とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ブレイク・ザ・ワールドダウン その⑤

 DIO(ディオ)がこの世界について知っている事と言うのは、実はそれほど多くは無い。

 異なる時代と場所。

 超能力と科学文明の発達した世界。

 精々それ位だ。

 何しろ直前まで彼は、エジプトにてジョースター一行と対峙していたのだから。

 数百年前の因縁の相手であるジョナサンの孫、そしてその子孫。

 彼らと運命の邂逅を果たし、今まさに両雄激突――という所で彼の意識は深い闇の中に沈んでいったのだ。

 

DIO(ディオ)様、お待ちしておりました」

 

 気が付けば見知らぬ男の体内にいた。

 それも言葉ではなく脳内に語りかけてくる形で。

 これには、流石のDIO(ディオ)も驚きを隠せなかった。

 

 状況は不明で男の意図も図りかねる。

 自分が何故ここにいるのか見当もつかない。

 

 ――お前は、だれだ。

 試しに脳内で質問してみた。

 

「草薙カルマと申します。DIO(ディオ)様」

 

 質問はすぐに返ってきた。声色に敵意といったものは感じられず、むしろ敬意を持って応対しているように見受けられる。

 自分の脳内に語りかけてくるこの男。少なくとも現状では敵ではないようだ。

 

「失礼致します」男が発言するのと同時に、DIO(ディオ)の脳内に未知の記憶が奔流となって流れ込んできた。

 それはこの男、草薙の記憶だった。

 彼が何を思い、何を想像してこの様な暴挙に出たのか。

 その顛末が赤裸々なイメージとして、DIO(ディオ)の記憶として蓄積されていく。

 そしてその中で知る。

 自分が、ジョースターの末裔たる空条承太郎の手により敗れ去ったという事実を。

 

「貴方様が受けた屈辱。その胸中は私如き雑兵が察する事も憚れるのかも知れません。ですが、敢えて一言言わせて戴きたいのです。これは『敗北』では決して無いのだと」

 ――どういう、意味だ。

 

 草薙の意図を測りかね、ディオは訪ねる。

 相変わらず状況は不明だが、この男の発する狂気にも似た崇拝の感情だけは信じられそうだと思い至ったからだ。

 その狂気は、彼に付き従う右腕・『ヴァニラ・アイス』に非常に似通っていたのだ。

 

「貴方様は確かに敗れ去りました。四肢はバラバラに分断され、日光を持って塵と化し、肉体はあの世界から完全に消滅いたしました。ですが『敗北ではない』」

 ――だから、何の話をしている。

 

「貴方様は、たどり着いたのです。奴らの手の届かない、この新世界へ」

 

 草薙は恭しく一礼をしてその場に跪く。

 旗から見れば、誰も居ない空間での奇行と見られるのだろうか。

 だがそんな事は草薙には構わなかった。

 夢叶い、我が主を肉体に抱く幸福感。草薙は暫しの間、その至福に酔いしれていた。

 

「奪い、勝ち取り、支配するッ。気に入らなければ殺し、戯れに施し、世界を好きな色に染め上げるッ! その権利を、貴方様は得たのです。この世界において、貴方様の覇道を阻むものは誰一人としておりませぬ!」

 ――変わった男だ。一体何が望みだ。

「私が望むのは只一つッ! 絶対的強者の贄となる事! 我が肉体を喰らい、血肉を貴方様の糧として献上致したく思います」

 

 そういって草薙はさらに低く、額を地面に擦りつけながら自身の願望を吐露した。

 圧倒的強者に食われ、その一部となる事。

 その異常ともいえる草薙の性的倒錯に薄暗い闇を垣間見、DIO(ディオ)は笑った。

 そして思った。

 ――この男は利用できそうだ、と。

 

「……ですが、只一つ。貴方様が覇道を歩む為には、たった一つだけ(・・・・・・・)、排除すべき要因がございます」

 

 絶対的カリスマに異常なほど心酔し切っていた草薙は、恍惚の表情から一変、甚く真剣な表情でDIO(ディオ)に言う。

 

「貴方様は確かに新世界へと到達致しました。ですが、断ち切らねばならぬ因縁が一つ」

 ――居るのだな。この世界にも、ジョースター家の人間が。

 

 僅かながら予感はしていた。

『ジョセフ・ジョースター』がこの肉体の持ち主である『ジョナサン』を感じる事が出来るように。ディオもまた、ジョースターの血を感知する事が出来た。

 その感覚が、この世界に来てからも消えない。

 

 ――これも運命、か。

 

 DIO(ディオ)は自らの数奇な運命に低い声で笑った。もし肉体が完全なものならば、腹を抱えて笑ったのかもしれない。

 DIO(ディオ)は理解した。

 運命とは決して逃げることの出来ない重力の様なものだと。

 もし人との出会いも重力ならば、100年以上も続くこの因縁は最早必然であったのだと。

 どの時代に、どの場所に、どの世界へと到達したとしても必ず付いて回る宿命だと。

 ディオ・ブランドーとジョースターは、必ず戦う運命(さだめ)

 

 それは太古の時代から続く生存競争にも似ていた。

 自然界のそれは単純な優性遺伝子を残すことに念頭を置いた戦いだが、彼らの場合は違う。

 運命に抗い、乗り越え、最終的に打ち勝つ為の試練。宿命を断ち切る為の戦い。

 敗れたものは駆逐され、勝利者の為の礎となる。

 

 ――だとしたら、滅びるべきは奴等だ(・・・)

「左様でございます。貴方様は強靭な意志の元、運命を自ら切り開けるお方」

 

 DIO(ディオ)と精神を同調していた草薙は、DIO(ディオ)へ賛同の意思を表し立ち上がる。

 

「もうじき、宿命の相手がやってまいります。その現場まで、エスコートさせて頂く栄誉を私に頂きたく思います」

 

 草薙の口元から一筋の血が滴り落ちる。

 

DIO(ディオ)様にはその間、我が肉体をご賞味頂きたく存じます。奴等の元へ到着する頃には、貴方様の器も完成していることでしょう。その暁には私諸共――」

 

 それ以上聞く必要は無かった。

 草薙(この男の)の行動原理は既に理解したつもりだ。

 ならば今は草薙の言葉に甘え、食事に専念しよう。

 ゆっくりと内部から溶解させ、その体液を、血を、臓物を、少しずつ少しずつ、啜りながら因縁の相手の元まで向かおう。

 草薙はDIO(ディオ)の希望通りゆっくりと、確実に、この世界に居る最後のジョースターの末裔である東方仗助の元まで、絶対的な幸福感に包まれながら前進していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「これが……てめェの、スタンドか」

 

 DIO(ディオ)が出現させた『世界(ザ・ワールド)』と対峙し、仗助は息を呑む。

 スタンドのデザインは筋肉質な肉体を誇る人間型。

 三角形のマスクを被ったような頭部は仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』を連想させ、先程DIO(ディオ)が同じタイプのスタンドと言った事も頷けた。

 全身はディオの髪と同様の黄金色に包まれており、彼の精神力そのものを具現化したような圧倒的王者の風格を兼ね備えていた。

 そのスタンドを目にした仗助の感想は、不覚にも「綺麗だ」だった。

 

「……人生とはよく旅に例えられる。一時的に一つ所に留まる事はあっても、いずれまた旅に出なければならないという点においては、成程――そう言えなくも無い。……人の時間は短いからな、嫌でも自らの人生という名の道を歩んでいかねばならない」

 

『悠然』。

 その言葉がさす様にDIO(ディオ)は優雅に腕を組みつつ、口を開く。

 眼差しは何処までも冷たく、見ているだけでこちらの心まで鷲掴みにされる様だと、八雲は思った。

 状況は3対1。人数的にはこちらが勝っているはずなのに、何故だろう?

 込み上げてくる恐怖心をまったく消す事が出来ない。

 

 DIO(ディオ)は「……その先にあるのは自らの終局だというのに……、分かっていても立ち止まる事が出来ないのが人の悲しさだな」そう続け、流し目を黒子にくれた。

 たったそれだけの筈なのに、黒子は身が竦んで動けなくなる。

 透き通るような白い肌、男とは思えないような妖しい色気。

 この男の一挙手一投足に目を離す事が出来なくなる。

 

「――だが、このDIO(ディオ)は違うぞ。我が覇道に終点は決してないと断言しよう。あるのは弱肉強食の頂点、このDIO(ディオ)が支配する悠久の世界だ。弱者は徹底的に搾取され、我が認めた強者だけが、与えられた権利を行使出来る世界だ。その理想成就の為には仗助、お前の中に眠るジョースターの血が邪魔なのだ」

 

 最後に、再び仗助へと視線を戻したDIO(ディオ)は、こちらに向かい一歩足を踏み出す。

 

「――人間とは、旅をせずにはいられぬ生き物だ。朝起きて職場に行くのも旅だし、誰かを殺してどこか遠くへと逃げるのも旅だ。……お前の場合、旅は旅でもあの世への旅路となるがなァ」

「やれるものなら、やってみやがれッ。俺が――……っ!?」

 

 仗助は、信じられないものを見た。

 先程まで10m近い距離に居たはずのDIO(ディオ)が、仗助の目前まで迫っていた。

世界(ザ・ワールド)』は拳を振り上げ、その豪腕を仗助に向けて、今まさに振り下ろそうとしている。

 なんだこれは? 瞬間移動? 

 余りの突然の事に、理解が追いつかない。だが今は謎の究明よりも先に防御しなくては! この攻撃から身を守らねばッ。仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』で咄嗟に全身をガードする。

 瞬間――

 

「が――ッ!?」

 

 ガードが弾かれた。

 防御した腕をこじ開けられ、両腕が開かれる。

 ガラ空きとなった胴体に、間髪入れずに『世界(ザ・ワールド)』が蹴りを放つ。

 ――ヤバイ! このスタンド、素早い上に力も強い。

 攻撃をかわせない。

 その非情な現実を受け入れる間もなく鈍い痛みが腹部を襲う。

 

「くはッ!?」

 

 呼吸が出来ない。

 放たれた蹴りは見事に鳩尾部分にめり込むようにして決まり、仗助はスタンドごと壁に吹き飛ばされる。激突し、壁には大きな亀裂が入る。それだけでこの『世界(ザ・ワールド)』の強大な力を嫌と言うほど実感できた。

 ――このスタンドは、俺より強い。

 

 ズルリ、と壁から崩れ落ちる瞬間、仗助はDIO(ディオ)との力量の差を身を持って体感するのだった。

 

「仗助さん!」

 

 先程までDIO(ディオ)に魅入られ動かなかった黒子の身体が、仗助の危機にその硬直を解く。

 鉄芯を構え、狙いを脚部に定め――

 

「――え?」

 

 仗助の時と同じだ。

 先程まで真正面に居たDIO(ディオ)が居ない。

 目は決して逸らしてはいなかったはずなのに。

 

「左だッ!」

 

 変わりに飛び込んできた八雲の声に反応する間もなく、黒子は横っ面を思い切り叩かれる。

 それはDIO(ディオ)だ。いつの間にか黒子の元まで移動していたDIO(ディオ)が叩いたのだ。

 そしてDIO(ディオ)は間髪入れずに、鋭利な爪を黒子の首筋に突っ込んだ。

 

「――ッ!?」

「丁度良い。草薙(あの男)だけでは腹持ちが少々心もとなかったからな。同じ取り入れるのなら、若い処女の生血の方が断然なじむ(・・・)

「く……は……」

 

 血を吸われている。

 突き立てられた指から、まるでストローでも突き刺したかのように血を吸い取られている。

 黒子は自らに行われている行為が信じられなかった。

 これではまるで、伝承の中の吸血鬼。

 

「あ……あ……」

 

 そして何よりも信じられないのは、この吸血されるという行為が、とても心地よかったのだ。

 頬は次第に紅く染まり、悩ましげな表情を浮かべ始める。

 性的快感とても言うべき興奮状態が全身を支配し、恐怖心が取り払われる。

 あるのはただただこの行為に永遠に浸りたいという幸福感。

 

「む――」

 

 それを遮ったのはDIO(ディオ)に向かい振るわれる刃の鞭だった。

 蛇のように軌道を描きつつ向かってくる、意思のある剣。

 避ける為には吸血行為を中断せざるを得ない。

 DIO(ディオ)は瞬間的に指を引き抜き攻撃を回避。距離をとる。

 

「白井さんッ!」

 

 攻撃を加えたのは八雲だ。

 佐々木総一郎からコピーした「ソードキル」の能力をコピーした八雲の攻撃だった。

『ハートエイク』は蛇腹状に変化した剣を携え、DIO(ディオ)を威嚇。八雲は黒子の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫っ!?」

「……う……く……っ、(わたくし)……」

 

 良かった。

 抱き上げた際の反応は鈍かったが、生命に別状は無いようだ。恐らく吸血行為が中断された為、軽い貧血状態にあるのだろう。

 

(8……7……6……)

 

『ハートエイク』の制限時間が迫っている。

 このまま闇雲に攻撃を繰り出しても当たりはしない。

 ならば距離をとり、態勢を整えるべきだ。

 そう判断した八雲はバインダーを呼び出しカードを取り出す。

 

空間移動(テレポート)使用ッ」

 

 コピーした黒子の能力を使い、朦朧とした状態の彼女とダメージを負った仗助を掴み、数十メートル先へと移動する。

 仗助は無事だ。壁にしこたま身体を打ち付けてはいるが、意識もある。

 後は黒子の傷さえ治せば――

 

「……残念だが、逃がす訳にはいかんなァ」

「ッ!?」

 

 背後から声がした。

 振り返らなくても分かるこの冷たい声色は、奴だ。

 DIO(ディオ)がまたしても死角に回りこんでいたのだ。

 

「複数の能力を使えるとは面白い能力だが……、『世界(ザ・ワールド)』の前では無力……無駄無駄……フフッ」

 

 背筋を伝う寒気と共に、八雲は直感的に確信した。

 予知能力など備わっては居ない自分が、初めて本能的に自分の未来を理解した。

 自分はきっと、助からない――と。

 

「無駄無駄無駄無駄ァッ!」

 

世界(ザ・ワールド)』から繰り出される強烈な連打が八雲を捉える。

 それは八雲の左腕を砕き、肋骨を砕き、右脇腹を完全に貫通した。

 

「――ガァッ!?」

 

 激痛が貫通した脇腹を中心に全身に回る。

 血がボタボタと止め処も無く流れ、地面を濡らす。

 DIO(ディオ)はその様子を満足そうに眺め、舌なめずりをする。

 

「感じるぞ。若く、新鮮な血液の鼓動を。このまま一気に吸い尽くしてみるのも悪くないかもなァ……」

「やめろコラァぁぁ!!」

 

 気が付けば仗助は、怒りに顔を歪ませDIO(ディオ)の元まで駆け出していた。

 先程受けた痛みはまったく感じない。その痛みを消し飛ばすくらい、仗助は激高していた。

 DIO(ディオ)は『世界(ザーワールド)』の右腕を引き抜き八雲を床に叩き付けると、「――ほう、もの応じせず向かってくるか? 東方仗助」と感心したように言う。

 

「あれだけ力の格差を見せ付けてやったというのに、無駄な事を」

「テメェに近付かなきゃあ八雲を治せねえだろうがッ! このボゲが!」 

「治す? ……無駄無駄。そんな心配をする必要は無い。貴様が今心配するべき事は、これからどんな惨たらしい方法でこのDIO(ディオ)に殺されるかだけよ!」

 

 仗助は「やかましい!」と気合一閃、『クレイジー・ダイヤモンド』の連打を繰り出した。

 

「ドララララララララララァーッ!」

「フン、突き(ラッシュ)の力比べか? ……いいだろう、安い挑発に乗ってやろう」

 

 DIO(ディオ)は自分に放たれる大砲の様な連打の嵐を『世界(ザ・ワールド)』で迎え撃つ。

『クレイジー・ダイヤモンド』の繰り出す超高速の一振りを冷静に見極め、僅かな挙動だけで全て受け流す。

 その上で攻撃に転じる。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!」

「ドラララララララララララララララララァ――ッ!!!」

 

 スタンドの拳と拳がぶつかり合う。

 互いの攻撃を交わし、拳で軌道を逸らし、隙あらば相手に一撃を叩き込むべくさらに手数を多く打ち込む。

 今の所勝負は互角。拳での攻撃はいずれも決定打には至らない。

 

「むぅッ!?」

「ドラララララララララァッ!!」

 

 いや、僅かながら力の均衡が崩れ始めてきた。『クレイジー・ダイヤモンド』の拳が次第にその勢いを増して来だしたのだ。DIO(ディオ)は攻撃から一転、防御に転じざるを得なくなる。

 DIO(ディオ)は思い出した。

 たとえ異世界とはいえ目の前の男はジョースターの血を引くもの。

 追い詰められた際の爆発力は、決して侮る事は出来ないと。

 

「ドラァ――――ッ!」

「ッ!?」

 

 大振りの一撃は文字通り地面ごと砕いてのアッパーカット。

 大量の石の礫を巻き上げ、DIO(ディオ)に向かって吹き飛ばす。

 

「ちぃィッ!」

 

 DIO(ディオ)は驚異的な視力で瞬間的に全ての破片を見極めると、『世界(ザ・ワールド)』で破片を弾き飛ばした。

 だが――

 

「『クレイジー・ダイヤモンドッ!』」

 

 後方へと弾き飛ばしたはずの破片が意思を持つように空中で停滞し、まるで流星群のようにDIO(ディオ)目掛けて降り注いだ。

 

「――ッ!!」

「抉ったコンクリート片を元に戻した(・・・・・)。その斜線上に居るテメェを巻き添えにするように超高速でなァッ!」

 

 前方の仗助、後方の破片群。完全に八方塞がりの状態に追い込まれた形のDIO(ディオ)

 勝敗は今この瞬間に決着したと、誰もが思うだろう。事実、『クレイジー・ダイヤモンド』の拳を繰り出しだ仗助自身も、己が勝利を確信していた。この状況をひっくり返す手立てなど奴には無い――と。

 

「フッ」

 

 DIO(ディオ)は笑った。この状況において笑って見せたのである。

 そして思った。

 ……少し、遊びが過ぎた、と。

 認めなければならない。この男は強い。

 今倒さなければ確実に我が野望を挫く存在へと成長するだろう。

 くだらんプライドは捨て、最善手を打つ。

 確実な死をもって安心を勝ち取ろう。

 

 ――知るがいい! 我が『世界(ザ・ワールド)』は世界を統べるスタンドッ。お前の浅はかな小細工でどうにか出来る程、甘いものでは無い事をなァ!

 

 DIO(ディオ)は自らの分身たるスタンドの名を声高らかに叫んだ。

 

「『世界(ザ・ワールド)』!!」

 

 その瞬間、この世界全ての事象が停止した――

 

 自分に向かい『クレイジー・ダイヤモンド』を振りかざす仗助も、背後から迫り来るコンクリート片も、成り行きを見守ることしか出来ない黒子も。

 舞い上がる塵の一粒さえ動いてはいなかった。

 

 これがDIO(ディオ)のスタンド『世界(ザ・ワールド)』の真の力。自分を中心とした全ての時間を停止させる彼だけの世界。

 そしてその静止した時間を自在に闊歩できるのもまた、彼のみ。

 DIO(ディオ)は静止した時の中、難なく仗助の死角へと回り込む。

 

「これが『世界(ザ・ワールド)』だ。――最も、お前はその真の力の一端に気付く事無く、これから死ぬのだがなぁッ」

 

 静止した世界の仗助に一撃を叩き込むべく『世界(ザ・ワールド)』は拳を振りかぶる。このまま土手っ腹に風穴を空けたとしても、仗助は自らが死んだ事すら気付かずに静止したままなのだろう。DIO(ディオ)が能力を解除しない限り……。だが、その時には全て事が終った後なのだ。

 DIO(ディオ)はその終わりの時を告げる鐘を鳴らすべく、その拳に力を込め――

 

「――ッ!!」

 

 弾かれた。

 同時に背中を直撃する激しい衝撃と異物が体内へ強引に侵入する不快感を感じた。

 攻撃された? 馬鹿な、この静止した時の中で動ける人間など誰一人としていないはずだ!

 DIO(ディオ)は自分の拳を弾いたモノを凝視する。

 それはコンクリート片だった。

 仗助が『クレイジー・ダイヤモンド』を発動させ、ディオの『世界(ザ・ワールド)』によって静止させられた、あのコンクリート片だった。

 自分の背中を襲った衝撃の正体はこれか! DIO(ディオ)がその正体に気付くと同時に、背後に忍び込んだ『ハートエイク』の一撃が、背中にめり込んだ破片をさらに埋没させた。鋭利に尖ったコンクリートの破片が、ディオの体内で砕け散る。これでは容易に取り出すことは困難を極めるだろう。

 

「…………あんたは能力を知っていたはずだ……、複数の能力を使える僕の能力を……、その上で手を打たなかった……、これはアンタの落ち度だ。僕を雑魚と見ていたアンタのミスだよ……」

「きっさまァああああ!!」

「……力の弱い『ハートエイク』に致命傷は与えられない。だけど、こうして杭を打ち込むことくらいは出来るんだ。あんたは倒せなかったけど、これで十分だ。……これで十分なんだよ」

 

 物理法則を完全に無視する形で発現するスタンド能力において、一番大切なのは「認識」するという事だという。

 どのような出鱈目な能力であっても、当人が「出来て当然」と思えばそれは(まか)り通り発動する。それがスタンドというものの原則だった。

 数多くの能力をコピーしてきた八雲は、その認識能力が他者よりも秀でている。

 だから出来ると思った。

世界(ザ・ワールド)』をコピーした自分なら、静止したコンクリート片に干渉出来ると。

 そうすればクレイジー・ダイヤモンド』の能力も元に戻り、ディオに向かっていくのではないかと。

 

「このッ、クソカスがぁああッ!」

 

 激高したDIO(ディオ)が拳を振るう。

 これまでの紳士然とした態度は成りを潜め、醜く顔を歪ませた悪の本性が剥き出しになる。

 自分の肉体に傷をつけたのが取るにたらぬザコだという事実が、プライドをいたく刺激したのだ。

 

「死ねィッ!」

 

 朦朧とした意識の中最後の力を使い果たした八雲に、その悪意を受け止める術は最早無い。

 振るわれた拳は深々と八雲の体内に埋まり、そのまま胴体ごと彼を串刺しに。宙へと持ち上げ、そのまま勢い良く地面へと叩き付けられた――

 

 

 そして、時は動き始める。

 DIO(ディオ)に向けその拳を振るおうとした仗助が見たもの。それは右腕を真っ赤に染め上げ醜い笑い声を上げるディオと、地面に横たわる八雲の姿だった。

 

「――や、やく……」

「…………っ!」

 

 咄嗟に駆け寄ろうとする仗助に『ハートエイク』がカードを投げて寄こす。

 そのカードには

 

 ●ザ・ワールド。この世界の時間を3秒間だけ静止させ、動くことが出来る。

 

 と書かれていた。

 

「なん……だと……」

 

 その一文を読んだ仗助はごくりと唾を飲み込んだ。

 これが、DIO(ディオ)のスタンドの真の能力。

 自分の身に起きた不可解な事象もこれが原因か。

 ――だが、と思う。

 一つに疑問の氷解は次なる難題を仗助に投げかける。

 

 時間を静止させる相手に対し、俺はどうやって対抗したら良いのだと。

 

「…………じょう、すけ……」

 

 八雲の声が聞こえた気がしてハッとする。

 その瞳はいまだ闘志を失わず、仗助に何事かを伝えようとしていた。

 

「…………ッ」

 

 瞳が語りかけていた。

 

 ――僕のやった事を無駄にするな! と。

 

 そして一瞬だけ仗助に微笑みかけるとそのまま地面に顔をうずめ、二度と動くことは無かった。

 手にしたカードは冷たく、そして枯れ葉を触るようにボロボロと崩れ、やがて塵のように消えてしまった。

 恐らく……八雲は、もう……

 

 仗助は心の中で「……分かったよ」と呟き、自身の憤りを押し留める。

 ここまでお膳立てをしてもらったのだ。ここで玉砕覚悟で突っ込んで全滅でもしたら、それこそ八雲に何ていわれるか……。

 だから今は自分の出来る精一杯を。

 現状で勝てないのなら、勝てる勝算をこちらで見つけるのだ。

 

「!」

 

 背後で自分の身体に触れる感覚があった。それと同時に視界からDIO(ディオ)が消え、廊下の光景が何度も切り替わる。これは、空間移動。となればこれが出来る人物は一人しか居ない。

 

「……『クレイジー・ダイヤモンド』をコピーして治してくれていたか、八雲……」

 

 自分の身体を抱くように空間移動を繰り返す黒子の横顔を見ながら、親友の最後までの気配りに、仗助は胸が一杯になった。

 

 

 

 

 

 

 それが起こったのはフェブリ救出ミッションをクリアした木山達が、今後の方針を話し合っていた時だった。

 

「なんだろ……? 何でかわかんないけど、フェブリの中で何かが生まれそうな気がするの。今まで眠っていた何かが……」

 

 フェブリはガリガリとものすごい勢いでキャンパスノートに絵を描き始める。

 まるで何かに取り憑かれたように、一心不乱に。

 木山たちに救助されてからどこか様子がおかしいフェブリだったが、ここに来てそれがいよいよ噴出した形になる。

 

「気をしっかり持ちたまえ! 初春君、佐天君、フェブリを抑えるのを手伝ってくれ」

 

 見かねた木山がフェブリから筆記用具一式を取り上げ、落ち着かせようとする。しかしそれをナナシが止める。

 

「心配はありません。これは、我が主にとって必要な事」

「どういうことだ? 能力の暴走では無いのか?」

「逆です。これまで眠っていたスタンドの能力が覚醒を始めたのですよ」

「!!」

「恐らく、精神世界での一件が呼び水となったのでしょう。私を現世に顕現させた時に見せた、あの力強き意志の力。それが我が主を一段階成長させたのです」

「…………」

 

 最早、自動書記に近い速度でキャンパスに書き込み続けるフェブリ。視点は一点遠い所を眺め、意識は別の所にある様だ。だが手だけは自動的に動き続けている。

 

「できタ」

 

 フェブリの動きが止まる。その声は、どこか機械的で、まったく感情のこもっていないものだった。

 これは本当にフェブリなのか? まるでフェブリの体を借りて、まったく違う存在が語りかけているかのようだ。

 

「お、おい。フェブリ? 大丈夫なのか」

 

 思わず訊ねてしまうほど、フェブリの様子は心配だった。だが木山の杞憂をよそに、フェブリの体を借りた何かは、「問題なイ」と短く返す。

 

 そしておもむろに立ち上がると「外敵ヲ、排除してこよウ」そう言って踵を返す。

 

「ま、まちたまえ――ッ!?」

 

 木山が静止する間もなく唐突に、フェブリはその姿を消し去った。

 取り残された木山達は、只呆然と事の成り行きを見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 


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