とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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今回は某機動警察の有名なワンエピソードが元ネタです。
一度こんなおふざけエピソードをやってみたかったので、「ハーネスト編」が一区切り付いたこともあり挿入いたしました。


完全なお遊び回です。


迷宮のアンダーワールド

 深い深淵、漆黒の闇に閉ざされたアンダーワールド。

 誰も訪れる事のない……。

 いや、踏み入れてはならない領域に、

 この静寂の世界に、

 私達は足を踏み入れてしまった。

 これは私たち風紀委員(ジャッジメント)第177支部の人間が遭遇した、恐るべき地下迷宮の物語である。

 

 私の名前は初春飾利。

 この物語を記す、語り部となります。

 

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

「おい、八雲。今度の日曜日空いてるか? 空いてんならよぉ、ちょいと俺に付き合ってくれねぇか?」

 

放課後の教室にて。

帰り支度をしていた八雲は、仗助にそう言って呼び止められた。

 

「なんだい? 新作のゲームの発売日かなんかだっけ?」

「ちげーよ。ちょいとのん気すぎやしねぇか、八雲よぉ~~。スタンド絡みに決まってんダローがよ」

「――っ!」

 

『スタンド』という単語を聞いて、気の抜けていた八雲の表情が真面目なものに変わる。

 

「ひょっとして、何か仕掛けるつもり?」

 

 八雲は確認をするように尋ねる。

 仗助は肯定の意味を込めてうなずく。

 

「お前が投薬を受けた時に見たっつー職員のネームプレート。……えーっと、確か『刈谷製薬』だったっけ? そこに行って見ようかと思ってよぉ」

 

 仗助に”自分が体験した出来事”を包み隠さず話していた八雲は、「やっぱり」と思わず身震いする。

 

「で、でも。危なくない? 僕達二人だけで敵陣に突入するなんて」

 

 身体だけではなく声までも震えだしたのを見て、「そんなに緊張すんなよ」と仗助が努めて明るく言う。

 

「あくまで確認だけさ。『ブラフ』っつー可能性もあるしな。ちょいと出方を窺って、ヤツラがどう出るのか反応を見るだけさ。こちらから仕掛けるつもりはさらさらねぇよ」

「でも、そううまくいくかなぁ……」

「チラリとでもよぉ、製薬会社の監視カメラに映るだけで良いんだ。俺とお前がそれをやる事で、「俺等はここまで辿り付いたぞ!」っつーメッセージになるからよぉ。その後敵が仕掛けてくるようなら「黒」。全力で叩き潰す。

幸い風紀委員(ジャッジメント)に強力な知り合いもいる事だしよぉ。使わねぇ手は無いぜ」

 

 来るべき時が来た。

 八雲は仗助の言葉を受けてそれを直感した。

 そう、明日も無事だと言う保障は何処にも無いのだ。

 考えてみれば無償で無能力者の能力を覚醒させるなんて真似、敵が進んでする訳が無い。その裏には敵の思惑があり、自分は運よく見逃されていただけだ。

 この命は、組織の人間の腹積もり一つで消し飛ぶほど軽い。

 急に自分の立ち居地が不安定になるような、めまいのするような感覚を八雲は覚えた。

 

 結局、能力を得るという誘惑に負けた時点で八雲の運命は決まっていたのかもしれない。

 だが仗助は「決められた運命に抗え」とでも言うように、八雲の胸を軽く小突く。

 

「八雲よぉ~覚悟を決めな。お前はもう片足突っ込んじまってるんだからよ。

このまま逃げるっつー考えは捨てた方が良いぜ。遠かれ早かれ、敵はやってくるんだからよぉ。

だったら取るべき道は一つっきゃねーだろ。

立ち向かうんだよ、運命とッ。未来は自分の手で切り開かなきゃだろ」

 

 ”お前の心はどう思っているんだ?”

 叩かれた拳から、仗助のそんな思いが伝わってくる。

 

 その言葉を受けて、不安に揺れていた八雲の瞳に決意の火がともる。

 深く深呼吸すると仗助の顔を真っ直ぐに見据える。

 

「……これまで仗助君が体験した出来事も、僕が身に付けたスタンドも、根っ子は同じ所から始まっている。そしてそいつは徐々にこの学園都市を侵食して行っている。僕達にしか止める事が出来ないんならやらなきゃ! だよね」

「――ああっ! 一発かましてやろうぜ」

 

 仗助と八雲は互いに拳を突き出すと、「コツン」と軽く当てあった。

 

 男同士の友情を再確認する仗助と八雲。

 だがそれは一瞬だった。唐突に現れた来訪者によって、その一時は瞬く間にかき消されてしまったからだ。

 

「――東方仗助ぇえええええええええええッ!」

「へ?」

 

 それは白井黒子だった。教室の空間に突如黒子が出現し、半狂乱といって良いくらい取り乱した様子で仗助の名を叫んでいるのだ。

 

「お、おい。白井? お前、一体――?」

「説明は後っ! 問答無用で付いてくるですのッ!!」

「――ちょっ!? おまっ――」

 

 仗助の姿を見つけた黒子はすぐさまその腕を引っつかむと、空間移動(テレポート)で瞬く間に消え去っていった。事態の飲み込めない周囲のクラスメイト達の唖然とした表情を残して。

 

「……えーっと、いってさっさーい?」

 

 一人取り残された八雲はとりあえずのお約束として、仗助がいた空間に手を振り、見送りの言葉を添えてみた。

 

 

 

 

 

 

 

「――うおおっ!? ――って、ここは校舎か? おい白井よ。オメー、一体俺を何処へ――」

「ドコもヘチマもありませんわ! 行くんですのッ、助けに! 美琴お姉さまを都市伝説からッ!」

「――ハァ? さっきから全然会話が成り立ってねぇぞ。御坂がどうしたって?」

「お姉さまッ、待っていてくださいですの! こうして仗助さんを連れてきた今、準備は万全! 今すぐにでもお助けに参りますわッ! だから今しばらくのご辛抱をッ! お姉さまッ~~~~~~~!」 

 

 ……だめだ。完全に錯乱していらっしゃる。

 話しのかみ合わない相手との会話がこれ程疲れるとは。

 黒子とのコミュニケーションを諦めた仗助は、空間移動(テレポート)させられた場所を改めて見渡す。

 

 そこは古びた学校だった。

 所々に亀裂が入り、薄汚れた壁面。割れたガラス。人の気配はまったく無い。

 これは学校と言うよりかつて”学校と呼ばれていたもの”と言った方が正しい表現なのかもしれない。

 つまり、ここは廃墟なのだ。

 

 こんな廃墟な場所に、何ゆえに美琴達が? 

 そう疑問に思った仗助の声が届いたかのように、物陰から初春飾利と佐天涙子が姿を表す。

 

「あ、こんちわー。東方さん」

「本当にすいません。こんな所までお呼び立てしてしまって」

 

 涙子はあくまでフランクに。

 初春はあくまで礼儀正しく。

 対照的な二人の挨拶に迎え入れられて、仗助はホッと胸をなでおろす。

 ようやく話が通じそうな人物と出会えたからだ。

 

 最悪、ぶん殴ってでも黒子を正気に戻す事を考え始めていた仗助は、二人に質問する。

 

「――で、だ。正直な話、何が起きたっつーんだ? 黒子(コイツ)じゃあ話がまったく見えねぇ」

「だから先程から言っているでしょうがッ! お姉さまがッ――モガッ!?」

「はいは~い。白井さん、ちょっと黙りましょ~ね~」

 

 仗助に喰って掛かろうとする黒子の背後に、いつのまにか涙子が回る。そしてその口を塞ぐと、アイコンタクトで初春に「話を進めろ」と促す。

 それを受け、初春が「それでは――」とコホンと一つ咳払い。

 事の成り行きを語り始めた。

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 全ての物語に基点……始まりの動機があるように、この物語にもそれはありました。

 それは放課後、ファミレスの『joseph`s』にて。

 私達4人が都市伝説について談義を交わしていた所から始まったのです。

 

 その日、いつもの様に佐天さんが怪しげなオカルトサイトから入手した情報を私達に披露していました。

 そこで話に出たのが『学園地下迷宮に棲む巨大ワニ』という都市伝説。

 なんでも第十九学区のとある廃校の下には、網の目の様に張り巡らされた地下迷宮が存在し、そこに実験途中で逃走した巨大な白ワニが潜んでいると言うのです。

 

 そのあまりに荒唐無稽な内容に私達は当初、苦笑を禁じ得ませんでした。

 

「この白いワニ。実験の影響で特殊な能力に目覚めたみたいなんですよ。その能力とは、ずばり! どんな能力も無効化してしまう能力!」

 

 ……それって、別の都市伝説サイトに掲載されていた『どんな能力も効かない能力を持つ男』のパクリなのでは……。この時には私も白井さんも話半分で佐天さんの話を聞いていました。

 でも佐天さんの発言で、思いっきり好奇心を刺激された人も存在したのです。

 

「ふーん。面白そうじゃない。『どんな能力も無効化してしまうワニ』……ね」

 

 御坂さんでした。

 御坂さんは「このまま十九学区まで足を運んでみない?」と提案してきました。

「いいですね。いきましょー」と同意する佐天さん。

「お姉さまがおっしゃるなら……」しぶしぶと言った感じで賛同する白井さん。

 この状況で私が反対する道理もありません。当然賛成へ。

 

 こうして、私達は第十九学区へ。

 ちょっとした冒険気分のつもりで問題の校舎へと訪れたのです。

 

 ……後になって、つくづく思います。

 好奇心は猫をも殺すと言う事に……

 

 

 

 ………………………………………………………………

 

 

 

 

 事のあらましを聞いた仗助は呆れたようにため息を洩らした。

 世の中には危険な場所、立ち入ってはならない場所と言うものが少なからず存在する。

 幽霊然り、怪物(モンスター)然り……

 見てはならない、立ち入ってはいけない。そういわれる程、人はその存在を確かめずにはいられないのである。

 それは人間の本能というか(サガ)に当たる部分なので責めるつもりはないし、「覚悟の上なら、止める義理もない」と思う。

 しかし――だ。

 それが自分の知り合いとなると放っては置けない。

 現に先程までの興味ない感じから、仗助の態度は軟化して、事態について詳細に話を聞こうとしている。

 

 困っている人間を見ると手を伸ばさずにはいられない。

 それが彼、東方仗助の(サガ)であった。

 

「――で、ノコノコ都市伝説を確かめに出向いて、御坂がエジキになったっつー訳だな」

「はい。お恥ずかしながら……」初春がシュンと俯きながら答える。

「それで……地下迷宮だっけ? そこの入り口は見つかったのか?」

「はい。この廃校の裏側にあるマンホール。そこが都市伝説によると迷宮に至る道になるようです」

 

 初春が「こっちです」と先導し歩きだす。

 本当は付き合う義理も無いのだが、このまま帰るのも気が引ける。仗助はしぶしぶと言った感じで先導に従う。

 その後に黒子と涙子が続く。当然口は押さえられたままだ。

 

「それで、お前らはマンホールの中に入ったのかよ?」

 

 とりあえず状況を知る必要があったので、仗助は状況を確認する為に初春に問いただす。すると初春は首を横に振り、

 

「いえ。入ったのは御坂さんだけです。白井さんはどうか分かりませんけど、私と佐天さんにはマンホールの中に入ると言う発想は無かったんですよ。都市伝説の一端に触れただけで満足と言うか。でも蓋を開けた時に御坂さんが『猫の声がする』って言って……」

 

 その時の事を思い出したのか身体を震わせる。

 

「『悪戯で閉じ込められたのかもしれないし、もしそうなら手当てしないと』そう言って――」

「――中に入った訳だな」

 

 初春はコクリとうなずく。「……そしてすぐに御坂さんの悲鳴がしました。そのただならぬ声に白井さんはすぐ後を追おうとして……。私と佐天さんはかろうじてそれを押し止めたんです」

 

 話し終えると同時に初春の足が止まる。

 その目前には赤茶けた古びたマンホールあった。

 蓋は開け放たれており、ここからは中の様子を窺い知る事はできない。

 しかし不気味な威圧感だけは感じる事はできた。

 ここが先程から話に上がっている、美琴が姿をくらませた地下迷宮。その入り口らしかった。

 

 廃校のくすんだ様相。

 人の管理から離れ、鬱蒼と生い茂る雑草。

 それらと相まって、そのマンホールは一種の異様さすら醸し出している。

 

「――――っ~~~~」

 

 仗助は思わず息を呑む。

 ぽっかりと口をあけた漆黒の空間は、まるでこちらの意識すら飲み込もうとするようだ。

 

 ――ここ(・・)にこれから入る? 俺とコイツ等が? 冗談じゃあねーぜ。

 

 マンホール下は臭そうだし、制服に汚れがつきそうだ。

 なにより自慢の髪が汚れるのだけは我慢ならない。

 仗助にとって『悪臭・湿気・不潔な場所は』、絶対に足を踏み入れたくない三大要素だった。

 美琴の事は確かに心配だが、こんな曰くありげな穴倉に入る事態だけは絶対にお断りしたい。

 ここはもう、素直に大人の力を借りるべきだ。

 

「……なあ、おい。警備員(アンチスキル)には連絡したのかよぉ」

 

 仗助は手っ取り早い解決方法を提示する。これで美琴を捜索してもらえば事態は解決だ。

 だが初春と涙子は互いに顔を見合わせると申し訳なさそうに首を横に振る。

 

「いいえ、連絡はまだしてないんです。これにはちょっと事情がありまして……」

「ま、まだ御坂さんが行方不明になって10分足らずですし、そこまで大事にしなくても良いかなーって……」

 

 初春と涙子は口々に言い訳がましく口ごもる。

 それに耐えかねたのか黒子が涙子の拘束から逃れ、捲くし立てる。

 

「全ては、お姉さまの名誉を守る為ですわ。考えても御覧なさいまし!

『レベル5の御坂美琴が都市伝説の探求中に行方不明!?』。

こんな不名誉な見出しを、明日の三面記事に掲載させる訳にはいかないですの! 

警備員(アンチスキル)を呼ぶ!? 

捜索隊が組まれるまで、どれ位の時間が浪費されるか考えた事がおありですの!?

そんな事をしてる間に、もしお姉さまの命が奪われるような事があったらどう責任を取るおつもりですの!」

 

 血走った眼を見開き、黒子が仗助に詰め寄る。

 どうして御坂の事になるとコイツはこうも冷静さを失うのだろう? 黒子の頭を抑えつけ、これ以上突進してこないようにしながらも、仗助はやっと自分がここに連れて来られた意味を知る。

 

「――ナルホド。俺は保険っつーことね」

 

 美琴が重大な怪我を負っていた場合の保険。未知の出来事に対処する為の盾役。つまりはそういう事だろう。

 

「その通りですわ! (わたくし)たちがこれから潜るダンジョン(地下迷宮)に、回復係は必須! それを怠ったパーティーには”死”あるのみですわ!」

 

 黒子がバッと両手を広げ、開始を宣言するゲームマスターの様なオーバーリアクションを取る。

 そのあまりの要求度の高さと黒子のハイテンションに仗助は「……お前、正気か? つーか、本気か?」と突っ込みをいれずにはいられなかった。そろそろ本気で病院の心配をした方が良さそうだ。

 

(というか盾役も兼任する回復係ってなんだよ……。完璧に空想と現実をごっちゃにしているぜ、コイツ)

 

 だが黒子は仗助のそんな心配など余所に、「ふざけてこんな事が言えますか! ――(わたくし)大真面目ですわよ!」と一喝されてしまう。

 そして据わった目で仗助を見据えると、

 

「――仗助さん、貴方以前におっしゃっていましたわね。『何かお互いに困った事が協力しようぜ』と。(わたくし)困っていますの! 今、とても、超絶にっ! ……あの言葉。まさか反故になさるおつもりじゃあ無いですわよね?」

 

 逆にプレッシャーをかけられてしまった。

 この思わぬ反撃に仗助は「ううっ……」と唸り声を上げる。

 

 確かにそんな事を言ったような気もする。

 しかしそれを今持ち出すか!?

 揺らぐ仗助の心。

 それを見透かしたかのように、黒子は畳み掛ける。

 

「美琴お姉様にもしもの事があれば(わたくし)生きていけませんわっ。きっと心が死んで一生自室で在りし日のお姉さまの写真を眺めながら過ごすんですわっ! ……ああ、お可哀想なお姉さま。あの時、黒子が強引にでも引き止めておけばこんな事にならなかったでしょうに……」

 

 そう言って地面に跪くと「おいおい」と泣き出す。

 どうやら今度は泣き落としの作戦のようだ。

 その証拠に仗助の方を随時チラチラと窺っている。

 当の仗助はそのことに気が付いておらず「おい、何も泣くこたぁ……」と戸惑いの表情を見せる。

 

「いいえ! これが泣かずにいられますか! きっとお姉さまは今頃白ワニの餌食に! 頭からつま先までむしゃむしゃバリバリと食べられてしまっているに決まっていますわ! そうではないとしても瀕死の重傷で後は天に祈るばかりの状況かも知れませんわ! ……もし仗助さんさえ同行してくれたら、そんな状況は回避できるかもしれませんのに……」

 

 チラッ。と最後にもう一瞥仗助の様子を伺う。

 仗助は頭をがりがりと掻くと、しばらく考え込んだ後、

 

「……ったく、しゃーねーな。言っとくが、手に負えないと判断したらマジで逃げるからな? 恨むんじゃあねーぞ。それでも良いなら、……まあ、ついてってやるよ」

 

 本当に仕方なくといった風に答えた。

 

「――ええ! 勿論ですわ。……初春! さっそく準備に取り掛かりますわよ! これより『お姉さま救出作戦』を敢行いたしますわ!」

 

 泣いた(からす)がもう笑った。

 黒子はガバっと起き上がると初春に指示を送る。

 その表情に先程までの悲壮感は微塵も感じられなかった。

 

(――ったく、『涙は女の武器』って言うが、ありゃ本当だな。回避手段が見つからねぇよ、マジで……)

 

 女性のもつ(したた)かさに舌を巻きつつ、仗助は自分の言った言葉に早くも後悔し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 胴付き長靴。

 かっぱ(黒)。

 LEDライトつきヘルメット。

 携帯用ペンライト。

 非常発火灯。

 

 これが通称・『美琴お姉さまを助ける会』のパーティに与えられる装備一覧だった。

 

「そしてもう一つ。迷宮探索の際に生命線となるアイテムがこれですわ」

 

 黒子が携帯を操作しアプリを起動させる。

 画面は灰色で、マーカーが一つだけ点滅している。

 

「私が以前作っていたアプリ『マッパー君1号』です。起動する事で自分の現在位置を標示し、オートでマッピングしてくれる、今回の必需アイテムです」

 

 装備を装着し終えた初春が仗助達に説明する。

 確かに下がどのような構造になっているかわからない以上、遭難と言う最悪の事態だけは避けなくてはならない。その為にもこのアイテムだけは無くさないようにしなくては。 

 同じく装備品を装着し終えた仗助は、携帯を大事に懐へとしまいこんだ。

 

「佐天さんは地上にて連絡係をお願いします。もし私達からの連絡が途絶えたら、すぐさま警備員(アンチスキル)に通報をよろしくお願いします」

 

 涙子は「わかった。初春、気をつけてね」と励ましの言葉を送る。

 仗助、黒子、初春。

 最短で効率よく美琴を救出するにはこの三人が最適。そう自覚しているからこそ、涙子はメンバーに加えられなくても疎外感を感じることは無かった。

 むしろ彼らに安心感を与えて送り出してやるのが自分の使命! と言わんばかりに、「それじゃ皆、絶対に御坂さんを連れて帰ってきてよ!」と元気よく声をかける。

 その励ましの声援が、僅かでも彼らの心の原動力になると信じて。

 

 

「――それじゃ、仗助さん。初春。行きますわよ」

 

 涙子の声援を受け、まずは黒子が先陣を切ってマンホール下へと入っていく。

 続いて初春。

 最後に仗助が足を踏み入れる。

 

 マンホール下に備え付けられた鉄製のはしごを降りていく度に、地上の青く澄んだ空が少しずつ遠ざかっていく。

 足元は漆黒の闇に覆われ、最初に入った黒子のものであろうヘッドライトの光だけが、僅かに揺らめいている。

 非常に狭い圧迫感、そして次第に立ち込める異臭に仗助は思わずむせる。そして早くも帰りたくなってきた。

 

(こっから米粒のように見える青い空、これが最後に見た光景とかマジで勘弁だからな。頼むから早く見つかってくれよ~~)

 

 どんどんと遠ざかる外の景色を懐かしむ仗助の願いむなしく、周囲は完璧な闇の世界へと変貌を遂げてしまう。もはや上を見上げても外の世界を窺い知る事は出来ない。

 そしてはしごを降りる事数十分。

 

「初春。仗助さん。終着地点ですわよ」

 

 下の方で黒子の声と同時に水に着水する音が聞こえた。

 と言う事は下は下水がたまっているという事になる。

 

(地下世界にたどり着いたかと思ったら、今度は水かよぉ~~……。しかもこの匂い、完全に下水じゃあねーか。勘弁してくれよマジでよぉ~~)

 

 しかしこのまま降りないままと言うわけにも行くまい。

 仗助は「本当に仕方なく」といった風に、黒子の誘導に従い降下していくのだった。

 

 

 

 

 

 

「……コイツは……なんか不気味だぜ」

 

 

 薄暗い周囲をライトで照らしながら、仗助達は地下水路を進んでいく。

 ちなみに水路なので腰の辺りまで完全に浸水しており、改めて装備品の胴付き長靴のありがたさを痛感する事となった。

 

 アーチ状の天井。

 何処に続いているのかも分からない、地下水の流れる不気味な通路。

 時折滴り落ちてくる水滴が不安感を煽る。

 

「お姉さまぁーーーー! 何処におられるのですか!? いたら返事をして下さいですのーーーー!!」

 

 黒子が声を張り上げながら美琴を求めて突き進んでいく。

 しかし今のところ美琴の影も形も見当たらない。

 周囲には時折鼠のなく声が聞こえ、滝の流れるような音がしている。

 こんな所に一秒たりとも美琴を置いておけない。黒子はさらに声を張り上げ、奥へ奥へと探索の手を広げていくのだった。

 

「うん。とりあえず『マッパー君1号』は正常に機能しているようですね」

 

 携帯片手にライトを構えながら、初春はマッピングされていく画面を仗助に見せる。

 画面は仗助達がおよそ1m歩くごとに更新され、新たな道を刻んでいく。

 

「とりあえず今んトコは直っすぐな道だな。だが、御坂は一体何処に行っちまったんだ? 本当に怪物がいたとしても、アイツの能力で何とかならないはずは無いと思うんだがなぁ」

 

 美琴が行方不明になった経緯に今更ながら首を傾げつつ、さらに前進していくとインカムから黒子からの声がした。

 

「《初春、仗助さん。この先20メートル、左右に延びる通路がありますの。(わたくしは)先行し、左へと向かいますわ》」

「……アイツ、勝手にどんどん先に行っちまいやがってっ。御坂の二の舞になったらどうするつもりだ」

「東方さん、急いで追いかけましょう!」

 

 焦る気持ちは分かるがこの状況での独断専行は命取りになりかねない。

 仗助と初春は水面を波立たせ、急ぎ黒子の後を追うのだった。

 

 

 

 ――捜索開始からおよそ30分。

 仗助達は様々な場所を隈なく捜索した。

 設置された扉を見つければ開け、急な傾斜を下り、水が滝のように流れ落ちてくれば身を屈めて避け、どんどんと迷宮の奥へと突き進んでいく。

 しかしいくら捜索しても一向に美琴の姿は見つからなかった。

 

「――なあ白井よぉ……。そろそろ撤収も考えておいた方がいいんじゃあねーか? 想定していたよりスゲー広いぜ、ここ」

「仗助さん、何を言ってますの? ここまで来て、このままおめおめと帰れますかっ!」

「しかしよぉ~~……」

「しかしもカカシもありませんの! 探すんですわよっ、隅から隅まで徹底的にっ」

 

 黒子はそう息巻いているが、気力と体力の衰えだけはどうしようもない。

 このまま無作為に美琴を探すより、一度体勢を立て直した方が得策なのは明らかだ。

 

 そうはいっても黒子は決して首を縦には振らないだろう。説得するには味方を増やす必要があった。

 仗助はチラリとアイコンタクトを初春に送る。

 

 ――捜査を打ち切って、一度撤収しようぜ。

 

 仗助の思惑を察し、初春が「――わかりました」とうなずいた。

 やはり初春もこれ以上の捜索は無謀だと思っていたようだ。

 これで二対一。

 何とか黒子を説得できれば良いが。

 

 仗助と初春は黒子の説得を試みようと話しかける。

 

「なあ、白井よぉ。ちょいと話が――」

「しっ! 仗助さん、お静かにっ。何かがこちらに近づいてきますわっ」

 

 黒子が口元に人差し指を当て「音を立てるな」とジャスチャーする。

 その時の黒子の表情は先程までと打って変わり、いつも見ていた”お仕事モードの黒子”そのものだ。

 

「ああ、やっといつもの白井さんが帰ってきてくれました」

 

 初春はそんなのん気な事を行っているが、それならば『正気な黒子が感じた』この先にいる”何か”とはなんなのだろう。

 とりあえず、何が起きても対処できるように仗助は身構えた。

 

「来ましたわっ」

 

 黒子が指差すその先。前方150メートルの辺りで小さな水しぶきが発生する。

 それはだんだんと数を増していき、急激にこちらへと近づき、やがてその姿を見せる。

 

「で!? でえええええええええええええ!?」

 

 その水しぶきから出て来た”モノ”に、仗助達は絶叫した。

 

 体長およそ20cm。

 床下、下水に生息し、非常に獰猛な地下帝国の主。

 ”ドブネズミ”の大群だった。

 

「キーキー」とうめき声をあげながら集団で爆走してくる様は、まさに『黒い絨毯』。

 その黒い絨毯が3人を覆い尽くす!

 

「「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいい」」

 

 数千、いや数万匹の黒い大群に覆われ、全身の毛が総毛立つ。黒子と初春は声にならない叫び声をあげ、そのまま失神した。

 仗助はかろうじて初春の身体を抱きとめ、水面に落ちる事態だけは避ける。

 黒子は……間に合わなかった。

 白目でぷかぷかと漂う様子はかなり不気味だ。

 

 やがてネズミ達は通り過ぎ、静寂が再び辺りを支配する。先程までの光景が、まさに夢でないかと疑いたくなる静寂だった。

 

「……おい。二人とも、無事か? 生きてるか? おーい」

 

 抱きとめた初春、そして水没しかけている黒子を何とか引き戻し、軽く二人の頬を張る。

 

「うううう……」

「なんか、全身が激しく臭いですの……」

 

 良かった、意識を取り戻したか。仗助は安堵し、壁に体を預ける。

 次の瞬間。

 寄りかかった壁が脆くも崩れ去った。

 

「どわぁああああ!?」

 

 体の支えを失い、仗助は壁の穴に吸い込まれていく。何とか体勢を立て直そうと、咄嗟に黒子と初春の腕を掴む。

 

「何で(わたくし)までーー!?」

「お、落ちちゃいますーーーーっ!?」

 

 巻き添えを食う形で黒子と初春も一緒に奈落の底へと落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

「――いてぇ! おい、二人とも、生きてるか?」

「は、はい。なんとか……。あれ、白井さんは?」

「……初春のお尻の下ですわ。そろそろ退いて頂けると嬉しいのですが」

「し、白井さん。ごめんなさいっ」

 

 暗がりの中、仗助達はお互いの無事を確認し合う。どうやら穴の下は別の通路に繋がっていたようだ。

 しかしこう暗くては状況の把握も出来ない。黒子が「初春、ライトをつけて下さる?」と言う。

 携行していたペンライトを先程のゴタゴタで紛失してしまったからだ。

 だが、暗がりの中返って来たのは「すいません白井さん。落ちたときに無くしてしまったみたいです」という初春の情けない声だった。そしてそれは仗助も同様だった。

 装備していたヘルメットのライトも破損して使えない。このままでは完全に闇の中を進むことになってしまう。

 

「……しかたありませんわ。非常発火灯がありましたでしょう? それでライトの代用を致しましょう」

 

 黒子の提案で非常発火灯を灯す事にする。

 初春が「つけます」と明かりを灯す。

 その瞬間、三人は再び絶叫した。

 

 猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫。

 壁一面、部屋一杯に、にびっしりと猫が(たむろ)していたのだ。

 そして猫達は低い唸り声を上げ、侵入者である仗助達に対して、一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 

「ぎゃ亜アアアア嗚呼あああああああああああああああああああああッーーーー!?」

 

 飛び掛られ、引っかかれ、噛み付かれ、仗助達は抵抗らしい抵抗も出来ずに逃げ惑い、命からがら猫部屋から脱出を果たした。代償に大切なものを置き去りにして……

 

 

 

 

「――おかしい。やっぱりこの空間、おかしいぜ」

 

 猫部屋脱出から数分後。

 非常発火灯を持つ黒子を先頭にして、殿(しんがり)を務めていた仗助は一連の出来事を回想しながら訝しむ。

 思えば壁が崩れた時に、気付くべきだったのだ。

 

「おかしいって、何がですか?」

 

 二人の間にいる初春が訊ねる。前を向いたまま、機械的に足を動かしつつ。

 声に力が篭っていないのはきっと、一連の出来事で精神的に浪費している為だろう。

 

「さっきから何度もやってるんだけどよぉ、俺の『クレイジー・ダイヤモンド』がまったく出せねぇ……」

「そんな!?」仗助の突然の告白に、思わず初春が振り返る。

「こんな事初めてだぜ。スタンド自体が出せなくなるなんてよぉ。まるでこの地下に結界でも張られているみたいに、急に使えなくなっちまった」

「そ、それじゃあ、もしもし何らかの異変が起きても……」

「ああ。悪いが何の力にもなれそうにねぇ……」

 

 初春が「そんなぁー」と絶望の表情を浮かべる。

 それに仗助が「さらに悪い知らせだ」と追い討ちをかける。

 

「――落下した衝撃で携帯がぶっ壊れちまった。お前と白井のヤツだけが命綱だ」

「……え、待ってくださいよ? 実は私の携帯も壊れちゃってて……東方さんか、白井さんの携帯だけが頼りだなって思ってた所だったんですよ?」

「…………」

 

 仗助と初春は前を行く黒子に同時に視線を送る。

 恐る恐る、「おーい、白井さーん」と仗助が黒子に尋ねる。

 

「……もしかしてだが……携帯、壊れてるなんて事ないよな? 大丈夫だよな。な?」

「…………」

「――その沈黙はヤメロォーー! 冗談だよな? 性質の悪いジョークだよな? 頼むからNOっていってくれよ、おいっ!」

 

 たまらず仗助が黒子に詰め寄る。

 黒子は仗助に視線をまったく合わさずに、

 

「携帯は……壊れていなかったんですのよ……。ただ、さっきの猫部屋に落としただけで……」

 

 と、バツの悪そうな口調で言った。

 

「それは使えないのと同義ダローがよぉーーー! それじゃあ、俺達一体何処に向かって歩いてたんだよっ!?」

「そうですよ! これから一体どうするんですか!?」

 

 仗助と初春に口々に責められる黒子が一言洩らした言葉は「……どうしたら良いと思いますの?」だった。

 当然二人から返って来た言葉は「知るかーーーー!」という怒声だった。

 

「うう……そんなに(わたくし)を責めないで下さいまし。お二人に分からない事をどうして(わたくし)が分かるとお思いですの……」

 

 この黒子はダメだ。早く何とかしないと……。がっくりとうな垂れようが、泣き崩れようが、同情する余裕すら今の仗助達には持ち合わせていなかった。

 

 体力は底を付き、精神的にも磨耗し、今いる場所すら不明。

 リーダー(自称)の黒子はまったく使い物にならず、周囲には未知のモンスターが闊歩しているこの現状。

 はっきりいって状況は最悪だった。

 三人はがっくりとその場に腰を下ろし、意気消沈する。

 もうどこにも歩きたくなかった。

 

 

 

 そんな非常な現実に暫しの別れを告げる事5分(現実逃避していたとも言う)。

「さっきのネズミなんですが……」初春が先程のネズミの大群の群れについての話を持ち出す。

 その表情は、『気が付かなくても良い事に気が付いてしまった』といった感じで、心なしか青ざめている。

 

「ネズミが、どうしましたの……」力なくうな垂れていた黒子が、やはり力なく聞き返す。

 

「変だと思いませんか?」

「だから何がですの」

「あのネズミ達……。私達の事なんて完全に無視というか、素通りで走り去っていきました。

まるで、何かから追われて逃げ出している最中みたいに……」

「追われるって……、あんな化け物みたいなネズミが何に追いかけられるというんですの」

「…………」

「…………」

 

 話していている内に怖い想像をしてしまった。

 二人の脳裏を過ぎったのは涙子が話していた『都市伝説の白いワニ』の事だった。

 あの時は一笑に付し、気にも留めなかった。

 だがこの地下迷宮に身を置くうちに、次第にそれは笑い話では済まされなくなってきた。

 

「おい! 二人とも、そこまでだぜ。奥からなんか鳴き声が聞こえる」

 

 次第に怖い想像に支配されつつあった二人を呼び戻したのは、仗助の「接近者あり」の報告だった。

 耳を澄ますと、本当だ。通路の奥のほうから何かの鳴き声がこちらに近づいてくる。

 その鳴き声はネズミでも、ましてや猫でもない。

 もっと大型の……まるで人間の泣き声のようで……

 

「お姉さまぁあああああーーーー!」

 

 暗がりから姿を現した人影を確認するなり、黒子が迷わず走り出す。

 そして抱きしめ、抱擁を交わす。

 その人物こそ仗助達が探して止まなかった相手であり、迷宮探索(こんな所)に駆り出された元凶ともいえる常盤台の超電磁砲(レールガン)

 御坂美琴その人であった。

 

「ああっ、この感触、この匂い、この慎ましい胸! 間違いありませんわ。美琴お姉さまですの!」

 

 ぺたぺたべたべたと、触わら無くていい所まで触りまくる黒子だったが、途中から訝しみ始める。

 

「……お姉さま?」

 

 美琴の様子がおかしい。

 いつもならここで「黒子おおおおおお!」と鉄拳か電撃が飛んできてもおかしくないのだが、目の前の美琴はされるがままだ。

 そして唐突に泣き崩れた。

 

「うええええええええええん! 怖かった、怖かったの。ドコ行っても暗いし狭いし、怖いし、水でべちょべちょになるし……」

「お姉さま……。ひょっとして、あまりの恐怖で退行現象を起こしているのでは……」

「あーーん!! あーーん!!」

 

 恥も外聞も無く泣き喚く美琴を「よしよし」とあやしながら黒子は尋ねる。

 

「お姉さま、答えられる範囲でかまいませんわ。一体何があったんですの?」

 

 すると美琴は体をビクッと震わせ「ワニが……」と声と表情を強張らせる。

 

「ワニ……」仗助、黒子、初春の三人は嫌な予感を同時に感じ取った。

 

「こーーーーんな大きなワニが、私を――」

 

 両腕を一杯に広げワニの大きさを示そうとする美琴の背後で、水面から巨大なワニが姿を現した。

 

 全長約8m。

 色素が抜け落ちたような白濁とした概観。

 そんな巨大ワニが唐突に、何の脈絡も無く、何の前触れも無しに、真っ赤な大口を開けて仗助達に襲い掛かってきたのだ。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああーーーーーーーー!?」

 

 四人は恐怖の雄叫びを上げながら、逃走を開始した。

 あまりの恐怖で潜在能力が引き上げられたのか、4人は驚異的なスピードで水しぶきを上げながら爆走する。

 しかしそこは流石にワニ!

 水を掻き分けながらグングンと仗助達との距離を詰めていく。

 口から覗く鋭い牙をパクパクと開閉し、(仗助達)を求めて襲い掛かる様はまさに殺人ブルドーザーの如し!

 

「やっぱりっ! お前等にっ! 関わんなきゃあ、良かったぜーーーーっ!」

 

 高校生である強みを生かし最前列に躍り出た仗助が、後方の三人に向けて恨み節を口にする。

 それを受けて二番手を走っていた黒子も

 

「そんなことっ! いまさらっ! おっしゃっても、遅いですわーーーーっ!」

 

 と息を切らしながら反論する。「まずはっ! 現状を打開する、方法を――考えるべきでは、ありませんことっ!?」

 

 一方の初春は両手を十字に切り神に祈っていた。

 

「うううう……、お父さん、お母さん。先立つ不幸をお許し下さい。どうやら生きて日の目を見ることは出来そうにありません……」

 

 気を抜けばワニの餌。そんな無情なデッドランに、もはや心は完全に諦めモードだ。美琴に至っては「あーーん! とーーまーーぁ~~ッ!」と未だ幼児退行絶賛発動中だ。

 

 その時前方に左右に伸びる通路が現れた。

 

「黒子ォ!」

「仗助さんっ!」

 

 仗助と黒子は同時に叫ぶ。

 能力が使えない以上、自分達ができる事は少しでも生存確率を上げる事。

 パーティーの全滅だけは絶対に避けなければならない。

 その為には時として無情にならなければならない事もある。

 

「お互いにっ!」

「検討を祈りますのっ!」

 

 仗助と初春は右の通路へ。

 黒子と美琴は左の通路へとそれぞれ分散した。

 これでワニに襲われる確率は二分の一になった。

 

 仗助は後方を確認する。

 ワニは来ていない。

 どうやら幸運はこちらに向いていたようだ。

 

「白井、御坂。すまねえな……草葉の影から俺らの事を見守っていてくれ」

 

 仗助は犠牲になった二人の分まで強く生きようと心に誓った。

 ――と思ったら目の前にあった入り口からお亡くなりになったはずの黒子と美琴が「うおああああーー!」と奇声を発し現れ、仗助と併走し始めた。

 

「でえっ!? お前はアホか? 何でこっちに逃げてくんだよっ!?」

「んな事知ったこっちゃ無いですわっ! まっすぐに逃げてたらここに出ただけですのっ!」

 

 それはつまり、右と左どちらに行っても結局合流する事になったという事だ。

 

「――ってことは……?」

 

 仗助が後を振り返ったと同時に、黒子が出てきた通路から白いワニが姿を現し、再び合流した4人目掛け再び襲い掛かってきた。

 

「だぁーーーーーー! また振り出しかよぉおおおおおおおおおッ!?」

 

 再び始まるデッドラン。

 命がけの追いかけっこの再開だった。

 しかし今回は前回と違う!

 4人+一匹(ワニ)の加速する速度が桁違いに速い、早すぎる。

 

「――!? 何か変だぞ、何かおかしいぞ。なんか、だんだんとスピードが上がってねぇかーー?」

「あ、あ、あ、あ、足が勝手に進んで行きますのぉおおおおおおーー!?」

 

 仗助、黒子の感じた違和感はすぐに分かった。

 通路が次第に傾いているのだ。

 彼らが先に進めば進むほど傾斜は強くなっていき、もはや自力での停止は不可能に近いほどのスピードが出ていた。

 

「まてよ……。下水を流す通路。きつくなる傾斜。水の行き着く先は――……ま、まさかぁ――?」

 

 仗助はこの先に待ち受けているものを予見した。してしまった。

 この先にあるもの。

 それは流れた水を一時的に補間しておくタンク。

 

「ちょ、貯水槽かぁーーーー!? う、うそだろぉーーーー!?」

 

 水のたまった貯水槽に落下。

 ワニも落下。

 4人はワニのランチに。

 

 最悪の結末が待ち受けていた。

 

「冗談じゃあねーーェ! こんな地下の穴倉ン中で、ワニの胃袋に収まるなんて洒落にもなんねぇぞ、コラァ! 考えろ! 何か策が、方法があるはずだ! この最悪の状況から、一発逆転を狙える最善手がッ!」

 

 やがて通路の出口が見えた。一瞬だけ見えた出口の光景を仗助は瞬時に把握! 脳細胞を凄まじく回転させ、助かる道を模索する。

 そして導き出した。

 

 視界に捕らえた8m先、そこに同じように下水を排水している設備を発見!

 穴の大きさは今仗助達が走行している通路と同程度。

 問題はその穴の下に設置されているタラップだ。

 そのタラップに掴まる事さえ出来れば!

 

「いや! ”出来れば”じゃあねーー! ”やる”んだよぉおお! この仗助君なら出来る! 人間死ぬ気になればやってやれねぇーー事はねぇ!」

 

 自分を鼓舞し、気力を高め、たどり着いた終着地点。

 トンネルの一歩手前を踏切板に見立て、仗助は気合一閃! あらん限りの声を張り上げ、跳んだ。

 

「うオアアアあああアアアアああああああああああああああああああッーーーーーー!」

 

 飛んだ。

 陸上選手の走り幅跳びのごとく、空中で綺麗な放物線を描き、仗助は飛んだ。

 時間にして二、三秒にも満たないこの滞空時間は、これまでの仗助の人生の中で二度と経験したくない出来事の上位を占めるだろう。

 やがて重力の法則に従い滑空!

 目標であるタラップが目前に迫る。

 

「掴んだっ!」

 

 これだけは、死んでも離さねぇ! そんな意思を表現するかのように、仗助は体全体でタラップを抱きしめるようにしてしがみ付いた。

 

「やった! うおおおおおおお! やったっ、やってやったぜーーーー!」

 

 とてつもない安堵感と生への充実感が仗助を包み込み、思わず雄叫びを上げた。

 ――が。

 直後にずっしりと、腰周りに衝撃と重みが加わりその感情は中断されてしまった。

 

「?」

 

 仗助は怪訝に思い、衝撃の原因を確かめる。

 

「――じ、仗助さん……」

「げぇ!?」

 

 そこには「ぜーぜー」と息を吐く青白い顔をした黒子がしがみ付いていた。

 そう。

 彼女もまた”仗助と同じ(・・・・・)ようにして(・・・・・)飛んだ(・・・)”のだ。

 

「こ……ここまで来たからには一蓮托生。抜け駆けは無しですわ」

「ひ、東方さんは私達の事、見捨てたりしませんよね? ね?」

 

 その黒子の腰には初春がしがみ付き、泣き顔で仗助を見上げていた。

 そして初春の腰には美琴が「えーーん! とーーまーーぁーーーー!」と泣き崩れしがみ付いている。

 だから「とーま」って誰だよ? というツッコミは置いておくとしても、今の状況は非常にまずかった。

 何故なら仗助がいま掴んでいるタラップ。

 茶褐色の錆がまとわり付いており、状態はかなり悪い。

 ……もとい、とてつもなく酷い。

 現に今も仗助の手の中で鈍い音を立て、嫌な軋み音を奏で出している。そんな状態のタラップに、4人合わせて約200キロもの重量が加えられたのだからたまらない。

 

「うそだろ……」

 

 軋む音は仗助の手の中で益々広がり、ついには支えきれなくなったボトル部分が水面に滑落する。

 水面には先に入水を済ませたワニが口をあんぐりと空け、仗助達が落ちてくるのを待ち焦がれていた。

 

「嘘だ……」

 

 タラップの片側は完全に折れ、もはや取り返しの付かない所まで来ていた。

 およそ数分もしないうちにタラップは完全に壊れてしまうだろう。

 

 それを予感した白いワニは待ちきれないのか口をパクパクさせて仗助(えさ)の到来を待ちわびる。

 そしてその時はついに訪れた。

 重さを支えきれなくなったタラップは根元からポッキリと折れ、4人を空へと放り出す。

 

「嘘だぁあああああああああああああああああ!!」

 

 絶望的な破壊音と絶叫と共に仗助達は水中へと落下していった。

 

 

 

 

………………………………………………………………

 

 

 

 

 これが私達風紀委員(ジャッジメント)第177支部の初春飾利と白井黒子・両名が遭遇した、世にも恐ろしい事件の顛末です。

 この地下迷宮は一体いつから存在しているのか、そしてあの白いワニは何なのか。

 都市伝説で片付けるにはあまりにもおぞましいこの二つの要素を解決する機会は、私達には今後、恐らく訪れないでしょう。

 

 いつの世にもこういった都市伝説・怪談の類は若者の興味を惹き、同じ悲劇は繰り返しては、伝説に新たな物語を添えてきました。

 その歴史に一ページを刻むハメになった私達に言えることはたった一つ。

 

「危ないところには近づくな」

 

 この言葉を持って報告を終ろうと思います。

 

 ちなみに、その後の私達ですが……

 

 ――実は、まだここ(・・)にいるのです。

 

 

………………………………………………………………

 

 

 

「『――実は、まだここにいるのです』、と……」

 

 最後の一文を書き終えて、初春はペンを置く。

 そして周囲に目を向ける。

 そこにはバリケードを敷き、今にも破られそうな扉を死守している仲間達の必死の形相があった。

 

「うおおおおおおお!? 白井! 御坂! 死ぬ気で死守だ、死守! ここを破られたらおしまいだぞ!」

「分かってますわよ仗助さん! 耳元で怒鳴らないで下さいまし!」

「とーーまーーぁーー!」

 

 あれからどこをどう逃げたのか、よく思い出せない……。

 滅茶苦茶に逃げ、気が付いたら一室に閉じこもってたと言うほかない。

 扉を激しく叩くうめき声は先程からひっきりなしで鳴り響き、今にもバリケードを破らんとする勢いだ。

 

「……」

 

 助けも来ない、逃げ場所もない、絶望しかない。

 そんな「ないない」尽くしの現実に、初春は天を仰いだ。が、そこに光る大量の「目に」に思わず立ち上がる。

 

「あ、……あ、……白井さん、東方さん、御坂さん……?」

「なんですの! 初春!? こっちは立て込み中でして、……よ?」

 

 初春の切羽詰ったような声に、必至の形相を浮かべてドアを押さえていた黒子が振り返り、そして固まった。すぐさま隣で同じようにドアを押さえている仗助の肩を叩く。

 

「何だ黒子! こちとら忙しくてそれどころじゃあ……?」

 

 振り返り、黒子を怒鳴ろうとした仗助だったが、黒子が指差す先を視線で追い、同じく固まった。

 

 ――にゃ~~ご。

 

 天井には大量の猫がひしめき合っていた。剥き出しになった天井の配管設備に屯している猫の大群。それらは敵意剥き出しの形相で仗助達を見つめ、今にも飛び掛らんと威嚇の声を上げる。

 そして一匹の猫が鳴き声を上げると共に、仗助達目掛け一斉に飛び掛ってきた。

 

「う、うそだろぉぉぉおおおおおおお!?」

「ぎええええええええ――ッ!?」

「やっぱり、来なきゃ良かったですぅうううう!?」

「とーーまーーぁーー!」

 

 三者三様、いや、四者四様の叫び声が、地下世界に木霊した。

 

 

 ――深い深淵、漆黒の闇に閉ざされたアンダーワールド。

 その闇の中に捕らわれた彼らの悪夢は続く。

 

 助けは、今だ来ない――……

 

 

 

 

 

 

 




「おまけ・裏側の話」

 その廃墟は、彼女にとってまさに楽園だった。
 外敵から身を守る事はもちろん、雨風をしのぐ事も出来る。子供達を育てるのはまさに理想的な環境だった。
 しかしある時からその楽園に出入りするモノ達が現れた。
 ニンゲンだった。
 
 白い服を着たニンゲンが大勢やってきて、銀色に光る箱をたくさん校内に設置し始めたのだ。
 彼女はもちろん身を隠し、彼らが去るまで様子を見ていた。

 白い服のニンゲン達は日中はどこか行き、夜になると戻って、大勢のニンゲンのコドモを連れて来ていた。
 そしてコドモを校内に集めると、透明色をした容器をコドモの腕に刺して回った。
 彼女が不思議だったのはコドモの反応だった。あんな尖ったモノを身体に刺されたら、普通は痛くて声を上げるはずである。しかしコドモは成すがまま、白い服のニンゲンに全てを委ねていた。
 
 そんなニンゲンの奇妙な行動は夜になる度に行われた。
 毎回違うコドモ達を連れてきては、針を刺して回る。
 彼女はそれらの出来事を理解できずに、ただ首を傾げて眺める事しか出来なかった。

 そんな日々がしばらく続いた後。
 彼女はついにニンゲンに見つかってしまった。
 校内につれてこられた彼女は、ニンゲンによって嫌がる身体を無理やり押さえつけられた。そしていつもコドモにやっているように、透明な容器を彼女の身体にも刺してきたのだ
 
 高熱。
 眩暈。
 強い吐き気。

 急激に襲う自分の身体の変化に理解が及ばず、やがて彼女は痙攣し、その場に蹲り動かなくなった。

 彼らにとって、それは余興だった。
 薬品の散布実験は今回で終了となりあとは撤収命令を待つのみ。
 そんな時に見つけた彼女を使っての遊びだった。
 効果は予想通り。
 余剰に成分を投薬された彼女のもがき、苦しむ様を見たかった。
 ただそれだけの、理由の無い悪意だった。

 やがて立ち去る彼ら。
 もし誤算があるのだとすれば、彼女が薬品に対する適合者だった事だ。
 しばらくした後よろよろと立ち上がった彼女は、自分が未知の能力に目覚めている事を本能で自覚した。
 スタンド。
 彼らがそう呼んでいた能力に、彼女は目覚めたのだ。

 鋼鉄製の竹とんぼの様なスタンドフォルム。
 六角形の無機質な眼球。昆虫を思わせる多角的な手足。
 背中に生えた四枚の羽。

 能力は対象に絶対に合いたくない人物や物体、シチュエーションなどの幻覚を共通で見せる事。

 彼女はその能力を使い、家族を守る事に決めた。
 まだ幼い最愛の我が子達。
 自立が出来るその日まで、私が守らねば。
 その為に、ニンゲン達をこの場所に近づけてはならない。

 しかし彼女のそうした頑張りが、『都市伝説・どんな能力も無効化してしまうワニ』を浸透させ、かえって廃墟に近づくニンゲンを増やしてしまったのは皮肉としか言いようが無い。


 そして……

「――おーい。初春ーー! 白井さーん! 東方さーん! さっきすんごい悲鳴が聞こえたけど大丈夫ーー!?」

 仗助達がマンホールに突入してから数分後。
 突如木霊した悲鳴に涙子が駆け寄り、マンホールを覗き込む。

「あれ?」

 美琴の時は非常事態だと思い、それほど詳しく確認しなかった。
 しかし覗きこんでみて分かった。マンホールの下はそんなに深くないのだ。

 ――だって、ライトを当てたらうっすらと地面が見えて、そこに人の足が―― って初春!?

 ライトを足から上方、顔の部分に移動させると、そこには涙子のよく知る親友・初春飾利が仰向けになって倒れていた。
 目は閉じられ、先程からうなされているのか「うーんうーん」とうめき声をあげている。
 
「もしかして!?」

 嫌な予感がして涙子はライトを初春の周囲にかざす。
 するとそこには黒子、仗助、そして行方不明だった美琴が倒れ、初春同様何かにうなされているようにうめき声をあげていたのだ。

「まだなんかいる?」涙子は違和感を感じた。

 その場にいるのは彼らだけではない。
 先程からライトの節々で捉えた、小さな影。
 涙子はそちらにもライトを当てる。
 すると――

「にゃーーご」

 そこには数匹の子猫と、身を挺して我が子を守ろうと唸り声を上げる母猫がいた。




 

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