とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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あすなろ園

「はーい。みんな~。今日と明日、皆と遊んでくれるボランティアのお兄ちゃんとお姉ちゃんたちですよ~。

 それじゃあ、自己紹介お願いしますね」

 

「ども、東方仗助っす。休日の間だけっすが、よろしくお願いするッす」

「……なに、その「す」の三段活用。もっとちゃんとしなさいよ。――御坂美琴です。今日はよろしくお願いします」

 

 美琴の野次に仗助は「うるせー」と反撃する。ちなみに子供達の面前なので悪態は全て小声、顔は笑顔だ。

 そんな彼らのやり取りに、「初っ端からケンカ腰はおやめくださいな、お姉さま」と、黒子が介入し、嗜める。

 それから気を取り直して子供達に挨拶をする。

 

「――白井黒子と申します。今日一日よろしくお願い致しますの」

「えーっと……。佐天涙子でーす。今日は皆といっぱい遊んで仲良くなれたらいいなと思います。よろしくお願いしまーす。」

「初春飾利です。今日は皆さんと遊べるのを楽しみにしていました。一杯遊びましょうね。よろしくお願いします」

 

 園長から自己紹介を促され、それぞれに挨拶を行う5人。最後の初春の挨拶が終ると、子供達も元気な声で「よろしくおねがいしまーす!」と挨拶と拍手をしてくれた。

 

(ついにきやがったか……)

 

 和やかな歓迎ムードの中、仗助だけはある種の緊張感に包まれていた。

 

(ガキッつーのは無遠慮というか、天真爛漫というか、とにかく平気で思った事を口にするからよぉー。無邪気といえば聞こえはいいが……。相手する方はたまったモンじゃあねーぜ。頼むから髪の事だけはいじってくれるなよぉー)

 

 ちなみにここの職員は全員青色のエプロンを着用しており、ボランティアの美琴達も同様だ。

 だが、仗助の場合、そのリーゼントと黒い学ランに青色のエプロンはあまりに不釣合いで、周囲から浮いてしまっていた。

 

「――っていうか何で未だに長服なのよ。暑苦しいったらありゃしない」

「うるせー。男のファッションに口出しすんなよ、この『電気ウナギ』」

「だれがウナギだっ!」

 

 仗助の暴言に思わず帯電しそうになる美琴だったが、周りには子供達がいる。ここは「グッ」とこらえた。

 

 そうこうしている内にお遊戯の時間が始まってしまった。

 皆、各々に子供達の所へ行き、親睦を深めている。

 

 まず真っ先に子供達の所へ向かい、その心を掴んだのは涙子と初春だった。

 家庭的で誰かの世話を焼くのが好きな涙子と、腐っても風紀委員(ジャッジメント)な初春。

 子供達と同じ目線で物事を考え、一緒に笑ったり、驚いたり、レクリエーションを行っていく内に、瞬く間に子供達の間で人気になってしまった。

 

 

「おねーちゃんのせーふく見たことあるー。ときわだいのやつだー」

「いいなー。すんごい人がいっぱいいるんでしょー?」

「わたしもはいりたいなー」

 

 次に人気だったのは以外にも黒子だった。

 彼女の周りには自然に常盤台に憧れている少女達が集まり、黒子は彼女達に淑女の嗜みや、心がけといった講釈を述べている。

 お嬢様らしい気品ある態度や仕草(後は制服)が、少女達の心を掴んだらしい。

 この学園都市において、常盤台の名前はこんな所(あすなろ園)にまで浸透しているほど影響力が強いものなのだ。

 

「良いですか。全ての事において大事なのは、『諦めないこと』ですわ。

 例え一歩ずつでも、目標に対して前へ進む『努力』。後は一度決めたら最後まで貫き通す『精神力』。

 この二つがあれば大抵の願いは叶いますわ。あなた方がもし本当に憧れだけでなく本気で常盤台を目指そうというのなら、(わたくし)共は、いつでもあなた方に力を貸しましてよ」

 

 例え子供といえど決して下に見ず、自分達の『仲間』として対等に接してくれる。その事を幼い子供達は本能的に感じ取っているのだろう。

 黒子の講釈にじっと聞き入り、中には何度も「ウンウン」とうなずいている子供達もいる。

 

 

 一方同じ常盤台の美琴はというと……

 

「ねーねー、お姉ちゃん。なんでパンツはいてないのー?」

「んにゃっ!?」

 

 子供達にスカートを思いっきり捲くられていた。スカートの中身が短パンな事に、子供達が不思議そうな顔をする。

 

「なんで短パンなんてはいてんのー?」

「もしかしてパンツ忘れちゃったのー?」

 

 口々に「ねー。ねー」と美琴に質問してくる。

 

「ちがっ!? ちゃんとこの下に穿いてるわよっ」

 

 必至に反論するがそれが返って子供達のいたずら心を刺激したらしい。

 

「うそだー。忘れたんだー。ノーパン、ノーパンっ」

「のーぱん♪ のーぱん♪」

 

 周りの子供達が口々に「のーぱん、のーぱん」とはやし立てる。そして散り散りになって、狭い園内から広いグラウンドへと逃げ出す。

 

「違うっていってんでしょーがっ! こら! 待ちなさーい!」

 

 そして頭に血が上った美琴は、子供達を追ってグラウンドを駆けていった。

 どうやらここ(あすなろ園)での美琴の立ち位置は弄られキャラで確定のようだ。

 それでも美琴がまんざら悪い気がしなかったのは、子供達が純粋に笑顔を振りまいてくれるからだろう。

 どんな人間でも、純粋に親愛を示してくれる相手には「好意」が生じるものだ。

 

 懲罰に近いボランティア活動だと思っていたが、こんな罰則なら可能な限り参加してもいいかなと、美琴は思った。

 

 

 

 さて、子供達と親睦を深めあう美琴達四人に対し、仗助はどうしているのだろう? 

 まさか「そりゃーガキだろーとムサい男より女に囲まれていた方がいいよなー。俺だってそうするしよぉー。……けッ、だから奉仕活動なんざ嫌だったんだ。ってく、やってられっかよォーー」

 とでも悪態を突きまくっているのだろうか?

 

 いや、違った――

 

「ねー、ねー、おにーちゃんかたぐるましてーー」

「しょうがねーなー。ほらよっ。おい、あんまり暴れんなよぉー。バランス崩すと落ちッからよぉー」

「うわぁー。高い高い~~っ」

「おい、髪は止めろ髪はっ。掴むんじゃあねぇーーっ」

 

 意外!

 仗助は子供達に人気があった。

 その証拠にさっきから「僕もー。私もー」と肩車をせがむ小さな手が仗助のズボンを掴んで話さない。

 ちょっとした人気アトラクション状態だ。

 

「ったくよぉー。だからガキは嫌いなんだぜ~~。すぐにまとわり付くし、自慢の(ヘアー)にも無遠慮でいじってくるしよぉーー」

 

 そうボヤキつつも、仗助の顔付きは穏やかだ。うっすらと笑みを浮かべ、まんざらではないという表情をしている。

 きっとこれが彼本来の性格なのだろう。自分に敵意を向ける相手や髪を(けな)す人間に対しては容赦はしないが、基本的に彼は「優しい」のだ。

 

「しょうがねー。こーなったらトコトン付き合ってやンよ。ホラ、今度は『きりもみ回転』だぜぇーー。酔わないように気をつけろよーー」

 

 子供を飛行機に見立て、今度はグルグルと回転させる。まわされている子供は「キャハハ」と大喜びだ。それを見て益々「いーな。いーな」と周りの子供達が騒ぎだすのであった。

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……ぜ……」

 

 一時間後。ぜーぜーと大きく息を吐き、フロアに倒れこむ仗助の姿があった。

 流石に一時間連続『きりもみ大回転』は辛すぎる。

 最後の一人を先程『飛ばした』のち、仗助はちょっと休憩と、大の字になって寝っ転がる。そのまま大きく深呼吸を繰り返す。

 そんな仗助の様子に、子供達は別の遊び相手を探しにそのまま外に飛び出していった。

 外から「な、何かいっぱい来たー!? ま、まだやんのーー!?」という美琴の絶叫がこちらの耳にも入ってくる。

 かわいそうに。次のターゲットは美琴のようだった。

 

「底無しかよ……。――ッたく、末恐ろしいお子様方(ガキ共)だぜ」

「――その意見には同意しかねますが、とりあえずお疲れ様ですわ」

 

 独り言のつもりだったのだが、相槌を打たれてしまった。その相手は手にコップを持っており、仗助に差し出した。

 

「ああ、悪ぃ。ええっと……」

「白井黒子ですわ。いい加減名前くらい覚えて欲しいものですわね」

 

 仗助は上半身を起こすと、黒子が差し出したコップを受け取る。中身はグリーン色、手にしたコップは水滴が滴りひんやりと冷たい。どうやら緑茶らしかった。

 せっかくのご好意だ。仗助は一気に飲み干す事にする。

 

「――んぐっ、はぁ……労働後の体に染み渡るぜぇ……」

 

 まさに心に染み入る一杯というヤツだ。火照った体からスッと熱が引き、クタクタになった精神に余力が戻る。

 少なくとも、起き上がれるくらいには回復した仗助は、ゆっくりと起き上がると黒子に礼を言う。

 

「サンキュな。しかしまた、何でこんなサービスをしてくれんだ? 別に知り合いっつー訳でもねーのによぉ」

「それは、まあ……。こちらにも後ろめたい事があったもので、その罪滅ぼしのつもりですわ」

「罪滅ぼし?」

 

 仗助の問いに、黒子は視線を泳がせながら答える。その態度を見て先週の出来事がゆっくりと頭を擡げてくる。

 

「ああ、なんだよ。俺の頭にクレープ生地ブチまけたことか? そりゃあ、あの時は俺もブチ殺してやろうかと思ったりもしたが、冷静になって考えると俺にも誹が無いわけでもねーしな。そんな気を使わなくても――」

「ご心配なく。それは喧嘩両成敗と言う事で既に双方解決積みの問題ですので」

「……そうかよ」

 

 そんなにぴしゃりと言われても何か腑に落ちないものがあるが、では一体何なのか? 仗助は皆目見当がつかないという表情で黒子を見る。

 

「今朝、言いましたでしょう? ウチの初春が顔写真から照合して貴方の個人情報を取得したと。その際に、色々貴方のプライバシーに関わる案件も閲覧してしましたの……貴方が、ご両親の顔すら知らずに施設で育ったという情報も……」

「ああ……」

 

 なるほどね。と仗助は思った。これでさっきまでのしおらしい(?)態度に合点がいくというものだ。

 

置き去り(チャイルド・エラー)の方には、自分の身の上を話すことを恥と捉えている方も多くいます。いくら貴方の情報を知る為とはいえ、あまりにも配慮にかける行為であった事には変わりありませんわ。その事は謹んでお詫び申しあげます」

 

 そういうと黒子はペコリと頭を下げる。

 

「いや、いーよ。別に隠してるわけでもねーし。逆にそんなに(へりくだ)られても、かえって気ぃ遣っちまわぁ」

「ええ。ですからそれら諸々の『お詫び』もかねてのお茶ですのよ。

 ですので、この話はこれで『お終い』ですわ」

 

 そういって黒子はにっこりと笑みを浮かべる。その顔にはもはや後ろめたさなど欠片も残っていないようだった。

 

「……いいねぇ、その『性格』。そういう『自分を持ってる』奴の言葉は信頼できる。だから俺も先日の件については全面的に謝罪するぜ。

……『悪かったな』。髪の毛を貶されるとどうしても自制が効かなくなってよぉ……」

「――(わたくし)も、貴方の評価を全面的に修正する必要がありそうですわね。

でも、もう少し風紀委員(ジャッジメント)を頼ってくださいですの」

「まあ、出来る限りしゃしゃり出ないようには気をつけるぜ。『白井黒子』、今度はきっちり覚えたからよぉ」

「では今後は何かあったら風紀委員(ジャッジメント)までご連絡を。場合によっては(わたくし)の所属している第177支部でもかまいませんわ。――『東方仗助』さん」

 

 黒子はクスリと笑みを浮かべると、「それでは」と再び子供達の輪の中に戻っていった。

 仗助はその後姿をしばらく追い、やがて自身も子供達とのレクを再開した。

 早朝までの憂鬱な気持は何処にも無く、変わりに晴れ晴れとしたようなさわやかな心の風が仗助の中を通り抜けていた。

 

(――なんつーか。ああいう人間がいると、『人間まだまだ捨てたモンじゃあねーな』ッつー気持になって、心が洗われた気がするぜ。どうやらこの数日は有意義に時間を過ごせそうだな)

 

 短いやり取りだったが仗助はこの白井黒子という人間に好感を持った。

 良好な人間関係を形成する為には、自分が話していて気持ち良い人間が必要である。

 それは仕草だったり、声のトーンだったり、雰囲気だったり様々だが、とにかく話していて気が合う人間だ。

 

 そんな人間がそばにいれば、自然にやる気も出てくるというものだ。

 

「今度はダブルでいくぞぉーー。振り落とされねェようにしっかりしがみ付いておけよォっーー」

 

 仗助は先程のリベンジといわんばかりに今度は子供達を二人分担ぎ、再び『きりもみ大回転』を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 MAR(先進状況救助隊)。

 表向きは災害時の救助活動を目的とした警備員(アンチスキル)内の一組織である。

 しかし裏では様々な非・人道的実験を繰り返しているとウワサが耐えない二面性を持つ組織でもある。

 

 その組織の廊下を、一人の研究員職員が小走りで駆けていた。

 そこの研究所・所長に呼び出しを受けた為だ。

 所長は時間に煩い。

 早く行かねばならなかった。

 

 その道すがら、職員は呼び出しの理由をふと考えていた。

 思い当たる節は……ある。

 恐らく、()の能力者についてだろう。

 そして何らかの対応策、打開案を求められるはずだ。そちらは大丈夫。すでに手は打ってある。

 問題は、自分があの所長の顔を見て逆上しないかどうかだ。

 ヘタに何か言われれば、アイツを殺しかねない。

 

「…………」

 

 唇をかみ締める。

 今はこらえるのだ。

 今はまだ、こちらの意図に気付かれる訳にはいかない……

 

「失礼します」

 

 彼が所長室に入るなり、所長は机の上にあったファイルを職員に向かって投げてよこした。

 とっさの事に慌てふためきながら、何とかファイルを落とさず回収する。

 

「その『能力者』……、我々の試験薬とは違う形で発現した能力者みたいね。もしかして、『天然』さん?」

 

 所長はロングヘアの似合う清楚な顔立ちの女性だった。彼女はメガネの汚れを落としながら、職員に質問する。

 

 早速これか……。

 相変わらず、結果だけをすぐ求めてくる……

 職員は怒りの感情が出かけるのをこらえ、所長の質問に答える。

 

「……いえ。恐らくは『16年前』に行われた『第一次対象実験』の生き残りではないかと……」

「……ふーん。でも確か、その時の被献体は全員死亡したんじゃなくて?」

 

 所長はメガネを装着し、手元にあったクマのぬいぐるみを弄りながら再び問う。

 

 ……まただ。

 ……こちらの顔を見ようともしない。

 恐らくコイツは、世界が自分の為に回っていると本気で思っているのだ。

 その為に、他人の研究を横取りしようが歯牙にもかけない。

 それどころか、そんな呪詛を撒き散らしかねない相手すら、こうしてまだ利用しようとする……

 最低の、クソ女だ……コイツは……

 だが……まだだ……まだコイツを殺すわけには……

 

 職員は眉間に血管を浮き上がらせながらも必至に感情を押し殺し、質問に答える。

 その反動でヒクヒクと顔が引きつる。

 

 

「……それは、分かりかねます……。当時の研究段階では成功率は1パーセント未満。その為、ロクに身辺調査も行わず、案件を処理していたそうですから……」

「なるほど……つまり誰かが偽装工作を行って子供を生かした可能性が十分にあると?」

 

 所長は携帯を取り出すと、ある動画を再生させる。

 その動画のタイトルは「●常盤台の少女、一般能力者にケンカを吹っ掛ける!?」だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後の五時を向かえ、本日の業務は全て終了した。

 子供達は大変名残惜しそうな表情と不満の声を挙げていたが、こればかりは仕方ない。

 仗助達は「また明日来るから」と再開を約束し、やっと開放されたのが先程だった。

 

 途中、黒子と初春は風紀委員(ジャッジメント)の呼び出しを受け先に帰り、残されたのは仗助と美琴、涙子の三人となった。

 

「ねえ、黒子から話を聞いたんだけどさ、アンタ……その……」

 

 帰り道、珍しく美琴がケンカ腰ではなく仗助に話しかけてきた。その口調はたどたどしく、どこか申し訳なさそうだ。「黒子から」という単語で昼間の件を容易に想像できた仗助は面倒くさかったがもう一度説明する事にする。

 

「……あのな。俺がこの世で一番嫌いな奴の一つにな、勝手に他人を『可哀想』っていう烙印を押して、その後『ガラリと接する態度を変える』ッつーのがある。御坂、オメー……今、『地雷』踏んでんぜ」

「だ……って、しょうが無いじゃない……。さっき知ったばっかりなんだからっ」

「フツーで良いんだよっ。フツーでっ。

ホレ、朝みたいにケンカ腰で来いよ。その方が俺もやりやすい」

 

 朝と違って途端にしおらしくなった美琴に対し、少々煽ってみる。

 気を使うのも使われるのもまっぴらゴメンだった。

 そしてその煽りに先に反応したのは以外にも涙子だった。

 

「あっ、じゃあ『地雷』ついでに質問いいですか? やっぱり、自分を捨てた両親の事、恨んじゃったりしてます……よね?」

 

 上目遣いにこちらを窺うように質問する涙子。ここまで突き抜けてくれれば逆に清々するというものだ。

 仗助は素直に今の気持ちを言葉にする。

 

「……別に恨んじゃあいねーよ。五体満足に生んでくれただけでも大満足だよ俺ぁ。だが何でオメーが両親の事気にすんだ?」

「だって、グレちゃったからそんな格好してるんでしょ?」

「違げぇーよ! ファッションだよっ。ファッション!」

 

 涙子の思わぬ返答に仗助は思わず突っ込みを入れる。

 やはり中学生。この格好の素晴らしさに気が付くのはまだ早いとみえる。

 仗助はゴホンと咳払いをして、「――まあともかくだ」と美琴に切り出す。

 

「……俺も気にしてねーし、オメー(美琴)も気にすんな。このボランティア期間だけの短い付き合いだろうが、敵意むき出しは止めて仲良く行こーぜ。『敵』じゃあねーんだからよぉ」

 

 といって手を差し伸べた。

 友好のしるし、シェイクハンド。

 仗助なりの円滑な解決策のつもりだった。

 

「――え……っと……」

 

 手を差し伸べられた美琴はおずおずと手を伸ばして、その後また引っ込めて、という動作を数度繰り返していた。この握手を受け入れて良いものかどうか、決めかねているようだった。

 

「ああっ。もう、じれったいっ!」

 

 そんな状況に痺れを切らしたのか涙子が美琴の手をとり、仗助の手の平に強引に重ねた。

 

「御坂さん。他意の無い相手の好意は素直に受け取りましょーよ。その方がお互い後腐れなくて済むし」

「それは……そうだけど……」

「ひょっとして、御坂さんって頭で色々考え過ぎちゃうタイプ? だめだなー。こういうのはフィーリングですよ。フィーリング。悪いと思ったんなら、素直に謝っとけばいいんです」

 

 そういって涙子は「はい。ごめんなさい」といって、強引に美琴の頭を下げさせた。

 

「うわわっ。ちょっ。佐天さん?」

「はい。東方さんも『俺が悪かったー』って謝ってください。そうすれば全て丸く収まるんですから」

 

 レベル5も形無しの慌てふためく美琴に対し、場の空気を見極め、冷静に事を進める涙子。

 そんな彼女に昼間の黒子の姿がダブって見え、仗助はにやりと笑う。

 

「佐天涙子、だっけ? おめーは白井黒子と同じ感じがするぜ。なんつーか『友達思いの良い奴』だ。

ホラ『御坂美琴』、友達(ダチ)の好意を無下にすんなよ。

謝んのはこれきりにしてよぉ、過去の事は綺麗さっぱり水に流そーぜ」

「わ、かったわよ……。乱闘した件も、暴言も、全部綺麗さっぱり忘れるわよ」

 

 そうして、今度は自分から仗助に手を差し出す。

 

「まあ、そんな訳で……」

「ああ。短い間だがよろしくな」

 

 仗助は美琴と、今度こそ和解の握手を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? この東方仗助なる人物、スタンド遣いだと?」

 

 動画の再生を終えた所長は単刀直入に職員に訊ねる。

 

「携帯の粗い画像だけでは確証は持てませんが、恐らく……」

「我々の探している能力者だと思うかしら?」

 

 ……だめだ。もうこれ以上は限界だ……。

 これ以上この部屋に、この女と同じ空気を吸っていたら気がおかしくなる。

 

 端っから人を貶める事しか考えていない最低の人種。

 それがこの所長。テレスティーナ=木原=ライフラインという女の正体だ。

 

 私が始め、私が見つけ、この世に呼び出すはずだった『あのお方』。

 私の理想はもう少しで叶う筈だった。

 だがその研究の半ばで、何処で嗅ぎ付けてきたのか、このテレスティーナが横から入り込んできた。

 そして、私の研究をっ! 全てを己がものとしたのだっ!

 

「……ハァーーッ……ハァーーッ……ハァーーッ……」

 

 息切れがして動悸が激しくなる。額からは汗が吹き出、歯はガチガチと鳴る。

 職員・草薙カルマは、膨れ上がった殺意を必至に押し殺し、何でも無い様に会話を続ける。

 

 ――早くっ! この部屋から逃げ出さねばッ! 私はッ……この女をッ!!

 

「……それは、分かりかねますが……、手は打っておくべきでしょう。丁度空いている駒がいますので、ソイツを東方仗助に接触させてみる事にしましょう」

 

 草薙は「それでは」と一礼しドアに手をかける。

 白黒のパネルに赤や黄色など様々な彩色が施された床。

 ピンクや茶色のぬいぐるみが描かれている絵画。

 スタンドに置かれたたくさんのぬいぐるみ達。

 子供っぽい色彩で彩られた悪趣味な部屋に、吐き気を催す女が一人。

 一刻も早くこの部屋から出たかった。大声を上げてでも逃げ出したかった。

 ……のだが、テレスティーナが呼び止める。

 

「草薙ィ……。私は賢い奴が好きだぜぇ。賢い奴ってのは身の程を知っていて、分相応ってのを弁えてる奴の事を言う。……『お前』は賢いよなぁっ」

「――――ッ!?」

 

 先程までの清楚な表情から一変し、醜く歪んだ笑みを浮かべたテレスティーナが草薙を嗤う。

 

 ――草薙ぃ! お前はすごいよなぁッ! 必至にッ、努力してッ、ここまでの成果を出すなんて、並の研究者じゃ出来ない功績だぜぇ! 悪いなァ? 『タダ』でその『成果』を頂いちまってよぉ? だが心配すんなよ? 私が立派に、責任もってヨォ! 研究を『発展』させてやるよォ! 功労者のお前にも『一研究員』として、プロジェクトには参加させてやるからよ! 精々、私の為に必至こいて働いてくれよなぁ!? 草薙ぃ君ぅん!? ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!

 

「…………」

 

 聞こえた。

 あの女の心の声が、確かに。

 アイツは、確かに、私を……

 

「…………」

 

 草薙は何も堪える事はせず、静かにドアを閉じた。

 だが――その表情は憤怒の形相と化し、唇を大きくかみ締めた為、口から大量に出血していた。彼の着ている白衣はたちどころに鮮血で赤く染まる。

 

「あのクソ(アマ)がぁァッーーーー!!!!! 私の研究だッ! 全て私の功績だったのだッ! なのに、全て奪いやがったッ! 殺してやるッ! 絶対にッ! あの女をぶち殺すッ!!」

 

 もはや感情を隠す事もせず、あふれ出る悪意を呪詛に変え、草薙は廊下を歩む。

 

「……あの女を殺すのは確定事項だ。だが、まだだ……。まだ早い。今は抑えるのだ……牙を隠し、ゆっくりと研ぎ澄ましておくのだ……。探している『能力者』……。ソイツを見つけるこ事こそが重要……。あの女の首筋に食らい付くのはそれからでも遅くは無い……。フフッ……フフフフフッ……」

 

 草薙は殺意の笑みを浮かべながら笑い声を上げ、自身の研究室へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シトシトと雨が降っていた。

 モノレール場から美琴達と別れた仗助は、持参していた傘を広げ帰り道を歩く。

 雨はモノレールに乗っていた時から降り始めており、地面にはその証拠の水溜りがいくつも歩道に出来上がっている。

 仗助はその水溜りを避けつつ帰路を急ぐ。

 周囲は既に薄暗く、辺りには人気は(まば)らだ。

 前方にいちゃついているカップル、さらにその先にレインコートを着た人物、位しか視界にはいない。

 

(この雨の中、よくやるぜ……)

 

 仗助は少々呆れつつ傘を前方に少し倒し、カップルが視界に入らないようにする。

 そして懐から携帯を取り出すと、『本日の天気予報』を閲覧する。

 

 ●降雨終了予定時刻 18時20分。 あと20分です。

 

 それを見て仗助は「しまった」と心の中で舌打ちする。雨が止むんなら、書店かどこかへ寄って時間を潰すべきだった……

 

(まあ、いまさら引き返すのもめんどくせぇし、雨音を聞きながら帰るのも悪かねぇか……)

 

 そして相変わらず正確無比な学園都市の天気予報に感心する。

 

 樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)

 この学園都市が誇る世界最高峰の並列コンピューターの登場は、間違いなく学園都市から天気予報士の仕事を奪ったと揶揄されるほど正確である。

 その正確さは予報というより、もはや未来予知。的中率は百発百中である。

 そして今回もその予報は、多くの人間をずぶ濡れ状態から救う事に貢献していた。

 

(――もっとも、少しくらい外れてくれた方が茶目っ気があって俺は好感持てるんだけどな)

 

 あまりに完璧すぎると、人間、味気なさを感じるものである。仗助もまた、この完璧すぎるシステムにいささか不満を持つ人間の一人だった。

 

「ん? 着歴? 八雲からか?」

 

 ふと、携帯の電源を切ったままだった事に気が付いた仗助は、携帯を取り出し電源を入れる。すると、八雲から電話が入っている事に気が付く。

 時間は朝の八時。丁度仗助がボランティア活動中の時間である。

 

「まいった……。奉仕活動中は電源切ってたんだよなー。しかし、なんか急用だったらマズイ事しちまったぜ」

 

 仗助は折り返し電話をかける為、リダイヤルボタンに手をかける。

 

「――ん?」

 

 ふと、その手を止めて薄目で遠くを見る。

 気のせいか、道路の水溜りに何かいたような……

 

「気のせい、か――」

 

 違う。気のせいではない。

 仗助の真正面の水溜りに、上半身だけ体を出しているシルエットが見える。

 背丈は子供と同程度、だがその姿は……魚だ。

 形容するならば、『半漁人』の様な物体が、雨の滴る水溜りで仗助を見つめているのだ。

 

「――なん、だぁ……?」

 

 ホラー映画でもない限り、ついぞ拝見したことの無いその異形な形状に仗助は戸惑いの声をあげる。

 今まで生きてきてこんな生物を見た事など一度も無かったからだ。

 

(――違う!『生物』じゃあねぇッ!)

 

 直感でその考えを訂正する。

 よく見るとそいつは半透明で、背後のレンガ状の歩道や、ガードレールなどが薄ぼんやりとだが透けて見えている。

 

 そして前を行くカップルも、『ソイツ』の存在など初めから無いもののようにして、そのまま通り過ぎている。

 『ソイツ』を知覚出来ているのは現時点で『自分』だけ。その事実が仗助にある答えを導き出させる。

 

「――まさか、コイツ『俺と同じ』!?」

 

 『同じ能力者』。今まで生きてきた中で一度も出会うことの無かった『仲間』。

 それが今、仗助と対面している?

 

 だがそれは感動の対面とは程遠い事になりそうだ。その半漁人は気持ちの悪い笑い声を吐き出し、敵意の篭った視線を浴びせかけてきたからだ。

 

「東方、仗助ェーー。同じ『スタンド使い』同士、テメーにゃあ怨みはねーがよォーー。金の為に死んで貰うぜぇ!」

「スタ……ンド? この『能力』の事か? ……テメー、一体何者(なにもん)だ?」

「答える義理はねェーーよなァーー! テメーに出来ることは、泣き叫んで絶望の悲鳴をあげる事だけだぜェェーー!!」

 

 敵のスタンドは水溜りと水溜りの間を高速にジャンプし、仗助に向かってくる。

 

「水溜りを、泳ぐっ!?」

 

 その不規則な動きに仗助の反応が遅れる。

 やがて数回のジャンプを果たした後、勢いを付け、先程とは比べ物にならない超スピードで仗助に飛び掛ってきた。

 

「シャーーッ!!」

 

 低いうなり声が凶器の鋭い爪と共に迫ってくる。仗助は身を翻し、何とか攻撃を避けるが、傘は間に合わなかった。

 ――その瞬間、差していた傘が宙を舞っていた。

 

 そして敵スタンドは持ち前の跳躍力で、上空へジャンプ。宙を舞う傘を鋭い爪で瞬く間にバラバラに引き裂く。

 

「雨に濡れて、男前があがったなぁ!? 色男ぉ。自慢の(ヘアー)が乱れちまってるぜぇ」

 

 水溜りに着水し、げたげたと嫌らしく笑う敵スタンド。

 上半身だけを水面から出し、こちらに挑発するような笑みを浮かべている。

 

「――ったくよぉー。せっかく『お仲間』に出会えたかと思ったら、ずいぶんと口の悪い野郎だなぁ、オイ」

 

 対する仗助は静かに怒りの感情を湧き上がらせ、敵を睨みつける。

 挑発された事に対し怒っている訳でもない。

 ましてや傘を壊された事に対し怒っている訳でもない。

 彼が怒っている理由はタダ一つ。

 

『この髪を雨風に晒しやがった責任をきっちり取らせる!』 ただそれだけだ。

 

「……とりあえずよぉ、ケンカ売るつもりならちゃんと相手見てから売れッつー事を体に学習させてやっからよォーー! かかってきなよ」

 

 仗助も自身のスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』を出現させ敵を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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