彼女だったが、このミケに対してだけははっきりとものを言う。それだけ大切な存在なんだろうなと言う事は想像に難しくない。

 

「え? どこ? どこから聞こえたの?」

(あっちです!) (裏路地の方から聞こえました!)

 

 理子は『rublun』のピンクのワゴン車。その裏にある路地を指差し、急いで走り始める。八雲も慌ててそれに続く。

 

(ミケッ!)

 

 裏路地を少し進むと理子が泣きそうな表情を浮かべゴミ箱の下へしゃがみ込む。そしてミケを見つけたのか愛おしそうに頬ずりする。

 送れて理子の後を追っていた八雲もその様子を見て安堵の表情を浮かべる。

 背中越しになりミケの姿は見えないが、無事に発見できたようだ。

 

「よかった無事に――」

 

 ――見つかったんだね。

 

 と言おうとして硬直する。

 彼女が嬉しそうにミケを抱いている。

 それはいい。

 感動の再会を喜び合っている。

 それもいいんだ。

 問題はその当の『ミケさん』だ。

 後から、彼女の肩口からちらりと見えたソイツは子猫や子犬なんて可愛いものではなかった。

 

 著しい扁平な身体。

 その身体は黒色でテカテカと光沢を放ち、うぞうぞと蠢く6本の肢。

 そしてとてつもなくデカい。

 

「あ、あの……岡成さん?……ひ、ひょっとして……ミケさんって……」

 

 口をパクパクさせてズザッと後ずさる。

 もうダメだ。なんと可愛く形容してもコイツはアレだ。

 名前を出すのも憚られる『例のアレ』だ。

 

「ありがとう八雲君。ミケの為に私と一緒に探してくれる人なんて、今まで誰もいなかった。八雲君だけだったよ、こうして一生懸命だったのは」

 

 ミケを両手に大事そうに抱き、理子が振り向く。

 

「ぅ……ぁ、ぁ……ぁ、ぁ……」

 

 理子は本当に迷子の子犬や猫が見つかった時のように、感涙の涙を流し八雲に感謝の言葉を述べる。これが本当に子犬とかだったらその気持ちも素直に受け止められただろうが、これは無理だった。

 恐怖で言葉が出てこない。

 

「私嬉しいの。嬉しくて嬉しくてどうにかなっちゃいそうなくらい、自分の感情をコントロールできないの。

そしてその感情の正体を私気付いたの」

 

 その瞬間。溢れた理子の感情に呼応するように、周囲にカサカサとコンクリートを移動する音がいくつも聞こえ始める。

 

――この音な~んか聞き覚えあるような……

 

 その正体にたどり着く前に答えが目の前に現れた。

 それは排水溝から。

 ビルの物陰から。

 壁と壁を伝って。

 ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。

 まるで黒い絨毯のように周囲のアスファルトやビルの壁面を黒一色に侵食し始める。

 

 大量の多足類の団体が理子と八雲の周りを取り囲む。

 

「皆も来てくれたんだ。うれしいっ。困ったときはいつもこうして来てくれるね。私、そんなあなた達が大好きだよ」

 

 理子は本当に幸せそうに周囲を取り囲む『彼ら』に親愛の(シグナル)を送る。彼らもその信号をキャッチし、「キュイキュイ」と八雲がこれまで聞いた事のないような声で合唱する。

 

「そんな、精神感応!? でも彼女のレベルは2だろ? なんでこんな?」

 

 八雲はバインダーを出現させ理子からコピーしたカードの文面を読み直す。

 そして凍りつく。

 

精神観応(テレパス)レベル2。離れた物体とコミュニケーションが取れる。(ただし――)

 

(――能力者が特定の興奮状態に陥っている場合はレベル4クラスの能力を発揮)

 

「のぉおおおおおおおーーーーー!?」

 

 思わず変な叫び声が出てしまう。まさか読み飛ばしたカードにこんなトラップが仕掛けてあったとは。

 黒い団体は周囲をすっぽりと覆い尽くし、八雲の足元にも昇り始めていた。

 もはや逃げることも出来ない。

 周囲を囲まれた状態で逃げる手段がない。

 かといって進むことも出来ない。

 

 黒い団体はついに八雲の胸部にまで到達。その内数匹が頬をずるりと撫でた。

 

「ヒッ、ヒィーーーーーーーーッ!!」

 

 恐怖で背筋が凍りつく、世界が揺ら揺らと揺れ、今にも精神が崩れていきそうになる。

 そんな中、理子だけは神妙な面持ちで八雲を見つめている。そして

 

「八雲君。私、あなたの事ずっと好きだったの。良ければ私とお付き合いしていただけませんか?」

 

 この異常な状態の中、理子だけが普通どおりに平然と、恋する乙女の表情で一世一代の告白を八雲に対して行っている。

 普段だったら、きっと答えた。

 彼女の好意は単純に嬉しかったし、接してみて可愛い面も垣間見れた。

 だが今の状況では無理だった。

 恋とかそんな感情より、別の感情が身体を支配していたからだ。

「原始的な恐怖」

 どんな些細な刺激でも、今の八雲に与えればたちまち感情というダムが決壊を起こしてしまうだろう。

 だからなるべく穏便に……ならなかった。

 八雲に対し何かが羽音を立て飛来してきた。

 

 それはミケだった。

 ミケが自分の羽根を広げ、そして八雲の顔面にペタリと止まった。

 

「えへへっ。ミケも八雲君の事が気に入ったみたい。あんなに懐いて――」

「――――――――――――――――%$#&ッ――――ッ!?」

 

 それが引き金だった。八雲は絶叫に近い雄たけびを上げると全身を痙攣させ、その場に倒れこんだ。

 虫達が八雲を労わるように全身を覆う。

 目の前に広がる蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲、蟲の軍団。

 

 ――ああ……、こういうのを、なんていうんだっけ?

 

 八雲は薄れ行く意識の中で今までの出来事を思い出す。

 

 朝目覚めたら変な物体がいて、

 朝食のト-ストは焦がし、

 壁に小指をぶつけて悶絶し、

 能力に目覚めたかと思ったら、しょぼい能力で、

 クラスメイトに告白されたかと思ったら蟲に一杯囲まれているこの状況。

 

 ――ああ、わかった。今日は、厄日なんだ……

 

 白目を向いて口から泡を吹きながら八雲の意識はそのままブラックアウト。消失した。

 

 

 

 ――岡成理子。昆虫と交信できる能力を持つ。普段はペットのミケの存在を受信できる程度だが、一旦感情が高ぶると能力値がレベル4程度に跳ね上がる。その際はある程度自在に昆虫たちを操る事が出来る、らしい。

 

 八雲憲剛。

 この後、救急病院に搬送。精神的ショックで一時は心肺停止状態になるも後に蘇生。

 一週間の入院生活を余儀なくされる。

 その時のトラウマで理子の顔を見ると条件反射で硬直してしまう様になってしまう。

 二人の恋の行方については今だ足踏み状態である。

 

 自身の能力『ハートエイク』については、後に仗助が見舞いに来た時にばれてしまった模様。

 ――再起”可”能――

 

 

 

 

 

 

 

 

風紀委員(ジャッジメント)です! 両手を頭の上に乗せて、膝を突きなさい! 虚空爆破(グラビトン)事件の容疑者としてあなたを拘束します!」

 

 コンビニ店『グリーンマート』は緊迫した雰囲気に包まれていた。

 店内の人間は全逃げるように非難し、現場にいるのは風紀委員(ジャッジメント)である二組の男女と、一人の女生徒だった。

 

「…………」

 

 女生徒は風紀委員(ジャッジメント)の警告を無視してただ店内で佇んでいる。

 その手には携帯が握られており、直前まで誰かとやり取りをしていたようだ。

 ほかに仲間がいるのだろうか?

 

風紀委員(ジャッジメント)の二人は装備したポリカーボネート製の盾でけん制しながら、じりじりと女生徒との間合いを詰めていく。

 

 彼ら風紀委員(ジャッジメント)がこの女生徒を見かけたのはまったくの偶然だった。

虚空爆破(グラビトン)事件の警戒の為パトロールしていると、ウサギの人形を茂みに置きざりにして立ち去る不審な人物を見かけたのだ。

 本部に連絡しその人形を調べてもらうと、急激な重力子の加速が観測された。

 その為人形の処理は後続の風紀委員(ジャッジメント)にまかせ、自分達は容疑者確保に乗り出したのである。

 

「既に仲間の風紀委員(ジャッジメント)が周囲を固めています。あなたに逃げ場はない! 即刻投降しなさい!」

 

 そういって投降を呼びかける風紀委員(ジャッジメント)の女性は、激しい違和感を覚えていた。

 何故なら、その女生徒は泣いていたからだ。

 肩を震わせ、こちらに向き直った女性の表情は恐怖。

 そして救いを求めるような悲痛な表情で、こちらに手を差し出している。

 

「……ひッ……ッ…………ック……」

 

 引付を起こすように嗚咽しているその女生徒が凶悪な犯人!?

 こんな気弱そうな女性がどうして連続テロなんて真似を!?

 そしてその違和感は女生徒の次の発言で確信に変わる。

 

「……た、す、け、て……」

「!?」

 

 その瞬間だった。

 女生徒の体内が急激に膨張したかと思うと、大音量の爆発音と衝撃と熱風が襲い掛かってきた。

 二人の風紀委員(ジャッジメント)は地面に伏せ、盾で咄嗟に身を守る。

 

「……一体、なにが……?」

 

 あまりの出来事に混乱しながらも、爆発の収まった店内を見渡す。

 店内は酷い有様だった。

 商品を陳列していた棚は所々ひしゃげ、中の商品は四散し、周囲に散乱している。

 窓ガラスは衝撃で割れ、迂闊に動くとその破片で足を切ってしまいそうだ。

 

「!? 容疑者はッ!?」

 

 二人は慌てて周囲を見渡す。だが、この場には誰もいない。

 容疑者の死体すら確認出来ずじまいだ。

 

「そんな、馬鹿な」

 

 彼らは確かに見た。女生徒の身体が大きく膨張して、その身体が粉々に四散していく瞬間を。

 てっきり女生徒が爆発物をその身にまとい、自爆したものと思っていたのに……

 その死体がどこにもない。

 爆発音も聞いた。衝撃も、熱風もこの身で体験した。

 だが、その爆発した何かが周囲には存在しないのだ。

 黒煙すら立ち昇ってはいない。

 

 犯人と思しき女生徒は、風紀委員(ジャッジメント)観衆の元、その姿を忽然と消したのだった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。