とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ハーネストは二度と嗤わない

「はい? なんスか?」

 

 何度も鳴らされるチャイムと控えめなノックの音で安眠を妨害された男性は、言葉尻に多少棘を含ませながらしぶしぶと言う感じで応答に答える。

 ドアを開け相手を確認すると、そこにいたのは花柄の髪飾りをした女性徒・初春飾利がにこやかに佇んでいる。

 休日の、しかも早朝になぜ女の子がこんな場所に?

 そう思う男性だったが、右腕に装着された腕章を見てぎょっとする。

 

「黒田はじめさんですね。それともランキング1位『デュエル』さんといった方が良いですかね? 『ハーネスト』が主催していた犯罪サイトの常連さんの」

「っ!?」

 

 その言葉で男性・黒田は初春を押しのけドアの外へ、逃亡を企てようとする――――が。

 

「ぐわぁ!?」

 

 その瞬間に外に待機していた大量の風紀委員(ジャッジメント)達にたちまち取り囲まれ、拘束される。

 

「チクショウ! 何で俺の居所が分かったんだ!? アドレスは完璧に――」

「ええ、確かにそうですね、貴方のアドレスを調べても海外を何重にも経由されて特定は困難を極めましたね」

 

 拘束されてもなお抵抗をやめない黒田に、初春はそっと近づき「でも――」と言葉を続ける。

 

「世の中に完璧な匿名なんて存在しないんですよ? 探せば色んな特定方法が出てくるものです。例えば貴方が使用したソフトウェアですが、「ログ」の事は考えてませんでしたね?」

「ログだと?」

 

 思いもよらない質問に、黒田が聞き返した。

 

 学園都市では情報の秘匿さゆえ企業や個人のものも含め、ネット上のログのやり取りは特定のサーバー内に一定期間保存しておかなければならない。初春は、そのログの保管庫に入り込み、書き込みの時間帯にアクセスしていたユーザーをある程度絞り込んだのだ。

 黒田が使用したソフトウェアはもともと秘匿性の高い代物。使用していたユーザーは限られた数しか存在しないと踏んでいたが、まさに正解だった。あとはその絞り込んだログのIPをさらに詳しく調べれば、相手の名前や住所を特定する事が出来ると言うわけだ。

 

「――まあ、それ以外にも後5通りは特定方法を見つけ出しましたけどね」

「な!?」黒田が驚愕の表情で初春を見る。

 

 ことも何気にとんでもない発言をさらりと言ってのけるこの少女に、黒田は少なからず動揺を禁じえない。

 この見た目トロそうな少女にそんな能力があるとはとても信じられない。

 そして、初春の次の発言で黒田は完璧に打ちのめされる事になる。

 いわゆるチェックメイトという奴だ。

 

「黒田さん、先週『ハーネストのサイト内』に掲載されていた広告をクリックしましたよね? その際別のサイトに誘導されませんでしたか?」

「ま、まさか……」

「はい。あれ、私が作りました。クリックすることで特定のサイトへ誘導させ、使用者のIPアドレスが残るようコードを仕掛けました」

「……そ、そんな」

 

 黒田ははっきりと自分の敗北を理解した。思えば一週間前からサイトの更新がまったくされていない時点で気が付くべきだったのだ。いや、例え気が付いたとしてもこの少女の前では無意味だろう。

 どんなに隠れ、逃げても、全てを白日の下に晒され暴かれる。

 何故か知らないが黒田には初春がそんな存在に感じられて仕方が無かった。

 

「う……うう……う…………ちくしょう……」

 

 黒田はもう抵抗をやめていた。がっくりとうな垂れ、風紀委員(ジャッジメント)が手錠をはめても大人しく従う。

 

「さて、これであらかた片付きましたかね」

 

 お縄を頂戴し、そのまま護送車へ連行されていく黒田を遠巻きに眺めながら、初春は黒子の連絡を待つ。

 この一斉摘発で『ハーネストのサイト内メンバー』はあらかた検挙できるはずだ。

 行動力のある黒子の事だから万が一犯人を取り逃がすと言うことは無いはずだが――と、初春が少々黄昏ていると、携帯から連絡が入る。

 発信者は――黒子からだ。

 その内容は――「無事に検挙終了」というものだった。

 

「あんまりに抵抗するものですから、少々やりすぎてしまいましたの。でもそれくらい、被害者の事を思えば当然ですの!」

 

 おすまし顔で「フン」と息巻いている黒子の姿が想像できて、初春は思わず「ふふ」っと笑みを洩らす。

 

「初春、何を笑ってますの?」

「いえいえ、笑ってなんていませんよ。これでこの事件も一息つけるかなーという安堵のため息が漏れただけですよ」

「なんか釈然としませんが、まあいいでしょう。それでは初春、詳しい内容は支部にて、ですの」

 

 何とか誤魔化せた様だ。初春は黒子からの電話に「また後ほど、白井さん」と返答して携帯を切ると、今度こそ本当の意味で安堵のため息を付いた。

 

 この日、この時点を持って、虚空爆破(グラビトン)事件は一応の終息を見せる事になった。

 

 首謀者である『ハーネスト』事、関谷澪吾は意識不明。

 協力者の介旅初矢、その他多数の関係者を一斉検挙。

 これがこの事件に携わったもの達が迎えた結末だった。

 程度の違いはあれど、今後の彼らの人生は決して平坦なものではないだろう。

 それなりのペナルティ、代価を生涯支払い続ける事となるのだ。

 

 ――それにしても……と初春は思う。

 一連の事件に関わっているであろう組織。スタンド使いを急速に増やす連中の目的は一体なんなのだろう?

 ただ無作為に能力者を量産しているとは考えにくい。

 何か別の意図がそこには含まれているに違いない。しかし現時点ではそれが何なのかまったく分からない。

 

「結局の所、大元を潰さない限り無意味なんですよねぇ……」

 

 今回の『ハーネスト』の一件だけでも、風紀委員(ジャッジメント)及び警備員(アンチスキル)は大きく振り回され、後手後手に回らざるを得なくなったのだ。

 このままではいずれ第2第3のハーネストは誕生し、この学園都市に災厄を招く事になるに違いない。そしてそのための対抗手段を私達(・・)は持ち合わせていない。

 

「はぁ……、色々と、大変なことになりそうです……」

 

 空の天気はこんなにも晴れ渡っているというのに……

 初春の心にはどうにもスッキリしない、もやもやとしたものが燻っているのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒子から聞いたわよ。アンタ大活躍だったみたいじゃない」

「……なんだよオイ。藪から棒によぉ」

 

 あすなろ園での奉仕活動も佳境に差し掛かってきた今日この頃。

 仗助の姿を見つけるなり、美琴はそんな事を口走った。

 口元を吊り上げ、好戦的に「やっぱ、アンタやるじゃん」的な眼差しをこちらに送ってくる。

 それが先日の『ハーネスト』の件だと理解した仗助は、心底うんざりした表情を浮かべた。

 

「あのな。白井から何を聞いたか知らねーが、大した事してねーからな。売られた喧嘩を買っただけっつーかよぉ~~。褒めるんならお前のダチの白井と初春を褒めてやれよ」

 

 この後美琴が言いそうな事は容易に想像がつく。

 どうせ「もう一度再戦しましょ」的な事をいって喧嘩を吹っかけてくるに決まっている。

 どうもこの好戦的なお嬢様は、どこぞのサ●ヤ人よろしく戦闘に飢えているようだ。

 

(――冗談じゃあねェ。お嬢様の酔狂に貴重な休日をこれ以上浪費されて溜まるか)

 

 矛先がこちらに向く前に、仗助は話題を変えることにした。

 

「それによぉ~~、大活躍といやぁお前じゃあねーか。介旅(野郎)の重力子に颯爽と立ち向かった超電磁砲(レールガン)さんよぉ~~。危険な爆弾を前にして悠然と立ち向かうなんざ、男でも中々出来るもんじゃあねぇぜ」

 

 仗助はお返しとばかりに にやりと笑らって美琴を見返す。

『美琴が介旅の爆弾を阻止した』というニュースは即日ネットのニュースサイト全域で配信されたので、知らないものはいないだろう。

 曰く、『お手柄! 常盤台の超電磁砲、爆弾を阻止!』とか『泣く子も黙る超電磁砲、犯人を鎮圧!?』など、多少誇張されている部分もあるが概ね美琴の功績を称える内容ばかりだった。

「肉眼で見てもヤバイと感じたあの大爆発を阻止できるとは、やはりレベル5は伊達じゃあねーな」、とニュースを見た仗助は思ったものである。

 ところが当の美琴は仗助の冷やかしとも取れる発言に、微妙に難しい表情を作りだす。

 俗に言う「ムッとした」と言う奴である。

 

「――私じゃないし、活躍したのは……。あの場の皆を救ったのはアイツ(・・・)だし……」

 

 一瞬、自分の発言に対し腹を立てたのかと思った仗助は、その矛先が別の誰かだった事に安堵する。

 その後に「アイツって誰よ?」という新たな疑問が浮かぶ事になったがプライドの高そうな美琴の事だ、その質問には答えてはくれないだろう。

 

(『やぶ蛇』っつー事もあるからな。ここは何も聞かなかった事にしておくのが正解って気がするぜ)

 

「と言う訳で私は今とっても気が立っているのよ。この身体の中に溜まったもやもやを、何かで発散したい訳なのよ、だから――」

「――ッざけんなっ。何で俺がオメーのストレス解消のお手伝いをしなきゃあなんねーんだっコラッ。そういうのは友達とゲーセンとかショッピングとかで発散しやがれッ」

 

 案の定と言うか、こちらに矛先を向けてきた美琴。なるべく事を荒立てないようにという仗助の気遣いは、まったく意味を成さないものになってしまった。

 

「だってしょうがないじゃない。佐天さんは補習授業とかで来られないし、黒子や初春さんは虚空爆破(グラビトン)事件の後始末とかで忙しいし。私だけ暇してるのよ」

「――いや、だからな……」

 

「オメーは他に友達イネーのかよ」と言葉を続けようとして仗助は思いとどまる。

 もしかしてコイツそういう人(・・・・・)なのか? だからいっつもあの三人とつるんでるのか? 

 もしそうだとすると、仗助の一言は彼女の逆鱗に触れる事に他ならない。そしてそれは即座にバトルに発展していく事だろう。

 

(あぶねぇっ、危うく地雷踏むトコだった)

 

 仗助はほっと胸をなでおろす。

 しかし、世の中には「空気の読めない人間」と言うものは数多く存在する。

 そういうタイプはまったくの無自覚に、人の心の傷を抉ったりする。いわば、思った事がすぐに口に出てしまう性格なのだろう。

 そしてそういうタイプの人間はこの施設に大量にいる(・・・・・)

 

「ねーねー。おねえちゃんって、友達いないのー?」

 

 あすなろ園の子供達だ。

 子供であるがゆえに純粋!

 純粋であるがゆえに性質が悪い!

 美琴は「うぐっ」というカエルが喉を潰したときに出すような声を出し、大量の子供達に向き直る。

 

「な、なんのことかなぁ~~? お姉ちゃん学校でも人気者で、クラスにも友達がたくさんいるんだよー?」

 

(うわあ……、自分で人気者だとか言っちまったよ、このお方はよぉ)

 

 仗助は居た堪れない気持になって思わず顔を覆う。

 かわいそうだが純粋無垢な子供達の波状攻撃に晒されてくれ。骨は拾ってやっからよぉ~~。

 そう願いを込めて仗助は顔を背けた。

 

「え~~うっそだぁ~~、だって黒子のお姉ちゃんが言ってたよぉ」

「へ? なぜにそこで黒子の名が?」

 

 あまりに意外な名が女子児童の口から出て美琴は思わず聞き返す。

 しかし聞かなければ良かったと美琴はその数秒後に思い知ることになるだろう。

 

「お姉ちゃんは、ここーのはな(孤高の華)すぎて周りからきょりを置かれているって」

「こうせんてきで(好戦的)でいっつもじけんに首つっこむしー」

「じゃっじめんとのめいわくも考えないむてっぽう(無鉄砲)なところがあるしー」

「ようちしゅみ(幼稚趣味)なパンツとかパジャマとかもってるしー」

「げこ太ぐっずをゆぶね(湯船)にうかべてえつ(悦)にいってるしー」

 

 凄まじい子供達の波状攻撃だ。蚊帳の外にいる仗助ですら、思わず戦慄を覚えてしまう。

 

(確か美琴(コイツ)の年代の女子って、何か特有のグループに属してンよなぁ。気が合うもの同士つるむっつーかよぉ。そこに一旦ハブられたら、そりゃあ、ぼっちになるしかないわなぁ)

 

 美琴の勝気の強さが災いして、おっとりタイプのお嬢様達では反りが合わなかったというべきか……

 それとも本当に敬遠されていたのかは分からないが、子供達の言葉はグサグサと美琴の身体に突き刺さっているようだ。

 

「黒子ぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 美琴は吼えた。

 まるでこの世の悪意の元凶が全て黒子にあるといわんばかりに、吼えた。

 恐らくこの後黒子は生死の境をさまよう事になるだろう。

 それ位、呪詛の篭った雄たけびだった。

 

(哀れだ……、哀れすぎて、もう、何も言えネェ……)

 

 仗助はそっとその場を離れる事にした。

 まだまだ子供達による責め苦は続きそうだし、この空気の中に颯爽と入り込む勇気を仗助は持ち合わせていなかった。

 ――前言撤回だ、悪いが骨は拾ってやれそうにねェ。

 そう心の中に言い残して、仗助はそこらの物陰でテキトーに時間を潰すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや仗助君。こんな物陰でどうしたのかな?」

「あんたは……えーっと、鏑木さんっすか」

 

 物陰で一息入れていた仗助に声をかけてきたのは、穏やかそうな表情を浮かべた車椅子の老人だった。

 名前を鏑木光洋(鏑木 あきひろ)といい、このあすなろ園の出資者、いわばスポンサーである。

 鏑木は仗助に「覚えていてくれて嬉しいよ」と言い、こちらに近づく。

 

「いや、まあ……俺の連れが子供達と腹を割って話したいッつーモンで、ちょいと休憩です。あと少ししたら行きますよ」

 

 年配の老人に対して寝っ転がったままでいるのもなんなので、仗助は上半身を起こすと姿勢を正す。

 鏑木老人は「そのままで良かったのに」と言ってくれたが、流石にそれは体裁が悪い。

 

「鏑木さんは、いつもの視察っつー奴っすか?」

「まあね。でもそれは建前で、半分は趣味で来てるんだけどね」

「前も言ってましたけど、ホントに子供が好きなんスね」

「……この世には運悪く、家族から愛情を得られない子供達がいる。そんな彼らの表情は決まって無表情で感情も希薄だ。人間が生きていく上で必要なのは、『愛情』だと実感させられるよ。だからね、私はそれを与えてやれる人間になりたいんだよ」

「家族……っスか……」

 

 どこか遠い目をする仗助。

 その哀愁の入り混じった微妙な表情を見て、鏑木は口を開く。

 

「――もしかして、地雷を踏んでしまったのかな?」

「いや、そんなことは……」

「私の勘違いだとしたら謝るが、ひっとしたら君も……」

 

 これ以上隠し立てする事もない。というか特に隠していたわけでもない。正直に話してしまってもかまわないだろう。そう判断した仗助は素直に自分の生い立ちを話す事にする。

 

「まあ、そうっす。俺も親無しなんス」

「そうか」

 

 鏑木は短く息を吐くように言うと、「やはり、両親を恨んでいるかい?」と言葉を繋ぐ。

 

「いや、もう吹っ切れましたよ。顔も知らない両親の事なんてね」

「と言う事は君は生まれた時からこの街で……?」

「はいっす。封筒と一緒に孤児院の前に捨てられてて、そこには「俺を頼む」という文字と、名前が書いてあったそうっす」

 

 ――それは18年前の事だ。

 早朝の午前五時。とある孤児院にみすぼらしいフードを被った女性が、大きな布切れを抱えてその扉を叩いたと言う。

 その布切れの中には生まれたばかりの赤ん坊が入れられており、女性は職員の女性に子供を託すと、すぐさま朝霧の中へその姿を消してしまった。

 風にゆれて見え隠れするフード、そこに揺らめく金髪の髪。

 瞳は涙で濡れ、唇をかみ締め、慌てて姿を消そうとするその様子に只ならぬものを感じた職員と園長は、子供の身の安全を考え、あえて警備員(アンチスキル)に通報する事はなかった。

 そしてその子供は親の愛情を知らず、けれどもそれ以外の人々からの愛情を受け、たくましい青年へと成長を遂げた。それがこの『東方仗助』である。

 仗助は生まれ付いてから不思議な能力を持っていた。壊れた家具やガラス片など、何故か彼が触れると元通りになってしまったのだ。(同じ施設の子供の骨折も治してやったりもした)

 園長と職員の脳裏にすぐさま浮かんだのは、あの(・・)訳ありであろう女性の事だった。

 もし仗助が何らかの怪しげな実験の結果生まれた子供であり、女性はそれを苦に想い逃がしたのだとしたら、いずれここ(・・)にも組織の手が及ぶかもしれない。

 この日から仗助は能力の使用を控えるよう言い聞かせられ、人前で『スタンド能力』を使用する事はなくなった。

 

 ――そして今に至るのである。

 

「――何処の誰とも知れない女性……。生きてんのか、それともどっかで野垂れ死んじまったのか――。どちらにせよ、そんなのは家族とは呼べないっスね。だから恨むとかそういう以前の問題なわけで、特に感慨も無いってのが正直な感想ッスかねー」

 

 仗助は「うーん」と大きく伸びをすると立ち上がる。

 少し他人に身の上を話しすぎたし、気恥ずかしい。

 そろそろここから移動する事にするとしよう。

 それを察してか気を使ってか、鏑木は仗助に対して同情するようなそぶりは見せず「そういえば話は変わるが――」と、話題の方向転換を行う。

 

「さっき言ってた君の連れというのは、御坂美琴さんの事かい? カワイイ娘だよねぇ、彼女は」

「カワイイっすか? まあ、容姿は人並みだとは思うっすが……」

 

 突然の話題の転換に戸惑うも、湿っぽい話よりはマシだ。

 仗助は鏑木の話に相槌を打ちながら、少しずつ気持ちを落ち着かせていく。

 

「いやいや、私が言いたいのは性格の話さ。中々いないんだよね、誰とでも訳隔てなく接する事が出来る人間ってさ。特に、常盤台のレベル5なんて肩書きがついた日には、増長して尊大な態度をとってもおかしくは無いんだよ」

「まあ、言われて見ればって感じスかね……」

 

 確かに常盤台の生徒という肩書きを抜きにしても、美琴(アイツ)は誰に対してもフランクで、話しやすい。あれで誰彼かまわず喧嘩を吹っ掛ける性格じゃなかったら、もう少し回りの人間も寄ってきそうなものなのだが。

 その事を鏑木に話すと、「あっはっは」と大きく声を出して笑われてしまった。

 

「――いや失敬。でもそれは彼女の一面に過ぎないと思うんだよ。本質の彼女はきっと別の所にある」

「別の所、っすか?」

「彼女の事は多少なりとも知っているけれど……、正義感が強くて努力家ってのはね、逆に言い換えると完璧主義者で自分を許せないという事でもあるんだ。きっと問題に対して色々抱え込んじゃうタイプなんだろうね」

「今のアイツを見ても、とてもそんな風には見えないっすけどね」

 

 鏑木老人には悪いが、そこの所は眉唾物だ。あの御坂美琴がうじうじ悩んでいる光景なんて想像もつかない。

 

「まあ、私も専門外なんで話半分で聞いてくれていいよ。私が本当に言いたかった事はね、仮にも年頃の娘さんなんだから、少しは労わってあげようねという老婆心ながらの忠告さ。特に純粋な子供達からの質問責めに対しては、守ってあげないとね」

「げっ」

 

 結局、先程のやり取りは全部聞かれていたという訳か。

「この爺さん飄々としていそうで意外と侮れネェな」そう心の中で想いつつ、仗助は鏑木老人に発破をかけられる形で、美琴の元へと急ぎ戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――18年前の実験……、それに東方仗助だけが生き残った……」

 

 自室の研究室で草薙カルマは片手を口元にあて、机の前を何度も行き来していた。

 自分の考えをまとめる時に彼が必ず行うポーズであり、これを行わないと考えが纏らないらしかった。

 彼を悩ませているのはただひとえに自分達が生み出した能力者の事についてであった。

 

 生成した薬品でスタンド使いを生み出すと言う当初の計画は一応の成果を見せ始めている。

 しかし肝心の”質”はというと、あまり芳しいものではなかった。

 先の『ハーネスト』が引き起こした事件を例に述べるまでも無く、能力に目覚めた人間はその力を私利私欲のために使いがちだ。

 その為だろうか、発生する能力は本人の欲望や願望に起因するものが多く、こちら側(・・・・)にとってあまり有益な能力者は誕生していないのが現状だった。

 

 このぶんでは、彼らの捜し(・・・・・)求めていた(・・・・・)能力者(・・・)が誕生する確率は限りなくゼロだといえよう。

 

「――つまり、既存の人間を使っての投薬実験はあまり効果が無いと言う訳だ」

 

 草薙は自分の考えをまとめる時それを口に出す。これにより効率的に思考の循環が出来、求めていた回答にたどり着けると信じているからだ。

 

「と言う事は1歳未満の乳幼児を使うか? ――いや、それではあまりにも時間がかかりすぎる。結果は即時出さなければならないし、特定の人物が失踪すれば必ず人の手が入る……」

 

 18年前ならいざ知らず、監視体制の行き届いた今では子供の失踪は必ずや捜査の手が及ぶだろう。

 それは組織の瓦解に繋がりかねない重大な悪手だ。

 自分の目的を達成させる為には、この組織がまだ必要だ。草薙はすぐさま別の案を考える。

 

「――となると、残るはクローン培養による投薬実験だけだがこれも”質”の良い人間が求められる。間違っても『ハーネスト』のような精神も底が知れている人物のクローンだけは量産するのは避けたい」

 

 やはり、先程の答えに行き着くか……。草薙の脳裏に「東方仗助」の名前が浮かび上がる。

 

「――18年前の実験……、それに東方仗助だけが生き残った……」再び同じ言葉を呟く。

 しかし、必要なのは仗助本人ではない。

 仗助を(・・・)生み出した(・・・・・)母親こそ(・・・・)重要なのだ。(・・・・・)

 

「彼女の子宮はスタンド使いを育てるのに適した人体構造だったということだ。それはつまり我々が開発した薬品にも適合しやすいと言う事に他ならない。彼女のDNAを元にクローン体を作り出せば……」

 

 草薙は立ち止まるとすぐさまパソコンを立ち上げ、情報を呼び出す。

 当時被検体だった彼女のDNAはすでに採取済みのはずだからだ。

 

「――やはり、あった。」

 

 草薙はニヤリと笑みを浮かべる。

 後は計画を実行に移すのみだ。

 クローン培養の為の施設も、我々の息のかかった施設を間借りすればすぐに実践出来る。

 これで”望んだ能力者”が誕生すればついに、あの方(・・・)に会える――

 

 だが、何故だろう?

 目の前に表示されている一人の女性のプロフィール。

 それに草薙は見覚えがあるような気がした。

 ただそれを深く思い出そうとしても、その部分だけ削り取られたかのように記憶が存在しない。

 やはりこれは、失われた自分の記憶に弊害が――

 

「よォ。なかなか面白そうな悪巧みしてんじゃねぇか」

「――ッ!?」

 

 自分の肩口に手を載せられ、耳元でささやかれる女性の声に草薙は息を呑む。

 研究室のドアにはロックをかけていたはずだ。

 それを解除してやすやすと入ってこれるのはここの研究所所長の――

 

「木原……所長……」草薙が震える声で言う。

 

 先進状況救助隊(MAR)所長こと、テレスティーナ=木原=ライフラインは、にこやかな表情を崩さずにパソコンの画面を見つめる。

 

「――いいじゃねぇか、『クローン量産計画』。今までみたいに無作為に能力者を増やすより足が付きにくいしよぉ~~。いい計画だと想うぜぇ、ただなぁ――」

「ぐッ――?」

「――隠し事はいけないなぁ。計画を実行に移したいなら、きちんと上司に報告しないと。そんな社会的常識も持ち合わせていネェのかよテメェはよぉ~~~~!」

 

 テレスティーナは草薙の胸倉を掴み無理やりこちらに向かせる。締め上げられたネクタイが喉元に食い込み、草薙は苦しみの表情を浮かべる。

 その醜悪な表情、態度。本当に女性なのかと疑いたくなる上司の暴行に晒されながら、草薙はかろうじて口を開く。

 

「……ほ、報告は……後でまとめて行う……つもり、でした……」

「あん? いい訳なら後で何とでもいえるよなぁ?」

 

 そして唐突に「まあいいや」とネクタイから手を離され、草薙は地面に跪くように倒れこむ。

 圧迫されていた喉の器官が解放され、草薙は何度何度も咳き込む。その様子を何の感慨の表情も浮かべる事も無く、テレスティーナは無様に膝をつく草薙を見下ろすと、やがて踵を返す。

 

「レポートは今日中に提出しろよ。事細かく、念入りに、嘘偽り無くよぉ~~、『優秀』なんだからそんくらい簡単だよなぁ、草薙くぅん?」

 

 草薙の耳に嘲笑と蔑みの言葉を残して、テレスティーナは室内から退出していった。

 後に残った草薙は、よろよろと立ち上がると、足元の備品を蹴り上げる。

 

「ちくしょぉおおおおおおおおッ! あの(アマ)、殺すッコロス、ブチコロスッ! いつもいつも研究の成果を根こそぎ奪いやがってぇえええええええええ!!」

 

 机を、椅子を、研究資料を、目に付くもの全てを何度も何度も蹴り上げ、千切り、破壊して、怨嗟の言葉を吐き続ける。

 やがてそれがぴたりと止まると、今度は腹の底から引きつった笑い声を搾り出す。

 

「フフフフ……、アイツは私を追い出せない。何故なら私の価値を知っているから。この計画は私無しでは成り立たない事を知っているから! そこが付け目だ。アイツを出し抜き、必ずや目的を達成させる! お前の細胞と言う細胞をこの世から欠片も残さず消滅させてやるっ!

……その為にも、今しばらくのご猶予をお与え下さい。貴方を現世に降誕させる期間をわたくしにっ! この身体も、精神も、全て貴方に捧げます! ですから、どうかっ! 私に目的を遂げることが出来る精神力と勇気をお与え下さいっ!」

 

 心の底から生まれた笑いと憎悪は途中から成りを潜め、代わりにこの場にいる筈のない誰か(・・)に対しての懇願へと変貌を遂げた。

 その人物(・・・・)こそ草薙が崇拝して止まない存在であり、計画の最終目的でもあった。

 ”彼”を復活させる事だけが、草薙の生きる全てといっても過言ではない。

 そして草薙は天を見上げる。

 神に宣誓するかのごとく、絶対的な自分の主の名前を口に出す。

 

「――『ディオ・ブランドー』さまぁあああああああああああ!!」

 

 草薙の絶叫は天に届いたのか分からない。

 だがその日から草薙は確固たる確信を持って研究に取り組むこととなる。

 この実験は必ずうまくいく、と。

 

 そして実験体(クローン)第29号に能力の発現を確認。

 この時点を持って、彼らの目的は最終段階を迎える事となる。

 最初の実験開始から、僅か二十日あまりの出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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