とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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過去への扉 その③

 草薙が広げていた両手を下ろす。

 それが攻撃開始の合図だとでも言うかのように、生物達は一斉に仗助めがけ襲い掛かってきた。

 

「うおおおおおおおーーーーッ!」

 

 仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』を出現させた。

 だがそれは戦う為ではない、八雲を抱え『逃げる』為だ。

 

「ドラァアアアアアアアアアアーーーーッ!」

 

 仗助は襲ってくる生物達に背を向け窓側へ、そのまま『クレイジー・ダイヤモンド』の拳で強化ガラスを粉々に破壊した。

 

「――――ッ!」

 

 そしてそのまま何の躊躇も無く空へ身を投げる。高さはおよそ5m。着地に失敗しても最悪骨折程度で済む。

 問題はその後の追撃者の方だ。

 恐らく仗助開けた穴からあの生物共は追ってくるに違いない。正直八雲を抱えたままでの逃避は困難を極めるだろう。

 

 「――だから、(・・・・)穴を埋めるぜ(・・・・・)。――『クレイジー・ダイヤモンド』」

 

 瞬間、ガラス片が重力に逆らう動きを見せる。

 落下する速度を緩め、あろうことかそのまま上昇。

 仗助が粉々にブチ破った箇所へ全て戻り、密着し、修復されていく。

 

 『クレイジー・ダイヤモンド』で受身を取り、地上に無事着地した仗助が上を見上げた時、そこには完璧に修復された窓ガラスが存在していた。

 

 

「――なかなか。判断力と決断力に富んだ選択をしてくれるね。ここまで無茶をやらかす事が出来るのは、若さの特権というべきか――」

 

 ガラス越しに逃走する仗助を見下ろしながら、草薙は賛辞の言葉を述べる。

 そのガラスには行き場を無くした生物もどきが大量にへばりつき、草薙の命令を待つようにひっきりなしに動き回っている。

 

「うーん。やはりいつ見ても気色悪い」

 

 おびただしい数の生物達を観察し、鏑木は正直な感想を述べる。草薙はそれを「フン」と鼻息一つ鳴らして受け流し、「――まあ、人の美的感覚とは千差万別ですから」とだけ言い残し、室内を後にしようとする。

 

「追うのかい?」

「ええ。実を言うと、これ以上の追撃は無意味だと分かっているのですよ。我々は早々に退散し、行方をくらませれば良い。――それは分かっているのですがね……」

 

 草薙はえもいわれぬ表情を浮かべ、鏑木を見る。

 

「この高揚感。圧倒的強者だけが感じることの出来る、弱者を追い詰める感覚。

饒舌に尽くしがたい快感ですよ、これは。これが強者が見るべき世界……。

正直に言いますと、もっともっとこの感覚に浸ってみたいのです」

 

 そのまま草薙は意気揚々と部屋を後にする。

「今はこのスタンドと言う能力で遊びたい」。言葉の端々、態度の節々でそれが感じられ、あの様子ではもはや誰の言葉も届かないだろう。

 そんな草薙に対し鏑木は「やれやれ」と頭を振り呆れた様子で笑う。

 

「――まるで子供だね。生まれて初めて手にした拳銃で遊ぶ子供――。だけど草薙君、気をつけたまえよ。誰かを狩るという事は、自分もまた狩られる立場になるという事に他ならないのだからね」

 

 その時鏑木の携帯から着信のメールが届く。

 どうせ部下からの形式的な定時報告程度に思っていた鏑木は鼻歌交じりでそのメールを開く。

 

「――な……っ!?」

 

 メールの本文を一目見た瞬間、仗助達にあれほど余裕の笑みを浮かべていた鏑木の表情から笑みが消え去った。

 代わりに浮かぶのは焦燥や、怯え、恐怖と言う感情だった。

 携帯を握る両手はガタガタと震えだし、表記された一文を絶望的な面持ちで何度も凝視し続けていた。

 

 

 

 

 

 

「ぜーーッ。ゼッーーッ! ――さすがに、人を抱えながらの全力疾走は体力が続かねぇぜ……」

 

 八雲を抱えながらの逃走に限界を感じた仗助は、通路の半ばで一旦小休止を取る。

 通路の壁に八雲を横たわらせ、自身も大きく息を吐き呼吸を整える。

 現在仗助はセキュリティコードが死んで、手動で開閉するしかないドアの所まで戻ってきていた。

 後もう数分気合を入れれば脱出への道が開けるだろう。

 

「完全に見誤ったぜ。いや、過信していたと言うべきか……」

 

 次第に息が整ってくると、少しずつ冷静になってくる自分が居る。

 その自分が訴えかけてくる。

 草薙と自分の相性は『最悪』だと。

 

「あーゆー、自分からは決して土俵に上がってこないタイプってのは本気(マジ)苦手だぜ。こちらに本気を出させない戦術を取る野郎ってのはよぉーー」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』での力押しが通じない相手。

 思えば最初に顔を見た時から、何か気に喰わないものを感じていた。

 集団生活を送る上でも存在するだろう。

「コイツとはどうしてもうまくやっていく自身が無い」という人間が。

 仗助にとってはあの草薙カルマこそがそれに当たってしまうようだ。

 

 チラリ。

 仗助は周囲に気を配る。

 今のところ草薙が追ってくる気配は無い。

 しかしこのまま見逃してくれるとも思えない。

 確証はないが予感がするのだ。

 草薙は絶対的な安全圏を保ったまま、こちらに攻撃を加える為に準備を整えているのだと。

 

草薙(野郎)のスタンドの能力を見極める。それが出来なけりゃこの戦いは負けちまう……」

 

 草薙のスタンドで二つだけ分かった事がある。

 一つはスタンド自身には攻撃力が皆無であろうと言う事。

 

(攻撃を加えるのはあの生物もどきで、スタンド自身は生物をコントロールする司令塔ってイメージだ。

そう考えるとスタンドの能力も推理しやすいぜ)

 

 おそらく能力は『無機物を別の生命体に生まれ変わらせる能力』で間違いない。

 対象に触れるかそれとも能力発動と同時に周囲の物体を『自動的に生まれ変わらせる』のかは不明だが、ヤバイ能力には違いない。

 一体一体ではそれほど脅威に感じる事のないが、先程のように群体で一斉に襲いかかってきたならかなりマズイ。確実に身体のどこかにダメージを負ってしまうのは不可避だろう。

 

(――そこで考えられる野郎の攻撃方法は一撃離脱のヒット&アウェイ戦法だ。俺との距離を適度に保ちつつ、不規則に攻撃を加え、確実に弱らし止めを刺す。

ここは元・研究所だしよぉ~~。医療用のメスやらハサミやら、凶器になりそうなものはゴロゴロ転がっている。野郎にとっちゃ、弾切れの心配なく無遠慮でブッ放せる拳銃や自動小銃を入手出来たのと同じって事だ。

地味だが確実に勝利できる戦術ってヤツだぜ)

 

 もし自分が草薙と同じ立場だったら同じ戦法をとる。

 こちらから姿を晒す必要も無く、襲われるリスクも最小限で済むからだ。

 一見すると完全に相手の方が有利の状況である。だが、仗助はここに自分の勝機を見出していた。

 

(分かった事の二つ目は……、野郎の射程距離はかなり短い。恐らく半径5m程度。つまり攻撃を仕掛けてくるためには、ある程度まで俺に近づかなきゃあならねぇって事だ)

 

 草薙達のいる室内に突入するべきか否かで悩んでいた場面を思い出す。

 あの時草薙達は侵入者が近づいている事など微塵も感じず、ごく自然に談笑を行っていた。

 それが仗助がドア付近に近づいたとたん一変し、攻撃が始まった。

 おそらくあの生物達は自分達の見たものをある程度信号か何かで仲間達に伝えられるのだろう。

 その特性を利用し、さながら警報機のように室内にいる草薙に教えたのだ。

 

(もし草薙が遠距離操作型ならばドアに近づく以前に俺達に攻撃を開始したはずだろうからよぉ。

だとしたら俺の勝機はなんとしても野郎の懐に入り込むこと。――これしかねぇ)

 

 懐に入り『クレイジー・ダイヤモンド』の一撃を打ち込む。

 逃げると言う選択肢が無い以上、現状ではこれが仗助が勝利出来る最も有効な手だった。

 

 

 ――ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。

 

 静寂に包まれた研究所内に不気味な羽音が聞こえだす。

 聞き間違えるはずの無いこの音は、あの生命体から発せられる快音。

 音はだんだんと大きくなりこちらへと近づいてくる。

 

「――グレート。さっそくおいでなすったか。トコトンやり合おうってんなら相手ンなんぞコラァっ!」

 

 通路の彼方にいるであろう草薙に向かい、咆哮に近い怒鳴り声を上げる。

 すると音の集合体から射出させるように数匹の生物が襲い掛かってきた。

 数は8。

 いずれもボールペンやハサミ、メスなど、殺傷能力の高そうなものばかりだ。

 彼らは異形の形となり、生物特有の不規則な動きで仗助を取り囲む。

 

「先発部隊って奴かよぉ! 上等だッ、こいよ。全部叩き落してやっからよぉーーッ!」

「――キシャアアアアアアッ!!」

 

 上下左右、あらゆる角度から急降下し急襲する8つの凶器。それら全てを『クレイジー・ダイヤモンド』の拳は迎え撃つ。

 

「ドララララララララララララララッ――――!」

 

 時速300キロを越える音速の連打(ラッシュ)

 その豪腕から繰り出される攻撃の嵐に耐えられる生物などいる筈はない。

 彼らは折られ、曲げられ、ねじ切られ、存在全てを否定されるかのように破片となり、部品となり、バラバラに床に散らばっていった。

 

(やはり俺の予測したとおりの『ヒット&アウェイ戦法』か。このまま俺がダメージを負って動けなくまで同じような攻撃を延々と繰り返すんだろうなぁ……。

偶然とはいえこの地点(・・・・)に陣取ったのは幸運と言うべきか……)

 

 仗助が今居る地点。

 それはドアを出てすぐに東西に伸びる廊下が続くT字路。仗助はそこの東側に陣取る形となっている。

 隠し通路の類でもない限り、草薙が回りこむ可能性は限りなくゼロといえた。

 

(しかしこのまま膠着状態が続くのは勘弁願いたいぜ。肉体的というより、精神的にマズイ。このまま八雲を守っての攻防はかなりきついものがあるぜ)

 

 恐らく先程の攻撃で、おおよその位置は敵に知られてしまっているだろう。

 自分一人だけなら何とか逃げ切れる自身はあるが、意識の無い人間を伴っての逃走になると話は別だ。

 恐らく逃げ切れない。

 このまま波状攻撃を加えられる前に、本体である草薙を倒す算段をつけなければならない。

 

「……ん? ……なんだ、この匂いは?」

 

 何処からとも無く異臭が漂う。

 草薙が居る通路からではない。

 ここだ(・・・)

 仗助が今居るフロアから刺激臭と共に何かが焼け爛れるような「ジュウウウ」という音が聞こえてくる。

 

「どこだッ!? 一体何処から聞こえる!?」

 

 間違いなく草薙の攻撃だ。

 だが何の音と匂いだ?

 この薬品が金属を溶かすような音の正体は?

 

「――ッ!?」

 

 そして気づく。

 上方から漂う煙と異臭。

 肉眼で煙を認識できた事でその位置がわかった。

 それは研究施設なら何処にでもある空気の通り道、その建築設備。

 

「く、空気ダクトかッ!」

 

 天井から延々と伸びている長方形型の鉄板ダクトの一部に大きな穴が開いている。煙と異臭の正体はこれだった。そしてダクト内から響く「ヴヴヴヴヴヴヴ」という羽音。

 ボトッ、ボトッ。

 溶けた鉄板が滴となり床に落ち、地面を焦がす。

 

「あ、あの生物だ! 奴ら換気ダクトに侵入し、塩酸か何かでダクトに穴を開けやがった! 確かにあのサイズなら狭い箇所も進入可能だっ。そして――」

 

 ダクトの空いた穴から大量の生物が大音量の羽音と共に現れた。

 

「――この方法なら簡単に俺たちを挟みこめるッ! ――マズイッ、罠に嵌めるつもりが逆にハマッちまった!」

 

 仗助は八雲を抱きかかえると急いで通路を走る。

 来た道は引き返せない。

 東側は敵に回りこまれた。

 だとすると仗助に残された逃走通路は西側しか残されていなかった。

 

「――うおおおおおおッ! 『クレイジー・ダイヤモンド!!』」

 

 仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』を出現させ、突き(ラッシュ)の連打を繰り出す。

 しかし敵に対してではない。

 

「ドラララララララララララララララララララアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 通路の壁。

 地面の床。

『クレイジー・ダイヤモンド』の手が届く範囲をやたらめったらと攻撃し、破壊する。

 土埃と共に破壊された大量のコンクリート片が宙に舞う。

 

「――それを、直す!」

 

 破壊されたコンクリートの欠片が瞬時に直る。

 しかし今回は単に直すだけではない。

 コンクリート片同士が繋がり合い、まるでバリケードの様に通路を塞ぐ。

 

 破損した箇所を修復する『クレイジー・ダイヤモンド』の応用。

 物体を修復する完成形は、ある程度仗助の意思で決める事が出来るという利点を生かしてのバリケードだった。

 だが――

 

「……くそっ! やっぱり完全に塞ぐのは無理かッ」

 

 この短時間で通路を完全に塞ぐには破片の数が圧倒的に足りない。

 隙間が所々に目立ち、特に上方は完全にがら空きだ。

 その隙間を生物達が見逃すはずも無く、進撃を開始し仗助を追い詰める。

 

 上空から再び大量のメスの雨が降り注ぐ。

 

「ちぃッ!」

 

 それを仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』で何とか応戦し叩き落そうとする。

 しかし襲ってくるのは上空からではない。

 空いた隙間から這い出てきたドライバー型の生物が仗助の死角から襲い掛かり、ついに右大腿部へ突き刺さった。

 

「ぐあっ!?」

 

 自分に突き刺さったドライバーを引き抜き、叩きつけ、なおも応戦しようとするも圧倒的な数の暴力の前に仗助は次第に追い詰められていく。

 

 左上腕。

 右肩峰。

 右わき腹。

 

『クレイジー・ダイヤモンド』で落としきれなかった生物が突貫し、各部位に次々に突き刺さっていく。

 

「……ハァーー、ハァーーっ……八雲……」

 

 仗助は全身から出血し、肩肘を地面につきながらも昏睡状態の八雲だけには手出しをさせなかった。

 それは仗助の意地でもあり、後悔の念でもあった。

 

 八雲は仗助に巻き込まれる形で被害にあった。

 仗助が八雲を伴ってやりや製薬なぞにこなければ事態はもっと違うものになっていただろう。

 すべては仗助の過信であり、過失。

 その思いが仗助に尋常なる精神力を与え、視界に入る全ての敵を殲滅させたのだ。

 だがそれは一時凌ぎに過ぎない。すぐに第二、第三の増援が送られてくる事だろう。

 その時こそ完全なる詰み。

 チェックメイトとなる。

 

「……きやがれ。餌は撒いたぜ……。――喰い付け。喰い付いて、俺に止めを刺しにこい……」

 

 だが、仗助の目は負け犬のそれでは無かった。

 瞳にはいささかも諦めの意思はなく、壁の向こうに居るであろう草薙に向け鋭い視線を送っている。

 

 

「――驚いたね。全身に激しい裂傷、出血も酷く立っているのもやっとの状態。そんな満身創痍の状態なのに、闘志だけはいささかも衰えていない……。その精神力の高さだけは賞賛に値するよ」

 

 壁の向こうから文字通り手を叩き、賞賛の言葉を送る声がする。

 草薙だ。

 壁越しとはいえ、草薙が自ら乗り込んできた。仗助は「御大将自ら出陣かい……」と皮肉交じりに詰る。

 

「その舐め腐った態度が気にくわねぇッ。完全に俺を始末できるって確信できたから出て来たッつー事か、コラァ!」

「このまま君を嬲り殺す事も出来るんだが……。それでは狩り(ハンティング)の意味を成さない。やはり止めは私の視界の入る所で行うのが筋と言うものだろう?」

 

 パシッ、と言う音がして、即席のバリケードの壁に亀裂が入る。

 

「この壁……。酷く脆いね。私のスタンドでも簡単に破壊できる位、脆い……。壁を完全に塞ぐというアイデアは良かったのだがね――」

 

 壁が破壊され、そこから草薙が顔を出す。

 冷淡な微笑を湛えながら、ゆっくりとその全身を仗助の前に晒すと、砕けたコンクリート片を手に取る。

 

 すると、とたんにコンクリート片から目玉や手足、そして羽が生え、奇妙な泣き声を上げながら空中を旋回し始めた。

 

「『サンタ・サングレ』。生物化出来るのは手の平サイズに限られるがね、こうして無尽蔵に仲間を増やす事が出来るのが強みだ。――そしてありがとう。君の無駄な努力のお陰で、またこんなに仲間が(・・・)増えたよ(・・・・)

 

 草薙の言葉と同時に地面に転がるコンクリート片全てが生物となり、草薙を取り囲むように浮かび上がった。

 

「――やってみやがれ……」仗助は傷つき、ふらつく足で立ち上がると『クレイジー・ダイヤモンド』を出現させる。「例え何度襲ってきてもよぉーーッ! そのたびに全部ぶっ壊してやっからよぉーーーーッ!!」

 

「残念だがね――」草薙は片手でゆっくりと眼鏡のずれを直す。それを合図にコンクリート状の生物が仗助に突進。

 反射的にその全てを『クレイジー・ダイヤモンド』が叩き落す。「――私の攻撃は『完了』している。もう既に詰み(・・)なんだよ」

 

 仗助と生物の一連の攻防を眺めながら、まるで既に勝敗の分かっているゲームの結末をもう一度見るように、

 草薙は酷くつまらなそうに言い放った。

 

「なッ……にィッ……ッ!?」

 

 突然カクン、と仗助の膝が落ちる。

 何が起きたのか理解できない。

 いつ攻撃されたのかも分からない。

 気が付けば身体の力が抜け、猛烈な睡魔に襲われていた。

 

「……これは……、八雲と・・・…同じ……」

 

 仗助は受身すらとることも出来ず、そのまま地面に顔をうずめた。

 

「……チェックメイト。私の勝ちだな」

 

 地面には這いつくばり、身動きの取れない仗助の元へ、草薙は悠然と歩み寄る。

 

「正面での戦闘では勝ち目は無いが、限定された空間では私の『サンタ・サングレ』に適うものはないと、これで証明されたわけだな。君の敗因はたった一つだ。――認識不足。私が生み出した『生物』の特性が全て空を飛ぶものだと誤解したことだよ」

 

 うぞうぞと、草薙の身体をよじ登りながら彼の『生物』が手の平へと収まる。

 それは小型の注射器だった。

 身体に無数の足を持つそれはムカデを連想させる動きで、草薙の手の平を動き回っている。

 

「私のスタンドは、物体の持つ『特性』を残したまま生物化する事が出来る。この極小の注射器は、主に糖尿病患者のために開発された商品でね、先端の針は長さ1ミリ、幅0・3ミリ、厚さ0・1ミリという極細で痛みをまったく感じさせない優れものだ。君が愚かにも他の生物とやりあっている最中にゆっくりと忍び寄らせ、死角から液体を注入したと言うわけさ」

 

 草薙は懐から液状の小瓶を取り出す。

 

「君に注入した液体は、我々が開発した即効性の睡眠薬だ。人体に影響なく標的を沈黙させる。開発段階の試作品だったのだが、効果覿面だったろう?」

 

 八雲に注射したのもそれか……。仗助は朦朧とした意識の中、「遅効性の毒薬」ではなくて良かったと胸を撫で下ろした。もし八雲を死なせてしまったなら、仗助は自分自身を決して許す事が出来ないだろう。

 そして、八雲が無事と言う事実が仗助に闘志をもたらせた。

 あのムカツク草薙に一泡吹かせなければ気が澄まなくなって来たのだ。

 

 身体は既に言うことを聞かない。

 仗助は『クレイジー・ダイヤモンド』で地面を這いながらもゆっくりと前進する。

 

「まるでゴキブリ並みのしぶとさだね。だがあまり意味のある行動とは思えないな。苦しむ時間が長引くだけだと思わないか?」

 

 草薙はまるで「慈悲」とでも言うかのように手を上げるげ、空中に大気している生物達に合図を送る。

 

「西洋の拷問に『石打』というシンプルなものがあるのだが、君の場合は何回目くらいで絶命するのだろうね?」

 

 そして冷静に、冷淡に上げた手を下ろした。

 上空から大量の羽音と共にコンクリート片の生物達が仗助目掛けて急襲する。

 

「ドラララララララララララララララララッ!」

 

 仗助は最後の力を振り絞り、『クレイジー・ダイヤモンド』で応戦する。

 薬品で強制的な眠りに落ちる寸前の仗助にとって、この連打(ラッシュ)が最後の攻撃だった。

 生物の数十匹はなんとか弾き飛ばした。

 だがそれ以上が続かない。

『クレイジー・ダイヤモンド』の身体ががくりと落ち、仗助の身体に戻っていく。

 守るものが無くなった無防備な身体に、残りの生物達が迫ってくる!

 

「さようならッ、東方仗助!」

 

 その様子で完全なる勝利を確信した草薙は、高らかに勝鬨を上げる。

 

「――残念、だけどよぉ~~……」瞬間、仗助の瞳にギラリと闘志の火が灯る。「俺の攻撃は(・・・・・)もう完了し(・・・・・)てんだよぉ~~(・・・・・・・)……」

「――世迷言を ――――ブヘッ!?」

 

 突然自分の顔面に与えられる激しい痛み。

 草薙は最初それが何か分からなかった。

「ぐらり」と衝撃で身体がのけぞり、その「何か」から顔が離れる事でその正体にやっと気が付く。

 それは生物だ。

 草薙が自分の能力で変化させた。コンクリート片の生物。仗助を襲うはずの生物が何故?

 

「――忘れたのか? 俺の『クレイジー・ダイヤモンド』は破壊した物体を『直す』事が出来る。たとえテメーの能力で生物化させたとしても、元はコンクリート片なんだぜ? 当然物体は破壊された(・・・・・)場所へと戻る(・・・・・・)。――直す斜線上に居るテメーを巻き添えにしてなぁ」

「なん……だと……?」

 

 先程破壊してしまった、廊下を覆うコンクリート製のバリケード。

 あの時草薙は酷く脆いと仗助のアイデアを馬鹿にしたが、思えばあの時から作戦は始まっていたのだ。

 

 あえて草薙にコンクリートを破壊させ手数を増やさせ、斜線上へとおびき寄せた後『直す』。

 それが仗助が考え付いた作戦だったのだ。

 

(――まったく……、まさか即席でこんな作戦を思いつくなんて……。東方仗助、これ程頭が切れる男だったとは……)

 

 草薙がそれに気が付いた時にはもう遅かった。

 先程弾き飛ばした数十個のコンクリート片が『直る』。

 斜線上にいる草薙の身体へ次々とぶつかり、その身体を弾き飛ばす。

 

(『狭い廊下では避けることすらできず、必ず当たる(・・・・・)』。チェックメイトされたのは、私の方だった……か)

「――確かテメェ、俺の敗因を『認識不足』だとか抜かしたよなぁーー」

 

 時速百キロ以上で突っ込んでくる大小様々なコンクリートの破片、それらを交わす手段を草薙は持ち合わせていない。

 スタンドでのガードも無効。

 避けることもできない。

 草薙は口元から血反吐を吐きながら、洗礼を受け続けるしかなかった。

 

「人の事を散々コケにしてくれたが、テメェこそ俺の『クレイジー・ダイヤモンド』に対しての認識が足りて無かったようだな。

今後はきちんと観察して対策を練るんだな。仮にも科学者ならよぉーー」

「…………」

 

 しかし草薙がその言葉を教訓にすることは無い。

 なぜならまともにコンクリートの直撃を受け、意識なぞ既に無かったのだから。

 地面に大の字になり横たわる草薙。

 その様子を見た瞬間、仗助は崩れ落ちるように地面に突っ伏した。

 

「……相打ち、かよぉ……。しまらねぇなぁ……。チクショウ、眠い……。これ以上は……無理だ……ぜ」

 

 気合で無理やり持たせていた精神力が、草薙を倒すと言う目的を達成した事でついに切れたのだろう。

 仗助は全身に渋れる様な感覚を覚え、そのまま目を閉じた。

 

 もはや何も考えられない……

 鏑木との対峙も、

 八雲をつれての逃走も、

 草薙の後始末も、

 しなければならない事は大量にあるはずなのに、今はそれを考えることすら酷く億劫だ……

 

 そして仗助の精神に暗闇が訪れる。

 その暗転の様黒い靄に、ついに仗助の意識は飲み込まれていった。

 

 

 

 




 絵里奈が行方不明となって一週間――
 皆月はかつての自分の職場へと来ていた。
 やったのは誰か分かっている。
 草薙だ。奴がやったのだ。

 そして絵里奈をその行動に駆り立てたのは自分だ。
 自分が酒に溺れず、恨みつらみを吐き出さなければ絵里奈は無事だったかもしれない。
 そんな弱い自分が許せなかった。

「――だから、助ける。どんな手を使っても」

 皆月は研究所の非常口に回りこむ。
 計画通りなら鍵はかかっておらず、監視カメラも切ってあるはずだ。
 ドラノブを手で回す。
 扉は軽く鉄の音を軋ませ開く。そしてすぐさま研究員の男性が顔をだし、招き入れる。

「皆月さん。これを」

 そういって差し出されたのは偽造したIDと白衣。皆月はそれをすばやく着こなすと駆け足気味で廊下を歩く。
 ヤツラが居るのは地下10階。そこにたどり着く為に、まずはエレベーターまで人目につかず急がなくてはならない。

「すまないな、新田君。こんな危ない真似をさせて」
「いえ、いいんスよ。俺も草薙(あいつら)のやり口には反吐が出る思いでしたから。それより急がないと。四度目の投薬実験が始まってしまいます。あれ以上の投薬は、奥さんの身体が持ちません」

 新田と呼ばれた男性職員は、表情をこわばらせながら身振り手振りで説明をする。
 本来彼は真っ先に草薙によって解雇される側の人間になるはずであった。
 しかし彼は猫を被り、表向きは従う振りをし、あえて残る道を選んだ。
 全てはヤツラに一泡吹かせるために。

 かつて草薙は皆月の研究データを盗みだし、上層部にリークした。
 それと同様に、新田は皆月に絵里奈の情報を教えたのである。

「新田君。君はどれ位草薙の研究の事を知っている? 奴の最終目的は何だ? 君から貰った情報だと、とても金や名声で満足する男には思えないんだ」
「ええ。その通りです。『兵器開発の為の観察実験』と名打っていますが、それは上層部を納得させる為の方便です。実際は、『ある人物をこの世界に呼び出すこと』」
「ある人物? 誰だ」

 皆月は意外そうな声をあげ新田に尋ねる。あれほど感情を表に出さない草薙が執着する人物とは、一体何者なのだろうか?
 新田はゴクリとつばを飲み込み、一人の人物の名前を挙げる。

「その人物の名前は『ディオ(DIO)・ブランドー』。かつて世界を支配しようとした男です――」


 

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