とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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東方仗助! 御坂美琴と遭遇す その②

「……まったくもうっ! お姉さまったら、強い相手となると見境がないのですからっ!」

 

 白井黒子はそう悪態を突きつつ、美琴と仗助を見比べる。

 おそらく本気を出さないであろうが、美琴の能力はレベル5。

 相手(仗助)の能力が未知数な以上、かえって深手を負わせてしまう恐れがある。

 水をさす事になろうとも、早急に美琴を止めなければ。

 

 だがどうやって?

 レベル5の美琴を止める手立ては?

 

「そうですのっ!」

 

 黒子はあるものを見つけ、瞬時に空間移動(テレポート)した。

 

 

 

 

 

 御坂美琴が東方仗助と対峙した時考えていたのは、相手の能力についてであった。

 バスガイドと犯人を貫通させ、風穴を開けたあの能力。

 現時点では情報不足でどのような能力かは分からないが、恐らく射程距離は短い。

 そうでなければあそこまで犯人に近づいた意味が無い。

 

(――それなら!)

 

 美琴は大きく間合いを取り、全身から電気の帯(プラズマ)を発生させる。

 放電現象が発生し、その威力で地面にひびが入る。

 

(適度に距離をとりつつ、離れて攻撃。それがベスト!)

 

 プラズマの渦を一転集中させ、標的の仗助へ向ける。

 その瞬間、目を見張る。

 

「――!? コンクリートがッ!?」

 

 仗助の近くの地面が突然大きく砕かれ、そのコンクリート片が美琴の頬を掠めた。

 

 

「まさかよぉーーーー。『離れて攻撃できねーー』

 何て思ってんじゃあねーだろーなァッーー!! 

 だとしたらソイツは命取りだぜ」

 

 美琴には見えていないが、それは仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』が地面を殴り、その破片を『指弾』で飛ばしたものだった。

 直径1センチにも満たないコンクリートの欠片。

 圧倒的破壊力を誇る仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』ならば例え『指弾』ですら、拳銃と同等の威力を発揮する。

 仗助は再び美琴に狙いを定め、数発連続して発射した。

 

「――ッ!」

 

 避ける。

 一撃目は瞬間的に身体をねじり、大きく身をそらす。

 時間にしておよそ0.1秒。コンクリート片は美琴がいた箇所へ着弾し、地面に新たなヒビを作る。

 

 二撃目。三撃目。

 スピードとその威力すら把握した美琴は、避けるまでもなくそれらを電撃で粉砕した。

 

「――成る程ね。最初は確かに驚いたけど、慣れたら案外避けるのは簡単ね。拳銃程度の威力だったら私の能力で相殺できるもの」

 

 美琴は余裕綽々といった感じで仗助を見る。もし再び同じ攻撃をしてきても完全に見切る事が出来るし、後は電撃を仗助に食らわせれば、この戦い(バトル)も終わりだ。

 仗助もさぞや落胆した表情を浮かべていることだろう。美琴はそう思ったのだが、それは誤りだった。ふてぶてしい表情を浮かべ、まだ逆転の目が自分にあると信じて疑わない顔をしている。

 

「そーかい。確かにオメーの能力はスゲー。その反応速度じゃあ、俺の攻撃なんぞ当たるはずもねぇ。だが油断した相手にだったら当てるのは簡単なんだぜ? 油断した相手(・・・・・・)にならなぁ!」

「がッ――!?」

 

 突如、背中をハンマーでぶっ叩かれた様な衝撃が走り つんのめる。

 いや、それだけじゃない。美琴の身体が少しずつ、前へ前へと押し出される。

 

 ――この、感触は、なに?

 ――背後から、攻撃された? ひょっとして、あの男(仗助)の能力?

 

 美琴は大きく混乱した。

 学園都市の能力者は、基本的に一人1能力。それが原則。

 複数の能力を使いこなす多重能力(デュアルスキル)など理論的に不可能だ。

 だが、この東方仗助はこの短い戦闘で、それを複数使いこなしている?

 

 ――考えても仕方ない。現実にコイツはそれを使いこなしているんだ。だったらそれを認めなくちゃ。

 

 思考を大きく切り替え、より柔軟にする。そんなことより、今はこの背中に食い込むものをなんとかしなければ。

 身体に食い込むこの感触。

 先の仗助の攻撃。

 そして思い至る。

 

「さっきかわした、コンクリートの破片が……!?」

 

「ビンゴォ」とでも言うように、仗助は勝利を確信した笑みを浮かべながら前(美琴の方)へ突進。

 美琴との距離をつめる。

 すかさず美琴は電撃を放ち迎撃しようとするが仗助の『一手』の方が早かった。

 

『クレイジー・ダイヤモンド』の拳で地面を大きく抉り取り、石の礫(つぶて)とする。

 大量の土煙と共にコンクリートの破片が美琴に向かって降り注ぐ。

 

 ――目くらましっ!?

 

 瞬間的に瞳を閉じる美琴だったが、それでもまぶたに進入してきた異物を完全に排除することは出来なかった。

 異物を排出しようと、両の眼から自然と涙が零れ落ちる。

 

「くぅっ!?」

 

 美琴に降り注ぐ大量のコンクリート片を、本能的に身体を竦ませる事で最小限のダメージにする。

 そこへシルエット越しに現れる仗助の気配。完全に射程距離に入られた。

 

「もらったぁッ!」美琴を捉え、『クレイジー・ダイヤモンド』の連打を繰り出す仗助。

 

「……もらったのは――」美琴は全身から電撃を高出力で放電させ、周囲の土煙、自身に食い込んでいるコンクリート片、全てを四散させた。「――こっちだぁッ!!」

 

 とたんに露になる仗助の姿。完全に姿を捉えた。

 

「この距離ならぁあああッ!!」

 

 そして高出力の電気の帯(プラズマ)を仗助に向かって繰り出す。

 

『クレイジー・ダイヤモンド』の拳。

 美琴の超電磁砲(レールガン)

 

 一瞬の攻防の駆け引き。

 どちらか『一手』早い方が勝者となる。

 そしてその『一手』を掴んだのは――仗助だった。

 

「――がッ!?」美琴の背中に、再び奔る衝撃。「そ、そん、な……」

 

 美琴は有り得ないものを見るような目で、自分の背中をえぐっている”ソレ”の感触を確認する。

 コンクリートの破片が、再び美琴の背面を叩いてきたのだ。

 

「――いったろォーー? 『油断した相手』になら当てるのは簡単だってヨォ~~。オメーがかわしたのは何発だコラァ……。それ位の計算、小学生だってできんぞコラ」

 

 合計二発だ。

 美琴の頬をかすめた一発。

 身体をねじって避けた二発。

 

「あ、あんたの、能力は……」

 

 美琴は仗助の周りの地面を見る。あの『クレイジー・ダイヤモンド』で破壊したはずの地面が、散乱していた破片が、綺麗に修復されていく。

 その時になって、ようやく理解する。こいつの。この(仗助)の能力を。

 

 『破壊した物体を修復する能力』

 その能力を使い、飛ばしたコンクリート片を修復。その軌道上に(美琴)を誘導した!

 

 バランスを大きく崩す美琴。

 迫る『クレイジー・ダイヤモンド』の拳。

 命のやり取りにも似た瞬間の油断、それはそのまま美琴の命取りとなりかねない。

 

 美琴には見えないだろうがその拳はもう目と鼻の先であり、あと数秒足らずで美琴の顔面を完全に粉砕するだろう。

 

 ――やられるッ!?

 

 美琴は本能的に自身の敗北を悟る。

 そしてついに美琴の顔面を――

 

 

「い・い・か・げ・ん・に……するですのォーーーー!!」

 

 二人の攻防に割って入る黒子の声。それは遥か上空から。

 と、同時に降り注ぐ『白っぽいどろどろとした何か』。

 

「きゃっ!?」

「うおおっ!?」

 

 二人は頭からその液状の何かをモロにかぶる。

 鼻腔に香る甘い香り。これは、クレープの生地!?

 

「非常事態でしたので、クレープ屋さんに協力を仰ぎましたの。店の方は快く承諾してくれましたの」

 

 美琴の前に降り立った黒子が風に揺れるツインテールをかきあげながら、冷ややかな目で両者を覗く。

 

「く、黒子ォ……? これは、一体何のつもり――」

「お言葉ですがっ。 それはこちらのセリフですわ、お姉さま! お姉さまは曲がりなりにも学園都市が誇るレベル5! 全ての能力者の頂点にして憧れの存在っ。

 ……それが、まったく関係の無い殿方にケンカを吹っかけ、挙句の果てには公共施設をぶち壊す! それがレベル5のやることですか!」

「……う゛」

 

 美琴の前に仁王立ちになった黒子が叱責する。めったに見られないお怒りモードだ。

 黒子の登場で文字通り水を差された事に意を唱えようとした美琴だったが、珍しくまともなその発言に、徐々に熱が引くように冷静さを取り戻していく。

 

「で、でも、それはアイツが――」

「でもも、カカシもありませんの! お姉さまは戦闘狂(バーサーカー)か何かですの? 事あるごとに見ず知らずの殿方に戦いを挑んではぼこぼこにして! 

 いい加減風紀委員(ジャッジメント)の真似事はおやめになってくださいと黒子は常々申し上げております! それなのに美琴お姉さまときたら――」

「――ちょ、ちょっと? 話が逸れてない? それは今関係――」

「大有りですの! お姉さまは常盤台のエース! 皆のお手本となるべきお方! それなのに――」

「…………」

 

 話がループしている……。延々と同じ小言の繰り返し……

 美琴はうんざりといった顔で抗議してみるが、黒子は意にも介さない。

 本来なら「うるさい!」と電撃で一蹴するのだが、今回はバトルに熱中しすぎて周りが見えていなかったのは事実。あまり強く言う事が出来ない。

 だから小細工として話の矛先を逸らすことを試みる。

 

「わ、私も悪かったと思うけど、コイツも同罪じゃない? ホラっ! コイツが乗ってこなかったらそもそも何も起こらなかった訳だし、だからここはお互い悪かったってことで手打ちに……」

 

 美琴は仗助を指差し、「お互い悪かったし反省もしてるんだし、もうこの話やめない?」という意味を込めて申し出て見る。あわよくば、黒子の”口”撃を分散させる作戦のようだ。

 

「うぉおお!? 俺の! 俺の髪がぁあ!?」

 

 美琴の槍玉に上がった仗助は、自慢のヘアースタイルがクレープ生地でべったりと白色に染まり、半狂乱になっていた。この男、どれだけ髪に命をかけているのだろうか。

 

「あなたもあなたですのっ! いくら挑発されたからといって、レベル5に戦いを挑もうなんて無謀もいい所ですわ! もし美琴お姉さまが本気で超電磁砲(レールガン)を放っていたら――って、聞いていませんわね……」

 

 美琴の作戦通り、仗助にも怒りの矛先を向ける黒子だったが、パニック状態の仗助には届いていなかった。

 そんな呆れ顔の黒子の元へ、事態が沈静化した事で安全と見なした八雲が歩み寄る。

 

「す、すいません。本人も深く反省しているようなんでお咎め無しって事で勘弁してくれませんか? 彼って、こういう見た目で誤解されやすいですけど、本当は繊細で傷つきやすい性格をしているんです。今、彼は『マリアナ海峡』よりも自分の犯した罪を深か~~く反省して、軽い興奮状態なんです! だから、ちょっと……誰もいないところで空気に当ててきますね~~~~!!」

「お、俺の髪がぁぁぁああ~~~~!!」

 

 八雲は矢継ぎ早に黒子に謝り倒すと、パニック状態の仗助の腕を取り、そそくさとその場を離れていった。

 仗助の絶叫は、彼がビルの角に消えるまで聞こえていた。

 

「あ!? ちょっ……まだ話は――」

 

 あっという間に消えた仗助達を、黒子は「まったく……」と文句をたれつつも、敢えて追う事はしなかった。

 今回の件はこちらにも非があるし、仗助の物言いは気に食わなかったが、強盗から被害者を救ったのは事実なのだ。

 だから今回は特別。黒子は彼らを見て見ぬ振りをする事に決めた。

 

(ですが、あの殿方の能力……。非常に気にかかりますわ。美琴お姉さまとも渡り合えるあの能力。学園都市の能力者一覧が登録された書庫(バンク)にもあのような能力は記載されておりませんでしたし……。名前くらい聞いておくんでしたの。……後で初春に頼んで調べて貰うのも一つの手ですわね)

 

 黒子はあの得体の知れない仗助という男に、言いようのない異質感を感じるのだった。

 

 

 

 

 

 常盤台の女子寮へ戻った美琴が真っ先に浴室へと直行したのはいうまでも無い。

 髪を洗い、湯船に浸かり、汚れた制服を洗濯機に放り込んでようやく一息つけたのがつい今しがたの事。

 ベッドでブラッシングを行っていた美琴は前髪を弄りつつ一人愚痴る。

 

「うう~~……。まだ髪がかぴかぴしてる気がする……。もう一度シャワー浴びようかな……」

「なんとっっ!? お姉さまっ! それでしたら今度は黒子が手取り足取りっ!

 なんなら全身を使ってお姉さまの髪といわず全身をくまなくねっとりと弄るように――!」

「いらんわっ!」

 

 黒子のボケにいつものように拳で応対した美琴は、ヘアドライヤーで半乾きの髪のブラッシングを再開する。

 

「――それにしても。昼間に会ったアイツ(仗助)の能力。あんな学生がこの街にいるなんて初耳だわ。書庫(バンク)にも登録されていないんでしょ」

 

 ベッドの下に転がるように落下していた黒子は美琴のその問いに「そうですわね」と、むくりと起き上がると、真向かいの自分のベッドへと腰掛ける。

 

「『破壊された物体を元に戻す能力者』。確かに今までにその様な能力者の存在は(わたくし)風紀委員(ジャッジメント)でも確認できておりませんわ

 しかも人体を一瞬で復元するほどの『直す』能力(ちから)。あれほどの能力をもった方が、その存在も認識されていなかったなんて通常ありえませんわ」

「ということは、意図的に隠していたとか?」

 

 その美琴の発言に黒子は(かぶり)を振って答える。

 

「それはありえません。お忘れですの? この学園都市の住人は定期的に身体検査(システムスキャン)を受ける事が義務付けられております。それを掻い潜ってスキャンに認識されないなど不可能ですわ」

「す、スキャンに認識されない能力者! ……とか?」

「お姉さま……。超絶に突飛過ぎますわ……」

 

『能力がまったく効かない能力者の男』なら心当たりがあったので試しに言ってみたのだが、それだと『何でもありの能力者』になってしまう。

 自分でも話が矛盾していると分かっていたので、黒子の呆れ顔に美琴はそれ以上何も言わなかった。

 

「うーーん……。もしかして『原石』の能力者かもって思ったんだけど…… 

 でも、なーんかそれとは別系統の能力みたいな気がするのよねぇ……」

 

 ブラッシングを終えた美琴はぼふっとベッドに倒れこみ、天井を何気無しに見る。

 グリーン色の天井をスクリーンに見立て、記憶の再上映。昼間の出来事を思い出す。

 あの(仗助)の能力を。

 

 強盗とバスガイドに大穴をあけた能力。

 破損したコンクリート片を宙に浮かせる能力。

 そして物体を修復する能力。

 

 美琴が確認できた3つの能力は一人1能力という能力者のルールから激しく逸脱している。

 では多重能力者(デュアルスキル)かと問われれば、それも違う気がする。

 うまくはいえないが、根本的に(仗助)の能力は学園都市の能力者とは別系統の能力の様な気がするのだ。

 美琴がそう思うのは、仗助と最後にお互いの能力を繰り出しあう寸前に感じた違和感があった為だ。

 

 ――あの瞬間。

 

 美琴は確かに感じたのだ。空を切るような風圧音と共に、いい様の無い圧迫感を。

 それはまるで姿の見えない第三者(何者かが)があの場にいた様で――

 

 

「お姉ー様♪」

「うわっ!? く、黒子っ?」

 

 記憶のスクリーンに突如写し出される黒子の顔。

 それが自分に覆いかぶさっている黒子だと認識し、驚きの声をあげる。

 

「お姉さま。眉間にシワが寄っていましてよ。昼間の殿方の件は(わたくし)が調べておきますから。いつものお姉さまに戻ってくださいまし。――そ・れ・よ・りぃ……今日が何の日がお忘れですの?」

 

 黒子が科(しな)を作り美琴の額に人差し指を当てる。

 瞳は潤み、頬は上気したように赤味がさし、美琴を見る。

 

「――へ? 今日? 誰かの記念日だっけ?」

「ああんっ……お姉さまのいけずぅ……。

 今日はお姉さまと黒子が知り合いになって丁度一ヶ月目の記念日ではありませんかっ。

(わたくし)、今日という日をどれほど待ち焦がれてきたことかっ」

 

 黒子がぐっと力を込め、美琴の両腕をしっかりと拘束する。

 

「ちょっ!? 黒子! やめ――」

 

 美琴にゆっくりと近づく黒子の唇。この日の為に準備してきたのか薄紅色の口紅が怪しく光り、迫ってくる。

 

「さあ、お姉さま。受け取ってくださいましっ。(わたくし)の愛をっ! 心を込めたプレゼント。そう! 生まれたばかりの(わたくし)自身をっ!」

 

 黒子が美琴の唇に狙いを定め、一気にその距離をつめる。その唇まで後5センチの距離。

 

 ――ああ、これでようやく黒子とお姉さまは、一つにっ。

 

 その時の黒子は軽いヘブン状態に陥っていた。だから気付かなかった。自分が組み敷いている相手の変化に。

 

「――へぇ……。プレゼント、ねぇ。じゃあ私からもあげようかしら……。アンタに! ”私の全力の愛”をっ!」

「へ? お、お姉さま?」

 

 突如として場の空気が変わった事を黒子は本能で察した。帯電する空気。放電する美琴の身体。

 もはや逃げることもかなわない。

 気付いた時には黒子は電撃をその身で一心に受けとっていた。

 

 放電が終わり、部屋の発光が収まると、そこにはぼろ雑巾のようになった黒子が地面をのた打っていた。

 

「どう? 感じた? 私の愛」

「――あ、愛がしびれますの……」

 

 全身をびくびくと痙攣させ、黒子はその場で撃沈した。

 

「まったく、毎度毎度の事ながら、これに懲りたら――」

 

 そこまで言って、美琴の顔が「サーッ」と青ざめる。

 扉の前に、彼女がもっとも恐れおののく人物が立っていたからである。

 

「……寮則第9条。寮内での能力の使用は、これを固く禁ずる。――よもや忘れたわけではあるまいな、御坂」

「は、はいっ」

 

 瞬時にベッドから起き上がり、直立不動になる美琴。

 

 この女子寮の”番人”こと「寮監」。

 規則を非常に遵守し、それに反するものは誰であろうが即瞬殺することから付いたあだ名が『鬼の寮監』。

 過去、規則を破り彼女に粛清された生徒は皆、トラウマ級の恐怖をその身体と記憶に刻み付けられたという。

 

「――毎回毎回。お前達は私を愉しませてくれる。 なあ、御坂? 昼間は大活躍だったそうじゃないか」

「……と、どうしてそれを?」

 

 寮監の言葉に美琴に脂汗が浮かぶ。

 もしかして、あの場にいたのだろうか?

 圧倒的恐怖感が美琴を襲う

 

 その疑問に答えるように寮監は携帯を取り出し、美琴に見せる。

 そこには

 

 ●常盤台の少女、一般能力者にケンカを吹っ掛ける!? 

 

 というタイトルで昼間の仗助との戦いが投稿されていた。

 

「こ……これは……」

 

 ワナワナと身体を震わせ、携帯の動画に見入る美琴。

 うっすらと笑みを浮かべ、暴れまわっている自分がそこにいた。

 

「基本的に寮監は寮外の事まで口出すつもりは無い。

 質素で謙虚でつつましく。常盤台の学生である事を自覚し、実践してくれることをお前たちに期待しているからだ。

 ――が、例外もある。著しく常盤台の名を貶める行動をとった生徒には、厳罰を科さねばならない。

 分かるよな? 御坂」

 

 口調は淡々としているが、声のトーンは恐ろしいほど低い。

 下手に動けばやられる!

 そんな『蛇に睨まれた蛙』状態の美琴が寮監に反論出来るはずも無く、ただ「コクコク」と首を縦に振ることしか出来なかった。

 

 

 

 

「……マジすか?」

「うん。マジ」

 

 翌日。

 放課後に校内放送で校長室に呼び出された仗助は、校長からの一言で絶句した。

 

 『伝令・東方仗助には向こう一週間の社会奉仕活動を義務付けるものとする』

 

「――といっても、平日は学業があるからねぇー。しょうが無いから今月の土日祝日を全て奉仕活動に当てて『合計で一週間』という事にしておこうかねー」

 

 校長はのほほんとした声で仗助に言い放った。

 

「ちょッ……。待ってくださいッス。休日全部っスか? 休みなしで?」

「そーそー。理由は分かってるよねー」

 

 そういって校長は携帯を見せると投降された動画を仗助に見せる。

 

 ●常盤台の少女、一般能力者にケンカを吹っ掛ける!?

 

 というタイトルの動画が投降サイトにアップされていた。校長が動画を再生すると、好戦的に美琴に戦いを挑む自分が映し出された。

 

「だめだよー。レベル5にケンカ吹っ掛けちゃー。お陰で上の人にお叱りを受けちゃったじゃないー」

「う……ううう……」

 

 あまりに正論過ぎて返す言葉も見つからない。

 

「という訳で、奉仕活動お願いねー。もしくはー……『全身脱毛』やってみよっかー?」

 

 それまでにこやかだった校長に宿る怪しい光、それと同時に何処から現れたのか数十名の生徒達が現れる。

 いずれの手にも『バリカン』やら『永久脱毛』と書かれた怪しげな容器が握られており、校長同様うっすらと笑みを浮かべて仗助を取り囲む。

 

「足の毛からー。頭部にかけてー。くまなく一本一本ー、毛根から根絶しちゃうー?」

「すいません! やるッス! 社会奉仕活動、喜んでやらせてもらうッス!!」

 

 校長の返答に答えるまでも無く、仗助は瞬間的に土下座した。

 

 

 

 

 

 そして土曜日の早朝。

 仗助は憂鬱な気分で自室のマンションから外に出る。そしてその足でモノレール場へ向かう。

 現在朝の7時。

 集合時間が8時だからかなり早い。

 ――が、早くて悪いことなど何一つ無い。

 遅刻は厳禁だ。もし校長の耳に入ろうものなら、校長は一切のためらいも見せずに有言実行に移すだろう。

 

「――ったくよォ。あのクソ校長がっ」

 

 モノレールの中で、座席に腰掛けた仗助は一人愚痴る。

 

 ――奉仕活動だとぉ? 空き缶の回収くらいなら手伝わん事ねーが、よりによって子供の相手させるとはどーゆー了見だ? 俺ァガキが苦手なんだよォ。すぐ泣くし、騒ぐし、髪の毛は弄ってくるしよォー。今から自分が抑えられるか心配だぜぇ~~……。

 

 仗助はこれから起こるであろう展開に、一人頭を抱えるのであった。

 

 数十分ほどでモノレールは停車し、第13学区へと到着する。

 そこから歩いて数分していよいよ目的地の場所に到着した。

 

『児童養護施設あすなろ園』

 

 ここが当面の間、仗助にとって戦場となる場所だ。

 

「……しゃーねー。出たとこ勝負だ。やることはきちっとやっちまって、早いとこ終らせちまおう」

 

 仗助は軽く深呼吸をすると意を決して正門に設置されたインターホンに手を伸ばした。

 

「――な゛ッ!? 何でアンタが!?」

 

 背後から見覚えのある声がした。

 それも知り合いとか、親しい間柄とか、そんなことはまったく無い。

 出来れば二度と係わり合いになりたくなかった相手の声が。

 

「テ、テメーはッ!?」

 

 振り返ってその予感が正しい事がはっきりする。

 御坂美琴。

 

 仗助がこんな所(あすなろ園)へ来る事になった元凶!

 そう思うと胸の中にメラメラと熱いものが込み上げてくる。

 これは、怒りの感情だ。

 

 ――オメーのせいで俺はッ!

 

 仗助は鬼の形相で美琴を睨む。

 

 「ア、アンタのお陰で私がどれだけ大変だったか! 

 ネットには醜態をさらされるし、寮監には意識落とされて奉仕活動させられるし、散々よ!」

 

 一方の美琴も仗助を顔を拝むなり、体内から電撃を発生させ威嚇する。

 

 晴れ渡る空の様なすがすがしい休日だというのに、この一角にだけ異様な緊張感が周囲を包む。

 

 東方仗助と御坂美琴。

 再戦の機会は唐突に訪れた。

 互いにそりの合わぬ二人の八つ当たりにも似た感情が、両者を再び戦いの舞台へと駆り立てる。

 一触即発のこの空気。

 

 最後に立っているのは果たしてどちらか!

 

 

 

「――って、何をなさろうとしているんですの……お二方は……」

 

 美琴の背後から黒子がため息混じりに現れる。

 

「お姉さま、『寮 監』(・・)。ヘタに騒ぎを起こせば今度は首がへし折られかねませんわよ」

「う゛っ!?」

 

 『寮監』の単語を聞いたとたん、美琴は硬直する。顔からは血の気が引き、額からは脂汗がにじみ出る。

 トラウマ級の何かがあったのか、体は小刻みに震えていた。

 

「あなたもですわ。ここ(あすなろ園)に来たと言う事は、恐らくこの間の件が関係しているのでしょう? ならばここで騒ぎを起こすのは得策ではありませんわ、東方仗助(・・・・)さん?」

「な、なんで俺の名を?」

 

 突然に自分の名前を呼ばれて、仗助は戸惑う。この(黒子)に名を名乗ったことは一度も無かったはずだ。

 

風紀委員(ジャッジメント)をあまり舐めない方がよろしくてよ? うち初春に掛かれば監視カメラの映像から、個人認証を行うことなど造作もありませんわ」

「ど、どうも~~……」

 

 黒子に紹介された初春は、恐縮そうに仗助に挨拶する。両手を前に組みつつモジモジとしているのは、決して仗助に好意を持っているからではなく単純に怖いからだろう。そして初春の背後には、その肩に手を置いて仗助をまじまじと見る佐天涙子がいた。

 

「動画で見た本物の不良っ。さすが本物、迫力が違うねっ初春」

「しーっ! 佐天さんっ。だめですよっ、聞こえちゃいますよ」

 

(……丸聞こえだッつーの)

 

 本人達は小声で話しているらしいが、5メートルも離れていないので仗助にダダ漏れである。

 というか気が付けば仗助一人に女性陣が4人と、どうにも気恥ずかしい状況になっている事に気がつく。

 まさか今日一日、この中坊達と一緒って事なのか? とたんに仗助の顔が曇る。

 

「今日は厄日かよ……」

 

 口から思わず本音が出る。

 

「そうね、アンタのせいでね」

 

 それを聞いていた美琴がすかさず反撃する。

 

「はぁ? 元はといえばオメーが俺の髪を貶すからこんな事になったんだろーがっ」

「それは先にアンタが黒子をバカにしたからでしょっ」

「そこで何でオメーがしゃしゃり出てくンだコラッ!」

「そんなの友達だからに決まってるからでしょーがっ!」

 

 売り言葉に買い言葉、二人の口論はだんだんとヒートアップしていく。

 

「またですの……」

 

 黒子は頭を抱え、「やれやれですの」とつぶやく。

 とはいえこのままではあの時の二の舞だ。早く何とかしなければ。

 そう思っていると思わぬところから助け舟が出た。

 

「……あのー。正門前で騒がれると、近所迷惑なんですが……」

 

 二人の騒音にたまりかねて、中から職員の女性が声をかけてきたのだ。

 

「「あ」」

 

 その声に自分を取り戻した仗助と美琴は、仲良く声を合わせるのだった。

 

 

 

 


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