とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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「ソードキル」の佐々木総一郎と「サザン・コンフォート」の一柳美佐 その①

「もらったっ!」

 

 仗助に向かい振り下ろされる佐々木総一郎のスタンド『ソードキル』。

 鞭のようにしなるその刃は、触れるもの全てを切り裂く凶悪な意思をもって仗助を狙う。

 

 だが、その攻撃は直前になって中止された。

 変わりに回避行動をとり、攻撃を避けようとしている。

 仗助の攻撃はまだ届かない。

 だったら、一体誰からの攻撃に?

 

 その疑問に答えるように仗助の背後から閃光がまたたく。

 直後に走る一筋の電気の帯。

 身をかわす佐々木総一郎。

 反応すら出来ず、次々と吹き飛ぶ駆動鎧(パワードスーツ)

 破壊される仗助の部屋。

 ――って、ちょっとまておい。

 壁を貫通し、見通しの良い青空がぽっかりと口を開けているその光景に、数秒送れて仗助が反応する。

 

「盛り上がってるコト悪いけど――横槍、入れさせてもらうわよ」

 

 背後から聞こえる女の声。――やはりそうだ。こんな真似が出来るのは、仗助の知る限りたった一人しかいない。

 

「――厄介だな。レベル5を相手にしなくてはならないとは……初手で行動不能に出来なかったのは大きいぞ」

「そんな心配する必要ないわ。これから数秒後に、アンタは黒焦げになるんだから。……佐天さんと、黒子の分、きっちりのし付けて返してやるわ!」

 

 体中を放電させながら、姿を現したのは御坂美琴だった。

 美琴は敵意の篭った視線を総一郎にぶつけ、臨戦態勢をとる。

 

「僕がいるのもお忘れなく!」

「なにっ!?」

 

 総一郎の死角から突如現れた八雲が手にしていたのは、何の変哲も無いハサミ。

 それを、手の平から一瞬で総一郎の右上腕部に転移させた。

 白井黒子の空間移動(テレポート)をコピーした、ハートエイクの能力だった。

 

「僕は白井さんと違って、悪人には容赦ないから。バンバン転移させちゃうよ。再起不能になるくらい無慈悲にね」

「ぐうっ!?」

 

 右腕を襲う激痛に顔をしかめながら、総一郎はスタンドを片手に持ちかえ応戦する。

 しかし利き腕を封じられて放たれた一撃。勢いは殺され簡単に身を交わす事が出来る。

 

「さてさてさて~~。次は何処に転移させようかな」

 

 八雲の両手にはこの部屋の小物類がずらりと。

 

「ちぃ!」

 

 たまらず総一郎は片手を挙げる。

 恐らく増援の合図だったのだろう、再び駆動鎧がわらわらと数十体現れ、一斉に向かって来た。

 それを仗助達は、余裕の笑みを浮かべ迎え撃つ。

 

「御坂美琴! オメー、電撃撃つなら撃つって事前に言えよ。俺にも当たるとこだったじゃあねーか」

「は? 『今から撃ちますよ』何て声かけてたら奇襲になんないでしょーが」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』がその豪腕で、襲い掛かる駆動鎧を次々と滅多打ちにする。

 鎧は破壊され部品が弾き飛び、中の電子機器が火花をあげる。

 

 美琴の攻撃はもっとシンプルだ。

 天上に張り巡らされた室内配線から磁場を作り、張り付いた美琴はそのまま敵陣へむけ飛翔。

 複数の駆動鎧を巻き込む様に、電撃を広範囲に発生させる。

 

「しかも俺の部屋にこんな大穴空けやがってっ! いくら俺の『クレイジー・ダイヤモンド』でも、この世からこそぎ取られちまったものは元に戻せねーんだぞ!」

「なによ、助けてやったのに。大の男がチマチマチマチマ、ウッサイわねぇ。壊れたんなら、新しく立て直せばいいじゃない」

「くっ、一般市民とお嬢様の金銭感覚にこれ程の違いがあるとは……。まあ、ツケは全てコイツ等に払わせるとしてよぉーー」

 

 仗助と美琴。

 互いに背中合わせとなり、総一郎に向き直る。

 

「まずはテメーだ。ここまで舐めた真似したんだ、テメーには洗いざらい色々と話して貰うぜ」

「う、うわわっ、仗助君。バッチリ決めてるトコ悪いけど――」八雲のが悲痛な声をあげて言う。「早いトコ助けてくれると嬉しいんだけどっ。調子に乗りすぎたぁ!」

 

 見ると八雲が、総一郎の変化する刃の攻撃に晒されていた。

 ――ハートエイク。相手の能力をコピー、使用する事の出来るスタンド。

 ただしその使用時間は30秒とかなり短い――

 変則的、伸縮自在に動くスタンドに対し、ハートエイクはあまりに無力だった。

 

「――ったく、締まらねぇなぁ、オイ」

 

 仗助は頭をガリガリと掻きつつも、親友の危機に即座に反応する。

 

「アレは俺が仕留める! 御坂、雑魚の一掃は頼む!」

「しょーがない、頼まれてあげるわよ! くれぐれも返り討ちにあわないでよね」

 

 残りの敵を美琴に任せ、仗助は総一郎目掛けて突き進む。

 

「八雲ぉ! しゃがめ! ――ドラァッ!!」

 

 仗助はとっさに拾ったボールペンを、『クレイジー・ダイヤモンド』で総一郎目掛けて投げつける。

 残像を伴う程速度が乗ったボールペン。

 それはもはや凶器だ。

 総一郎は自身のスタンドで一直線に向かってくるそれを叩き落す。

 

(そうせざるを得ないよなぁ! 身を守る為に、お前は攻撃を止めざるを得ない!)

 

 自分に振り下ろされるはずの一撃がキャンセルされた事を察知した仗助は、そのまま真っ直ぐに総一郎目掛けて突っ込んでいく。しかし、ただ一直線に向かうわけではない。

 

「ドラララララララララララッーーーーッ!」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』は移動しながら連打の嵐で床を次々にブチ破っていく。

 仗助の周囲に舞い上がる大量の床の破片。

 それらを、部分的に直す(・・・・・・)

 手の平大、楕円形状に直した床の欠片を、『クレイジー・ダイヤモンド』はフリスビーのごとく次々と投げつける!

 

「初見じゃあちと驚いたがよ。スタンドの特性が分かれば何て事ねぇぜ。お前のスタンドの形状が『剣』である以上、身を守る術は一つっきゃねぇよなぁーー!」

 

 超高速の投擲。

 それも一つではなく複数。

 総一郎はスタンドでの攻撃を諦め、回避、もしくは防御行動を取らざるを得ない。

 いくらスタンドがあらゆる物体を切り裂く危険な代物だとしても、攻撃する手段を封じてしまったのならそれはもはや脅威ではない。

 

「『攻撃は最大の防御』ってヤツだぜ。このまま強引に押し切って、再起不能になってもらうぜーーッ!」

 

 仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』を繰り出し仕留めにかかる。

 振り下ろされる右腕。

 避ける暇も無い総一郎。

 勝敗は決した――はずだった。

 

「――ッ!」

 

 仗助はその拳を咄嗟に止めた。

 理由は特に無い、しかし何か嫌な予感がした。

 追い詰められ、絶体絶命なのはこの男のはず。

 なのに、総一郎の口元には笑みが零れ落ちていたのだ。

 

「舐めてたよ、正直に言うと。まさか君達がここまでやるとは……。かなり戦闘慣れしていらっしゃるようだ。

 よって、正攻法での捕獲は諦める」

「なにっ!?」

 

 総一郎の言葉が何の意味を持つのか仗助が分かりかねていると、突如甲高い音が室内に流れ始める。

 マイクのハウリングを強くしたかのような、少々耳障りな音。

 しかし別段何がどうなったという訳でもない。

 体調にも、精神的にも、なんら違和感は感じない。

 

「何も感じないかい? それは当然だ。これは君たちに向けての攻撃では無いからね。正確に言うと、スタンド能力(・・・・・・)以外の能力者(・・・・・・)に向けての(・・・・・)攻撃なのさ」

「!!」

「う……ぐぅ……何これ? 頭……が……」

「御坂!?」

 

 美琴の様子がおかしい。

 両耳を押さえ、苦しそうに地面に蹲っている。

 良く見ると様子がおかしいのは美琴だけではない。

 意識を失っているはずの黒子も、涙子を懸命に庇っている初春もだ。

 皆揃って両耳を押さえ、もがく様はあまりにも痛々しい。

 

「キャパシティダウン、と言うそうだよ? 能力者向けに開発された音響兵器の名称。私も詳しいことは分からないが、要するに音波によって能力者の演算機能を阻害させるらしい。――ま、私達にはただの甲高い音にしか聞こえないがね」

 

 ――チュィィィィィンと、一歩前へ踏み出る駆動鎧。コイツだけ他の機体と違い装備が違う。

 武装は無く、何やら重そうな機材を背中に背負っている。

 美琴達を苦しめている音を出している元凶は、コイツか。

 

「てんめぇええええええぇぇぇええーーーーッ!」

 

 仗助は吼えた。

 怒りの形相そのままで駆動鎧に向かおうとする。

 その行動を、一発の銃弾が阻止した。

 

「ぐあっ!」

 

 本来なら仗助の腹部に直接打ち込まれたはずの弾丸。

 それを阻止したのは、八雲だった。

 仗助の前に立ちふさがり、身を挺して盾になったのだ。

 

「八雲ぉーーーーっ!」

 

 崩れ落ちる八雲に駆け寄り、すぐさま『クレイジー・ダイヤモンド』でその傷を治そうとする仗助。

 だが――

 

「何だ!? 傷が無い? 撃たれたはずなのにッ。身体に銃弾を受けたはずなのに!?」

 

 八雲の身体には出血はおろか、銃創の跡すら見えない。

 しかしその瞳は空ろで、意識はここでは無い別のどこかへ彷徨いこんでいるようで回復する様子が見られない。

 

「にゅっふふー。東方仗助を狙ったはずなのに。残念無念、ハ~ズレちゃったかにゃー」

 

 駆動鎧の間から能天気な調子の少女の声がする。

 

「遅いぞ美佐。何をしていた」

「いや~メンゴメンゴ。ちょぉ~~っち、素材集めに手間取っちってさぁ~~。でもイベントにはこうして間に合ったにゃりん?」

 

 姿を現した少女は迷彩柄スウェットとパンツを身に纏い、細い目をさらに細くして笑った。

 一見するとどこぞのサバゲーのイベント帰りのような出で立ちだ。

 

 ●一柳美佐(いちやなぎ みさ)。

 ●能力名:『サザン・コンフォート』。

 

「……まあいいさ。これで2対1か。少々手を焼いたが、これで本来の目的を遂行できるな……おい」

 

 総一郎は待機していた残りの駆動鎧に命じると、すぐさま前進。

 フェブリ捕獲のために動き出す。

 まずい。

 美琴の能力は封じられた、八雲も敵の術中に嵌ってしまった。

 このままでは敵にフェブリを奪われる。

 ここは自分が身体を張るしかない。

 仗助は駆動鎧を向かい打つために、

 

「テメー等っ! これ以上来て見やがれ! 全員……」

「あれあれあれ~~? 仗助ちん、お目目が留守ですよぉ。お友達を放っぽっていいのかにゃ~?」

 

 目を細めたまま笑う里奈は、口元を邪悪に吊り上げ、指を指す。

 その指し示す方角。そこは美琴が超電磁砲(レールガン)で開けた壁の大穴がある。

 その穴にいつの間にか空ろな表情の八雲が立っている。

 

「にゅふふふ。お友達思いの仗助ちんは、このまま冷酷にウチ等と戦う! な~んて事しないよねー。なにしろ五階、打ち所が悪ければ即死ですにゃん。……あ、打ち所が良くてかにゃ?」

「仗助君……。僕、死ななきゃ」

 

 八雲は状態を不規則にぐらぐらと揺らすと、そのまま状態を崩し開けた穴から身を投げた。

 

「バッ!? バカなッ! 八雲ォーーーーッ!?」

「バイナラーー♪」手を振り、八雲の旅立ちを祝う美佐。

「うぉおおおおおおお!」

 

 仗助は即座に反応していた。

 床を蹴り、そのまま速度を落とす事無く八雲が落ちた壁へ。

 

 フェブリを守る。その決意に揺るぎは無い。

 だが友達が敵の策略で身投げさせられたのを黙って見過ごし、そのまま戦うなんて真似は仗助は出来ない。

 フェブリは守る。だが友は見捨てられない。

 矛盾しているが、それが仗助素直な感想だった。

 そして八雲の後を負う為、壁の外へ!

 

「東方仗助!」

 

 一瞬聞こえた木山の声。その直後に投げられた何かの切れ端。

 石に包まれたそれはフェブリの特徴的な、ゴスロリの洋服の一部。

 

「切り取った洋服の一部だ! 君の能力ならこの後やることは分かる筈だ! フェブリを、頼む!」

「木山春生!? そうか、わかったぜ、あんたの考えが。無茶だろうが無謀だろうがやってやるさ」

 

 そして仗助は壁の一部を蹴り、五階から空中へと跳んだ。

 

「『クレイジー・ダイヤモンド!』」

 

 仗助は洋服を広げると、『クレイジー・ダイヤモンド』の能力で切れ端を修復させる。

 東方仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』。

 直す際の起点は仗助の意思である程度思い通りにする事が出来る。

 つまり、大本の服を着ているフェブリをこちら側に引き寄せる事が可能!

 

「あにゃにゃにゃにゃ!? 目標が奪われちゃうにゃ!」

「ちぃ!」

 

 咄嗟の事に対応が遅れた総一郎と美佐は、慌ててフェブリを取り押さえようとする。

 

「……させない」

 

 しかしその行く手に美琴が立ち塞がる。

 キャパシティダウンの影響で苦悶の表情を浮かべながらも、それでも全身から電気を放電させ行く手を阻む。

 

「ここは、絶対に通さない!」

 

 美琴は絶叫し電気を総一郎達に向かい放つ。

 威力もコントロールも定まらない一撃だが、それでもいい。

 多少の目くらましになるのなら。

 敵の初動が僅かでも遅れるのならそれでいい。

 そう思い、美琴は力の続く限り電撃を放ち続けるのであった。

 

 

 

 

「八雲ぉ! ちと痛てぇだろうが、我慢しろよォ!」

 

 時間にしておよそ3秒か5秒。

 マンション五階から飛び降りて、地面に激突するおおよその時間だ。

 おそらく瞬間的な体感時間はそれよりもっと短いだろう。

 その瞬くような時間の中で、仗助は八雲を救出しなければならない。

 

『クレイジー・ダイヤモンド』の能力でフェブリを引き寄せる事に成功した仗助は、続けて八雲を救うために能力を発動させる。

 投擲体制をとり、手にした石の破片を八雲目掛けて投げつける。

 ――ギュゥン!

 石は最大加速で八雲を追い越し、先に地表へ向かう。

 

「『クレイジー・ダイヤモンド』。あの石は木山が手渡した俺の部屋の破片だ。だから、戻るのは俺の部屋だ。

 その斜線上に居る八雲を押し上げてなぁーー!」

 

 石は能力発動と同時にくるりと相対速度を緩め、待ったくま逆の方向(つまり上空)へとUターンしていく。

 その際、落下する八雲と斜線が重なり、鳩尾辺りに強烈な一撃を貰う。

 

「――――ゲェッ!?」

 

 短い悲鳴を上げる八雲。

 しかし身体は押し上げられた衝撃で上昇。

 仗助の手の届く射程――『クレイジー・ダイヤモンド』の射程にまで追いつく。

 

「よしっ! 後は、無事にっ!」

 

 仗助は八雲とフェブリの両名を両手に抱き寄せ、迫る地面の衝撃に備える。

 迫る地面。

 それを――

 

「ドラァッ!」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』は仗助達を守るように包み込み、その衝撃を最小のものに抑えた。

 しかし完全には勢いを殺す事が出来ず、お互いにバラバラになる形で地面に投げだされる。

 

「……多少痛ぇが、全員無事に助かったぜ」

 

 どうやら即死という最悪の展開だけは免れたようだ。地面に大の字になりながら「ふう」と安堵のため息を洩らす。

 見上げた空は何処までも青く、この現状が悪い冗談のようだ。

 しかし、これは現実だ。

 ――チュィイィィィィィン。という駆動鎧特有の作動音が、自分達に迫る危機を再自覚させる。

 どうやら未だ予断を許さない状況のようだ。

 

「……っ!? 仗助君、僕は一体ッ!?」

「八雲……正気に戻ったか。気が付いた所悪ぃがよ。未だ余談を許さねぇピンチの状況だぜ」

 

 仗助は未だ目を覚まさないフェブリを抱きかかえ、顎をしゃくる。

 八雲に周りを見ろと促いうジェスチャーだ。

 されを察した八雲もよろよろと立ち上がる。

 

《付近の住民の皆様! グラビトン事件と酷似した重力場の歪を、この近辺で観測いたしました!

 同時に、テログループ『赤い月』なる組織から犯行予告を受け取っております。

 爆発の威力は、先の事件とは比較に成らないほど強力なものです! 住民の皆様は至急退去し、最寄の避難所まで退去願います。繰り返します――》

 

 大型トレーラーのスピーカーから聞こえてくる避難指示の音声。

 周囲には『keep out』のステッカーが貼られ、何事かと野次馬が集まりだしている。

 

「――なんだなんだ!? 人が落ちてきたぞッ!?」

「学生と、幼い子供じゃあないか? あんな高い所から落ちて大丈夫なのかよ!?」

 

 人々が地面に寝転がっている自分達を指差し、ワイワイと騒いでいる。

 

「…………」

「ちょっとアンタ等! 早くあの学生さん達を救助してやれよ! 服とかボロボロじゃないか!」

「そうよ、人命救助優先でしょ!」

「……ええ。しますよ勿論……。救助をね」

 

 人々の指摘を受けるまでもなく、交通整理をしていた駆動鎧の数体がこちらへと向かってくる。

 

《――爆発の威力は、先の事件とは比較に成らないほど強力なものです! 住民の皆様は至急退去し……》

 

 スピーカーでは相変わらず、あるはずも無い爆発物についての危険を促す放送を繰り返している。

 

 ――馬鹿野朗が! 仗助は心の中で毒付いた。

 

(爆弾を処理するのに重火器が必要かよ!)

 

 こちらへと向かってくる駆動鎧。

 それらはいずれも銃器で武装していた。

 

 恐らく、奴等はここら一体を完全に封鎖するつもりなのだ。

 災害救助の名目で大量の駆動鎧を駆り出し、仗助達の包囲網を完成させる。

 その上で、フェブリを捕らえるつもりなのだ。

 

 徒歩での移動は不可能。

『クレイジー・ダイヤモンド』での力押しでも、この駆動鎧を相手するには厳しいものがある。

 それに、もたついていたらあのふざけたスタンド使い達も駆けつけてくるだろう。

 

 ――だとすれば、アレを使うしかない。

 問題は、あの場所までうまくたどり着けるかどうかだが……。

 

「……八雲」近づく駆動鎧に気取られないよう、仗助は小声で声をかける。「俺が合図したら全速力で、マンション一階の駐車場まで走れ」

「……了解したよ」

 

 何か現状を打破出来るアイデアがあるに違いない。八雲はコクリと短く頷き、仗助からの合図を見逃さないようぐっと身構える。

 そしてついに駆動鎧が到着する。

 仗助達を逃がさないように取り囲む鋼の兵器達。

 その内の一体が歩み寄る。

 

「――そこの君、怪我をしているようだね。安心したまえ、我々が無事に治療してあげよう」

 

 まったく感情の読めない駆動鎧からかけられる、無機質な声色。

 そのドラム缶の様なフェイスマスクの下で、こいつらはどんな表情を浮かべているのだろう。

 

「さあ、まずは幼い子からだ。おとなしくその子を渡したまえ」

 

 恐らく嘲笑だ。

 もはや反撃する気力も無いと見てせせら笑っているのだ。

 こちらを見下ろす駆動鎧はゆっくりと手を差し伸べる。

 だがこれは救いの手ではない。 

 逆だ。

 全てを刈り取る悪魔の手だ。

 ここでフェブリを渡すしたら最後、全てを闇の中に葬り去るつもりなのだ。

 

「――ドラァッ!」

 

 だから仗助はその差し出された手を、『クレイジー・ダイヤモンド』で思い切り払いのけた。

 右手が大きく歪みあらぬ方向を向く。

 

「なアッ!?」

 

 あまりの激痛に身を屈めたその駆動鎧の顔面に、数発の強烈な連打を叩き込んでやった。

 

「な、なんで……」

「……悪いけどよぉーー。知らない人間からの甘い言葉には気を付けよぉーって、学校で教わったからよぉ~~。それを実践させて貰ったぜぇ~~……」

 

 砕けたフェイスマスクから覗く、強面そうな男性の顔を見て仗助は言った。

 

「やっぱ、正義の味方っつー表情(ツラ)じゃあねーぜ。どちらかっつーと、悪の幹部の雑魚って顔だなオメーはよぉ」

「ひ、ひど……」

 

 男は最後まで話す事無く、顔面から地面にダイブする事になった。

 

「今だ、走れっ!」仗助が叫んだ。

「!!」

 

 まるで陸上選手がスターターピストルでスタートを切るように、その声に反応した八雲は脱兎のごとく走り出した。

 

「ドラララララララララララーーーーッ!」

 

 八雲に銃口を向ける駆動鎧に仗助は容赦の無い連打を浴びせかけ、数対を破壊。

 その隙に自分も走り出す。

 

「き、貴様っ! 抵抗する――ゴベッ!?」

 

 進行方向に立ちふさがる駆動鎧を有無を言わさぬ豪腕の連打でさらに四対破壊。

 弾き飛ばし、上空に舞い上がらせ、地面に叩きつける。

 敵はたちまち物言わぬ鉄の躯と成り果てる。

 

「ちょいと借りるぜ」

 

 その際に敵の落とした銃器を『クレイジー・ダイヤモンド』は回収する。

 そして追って来る敵に対し、照準もつけずに発砲する。

 

 打ち出された弾は、空中でもくもくと煙を上げながら破裂し、大量の煙を周囲に吐き出す。

 その銃器の弾は仗助の部屋を襲った際に使用されたものと同様。

 殺傷能力の無い『スモークグレネードランチャー』だ。

 こうして広範囲の場所で使用すれば、短時間だが煙幕を張る事が出来る。

 ……まあ、まったく関係の無い野次馬にしてみれば良い迷惑だろうが。

 

 周囲の人間の悲鳴をBGMに、煙に紛れるようにして仗助は八雲の後を追った。

 

 

 

 

「――く、迂闊だった。ガキとはいえ能力者、侮ってはいけない相手だったのだ!」

 

 煙に撒かれ、仗助達を取り逃がした駆動鎧の一体SAT-4が、憎憎しげに愚痴を洩らす。

 仗助達を取り囲んだ10機の内、実に6機が破壊されてしまった。

 相手が抵抗を諦めていたとタカを括っていたとはいえ、たった一人の高校生によって部隊は大ダメージを受けたのだ。

 

「正直、侮っていた。スタンドという能力について……。学園都市の能力とは根本的に違う力……。あのフェブリとか言うガキを上が血眼になって探している理由が、やっと分かった気がする」

「うろたえるな。たかが6機失っただけだ。現場を包囲する駆動鎧の数は、未だ我々の方が多い」

 

 動揺を隠せないSAT-4をSAT-7が嗜める。

 煙のお陰で未だに視界は不透明だが、人間の足でこの駆動鎧の包囲網から突破できる訳は無い――、そう言って同僚を安心させる。

 

「奴らが逃げた先を考えろ、マンションの一階だ。包囲網からは結局抜け出せていないのだ。何の事は無い、捕まる時間が延びただけだ」

「そ、そうだな」

 

 仗助の住むマンションは、一階が独立柱のみで支えられている『ピロティ形式』を採用している建築物である。

 当然その階には車やらバイク類が駐車されている。

 恐らくその間に隠れ、無駄な時間稼ぎをしようとしているのだ。

 

 煙ももうじきなくなる。

 後方から増援の駆動鎧も到着する。

 マンションからも仲間達が降りてくる。

 そうだ。

 マンションの一階に逃げた時点でヤツラは詰みなのだ。

 状況を冷静に鑑みて、ようやくSAT-4にも安堵の色が見え始める。

 その時だった――

 

 ――ドルンッ!

 

 というアイドリングが聞こえる。

 それと同時に聞こえる大音量のエンジン音と地面を擦るタイヤ音。

 そして、煙の中から鋼鉄の悍馬が姿を現す!

 

「――!?」

 

 それは仗助だ。

 バイクに跨った仗助が猛スピードでマンションから離脱しようとしていたのだ。

 シートの後には八雲。その間に落ちないようにしっかりとフェブリを挟んでいる。

 

「と、止めろぉ! ヤツラをここから出すなぁ!」

 

 仲間のSAT-7の怒号が響く。

 しかし発砲は出来ない。

 上の命令はフェブリを無傷で連れて来る事。

 ここからでは発砲したのでは、フェブリに危害が及ぶ恐れがある。

 つまり自身の体で止めるしか無いのだ。

 

 バイクはスピードを上げ、こちらへ向かってくる。

 

「舐めるなぁ!」

 

 駆動鎧は自身の体をバリケード代わりにし、仗助の突破を阻止しようとする。

 その数、およそ20。

 幾ら仗助が強力なスタンド能力を持っていようとも、やすやすと突破できる人数ではない。

 一瞬でもバイクの速度を緩めてしまったなら、たちまち数の暴力で押しつぶされてしまう人数だ。

 

「――へっ! お前等、俺にばかり注目してるようだが、そりゃあ判断不足ってもんだ」」

 

 仗助は笑った。この状況で、捕獲されるかもしれないこの緊張の中で、笑顔を見せた。

 

「お前らは俺の親友(ダチ)を知らねぇ。八雲(コイツ)の、能力の事を知らねぇ!」

「ハートエイク……」

 

 八雲のスタンドはバイクの前方へ浮かび上がると、卵形から人型へ形を変える。

 手に持った100円硬貨。

 そして発する目も眩むばかりの電気の帯。

 

「待ってたんだぜ、こうなるのを。お前らのほうへ突っ込めば、必ず一箇所に固まってくれると思ってたよ。俺らの事を阻止してくれると思ってたよ」

 

 バイクを一時停車させ、仗助は視界を覆う。

 このまま電気の光を直視するのはあまりに危険だからだ。

 

 ハートエイクはコインを上空にトス。本来の持ち主(・・・・・・)がそうしたように、腕をまっすぐと伸ばす。

 

超電磁砲(レールガン)・イミテーション(まがい物)ってトコかな。精度は本物には及ばないけど、こいつらを吹き飛ばす威力なら!」

 

 ハートエイクは不可視の電気の道を作り出し、照準を合わせる。

 この電気の道はいわば飛行機の誘導灯。

 これによりコインを確実に標的にヒットさせる事が出来る。

 

「くらえッ!」

 

 そして最大限に高めた電力を一点集中。

 磁極同士の吸引と反発力を応用し、超高速でコインを打ち出した。

 

 ――キュン!

 

 短い音が一瞬聞こえたその後、遅れて土煙と風圧が発生する。

 コインが通った後、衝撃で一文字に地面が抉れていく。そしてその斜線上に居た駆動鎧全てを弾き飛ばし、宙に浮かび上がらせた。

 

 次々と落下し、地面へと突き刺さっていく駆動鎧。

 それら全てはマニピュレーターや、関節部分から黒煙を吐き出して行動不能になっていた。

 後にはバチバチと、未だ帯電を繰り返している『ハートエイク』が居るだけだった。

 

「……今更だけどよぉ。八雲、お前が仲間で良かったぜ。ホント、心底思うよ俺はよぉ」

「どうしよう……。滅茶苦茶気持ちよかった」

 

 八雲憲剛のハートエイク。

 コピーできる時間は30秒だけだが、その分あらゆる能力を使う事が可能なオールラウンダーな能力である。

 そのハートエイクは人型から再び卵型に戻り、空中を浮遊している。

 制限時間を過ぎた為、本来の姿に戻ったのだ。

 再び超電磁砲(レールガン)を使用する為には、本人に接触しなければならない。

 

「……で、どうする仗助君。このまま御坂さん達を助けに行くかい?」

「いいや、ソイツは無理だな。あいつ等(・・・・)のご到着だ……」

 

 マンションから総一郎と美佐の両名が姿を見せる。

 こちらの姿を見つけ、美佐は何事かを叫び、総一郎は無線で何事かを指示している。

 すると数秒もしない内に黒いバンが二人の前に停車。

 回収した後、スキール音を立ててこちらへと迫ってくる。

 

「――どうやら何が何でも俺達を始末し、フェブリを取り戻したいらしいな。こうなりゃ道は一つしかねぇぜ」

「道? 何か策があるのかい!?」

「決まってんだろ」仗助はクラッチレバーを緩めながら、アクセルを空けて走り出す。

 

「――逃げんだよぉ!」

 

 黒いバンに背を向け、バラバラに吹き飛んだ駆動鎧の亡骸を尻目に、仗助逃走は強行突破を試みる。

 敵の敷いたフェンスを飛び越え、そのまま市街地を爆走する。

 

 そのバイクを黒いバンに乗った総一郎と美佐は猛スピードで追跡する。

 

「無駄な足掻きを。金を貰っている以上、任務は確実に遂行する」

「にゅっふふふ。今度はカーチェイスかー。色々愉しませてくれるにゃあ」

 

 赤信号を突っ切り、邪魔な車を排除しながら、黒いバンは確実に仗助との距離を詰めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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