検索サイトにて「ハーネスト」と検索。
表示される画像写真から真ん中を選択し、左隅下をクリック。
画面は真っ白だが、最後までスクロールさせて行くと空白の入力スペースがある。
そのスペースに8桁の暗証番号を入力、さらに現れる第2のパスワードを入力する。
すると該当の犯罪サイトにアクセスできる。
それが『カリギュラ』こと霧裂美鈴から聞き出した、『ハーネスト』主催の犯罪サイトへのアクセス方法だった。
初春は黒子から
☆
「これが、
初春が表示させているホームページを覗き込んだ仗助は、その内容に露骨に不快な表情を浮かべる。
赤を基調とした画面にデコレートされた悪趣味な髑髏や爆弾、首輪の画像。
画面に表示された黄色い文字には、汚い呷り文句。そのサイケデリックなデザインに、数分凝視していると立ちくらみ起こしそうだ。
「……マジかよ」
ホームページに設けられたアクセスカウンターの表示を見て、思わず声をあげる。
そこに記されている数字は「238」。
つまりそれだけの人間が現在、このページを覗いているという事になる。
「犯罪予備軍の巣窟ですわね……。しかし『ここで一網打尽にすることも可能』、と言う考えも方も出来ますわね」
「白井さん。それは後回しです。ここを見てください」
初春が冷静に声をかける。その声は上ずり、感情を押し殺しているようにも見える。
その理由が分からないまま、黒子は初春のが表示させた箇所を閲覧する。
今回の当選者
「デュエルさん」
「エクストロさん」
「バニシングさん」
以上の三名は厳正なる抽選の元、1000万円を授与されることに決定されました。
後日、指定の口座に入金させていただきます。
おめでとうございます☆
初春がスクロールさせていくと、まるで懸賞に当選したかのような文言が飛び込んでくる。
だが、このサイトは決してそんな和やかなものではない事を承知している仗助と黒子は、緊張した面持ちのまま画面を見つめ続ける。
「この先です。そこに彼らが”ターゲット”と呼称する被写体の写真が掲載されています」
初春はさらに画面をスクロールさせてしていくと、やがてマウスから指を離す。そこに写っていたのは、ここの住人が撮影したであろう
「――!?」仗助と黒子は思わず息を呑む。
そこにはこれまでの
中にはかなりの至近距離から激写されたものまで含まれている。
「――『カリギュラ』の書き込みにあった『ゲーム』。それは被害者達の”最後”の瞬間をいかに鮮明に激写できるかを競うゲームなんです。ゲームはポイント制で、より近く激写できたら10ポイント。爆破の瞬間を捉える事が出来たら、最大100ポイント入るそうです……」
初春はもはや怒りに震える声と身体を隠そうとせず、マウスを操作する。
先程表示された当選者3名の欄に戻り、その名前をクリックした。
顔が吹き飛ぶ瞬間の画像。身体が千切れ飛ぶ瞬間の画像。それら被害者の断末魔の瞬間を激写した写真が何十枚と表示される。
それらの画像が「いや~この時は苦労しましたね~~」というコメントと共に添えられ、黒子は「外道っ……」と思わず呟いた。
「もういい……もう、消しな……」
仗助は初春に声をかける。これ以上不快な思いをするのはたくさんだった。
だが予想に反して初春は強い口調で「だめです! お二人には、これを見てもらわなければ!」といい、画面をクリックする。
「被害者達が残した最後の言葉を、その意味を、このまま無下には出来ません」
表示された箇所はこのサイトにあるBBS。
内容は様々で、今回のターゲットの事や、日々の雑談など、本当に雑多なものだ。
正直、この書き込み自体に意味があるものが含まれているとは思えないのだが……
…………書き込み?
仗助の脳裏に浮かぶものがあった。
「まさか携帯……、被害者の書き込みか!?」
その問いに初春はコクリと肯き返す。
「ココの住人は被害者の写真を確実に写し、画像をアップしています。何故そんな事が可能なのか? 私達ですら、監視カメラの映像でやっと被害者の確認が出来たと言うのに」
「……つまり
初春は「正確には”ヒントを”です白井さん」と正す。「明確な回答を与えてしまったらゲームではなくなりますから。そしてそのヒントは、恐らく
初春は複数のウインドウを立ち上げ、画面一杯に表示させる。
それぞれの画像には過去のログが表示される。
「過去15件の、事件発生前後のログを抽出しました。その中で気になる箇所をピックアップします」
滑る様にキーボードを操作し、該当箇所を表示させる。
○月○日。17:00。アキカン ○○公園のベンチ 第七 入って右から2番目 しにたくない
・
・
・
○月○日。14:00。クマ人形 カフェ サンマル 茂みの中 たすけて
・
・
・
「このような書き込みが14件程、それぞれの事件発生後に投降されていました」
「――ッ!? 待ってくださいまし、初春っ。この投降時刻は……っ」
「そうです。監視カメラで確認できた、被害者が爆死する直前の時刻と一致します」
初春が言葉を言い終わるや否や、背後の方で大きな音がした。
黒子と初春は反射的に音の方へ振り返る。
「…………」
仗助だった。仗助が無言で手近な椅子を蹴り飛ばしたのだ。
「――分かったぜ、野郎の手口がよぉ……。『ソイツ』が犯行予告なんだな?」
犯人の手口。
それは自ら手を汚さずに犯行を行うにはベストな方法だった。
被害者にスタンドを取り付かせ、
――恐らくこれは事前に連絡し合い、回収場所を決めていたんだろう――
そして設置する。
「最初に記入されていた『日にち』、『時刻』、『アキカン』と『○○公園のベンチ』。これは次回はこの時刻と場所に爆弾を仕掛けるという犯行予告とみて間違いないぜ。そして被害者を適当にうろつき回らせた後、サイトの連中にベストショットを撮影させ爆破する」
「つまり、仗助さん……。サイトの奴らにヒントを出す。その為だけに彼女達は犠牲になったと言うんですの?
携帯で被害者に無理やり次の犯行予告を記入させて……」
黒子はもう一度彼女達が書かされたであろう文章を見る。
その最後の一文。「しにたくない」「たすけて」という文章を何度も読む。
「…………ッ」
自然と目頭が熱くなった。
彼女達はどんな思いでこの一文を記入したのか、想像すると胸が締め付けられる。
そして”あえて”そんな一文を書かせた犯人に対し深い憎悪の感情が沸々と湧き上がって来る。
「――15件目は記入されていませんでした。恐らく、犯人自らの手で
初春は表示させていた画像を全て消す。伝えるべきことは全て二人に伝えた。この情報を元に残り少ないであろう時間内に犯人を捕えなくてはならない。
『ハーネスト』。
せめてどちらかの手がかりだけでも掴む事が出来ればいいのだが。
重苦しい雰囲気が室内に漂い始めたその時、ぽつりと仗助が口を開いた。
「映ってねーんだ」
「……なんですって?」黒子は思わず仗助に聞き返す。
「だからよぉーー。映ってねーんだ。これまで、全ての映像によぉーー」
「だからっ、何が映っていないと言うんですのっ」
急に意思疎通が出来なくなったのだろうか? そう黒子が思うほど仗助の言葉は唐突で、意味不明なものだった。その為、若干怒りを含む声色で言葉を返してしまう。
「スタンドだぜ。どの映像にも、被害者にスタンドを取り付かせる瞬間の映像が映ってねーんだ。
「そんな事訊ねられましても、スタンド能力を持たない
――あれ?
自分で言っておいてなんだが何か違和感を覚える。
カメラの死角? その言葉、たしかどこかで聞いた覚えが……。
「白井さんっ」初春が突然大声で叫んだ。どうやら黒子より先に、その違和感の答えを見つけたようだ。
「な、なんですの初春っ。突然大声で……」
「カリギュラさんの書き込みを思い出してくださいっ。確か、監視カメラのハウツーも教えていると言っていましたっ」
「ああっ――」黒子も思わず声をあげる。そうだ。確かに言っていた。ココの住人は『ハーネスト』から監視カメラの位置を教えてもらっていると。
「この第七学区に限っても、監視カメラの数はおよそ1000。いくら犯人がスタンド能力を持っているといっても、その全てを掻い潜って姿も見せずに被害者を襲う事など、物理的に不可能! もしそんな事が可能だとすれば、カメラの存在を熟知している人間っ――」
「――特に、監視カメラを設置した業者が怪しいよなぁーーーーっ」
黒子の言葉を引き継ぐかのように、仗助が言葉を繋ぐ。
学園都市に設置された監視カメラの数。それは街中のみを限定にしても、優に一万台を越える数が存在する。
そのような膨大な数を
「…………」
初春は仗助の言葉を待たずして、瞬時にパソコンから該当する団体と、職員のリストをピックアップする。
そして表示される一人の職員のプロフィール。
「関谷澪吾(せきや れいご)、35歳。民間の防犯業者《学園都市防犯設備》の職員。関谷はそこで第七学区を担当しています」
「こいつが……」
「容疑者……」
仗助と黒子の視線の先。そこには中年の、いかにも普通そうな小太りの男性がぶっきらぼうな表情でこちらを見ていた。
「恐らく……いや、確実に事件現場に設置されている監視カメラは、すべてこの業者の管轄区なんだろうな」
仗助その質問に初春は「コクリ」と首を縦に振る。
「つまりこれで関谷を捕まえりゃあ――」
「事件は無事解決ですわね」
事件解決に大きく前進する情報を得て、仗助と黒子は表情と気持ちを緩ませる。しかし初春だけは難しい表情を浮かべたまま画面を見つめていた。
「その関谷なんですが、どうやら『一手』遅かったようです。関谷は数日前から無断欠勤で会社と連絡がつかない状態だそうです。恐らく、『最後の仕上げ』をする為に……」
そこから先は言わなくても理解できた。恐らく仗助の推理した通りに、
問題は、会社から姿をくらませた事だ。もしもこの先も犯行を楽しみたいのならば、無断欠勤などという行動を取るのは得策ではない。
その行為は確実に相手に不信感を植え付ける行為に他ならないからだ。
だが
何故か?
考えられる可能性は一つしかない。
「――関谷は、この学園都市から逃走を図るつもりなんでしょう。その目処がついたからこそ、姿を眩ませた」
初春が提示した可能性に、二人は「あっ」と声をあげる。
学園都市から離れるという可能性をすっかり失念していた為だ。
初春に言われてみれば成る程、確かにスタンド能力を持つ犯人にとって、この学園都市に留まるメリットは少ない。今は無事に犯行に及んでいるだろうが、それも完璧ではない。何せここは科学と超能力の街なのだ。関谷を捕まえる事が出来る能力者や装置が登場する可能性は十分に考えられる。
犯人からしたらそんなリスクがある学園都市よりも、外の地方都市などに姿をくらませた方が、はるかに安全だし犯行に及びやすい。
「風のウワサで、お金さえ払えば学園都市の外に連れ出してくれる”逃し屋”の存在を耳にした事がありますわ。最初は眉唾物だと思っておりましたが、こうなってくると とても一笑に付す事は出来ませんわね」
「俺が電話を受け取ったのは今朝だ。その時点で会社を欠勤していたと言う事は……」
「今日中に、
黒子も初春と同じく神妙な面持ちに戻り、ツインテールを指でくるくると弄る。ストレスが溜まっているときに無意識に行ってしまう彼女のクセであった。
「せめて
黒子の呟きに誰も答える事が出来ず、室内に沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのはその場にいる人間ではなく、初春のパソコンから鳴り響くアラームだった。
あまりに突然の警報に仗助と黒子は一瞬身を竦ませ、改めて音の出る方へと意識を向ける。初春はパソコンをすぐさま操作し、音の正体を特定。黒子達に非常事態を伝える。
「衛星が重力子の加速を確認しましたっ。場所は……、そんな……」
こわばった表情を作り言葉を詰まらせる。それから黒子に向き直ると「場所は第七学区の洋服店、セブンスミストです」と伝えた。
「初春っ」
黒子はその言葉を聞くや否や初春の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた初春はすぐさま「はいっ」と力強く返事を返す。
「バックアップ、お任せしてもよろしくて?」
「はい、任されました。サポートは全てこちらで行います」
黒子は現場に、初春は情報収集。
その短いやり取りで、お互いのすべき事を再確認。すぐさま行動に移る。
2年来の付き合いだからこそ分かる、阿吽の呼吸だった。
「仗助さん」
黒子は仗助の方へ向き直ると、そっと手を差し伸べる。
「相手がスタンドと呼ばれる能力を持っている以上、それを止められるのは同じ能力を持っている仗助さんしかいませんの。
「その話の答えならもう決まってるぜ」言いよどむ黒子に仗助は言葉を重ねる。「これはもうお前らだけの問題じゃあねえ、俺の問題でもあるんだ。こんなゲーム感覚で殺人を犯すイカれ野郎の存在を知っちまったら、とても無視なんて出来やしねぇ。
だから答えは『YES』だ。それ以外の答えは持ち合わせちゃあいねえ」
そういって力強く、差し出された黒子の手を握り締めた。
☆
今日もまた、殴られた。
集団で身体を押さえつけられ、殴る、蹴るの暴行を受けた。
臭いと言われた。
お前からは負け犬の匂いがすると
鼻から伝わる鉄の匂いと、口の中の砂利の味。
顔を血だらけにして、制服を鮮血に染めても、彼らは殴るのをやめてはくれない。
むしろ靴や拳が汚れたと言って、更なる暴力を加えてくる。
そこにもはや理由は無い。
ただ反応が面白いから殴る。それだけだった。
殴られる痛みと、暴言と、地を這う屈辱とで介旅初矢(かいたび はつや)の精神は既にボロボロだった。
こんなはずじゃなかった……
リンチに合いながら、介旅は遠い目で辛い現実を逃避するため回想する。
学園都市に来た当初の自分は希望に溢れ、野望に溢れ、今日と言う日を前向きに生きていたはずだ。
「この学園都市に来れば、僕も変われる。ヒーローになれる」……と。
だが、一向に芽の出ない能力。
先を行くクラスメイト達。
置いていかれる自分。
失望の眼差し。
そういった閉塞的状況を打開する事が出来ず、いつしか介旅は情熱を失い、後向きで内向的な性格へと変わっていった。
そんな彼の性格は不良達の格好の標的だった。
以来、事あるごとに暴行を受け金銭を巻き上げられる地僕の日々が続く。
周囲も見てみぬフリを決め込み、誰も助けてくれない。教師ですら知らん顔をしている。
もしここが外の世界ならば「夢を諦め、両親の元に戻る」と言う選択肢もありえただろう。
しかし学園都市のシステムはそれを許さず、認めない。
能力の有無に関わらず学園都市内全ての人間は、厳重に監視され、安易に外部と接触することを禁じられている。つまりどんなに嫌でもこの
逃げることも前に進むことも適わぬ閉塞感。
暴行を受ける日々。
誰も見てくれない……、助けてくれない……
そんな彼に止めを刺したのは彼を暴行した不良の一言だった。いつものように介旅にあらん限りの暴行を加え終えた不良達は、地べたに這い蹲る彼につばを吐きかけるとこう言った。
「――お前さ、何で生きてんの?」
その一言で介旅の何かが切れた。
不良達に打ちのめされ、捨て置かれた土手で、いつしか介旅の瞳にはドス黒く澱んだ狂気が宿っていた。
――世界が僕を必要としないのなら、僕もこんな世界はいらない。
――どんなに努力しても才能を持ったヤツの前ではそんなのは無意味だ。なら、そんなヤツラもいらない。
そんな時、都市伝説にも似たアイテムの存在を知る。それは、使用するだけで自分のレベルを引き上げてくれる夢のようなアイテム。
最初は誰しも一笑に付していたが、実際に使用したもの達の書き込みが増え始めると とたんに真実味を増していった。
その情報に介旅は一も二もなく飛びついた。来る日も来る日も、
そんな出所も不確かな情報に手を出すほど、彼は追い詰められていたのだ。
やがてとある音楽サイトにて、偶然そのアイテムを入手する。
「――は……ははははははははははッ……」
笑った。
彼は心の底から笑っていた。
自分を踏みつけ、嘲り、見て無ぬフリを決め込んだクラスメート、教師、そして学園都市というシステムそのものに、これで見返してやれると宣言するように笑った。
その表情は笑っているとも、怒っているとも分からない複雑なものだった。
もしかするとそれは、泣き顔だったのかもしれない……
そして
「――んん――んんんんんんんんん――――ッ!?」
介旅は廃ビル内にて猿轡をかませられ、両腕を後手に縛られた状態で拘束されていた。
あまりに暴れるものだから一緒に縛り付けられた椅子ごと地面に転落し、自分をこんな目に合わせた人物を見上げながら恐怖におののく。
――何故、こんな事に?
早朝、自宅から出たところでいきなり背後から衝撃を受け意識を失わされた。あの痺れる様な感覚、おそらくスタンガンを当てられたのだろう。だが、一体目の前の人物は誰なのか、介旅は皆目見当がつかなかった。
「まあ、おとなしくしなよ。短い間とはいえ、ネット上でやりとりした仲じゃあないか、『ビヨンド』君。それともリアルネームの介旅と呼べばいいのかな?」
目の前の人物・関谷はそう言うと「よっ」と言う掛け声と共に転倒した椅子ごと介旅を引き戻す。そして続けさまに猿轡も外してやる。
口元が自由になった介旅は、心の中に沸き起こった疑問をぶつける様に口を開く。
「……お前、ひょっとして『ハーネスト』か? だけど、どうして?」
介旅の少ない交友関係で、彼のネット上の名前を知る人間は一人しか思い浮かばない。
ハンドルネーム『ハーネスト』。
その人物が介旅を今回の
ハーネストとの出会いはとある掲示板であった。
日々の出来事や不満を言い合う交流サイト。
そんな彼にコンタクトを取ってきたのがハーネストだった。
「君は悪くない。悪いのは能力至上主義の、この学園都市というシステムそのものだ」
ハーネストは言葉巧みに介旅を褒め、同情し、彼の信頼を勝ち取っていった。
そして数度にわたる交流を重ね、いつしか学校生活についてや、クラスメイトから暴力を受けていることなど、全てを話す間柄になっていった。
やがてハーネストが囁き掛ける。
「ヒーローに、なってみないか?」と。
「私が指定した場所と時間に、空き缶やらスプーンなど、能力で発生させた爆弾を置いておきたまえ。私はそれをすばやく回収して、より良い場所へ設置しなおしてあげる。そしてその様子を動画でネット上に配信してあげる。君の名前はネットの海を渡り、この学園都市中に知れ渡る事になるぞ。――どうだい? この話に、乗るかい?」
学園都市という社会に復讐したいと考えていた介旅にとって、ハーネストの申し出はまさに渡りに船だった。
二つ返事で介旅は了承した。
「OK、取引成立だ。まあ、見ていたまえ。数日後には世間は君と言う存在を無視出来なくなるだろうさ」
ハーネストが残したこの書き込みから数日後、
「――実はさ、君にお願いがあるんだ」
関谷は努めて冷静に、拘束されている介旅をなだめる様に優しい口調で話す。
「お願い? 一体、僕に何をさせるつもりだよっ」
拘束された状態で求められる「頼み事」などろくな物ではない。
それを直感で感じとった介旅は全身を滅茶苦茶に動かし拘束を解こうともがく。
関谷はそれを涼しい顔で眺めながら言葉を続ける。
「実はね。私はこのたび学園都市から去る事になってね。その為に君の協力がどうしても欲しいんだ」
「さ、去る? そんなこと、出来るわけ――」
「それができるんだなぁー。『蛇の道は蛇』。裏道は裏の世界の人間に聞くのが一番手っ取り早いってね。
逃走手段は問題ないんだよ。問題は、そこに至るまでの時間稼ぎさ」
関谷はすっと右手を広げ何かを乗せる仕草をする。
だがそこには何も乗っていない。少なくとも介旅の目には
「介旅君が能力に目覚めたように、私も能力に目覚めてね。
手のひらに乗っている何かは介旅には見えない。
だが、そこには確かにいる!
『スタンド』と呼ばれる物体が確かに手のひらに乗っている!
「私の『ハーネスト』。射程は非常に短くて、私から離れては活動できない。おまけに攻撃力も皆無でこのままではまったくの無力さ。でも――」
「な、何をしているんだっ!? やめてくれっ」
関谷は介旅の後へと回り込み、『ハーネスト』を首周りに取り付ける。まるで女性にネックレスをつけるように丁寧に、丁重に。
やがてぱちんと首輪がはめられる。するとその首輪には醜悪な顔がいやらしい笑みを浮かび上がり、やがて笑い声を上げ出す。
「こうして相手に憑依させることで、行動をコントロールする事が出来る」
関谷は手にしたナイフで、椅子に縛っていた介旅の拘束を解いた。
突然自由になった両腕と両足を総動員して介旅が取った行動は「この場から逃げる事」。
急ぐあまり、前のめりにつんのめり転倒し、顎をしたたか打ちつけてしまうがそんな事かまわない。
「何故?」とか「理由」は後から考えれば良い。ただただ、この場から離れたかった。
そして出口に向かって足を進めた瞬間、
「ぐっ!? ぐええええええええ――――ッ!?」
突然、首をものすごい力で締め上げられる。
まるで万力のように絞られる首筋。
あまりに苦しいので介旅はそのまま地面に蹲りのた打ち回る。
「――が、――ガハっ……。く、くるし……」
首筋は狭まり、横一直線にミミズ腫れの様な跡が刻まれる。
苦しみのあまり介旅は喉元に手をかける。だが、
「そ、そんな?」
《げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、無駄なんだよぉ~~~~。こうなっちまったら、もうお前は離れられない。俺様の命令に素直に従うしかないんだよぉ~~~~~~》
「な、なんだっ? 頭の中に? 声が――っ!?」
声が聞こえる。なんとも下品で嫌みったらしい声が頭の中で聞こえてくる。
《頭ワリィな、俺だよ、ハーネストだよぉ~~~~! ホラ立ちな。這いつくばってちゃ何も始まらねぇからよぉ~~~~》
まるで耳元で囁き掛けるように、まるで心の中を侵食するかのように、
「ヒューー……、ヒューー……」
「理解できたかな? 君に拒否権はないんだよ。それで先程途中だったお願いなんだがね?」
全身から息を吸い込み、息も絶え絶えになる介旅に関谷は近づき声をかける。
まるで休日に知り合いに出くわし声をかけるようなフランクさで、関谷は介旅に人形を手渡す。
それは学園都市製のカエル型マスコット。口ひげを蓄えスーツを着用している愛らしいフォルムをしており、名前を『ゲコ太』という。
「この中身にはね、アルミが仕込まれている。
君にはこれをデパートかどこかで爆破してもらいたい。
いいだろう?
その後は……そうだな。監視カメラの多い広間が良いかな? そこで自爆してもらう」
「そ、そんな!?」
「スタンドは一般人の目には見えない。だからこれまでの犯行全てを君一人がやったと言う事にして欲しいんだ。
だから今回はワザと痕跡を残す必要がある。君が犯人だと思われるようにね。
そうすれば捜査の手が私に届く事はありえないだろう?」
「い、嫌だ……そ、そんな……そんなの……」
「君には散々これまで手を貸してやったろう? 有名にもしてやった。クソみたいな世界をかき回す手伝いもした。気分良かったろう? 胸がスカッとしたろう?
いいじゃないか、どうせゴミの様な命だ。最後くらい
介旅が「嫌だっ」と口にしようとした瞬間、ハーネストが再び首を締め上げる。
「――――あ!? ――がぁあ……――――ッ!?」
呼吸が出来なくなり再び地面に倒れこむ介旅に、関谷は何事も無かったかのように声をかける。
「まっ、拒否されても強制的に言う事を聞いてもらうんだがね。『ハーネスト』、彼を誘導しろ」
関谷がそう命じると《イエッサー》とハーネストは答え、介旅を立ち上がらせる。
《ホラホラホラホラ~~~~ッ! 急げ急げッ、早く移動すんだよぉ~~~~!!!!》
「や、やめで……ぐ……ぐるじぃ……」
《やめて欲しけりゃ、立ち上がって前を向け! 一歩踏み出し出口から出ろ! そしたら首を緩めてやる》
介旅はフラフラとした足取りでハーネストの命じるままに、関谷の前を通り抜け、扉を開け階段をおり、やがて廃墟から姿を消していった。
「まあ仲良くやってくれたまえよ、介旅君」
後に残った関谷は鼻歌交じりで手提げカバンを持ちだし、携帯で連絡を取る。
「ああ、私だ。手筈通りそちらに向かう。後はよろしく――」
彼は今日、この街から抜け出す。
より、好き勝手に遊べる世界を目指して。
――ああ、そこはどんな悲鳴と混沌とを私に体感させてくれるのだろう。
これからの事を想像するだけで、関谷の全身には得も言われぬ快楽が駆け巡るのだった。
☆
あまりに首を絞められ、脳内に酸素が行き届かなくなったせいだろうか。
介旅は朦朧とした意識の中でまるで他人事のように物事を眺めていた。
その間にも『ハーネスト』は「あーでもない、こーでもない」と注文と暴言を吐き続けては介旅の足を進めさせていた。
――どうしてこんなことに?
ふと、不良達に殴られていた場面や、才能の芽に伸び悩んでいた場面が走馬灯のように浮かび上がってくる。
――どうしてこんな事に?
再び自問自答する。
あの頃の自分と今の自分。何がどう変わったと言うのだろう。
――どうしてこんな?
三度の自問。
答えはもう出ている。
何も変わっていない。あの頃も、今も、自分は同じだった。
誰かの欲望の為の捌け口にされ、利用され、結局貧乏くじを引いた。
何故だ? どうして僕なんだ? いつもいつも、どうして僕だけがこんな目に?
「――な、んで――……どうして――ぼくは――こんな、目に……」
自然と口から零れ落ちた。その言葉をハーネストは拾い上げ、鼻で笑う。
《何故、お前がこんな目にあうかって? それはなぁ、お前が馬鹿だからだよぉ!》
「…………」
《お前、俺に相談に乗ってもらえて嬉しかったろう? 理解してくれる奴にやっとめぐり合えたと思ったろう?
バーーーカ。それが手なんだよぉ~~~~!》
「…………」
《俺は最初から探していたんだよぉッ、俺のスケープゴートになってくれる奴をなぁッ! そこに丁度お前がいた、だから利用したッ! それだけだよ~~~~!!》
そういうとハーネストは《ギャハハハハ》と醜い声で笑う。当然この声は介旅の脳内に響いているだけなので街行く人々はこの嘲笑に気が付かない。
リュックサックを背負いながら介旅は自然と涙がこぼれていた。その様子に気が付いたハーネストが介旅の首を締め上げる。
《勝手に泣いてんじゃあねーよ。街の人間が怪しむだろうがよぉ~~~~。まあ、泣きたいのはわかるよなぁ~~~~、お前って根っからの負け犬だからなぁ~~~~》
「ま、け犬……」
その言葉に介旅は反応する。この言葉は彼のトラウマを抉るものだったからだ。
《真の負け犬ってのはよぉ~~~~、態度でわかるよなぁ~~。全てを悲観し、目も空ろ。言葉からも態度からも雰囲気からも『負け犬オーラ全開!』 って感じで人をイラつかせやがる。――そういう意味では才能があるといえるのかもなぁ。人をイラつかせるっていう、まったくいらネェ能力だけどよぉ~~アッハハハハハハハハ!!!!》
ハーネストが笑う。介旅の心の中で笑い続ける。
その笑い声はやがてクラスメイトや教師達のものへと変わっていく。
――やめろ! 笑うなっ! わらうなっ!
心の中でいくら否定しようが笑い声は消える事はない。
そのまま数十分笑い声は響き渡り、やがて止まる。そして介旅の足元止まる。
目的地についたからだ。
大型洋服店『セブンスミスト』。
《さあ、行こうぜ相棒さんよぉ~~~~くっくくくくくくくく》
ハーネストの嘲笑を耳にしながら、介旅は朦朧とした意識のまま店内へと入っていった。
☆
「ねえ、君」
「え?」
セブンスミスト内を歩いていたら突然知らない学生に声をかけられた。
眼鏡をかけた、青白い顔をした男性だ。
少女は6歳くらいだろうか、警戒心も無く学生に近づく。
「なぁに? お兄ちゃん?」
「実はね、さっき君と一緒にいたおねえちゃん、落し物をしたらしいんだ。僕はこれから行くところがあるから渡せないんだ。だから悪いけど変わりに渡してもらっても、いいかな?」
そういってゲコ太の人形を取り出すと少女に「はい」と言って手渡す。
「おねえちゃん?」
そういって少女はうーんと考える仕草をした後思い至る。
「常盤台のおねえちゃん!」
先週、迷子になった時に良くしてくれたお姉ちゃん。
さっきツンツン頭のお兄ちゃんと一緒に会った!
少女は納得したのかゲコ太の人形を満面の笑みで受け取る。
だがそのあと学生の顔を見て、怪訝そうな表情をする。
「お兄ちゃん。どこかイタイの? 何でそんな悲しそうな顔をしているの?」
声をかけられた学生・介旅初矢は瞳を潤ませ、苦悶に満ちた表情を浮かべる。
それは介旅がこの学園都市に来て久しぶりに感じた良心の痛みだったのだろうか。
「……う……う……うううう……」
嗚咽を洩らし、両目から一杯にあふれ出した涙が頬を伝い落ちても、この感情の正体が何なのか介旅自身にも分からなかった。