とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

26 / 35
8+(プラス)2

 仗助達が独自ルートで第23学区を目指している頃……

 

 黒子達はジャッジメント第177支部にいた。

 街中は今だ騒然としており、警備員(アンチスキル)やMARの息がかかった連中が未だ周辺区域を巡回中だ。

 喫茶店やファミレスは通報される可能性がある為使えない。

 公園や路地裏などもダメ。集まった所を一網打尽にされる可能性もある。

 そんな連中の目をかいくぐり、対策を練る為には177支部はまさに打って付けだった。

 灯台元暮らしという諺があるように、まさか治安維持機関の連中が共謀して黒子達を保護しているとは思うまい。

 

 現在支部にいるのは黒子の他に、初春と涙子、木山春生と固法美偉。そしてオマケの三名だけだ。

 現状でこれ以上の協力者を募る事は難しい。

 時間も準備も装備もあまりにも足りない。

 だからこの8名が最高の人数(+単独行動中の仗助と八雲)だ。この人数で美琴達を奪回しなくてはならない。

 

 

 

「よかったですね、白井さん。東方さん達が無事で」

 

 仗助と連絡を終えた黒子に対し、初春が言う。

 終始ニコニコして、まるで微笑ましいものを見ているような視線を向けられ落ち着かない。

 

「……なんですの。言いたい事があるならはっきりと仰ったらどうですの」

「いえいえ、別に別に。ただ、さっきまでの意気消沈していた態度とは明らかに違うもので」

「そのフテブテシイ……じゃなくて、自信が漲った態度こそ白井さんだなぁって。やっぱり愛の力ですかね?」

 

 初春に賛同するように、涙子が頷く。

 そんな掛け合いに対し、黒子は「……あなたたちは、まったく……」とため息混じりに呆れ顔を返す。

 そんないつも通りの当たり前のやり取りに、黒子はどこか懐かしさも感じていた。

 

「……いいんじゃないんですかね、こんな感じで」先程までの茶化しとは打って変わり、微笑みながら涙子が言う。「あたし達はあたし達! 相手のペースに引っ掻き回されて落ち込んだままなんてらしくないですよ。取り戻しましょう! 御坂さんと、フェブリちゃんを!」

「私達も、全力でサポートしますからね」

「佐天さん、初春……」

 

 相手はかなりの規模の大きい組織・MAR。

 フェブリを奪われ、美琴も連れ去られた。

 そんな絶望的な状況なのにもかかわらず、二人は決して折れない。

 友達を助ける。

 ただそれだけの為に、全力で戦おうとしている。

 それだけで黒子の胸は一杯になった。

 体の中に熱い血潮が駆け巡り、生きる活力が湧いてくる。

 

「二人共、ありが――」

「まぁ、それもこれも全て私のお陰なんですけどね。如何にして私があなた方の窮地を救ったのか、もう一度お話しましょうかしら~~? あらそうですか聞きたいのですね? 仕方ありませんね。そもそも私がエカテリーナちゃんのお食事を買いに……」

「……婚后、光子……」

 

 せっかく沸き起こった感謝の気持ちを口にしようとしたその矢先、まるで空気の流れをぶった切るかのように出て来たのは、婚后光子。

 同じ常盤台の生徒にして、レベル4の空力使い(エアロハンド)でもある。

 光子は持参した扇子を口元に広げ、「オホホホホ」とまるで少女マンガに出来る悪女の様な高笑いを続けている。

 

「こ……この女……」黒子の口元が苦虫を噛んだように吊り上がる。俗に言う「顔が引きつる」と言うやつだ。

 

 

 黒子達が駆動鎧の出す音波兵器にやられ、意識を失っていたあの時――

 偶然現場に居合わせていたのが婚后光子達だった。

 彼女のペットであるエカテリーナちゃんの食事を買いに、友人である湾内絹保と泡浮万彬の二人を伴い街中を散策していた所、事件に出くわしたのである。

 御坂美琴は既に連れ去られた後。

 黒子達は事件の概要を知りすぎた人間として別の場所で処分される予定だった。

 

「――その時颯爽と登場したのがこの私! 婚后光子その人でしたの。白井さんが無様に地べたに転がっている間に並み居る敵を千切っては投げ~~♪ 千切っては投げ~~♪ あっそぉーれ」

「あの時の婚后さん、とても凛々しく格好良かったですわ」

「そうですわね、とても素敵でしたわ」

 

 友人である湾内と泡浮が光子に合の手を入れる。

 それに気を良くし、光子が声高々に笑う。

 

「……婚后ッ、光子ぉおおおッ!」

 

 一方の黒子の方は、怒り心頭だった。

 助けて貰った事には恩義も感じているし感謝もしている。

 だが先程から事あるごとに、いかに自分が黒子達を危機から救ったのか自慢げに話し始めるのには正直辟易していた。

 という訳で、今までの溜まりに溜まっていた鬱憤が決壊を起こしたのはいうまでも無い。

 この女に全ての怒りをぶつける為に、黒子は山犬のように吼えた。

 

「このKY女がァッ! 同じ話を何度も何度も何度も何度もっ! 壊れたテープレコーダーか何かですのッ!? あなたはッ!」

「へっ? ケーワイ?」光子が文字通り「何それ?」というような表情を作る。

 

「私知っていますわ。アルファベット略語ですわね」湾内がほんわかした笑みを湛え、まるでクイズの正解を導き出した時の様に両手をポンと叩く。「という事はこの場合「K」は……「かわいい」? の「K」ですわ」

「では「Y」はどういう意味なんでしょう? 「ワイルド」?」

 

 泡浮が頭に浮かんだ単語を述べる。しかしそれを「違いますわね」と光子は一蹴する。

 そして扇子を天高く掲げると声高々に宣言する。

 

「Yはきっと「優等生」のYに違いありませんわ! んもう~~♪ 白井さんったら、そんなに本当の事を言われてしまうと、照れてしまうじゃありませんか」

「さすが婚后さんですわ、私思いも寄りませんでした」

「きっとそれが正解に違いありませんわね」

 

 三人は「キャイキャイ」と正解を導き出せた事に対する喜びでお互いを湛えあっている。

 

「ダメだこいつら……」

 

 黒子は両手両膝を地に着き、ガクリとうな垂れた。

 純粋培養されたお嬢様には皮肉一つ通じないのか。

 そんな事を思っていると――

 

「ホラホラ皆騒がない。特に白井さんはカリカリし過ぎ。もっと落ち着きなさい」

「そんな事を言ってもこの女――もがっ?」

 

 エプロン姿の固法が、手にしたおにぎりを黒子の口に押し込んだ。

 

「”腹が減っては戦が出来ぬ”。これから大立ち回りやるんだから、今の内にしっかり食べときなさい」

 

 机の上には大量のおにぎりとお味噌汁。そして元気の源『ムサシノ牛乳』が置かれていた。

 まずは気力より食欲。

 腹が満たされれば心も落ち着くはず。

 皆を元気つける為の、固法なりの気遣いだった。

 

「ほらほら、冷めないうちに食べる食べる」

 

 急かすような固法の口調に触発され、黒子達は各々おにぎりを手にしてかぶりつく。

 ご飯に均等に浸透した塩味が米の甘みと合わさって、自然と何度も口にしたくなる味わいだった。

 

 

 

 

 

「う……」

 

 瞼を閉じていても伝わる強い眩しさに、美琴の意識は急速に覚醒を果たした。

 

「まぶしっ……」

 

 余りの眩い光に思わず片手で目を覆う。

 そしてようやく光に目が慣れた頃、自分が巨大なフロアの一室に寝かされていた事を知る。

 白銀色の光沢を放つ大量の白いカプセルの一つ。その中に美琴は寝かされていた。

 

「なによ、ここ……。敵のアジトな訳?」

 

 ゆっくりと起き上がり、カプセルから出る。

 フロアに設置された計40ものカプセル。

 その中央にはまるで巨大な木のような幾何学模様の塔がフロアの上まで聳え立っていた。

 間には透明なカプセルがはめ込まれるように設置されているが、中には液体が入っているのみだ。

 

「うそ!? 私、裸なの?」

 

 その際、自分が衣類を剥ぎ取られガウン一枚だった事を知り、身を守るようにして身体を縮こませた。

 やったのはあの陰気臭そうな眼鏡男だろうか?

 自分を昏倒させ、衣類を剥ぎ取り、ありのままの姿を念入りに調べられてしまったのだろうか?

 だとするなら、本当に許せない。乙女の裸をなんだと思っているのだ。

 

「あれ――?」

 

 起き上がってみて違和感に気が付く。

 視界がおかしいのだ。

 いつも見ている光景が、やけに大きく広大に見える。

 まるで自分の背丈が縮んだような――

 

「――え?」

 

 自分の手を何気に見た時、美琴は目を見張った。

 華奢とはいえ、すらりと伸びた自分の両腕。

 見間違えるはずの無い自分の両手が、まったく別人のものに成り代わっていたのだ。

 

 小さくか細い指。

 ふっくらとした幼児特有の丸みを帯びた二の腕。

 

「そ、そんな!? ……これ、私?」

 

 思わず全身をまさぐる。

 張るというには自己主張に程遠い慎ましさではあったが、それでも掴む事くらいは出来たはずの胸の山形(やまなり)が、ない。

 見事にペッタンコ。

 平たい丘になってしまっている。

 そのお陰で嫌でも現実を直視せざるを得なくなる。

 

「子供……になっちゃったの? ……私……」

 

 発展途上中の9歳くらいの幼女。

 それが現在の御坂美琴の姿だった。

 自分の身に起きた余りに理不尽な事象に、美琴はしばらくの間茫然自失となる。

 そんな彼女に対し、追い討ちをかけるような声がフロア内に響き渡る。

 

「《やあ、美琴ちゃん。目が覚めたかい?》」

「――ッ!? 誰っ!」

 

 元の声に変声機で加工したのだろう。

 甲高い電子音が美琴の名前を告げる。

 声の主はくぐもった笑い声をあげると「《誰とはごあいさつだなぁ。散々あすなろ園で顔を合わせているじゃあないか。美琴ちゃん》」

「っ! あんたまさか、鏑木光洋!?」

「《ククク、やっと分かったのかい? まあ、声がこんなに加工されてたんじゃあ気が付きようも無いか》」

 

 鏑木光洋。

 草薙と手を結び、怪しげな薬でスタンド使いを増やしていた一連の事件の張本人。

 そしてあすなろ園の子供達を誘拐し、今度は美琴さえ誘拐した元凶。

 その黒幕たる人間が、声だけとはいえ美琴の前に現れた。

 

「あんた! 子供達を何処にやったのッ! 姿を現しなさいよ、この変質者ッ!」

 

 例え知らなかったとはいえ、こんなヤツに出会う度に挨拶や雑談を笑顔で交わしていたのかと思うと腹が立ってきた。

 人の良いおじいさんだと思っていた。

 純粋に子供達が大好きで、施設の運用も善意で行ってくれているのだと思っていた。

 だが、それは幻想だった。

 実際は自分の私利私欲のために子供達を食い物にする外道。

 こんなヤツに子供達が……。

 笑顔の仮面に隠された悪意に気が付けなかった自分が許せなくて、美琴はあらん限りの声で鏑木を糾弾した。

 しかしそんな怒りの声など、鏑木にとってはまったく意に介さない子供の戯言でしかなかった。

 

「《結構、結構。元気は有り余っているようだね。子供はそれ位元気でなければ。――来たまえ。君に真実を教えてあげよう》」

 

 四方を囲んだ金属の壁。その一部が開かれる。

 気が付かなかったがあそこが扉だったらしい。

 扉の先は長く続く金属製の廊下が伸びている。

 どうやら「この先に行け」。と言うことらしい。

 

「…………くっ」

 

 相手の思惑通りに動かされているのは釈然としないが、ここはおとなしく従っておいた方が妥当な気がした。

 いつまでもこの部屋に留まる訳にも行かないし、辺に抵抗をすれば鏑木が何を仕出かすのかわからないからだ。

 

(また意識を失わされて、裸にひん剥かれるのなんて絶対に御免よっ!)

 

 それなら自分の足で赴き、僅かでも情報を集め、脱出の概略を練る方が建設的だ。

 

「わかったわよ……」

 

 美琴はしぶしぶ鏑木の意向に従う。

 身に纏うものがガウン一つだけなので、ぺたぺたと言う素足の音だけが室内に木霊した。

 やがて廊下に出ると先程までいた部屋への扉が閉じられる。

 これでもう後戻りは出来ない。

 

(それにしても、あの部屋はなんなんだろ)

 

 大量に設置された白いカプセル。

 中を覗いたが、透明な液体が満たされているだけだった。

 そのカプセルは金属製の太いチューブで繋がれており、壁に繋がれている。

 見た目で言えば巨大な電源コードの様な印象を覚えた。

 壁の一体どこら辺に繋がれているのか、皆目見当も付かない。

 

「《不安かい? 怖いかい? 落ち着かないかい? ――安心したまえ。もうじきそんな煩わしい事を考える必要もなくなる。全ての不安から解放された新世界へ、君を案内しよう。これからそこで、皆で暮らすんだからね》」

 

 廊下に響き渡る電子音に、美琴の不安は一層強まっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「――仗助さんからの情報から推察するに、敵の本拠地は第23学区の工業地帯の一区画にあると予測されます」

「第23学区って、確か一般学生も立ち入り禁止になってる所でしょ? ラスボスのネグラにしちゃ、うってつけって訳かぁ」

 

 涙子が「ほへぇ~~」と感嘆の声を洩らす。

 初春の操作によって表示される第23学区の映像。

 航空・宇宙開発分野に特化した造りとなっており、敷地内はかなり広大に展開されている。

 中には大規模な建築物も存在し、その姿を例えてみれば成る程、ラスボスの本拠地と形容されてもおかしくは無い。

 ここにフェブリが、そして美琴が捉えられているはずだ。

 一刻も早く仗助達と合流し、彼女達を奪還しなくてはならないのだが――

 モニターを見ていた初春の表情が曇る。

 

「どうやら、一足遅かったようです。監視衛生の映像がMARのトレーラーを大多数捕らえました。トレーラーは都市高速5号線を通過。その他一般道にも部隊を展開。周辺区域を閉鎖し始めています」

 

 映像では複数のトレーラーが一般道を塞ぎ、一般車両を強制的に迂回させている。

 それは高速道路でも同じで、こちらではフェンスらしきものを設置し、完全に通行止めにしてしまっている。

 

「奴ら、23学区に伸びる道を全て塞ぐつもりですわね。その理由は勿論……」

「足止め……不確定要素の排除。要はフェブリの能力を覚醒させる為の時間稼ぎだ……」

 

 黒子の言葉を引き継ぐように、ソファに横たわっていた木山が身体を起こす。

 その額からは脂汗が浮き出、呼吸も荒れている。状態はお世辞でも芳しとはいえない。

 彼女は美琴が連れ去られる際、それを阻止しようと抵抗を試みた。その際敵の駆動鎧に銃撃され、肋骨を折る大怪我を負っていた。

 

「覚醒……?」黒子が眉を潜める。

「……彼女のオリジナルは『本城絵里奈』という20代の成人女性だ。だがクローニングで誕生させられたフェブリ(彼女)は推定年齢9歳の幼女。これが意味する所はなんだと思う?」

「管理のし易さ……ですか? 子供なら力も弱く、抵抗される心配も無く、何より運びやすいですわ」

「そうだ。子供の未成熟な精神構造なら、スタンド能力にもある程度制限が付けられるからな」

 

 能力を使用した後、電池切れを引き起こしたように眠気に襲われていたフェブリを思い出す。確かに一回能力を使うたびに本体が睡眠状態に陥れば、逃走の危険性は大幅に減少するだろう。

 

「だが、それでも完全ではない。万全を期す為にもセーフティロックはどうしても必要となる。そしてその大役に選ばれたのが――私という訳さ」

 

 木山が「それも、もうお終いだがね」と自嘲するような笑みを浮かべる。

 

「どういうことですの?」

「フェブリを外に逃がす段階で、装置は完成直前だった。フェブリの意識を完全に制御し、コントロールする為の装置……。どうにかその装置を作動不能にしようと模索していたのだがね、あえなく捕まってしまった。以来私は逃がしたフェブリを捕まえる為の撒きエサとなってしまった」

「装置ですって?」涙子が話に割って入る。「それを使うとフェブリちゃんはどうなるんですか!?」

 

 その言葉はこの場にいる全員の意見だ。

人間(ひと)人間(ひと)とも思わない組織のやり口に自然と強い憤りを覚える。

 皆の視線が木山に注がれ、次に紡がれる言葉を待つ。

 そして木山から発せられた言葉に、全員が絶句する。

 

「――装置を使用した場合。フェブリを構成している細胞は全て分解・解析され、あの子の肉体と精神は完全にこの世界から消滅する……」

 

 

 

 

 

 

「《子供と言うのは純粋無垢な存在だ。誰とでも訳隔てなく繋がれ、欲も無く、その感情には裏表すらない。まだ誰も足を踏み入れていない雪原のような白き精神。それに触れた時の全てが浄化されたかのような神聖な感情。分かるかい? 子供こそこの腐りきった世の中に齎された救いの天使なのだよ》」

「……何を言っているの? 一体何の話?」

 

「子供は素晴らしい」「子供は天使」鏑木が語りかける賛辞とも言える内容に、美琴は飽き飽きとした表情で尋ねる。同じような内容を3回ほど聞かされたからだ。

 情報収集の為にあえてしゃべらせていたが、流石に飽きる。

 強引にでも話を別な方向へ逸らすべきだ。

 そんな美琴の願いが通じたのか、鏑木は「――すまないね。子供の持つ童心の素晴らしさを君にどうしても語りたくなってね」そう言って笑った。電子音の不協和音が廊下に木霊し、正直薄気味悪いと思った。

 

「《――さて、そんな素晴らしい子供達だがね。本当に残念に思う事がある》」

「?」

「《それはね、成長してしまう事だ。肉体的な意味でも精神的な意味でも》」

「……は? そんなの当たり前じゃない。何を言ってるのよ?」

 

 あまりにも当然の回答に、素の声が出てしまう。

 ――子供が成長してしまう? 何を言っているのコイツ。生きてんだから当然の事じゃない。

 

「《そう、当然の事。当たり前の事。仕方の無い事。この世界の法則ではそうなっている。……子供は純粋だ。だが、それはほんの一時の間。成長すると共に、世界観が広がり、外部からの影響を受け、その純真性が失われてしまう。天使の様な無垢なる笑みが打算を含んだ嘲笑へと替わっていくのだ! 大人の影響を受け、真似をし、髪を染め、横柄な態度を取るようになる! 悪い輩と連れ立って、物を盗み、平気で嘘をつき、人を傷つけても眉一つ動かさず! 嘲笑すら浮かべる様になる! 白き精神が陵辱され、暗黒に染まりきり、腐り落ちてゆくのだ! 私にはそれが我慢ならない!》」

「ちょ、ちょっとっ!?」

「《悪いのは大人なのだ。情報の精査もせず、ただ金になるからと悪質な内容を垂れ流す大人。子供は大人の真似しかしないからね。だからこそ誰かが管理せねばならないというのに……》」

 

 鏑木の声は段々と小さなものになって行き、しかしなおもブツブツと話している。

 それはまるで電波の悪いラジオの様であった。

 

(……こいつ、イカレてるわ)

 

 突然大声で喚き散らしたかと思えば、今度は独り言を話し始める。

 このテンションの落差は明らかに精神的におかしい。

 はっきり言えば異常者だ。

 そしてその異常者に子供達は、フェブリは捕らわれている。

 

(どうする? 何とかしたいけど、今の私の力じゃ……)

 

 グッと力を込めてみる。

 脳内で演算を行い、電撃を放出しようとする。

 しかしダメだ。

 9歳児に戻った身体では、放電すらままならない。

 これが超電磁砲(レールガン)の御坂美琴かと思うと泣けてきてしまう。

 そうこうしている内に、鏑木の声は明るい口調に変質し唄うように語り掛ける。

 

「《――だから思いついたのさ。だったら成長(・・・・・・)させなければ(・・・・・)良いとね(・・・・・)。その為に数十年の時をかけて計画を練ったのだ》」

 

 唐突に廊下の壁がせり上がる。壁に刻まれた幾何学模様だと思えば、それは扉だったようだ。

 鏑木は何も言わないがここに入れという意思は明確に伝わって来た。

 美琴は無言で従い、扉に足を踏み入れ、そこで短い悲鳴をあげた。

 

「――ひっ!?」

 

 そこにあったのは鯨が入るんじゃないと言う位の巨大な水槽。

 そして水面に浮かぶ巨大な脳みそだった。

 

「《かつて、ガーデンと呼ばれるシステムがあった。仮想現実を作り出し、現実と寸分変わらぬもう一つの地球を作り出す超高度な演算処理システムだった。――だが、思わぬトラブルがあり、ガーデンは破壊されてしまった》」

 

 水槽に浮かぶ巨大な脳みそがブルブルと蠢きだす。

 小刻みな微振動を繰り返し、水泡をボコボコと吐き出していく。

 ――生きている!? 美琴の目は見開かれ、表情は驚愕に染まる。

 

 そして脳のシワの間から出来物の様な突起物が何個も浮き出て来る。

 その丸い突起物は真ん中部分が突如として割れ、中から白黒の斑点の様な球体が顔を覗かせる。

 美琴は最初それが何なのか分からなかったが、光沢を放つ黒点を見てやっと理解した。

 それは目だった。

 大小合わせて16もの瞳が一斉に美琴を見ているのだ。

 

「《ようこそ。我が本体の前に》」

「ま、さか……。あ……んた、鏑木……?」

「《いかにも。私の肉体は病で既に朽ちる寸前だったからね。フェブリの能力で、こうして拡張延命させてもらっていたのだ》」

 

 鏑木はくぐもった笑い声をあげ、話を続ける。

 

「《ガーデンの計画は頓挫した。だが、アイデアは残った。私の脳を巨大な演算装置とする。それをフェブリの能力でさらに拡張させ、ガーデンと同じ世界を作り上げる。完成した世界は現実と寸分違わないもう一つの世界となる。――そして人員。この時の為に私が選んだ選りすぐりの子供達。彼らと共に、我々はこの世界から御暇する。――場所はだれにも邪魔をされない空間がいい。次元の狭間……。そこで永遠に朽ちず、稼動できる肉体に変化させてもらう。フェブリの能力ならばそれが可能なのだ》」

「ま、さか……。その為にあすなろ園の子供達を……?」

「《私の事だけを慕い。私の事だけを愛し、私の為だけに笑みを浮かべてくれる子供達。そこで紡がれる穏やかで心安らぐ生活。その永久に続く楽園で、永遠の時を過ごすのだ。その事に何の不都合があるというのだね?》」

 

 脳みその眼球が一斉に歪む。

 もしかしたらそれは笑っているのだろうか。

 その威圧感に、存在の不気味さ、生理的嫌悪感に、美琴はヨロヨロと一歩後退する。

 美琴の身体が本能的にこの鏑木から遠ざかりたいと思った為だ。

 だが美琴はその感情と肉体の恐怖を必死に押し殺し、その場に留まる。

 

「ふっ……ざけ……ないでよ……。永遠に歳も取らず、永遠に成長しない人間を作って、永遠に生きるですって……? そんな自分勝手な都合に、一体何人の人間を巻き込んだのよ!」

 

 今、美琴の体を押し留めていたのは怒りだ。

 自身から湧き上がる圧倒的な怒りの感情。

 目の前の鏑木から発せられる、ある種悪意の塊の様な負の感情。圧倒的な邪悪。

 それを目の当たりにした事により沸き起こった純粋な怒りだった。

 

「子供は成長する生き物よ。他人と触れ合い、世界を広げ、学習して、大人になっていくものなのよ。その過程で友情を育んだり、好きな話題で盛り上がったり。……時には相手を好きになったり……。そうやって成長していくものなのよ! ……なのにその可能性の芽を全て摘みとって、一つの世界に閉じ込めるなんて……、そんな道理、私が許さない!」

「《ほう……?》」

「私の身体に変えても、絶対に阻止してやるわ! フェブリを……子供達を、解放しなさい。そうしないと――」

「《――そうしないと? どうすると言うのだね? その小さな身(・・・・・・)体で一体何が(・・・・・・)出来ると?(・・・・・)》」

「うっさい! そんなの分かんないわよ! でもね、このまますんなりと事が運ぶと思ったら大間違いよ! ――足掻いて、足掻いて、足掻きまくって、徹底的に嫌がらせしてやる!」

 

 言うが早いか美琴は脱兎のごとく駆け出し、廊下へと飛び出した。

 

「《……クックック。――アッハハハハハハァ! 良い、実に良い。それでこそ屈服させ甲斐があると言うもの。》」鏑木の笑い声が木霊する。その笑い声は室内だけではなく、スピーカーを通して廊下にまで響き渡る。

「《逃げたまえ。逃げて、逃げて、その果てに絶望しか無い事を知った時、初めて理解するはずだ。この鏑木光洋からは逃れられないと。そして私に感謝するはずだ。”新しい世界に連れて来てくれてありがとう”、”貴方なしでは生きていけない”と。――なるさ、必ず成る。ならなければならない。必ずそうさせてみせる!》

 

 

 

 

 

 

 

「――? あれ?」

「どうしましたの、初春?」

 

 パソコンに向かう初春から漏れた妙な声。黒子はその声につられ、同様に画面を覗き込む。

 

「それが妙なんですよ。敵は23学区を中心に放射状に広がり、道路を封鎖しています。ですがここ(・・)

 

 初春がディスプレイを指差す場所はただの一般道路であり、本来なら敵に真っ先に封鎖されている道だ。

 

「ここだけ敵の包囲網がまったく無いんです。まるでここだけ敵の死角になっているみたいに」

「……なんですって?」

「オマケにその周辺に配置された駆動鎧は機能不全に陥っているのか、まったく動く様子がありません。どうしちゃったんでしょうかね? 一体全体」

 

 確かに妙だ。

 監視衛生からの映像なのである程度の拡大しか出来ないが、初春が指摘した一角だけ警備が異常に薄い。

 いや、薄いなんてものじゃない。完全にザル警備だ。

 

 警戒態勢に当たっているはずの駆動鎧達は仰向けに転倒したり、あらぬ方向にただただ佇んでいたり。中には腕立てをやっている輩もいる。

 オマケにトレーラーの隊員たちは武装を解除して談笑し、その他の隊員も焚き火を組んで暖を取っている。――8月の真夏日だと言うのに!――

 そして黒子が異常だと感じたのは、その場にいる隊員の誰もがその事を異常(・・)だと感じていない点だった。

 

(これは敵の罠なんて生易しいものではありませんわ。

 明らかに何らかの能力によるもの。

 もしこれが罠だとしたら、あの場にいる全員、アカデミー賞モノの演技力という事になりますわ)

 

 しかし分からない。

 一体誰が?

 この状況で何故こんな真似をするのだ?

 

(まったく、これから出撃と言うときに、思わぬ不安要素が出てきてしまいましたの)

 

 黒子は目頭を軽く擦りながらぼやく。

 思わぬトラブルで知恵熱が出そうだったからだ。

 しかしそんな彼女を悩ます要因がもう一つ、カメラの映像から飛び込んできた。

 黒子は咄嗟に叫ぶように言う。

 

「初春! ちょっとここ、拡大できますの?」

「え、ええ? なんなんです、白井さん?」

「いいから早くですの!」

 

 あまりの急かし様に、驚きつつも初春は監視カメラの映像をズームさせる。そこに映っていたのは――

 

「じ、仗助さんっ!?」

 

 やはりそうだ。遠目からでもこの特徴的な髪型は見間違えるはずも無い。独自ルートで向かうと言っていた東方仗助と八雲憲剛。彼らの姿が映りこんでいたのだ。

 仗助が乗ったバイクは、まさに黒子達が話していた敵の作り出した死角。その中に突入している最中であった。

 

「あんの、トサカ頭が! 思量深さの欠片も持ち合わせておりませんの!?」

 

 黒子は怒り心頭で仗助の携帯にコンタクトを試みる。

 電話は数秒ほどコールした後すぐに出る。

 

「――仗助さん! 無茶をするなとあれほど申しておりましたのに! 敵の誘いにわざわざ食いつくなんて、馬鹿ですの!? あなたは!」

『うおっ、いきなりそんな大声でがなりたてるんじゃあねーよ。事故っちまうじゃねーか』

 

 開幕早々の先制攻撃に仗助は怯んだ声をあげる。ちなみにカメラの映像では、その瞬間のバイクは大幅に蛇行していた。

 

「馬鹿じゃなければ空け者(うつけもの)ですわ。貴方まで捕らえられたらどうなさるおつもりでしたの」

『なんだよ。心配してくれてんのか?』

「まあ……そりゃあ……。貴重な戦力ですし……。別に仗助さんの事が心配とかそういった他意は微塵も無くてですわね……」

『悪ィ。風の音で何言ってんのか全然聞こえねぇ』

「この馬鹿! とにかく止まって身を隠しなさいですの!」

 

 再び響く黒子の罵声。だが今回は仗助も取り乱しはしなかった。

 

『それは出来ねぇな。せっかくのチャンスなのによ』

「チャ、チャンス?」

『ああ。俺達はこのルートを警備員(アンチスキル)から逃げながら偶然探し当てた訳なんだけどよ。このルートはどこか奇妙だぜ』

「……どういう、ことですの?」

『この道に入ったとたん、敵の悪意がまったく感じなくなったと言うか、視界に入っていないと言うか……。とにかく何の追っ手も迫ってこねぇんだ。まるで、誰かが能力を発動したみたいな感覚っつーか』

 

 黒子が感じていた違和感を状助も述べる。

 決まりだ。

 やはりこれは何らかの能力が発動した事による影響。

 状況から鑑みるに、その第三者も敵の包囲網を突破する為に能力を発動させた。

 そして敵の戦意を削ぎ、そのまま包囲網に突入していった。

 

『敵か味方かは分からんが、どうやらソイツも俺達と同様に23学区に用件があるらしいぜ。どの道もう時間はねぇんだろ? せっかくだからよぉ、俺はソイツを利用させてもらうぜ』

「――ハァ」黒子はため息を一つ吐き出す「……まったく、こちらにも都合ってモノがありますのに、好き勝手動いてくれますわね」

 

 黒子は初春、涙子、木山、固法、そして光子達に目配せをする。「ですがまあ、それでこそ仗助さんといった所ですわね。何と言うか、非常に貴方らしいですわ」

 

 固法は赤いジャケットを羽織り、涙子は持参した金属バットを装備し、初春達は互いにコクリと頷きあう。

 その場にいる全員が準備を終え、いつでも出撃できる体制を整えていた。

 

「虎穴に入らずんば何とやら。仗助さんはそのまま前進して下さいですの。(わたくし)達も、後からすぐに駆けつけますわ」黒子は携帯を切ると、くるりと転進。その場にいる全員に視線を這わせた。そして同じ目的を有す七人の同士に対し、こう宣言した。

 

「さて皆さん。準備の程、よろしいですわね。ここから先は一世一代の大勝負。派手にブチかましますわよ!」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。