前方、二車線に広がるようにして複数の乗用車が行く手を遮っている。
仗助は小回りが効くバイクの特性を利用し、隙間を見つけて強引に割り込む。
パッシングをされるがそんな事気にしてられない。
右の車線に無理やり入り、相手の車をうまくさばけば、続いて左の車線へと移動する。
そうやって車線をジグザグに走行し、気が付けば最前列へ躍り出ていた。
「――仗助君。まさか本気なのかい! 彼女達をおいて、本当に尻尾巻いて逃げるってのかいッ!?」
加速する度に唸りをあげるエンジン音と風を切る音のせいで、殆ど声が聞こえない。その為、自然と出す声も大きくなる。
八雲の擦れ飛ぶような声を後に聞きながら、仗助は右スロットルを手前に回しさらに機体を加速させる。
「まさか、見くびって貰っちゃあ困るぜ! この仗助君、戦略上撤退する事はあっても、戦いそのものから逃げ出す事はありえねぇ!」
「じゃあ勝算があるんだね。この、全力で後退している状況からの巻き返しのアイデアが!」
「……ソイツを今考えてる所だ」
「やっぱり、ただ逃げてるだけじゃあないかーーーーっ!」
「ちょいと静かにしな! 舌噛むぜッ!」
目前に迫るT字路。
仗助は機体を傾けると、すばやく右へ体重移動。速度を殆ど緩める事無くコーナーリングを曲がる。
身体にかかる強烈なGに、八雲は仗助の服の端を強く掴み、振り落とされない様必死に耐える。
「ぐっ、ぎ……ッ……ッ!?」
凶悪な遠心力に抗う事数秒。
やがて加速が終わり、全ての重さから解放される。
しかし、安心はまったく出来ない。
「それで仗助君。マジな話、これからどうするんだい?」
八雲が再度仗助に問いただす。
現在市道を走行中だが目的があってのものでは無い。
やたらめったら、ただただ逃げ惑っているだけだ。
黒子達の居るマンションからはどんどん遠ざかっており、このままでは取り返しの付かない事態に陥りそうだ。
だが、あの二人のスタンド使いをどうにかしない限り、戻っても全滅という非常な現実しか待ち受けていないだろう。
特にあの一柳美佐の能力は危険だ。
「――仗助君がそこまで言うなんて……」
「お前も実際体験したんだから分かんだろ。あの猫目女の能力。
何か飛ばすタイプで、相手に暗示か何かをかけるスタンドだと俺は見たぜ」
他人を操るタイプのスタンドとは、仗助は一度戦った事がある。
『ハーネスト』事、関谷澪吾だ。
そいつも他人を思いのまま操るのが大好きなヤツだった。
その関谷と同じ匂いを、仗助はあの猫目女から感じ取っていた。
つまり――
『他人がどうなろうが自分さえ楽しければ良い』という刹那的な快楽主義者の匂いを、である。
あの時、銃弾が当たる前に八雲が庇ってくれなかったら、確実に自分は五階から転落死していただろう。
例え死ななかったにせよ、肉体に深刻なダメージを負って、再起不能になるのは確実だ。
あの女は、それを承知で撃ったのだ。
「ああいう手合いは厄介だぜ。自分が楽しむ為なら何だって犠牲にしてくるからな」
ドサクサに紛れてフェブリを連れて来た事によって、結果として奴らの集中をこちらに逸らす事が出来た。
黒子達の安否は気がかりだが、今は追っ手をどうにかしなければならない。
ここでやられたら救出処では無いのだから。
「――くそっ、やっぱり向こうの方が早ぇ!」
バイクのサイドミラーを見て、仗助は思わず唸る。
直線での加速力は此方の方が上だ。だが、コーナリングの際の足回りは向こうに軍配が上がる。
相手に確実に距離を詰められ接近されつつあった。
「な、なんでッ!? バイクでさえ車の列を追い越すのに苦心したって言うのに、あいつ等はどうやって追いついたんだッ!?」
「そりゃ簡単だぜ、八雲。サイドミラーでバッチリ見えたからすぐ分かった」
「え?」
その言葉に八雲は後方の黒いバンを確認する。
佐々木総一郎の『ソードキル』。
伸縮自在の剣のスタンドを限界まで延ばし、対象である乗用車のタイヤ部分を切断。
そのまま悠々と仗助達を追撃していたのだ。
「――納得。ああやって進行方向を塞ぐ邪魔な乗用車を排除していたのね……」
後には横転、激突、黒煙の三拍子揃った交通事故の惨状が出来上がっていた。
その様子に街を行く通行人がざわめき始めている。
「見境なしだな、やたらめったら攻撃しやがってッ」
邪魔者が居なくなったバンが、ついに仗助を捕らえる。
スピードをグンッと上げて、バイクの横につけられる。
「ッ!」
車両から佐々木総一郎と一柳美佐の二人が鋭い視線を送ってくるのが見えた。
――この感覚は何かヤバイ!
直感的に何かの攻撃がこちらに来ると予測した仗助は、フロントブレーキを使い減速させる。
急激にかかるGに下っ腹に力を入れつつ耐え、奴らを追い抜かせる。
「――ッ!?」
その瞬間に先程自分達がいた位置に対し、『ソードキル』が鋭い一撃を放っていた。
ドアを突き破り、姿を見せたスタンドは研ぎ澄まされた刀そのもの。
それが瞬く間に軟体の触手状に形を変形させ、こちらに攻撃の刃を伸ばして来た。
一直線に襲ってくる鋼の刃。
当たれば大ダメージ間違いなし!
「――野郎ッ!」
対する仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』で向かい打つ。
最初の一撃で刃を弾き、二撃目で腹の部分からバキバキに叩き折る算段だ。
互いのスタンドが激突するまで残り数メートル。
しかし――
「――ちぃッ!」
軌道が変わった。
蛇の様に拳の間をすり抜け、こちらを突き刺さんと迫ってくる。
仗助は咄嗟にバイクを傾け、攻撃から逃れる。
その外れた攻撃が標識やガードレールなどを巻き込み、鋭利に切断されていった。
「仗助君! マズイッ、ここで戦うのはマズイ! 通行人に被害が出る!」
「分かってる! まずい感じに引っかかっちまったからなぁ。――このまま直進はしない!」
目の前の信号が赤に変わる。
それに伴い、交差点から歩行者が歩き出す。完全に行く手を遮られる形となってしまった。
このままではヤツラに追いつかれてしまう。
「しかたねぇッ! ちょいと交通違反だが、裏道を行くぜ!」
「う、裏……っ? ――ってまさかぁ!?」
仗助は車体を傾けると1速ずつクラッチを繋ぎながらシフトダウン。右に大きく切れる。
そのまま植木をなぎ倒して歩道に乗り上げ、ビルの裏路地へと入っていく。
小回りが効くバイクならではの芸当だった。
佐々木達を乗せた黒いバンは、急停車してビルの間で立ち往生している。
「やった! ヤツ等は入ってこれない! これでヤツ等を巻く事が出来るねッ」
「まだ安心は出来ねぇ! このまま引き離せるだけ引き離す! 反撃はそっからだ!」
車が通り抜け出来ない裏路地に入ったとはいえ、この狭い一本道が塞がれてしまえば、それだけで詰みだ。
追っ手が何人いるか分からないが、囲い込まれる前にこの通路から脱出した方が無難だろう。
その為には、早急に車道に復帰しなければならない。
仗助はクラッチレバーを握りチェンジペダルを踏み込むと、アクセルを開け機体を加速させる。
途中におかれたゴミ箱に接触すると、中のゴミ達が盛大に宙を舞い、地面に散らばっていった。
☆
「――もしかして、これでぼく等を撒いて、『やった! これで
ビルの隙間へと消えた仗助達を見送りながら、不敵な笑みを絶やさずに美佐が嗤う。
くすくすくすくす。――まるで、面白いゲームを思いついた悪戯っ子の様な、悪意に満ちた表情を浮かべ、自信のスタンドを出現させる。
それは見た目の印象で言えば、クロスボウに近い印象を見るものに与えた。
銃床の先端に弓を載せたような形状。
唯一の違いは生物的に動く6本の足だ。
まるでカニの横這いのように並行方向で自立するソレは、美佐の右腕をガッシリとその6本の足で固定すると、そのままの状態で動かなくなった。
美佐はそのスタンドを『サザン・コンフォード』と呼んでいた。
バカな州兵が敵の反撃に合い、疑心暗鬼、仲間割れの末に次々とやられていく爽快な映画がネーミングの由来だ。
このスタンドの名称にぴったりだと思った。
自分の行動によって、相手が右往左往する様を見るのは本当に面白い。
「美佐。相手がどうなろうが知った事ではないが、目標だけには手を出すなよ」
「にゅっふっふっふっふっふっふ」
総一郎の言葉を聞いているのか居ないのか、美佐は不気味な笑い声だけを上げ続けている。
「そこの黒い乗用車! 両手を頭に組み、そのまま降車せよ! 道路交通法違反の容疑でお前達を拘束する!」
気が付くと銃器を装備した隊員達が黒いバンを包囲していた。
恐らく監視カメラの映像から車両を特定してきたのだろう。
銃口をこちらに向け降りてくるように促してくる。
「どうやら情報操作に混乱が生じているらしいな。フェブリを回収するまでは、目を瞑ってもらう取り決めだったのだが」
総一郎は「運が悪い」と呟き車から降りる。
しかしそれは自分に向けての発言ではない。彼らに対しての言葉だ。
「集まってくる、集まってくる……、まるで花の蜜に群がる蜂のように、うってつけのが集まってきたにゃあ」
美佐は総一郎同様車から降りると、何の躊躇も見せずに銃口を向ける
『サザン・コンフォート』が発現させたスタンドの矢。
それが問答無用に
「――え?」
刺された隊員は最後まで自分に何が起きたのか分からなかった。
『スタンドはスタンド使いにしか認識出来ない』。
だから、自分の脳内に突如として沸き起こった命令にも何の違和感も起こらない。
まったく当たり前の事として行動に移せる。
隊員はくるっと180度方向転換すると、仲間の隊員目掛け銃弾を浴びせ始めた。
「――ッ!?」
突然の仲間の反乱に咄嗟に反応する事が出来ず、銃弾をまともに受けてしまう。
複数の隊員が腕や足を打たれその場に崩れ落ちた。
「続きまして~~♪」
その混乱に乗じて、美佐は『サザン・コンフォート』の矢を複数発射した。
先の隊員同様に、矢はスタンドが見えない彼らに打ち込まれ、銃弾の雨を同僚達に向かい浴びせかける。
「なんだっ! 一体何が起こっているんだ!」
「た、隊長ッ! 我々は一体どうしたらっ!?」
「くそっ、こうなったらやむ終えん! こいつらの戦闘力を無力化しろ!」
たった数秒で状況は一変した。
もはや総一郎達を拘束するどころではなかった。
隊員達は原因も分からず、自分達に対し攻撃を仕掛けてくる同僚達と戦闘を始める事となってしまった。
相手を一人倒し二人倒し、しかしすぐさま仲間だと思っていた隊員に後から撃たれ行動不能にさせられてしまう。
もはや誰が仲間で敵なのか分からない、お互いがお互いを疑心暗鬼で信じられない状況が出来上がっていた。
「にゅっふふふふふ~~」
その状況を作り出した美佐は、ニンマリと現状を眺めほくそ笑む。
「誰かが言っていたにゃぁ。人生とは一冊の書物であると。ぼくの『サザン・コンフォード』は、その他人の人生にちょいと付箋を貼る事が出来る能力にゃあ」
『サザン・コンフォード』は生き残っている隊員の一人に再び照準を合わせる。
出現するスタンドの矢。
放たれる偽りの記憶。
その内容は――
『仲間は全て死んだ。殺したのは目の前の連中。躊躇わずに発砲しろ』だった。
「ソレがどんなに矛盾だらけでも、一度張り付かせた記憶は真実を飲み込み、上書きされる。
上書きされた記憶は、そのままその人間にとっての真実となる。
うんうん、やっぱり面白い能力にゃあ。――おっとっと、いけないいけない。このままじゃあ、全滅しちゃうにゃあ」
美佐は隊員が全滅しそうになったのを見て、慌てて『サザン・コンフォード』の矢を放った。
「…………」
その様子を総一郎は冷静に眺めていた。
美佐の能力を信じていたから?
違う。
任務を忘れ、暴走する美佐をどう始末するか考えていたのである。
(――刹那的な快楽を得るためならば、自分の命すら惜しくは無い。フェブリを殺してしまえば始末されるのはこちらだと言うのに……。まったく、快楽主義者というものは、本当に理屈に合わない行動を取る)
総一郎の手に力が篭る。
――いま、この場で殺してしまえればどんなに楽か……。
しかし仗助達を捕らえるには美佐の力を借りなければならない。
自分一人では手に余ることも知っているからだ。
「…………」
力を込めた右手を収める。
(今はまだだ。やるのならフェブリを回収する直前。それまでは、力を利用させてもらうのだ)
「さてと、お遊戯はそれ位にして貰おうか」だから総一郎は美佐にも笑みを湛えた表情を見せ、努めて平静を装った。
「――追跡を再開しよう」
☆
「――そこのバイク! 車体を路肩に寄せ、直ちに停車しろ! 道路交通法違反及び誘拐の容疑で拘束する!」
「くそっ! こいつはまた、厄介なヤツラがっ!」
裏路地から抜け出し、再び車道に戻った仗助達を待っていたのは
トレーラーは猛スピードでバイクを追い上げ、たちまち距離を詰めてくる。
そして車窓を開け、銃口をこちらへと向けてくる。
「おいおいマジかよッ! 善良な高校生相手に銃なんて向けるかフツー!?」
「このまま停車するなら良し! そうで無いのなら痛い目見る事になるじゃんッ!」
窓から姿を見せたのは、長髪を後に束ねた気の強そうな女性だった。
女性は何度も停車するように呼びかけるが、ここで止まるわけには行かない仗助はその言葉を完全に無視した。
すると業を煮やした女性は「鉄装!」とトレーラーを運転している人物に叫ぶと、車体を急加速させ仗助達の前に出させる。
そして思いっきり急ブレーキをかけて来た。
「ッ!?」
突発的な急ブレーキに、瞬時に減速をかける。――だが、勢いを殺しきれない。
車体がぐらつき、大きくぶれる。
このままでは激突する!
仗助はトレーラーをかわす為に車線を急遽変更、左へとよれる。
そこを女性は見逃さず、前輪のタイヤに向かい発砲した。
弾け飛ぶタイヤ。
バランスを崩すバイク。
宙に投げ出される仗助達。
本来ならここで終りのはずだった。
投げ出された彼らは地面にしこたま身体を叩きつけられ、そのまま意識を失うか女性に拘束されるかの未来しか残されていないはずだった。
だが、それは一般の人間の場合だ。
東方仗助は違う!
彼のスタンドは違う未来を掴み取る。
「『クレイジー・ダイヤモンドッ!』」
宙に投げ出された一瞬ッ!
仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』の拳の連打で、バイクを殴りつけた。
破壊されるバイク。吹き飛ぶ様々な部品。
「――ぶっ壊したバイクを、『元に戻す』」
その瞬間、バラバラになったバイクのパーツが空中に浮かび上がり、再び一つのバイクとして修復され始めた。
ネジの一つ一つが、パーツの部分部分が。
仗助が掴んでいるハンドルを起点にして引き寄せられていく。
『クレイジー・ダイヤモンド』の直す力。
それは例え一欠けらの部品でも、大の男を持ち上げる程強力なもの。
仗助達を浮かび上がらせ、空中に停滞させる事などわけも無い事だ。
そして完全に修復されたバイクは、前方を塞ぐトレーラーをパスし、何事も無かったかのように道路を走行して行った。
この間、およそ3秒!
「――ちぃっ! 逃がすか! 鉄装、とっとと奴らを追うじゃんッ!」
「よ、黄泉川先生! 幼い女の子も乗っているんですよ! 大怪我したらどうするんですか!」
黄泉川の指示通りにトレーラーを発進させながら、車を運転していた鉄装 綴里(てっそう つづり)は非難の声をあげる。――幾ら犯罪者相手でもアレはやりすぎだ。
黄泉川はその非難の言葉を「能力者相手に生半可な攻撃じゃこっちがやられるじゃん」と完全に却下した。
「それはそうですけど……もっと方法というものが……」
「んな事より早くあいつ等に追いつくじゃん! アクセルもっと踏み込め!」
鉄装の「わ、わかりましたぁ!」という言葉を聞きながら、黄泉川は目の前を行くバイクについて考えを巡らせていた。
そもそも黄泉川達の対応がこうも早かったのは、周辺のテロ対策の為に巡回していたからだ。
上層部からの情報によると、なんでも『赤い月』なるテログループが、ここら一体を標的とした爆弾テロを行う為、潜伏中らしい。
その警戒中に引っかかったのが仗助達であった。
監視カメラに映っていた危険車両は二台。
ノーヘルで走行するバイクと、それに追随するかのように走る黒いバン。
その内のバイクの方を黄泉川達が担当し、黒いバンは残りの斑が請け負う事になった。
監視カメラの映像を見るに、相手は何らかの念動力の能力を有しているのは確実。
そんな相手に対し、一戦交える事無く無力化するには、奇襲による先手必勝が有効だ。
そう判断しての行動だったのだが、相手は予想外の能力を所有していた。
「一度ぶっ壊したバイクを元の形に戻しやがった。あんな能力
「黒いバンの方に行ったB斑、C斑からも連絡が途絶したままだし……、一体何が起きてるんでしょう」
「それは分からんが、とりあえずあいつ等を締め上げれば、何か分かってくるはずじゃん。見失うんじゃないぞ」
こうなれば根競べだ。
相手が壊れたものを復元できる能力を持っているのなら、何度でも同じようにしてやる。
抗う意思を挫き、根負けさせてやる。
「大人を舐めた報い、その身をもって知るといいじゃん」
「――せ、先生。黄泉川先生ッ! 後っ!」
黄泉川が賊を逮捕した時にどうしてやろうかと色々妄想を膨らませていると、鉄装の悲痛な声によって現実に引き戻された。何をそんなに慌てふためいているのか――
その瞬間、大きな衝撃が後から襲ってきた。
「な、なんだ!?」
「あ、
その黒いバンを追跡し、そのまま音信普通となっていたトレーラーが二両、猛スピードでこちらに追突してきたのだ。衝撃で、思わず前のめりになる二人。
そしてさらにもう一撃。
もう一台のトレーラーが横から体当たりを仕掛けてきたのだ。
「ひっ、なんで!? どうしてっ!?」
「おいっ、どういうつもりだっ!? 錯乱してやがるのか? 応答に答えろッ、おい!」
「…………」
無線での黄泉川の応答にも応じようとしない。
無線はオープンで、こちらの会話は聞こえているはずなのに。
「よ、黄泉川先生っ。何かは言っているみたいです。でもすごい小声で……」
相手は頻繁に体当たりを仕掛けており、その度に金属同士が軋み会う嫌な音が車内に響き渡る。
鉄装はそんな中、必死に聞き耳を立て、相手の会話を拾おうとする。
「え……うそ」
やがて会話の内容が分かる。
相手は短い単語を何度も繰り返し反芻していた。
それは
「――了解ィ。……射殺しまス」
だった。
「黄泉川先生ッ、伏せて下――ッ!」
鉄装が悲痛な叫びを向けると同時に、大量の弾丸が黄泉川達目掛けて打ち込まれていった。
☆
「――なんだ!? 仲間割れか?」
突如起こった銃撃音に、仗助は慌ててミラーを確認する。
そこには先程まで仗助と追撃戦を繰り広げていた黄泉川のトレーラーが、今まさに轟音を立て横転している光景が映し出されていた。
黒煙をあげ、無残にも横倒しになっているトレーラー。
その間を二台のトレーラーがすり抜け迫ってくる。――窓口から、こちらに向けて発砲しながら。
「なにっ!?」
銃弾は仗助の真横をかすめ地面に着弾。間髪入れず発砲音が後から響いてくる。
明確な殺意を伴っての攻撃だ。
二度、三度、四度。
立て続けに発射される銃弾を、絶えずバイクを移動させる事でかわす仗助。
その度にかわした弾丸が街の施設を破壊し、その流れ弾はついには通行人の誰かの身体に当たってしまった。
「――野郎っ!」
そのまま立ち上がる事無く動かない通行人を見て、激しい憤りを覚える。
仮にも
これは、明らかにスタンドの能力によるものだ。
「あの、猫目がッ!」
仗助の脳裏に浮かぶ、一柳美佐のニヤケ顔。
あの女の能力に違いなかった。
だとすると、本体はすぐ近くに居るに違いない!
例えるなら、Wi-Fiの電波と同じなのだ。
記憶を書き換えるという強力な能力は脅威だが、その反面、効果が及ぶ範囲はとても狭い。
マンションから転落した八雲の症状が回復した距離を換算しても、恐らく10メートル前後。
効果を持続させる為にも、対象から付かず離れず同伴していなければならない。
(――猫目は、恐らくトレーラー後方にいるはずだ。あの黒いバンでこちらの様子を伺い、弱った所を一気にあのキザ野朗のスタンドでけりをつけるつもりだろう)
これ以上戦いを長引かせるわけには行かない。
状況が長引けば、それだけ周囲に被害が及ぶ。
やるのなら一瞬で蹴りをつけなければ。
その為には、殺る気十分の
しかしそれが果たして可能なのだろうか?
銃弾の雨をかいくぐり、猫目に接触できる確率はどれ位だろうか?
「――八雲。悪ぃが、腹ぁ括ってくれ。こっから先はガチの殺し合いになりそうなんでよぉ!」
仗助は覚悟を決めた。
そしてそれを同席した八雲にも求めた。
命のやり取りに、一緒に参加してくれと頼んだのだ。
「そ、それは構わないけど、勝算は?」
「……今のままじゃあ限りなく低い」
「そ、そんなぁ。もしかして特攻とかいうんじゃあないだろうね」
「それに近いかもな。ここは気合入れないと乗り切れない局面だぜ。――だが死ぬつもりは無ぇ。殺されもしない。俺一人の力じゃあ勝率が低いってだけだ。――だからだ」
仗助は八雲に言った。
「――だから、お前の力も借りたい。この局面を乗り切るにはお前の力が必要なんだ」
「へ?」
意外な申し出に、八雲は驚きの表様を浮かべた。
☆
「――よし、行ける。行けるはずだ。バインダーに収まっているお前の能力。これを使えば何とか行ける」
仗助は『ハートエイク』から具現化したバインダーを見て、作戦を再確認する。
かなり無茶で無謀な作戦だが、勝率は恐らく60パーセント。
仗助単体で敵陣に突っ込む事を考えれば遥かに高い数字だ。
「この作戦の要はお前だ。30秒しか発動しないというお前の『ハートエイク』。
その30秒に全てがかかっている。俺らの命、お前に託すぜ」
「やめてくれよ、その重たいプレッシャーは。何が何でも成功させなきゃならないじゃあないか」
八雲が抗議の声をあげると、仗助は「すまね」と謝罪の言葉を述べた。対する八雲も「――ったく。今更ながらだけど、こんな馬鹿げた作戦思いつくのは君位なものだよ」と毒付くが、心なしか緊張は解れたようだ。表情は幾分和らいでいる。
「まあそういうなよ。無い頭振り絞って必死こいて考えた作戦なんだからよぉ。カタに嵌れば勝率100パーセントの作戦よ」
現在走行している通りは見覚えがある。
このまま直進するともうじき交差点に差し掛かるはずだ。
その手前で勝負をかける。
「ちなみに、フェブリちゃんはどうする? 下手すりゃ巻き添えを食うことになるよ」
「こいつは一時的に”降ろす”。お前の能力ならついでに草むらに隠す事くらい余裕だろ? 決着までの数分、大人しく寝ててもらうさ」
「本当ならフェブリちゃんの能力でヤツラを撃退出来たらよかったんだけど……」
八雲はバインダーに入れてあるフェブリのカードを見る。
【%*e **e 'o~#< %o@n】創@し#エ*ル&ー=具$化さ*!る‘力。
フェブリの能力は現在何故か使用できない。それどころか至る所文字化けすらしている。こんな事は初めてだった。
「なんだろう、この感じ。コピーした時にも感じたんだけど、フェブリちゃんの中に隠れていた”何か”に触れたようなこの異質感」
八雲は思案する。ひょっとして自分が知っているフェブリの能力はほんの一端で、本当の力は別の所にあるのでは無いだろうか? だからカードにも名称が出てこなかったし、スタンドのビジョンすら見えない。
自分の時にもあったではないか。能力の覚醒にタイムラグがあった事が。
もしかしてそれが今なのでは――
その八雲の思考は、仗助の「おいでなすったぜ」という言葉に中断を余儀なくされる。
八雲は思考を切り替えると、意識を視界に入ってきたトレーラーに集中させる。
トレーラーは二台、車線を塞ぐように走行し、壁のようにがっちりと防御している。
あそこを突破するのは容易ではないだろう。
命の保障などどこにもない。
ましてや、これで助かるという保障もない。
だがやらなければ、完全なゼロだ。
「……今ふと思ったんだけどさ。半分位、僕頼みの作戦だよねこれ。って事は奴らを倒したら、その功労者は僕って事になるよね。――後でなんか奢ってくれよな」
「言う様になったじゃあねえか。お前、本性は性格悪いだろ。――だがまあ、1000円以内なら考えてやらん事も無いぜ」
「これから死ぬかもしれないんだから隠し立てしてもね。……一撃で仕留めてやるさ」
「死ぬなよ、相棒」
「そっちこそね」
仗助と八雲はお互いの拳をコツンと合わせると、無言で頷きあった。
目前に迫る交差点。
それはグングンと眼前に広がり、一瞬の内に視界から消える。
追い抜いた!
それはつまり、決行の合図だ。
「――んじゃあよぉ! おっぱじめるとすっか!」
仗助はバイクに急ブレーキをかけ減速させると、車体を180度反転させる。
地面に焼きついたゴムの匂いを充満させながら、自分達に迫るトレーラーと向き合う。
もうすぐヤツラも交差点を越えてくるだろう。
だが、それをさせるわけにはいかない。
「…………」
一秒にも満たない一瞬の間。
身体を震わすエンジン音だけがその場を支配する。
周りの雑音全てが消え去り精神が研ぎ澄まされていく。
――自分はやれる。
理由なき根拠は力となり、身体に勇気と活力を与える。
「いくぜっ!」
仗助はこれからやるべき事を瞬時に再確認し、アクセルを開けると、トレーラーに向かい突入していった。