とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ブレイク・ザ・ワールドダウン その③

 時間は少しだけ巻き戻る――

 

 最下層では、上条と鏑木の戦闘が熾烈を極めていた。

 上条目掛けて襲い掛かる無数の怪物達(クリーチャー)

 鏑木の心の妄執から生まれた、歪んだ心そのままのおぞましき怪物達。

 しかし上条の右手はそれらをまるで浄化するかのごとく、消滅させていく。

 消滅させつつ、鏑木の元へと駆け走る。

 

「《こノッ、クソガキガァァアアアア――ッ!》」

 

 鏑木は再び光玉を出現させ、上条に撃つ。

 だが――

 

「無駄だっつってんだろ!」

 

 これで23発目。

 上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)によりその攻撃は全て無効化されてしまった。

 

「こっちもッ、忘れてもらっちゃ困るわよッ!」

「《美琴ォォォォッ!》」

「だから、名前を呼ぶなぁあああああああ!」

 

 美琴の放った超電磁砲(レールガン)の一撃が、鏑木の収まった巨大な超高弾性率ガラスに直撃する。

 こちらも23発。

 同じ箇所に集中的に一撃を加え続け、ついに容器に亀裂が入った。

 しかしモノの数秒もしない内に、その亀裂は瞬く間に修繕されていく。

 

「くそっ、これじゃキリ無いわ!」

 

 美琴は舌打ちをしつつ、即座に移動を開始する。

 電流により磁場を作り出し、大きく飛翔。

 鉄筋の壁に磁力で張り付く。そして間髪入れずに電撃を放つ。

 

 電撃は上条の眼前。

 鏑木が新たに生み出した怪物の一団に直撃し、その体を粉々に吹き飛ばした。

 

「サンキュー! 御坂!」

 

 上条が礼を言いつつ鏑木に迫っていく。

 5m、4m、どんどん距離は近付き、ついに手の届く範囲まで。

 上条は右手を大きく振り上げ、巨大な容器に向かい振り下ろさんとして――

 

「《舐めるなぁあああああーーーーーッ!》」

「ぐうっ!?」

 

 後少しで鏑木に触れられる所に来て、突如発生した光の門。

 そこから突如した突風により、上条の身体は吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐああああああぁぁぁぁーーーーッ!」

 

 そのまま受身を取ることも叶わず、壁に激突。

 全身を強打してしまう。

 

「当麻っ!」

 

 壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちる上条を見て、たまらず美琴が駆け寄る。

 

「だ、大丈夫!?」

「っつ~~! くっそ、後もう少しだったのによ」

 

 どうやら思いの外、ダメージは無さそうだ。上条は頭を擦りながら悔しそうに起き上がった。

 

「だが、これではっきりしたぜ。奴の脳味噌を守っているあの容器。アレが能力で具現化されたものだって事がよ」

 

 鏑木は攻撃の第一目標を徹底して上条に定め、美琴に対してはほぼ眼中にナシといったスタンスを取っていた。

 最初は美琴にご執着の鏑木による、フェミニスト的行為だと思っていたがどうやら違う。

 アレだけ超電磁砲(レールガン)を打ち込まれ、自身の生命維持装置であるはずの容器にヒビまで入れられたのにも拘らず、美琴にはあまり警戒の色を見せるそぶりが無かったのがどうにも引っかかった。

 逆に、上条が接近した時の鏑木のあの露骨な嫌がり方。

 明らかに美琴の場合と違う。

 その意味するところは?

 そこで上条は気が付いた。

 

美琴(お前)も見ただろ。超電磁砲(レールガン)で傷つけたはずの容器が、一瞬で再生したのを」

 

 アレは明らかにこの世界の物理現象ではなかった。

 十中八九、フェブリの能力によるものだ。

 そこに幻想殺し(イマジンブレイカー)が干渉したのなら――

 

「――つまり、あんたが触れれば元に戻るって事ね」

 

 美琴は上条の存在に、フェブリ奪還の可能性を見出していた。

 上条が触れた瞬間に、あれはただのガラス容器に戻る。

 その瞬間に美琴が超電磁砲で狙い打つ。

 容器は破壊され、鏑木とフェブリを繋ぐ接続(リンク)は遮断される。

 そうなれば鏑木を倒す事など容易なものだ。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)なら変質したフェブリの肉体すら復元する事が出来るかもしれない。

 ――いけるかも、しれない。と美琴は状況が好転する可能性に心躍らせる。

 上条を見る。

 自分と同じで、彼も逆転の可能性に希望を見出しているに違いない。

 だが、予想に反し上条の表情は厳しいものだった。

 

「どうしたのよ。なんでそんな顔してんのよ」

「いや、何。せっかく勝利条件が見えたトコ悪いんだがな……」

 

 上条の表情は芳しくなかった。

 まるで、「追い詰められたのはこちらだ」とでも言わんばかりの焦燥感溢れる態度に、美琴が訝しむ。

 

「アイツにも分かっちまったようだな。俺の弱点が……――ッ! 来るぞッ!」

 

 眼前に迫るは、大小からなる大量の瓦礫の破片だ。

 建物の自重を支え、今現在も上条達を支え続けている床下のコンクリートが正方形上に切り取られ、宙に浮遊している。

 その一部が急速に速度をつけ、こちらに迫ってきているのだ。

 

「――ッ!」

 

 上条はその攻撃をかわせない。

 かわす意思はあるのだが、その思考に、反射神経が追いつかない。

 

 異能の力を尽く無効化出来る上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)であるが、その効果が及ぶのは彼が右手で掴んだ対象のみである。

 つまり有効範囲がとてつもなく狭いのだ。

 おまけに能力の余波から派生した物理現象(――この場合、念動力で飛ばしたコンクリート片――)は無効化出来ない。

 鏑木はその事に気が付いた。

 だから攻撃の威力(ランク)を下げ、当たらずとも体力を十分に削り取れる遠隔戦に切り替えたのだ。

 このまま攻撃を加え続けて体力が底を尽けば、自ずと自滅する事を見越したからだ。

 

「――くっ!」

 

 美琴は反射的に上条の首根っこを掴み、地面を蹴る。直径約4メートルのブロックが、質量の伴う殺意となって、地面に激突する。

 間一髪。

 けたたましい轟音と土煙を上げながら、かつて自分達が居た箇所を押し潰す惨状を見て、上条達は背筋に冷たいものを感じた。

 

「今度は念動力!? 本当に何でもありの能力ね……」

 

 美琴は電撃を壁に向かい発射し、そこから発生した磁力で自身と上条を引っぱり、攻撃を逃れていた。

 磁力のゴムで身体を強引に引っ張った、といえば理解しやすいだろうか。

 

「御坂ッ! 気ィ抜くなっ!?」

「――ッ!!」

 

 間髪入れず浮遊するブロックが美琴達に攻撃を加えてきた。

 今度のは手の平大のモノだが、数が多い。

 塵のように無数に空中を舞い、その全てが美琴達に照準を定めていた。

 手数を増やし、こちらの動きを封じる作戦のようだ。

 

 まるで弾丸並みの速度で打ち出されるコンクリート片。

 それら全て電撃で防御するのは不可能。

 美琴だけなら何とかなるかもしれないが、今回はパートナーが居る。

 

「くっ!」

 

 能力で壁に張り付いていた美琴は瞬間的に能力を解除。

 重力の法則を働かせた後、今度は地面に向かい電撃を発生させる。

 物体の自由落下より速く落ちていく美琴達。

 だがこれは覚悟の自殺ではない。

 

 地面に放った電流から即座に立ち昇る大量の黒い物体。

 それは砂鉄だ。

 大量の砂鉄が扇状に纏り、美琴達の身体を包み込む。その上で無数の先端を形作り、コンクリート片目掛け発射される。

 自身に迫るコンクリート片を、まるで相殺するかのごとく次々と串刺しにしていく。

 残りの問題は着地方法だが、それも抜かりは無い。

 

「舌、噛まないでよっ」

 

 美琴は周囲に磁力を発生させ、局所的に電気抵抗をゼロにする。

 まるで超電導リニアのように磁気相互力を利用して、自身の身体を浮上させる。

 美琴なりのエアクッションのつもりだった。

 

「ぐえっ」

 

 試みは半ば成功した。

 美琴は落下の衝撃をほぼ殺し切り、無傷で地面に着地。

 一方の上条は、美琴が直前で手を離してしまった為に地面に顔面からダイブするハメとなってしまった。

 

「いっでぇ……」

 

 上条は鼻頭を押さえつつ非難めいた視線を美琴に送るが、状況的に助けられたのは事実である為それ以上強く出る事はなかった。

 美琴に至っては「まあ、即席で対応したにしては五体満足なんだし、及第点でしょ。何か文句ある?」といった感じで上条の抗議など何処吹く風だった。

 

「《――クーククククッ。アーハハハッハァ――ッ!》」

 

 そんな二人を出迎えたのは、フロア全体に響き渡る鏑木の嘲笑だった。

 

「《イレギュラー……。貴様のまったく摩訶不思議、理解不能の能力には驚きを禁じえないよ。『世界の理すら変容させる』。そんな万能の力を手にした私に、よもや天敵が存在しようとはッ。『我が計画を水泡に帰す人間』。そんな存在を私が認めねば成らぬとはッ。だが――」

 

 空中を浮遊するブロック片が一斉に上条を襲う。

 直径3m、質量にして約37tはある巨大な凶器の群れ。

 その数は大小合わせて100を越えていた。

 

「《カラクリが分かればどうとでも対処出来る。このまま絶望を胸に抱き圧死しろッ!》」

「させないっ! 」

 

 上条を庇うように躍り出たのは美琴だ。

 身体を最大出力で放電させつつ、なぎ払うような動作で電撃を飛ばす。

 一個一個の威力は弱まるが、広範囲の物体の軌道を逸らすには十分な電圧だ。

 上条へ向かっていた巨大なブロック片は、その進路を大きく外し、地響きを立てながら次々と地面へと落下する。

 

「凌ぐッ! 鏑木(コイツ)の攻撃は私が凌ぐ! だから当麻(アンタ)は真っ直ぐ――」

「《馬鹿めがッ!》」

 

 美琴がさらにもう一撃、浮遊するコンクリート片の群れに電撃を加えようと力を込めた瞬間――

 地面に落下した巨大なコンクリートが、次々に爆ぜた。

 

「――嘘ッ!?」

 

 完全に攻撃の対象を空中の一団に集中していた美琴は、その予想外の現象に完全に虚を突かれる。

 爆風の圧力で周囲に飛び散るコンクリートの欠片。

 本来なら余裕で防御出来るはずの攻撃に一瞬対応が遅れてしまった。

 

「――ぐぅッ!?」

 

 粉砕されたコンクリート片の一部が美琴の腹部に直撃する。

 肺が圧迫され、呼吸がまともに出来なくなる。

 その強烈なボディブローの激痛を感じながら、美琴は後方へ文字通り弾き飛ばされる。

 

「《言っただろう? 私の力は世界の理すら変容させるモノだと。浮遊するコンクリート片を爆発物に変換する事など造作も無い事なのだよ。――父親(・・)に逆らおうなんて悪い子だ、暫くそこで反省しなさい》」

「――――」

 

 美琴は身体を句の字に折り曲げ、そのまま悶絶している。

 急激に起こった呼吸困難と激痛により、起き上がることもままならないようだ。

 

「御坂ッ!」

 

 美琴を介抱しようと駆け寄ろうとする上条。だがその足取りは重く、酷く弱々しい。

 

「くそ……」

 

 上条は美琴にたどり着くまで後数歩――という所で力尽き、その場に倒れこむ。

 激痛が酷い腹部に手を当てる。そこにはぐちゃり、と生暖かく濡れていた。

 それは血だった。

 わき腹を切り裂かれた上条から滴り落ちる鮮血だった。

 破壊され、先端を鋭利な刃物と化したコンクリート片は、爆発の威力と相俟り、簡単に上条のわき腹を切り裂いたのだ。

 

「いってぇ……」

 

 弱々しい声を上げながらも、それでも起き上がろうとする上条。

 腹部は切り裂かれはしたが、動脈の類は切れていない。出血も思いの他酷くなく、臓器がはみ出したりなんて事も無い。痛みで転げまわりそうだが、お陰で意識の喪失を免れている。思考もクリア。足も、手も、まだ動く! 大丈夫だ。まだ(・・)軽症だ(・・・)

 

「うぉぉぉぉおぉお……ッ!」

 

 上条は痛む患部を敢えて強く抑え、意識を強く保つ。

 意識は失わせない。そうなるのは、鏑木を倒した後だ。

 

「よぉ、美坂っ……。俺の、声が、聞こえるか……?」

「う……ぐぅっ……。と、当麻……」

 

 美琴の元までたどり着いた上条は、息も絶え絶えで言う。

 その声に反応し、美琴が弱々しく身体を起こす。

 

「……予定、変更だ。超電磁砲(レールガン)撃つ体力、残ってるか?」

「それは、あるけど……。でもアイツは私の攻撃なんて……え?」

 

 美琴は思わず額を押さえる。

 何? 今の――私の頭に入り込んできたイメージは?

 

 上条当麻のモノではない。

 基より上条は、ただの一つも(・・・・・・)能力を使えない。

 だが脳内に流れ込んでくる思考は確実に上条のもの。

 この矛盾は一体――?

 混乱しそうになる思考を「できるな?」という上条の言葉が繋ぎとめた。

 

 美琴は知らない。

 今、この場で鏑木と戦っているのは彼ら二人だけではないという事を。

 もう一人。

 御坂美琴の願いを叶える為に奔走する存在が在るという事を。

『上条当麻が美琴を救い出す』。

 その願いを叶える為に持てる能力を駆使し、今も様々な人間の運命を操作しているという事を。

 

 この場の誰も知らない。

 指輪の能力により運命に導かれた存在が、この最下層に到達した事を――

 

 

 

 

 

 

 

「これ……が?」

「そうだ。鏑木が生み出した悪魔の研究。その完成品だ」

 

 最下層にたどり着いた初春達は、木山の手引きにより目的地へと到達した。

 白銀色のカプセルが並ぶ白色の空間。その中央に聳え立つ幾何学模様の人工建造物が、異様な存在感をもって三人を出迎える。

 

「フェブリ……やはり間に合わなかったか……」

 

 木山は聳え立つ塔にはめ込まれたカプセルを見て、苦々しく呟く。

 フェブリの肉体は特殊な薬品により生きたまま溶解され、あのカプセルの中に押し込まれた。

 そして本人の意思に関係なく、能力を利用され続けるのだ。

 

「そんな……」

「あれが……フェブリ、ちゃん……?」

 

 唐突に突きつけられた残酷な現実に、初春と涙子は言葉を失う。

 グワンと自分の世界が揺らぐような衝撃を受け、思考が停止しかける。

 

「気をしっかり持ちたまえ。酷い言い方かもしれんが、これも『想定の範囲内』だったはずだ」

 

 それを妨げてくれたのは木山の叱責だった。

 木山は数時間前のブリーフィングでの話し合いを引き合いに出し、二人を落ち着かせる。

 

「敵にフェブリを奪取された時点で、こうなる(・・・・)事は予測出来たはずだ。逃亡を阻止する為に肉体を変質させ、その意識のみを制御下に置くだろう事も。だとしたら我々がするべき事はただ一つ。その制御からフェブリを引き剥がす。そうだろう?」

 

 そう言って木山が懐から取り出したのは小型のUSBメモリだった。

 

「――奴等がフェブリをこういう風にすると聞いた時点で、私はプログラムを開発に着手していた。液状化したフェブリの意識を覚醒させ、現実世界に呼び戻す為の覚醒プログラムをな」

「――っ! そうか。フェブリちゃんの身体は消失してしまっても、それを構成する物質と精神は全てこのカプセルに収められていますもんね」

「……ってことは、初春っ。意識さえ取り戻せば、フェブリちゃん自身の能力で元の体に戻る事も可能って事?」

 

 涙子の問いに、初春は力強く「はい!」と答えた。

 先程まで消沈していた二人に、気力に活力が戻ってくる。

 木山はそんな二人を見て「……どうやら、やる気を取り戻してくれたみたいだな」と薄く笑い、初春にメモリを差し出す。

 

「君に頼む。セキュリティが何十にもロックがかかっていて、正直私では解除できそうも無い」

 

 巨大な塔を制御しているであろうコンソールを前にして、木山が言う。

 前回はここで失敗し、捕えられてしまった。

 だが初春なら、守護神(ゴールキーパー)と呼称され、並み居るハッカー達と渡り合ってきた彼女なら……

 

「頼む」

 

 木山は初春に全てを託す。それを受け、初春の瞳に闘志の炎が宿る。

 

「分かりました。三分で全て終らせます」

 

 手渡されたバトンは必ず次に回す。初春は木山からメモリを受け取ると、備え付けの椅子に座りコンソールの画面へと向き合った。

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

(――――)

 

 そこは空白の世界だった。

 上も無く、下も無く。

 自分が浮かんでいるのか、それとも漂っているのかも分からない。酷く曖昧な世界。

 ただ全ての殻を取り払われたような開放感は気に入っていた。

 どこまでもひたすらに、まるで全身をぬるま湯で浸したような生暖かさ。

 たちまち目覚めかけた意識をまどろみが包み込む。

 このまま泥のように深く沈んで揺蕩う事が出来れば、どんなに気持ちがいいだろう。

 

《――そうだよ、フェブリ。君は何も考えなくて良いんだ。このままずっと永遠に、気持ちいいことだけをしていれば良いんだ》

 

 自分に語りかけるようにささやく老人の声。

 この声の主をフェブリは知っている気がした。

 でも何処であったんだろう?

 確か自分に散々痛い思いをさせた車椅子の老人の声に似ていたような……?

 確か名前は……。

 ――なんだっけ? すごく眠くて、何も考えたくない……。

 

《――ここには怖い人も、嫌な事を言う人もいない。誰も君を傷つけない。だから何も考えないで眠りなさい。……深く……深く……深く……》

 

 声がずっとささやいている。

 深く眠れと、何も考えるなと、フェブリの思考を奪う。フェブリもそれが一番良い様な気がして、深いまどろみに落ち始める。

 

「起きて下さい。意識を鏑木(あの老人に)委ねないで」

 

 そんなフェブリに声をかける誰かが居た。

 姿は分からない。だけどその声は何処と無く自分が良く知っている人物に思えた。

 

 ――だぁれ……? ここはフェブリだけの世界のはずなのに……。こうして干渉してくるアナタはだぁれ?

「はじめまして造物主。私は貴方の能力から生み出された存在です。名前は……まあ、ナナシとでもしておいて下さい。とある少女の願いを叶える為、こうして貴方に干渉した次第です」

 

 ナナシは「――初春飾利が送り込んだ覚醒プログラム、それを媒介としてね……」と付け加えると、外部の映像をフェブリの意識に直接投影する。

 そこには必死に作業に没頭する初春。そして固唾を呑んで成り行きを見守っている木山と涙子がいた。

 その光景を見て、沈殿しかけたフェブリの意識が呼び戻される。

 

 ――ま……ま……

「初春飾利は優秀なハッカーです。幾ら最新式の防壁プログラムを展開しようと、彼女にかかれば薄い紙をハサミで切り取るより簡単な作業。……ですがここで一つ問題が起こりました」

 

 白い空間に歪みが生じる。

 灰色の染みのようなものが溢れ出て、純白の空間を濁った灰色に染め上げる。

 そして、怨声のこもった声が空間中に響き渡る。

 

《渡さぬ……。渡ぁ~たぁ~さぁ~ぬぅ~~。フェブリィッ、お前はここにいるのだァ! 何も考えるな、奴隷でいろッ、疑問を差し挟むな! お前は私の言う事だけを聞いていればいいのだァ――ッ!》

「……鏑木がフェブリ(貴方)の能力を利用して生み出した番人、と言った所でしょうか。このお陰で初春飾利が展開した覚醒プログラムが作用しても、貴方は現実に戻れないのです」

 

 灰色の澱みは集まり、人の姿を形作る。

 それは恐らく、全盛期であった鏑木の若き姿。

 眼球は大きく肥大し、その口元は大きく裂け、呪いの言葉をフェブリに投げかける姿は醜悪で、まさに人間の持つ悪意が具現化したかのようだった。

 そのあまりの悪意の強さに、フェブリは恐怖を覚える。

 

 どうしようもなくこの場所から逃げ出したい。

 木山(まま)の所に帰りたい。

 今まで忘れさせられていた孤独感で一杯になる。

 

 でもその方法が分からない。

 周りに出口らしいものは存在せず、帰り方も分からない。

 一体どうしたら? どうすればいいんだろう――?

 

「――やれやれ、しっかりして下さい。それでも私を生み出した造物主ですか?」

 

 鏑木とフェブリの間に割って入ったのは、光り輝く粒子の粒。

 その一粒一粒が人の姿を形作り、やがて粒子が四散。フェブリの良く知る人物の姿が現れた。

 それは、美琴だった。

 オリジナルと違い艶やかな黒髪を持ち合わせ、容姿も幼いが、それは御坂美琴そのものだった。

 

 ――みこと、おねえちゃん……?

「……正確には御坂美琴の純粋な願い(童心)を投影して作り出したナナシ(・・・)、です。――それよりも、帰りたいのならそう願えばいい(・・・・・・・)

 

 ナナシはフェブリに襲い掛からんとしている鏑木に抱きつく。振りほどかせまいと全身を使って押し留める。

 

「忘れたのですか? 貴方には世界を生み出し、現実化する能力がある。どのような願いも具現化できる万能の能力が。その力を使って脱出するのです」

 ――でも、お絵かきするものが……

「大丈夫、ここは精神の世界。イマジネーションが力を持つ世界です。――だから強く願いなさい。貴方の無事を願う人の元へ、貴方が愛する人の世界へ、必ず帰るのだと」

 ――かえる……ままのところへ。みんなのところへ……

「願って。強く、強く、強く――。強い思いが、想いの力が、世界を想像する力となる」

 ――かえりたい。かえる、かえる、帰るっ。帰るんだ!

 

 空間に歪みが生じ始める。

 フェブリがイメージしたのはゲート。この世界と現実とを結ぶゲートだ。

 帰る為の扉がこの世界に無いのなら、自分で作ってしまえばいい。

 そう考えたら自然に扉が生まれていた。

 

 これが自分の……力。創造する、能力。

 これまで深く自分の能力について意識した事は無かったフェブリは、この時始めて自分の能力を自覚した。

 熱い感情が身体を駆け巡る。自信が体から漲ってくる。

 何でも出来る。

 何処にだっていける。

 創造する力を失わない限り、自分はどんな事でも出来る。フェブリの瞳に、強い意志の光が宿り始めた。

 

「……それでいい。早くっ、私が鏑木(コイツ)を押し留めているうちにッ」

 ――だめ。

「え?」

 ――それじゃナナちゃんが置いてきぼりになっちゃうもん。それじゃ、だめ。

「何を悠長な事をっ。わたしの事は良いのです。もとより使命を全うすれば、ただ消え去るのみの存在なのですから」

 ――だったら尚更だめ。せっかくお友達になれたんだもん。このままフェブリだけ逃げるなんて出来ない。

「だから――」

 ――だから、連れてくよ(・・・・・)。ナナちゃんも、一緒にっ。

「――っ!?」

 

 その瞬間、ナナシ構成していた身体はフェブリの元へ引き寄せられる。

 一体何が? 瞬間移動?

 それがフェブリが願った為であると理解する間もなく、フェブリの周辺に光の粒子が集まってくる。

 

「悪い人だ。フェブリをいじめる悪い人だ」

《や、やめろ、フェブリッ。その光をこちらに向けるんじゃあない!》

 

 その光の矛先は、鏑木に向けられていた。

 次第に膨張し膨らんでいく光を見て、鏑木は恐怖に歪んだ顔面をさらに歪める。

 

 光の輝きは益々増し、この世界全体を明るく照らす。

 その光景を見て、ついに鏑木は逃走する。

 ――アレは、撃たれたらまずいものだ。彼の本能がそう教えている。

 だが、逃げられない。元々この世界の門番として作られた彼に、逃げ帰る場所など無い。

 彼がそう悟ったとき、ついに一筋の光となったソレは、標的である鏑木に向かい投射された。

 

《ウ、ウワアアアアアアアアアアッ!?》

 ――どっかいっちゃえっ!

 

 強大な一筋の光が鏑木を照らす。

 『光の直線』。

 そう形容するほか無い巨大な高熱源の集合体が鏑木を包み込み、焼く。

 

《ギャァアアアアアアアアアアア――ッ!?》

 

 鏑木の分身体が、叫ぶ。

 命消える恐怖と絶望の雄叫びを残して、細胞の一編すら残す事を許されずに世界から消滅する。

 

 ――いくよっ。ななちゃん。

「えっ? あ?」

 

 光を放つゲート。先は暗く、どうなっているのか見当もつかない。だがそんな事はお構い無しにと、フェブリは手をとりその先の世界へナナシを(いざな)う。

 問答無用、有無を言わさぬ強引さと力強さでナナシは手を引かれ、扉の中へと吸い込まれるようにして入っていく。

 この先自分は一体どうなるのか。

 このとき初めてナナシの胸中に、行く先の見えない不安感が芽生える。

 何せ実質生まれたばかりの彼女は、物質世界の理など何も知らないのだから。

 このゲートの先にたどり着くということは、彼女にしてみればこの世に生を受け誕生するということ。

 こんな自分を受け入れてくれる存在が、果たしていてくれるのだろうか?

 

「大丈夫だよ」

 

 心の声では無いフェブリの声がはっきりと聞こえた。

 ナナシは声のするほうを振り向く。

 そこには満面の笑みを浮かべるフェブリがいた。

 

「絶対に、大丈夫!」

 

 心の内を見透かしたように自信に溢れた彼女。

 その根拠の無い自身は一体何処から来るんだろう? と呆れながらも、何故か安心しきっている自分が居た。

 自分の中に芽生えた不合理で矛盾を含むまったく未知の感情。

 それが何処と無くむず痒くも心地良い――

 

 光る通路の先に小さな黒点が見える。

 それは段々と大きく広がりを見せ始める。

 黒点と思われたのは大きな扉だった。恐らくあそこが、終点。

 

(――まったく、ただの消耗品に過ぎない私にここまで肩入れするなんて。お陰で未練が生まれてしまったじゃないですか。この責任、ちゃんと取って下さいね。造物主)

 

 そして彼女達は光の中に佇む扉の先へと、互いに手を取り合いながら進んでいった。

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

(――――)

 

 

 

「やった! やりましたよ! 木山先生、佐天さん!」

 

 幾何学模様の塔が振動を起こし、埋め込まれたカプセルに大きな亀裂が入る。その状況から覚醒プログラムが一定の効果を発揮した事を悟った初春は歓喜の声を上げる。

 非常事態を察した塔内のプログラムが『エマージェンシー・コード』を作動させ、カプセルを自動的に地面へと降ろす。願ったりの事態に、木山と涙子、遅れて初春がカプセルに急ぐ。果たして中の状況は――?

 

「だれこれ?」

 

 真っ先に声を上げたのは涙子だった。状況が理解できず、頭に大きなクエスチョンマークが浮かんでいる様な表情を浮かべ、もう一度呟く。

 

「……だれ、この子……?」

 

 作戦は大成功に終わったといっていい。覚醒プログラムが旨く作用し、フェブリを現実世界に呼び戻す事に成功した。カプセルの中には生まれたばかりの姿で、フェブリが寝息を立てている。

 問題はその隣だ。

 

「…………」

 

 フェブリに隣で同様に寝息を立てている少女。フェブリ同様身に纏うものはなく、生まれたままの姿だ。

 彼女達は互いに手を取り合ったまま安らかに寝息を立てている。

 柄かやな黒髪を揺らしながら寝息をつく少女は、その幼い姿を覗けば、間違いなく涙子のよく見知った姿に酷似していた。

 

「御坂……さん?」

 

 初春が涙子が擁いていた疑問に答えを出すかのように、率直な感想を述べる。

 

「やっぱり、初春もそう思う?」

「はい。髪は黒だし、姿も幼いですけど、この容姿はどう見ても……」

「――御坂美琴そのものだ。これは一体どういうことだ?」

 

 初春は涙子は互いに首をかしげ、木山は科学者としての虫が騒いだのかマジマジと観察する。

 やがてその混乱冷めやらぬ状況下で、御坂美琴(黒)が目を覚ました。

 ゆっくりと開いていくカプセル。

 中から状態を起こす美琴もどき。

 後じさり、物陰から状況を伺う初春と涙子。

 

「…………」

 

 そんな中木山だけは物怖じせずに、少女を見下ろしている。

 

「君は誰だ」

 

 単刀直入に少女に尋ねる。

 分からない事は本人から直接伺うほうがいい。すると少女はにこっと笑みを浮かべて木山に答えた。

 

「――はじめまして、木山春生。我が主を身を挺して守っていただいたお陰で、私はこうして誕生する事が出来ました。我が主共々、末永く宜しくお願いしますね、お母様(・・・)?」

 

 少女の唐突な宣言に、初春と涙子は同時に「――ええええええっ!?」と叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 


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