とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ブレイク・ザ・ワールドダウン その①

「ハァッ――、ハァッ――、ハァッ――……」

 

 長く広い通路を美琴が走る。

 慣れない身体を必死に動かし、少しでもあの男から逃れる為に。

 

「もうっ! もっと早く動いてよッ、私の身体ッ!」

 

 子供の身体と言うものはこんなにも力の出ないものだったのだろうか。

 スタミナは元の身体とほぼ遜色無いが、歩幅が小さい為まったく距離を稼げていなかった。

 おまけに能力自体も当時に逆戻りしているらしい。

 意識を集中すれば指先に小さな電気を発生させる事が出来るが、現状ではほぼ無力に等しい程度の力になっているのは否めない。

 

「《ククククッ、どうした? 先程の威勢の良さは何処にいったんだい? もっともっと遠くに逃げないと、鬼ごっこにならないだろう? 美琴ちゃん》」

「うるさいっ、アンタなんかに名前で呼ばれたくないわよ!」

 

 通路に所々に設置された監視カメラから鏑木の薄ら笑いの声がする。

 この男は遊んでいる。美琴というオモチャの反応、一挙手一投足を隅々まで観察し、視姦し、悦に入っている。

 その余裕綽々の態度が美琴をさらにイラつかせる原因になり、言動をきついものにさせていた。

 

「この変態っ、ロリコンッ、陰険オヤジッ! 楽園を作るですって? 何が悲しくて好きでもないオヤジと一緒にいなくちゃいけないのよ。その上アンタを愛す? もしそんな事になったら、私、舌噛んで死んでやるわ。それ位無理っ、生理的に、本能的に、絶ぇッ対、無理!」

「《…………》」

 

 堰を切ったように並べられる罵詈雑言の嵐、 鏑木はそれを無言で受け流していたがやがて軽いため息と共に、

 

「《――いかん、いかんなぁ……。腕白なのは良い。たくさん子供達はいるんだ、それも個性のひとつとして受け入れよう。だが、特定の個人を攻撃するような言動はいかん。それは無邪気とは言わず、最早暴力だ。私の楽園にそのような子供は受け入れられない》」

 

 先程までの猫撫で声とは打って変わり、無機質で淡々とした音声が通路に木霊する。

 

「《お仕置きが、必要だな――》」

「えっ――!?」

 

 突如目の前で何かが裂けた。

 空間が裂けたと言うべきが、真一文字に切り開かれた中から異形の手が覗く。

 そしてその手はしっかりと美琴の喉元を握り、気道を塞ぐ。

 

「ぐっ――うぅ……? こ、これ……は……」

 

 この光景に見覚えがあった。

 そう。つい数時間前、美琴は実際に目撃していた。

 物理法則を捻じ曲げ、木山春生を東方仗助のマンションへ転送させたこの能力は――

 

「フェ、ブ……リ……」

「《フェブリの能力は既に我が手中にある。逃げたお前を捕える行為なぞ、至極簡単な事なのだよ。さあ、来たまえ。オイタをした子にはお仕置きが必要だ》」

「――ッ」

 

 美琴はそのまま引きずられるようにして、次元の裂け目の中に連れ去られていった。

 その数秒後に空間は閉じ、通路には最初かな何もなかったかのように静寂だけが広がっていた。

 

 

 

 

 テレスティーナ・木原・ ライフラインが代表を務める組織・MAR。

 名目上は災害時における救助活動を目的とした組織である。

 しかしその裏の顔は、密輸や人身売買、武器、爆発物の開発・所持、テロリストへの資金援助など多岐にわたる非合法活動を組織的に行っている。実質・テレスティーナの野望を叶える為の独裁的組織といえた。

 そんな組織であるからこそ、集まってくるの隊員達は自然とそういう(・・・・)輩が多数を占める事となった。

 軍人崩れ、学者崩れ、薬の密売人、etc、etc……

 いずれも既存の社会からの脱落者達である。

 彼らがMARに留まる理由はただ一つ。

 「金」と「地位」。

 

 命令にさえおとなしく従っていれば食うには困らない金額が支払われ、生活も保障される。

 働き次第によっては昇格すらありえると言うのだから、彼らにとっては破格の待遇である。

 仮にテレスティーナの最終目的が『地球を破壊すること』だったとしても、今の生活を維持する事が出来るなら喜んで『地久最後の日』まで律儀に命令に従い続ける事だろう。

『考える事を放棄した愚連隊』。

 それがMARの本質であった。

 

 だから代表であるテレスティーナ亡き後、草薙カルマという若造がMARを掌握したとしても別段戸惑いはしなかった。

 彼らにとっては、現状の生活を保障してくれる相手ならば誰でも良かったのだ。

 そして草薙は約束を違えはしなかった。

 だからこれまで通り。何の問題は無い。

 上司に言われるまま命令をこなし、明日の命の糧を得る。

 

 それが例え幼い子供を人体実験に使うものだろうと、レベル5の少女を捕らえる事だろうと、命令だから従ったのみ。

 今現在当たっている”23学区に至る道を全て閉鎖しろ”という命令も『そうしろ』といわれたから『そうした』のみである。

 

 ――だが、彼らは忘れていた。そのような”理屈”が通用するのは”外の世界”だけなのだという事を。

 学園都市の能力者に対し喧嘩を売ると言う行為がどのような結末を迎えるのか、と言うことを。

 特に、一個中隊を相手にしてもまったく引けを取らない2人のレベル4を相手にするという意味を。

 彼らはこれからその身を持って知る事となるのだった。

 

 

 

 

 第18学区第3IC。

 都市高速5号線の道路はMARにより完全に閉鎖されていた。

 バリケードを前面に展開し、大量の駆動鎧、トレーラーなどによりガチガチに固められている。

 この5号線は彼らにとって死守すべき生命線の一つであった。

 何故ならこの高速道の終着地点は、彼らの本拠地である第23学区が控えている為だ。

 だから他の地区の守りに比べ、ここの警備は遥かに強固なものになっていた。

 

「――ッ!?」

「――ザ、ザザザザザ……な……ん……だ? ……急……電波……が……?」

 

 その異変は突如として訪れた。

 彼らが頻繁に交信を取り合っていた無線が使用不能となったのだ。

 トレーラーにて全体指揮を取っていた部隊長は、突然の事態にすぐさま状況の確認をさせる。

 

「どうした? 状況を知らせろ!」

「何らかのジャミング攻撃を受けている模様! 無線使用不能です」

「それだけではありません! データリンクも遮断された模様。何もモニター出来ません!」

 

 衛星からリアルタイムに送られてきた最新情報も遮断された。

 ディスプレイには「system error」の文字が表示され、以降変化が起こる事は無い。

 現代戦において「目」「耳」の役割を持つ二つの情報が「殺されて」しまった。

 それが戦場でどのような意味を持つのか。

 痛いほど分かりきっていた彼らは危機感を募らせ、部隊長に判断を委ねる。

 

「ちぃッ! 各部隊攻撃態勢! 駆動鎧を前面に押し出させろッ、そのまま――ッ!?」

 

 彼が部下達に命令を伝えるその前に、まるでそれを遮るかのように外部で爆発音がした。

 状況がまったく見えない彼らは、目視で確認するべくトレーラーの扉を開けようとする。

 しかしそれは出来なかった。

 彼らを乗せたトレーラーは、そのまま弾丸のごとき速度で射出され、待機していた駆動鎧の群れの中に突っ込んでいったからだ。

 まるでボーリングのピンのように弾き飛ばされ、駆動鎧達が地面に叩きつけられ落ちていく。

 遥か彼方へ弾き飛ばされたトレーラーは衝撃で高速の塀を破壊、黒煙をあげながら高架下へと落下していった。

 

「まったく、他愛の無い」

 

 それを行ったのは一人の少女だった。

 彼女は自前の扇子を口元に当てると、その場の全員に響き渡るように声高々と言い放つ。

 

「古今東西省みて、悪の栄えた試し無し! このまま降参するなら許しましょう。そうで無いなら……」扇子を駆動鎧の大群に向け突きつける。

 

「――その身を持ってエアロハンド(私の能力)を体感していただきますわ」

 

 たなびく黒髪を掻き揚げて、婚后光子は敵の一団に対し優雅な微笑を浮かべるのだった。

 

「――くっ、怯むな! 能力者相手だろうが相手はたった一人ッ、囲い込みさえすればッ……」

 

 突然の襲撃に対応が遅れた駆動鎧達が、ようやく冷静さを取り戻し銃口を光子に向ける。

 50mmの6連装回転式弾倉だ。

 例え能力者といえど直撃さえすれば致命傷になりうるはずだ。

 だが光子は余裕の表情を崩さない。

 反対に相手に対し扇子で上空を指し示す。

 その上空――そこには空中を飛翔する白井黒子がいた。

 

「――残念ですが」黒子は持参したカバンから大量の金属槍が内包しているベルトを取り出すと、中身の鉄芯を空間移動(テレポート)させていった。

 駆動鎧が装備するグレネードランチャーが次々と串刺しにされ、爆発四散する。

 

「――一人ではありませんわよ。あなた方がお相手するのは」

 

 光子と肩を並べるようにして降り立った黒子が、すぐさま両手に鉄芯を補充しつつ敵に対し睨みをきかせる。

 それと同時に――

 巨大な水塊が駆動鎧の一団に突っ込んでいった。

 

「微力ながら私達も――」

「お手伝いさせていただきますわ」

 

 固法美偉が駆るバイクに搭乗していた湾内絹保と泡浮万彬の両名は、停車と同時にすぐさま黒子達の輪に加わる。

 さらに遅れて現れるランボルギーニ・ガヤルド。

 搭乗しているのは持ち主の木山と初春、涙子の両名。

 彼女達はそのまま黒子達と合流せず、混乱只中の敵陣に向かい単身突入していく。

 敵陣の防衛網に穴が開いた今こそが絶好の好機と考えた為だ。

 

「――うッ、撃て、撃てッ! 誰一人ここを通すな!」

 

 後方に待機していた駆動鎧の内、攻撃を免れた部隊が即座に機関砲にて迎撃体制に移行する。

 25mm機関砲。

 50mmグレネードランチャー。

 ヒットすれば確実に鉄屑に出来る銃弾の雨がランボルギーニを包み込む。

 

「……ば、バカなッ!?」

 

 だが、その攻撃は車体全体を包み込む『水の障壁』によって全て遮られてしまう。

 湾内絹保の水流操作(ハイドロハンド)の水塊が木山達を守ったのだ。

 

「――油断大敵ですわよッ!!」

 

 当たったはずの攻撃が思いも寄らない形で不発に終った動揺をつき、黒子は両手に装備していた8本の鉄芯を瞬時に空間移動(テレポート)させる。

 空間移動は飛ばした先に障害物があった場合、その物質部分を押しのける形で物体を転移させる。

 駆動鎧の両脚部に転移させた鉄芯はその関節部分に見事に突き刺さり、中の操縦者の絶叫と共に次々と地面に崩れ落ちた。

 

「まだまだァ!」

 

 まるで拳銃のリロードのごとき速さで瞬時に鉄芯を手にした黒子は、残りの駆動鎧達目掛けて自身の能力を最大限に振るい、屍の山を築いていく。

 ランボルギーニはその間を突き、直進する。

 敵陣の懐に飛び込み、地べたに這い蹲る駆動鎧を横目に包囲網をくぐり抜ける。

 作動可能な起動鎧の内数体がなおも追いすがろうとするが、光子の空力使い(エアロハンド)が射出する仲間の機体(砲弾の雨)に阻まれ、ついにそれが叶うことはなかった。

 

 

 

 

「――ふぃ~~、生きた心地がしなかったぁ……」

 

 敵影を振り払い高速をひた走るランボルギーニの車内で、涙子は息を大きく吐く。

 銃弾でいつ吹き飛ばされてもおかしくない状況を回避しての、ようやくつける安堵のため息というやつだ。

 先程まで車内に漂っていた緊張感も幾許か緩和されているように思える。

 

「相手が広範囲に分散し、警戒態勢に当たっているこの状況。そういう場合は逆に一点突破による強襲が効果的である――か。君の予想が見事に的中したな」

 

 そういって木山は助手席に座る初春に視線を送る。

 等の初春は少々照れ笑いを浮かべながらも視線はそのまま、手元のノートパソコンの画面を見事なブラインドタッチ捌きで操作している。

 画面には良く分からない図形や文字列、ウインドウなどが瞬時に現れては消え、後部座席の涙子は親友が行う行為を、まるでマジックを見る観客の様な表情で眺めるしかなかった。

 

「敵だって無尽蔵に湧いて出てくるわけじゃないですしね。23学区全てに人員を配置し閉鎖するのはほぼ不可能。なら局所的に人員を配置し、無線と衛生による監視で絶えず連絡を取り合って対処するしかないと踏んでいました。だったら――」

「――連中の『目』と『耳』を潰せば良い。それで連中の統制は取れなくなる。だからと言って無線や衛星のハッキングを事も無げにやってのける君は、連中にとっては『悪魔か妖怪』といった類のものと同義の存在だと思うよ」

 

 そういって木山は口角を吊り上げる。

 この少女に宿る類稀な才能に、畏怖と尊敬の念を抱かずには入られなかったからだ。

「さあ、何のことですかね?」――等の本人は木山の指摘に”我関せず”と言った感じでキーボードを操作し続けているが。

 

「――っていうか初春。さっきから何してんの?」

「ああ、これですか」

 

 先程からパソコンに浮かび上がる術式の様な記号の羅列を指差し、涙子が訊ねる。

 初春は「よっ」とEnterキーを押すと、にこやかに、それでいて事も無げに言う。

 

「……ちょっとね、忍び込んでいたんですよ」

「へ? 忍び込むって、何処に?」

「上層部のメインコンピューターの方にです。そこでちょっと新しい情報を書き加えておきました」

「うぇっ!? そ、それってやばくない? っていうか犯罪なんじゃ……」

「佐天さん」

 

 初春は依然笑顔のまま、にこやかに涙子に微笑み返す。

 

「……ばれなきゃ、犯罪にはならないんですよ?」

「は、……はい」

 

 ――その時初春が見せた笑顔には、何処となく狂気の色が漂っていた。

 当時の事を振り返り、後に涙子はそう証言したと言う――

 

「それで? 口を挟むようで何だが、一体何を書き込んだんだ? お嬢さん」

「ああ、それはですね……」

 

 木山の言葉を受け初春が視線を再びパソコンに移す。

 視線から外れた涙子は安堵から力が抜け、シートからずり落ちそうになっていた。

 

「自軍に留まり、総力戦に持ち込まなかった時点で彼らの負けは確定していました。分散して伸びきった前線ほど突発的なアクシデントに脆いですからね。あとはこのまま前進して23学区に入るだけ」

「だがそう旨くも行かないだろう? 増援の危険性は無いとは言えない」

 

 視線を前方の遥か彼方へ向け、木山が言う。

 そう、敵がこのまま易々と行かせてくれるとは思えない。

 例えば連絡の取れなくなった連中が第二次防衛ラインを予め指定していたとしたらどうだろう?

 非常事態に備え、23学区まで後退。

 そこで防衛線を張りなおしたとしたら?

 このまま進んだら間違いなく敵のいる包囲網の中に突っ込む事になるのでは無いだろうか。

 

「ええ。確かにその危険性はあります。というか十中八九そうなるでしょう」

「お、おい?」

 

 余りにあっさりと、ごく自然に言うものだから、ハンドルを握っていた木山は思わず視線を初春の方へと移してしまった。中央線のど真ん中にはみ出る車体に涙子がたまりかねて「前! 前!」と指摘し、ようやく車体を元に戻す。

 

「勘違いしないで下さい木山先生。別に玉砕しに行くわけじゃありませんから」

「どういうことだ?」

「防衛線が崩れたとはいえ、相手にはまだまだ数の戦力があります。いくら白井さん達でも、それを覆すのは容易な事ではありません。つまり、このままでは敵に足止めを喰らう可能性が大きいです。だから、お願いすることにしました」

「お、お願い? 初春、一体誰に、何を頼んだって言うの?」

「ああ、それはですね――」涙子の問いに初春は「警備員(アンチスキル)の人達です」と答えた。

「――え、えええええええええッ!?」

 

 その回答に涙子どころか木山すら目を見開き、驚愕の表情で初春に視線を合わせるのだった。

 

「大変心苦しいですけど、今回アンチスキルの人には貧乏くじを引いてもらいます――」

 

 

 

 

 

 

 飛び交う銃弾。

 炸裂するロケット砲。

 黒煙を上げ炎上するトレーラー。

 応戦する駆動鎧達。

 しかし多勢に無勢。完全に包囲されたMARの隊員達は、応戦相手の警備員(アンチスキル)の手により、一人、また一人と戦力を削がれていく。

 

 第18学区、第9IC。

 本線合流地点入り口。

 

警備員(アンチスキル)が介入した事により現場は戦場と化していた。

 

「だ、ダメですッ! こちらの残弾15%を切りましたッ。このままでは制圧されるのは時間の問題ですッ」

「こちらグスタフ5。右脚部完全に損傷、機体を破棄――グアアアッ!?」

「隊長ッ。駆動鎧、全機完全に沈黙しました。もはや我々には戦力が……、指示を、指示を下さいッ!」

「……ば、バカな。何故、アンチスキルが介入して来るんだ……」

 

 現在アンチスキルとは対テロ警備という名目で協力体制を結んでいたはずだ。

 近隣住民への注意喚起や危険物などの捜索等。

 もっとも『赤い月』なるテログループ自体が彼らが仕組んだものであり、実体など無いのだが。

 全てはフェブリを奪還する為のブラフ。偽りの情報。

 だがその存在しないはずの情報が、数分前を境にこちらに牙を向いて襲い掛かってきた。

 

 

 

「――馬鹿を言うな! 我々はテロリストを匿ってなどいない!」

「だがこれは上層部からの正式な命令じゃん。このまま投降するなら良し。そうで無いなら治安維持部隊を差し向け、制圧しても構わないとな」

 

 それは余りに唐突だった。

 データリンクの遮断により混乱した部隊を立て直す為、MAR隊員達は合流地点に向かいトレーラーを走らせていた。

『非常時には各員とも第二次防衛ラインまで撤退せよ』という取り決めがあったからだ。

 そして一般車道から高速への合流地点に差し掛かった時、そこで待ち構えていた警備員(アンチスキル)の大部隊に囲まれ、一方的な最後通告を突きつけられたのだ。

 

「――そこのMARのトレーラー、止まれ。両手を後ろ手に組み、地面に伏せろ。繰り返す、両手を後手に組み地面に伏せろ。もし警告に従わないのなら今から180秒後に攻撃を開始するじゃん」

 

 アンチスキルのトレーラーから、拡声器を持った女性が姿を現しこちらに警告してくる。

 何か大きな事故を起こしたのか、その顔には大量の絆創膏が張られていた。

 

「前々から胡散臭い組織だとは思っていたが、実態は学園都市に実害をなすテログループの巣窟だったというわけじゃん。いわばMARの活動は隠れ蓑。まんまとしてやられたじゃん」

「な、なにを言っているんだ!? その情報の出所はどこだ! 『赤い月』など我々は知らん!」

 

 部隊の隊長は慌てて拡声器を使い返答する。

 無線の類がいまだ使用不能の為の止む終えない処置だ。

 

「だからじゃん。そいつを調べるためにも武装を解除して、御宅等の本拠地に案内して欲しいじゃん。あんたらが清廉潔白だと言うんなら、ソイツを示して欲しいじゃん」

「そ、それは……」

 

 隊長が口ごもる。

 そもそもその『赤い月』は自分達が作ったでっち上げなのだ。

 実在などしよう筈も無い。

 だがその事を公言するわけにもいかなかった。

 それをするという事は彼らのこれまで行った悪事が世間に露呈すると言うことなのだから。

 

「……その反応の鈍さ、ソイツは「YES」って事でいいんだよな?」

「い、いや違う。少し待て、上の人間に話を……っ」

「まあどっちでもいいじゃん。私達は上の命令に従うだけ。その命令があんたらを逮捕・拘束しろって言うんだから、従うしかないよなぁ? もし不服なら申し開きは裁判所の中でするんだな」

「ちょっ……まっ……」

「攻撃、開始」

 

 そして問答無用の殲滅戦が始まった。

 

「オラオラオラッ! あんたらにぶっ壊されたトレーラーと、この顔の傷も含めて、万倍にして返してやるじゃん!」

 

 

 ――その数分後。

 圧倒的な戦力差で沈黙させられたMARの残党達は、両手を後手に組み、地面にひれ伏す形で自らの敗北を示すこととなった。

 

 何故だ?

 どうしてこんな事になった?

 一体誰が偽りの情報を上層部に報告したんだ?

 

 アンチスキルに身柄を拘束されるその瞬間まで、彼らは自分達に起こった事態を理解できないままでいた。

 だがもし、状況を理解できたとして――

 無線と衛星を無力化し、上層部のメインコンピュータにハッキングを仕掛け自分達を嵌めた相手が、たった一人の中学生の少女だと分かったのなら、彼らは一体どんな感情を抱くのだろう。

 それはきっと、こんな感情だったのではないだろうか?

 

『――俺達は、悪魔を相手に喧嘩を売っちまった――』

 

 そういう、後悔と恐怖の感情だったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間の裂け目から強制的に排出された美琴が顔を上げると、そこには巨大な脳みそが出迎えていた。

 どうやら再び元の場所に戻されてしまったようだ。

 美琴は謎の手に捕まれた喉元を押さえ、呼吸を整える。

 

「《――おかえり、美琴(・・)》」

 

 短く、機械的な声色が美琴を見下ろしている。

 その圧倒的威圧感に思わず足が竦むが、それを悟られて鏑木(この男)を喜ばす事だけはしたくなかった。

 

「何よ、本当の事を言われたのがそんなにショックだった? だけど仕方ないじゃない、子供なんて思った事しか言わないものなんだから。その私が『純粋』に『心の底から』アンタの事を『キモチワルイ』って思ったの!」

 

 空元気も元気のうち。

 美琴はあらん限りの声で鏑木を罵倒する。

 足が震え、今すぐ逃げ出したい恐怖に駆られるが、それを怒りの感情で押さえ込んだ。

 

「《言いたい事は、それだけかい?》」

「え?」

 

 鏑木が何処となく冷めたような、落胆したかの様に言う。

 もっとも合成音声なので美琴にそう聞こえただけなのかもしれないが。

 

「《――嘆かわしいことだ。実に嘆かわしい。荒い気性、乱暴な言葉使い……。君は私が見出した100万人に一人の逸材だと言うのに……。その容姿に相応しくない歪んだ精神を宿してしまっているんだね。……嗚呼、この街の連中は何故に純粋な子供達の精神を歪ませる教育を施しても平気なのだろう。可愛そうに……》」

 

 ――ォォ……オォォォォォォォオオオッ――

 

 空間が突如震えだす。

 それに呼応するかのように周辺の電子機器の類が点滅を繰り返す。

 巨大な脳みそを収めた容器から大量の気泡が湧き立ち、強化ガラスの側面に泡沫を付着させる。

 ボコボコと液体から発生する気泡は、まるでマグマの様だ。

 

「《矯正、しなくては。間違った考えを……正さねば。――フェぇブぅリぃぃぃぃ》」

 

 鏑木の絶叫とも怨嗟の声とも付かない不気味な音声がフェブリの名を呼ぶ。

 すると空間から歪が生じ、中から美琴を捕えた不気味な手、の持ち主が現れた。

 

「この……化け物ぉッ」

 

 美琴の前に姿を現したのは生理的にも不快感を覚える化け物達だった。

 一体は人体を風船で膨らませ過ぎたかのような超絶巨体容姿を――

 もう一体は楕円形の身体に巨大な腕だけが生えた容姿を――

 頭部と両腕がなく、代わりに節足動物のような足が生えているモノもいた。

 まるで実験に失敗したかのような生物達に、美琴の身体はすくみ上がる。

 

「《この生物達は、私の深層心理を具現化して作り上げられたもの達だ》」

 

 大量の化け物軍団を一面に呼び終えた鏑木が美琴に諭すように言う。

 

「《フェブリの意思は私とリンクしている。私がイメージした設計図を電気信号を介しフェブリに伝え、質量を持った物質としてこの世に練成させる》」

「きゃあっ!?」

 

 大量の怪物に挟まれた美琴はその身体を羽交い絞めにされ、地面に押さえ込まれる。

 首元に触れられたナメクジの様な感触に、思わず鳥肌が立ってしまう。

 

「くっ、このっ。離してよっ、離せ!」

「《私はね、いかなる理由があっても子供達に体罰は加えないと言う昨今の教育方針は間違っていると思うのだよ》」

「――ッ!?」

 

 美琴が纏っていた病衣が力任せに無理やり引きちぎられる。

 一糸纏わぬ姿を晒されたことによる羞恥心と恐怖で、美琴は小さな悲鳴をあげてしまう。

 反射的に裸体を隠そうとするが、怪物達に押さえられそれは叶わなかった。

 

「《言い訳の聞かない子供に対しては、時として体罰も止む無し――。そしてェ!」怪物内一体の両腕が変形し、注射器の形状に変わる。「《――体で分からせられない時は、心に訴えかけるしか無いのだよ》」

 

 注射器から先走って零れ出る液体は不気味な赤紫色をしていた。

 一目で人体に悪影響を与えるシロモノであると分かるその毒々しい色合いに、美琴は思わず息を止め凝視してしまう。

 

「ま、さか……その液体で子供達を」

「《君ほど強情ではなかったがね。最終的には進んで私と同化してくれたよ》」

「ど……うか……? ですって……?」

 

 室内に設置された大型のモニターの電源が入る。

 映し出されたのは、美琴が最初に目覚めさせられた白銀色のカプセルが設置されたフロアだ。

 あの時は無人のカプセル群に首をかしげたものだが、鏑木の言葉を受けた今なら理解できる。

 子供達はいた(・・)のだ。

 美琴には認識できない物体に姿を変えさせられて。

 あのカプセルに満たされた液体が子供達そのものだったのだ。

 

「あ……ああ……ああああ……っ……アンタはァッ!」

 

 美琴の身体が怒りに震える。

 目の前に迫る恐怖より怒りの感情が先立ち、恐怖を忘れさせた。麻痺させたと言っても良い。

 

「《肉体とは魂の受け皿に過ぎない。ただの入れ物だ。これから旅立つ私達には不要なものだからね。私が取り除いてあげたのだよ。何を怒る必要がある? むしろ肉体と言う枷を取り払われ、我々は永遠と呼べる時間を手にしたのだ。いつまでも老いず、いつまでも純粋な子供のままでね》」

 

 モニターはフロアの中央に設置された幾何学模様の塔を映し出す。

 その真ん中にはめ込まれた液体の入ったカプセルを映し出す。

 40ものカプセルの中央に鎮座するかのように設置された無骨な塔。

 まるでそれは自らが重要建造物であると主張するかのように。圧倒的存在感を持ってそこにあった。

 

「……フェ、ブリ……」

 

 口元が震える。

 体から力が抜け、抵抗の為もがく意思が挫かれる。

 美琴は理解してしまった。

 あの建造物。アレに収められていたモノが、フェブリの成れの果てだという事に。

 その美琴の様子を見て鏑木は「《正解だ》」と、まるでテストの回答を提示する教師のように端的に答えた。

 

「《良い考えだろう? 肉体を消失させ、意識のみを液状のカプセルに保存さえしておけば、いつでも手軽にフェブリの能力を使用する事が出来る。逃走の心配も無いしね。今フェブリの意識は完全にこちらの制御下にあり、半ば眠っている状態だ。我々はほんのちょっぴり彼女の深層心理に働きかけ、能力を発動させるように仕向ければ良い。現在は私の意識と同調しているのだがね》」

「……」

 

 モニタに映った幾何学模様の塔から一筋の光が差し込む。

 それは一瞬で正方形のキャンパスを表示し、中に模様を描き出す。

 

「《例えるなら超高性能なプロジェクションマッピングなのだよ。出力した情報を電子レーザーで表示させる。フェブリの能力が創作物を具現化させる能力ならば、わざわざ手書きにこだわる必要もあるまい》」

 

 入力された情報は四速歩行の小型哺乳類、『猫』の映像を鮮明に映し出す。

 その猫は暫くすると小刻みに痙攣しだし、レーザーで映し出された映像から抜け出すように地面へと降りていった。

 そこには、実物と寸分違わぬ猫が実体を持ち、欠伸をしながら大きく伸びをしていた。

 

「《さて、と。科学の素晴らしさを再確認したところで、オシオキの再開といこうか》」

「……外道」

「《んん?》」

「外道って言ったのよ。……何が科学の素晴らしさよ。人間をこんな状態にして、許されるはず無いじゃない。アンタ、人の命をなんだと思っているのよ!」

「《別に、何も?》」

「!? ――ッ」

「《君も科学の街の住民ならそれ位分かるだろう? 科学とは、己の自己の欲求を満たす為のマスターベーションであり、その過程を楽しむ行為こそが重要なのだ。実験の過程でフェブリの能力を知り、子供達の肉体を消失させても生き長らえさす方法を見つけ出した。ならば実践するしかあるまい。その過程で他人が幾ら死のうが、それを気にする必要が何処にあるというのだね?》」

 

 鏑木の本体である肥大した脳みそ。

 そこから浮き出ている何体もの眼球が一斉に捻じ曲がり、スピーカーからは絶え間ない下卑た笑い声が木霊した。

 ――この男は、邪悪だ。

 長き対峙の果てに美琴が見せ付けられたのは、鏑木と言う男の醜い本質。心の奥底に潜むクレバスの様な暗黒の側面だった。

 子供の純粋な気持ちとのたまいながら、結局の所その気持ちを踏みにじる行為を平然と行っている。

 それも楽園と称する自己満足の世界に浸りたいが為に。

 

 落胆と絶望の狭間にいる美琴の腕に、化け物の注射器があてがわれる。

 

「《怖がることは無い。麻疹の注射と同じで、ちょっとチクッとするだけだ。それさえ我慢すれば、素晴らしき世界が目の前に広がっている事だろう。私の事を愛し、私の事だけを考え、私と共に悠久の時を過ごす愛の信徒。――嗚呼、なんと素晴らしい事だろうかッ》」

「嫌よッ! アンタの操り人形になる位なら死んだ方がマシだわっ! 離してッ、――嫌、いやっ! だれか――」

「《助けなど来ぬよ。よしんば来たとしてもその頃には我々はこの世界には存在しない。未来永劫、誰の目にも届かぬ楽園へと到達しているのだからね》」

 

 美琴の幼い腕に、注射針が突き刺さる。

 後はほんの一押しするだけ。

 それだけで美琴の人格は消失し、草薙を崇拝する操り人形となり果てるのだろう。

 その残酷に現実を目の当たりにし、これまで押さえ込んできた恐怖心が零れ落ちる。

 瞳は大きく見開かれ、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 

「……たすけて」

 

 美琴が口にしたその言葉は、決して鏑木に許しを請うものでは無い。

 逃げ道を塞がれ、能力も封じられ、心すら陵辱されようというその瞬間。

 恥、体裁、自尊心――、普段纏っている鎧の様な感情は成りを潜め、心の奥底に仕舞い込んだ素直な気持ちが顔を擡げる。

 心の中で、来るはずの無い彼に救いを求める。

 助けに来ないのは分かっている。

 事情を知らない彼が、ヒーローものの登場人物のように颯爽と登場するはずが無い事くらい。

 だけど、それでも――

 心の中で、求めずに入られなかった。

 

「……助けて」

 

 最初はただただ気に食わないヤツだった。

 弱いくせにお節介で、その癖説教魔。

 だけどレベル5の自分に対して、まったく物怖じせず接してくれるその態度が嬉しかった。

 自分を特別視せず、対等に見てくれている姿勢が嬉しかった。

 気が付くとアイツを目で追う自分がいた。

 アイツの事を考えている自分がいた。

 

 その事が楽しくて、苦しくて、切なくて、こういう話題に疎い自分でも胸の中に渦巻くこの感情の正体くらいすぐに理解できた。

 この感情は、間違いなく――

 

「助けてっ、当麻ぁぁぁああああああああ――ッ!!」

 

 美琴は叫んだ。

 力の限り。あらん限りの声でその名前を口にした。

 まるで自分の気持ちが無くなる前に、どこかにその証を残すかのように。

 いるはずの無い相手の名を、届くはずの無い思いと共に「当麻」と呼んだ。

 

 ――はいよ。

 

「ッ!?」

 

 美琴は聞いた。

 どう足掻いても絶望しかないこの状況で、その声を確かに聞いた。

 

「あ……ああ……なんで……? どうして、ここに?」

 

 涙に濡れた瞳が大きく見開かれる。濡れた視線のその先に、美琴は信じられないものを見たからだ。

 夢、幻、幻想、妄想、白昼夢。それら全ての可能性を疑った。

 だけどこれは現実だ。

 現実に、美琴の目前に少年はいた。

 

 ソイツは美琴に群れを成し押さえつけていた怪物達を、たった右腕一本で消し去り、こちらに視線を向けていた。

 高校生らしいやや引き締まった体格のツンツン髪の少年。

 その少年はやがてそっと右手を目の前に差し出す。

 

「――無事か、ビリビリ中学生」

 

 その姿は絶対的な危機に颯爽と登場するヒーローそのもので、美琴はしばらくの間上条の問い掛けに答える事も忘れ、ただ呆然とその勇姿を見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 ――その場所は、高速を降りてすぐの所にあった。

 学園都市第二十三学区。現在は使われていない、推進システム研究所。

 そこが今回の事件の黒幕であるMARの本拠地である。

 だがそんな情報がなくとも現状を一目見れば、誰でも状況の異常さは見て取れるはずだ。

 

「これは、一体……」

 

 ランボルギーニ・ガヤルドが施設内に進入を果たした時、眼前には異様な光景が広がっていた。

 黒煙を上げ炎上するトレーラー。

 拘束されているMARの職員達。

 そしてスクラップ同然に横たわる駆動鎧達。その数は有に20は越えていた。

 このやられ具合、つい今しがたまで戦闘が行われていたかのような状況だ。

 ――もしかして、まさか……

 可能性の一つを考察していた時、初春の視界に何かが止まる。

 

「――? あれって? ひょっとしたら!」

 

 その姿を見つけるなり、初春は車を停車するように木山に頼み込んでいた。

 駆動鎧の残骸。その中央部分に見知ったシルエットが見えたからだ。

 忘れもしない。あの特徴的な髪型と学生服は絶対に彼だ。

 

「――よぉ、お前等。遅かったじゃあねぇか」

「やっぱり、東方さんっ」

 

 東方仗助は、そこにいた。

 車から降りた初春達を不敵な笑みで出迎える彼は、間違いなくあの仗助だった。

 そのすぐ後には息切れを起こし、大の字に寝転がっている八雲もいる。

 

「この大立ち回りの跡、もしかしなくても東方さんの仕業ですよね」

 

 その問いに仗助はさして面白く無さそうに「まあな」と答えた。

 

「なんつーのかな、途中までは順調だったんだぜ。敵の視界に入っても認識されないっつーか、本当にずんずん進めたんだぜ。だけど、急に効果が切れたみたいになってよぉ」

 

 仗助自身も釈然としていないようでボリボリと頭を掻く。

 

「敵もわんさか出てくるもんでよぉ、しょうがねぇんで全員ブチのめしたトコだ」

「うひぇえ。ブチのめしたって、これ全部? 何と言うか――」

「――相変わらず、無茶をなされるお方ですわね」

 

 惨状をきょろきょろ見渡す涙子の声にかぶさるようにして、背後から声が掛けられる。それが余りに唐突だったもので、初春と涙子は反射的に飛び上がりそうになった。

 

「「し、白井さんっ!?」」

「最初の取り決め通り敵を無力化させましたので、すぐさま馳せ参じましたのですけれど……、どうやら置いてきぼりを食わずに済みましたわね」

 

 驚きが再会の喜びに変わるのに数秒もかからなかった。二人は湧き出す感情をそのまま行動に移し、黒子を強く抱きしめるのだった。

 

「良かったぁ。白井さんが無事で……、正直な話「ひょっとしたら」ってちょっと思っちゃいました」

「まったく、佐天さんは心配性なんですから。あんな輩に後れを取るほど(わたくし)ヤワではありませんわよ」

「そうですよ佐天さん。白井さんは例え殺しても死なない位しぶとい人なんですから」

 

 そういって毒を吐く初春もまた瞳に溜まった涙を払い、黒子に笑顔を見せていた。

 

「――よぉ」

 

 そしてここにも黒子との再会を祝福する人間が一人。

 短く挨拶する仗助と視線が合った黒子は同じように返事を返す。

 

「数時間ぶり……ですわね。そのご様子ですと、ずいぶん派手にやりあったみたいですわね」

「オメーもな。所々すすだらけだぜ。さぞかし派手な大立ち回りだったんだろうな」

「いえいえ、仗助さん程では」

「謙遜すんじゃあねーよ。オメーの実力は分かってるつもりだからよ。すごいヤツだよお前はよ」

「……褒めても何も出ませんわよ?」

「正直な感想だ。展開次第によっちゃ、お前の力が必要になるかもしれねーからな。今の内に煽てといて損はねーだろ」

「……まったく、そういう下心は胸の内に留めておけばいいものを……」

 

 黒子が「やれやれ」と苦笑する。

 

「最後のセリフは聞かなかった事にしておいて差し上げますわ、仗助さん。この戦いが終ったら、微妙な女心というものを勉強しておいた方がいいですわよ」

「ま、それは追々ご教示願うとしてだな――」仗助は踵を返すと、未だに大の字で倒れている八雲を無理やり起こす。「今は、やる事やらなきゃあな」

 

 その言葉を受け、場の空気が切り替わる。

 気が引き締まり、本来の目的の為に全員の足が動き始める。

 一瞬訪れた和やかな空気は未来の為に取っておこう。

 それはフェブリと美琴を取り戻した時にこそ満喫すべきものだ。今はまだその時では無い。

 

 黒子は仗助の後姿を目で追う。仗助は八雲を伴い、台形状の建物の方へと歩を進めている。あの形状からして地下施設がある様だ。

 

「さてと、うかうかしてはいられませんわ。(わたくし)達も急ぎますわよ」

 

 その場にいた全員がコクリと頷く。

 フェブリを、そして美琴を取り戻す為に。

 奪われた平穏な日々をこの手に奪還する為に。

 最終決戦の地へとその足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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