とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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母と子

 仗助がフェブリの能力に気が付いたのは、知りもしない自分の部屋に訪れた早朝の時だった。

 ロックのかかった自室に忽然と現れ布団にもぐりこんだ彼女。

 あの時きっとフェブリが願ったのはこんな願いだろう。

『仗助の元へ自分を運んでくれますように』。

 その願いが作用し、フェブリを瞬間移動させた。

 

 そして黒子から聞いた出会いの話。

 満身創痍だったその身体を癒したのもこの少女だという。

 その時は飴玉を差し出したそうだが、恐らくそれも具現化した能力だろう。

 

 見知らぬ場所への瞬間移動。

 瞬間的な状態回復。

 先程見せた過去の映像投射。

 

 確認しただけで3種類もの能力を使い分けている。

 そのいずれも、物理法則すら捻じ曲げて発現した異様な能力。

 だから確信した。

 あのフェブリが画用紙に書いた願いは、全て実現化させる事が出来てしまうのでは無いかと。

 

「うー……。それでフェブリ、何すればいいの?」

「何、別段難しい事じゃあねぇ。普段通り、コイツにお絵書きしてくれりゃあ良いんだ。……ただし、ちょいと注文がある」

 

 フェブリの持っている画用紙を指差し、仗助は言う。八雲を加えた5人は、二人のやり取りをただ固唾を飲んで見守っている……ワケではなかった。

 

「うーん、無いなぁ……。ネットの情報通りだと、エッチな本の隠し場所はベッドの下か本棚の裏だと相場が決まっているのに……」

「さ、佐天さんっ!? 私のパンツでは飽き足らずに今度はアダルトグッズ探しですか!?」

「えー、だって男の人のトコに来る機会ってめったに無いじゃん。やっぱお約束は守らないと」

 

 涙子と初春は男の宝探しに勤しんでいた。

 

「しっかし、改めてみると汚ったない部屋よね。整理整頓されていないって言うか、ぐちゃぐちゃ。本人は片付けている気でいるのかしら」

「まあ、殿方と言うのはそういう生き物なのだと諦めるしかないですわね。――モノには限度と言うものがありますけど」

 

 美琴と黒子はぐるりと仗助の部屋を見渡し、勝手に品評会を始めている。

 その美琴の総合評価だとこの部屋は「30点」らしい。

 

「ま、もし女の子を呼ぶんならこの部屋は無いわね。こんな部屋に平気で連れて来る男子なんて幻滅対象モノよ。部屋の乱れは心の乱れって言葉、知ってる?」

「まあ、老婆心ながらご忠告差し上げますと――とりあえず、洗濯物はちゃんとたたむ。流しに洗物は溜めない、ペットボトルはラベルをはがす……」

「うるせーよ! 白井! お前は小姑かっ!?」

 

 4人のあまりの傍若無人ぶりに、仗助は切れた。

 

「人がせっかくやる気になってんのに、話の腰を折るんじゃあねーよ!」

 

 仗助の一喝に4人はそれぞれ「はぁーい」としょんぼりとした返事を返す。とりあえずお宝を探し当てた涙子は後でシバイておこう。

 つい十分前に彼女達に黄金の意思を感じた仗助だったが、早速その考えを改める必要が出てきたようだ。

 

「あー……とりあえず、話進めよ?」

 

 やんわりと、場の雰囲気を崩さないよう八雲が進言する。

 それで溜飲が下がったのか、仗助が話をフェブリに戻す。

 

「あー……外野の馬鹿共の事は放って置いてだな、その画用紙にお前の好きな絵を描きな。ただしその際に、能力も詳しくな」

「くわしく? ママに合あえますよーにって?」

「ちょいと違うな。それだと時間がかかり過ぎる。手っ取り早く、オフクロさんにはここ(・・)に来てもらおう」

「うん。わかった!」

 

 フェブリは元気良く返事をすると、すぐに床に寝そべり画用紙に絵を描き始めた。鼻歌交じりに描かれていくのはウサギか? 丸い頭に大きな両耳、申し訳程度に添えてある胴体と手足が画用紙いっぱいに描かれる。

 

「――確か白井以外の奴らは見るの初めてだったな。よく見てな。これがフェブリ(こいつ)の能力だ」

 

 仗助が言うやいなや、画用紙に描かれたウサギがビクビクっと痙攣したように小刻みに震えだす。

 やがて”ソレ”は自らの意思を確立したかのように自立し始め、画用紙の中から”出てきた”。

 

「う、そぉ……」

「信じられません……」

「何と言うかこれは……非現実的よね。夢でも見てんのかしら、私」

「いてててっ……。お姉さま、抓るんなら自分のほっぺを抓ってくださいですのっ」

 

 まあ、初めて目の当たりにした人間なら当然の反応だわな。

 仗助はそう思い現実世界に出現したフェブリ作のウサギを見る。

 

「…………」

 

 幼女が画いた通りの歪なままのデザインのウサギが直立し、リビング内の仗助達を無言で見上げているさまは、どこかシュールで不気味だ。

 

「コイツは『描いた絵を現実世界に出現させる』なんて生易しいもんじゃあねぇぜ。もっとすごいモンだ。正確に言えば、フェブリ(こいつ)が描く際に付属した能力すら現実化させちまう」

「――え? え? 東方さん、理解が追いつかないんですけど……。それってもっと簡単に言うと、どんな願いでも実現可能な能力って事なんですか?」

 

 涙子の目がまん丸に見開いている。いや、涙子だけでは無い。隣にいる初春や美琴も同じ感想を抱いていることだろう。だって、それは、あまりにも荒唐無稽過ぎる。

 子供の頃、七つの玉を集めればどんな願いも叶えてくれるという内容の漫画を見た事があったが、それでもかなえられる願いは一つだけだし、世界中に散らばった玉を捜すという労力があった。だがフェブリの能力はそんな制約は必要ないという。「それって本当にチートじゃんっ!」気が付けば感想が口からこぼれ出ていた。

 

「佐天さんの言いたいこと分かります。私も未だに信じられません。けど、これで納得できます。どうしてフェブリちゃんが組織に狙われているのか。もし本当にどんな願いでも叶うなら、喉から手が出るほど欲しがる人達は大勢いるでしょう」

 

 初春が納得したように頷く。その頷きに美琴も同意する。

 

「うん。レベルアッパーの時に思い知ったけど、叶えたい願いがあってそれが手に入れられる場所にあったとしたら、きっと人間は動いちゃう。それが実現困難な願いなら尚更ね」

「――問題はレベルアッパーの時と違い、そこに邪な思惑が絡んでいる事ですわ、お姉さま」黒子が美琴の後を引き継ぐように言う。「例えばこの世界の理を変えるような願いを具現化させたら? たちまち世界の支配者に君臨できますわね」

「例えば、こんな感じでね――」

 

 八雲が『ハートエイク』でフェブリの能力をコピーする。

 触れた対象の能力をカード化して使用できるという八雲のスタンド能力。

 出来上がったカードには

 

 ●――???????

 創作したエネルギーを具現化させる能力。

 

 と記述してあった。

 八雲はごく簡単に白紙に何かを描き始める。

 意外にも八雲はデッサン力は大したもので、短い時間で白いキャンパスには立派な指輪が描かれていた。

 それをコピーした『ハートエイク』の能力で具現化する。

 描き手の描写力が上がると、実物も本物に近いものになるようだ。

 コロリと、キャンバスから転がり落ちた金属製の指輪は本物と全く遜色ない光沢を放っていた。

 

「『願いの指輪。持ち主の願いを三回まで叶えてくれる』――っていう設定で描いてみたものだけど、うまくいったかな?」

 

 八雲が指輪を掲げてこちらに見せる。

 

「こういう風に形に残るように物体を具現化させたら、世界征服なんてあっという間に可能だろうね。軍事力も資金力も、組織力すら必要ない。こういう具合に紙に描きさえすれば全てが取得可能なんだから、ホント恐ろしい能力だと思うよ。使い方を誤れば世界すら変えてしまうだろうね、確実に」

「問題は、本当にそんな事がこのちっぽけな指輪に可能かどうか、か」仗助が唸るように言う。

 

 手の上できらりと輝く銀色の光は、とてもこれが絵の中から出てきたものだとは思えなかった。

 八雲はこの指輪に、「持ち主の願い事が叶う」という思いを込めて描いた。

 フェブリの能力が創作エネルギーの具現化ならばその思いを汲み取っているはずだ。

 つまりこの指輪はどんな願いでも3回だけ叶えてくれる。そういう力が備わっている。

 問題はどういう風に試すかと言う事だが……

 

「八雲さん。ちょっと私に試させてくれませんか」

 

 意外にも立候補してきたのは初春だった。特にこれと言って反論する理由も無かったので八雲は指輪と初春に手渡す。

 

 すると――

 

「じゃあ試してみますね。これから白井さんは語尾に『にゃ』という猫語をつけて話してください」

「う、初春っ!? 何て事をおっしゃる……にゃっ!?」

 

 譲り受けた指輪に、初春は何の躊躇も無くそう願った。

 

「にゃにゃにゃっ!? 初春っ!? にゃんでこんにゃ事をするん……にゃ!」

「すいません、興味本位です。いえいえ、別に普段受けている仕打ちをここぞとばかりに返そう何て思っていませんよ? 本当にどんな願いが叶うのかなーって純粋な興味本位ですよ。本当に」

「……今、一瞬本音が漏れて聞こえたのは気のせいかしら? 佐天さん」

「うーん。初春って時々黒ーくなる事あるからなー」

「でも分かる気もするな。普段から黒子を相手にしてストレスが溜まる気持ち」

 

 美琴と涙子は二人して「うんうん」と頷きあっている。

 

「ちょっと、お二方!? にゃにを納得しておりますにゃっ! そこ! 仗助さんも笑わにゃい!」

「だめだ……何をやってんだって怒りてぇーが、ツボだ……ぷっくっくっく」

 

 全身を震わせ、必死に笑いを堪えている仗助。

「ああ、どうやらうまく発動したみたいだね」と我関せずの八雲。

 終始笑顔の初春。

 フェブリなんかは「ねこさんかわいー」と一緒になって喜んでいた。

 

「もーー! 誰か早く何とかして下さい……にゃーーーーっ!」

 

 誰も止めるものがいない空間で、黒子の絶叫だけが虚しく木霊していた。

 

 

 ☆

 

 

「うさぎさんお願い。ママをここに連れてきて」

 

 直立してたウサギはグニャリと周囲の空間を捻じ曲げ、その中に飛び込む。

 フェブリにそう声援を送られたウサギは、直前に期待に堪える様に手を振る。

 やがてその身体は捻れと共に一瞬にして消えていった。

 

「これでよし。あのウサギに何処まで自我があんのかスゲー興味深いが、それは後回しだ。すぐにオフクロさんを連れて来てくれるだろーよ」

「うう……酷い目に合いましたの……」

 

 ウサギを見送った後、振り返れば黒子がげっそりとした表情で佇んでいた。

 あの後、元の状態に戻してもらうまで散々ニャーニャー言わされたからでは無い。もっと別の事が原因でだ。

 

 願いを使い、残り一回分となった指輪の力。

 黒子はここぞとばかりに「お姉さまが異性として(わたくし)の事を愛してくれますよーに!」と邪な考えで指輪を奪い取ろうとしたのだが、それは不発に終った。

 自らの身体に電気信号を送り、超高速で指輪を入手した美琴に阻まれたからだ。

 

「黒子ぉ……。”馬鹿は死ななきゃ治らない”。って諺あるじゃない? 私あの言葉を聞くたび、アンタで実践できたらどんなに良いかって思っちゃうんだよねぇ……。それがやっと叶いそうで、ほんっとーに嬉しいわ」

「お、お姉さ、ま……?」

 

 美琴は体中から電流を放電させ、ポキポキと指を鳴らす。

 全身が電気の光で眩しく輝きだす。

 反面、美琴の怒りの感情をモロに浴びる事になった黒子は全身鳥肌にまみれていた。

 身の危険を感じる。それどころか生命の危機すら。

 とりあえず弁解の意を唱えてみる。

 

「お、お姉さま。あ、あの諺は『愚かであるという性質は治そうとしても治しようがない』という意味の表現であって、決して死んだら直るという類のものでは……」

「しっとるわーーーーっ!!」

「あっぎゃああああああああああ!? しししししし、死ぬっ!? こここここのままではししししし死んでしまいますわっーーーーーー!!?」

「大丈夫よっ! もしそうなったら指輪で生き返るようお願いしてあげるから! いっぺん死んどきなさい!」

「そそそそんなあああああ、ひどいいいいいいいいい!??」

 

 そのまま電撃=美琴の怒りが収まるまで数十分、黒子は電流を身体に流されのた打ち回ることになった。

 

 

「毎度毎度へこたれないその精神力。そこんとこだけはマジで尊敬するぜ。……見習いたいとは決して思わねーが」

 

 しゅーしゅーと未だ煙が立ち込める黒子を眺めながら、仗助は素直にそう思った。

 

「そういえば、佐天さんは良かったんですか? 願い事」

「うーん。あたしは初春みたいに白井さんにして欲しいこと無いからなー。美坂さんに譲っちゃった」

「え? でも……」

「いいんだ」涙子は晴れ晴れとした笑顔で初春に答えた。「もう、ズルはしないって決めたからね」

「佐天さん……」

 

 えへへ、と涙子が照れ笑いを浮かべると、初春も同様の笑顔でクスクスと笑いあった。

 

「うー。ママ、ママっ。これでママに会えるっ」

 

 フェブリはこれからやっと会える母親との再会に心躍らせている。

 それはそうだろう。例え血は繋がっていなくても、母親なのだ。

 フェブリにとって長い時間を共に過ごした親なのだ。

 そんな安らぎの象徴と早く再会したいと願うのは至極当然の感情だ。

 

「お、そういや……」

 

 その時母親という単語にふと疑問に思った事があった。

 ちょうど時間をもてあましていたのでフェブリに質問してみよう。

 

「なあ、フェブリ。ちょいと聞きてー事があんだがよぉ」

「なぁーに? じょーすけ」

「いや、なに。そういやオフクロさんの名前、聞いて無かったってな。挨拶する時”名無しの権兵衛さん”じゃあ色々と不都合だろ? 今のうちに聞いておきたくってよぉ」

「あれ、じょーすけに言わなかったっけ? えとね、”きやまはるみ”っていうんだよ?」

「えッ? ――木山」

「春生ですってぇ!?」

 

 フェブリの口から出てきた意外な人物名に、初春と美琴は驚きの声をもって答えた。

 

「……仗助君。木山春生って一時期ネット上で話題になってた、あの?」

「ああ、あの(・・)木山らしい。俺も黒子達(コイツ等)から話を聞いた時は驚いたぜ。レベルアッパー事件の容疑者とこいつ等が知り合いなんてよぉ。しかもフェブリの母親? どうなってんだコイツは一体?」

 

 事情を知らない八雲が耳打ちで訊ねてくるが、仗助もそれほど詳しい訳ではない。

 だから黒子達から得た情報を元に、かなり自己解釈気味で説明をする。

 

 幻想御手(レベルアッパー)とは、元々ネットの界隈で話題になっていた都市伝説の内の一つであった。

 『使用した人間のレベルを引き上げてくれる魔法のアイテム』。

 しかしその実態は、使用者の脳を独自の巨大ネットワークに繋ぎ、高度な演算能力をもつ演算装置として機能させるというとんでもないシロモノだった。

 当然無理やり酷使された脳は情報処理に追いつかず、相当の数の使用者を意識不明の昏睡状態に陥いれてしまったらしい。(その数およそ1万人!)

 そしてそのプログラムを組んだ容疑者が『木山春生』だった。

 

『噂の学生集団昏睡事件終息へ』

『LVUP事件/木山春生拘束』

 

 事件の翌朝、ネット上のニュースサイトではこのような見出しで事件を取り上げていた。

 当然仗助や八雲も当然この話題を目にしていた。

 しかし一介の高校生にしか過ぎない彼らにとっては対岸の火事感はどうしても否めない。――実際、日を追うごとに事件に関する報道も少なくなっていき、二週間もすればやがて他の事件の報道に埋没してしまった。

 それがまさか、このような形で関係者と係わり合いになろうとは……

 人の世は縁で結ばれているとは良く言うが、この奇妙な縁は仗助達を一体何処へ誘おうとしているのだろう。

 

「――噂をすればなんとやら。どうやら噂の木山先生がご到着らしいぜ。後の話は本人に聞きゃあいい」

 

 仗助が八雲に顎をしゃくって見せると、先程ウサギが消えた空間に再び同様の歪みが生じていた。

 どうやら任務を無事果たせたようだ。

 ヌッと空間からウサギが顔を出すと、空間が急速に渦を巻いて消失。その跡から成人の女性が姿を現した。

 

「……ここは……?」

 

 ウェーブのかかった栗色のロングヘアー。

 紺色のリクルートスーツに身を包んだ女性が周囲を見渡している。

 見た印象で言うとどこか知的でクールな女性の様に思えた。

 

「ママぁ!」

 

 フェブリが仗助達を押しのけ、女性の足元に抱きつく。

 

「フェ……ブ……リ?」

「うぇえええええんっ。ご、ごべんなざい。ママとの約束、破っちゃって、ごめんなさいっ。でも……でもっ」

 

 泣きじゃくり、許しを請うフェブリにそっと手を乗せる。

 ようやく状況が見えてきたのか、木山は仗助達の方へ視線を向ける。

 いや、正確には仗助の後方にいる美琴達にだ。

 

「そうか、フェブリに入れ知恵をしたのは君達か。まずい事をしてくれたな」

「なん、ですってぇ」

 

 どうやら木山に対しあまり良い感情を持っていないらしい。

 美琴はその一言にムッとした表情を浮かべる。

 

「なにその言い草、まるで助けられたのが迷惑って感じね。あんた、一体何を企んでるの? 逮捕されて刑務所にいるはずのあんたが、どうしてフェブリちゃんの母親役なんてやってるの? 一体何が目的なの?」

 

 矢継ぎ早に質問する美琴に対し、木山は「……まったく」とぼやく。

 

「そこの初春君といい、君といい……、

どうやら私は怖い顔をしたお嬢さんに詰問される運命らしいな」

「は?」

「すまないが質問なら後にしてくれ。今はこの場所から離れなくてはならない。急いでな」

 

 木山はフェブリを伴いこの部屋から立ち去ろうとする。しかし黙ってそれを許すほど美琴は能天気ではない。

 両手を伸ばして立ちふさがる。

 

「どいてくれ。そうしなければ、奴等はすぐにこの場所を嗅ぎつけてくるだろう」

「どういうことよ? ちゃんと分かるように説明しなさいよ」

「私の体内にはビーコンが埋め込まれている。その上で私は組織に軟禁されていた。それがどういう意味か分かるかい?」

「!?」

「私はね、撒き餌なんだよ。フェブリを釣り上げる為のね」

 

 木山の問いかけに仗助は「ハッ」とする。

 これは、罠だったのだ、と。

 時間が経てば母恋しくなったフェブリが能力を使うと想定しての罠。

 仗助の入れ知恵など関係なく、全ては相手の思惑通りに進行中だったのだ。

 

「俺達は、まんまと敵の策に嵌っちまったってワケか」

「その通りだ……東方仗助君。資料で見た通り、中々に個性的な髪をしている。……っと、それは置いておいて、ここは君の部屋かね?」

「ああ、そうだが。――あんたさりげなく俺の髪を貶したか?」

「――いいや、君の幻聴だろう。それより今の内に謝って置きたくてね」木山が周囲を警戒し、フェブリを抱き寄せる。「……」フェブリは能力を酷使しすぎたせいで、木山に寄りかかったままうつらうつらとしている。

 

「――おそらく、この部屋は戦場になる」

 

 まるで、木山のその言葉が呼び水となったかのように、唐突に入り口付近から大規模な破壊音が聞こえてきた。

 

「なんだっ!?」

「来てしまったか……伏せろっ!」木山が全員に対し叫び、フェブリと共に床に伏せる。

 その直後――ボシュっという音と共に、白い煙を噴出させたスプレー缶のようなものが数本投げ込まれる。

 空中を弧を描き舞う複数の物体。

 その形状を映画やドラマで知識として知っていた仗助は思わず叫んだ。

 

「催涙弾ッ!?」

 

 滞空時間は一秒にも満たないソレは、まるでスローモーションの様に仗助の瞳に写った。

 そして部屋の中心まで進んだ所で大きく拡散し、大量の煙と共に爆ぜた。

 

「く、目がっ!」

「ゴホッ……、ゴホッ……ッ! お姉さま! 初春! 佐天さん!」

 

 遠くの方で黒子の叫び声と大勢の咳き込む声が聞こええたが、右も左も、前も後も視界がまったく効かない。

 一瞬で視界が真っ白に覆われ、辺りの空間認識が出来なくなってしまった。

 それどころか、激痛で目が開けられないのだ。

 

 涙も止まらなくなり、呼吸をすれば鼻や喉の奥の方も激痛で痛くなる。

 息苦しく、咳も止まらない!

 

「ゲホッ……ゴホッ……! ――なんだ?」

 

 かろうじて片目を空けた仗助は、煙の中に人型のシルエットを見た。

 それは人と言うには少々大き過ぎる。どちらかと言うともっと機械的な角張った何かだ。

 先程の催涙弾と同じだ。

 仗助は知識としてそれの正体を知っている!

 だがそれは日常生活を送る上であまりに接点が無さ過ぎる、俄には信じがたいモノだった。

 

 ――ギュイィィィィィィ!

 

 狭い室内に木霊する機械の駆動音。

 姿を現したのは全長2.5メートル程の金属を身に纏った巨人だった。

 巨大なドラム缶を連想させる頭部。

 プレートアーマーの様に金属質の板を多重に重ねた胴体。

 それは学園都市の技術の粋を合わせて作られた人型兵器、その一機種であった。

 

駆動鎧(パワードスーツ)!? 野郎、とんでもないものまで投入しやがった!」

「…………」

 

 煙の中から姿を現したダークグレーの塗装を施された駆動鎧(パワードスーツ)は、右腕に装備された大型の機関砲を仗助達の方へ向けると、何の警告も無く発砲した。

 銃口の先端部がマズルフラッシュで一瞬光る。

 

「――!?」

 

 自分に向かって発砲された一撃は、『クレイジー・ダイヤモンド』で何とか弾き飛ばした。

 だが、残りの数発は別の誰かを狙ったものだ。

 撃った瞬間、――ドサリと床に倒れる音が聞こえた。

 倒れた音は二つ。

 誰だ? 誰がやられた?

 

「てぇめえええええーーーーッ!」

 

 気が付けば仗助は駆動鎧(パワードスーツ)目掛けて走り出していた。

 理屈ではなく本能で足が勝手に動いていた。

 この視界、この状況では逃げる事も出来ない。それならば目の前のコイツを倒すしかない!

 

「――!?」

 

 まさか向かってくるとは思わなかったのだろう、駆動鎧(パワードスーツ)が驚いた様子で仗助に狙いを照準を定める。

 

「ドララララララララララララララーーーーッ!!」

 

 再び数発の発射音。

 だが『クレイジー・ダイヤモンド』なら往なす事が出来る。

 前面にパンチの連打(ラッシュ)を繰り出し、そのまま拳の壁とする。

 弾丸を弾き飛ばし、そのまま強引に駆動鎧(パワードスーツ)の前へ。力の限り殴りつける。

 

「ドォラァアアッーーーーーーーーーーーーーーッ!」

「――!!」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』の放った一撃は駆動鎧(パワードスーツ)の腹部にめり込み、金属のフレームを歪ませ、中の操縦者ごと押しつぶす形で吹き飛ばした。

 壁に叩きつけられ、そのまま沈黙する駆動鎧(パワードスーツ)

 一瞬――やったぜと勝利を確信する仗助。

 だが、それはぬか喜びである事を思い知らされる。

 

「――コイツ等、本気だ! 本気でフェブリを奪還する為に大部隊で攻め込んできやがったっ」

 

 物言わぬ金属の亡骸となった駆動鎧(パワードスーツ)

 それとまったく同じ機体が四体、硝煙の煙の中から姿を現した。

 

「――上等だ、コラッ! 何度でも、何体でもっ、同様にぶち壊してやるぜぇーーッ!」

 

 先程の駆動鎧(パワードスーツ)を仕留めた時と同様、『クレイジー・ダイヤモンド』の連打を繰り出し立ち向かっていく。

 

「――ハっ!?」

 

 仗助のすぐ近く、背後から何かの気配を感じ思わず身を屈める。

 

 ――ギュン!

 

 何かの金属が高速で通り抜けたような音が耳に聞こえ、そのまま通り過ぎていった。

 

「なんだ? 駆動鎧(コイツ等)じゃあねぇ。もっと小さく生物的な何かだ――ッ!? またっ!」

 

 今度は真正面から。煙の中から現れたソレの正体を、今回はちゃんと認識できた。

 

「紐?」

 

 それを見た仗助の率直の感想はそれだった。

 空中を浮遊する、細長い帯状の紐。

 だがその全身は銀色に輝き、怪しい光沢を放っている。

 その紐もどきが渦を巻くように空中を不規則に動き回り、やがて仗助に狙いを定め襲い掛かってくる。

 

「うおっ!? 『クレイジー・ダイヤモンド』っ!」

 

 それまで「面」として漂っていた物体が急に「点」として直進してきたのだ。

 パンチを繰り出す反応が一瞬遅れてしまう。

 それを見越してか、紐はとぐろを巻くような形状となり、『クレイジー・ダイヤモンド』の拳後と取り込もうとする。

 

 ――コイツは『クレイジー・ダイヤモンド』の動きが見えている! 『スタンド』だ! コイツはっ! しかも俺の推測が正しければ、コイツの正体は――っ!

 

 『クレイジー・ダイヤモンド』の拳を引っ込め、敵・スタンドから逃れる。

 

 ――ギャリンッ!

 

 自身の体同士が触れ合い、スタンドから耳障りな金属音と火花が飛び散る。

 だがそれで確信できた。このスタンドの正体を。

 

「刃だ。刃のスタンド。ソイツを自由自在、生き物みてーに動かしてやがる!」

「――少し、訂正が必要だな」

「なにっ?」

 

 煙の中から男が姿を現した。少々美形の、ナルシストっぽい顔立ちの若い男性。

 男は長髪を「ふぁさっ」っと掻き揚げると、悠々と仗助の前へ。

 手にした剣の柄を仗助の前へ突き出す。

 

 ――途端にとぐろを巻いていたスタンドが――まるで掃除機の自動巻き取りコードのボタンを押したみたいに――男の手元に戻っていく。

 スラリと銀色に輝く長剣が男の手元に現れる。

 

 本体・佐々木総一郎。

 スタンド名・ソードキル。

 

「『ソードキル』。私はコイツをそう呼んでいる。伸縮・変幻自在の剣のスタンド……。

能力はそれだけだが、中々どうして使い勝手がいい」

「なっ!?」

 

 男の手にした剣が、ダラリと力を失ったように萎びていく。

 代わりに刃の部分が等間隔に分裂し、一本の線で繋がる形状に変化していく。

 この形状は、鞭!

 

「この様に、相手との間合いを保ったまま攻撃をすることも可能! このまま君には再起不能となってもらおうか」

 

 鞭のようにしなりを帯びた男のスタンドが、仗助に向かい振り下ろされた。

 

 

 

 

 


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