タイトルの通り、本編に何の影響も無いただの番外編です。
「いらっしゃいませ。こちらの商品暖めますか?」
「……別にそのままで構わねェ」
何をやっても満たされない。
目的も無く、ただひたすらに、無駄に一日を浪費する日々。
怠惰の毎日。
「ではお箸の方はお付けしましょうか?」
「……いらね」
学校には行っていない。
元来人間離れした頭脳を持っていた彼にとって、自分より低脳の教師から教わる事などありはしないのだから。 何より、たった一人きりの教室など息が詰まる事この上ない。
だから最初の数ヶ月で学校に行くのは止めた。
「お会計398円になります」
「……ん」
それから始まる自由気ままな日々。
日がな一日寝ていたり、漫画を読んだり、気に入った缶コーヒーを買い漁ってみたり。
だがそれもすぐに飽きた。
完全なる自由な日々――と言えば聞こえはいいが、もはや彼にとって一日は86400秒を消化する作業と化していた。
結局の所、人間は『暇』と言うものに耐える事が出来ない。
心の中では『自由』を求めていても、現実問題としてある程度の『不自由』さを己に課さねば『退屈』で心が壊れていくのである。
「ありがとーございましたー」
「…………」
だからこそ、こうしてわざわざ遠出してまでコンビニ弁当を買いに来てみたりしている。
少しでも時間を浪費する為に。
少しでも、気を紛らわせるために。
街の移ろいを眺め、人ごみに紛れ、空の景色を観測する。
だが、それでも。
時の移ろいと共に自分の中で何かが腐っていくのが分かる。
何に対しても感動するという事が無くなり、感情も希薄になっていく気がする。
誰とも何も共有しない時間とは、それだけで人格の何かを奪っていくかのようだ。
空を見ても何の感慨も浮かばなくなったのはいつからだろう。
仲良さそうに屯する連中を見ると、不快な気持ちが込み上げてくるのは何故だろう。
理由の分からないイラつきが全身を支配し始める。
何もかもがくだらねェ――
馬鹿ズラ下げて笑う連中も。
いきがって俺に喧嘩を売ってくる連中も。
この世界の全てが、何もかもが、全てくだらねェ。
イラつく。
イラつく。
イラつく。
この溢れ出るイラつきを、ムカツキを、ぶつけられる何かに飢えていた。
例え一時だろうと、『退屈』という『死に至る病』を払拭してくれる相手が欲しかった。
――そんな時だった。
通りの先で何やら騒ぎが起こっていたのは。
多くの人間が大人達に群がり、只ならぬ雰囲気が場に漂っている。
大人達の背後に控えているのは複数の駆動鎧。
その銃口が、屯する多くの学生達に向けられていた。
学生達が口々に罵声を浴びせるさなか、武装した大人達は装備した火器を向け、威嚇している。
しかしそれもいつまで持つだろうか。
後、一手。
何らかの刺激が加われば、現場は殺戮の戦場と化すのは目に見えていた。
「……ヒヒッ」
気が付くと、自然と口角が釣り上がっていた。
顔が緩み、凶暴な感情が溢れ出てくる。
歩む速度は早まり、一刻も早く騒乱の中に身を投じたくなってくる。
――ああ、やっぱりこうでなくちゃ。
殺意と緊張の支配するこの空間。
命のやり取りをする刹那の空気。
この一瞬のやり取りをしている瞬間だけは、生きていると実感出来る。
絶頂にも似た快感を体感できる。たまらなく心地よい時間。
「……ひひゃひゃひゃひゃっ!」
もう我慢が出来ない。
彼は本能に抗うことを止め、欲望の感情をむき出しのまま現場へと駆けて行った。
――第5学区。
MAR仮設本部前。
――23学区に至る道を全て塞ぐ。それは言葉で言うほど簡単なものではない。
近隣住民の日常を割って入り込む強制的な閉鎖行為は、時間が経つ程に理不尽な怒りや不平・不満の感情を生み出しやすい。
特に何の説明も無いまま続くこれらの行為によって明らかに負の感情を募らせた住民達が、MAR隊員に向かい大挙して押し寄せ押し問答となる事態にまで発展している。
先程までは『テログループ・赤い月に対する警戒態勢』という名目でなんとか言い繕っていたが、最早そんな言い訳が通じない段階まで来ていた。
切っ掛けはネット上に上げられたある情報からだった。
曰く、MARこそテログループ『赤い月』本体であり、『グラビトン事件』等一連の事件を裏で操っていた反社会組織である。というものだった。
そして、それと同時にアップされた『MARの実態』というタイトルの様々な状況証拠。
人身売買。
武器の製造・密輸。
違法な人体実験。
それらが映像やデータと共に、極めて詳細に記述され、大衆にも自由に閲覧できる状態として流出していたのだ。
誰が見てもMARは『黒』だと分かる確固たる証拠だった。
そして現在――仮設本部は事実の是非を含め、大挙した学生達の人だかりとなっていた。
「ふざけンナヨッ! 何が『テロリスト排斥の為の警戒態勢』だよ!? お前らがその首謀者だったんじゃないか!」
「勝手に道路を封鎖して何様のつもりだよッ! この犯罪者!」
「もし違うと言うのなら証拠を提示しろ。そうでないならここから消えろッ! 捕まっちまえ!」
「……くっ。お前達、動くなッ! これは警告だ、これ以上動くなら――」
「動いたら何だッ! 俺達を撃つのか? やれるものならやってみろ!」
――切っ掛けは一瞬だった。
激高した学生の一人が自身の能力でMARの一人を攻撃した事に端を発する。
もっとも学生のレベルは3程度の
導火線の炎としてはそれで十分だった。
これまで山積していた様々な感情が噴出・決壊を起こし、「俺も! 私も!」と堰を切ったかのように攻撃を仕掛け始めたのだ。
堪らず応戦するMAR隊員達。
かくして、決壊したダムのごとく怒涛の勢いで自陣へなだれ込む能力者達とMARとの混戦がきって落とされた。
――かに見えたが。
「――楽しそうだなァ。俺も混ぜてくれよ、なァ」
現場に突如として介入してきた少年はそう言いつつ、出会い頭に触れた駆動鎧二体を上空へと弾き飛ばした。
「な、なんだお前はッ!? そ、その能力はッ!?」
「別に何てこたァねェ。ただの通りすがりの――」さらに二体。今度は足元の小石を蹴り飛ばす。「――通り魔デース」
蹴り飛ばされた小石は瞬間的に秒速1200mを越える速度を生み出し、駆動鎧に激突していった。
秒速1200m。
マッハ1の速度は例え小石程度でも特殊ナノカーボンを貫通するほどの威力を持つ。
腹部に直撃した小石は、鋼の身体を貫き、さらに背後に控えるMAR隊員を巻き添えにして肉の鮮血を周囲に撒き散らすことになった。
「――ガ……ァ……ァ……ァ……」
「オーすげェ。ぽっかり風穴が開いて涼しそーだなァ、オイ。背後の景色まで綺麗に見ェやがるぜ」
駆動鎧は腹部に大穴を空け、小刻みに痙攣しながらそのまま転倒。それきり動かなくなった。
あまりに突然の介入者。
余りに突然の暴力。
その場にいた全員が争いを止め、たった一人の男の動向に注目せざるを得なくなる。
白い髪。
赤い瞳。
全体的に整った顔立ちの少年は、一見すると女性に見間違えるほどしなやかな容姿と身体つきをしていた。
このひ弱そうな体の何処にこれ程凶悪な能力が潜んでいるのか、一目では分からない。
「どォした? こィよ」
だがその殺意は本物だ。
中世的な外見にまったく似つかわしく無い凶悪な笑みを湛え、少年は銃を携帯したMAR隊員達に向かい手招きをする。
「そ、総員。撃ち方始め! 撃って撃って撃ちまくれ!」
一瞬我を忘れていた隊員達だったが、隊長の号令に反射的に指が引き金にかかり、すぐさま標的の少年を狙い打つ。
この訳の分からない化け物を始末する。その感情だけで引き金を引き、空の薬莢を排出し続ける。
砲弾の雨が少年を包み込み、誰もが数秒後には無残な肉塊へと変わり果てていると想像した事だろう。
だが、そんな楽観的な想像すら許さない残酷な結末が彼らには待ち受けていた。
「――ッ!?」
少年の肉体に打ち込まれるはずの弾丸が、見えない膜のようなものに阻まれ貫通しない。
それどころかその弾丸は、真っ直ぐこちらへと返って――
「ぐはァッ!?」隊員の一人は驚愕の表情を浮かべながら、弾丸を眉間に反射されそのまま絶命した。
そして総数およそ1万8千発もの弾丸全てが、打ち込んだ持ち主の元へと返っていく。
脳天を狙っていれば脳天へと。
心臓を狙っていれば心臓へと。
彼を狙った狙撃場所と同様の箇所を直接返されてしまう。
「うわぁああ!」
「きゃぁあああっ!?」
跳ね返った弾丸の弾が隊員の身体を貫通し、流れ弾として学生達に降り注ぐ。
先程まで血気盛んだった学生達が、蜘蛛の巣を散らすようにその場から逃走し始めた。
彼らは本能的に理解したのだ。
これは戦いなんかじゃない。
一方的な虐殺だ。
逆らったり彼の機嫌を損ねる行為は即・死に繋がると。
だから一刻も早くこの
「ぅ……ぅぅぅ……」
「が……ハ……ァ……」
そして現場には誰もいなくなった。
いるのは地面を鮮血で濡らした虫の息のMAR隊員と、紙屑の様に散り散りバラバラにされた駆動鎧。無様に横たわる大量の亡骸。そして――
「クク……、アハハハハハハハ! オイオイオイオイ、もォくたばりやがったんですかァ? こちとらまだ準備運動前もしてねェってのによォ」
愉快に笑い転げる少年だけが残された。
「お、お前は……一体……何なんだ……」
「あン?」
息も絶え絶えの隊員が少年に対し、そう尋ねる。
訊ねずにはいられなかった。
軍隊でいえば一個小隊規模の戦力を保持している自分達が、まったく手も足も出ずに壊滅させられてしまうこの相手。
例えもうじき殺されるとはいえ、その正体だけは知って冥土に行きたかった。
自分を殺すこの男は、果たして神なのか悪魔なのか――
「
「――ッ!?」
その短くも簡潔な答えに、「――悪魔の、ほうだったか」隊員は思わず天を仰ぎ、低い笑い声を洩らした。
勝てるわけが無い。
勝てる要素など初めから無かったのだ。
この学園都市が誇る最強の能力者であり、あらゆるベクトルを操るレベル5の第一位。
例え自分達がフル装備で戦術核を打ち込んだとしても、この男には勝てない。
そんな最強最悪の相手に絡まれた時点で、自分達は詰んでいたのだ。
「――悪魔、ねェ。……じゃあ、その悪魔さンにケンカ吹っ掛けちまったテメーの末路は理解してンだよなァ!?」
赤い瞳に残酷な光を宿し、無邪気な笑みを浮かべて隊員に触れる。
途端に、全身を例え様の無い激痛が襲い、溜まらずのた打ち回る。
「ぎゃぁああああああああああああああッ――――!!!?」
痛い痛いイタイイタイいたい痛いィィィィィィィィィィッ!?
脳が、顔面が、腕が、心臓が、太ももが、足が、全身の神経に針を突き刺されたかのような激痛が絶え間なく続く。痛みから逃れようと身体を捩らせると、その箇所も激痛に襲われ、またさらに悲鳴をあげる事になった。――その悲鳴をあげる行為すら痛みを伴い、隊員はついに白目を向き嘔吐した。
「ギャハハハハハハハハハハァ! いい声で鳴くじゃねェか。ちょいと生体電気を操作して痛覚を100倍増しにしてみたンだけどよォ、お気に召したようで何よりだぜ」
「…………」
「オイオイオイオイ。まさかもう終いかァ? 軍人なンだろォ? 「誇り」とか「名誉」とか、そんな安っぽい意地はどォしたンですかァ? もっと試したい事があンだからよォ。年少の俺にアンタ等が口だけのヘタレじゃないってトコ、見せてくださいよォ」
ゲラゲラけらけら。
誰もいなくなった街中に
――ああ、分かる……。コイツの今の心境が。俺に対しどんな感情を抱いているのか……。
朦朧とした意識の中、隊員は「昔同じ様な事を自分もしたな」と思った。
ぷちぷちブチブチ。
列を成す蟻の群れに対し、足で一匹ずつ潰していった子供時代を思い出す。
そこに理由なんて無い。
ただ原型もなくなる程すり潰す行為が、散りじりになって逃げ惑うさまが、すごく面白かったからそうした。
そう、理由など無いのだ。
この男が飽きるまで……、もしくは自分が壊されるまで延々と続く死の遊戯。
今の俺は、あの時の蟻だ。抵抗も逃走も、何の意味もなさない。
命乞いの言葉すら、この男の狂った劣情に華を添える
いや、むしろ一思いに殺してくれた方がどんなに救いとなるか。
――俺はもう、終わりだ。
隊員は自らの「死」を覚悟した。
「お待ち下さい」
「あン?」
目の前で発生した電気の帯が地面を焼く。
電撃はアスファルトを焦がし、僅かな黒煙を立ち昇らせる。
こんな真似が出来るのは
これはむしろ、能力でこちらに注意を引き付けるのが目的のものだ。
「これ以上イレギュラーな戦闘行為を重ねる事はおやめ下さい。とミサカは貴方に警告いたします」
物陰から現れたのは一人の少女。
常盤台の制服に身を包んだショートヘアの上に、その容姿には似つかわしくないゴーグルを装着している。
と、さらに物陰から同じ顔の少女が姿を現す。
「現在進行中の『絶対能力進化計画』は、綿密な予測演算の上で着実に積み重ねられてきた実験です」
「そこに『無用な戦闘行為』を挟む事は、致命的なバグを誘発する行為に他なりません」
「このまま貴方が無差別に殺戮を繰り返した場合、修正不可能な誤差が生じ――」
「最悪の場合、計画そのものが頓挫する可能性も十分にありえます。とミサカは軽率な行動は控えるよう、進言いたします」
一人、二人、三人……。物陰から次々と姿を現す同じ顔の少女達は、いつの間にか100人を越えていた。
その一つ一つの顔が口々に
ほぼ無表情の100人分の視線が一様にこちらを向く様は、かなり不気味に映ったことだろう。
「……物陰からうじゃうじゃと湧き出てきやがって、ゴキブリかテメー等はよォ」
「その発言はとても心外です。とミサカはちょっぴり傷ついた乙女心で抗議の視線を送ります」
「ウッゼェ……。そンで? 俺にご高説賜る為にこォやって出張って来たって事は無いよなァ?」
「はい。今夜23時30分に第九九七三次実験を開始致します。とミサカは実験の日時と場所を貴方に伝えます」
「けっ」
眼前に討ち捨てられた
「あァ、そォだ――」
その顔に浮かぶ感情は、歓喜と狂気。
相手をいかに残酷に、無惨に、惨めに、平伏させ屈服させ恐怖の感情のまま殺害する事だけを考えている。そんな純粋な悪意そのものを体現したかのような表情をしていた。
「望む所です。これは貴方を『レベル6』へと移行させる為の実験です。ですから貴方がミサカにどのような劣情を抱こうと倒して頂かねば困ります。とミサカは計画の重要性を再度説明いたします」
そんな悪意の塊の様な感情をぶつけられてもなお、ミサカと呼ばれた少女は眉一つ動かさずに
「ククククククッ、いいぜェ、そンなにお望みならよォ。今夜は血みどろのR-18タイムだァッ! 全身の毛穴から鮮血を噴出させてェ、皮という皮を削いでェ、腹ン中の臓物全部ブチ撒けさせてやるよォ! ぎゃああああはっはあああっ!」
やがてその笑い声が次第に遠退き、それと同時に、100人ほどいたミサカ達も路地裏の方へと姿を消していった。
「…………」
「…………」
辺りに静寂が訪れた。
およそ平穏とは呼べない凄惨な静寂が。
アスファルトを濡らす一面の血の赤と、凶暴な破壊する意思の元で原形を留めぬほど大破したトレーラーと駆動鎧。充満する鉄と火薬と油の匂い。
倒れた誰かがその理不尽な現実に笑い声を上げ、また別の誰かが弱々しく苦笑する。
彼らは思い出したのだ。
ここは学園都市。
上から押さえつけられる事を何よりも嫌う連中が、
身に纏いし刃を振るう機会を待ち望む輩が、
心に牙を隠し持った連中が
誰かがアンチスキルに通報したのか、遠くからサイレンの音が近づいてくる。
だが生き残りの隊員全てが抵抗も逃走も試みず、瞼を閉じ彼らの到着を心待ちにするのだった。
続きは六時頃に投稿いたします。