とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ハーネストは密かに嗤う その⑤

「《白井さん。御坂さんと佐天さんへ連絡がつきました。到着した風紀委員(ジャッジメント)の方々と一緒に避難誘導を行ってくれるそうです》」

 

 インカム越しに聞こえた初春の声に黒子は安堵する。どうやらまだ爆弾は作動していないようだ。

 このまま自分達が到着するまで犯人が行動に移さないでくれると助かるのだが、それは都合が良すぎるだろう。 今出来る事は少しでも早く現場に到着し、犯人の身柄を確保する事だけだ。

 

 ビルとビルの間を空間移動(テレポート)を駆使して、現場へと急ぐ。

 

「おい。間違っても落っことすんじゃあねーぞ」

「仗助さん、少し黙っていなさいな。舌を噛みますわよ」

 

 黒子の腰に手を回しながら、苦言を呈す仗助。

 一方の黒子はそんな事などお構いなしで、転送を繰り返す。

 

 仗助が非難の声をあげるのも無理はない。現在時速200km。風速にして60mの風に晒されている訳である。

 体感する寒さと風圧、そして落下していく感覚は何処のテーマパークの絶叫マシンより恐ろしい。

 

(確かよぉー、スカイダイビングの最高落下速度がそれ位だったよなぁー。そいつを短時間で何度も繰り返してるようなモンだぜ。到着するまで耐えれんのか、俺?)

 

 そんな仗助の不安を余所に、初春から連絡が入る。

 

「どうしましたの? 初春」

「《虚空爆破(グラビトン)事件容疑者と思しき学生を確認しました。名前は介旅初矢。能力はレベル2の量子変速です》」

「レベル2? しかしそれでは対象の爆破などどても――」

「《白井さん、思い返してください。最近書庫(バンク)に登録された能力レベルと被害状況に食い違いがある案件が多発していませんか?》」

「それは確かに……」

 

 初春に指摘され、黒子は今まで逮捕した犯人達を思い浮かべる。

 銀行を襲った発火能力者(パイロキネシスト)、連続眉毛狩りの視覚阻害(ダミーチェック)の少女。その他にも諸々、高レベルの能力者による犯罪が急激に増加している。

書庫(バンク)に登録されている当人達のレベルは本来1や2なのにも関わらずである。

 

「《そこで私が思い浮かべたのが、最近ネット上で話題になっている幻想御手(レベルアッパー)です。

もしそれが実在のもので、これまでの事件の容疑者達が幻想御手(レベルアッパー)を使用していたら? 

それが今回の虚空爆破(グラビトン)事件にも当てはまったら?》」

「――ありえない、と言う事はありえませんわね。

現に『スタンド』などというありえないものが存在しているのですから。

それで、初春はなぜ介旅が犯人だと特定できたんですの?」

「《量子変速の能力者は確認されているだけで12人。

その内一人は入院中なので容疑者は11人。

彼らの顔写真を自作した認証プログラムに組み込み、セブンスミスト内の監視カメラの映像からその11人だけを抽出するようにしたんです。そして浮かんできたのが――》」

「介旅初矢、と言う訳ですわね」

 

 セブンスミストに急速な重力子の加速を確認し、その現場には量子変速の能力者である介旅がいた。

 偶然にしてはあまりにも出来すぎた話だった。いや、ほぼ「黒」とみて間違いないだろう。

 

 セブンスミストを視界に捕らえる。

 後は一刻も早く介旅の身柄を押さえなければ。

 黒子がそう思った矢先――

 

 ……大きな衝撃音と共に、セブンスミストから火の手が上がった。

 

「お姉さまッ――」

 

 激しく燃え上がるセブンスミスト。悲鳴をあげる街の人々。

 炎と立ち込める黒い煙を眼前に捉え、黒子は息を呑む。

 遠目からでも良く分かる爆弾の威力。

 いくら美琴といえど当たり所が悪ければ重傷を負いかねないほど強力なものだ。

 

 爆発から数秒の誤差で現場に到着する。

 周囲は退避した非難客でひしめき合い、騒然となっている。

 

(――ん? あれは……)

 

 その人だかりの中に見知った顔を見つけた黒子は大急ぎで駆け寄り声をかける。

 

「佐天さんっ、お姉さまはっ!?」

「あっ……? 白井さん……と、ええと……仗助さん? 何でここに? ――ってうわ!?」

「そんな事は後ですのっ。お姉さまはっ!? 一緒では無いんですのっ!?」

「そ、それは……。私、風紀委員(ジャッジメント)の人に他のお客と一緒に非難して下さいって言われちゃって……。そしたら爆発が起こって、慌てて御坂さんに電話したんだけど繋がらなくて……」

 

 黒子に身体ごと揺さぶられ、しどろもどろになりながらも何とか要点をかいつまんで説明する涙子。

 仗助に「そこまでにしろよ」と止められるまで、さらなる状況説明を求める黒子は完全に冷静さを欠いていた。

 その様子を見かねた仗助は、「――(美琴の所へ)行ってくるか?」と黒子に言う。

 

 黒子は一瞬身体を震わせ言いよどむ。その一瞬の間に脳内では様々な葛藤が行われたのだろうが、やがて首を横に振る。

 

「――いいえ。今は『ハーネスト』、及び介旅の確保が最優先ですわ。

お姉さまはきっと大丈夫。だってあの方は常盤台のエース、無く子も黙る超電磁砲(レールガン)ですもの」

 

 そういって気丈に振舞う黒子だが、内心不安で一杯なのはありありと見て取れた。

 その不安な気持ちを、犯人を逮捕するという思考に切り替える事で意識の外へと追いやると、インカム越しの初春に指示を仰ぐ。

 

「それで初春、この爆発が起こった後の介旅の足取りは? まさか自爆した訳ではないのでしょう?」

「《はい。確かに強力な爆発でしたが、そこで自爆をさせるのは『ハーネスト』の意図から外れていると思います。目的達成の為、介旅はまだ生かしていると考える方が妥当だと思います》」

「この爆発は全ての犯行を介旅だと思わせる為の囮、と言うことですわね」

 

 黒子は頭の中で思案する。

 もし全ての犯行を介旅に擦り付けるつもりなら、自分ならどうする? と。

 そこで思い出したのが『ハーネスト』の手口だ。これまでの犯行は監視カメラの死角を付き、自分自身をまったくカメラに登場させなかった。しかし今回はその必要が無いのだから――

 黒子は答えを導き出す。

 

「この締めの事件は、『介旅こそ全ての事件の犯人である』と(わたくし)達に印象付ける必要がありますわ。その為には全面的に介旅の影をちらつかせる必要がある訳ですわね。恐らく、そこで活用すると思われるアイテムは、『監視カメラ』――」

「《つまり、今回はあえてカメラの前に姿を晒し、『事件前後に目撃される不審人物・介旅』を演出すると言う訳ですか。なかなか手が込んでいますね》」

「ですが、これはチャンスでもありますわ。カメラの前に姿を晒すと言うことは……」

「《こちらからでも、介旅の姿を補足する事が可能と言うことですね》」

 

 恐らく凄まじい情報処理速度でセブンスミスト周辺の監視カメラ映像を索敵しているのだろう。

 無言となった初春が叩くキーボードの音だけが黒子の耳に響く。

 

「《白井さん、分かりました。介旅の現在位置が》」

 

 そしてわずか30秒の沈黙を持って、初春は介旅の足取りを特定する。その内容を聞いた黒子はそれを仗助にも伝える。

 

「なんつーか……。超絶に慌しい一日だったが、それももうじき終わりだな。俺が野郎をぶちのめしてよぉーーッ」

 

 仗助は口の端を吊り上げる。いよいよハーネストと直接対面の時を控え、気分が高揚しているのだろう。

 それは例えるなら山登りから半日経過した時に登山者が見た、「残り十メートルで山頂です」という標識の様な妙に開放された気分と言うべきか。

 散々手間がかかったが、それだけに関谷をぶっ飛ばした時に感じる爽快感もひとしおだろう。仗助は早朝から今までの苦労の帳尻を”ソレ”で合わせることにした。

  

「ぶちのめすぜ、絶対によぉ~~ッ!」

 

 仗助は意気揚々と『ハーネスト』の元へひた走る。

 

「ちょっ!? 仗助さん! 独断専行はおやめになってっ!」

 

 涙子に「絶対にここから動かないで下さいまし!」と念押しした後、黒子も後に続く。

 

 そして後に残った涙子は……

 

「えっと……。どゆこと?」

 

 一人事態を把握できず、頭に大きなクエスチョンマークを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《おいおいおいおい、へばらずに歩きなよ。ホラ、歩けったら》

「う……うううう……うあああああ……」

 

 人気のない裏路地にて介旅は地面に突っ伏し嗚咽を洩らす。

 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、恥も外聞も無くハーネストの発破にも”いやいや”と首を振るだけで動こうとしない。

 

「もう、嫌だ。もう動きたくない。どうせ何をしても殺されるんだろ? だったら、せめて人気のない所で死にたい……」

《何、今更正義感ぶってるんだよ? これまで散々てめえの能力で被害者出してきたダローが。罪滅ぼしのつもりか? ええッ?》

「もういい……もう僕は一歩もここから動かない。殺したけりゃ殺せよ……」

《チッ》

 

 完全に自暴自棄に陥った介旅の様子を見てハーネストは舌打ちする。

 

 ――脅しすぎたか……。この能力、完全に相手をコントロールできネェのが一番の難点だな。この間の女もコンビニなんかに逃げやがるしよ。

 

 あの時は本格的に”殺人ゲームの開催”をサイトの連中に宣言したばかりの頃だった。

 連中に被害者の写真を取らせ、その写真の良し悪しをサイト内で語り合って愉しもうという趣旨だったのに、さじ加減を間違えてつい女性を脅しすぎてしまった。その為当初の誘導場所とはまったく逆のコンビニ《グリーンマート》に逃げ込まれてしまった。

 おまけに風紀委員(ジャッジメント)も迅速にやって来たものだから、不本意ながら爆破せざるを得なくかなったのだ。

 

 ――まあ、仕方ない。予定外の事と言うのは起こるのが常ってもんだ。大衆の面前でコイツを爆破したかったが、別にここでもかまやしねぇ。

 

 重力子の急激な変化は風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)側でも観測しただろうし、監視カメラにもネット上にも介旅(コイツ)の姿は晒しあげた。自宅には遺書めいたものも用意したし、どんな馬鹿だろうが犯人は介旅で決着をつけるだろう。

 犯人死亡で決着がつけば、決して関谷(自分)に捜査の手が及ぶことは無い。

 よしんば気が付いたとしても、その時には自分は学園都市にはもういないのだから。

 

《……はぁ、もういいぜ。ここでオメーを爆破することにする。ホントはもっと大衆の面前で行う予定だったが……。結局、最後まで”能無し”だったな、テメー》

 

 ハーネストは頑として動こうとしない介旅を罵倒すると、腹いせとばかりに自分の能力で盛大に爆破することに――

 

「待ちな」

《――っ!?》

 

 自分に声をかける人物の存在に、ハーネストは爆破を取りやめる。この声には聞き覚えがあったからだ。

 

《――これはこれは、東方仗助。まさかこんなに早く俺の元までたどり着くとは思わなかったぜ》

 

 ハーネストが振り返ったその先、そこには鋭い眼光をこちらに向けている仗助と黒子がいた。

 

「『ベリーハードモード』だッつッたろーが。ここまで労力をかけた時間分テメーをブチのめすからよぉ~~、テメーそこから動くなコラッ!」

風紀委員(ジャッジメント)ですの。介旅初矢及び、『ハーネスト』こと、関谷澪吾! あなた方を殺人、及び器物損壊、その他諸々の罪状で逮捕致しますの!」

 

 仗助はビシッとハーネストに対し指を刺し、黒子は右袖につけた盾の紋章が入った腕章を高々と見せ付け叫ぶ。

 その二人のコンビがあまりにおかしかったのか、ハーネストは「クククク」と堪える様な笑い声をあげる。

 

「おいおい仗助ェ。隣のちんまいのは何だよぉ? こりゃまたかわいい相棒を見つけたモンだなぁ。ククククッ」

 

 ハーネストが嗤う。

 喉元に憑り付いているハーネストは介旅の声帯を振動させ、”声”として肉声を発生させたのだ。

 だから、黒子にもその醜悪な声がはっきりと聞き取れた。

 

「先程の発言。聞き捨てなりませんわね」

 

 ハーネストにちんまい発言をされた黒子は憤慨し、すぐさま反論しようとする。のだが、「そこまでにしな」と仗助に先を越されてしまう。

 

「あんまり俺の『仲間』を侮辱するモンじゃあねーぜ。実際、こいつ等がいなかったら、俺はこうしてこの場所にイネーだろーしよぉ。結構優秀なんだぜ? 見た目に反してよぉ~~」

「仗助さん……」黒子は一瞬目を輝かせて、「最後の発言だけ余計ですわよ」とジト目で仗助を睨んだ。

 

 そしてすぐさまハーネストにも鋭い視線を送ると

 

「もう観念なさいまし。既に警備員(アンチスキル)と連絡を取り合って、この辺り一体を封鎖中ですわ。もう貴方に逃げ道はありませんの、馬鹿な考えは捨て、介旅を解放なさい!」

 

 声高々に投降を呼びかけた。

 その呼びかけに、ハーネストは嘲笑を持って答える。

 

「確かに。くくくく、ここまで迅速に手が回っちまってるとは予想外だったぜ。侮ってたぜ、学園都市の優秀な風紀委員(ジャッジメント)様をよぉ。まあ、その辺の反省は次回に生かすとするかね」

「あなた、まだそんな事を!?」

 

 黒子は一瞬我が耳を疑った。

 この男は、この期に及んでまだ逃げ延びる自身があるといっているのだ。そしてその自身は決して口だけのものではないと奴の口調で分かる。

 

「俺の本体は後数十分で学園都市から出られる所を移動中だ。ここでお前らがやってる事はなぁ、はっきり言って『無駄』以外の何者でもないんだよぉ!」

「この男っ! 性根まで腐りきってますの。良心の欠片など、微塵も持ち合わせていない!」

「良心だぁ~? お嬢ちゃん、もしかして『犯人にも同情するべき過去が~』とかそういうのを期待してたのかい? だったら言うけどヨォ……。『ないんだなそれが』」

「っ!!」

「俺は生まれてから今まで弱いものいじめが大好きでよぉ、無抵抗な人間に好き勝手すると『最っ高にスカッと』するんだよぉ~~。そこに理由なんてネェ。俺の本能というか精神が『そうしたいからする』ただそれだけだぁ」

 

 吐き気を催すほどの邪悪とはこの男の事か。コイツはこの学園都市から出たらこれまで以上の殺戮をゲーム感覚で平然とやってのけるだろう。この男の逃亡を絶対に阻止しなければ!

 黒子はふとももに装備していた鉄芯をそっと取り出す。

 

 それを見たハーネストが「だから無駄だっつーの」と黒子に言う。「俺はスタンドなんだぜ! スタンドに物理攻撃が効くかよぉ~~ッ! それに例え介旅(コイツ)を拘束したとしても、爆弾はとまらねぇぜ! むしろそのせいで早めに起爆させるかもなぁ!」

「――ッ!?」

「そうしたらお前はどう思うかなぁ? 『自分のせいで爆弾が作動しちまった』っていう自責の念でこれから過ごすのかなぁッ~~!! それはそれで面白れぇがなぁ!」

 

 手にした鉄芯が思わず震える。

 何を置いても犯人を逮捕する、黒子はその心構えでこれまで風紀委員(ジャッジメント)を続けてきた。

 しかし、これほどまでに明確な悪意を持った相手と対峙した経験はこれまで一度も無かった。

 だから黒子は迷う。自らが手を汚さなければ止められない悪意と出会った場合、果たして自分には”ソレ”が出来るのか、と。

 まだ十代の少女には酷な選択だ。

 そして迷いは正直に身体にも伝わってしまう。

 鉄芯をもつ手が汗ばみ、ハーネストに対し攻撃が出来なくなる。

 黒子が自分に対して攻撃できないと悟ったハーネストは

 

「これで理解しただろう?”俺を捕まえるのがどんなに無謀な事か”がよぉ~~!」と言い、今度は仗助のほうへ視線を合わせる。

 

「何故ならよぉ――、介旅(コイツ)の身体を爆破したら、スタンドは霧状になって自動的に本体の元へと戻っちまうんだよぉ! 仗助ェ! お前のスタンドで霧を捕まえられんのかよぉ!? できねぇよなぁ!」

 

 ゲラゲラと勝利を確信し笑うハーネスト。

 完全に勝利を確信した笑いだった。

 ここでの勝利とは戦闘に勝つことではない。相手を出し抜き、犯行をやり遂げたという精神的な勝利を得る事だ。

 そして敗北とは『良いように遊ばれて相手を取り逃がした』という『精神的敗北感』を植え付けられる事だ。

 そのことをハーネストは十分に熟知している。

 だから嗤い、蔑み、馬鹿にする!

 

 

 ――それだけは、死んでもさせねぇ……。これからの人生で、一辺たりともアイツに笑みを浮かばせることはしたくネェ!

 

 それではこの事件で死んでいってしまったもの達が、あまりに哀れだ。仗助は静かに怒りの炎を燃やし、思考する。

 

 これまで沈黙を守り、ハーネストに良いように言わせていたのは決して臆したからではない。

 反撃の手を考えていたからだ。

 どのようにしたらハーネスト(あの野郎)に一泡吹かせられるのか。

 一番の問題は距離だ。

 自分とハーネストとの距離。有に5mの隔たりがある。

 自分の『クレイジー・ダイヤモンド』の射程距離は1m程度で、後4m足りない。

 攻撃を届かせる為にはどうしてもハーネストのそばまで近づく必要があるのだが、それを許すほど奴も甘くは無いだろう。

 

 少しでも近づこうものなら、いきなり爆破して終了だ。これを補う為には……

 

 

「……さっきのお前の判断だけどよぉ~~」

 

 仗助は黒子の方へ向き直るるとそっと肩に手を載せる。

 

「な、なんですの? 突然?」

「さっき介旅を攻撃しなかった判断。俺は正しいと思うぜ。あんなクズ野郎の命を、お前が背負い込む必要はねぇぜ」

「ですが、(わたくし)はそれでも、介旅にも助かって欲しいんですのっ。風紀委員(ジャッジメント)の活動内容は学園都市の治安維持を守る事。そして治安維持とは人の命を預かること。その中には介旅自身も含まれていますの」

 

 黒子は真剣な表情でそう答える。嘘偽りの含まれない純粋な眼だ。

 仗助は素直に感心する。

 

 ――ホント、今時こんな”自分を持った人間”と言うものにはお目にかかれねぇな。

 

 だから腹を決めた。仗助(自分)ひとりではなく黒子(コイツ)の命も巻き込む覚悟を完了した。

 

 仗助は「分かったぜ、お前の言い分」というと小声で黒子に耳打ちする。

 

「だからよお前の力、ちょいと貸してくれよ。『野郎をブチのめす』、『介旅も助ける』。一粒で二度美味しいとっておきの作戦があんだよぉ。その為にお前の命、俺に預けてくれ――」

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ハーネストさんよぉ」

 

 仗助はハーネストに向けて一歩足を踏み出す。

 

「御託を並べての自慢話はもううんざりだぜ。だからよぉ~~、シンプルに行こうぜ」

「あん?」

「爆破……しなよ。介旅ごとよぉ~~。自慢の爆弾で吹っ飛ばしな。……だがよぉ~~」

 

 仗助がハーネストとの距離を詰める為に全速力で駆け出す。

 そして『クレイジー・ダイヤモンド』を出現させる。

 

「俺のスタンドは素早いぜ? ちょいと本気をだしゃあ時速300キロは余裕で出せる。ソイツでお前のスタンドをぶちのめす!」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』が拳を構え、臨戦態勢を取る。その気になればいつでもパンチを繰り出せるように。

 

「どっちが早いか、勝負しようぜ? 俺の拳とオメーの爆弾とよぉ~~! 分かりやすい簡単なゲームだろ? お前、ゲーム好きだもんなぁ~~!」

「…………ハッ」

 

 クレイジーダイヤモンドの拳を見てハーネストは思わず息を呑む。この拳で殴られたら、恐らくただでは済まないだろう。

 躊躇はない。全力の一撃が確実にやってくる。

 しかしそれは当てられたら(・・・・・・)の話だ。

 

「――だが、距離が遠いネェ! お前のスタンドの射程距離は精々1m、俺の所に到達するにはちょいとタイムオーバー気味のようだぜぇ!」

 

 仗助が到着す頃には自分は悠々と逃げおおせている。

 その余裕と、絶対の自信を持ってハーネストは介旅の身体を爆破する事にする。

 

「アバヨォオオオオオ! マヌケな住人達っ! 俺は新天地で悠々自適に暮らすぜェーーーーッ!」

 

 その瞬間、介旅にはめられた首輪が大きく歪み、破裂した。

 

「黒子ぉおおおおおおおおおおおッ!」

 

 仗助が叫ぶ。背後にて待機していた黒子に合図を送る為に。その号令に反応し、黒子が空間移動(テレポート)する。

 

 一度目の跳躍で仗助の肩口に手を押しやり、瞬時に跳躍! 仗助ごと介旅の眼前まで転移する。

 そして――

 

「ドラァァァァァァァァァァァァアアアアアアアーーーーッ!」

 

 『クレイジー・ダイヤモンド』の拳がバラバラに千切れ飛んだ介旅の身体(パーツ)を殴りつけた。

 爆破が、止まる。

 まるで動画を再生中に一時停止(ポーズ)ボタンを押してしまったかのように、一瞬、世界が止まった。

 

「――俺の『クレイジー・ダイヤモンド』。能力は破壊された物体やエネルギーを『元に戻す』」

 

 仗助の言葉通り千切れ飛んだ介旅の首も、バラバラに飛び散った手足も、まるで逆再生をかけたかのように元の一つの、『介旅初矢』という物体に戻っていく。そして戻るのは介旅だけではない。

 

「『元に戻す』っつーことは、憑り付いていた『スタンド』も元に戻るっつー事だぜ。爆破する前の、介旅の首元によぉ~~~~」

「な、なんだとーーーーッ!?」

 

 介旅を爆破し、霧状に変質したハーネストが強制的に引き戻されていく。上空を漂っていた身体が、まるで渦に飲み込まれるボートのように中心の介旅の元へと。

 

「お前、確か霧状だったら捉えられないっつってたよなぁーー。だったらよぉーー、『捉えられる状態』になるまで待ってよぉーー」

 

 霧状だった身体が再び首輪状へと変わり、再び介旅の首元へと――

 

「――そこを捉えるぜッ!」

 

 『クレイジー・ダイヤモンド』の拳が瞬時に動く。首輪が介旅に装着されるよりすばやく、『ハーネスト』を捉える!

 

「ゲェエエエエエエエッ!?」

 

 驚愕の声をあげる『ハーネスト』。

 硬く閉じられた『クレイジー・ダイヤモンド』の拳にはしっかりと『ハーネスト』が握り締められていた。

 

「これで文字通り、テメーの『首根っこ』をひっ捕まえた訳だよなぁーーーー。無抵抗の状態で嬲られる気分ってモンがどんなものか、オメー自身の身体でじっくり味わってもらおうか、コラッ」

 

 仗助はそういって『ハーネスト』をビル壁に思い切り叩き付けた。

 コンクリートが砕け、ハーネストがめり込み、鉄骨の中へと埋没していく。

 

「う、うひぃいいいいいいいいぃ!ッ?」

 

 壁にめり込んだ『ハーネスト』が悲鳴をあげる。物理的なダメージだけではなく恐怖から。

 何故なら、ハーネストの身体は埋め込まれたコンクリートと鉄骨と共に”同化”してその場に固定されたからだ。

 

「お、俺の身体がぁああああ!? ビルと一体化してるぅぅぅうううう!?」

「そこがお前の『棺桶』だぜ。オメーは他の人間の目に見えねぇし、触れネェ。法律上は誰もお前を裁くことは決して出来ネェ。だからよぉ――」

「ま、待てっ!? 俺を殺すつもりかぁ!? ほんの高校生のお前が、これから人殺しの罪を背負って生きていくってのかぁ! そんな重圧にお前は耐えられんの……くわぁッ!?」

 

 ハーネストはそれ以上しゃべれなかった。言葉より早く『クレイジー・ダイヤモンド』の拳が叩きつけられたから。

 

「オメーの罪なんて背負わねぇし、その義務もネェ。俺はただ、この街の人間が出来ない事を代行するだけだ。それはなぁ~~~~」

「ヒ、ヒィィィィィイイイイ!?」

「――オメーを、刑務所送りにすることだッ! 今まで殺してきた人間達に詫びを入れながら、一生をこの『牢獄』で過ごしなッ! ――ドララララララララララララララララララララララララーーーーーーーーッ」

 

 音速の連打(ラッシュ)が壁に叩きつけられる。その衝撃にビルの壁面は轟音を立てながら亀裂を発生させ、砕けた破片が何度も空に飛び散る。

 

「ドララララララララララララララララララララララララララララララララーーーーーーーーーーッ!!!!!」

「ゲピィィィィィィィィィィーーーーッ!?」

 

 拳が唸りをあげ『ハーネスト』に突き刺さるたびに身体はどんどんと周りのコンクリートと同化していく。

 身体を細切れにされ、意識を消失しそうになっても、その度に痛みと衝撃で覚醒させられる。

 そしてついに『クレイジー・ダイヤモンド』の攻撃が止んだとき、”彼は”まったく別の何かに変質していた。

 

「……………………」

「あばよ、『ハーネスト』。これからのオメーの生活に同情もしねぇし、何の感慨もねー。もう、誰もオメーの声を聞かねぇし、気付く事もねぇ。この『檻』の中の世界で、オメーがほざいていた”新生活”とやらを始めるんだな」

「……………………」

 

『ハーネスト』はこの街と同化した。街の建造物と一体化し、一生をそこで終えるのだ。

 意識だけはあるのに動く事も話すことも出来ない、無間地獄。

 やがてどうあってここから出られないと悟った彼は、――考えることをやめた。

 

 

 ――同時刻。

 

 関谷澪吾は意識を失い、その場に倒れた。

 逃がし屋の男達は「どうした」と声をかけたが、関谷は答えない。

 心臓は動いているのだが、肝心の精神がどうにかなってしまったのか。

 

 別段関谷を助ける義理も人情も持ち合わせていない彼らは、契約通り学園都市の外に関谷を投げ出すと再び学園都市の中へ、そのまま姿を眩ますのだった。

 

 学園都市の警備ロボが関谷を発見したのは、それから5分後の事であった――

 

 

 

 

 

 

「どうやら、決着は付いたようですわね」

 

 事の成り行きを見守っていた黒子が声をかける。その傍らには手錠をかけられ拘束されている介旅の姿が。

 息をしている。

 どうやら無事助かったようだ。

 

「俺の『クレイジー・ダイヤモンド』は死んじまった生命までは直せない。だが『爆破した瞬間』なら例え身体が吹っ飛ぼうが直すことは出来る。グレートにヤバイ作戦だったが、無事成功して「ホッとした」ってのが正直な感想だな」

 

 この作戦。一瞬でもタイミングがずれれば介旅を助けられないどころか、仗助達にも重大なダメージを与えかねない危険なものだった。

 その確率をほぼ”ゼロ”に導いたのが他でもない黒子だった。

 仗助と自分を、爆破した直後の介旅の元へ転移させる恐るべき集中力と精神力は驚嘆に値する。

 仗助は改めて、『黒子(コイツ)が仲間にいてくれて本当に良かった』と心の底からそう思った。

 自然と、今抱いていた感想をそのまま口にする。すると黒子は「何を言っているんですの藪から棒にっ」と顔をしかめるようにしてそっぽを向いた。

 恐らく彼女なりの照れ隠しの表現なんだろうと仗助は苦笑するが、何時までもこうしてはいられない。

 事件が解決したのなら、”一般人”である自分はここに留まるべきじゃない。

 

「さて、と。それじゃあ、俺は行くぜ。何時までもここにいたら警備員(アンチスキル)の連中に色々聞かれそうだしよ」

 

 背を向けると黒子にさっと手を挙げ、別れの挨拶をする。

 

「いいんですの? 今回の功労者は貴方ですわ。貴方の協力なくしては事件は解決できなかった」

 

 黒子は去り際の仗助に声をかける。かけずにはいられなかった。

 事件を解決できたのは紛れも無く仗助のお陰だ。そんな仗助に、誰もなんの評価も、ねぎらいの言葉も掛けずに行かせる事などどうしても出来なかった。だが、仗助はあっさりと「は? 何言ってんだお前」と黒子の言葉を否定する。

 

「さっきもいっただろうが。事件を解決できたのは全員だ。俺と、お前と、初春の。お互いがお互いのベストを尽くしたからこういう結果が生まれたんだろ? 別に見返りが欲しくてやったわけじゃあねーよ」

 

 そう言うと、「また何か困った事があればお互いに協力しようぜ」と最後に付け加え、今度こそ本当に裏路地から姿を消していった。

 

「《……なんか、すごく不思議な人でしたね》」

 

 インカムから聞こえる初春の声に黒子は「ええ、本当に」と相槌を打つ。その後はっとして「初春、今回の事は……」と釘を刺そうとする。だが初春は「心得ています」と黒子の心配を打ち消すように明るく言う。

 

「今回の事件、介旅を逮捕したのは私たち二人(・・・・・)と言うことですね。協力者なん(・・・・・)ていなかった(・・・・・・)。そういうことで、良いんですよね」

「ええ、頭の回転が速い初春で助かりますの」

 

 ここは仗助の申し出を快く受けよう。

 もし、スタンドの存在を公にしたら、学園都市(ここ)の科学者の事だ、興味本位で人体実験を平気で実行しようとするかもしれない。例えそうはならなかったとしても、仗助の生活にかなりの制限を加えることになるのは明確である。

 そんな事件解決に協力してくれた人物を売るような真似、黒子にはとても出来なかった。

 だから仗助の事は公にしない。これは仗助を守ることにも繋がるのだ。

 

 周囲からアンチスキルの到来を伝えるサイレンの音が木霊し、こちらに近づいてくる。

 

 ――ああ、そういえば……

 

 先程の何でもない出来事が、言葉が、ふっと思い出される。

 

「――あの殿方、(わたくし)の事、下の名前で呼びましたわね……」

「《白井さん? 聞きづらいです、何か言いました?》

「……いいえ、なにも言ってませんわ」

 

 初春には否定したがはっきりと思い出せる。

 あの時、仗助は自分の事を「黒子」と言った。

 

 自分の事をそう呼ぶのは美琴だけに許された特権だと思っていたのに……

 何故だろう、不快に思わない自分がいた。

 

 この自分の中に沸き起こった感情の正体が何なのか、今の黒子にはまだ理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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