とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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その場の思いつきだけで進めていた前作を反省し、今回はプロットと言うものを初めて作っての投降です。
完結まで一直線。寄り道せずに頑張ります。

今回はサブキャラの視点で。



プロローグ ―ディストピアで暮らす人々―

 科学技術の急速な発達は脳科学の分野にまで及び、これまでブラックボックスとされてきた脳内の領域を開拓・発展させる事に成功した。

 超能力。

 物理法則を捻じ曲げ発現するこの未知の現象に新たなフロンティアを見出だし、数多くの科学者が研究に没頭する事になる。

 政府は東京都内に未成年者を対象とした超能力者開発の為の都市を設立、日本全国から広く公募した。

 総人口の8割を占める学生数、そして教育機関を中心とした造りからこの都市は「学園都市」と命名され、日夜能力開発のためのカリキュラムに学生達は勤しんでいる――

 

 

 雲ひとつない青い空、暖かい日差し。

 6月の気候は心地よい空気を学園都市の街中に運び、人々に爽やかな朝を提供している。

 学校の授業さえなければ公園のベンチで転寝(うたたね)でもしていたい穏やかな天気の朝。

 僕――八雲憲剛(やくもけんご)――はそんな心理状態とは真逆の憂鬱な気分を味わっていた。

 今日はいつにも増して頭が重い……。

 

 人通りのない裏路地。

 そこに僕達4人の学生は、まるで刑務所の囚人よろしく並ばされ、強面のお兄さん5人に絡まれていた。

 

「なんだァ? 二万? シケてんなァ」

 

 そういいつつ男は僕の金を抜き取ると、空になったサイフを地面に投げ捨てた。

 

「お、こっちは5万♪ へへッ、ラッキー」

 

 隣では別の学生が同様の手口で、僕と同じく「通行料」を搾り取られている。

 可哀想に、彼は口をぱくぱくさせて、今にも泣き出しそうだ。

 きっと頭の中では自分の身に起こった不幸を呪っていることだろう。

 

 ――もっと遅く登校すれば、あるいはもっと早く起きていれば、この悲劇は回避できただろう、と――

 

 彼らが現れだしたのは約二週間前の事だ。以前は違う縄張りで同様の犯行を行っていたようだけど、風紀委員(ジャッジメント)が見回りを強化したお陰で、めでたく僕達のいる地区に出張ってきたらしい。

 

 彼らの手口は決まっている。

 早朝、登校中の学生を無差別に裏路地に拉致し通行料と称し、金銭を強奪する。

 抵抗すれば相手が泣き叫んでもお構い無しにボコボコにする。

 

 今回は僕達4人が晴れてその犠牲者に選ばれた訳だ。

 こういう場合どうすべきか?

 答えは簡単だ。

 貝のように口を紡ぎ、嵐が通り過ぎるのを待つしかない。間違っても目立とうだなんて思わないことだ。そんな事をすれば、とたんに手痛いしっぺ返しを受ける事になる。

 

「お、おまえら……なんで、俺が金を払わなきゃいけないんだっ。こ、ここは公道だろうがっ。金なんて――」

「はーい。馬鹿一人入りまーす♪」

 

 言うが早いか不良の膝蹴りが男子学生の鳩尾に決まり、地面に蹴り飛ばされる。

 哀れ、勇敢な男子学生は声にならないうめき声をあげ、地面にうずくまる。

 

「あー。お前ら、もういいっていいゾー。この勇敢なおニィさんと、オレ等ちーっと遊んでいくからァ」

「間違っても通報なんてしちゃダメだゾッ☆」

 

 そういうと既に僕達など眼中に無いのか倒れた学生を囲み、殴る蹴るの暴行を働きだした。

 このチャンスを逃す手は無い。僕達は一目散にこの薄汚れた通りから表通りに駆け出した。

 

 ――非現実から現実へ。

 そんな言葉が的を得ているのか知らないが、僕は日常の世界へと無事生還する事が出来た。

 風力発電の風車、飛行船、ゴミを拾うロボット。短時間の出来事だったが、街の光景全てが懐かしく感じる。

 

 ちなみに解放された僕たち三人は学校も違うこともあり、ほぼ無言でそそくさと散り散りになっていった。

 きっと今回の事は悪い冗談として忘れていくのだろう。

 先程の光景。

 リンチにあう男子学生。

 思い出すと罪悪感が頭をもたげるが、仕方の無いことだ。この学園都市では力の無い人間はより強い人間に淘汰されるしかないのだ。

 外の世界の価値観など通用しない弱肉強食の世界、それが学園都市の秩序(ルール)

 だから僕達「無能力者」が身を守るためには強いものに巻かれるか――

 

「――よりずる賢く生きなきゃならないんだよね」

 

 僕はズボン裏に作っておいた隠しポケットから本命のサイフを取り出すと、学校へその足を進める。

 

「――っ」

 

 鈍い痛みに思わず顔をしかめる。

 やはり今日はいつにも増して熱っぽい……頭もズキズキ痛む……。

 

 先週の夜の出来事が頭を擡(もた)げる。

 まさか、今になって副作用とか、ありえないでしょ……

 最近ついてないと思っていたけど、何で今日に限ってっ!

 

 心の中で悪態をつくがどうすることも出来ない。

 全て自己責任。悪いのは甘い誘惑に負けた僕なのだから……

 

 その道すがら飛行船に写る電子掲示板が目に映る。

 そこには「第7学区広報 本日の身体検査実施校」として僕の高校の名前が挙がっていた。

 

 今日は身体検査(システムスキャン)の実施日。

 本当は行きたくない。

 結果は分かりきっているし、行けば嫌でも突きつけられるからだ。

 自分が「無能力者」であるという現実を――

 

 この頭痛を理由にサボってやろうか? とも思ったが、痛む頭でこのまま帰路に突くのも面倒だ。

 ひょっとしたらこの頭痛は能力開花の前兆かもしれないし。

 結局僕は両者の選択を天秤にかけ、学校へ行くことを選択したのだった。 

 

 

 

 学校の校門をくぐり、昇降口前へ。

 そこには普段は設置されていない液晶モニタがあり、身体検査(システムスキャン)の日程表が表示されている。

 

 視覚系  11:00~第一教室棟  遠視   第10教室  透視 第12教室 

 知覚系  11:00~第一教室   精神感応 第18教室  予知 第14教室 

 遠隔操作系11:00~グラウンド

 念動力系 11:00~第一教室棟

 

 既に学校内には大量の学生達が溢れ返り、それぞれの系統の教室前へと列をなし並んでいる。

 僕もこれらの列に並ばなければならないとなると早くも憂鬱な気持になってくる。

 と、そこへあまり声をかけて欲しくない人物が僕に話しかけてきた。

 

「おお~八雲氏~。この人ごみの中で貴殿と会えるとは。これは朝から幸先が良いですぞ。やはり貴殿と拙者は運命の赤い糸、切っても切れない縁で結ばれているのやも知れませぬな~」

 

 ……朝からキモイ事を言わないで欲しい。

 益々周りから誤解されるじゃないか。

 このクラスメイト――蛭田真昼(ひるたまひる)――はドスドスと効果音が出てきそうなくらい靴音を地面に響かせ、満面の笑みで僕を出迎える。

 この男を一言で表すならば、巨漢のオタだ。過去、現実世界の女性に手痛い仕打ちを受けて以来、三次元とは決別したらしい。そしてたどり着いた二次元世界に安息の場所を見つけ、以来教室内に私物のオタグッズを持ち込んではクラスの女性陣にどん引かれるというある種アウトサイダー的存在だ。

 ちなみにこの男、蛭田とは友達でもなんでもない。

 その証拠にさっきから僕は一言もしゃべっていないのだが、こいつはそんなことお構いなく話しかけてくる。

 以前、何故僕に話しかけてくるんだ。と訊ねた事があるが、その時の答えは「貴殿とは同じニオイする」という不名誉極まりない回答だった。

 毎回無視を決めても決して折れないこいつは実は凄いやつなのかもしれない(人間的にはまったく尊敬できないけど)

 だがこのままこいつをしゃべらせておくのはそろそろ限界のようだ。さっきから蛭田(と僕)を眺める周囲の目が、痛い。僕は蛭田を黙らせる意味も兼ねて話しかけるしかなかった。

 

「――お前さ、いい加減周りの迷惑ってもんを考えろよな……。それに予知能力はここじゃないだろ」

「それは分かっておりますが、拙者の予感が八雲氏を感じ取ったものでござるから、つい……」

 

 コイツ、さらりと周りの迷惑の部分を流しやがった。意外と策士なのかもしれない。

 以外かもしれないが蛭田は予知能力者だ。しかもレベル2と能力値も悪くない(僕基準で比べたら)

 本人が言うには、時計や文字を見たらぞろ目だったり、ランダムで何らかの予感・予兆を感じる程度だと言っているが、無能力者の僕にはそれだけでも大変うらやましい限りだ。

 そう。どんな能力でも、ゼロよりはマシだ。

 ゼロは何処までいってもゼロでしかないのだから。

 

 蛭田はその後もひとしきり話し続け、ある程度満足したのかやっとその場を後にしてくれた。

 心の中に、「やっと行ってくれたか」という安堵感と、僅かばかりの寂しさが余韻となって訪れる。

 あんな奴でも、いなくなると寂しいもんだ。そんな柄にも無い事を考えつつ、僕は身体検査(システムスキャン)を受けるべく、目当ての教室へと歩き始めた。

 

 

「……はははっ……」

 

 身体検査(システムスキャン)終了後、僕は自嘲気味に笑い、とぼとぼと校門を後にする。

 

 レベル0 無能力者

 

 分かってはいたが、こうして目の前に突きつけられるとキツイものがある。

 

 ゴミ。

 無能。

 存在価値なし。

 なんな単語が浮かび上がっては心に深々と突き刺さり、新しい傷を作り出す。

 

 胸が痛い。

 それと同時に頭も薄ぼんやりとしてどこか熱っぽい。頭痛も益々酷くなる。

 完全にあの薬の副作用だ。

 あの薬を投薬されてから、どうも体の調子が悪い。

 売り言葉に買い言葉ではないが、あの研究員の言葉に挑発される形で同意してしまったのは、やはり悔しかったからだ。

 

 能力(ちから)が欲しかった。

 どんな形でも、どんな能力でもいい。神様でも悪魔でもいい。だれか僕に能力を与えてくれ。

 せっかく夢を持って学園都市に来たんだ。

 ここから僕の新しい世界が広がるんだ。

 そう思ってきたのに…

 ……なのに、無能力者なんて現実、残酷すぎる。

 能力も与えられず、外の世界に帰ることも出来ず、ただいたずらに時間を重ねるだけ。それじゃ僕は、一体何の為に生きているっていうんだ。

 何かを変えたかった。現状を打破する何かを。

 

 だから僕は挑発に乗ったんだ。

 先週、あの場所で、あの怪しげな組織の――

 

 

「――はっ」

 

 その研究員は僕のプロフィールを見るなり一笑に付し、あからさまな蔑みの視線を向けた。

 

「――八雲憲剛。この学園都市に来たのは小学校高学年。最初の身体検査(システムスキャン)で無能力者と判定されて以来、能力開花の兆しなし――。典型的なゴミ(・・)か」

「なっ!?」

 

 あまりにもはっきりとした物言いに思わず声が出る。

 しかし男は僕の事など眼中に無いように手に持った注射器に目を向ける。

 

「ああ、失礼。事実をそのまま伝えただけなのだが、気を悪くしたのなら謝っておこう」

 

 そういいつつまったく謝るそぶりを見せない塩対応にイラつきつつ、僕は右腕を差し出す。

 研究員はアルコールを絞めらせたコットンで患部を拭き、注射器のキャップを外す。

 緑色の、お世辞にも綺麗とはいいがたい薬品。

 僕が出来ることはせいぜいこの注射が早く終ってくれることを祈るだけだ。

 やがてそっと注射針が患部に当てられ、中の内容物がゆっくりと僕の体内へと注入されていった――

 

 

 

『現状を変えたいあなたへ』

 

 そんなタイトルのメールが僕の携帯に届いたのはここ数ヶ月からだ。

 内容は「能力開発の実験協力」への呼びかけで、集合先の地図が添付されていた。最初はスパム扱いしていたが、僕自身のプロフィールを細かく記された記入内容に怪しいものを感じつつも、メールの内容に次第に惹かれて行った。

 

『能力に芽がでず、将来への展望が望めないあなたへ。我々はあなた方へもっとも有効な打開策を提供する準備が出来ております。現状を打破したい。今よりもマシな自分になりたい。もしもそれをお望みなら下記のurlにてアクセスをお待ちしております』

 

 読み進める内に心の奥底に眠っていた能力への渇望がふつふつと擡げて来た。

 本当ならこんなメール無視するべきだ。

 削除するべきなのだ。

 だけど、一度湧き上がった願望・渇望・欲望を抑える事はどうしても出来なかった。

 そして数度目のメールが僕の所に来た時、僕はついにそのメールの呼びかけに答えてしまったのだ。

 

 身体検査(システムスキャン)を翌週に控えて焦っていたのかもしれない、不安だったのかもしれない。

 でなければこんな深夜に外出などしない。

 その時の僕はただただ、この心に湧き上がる焦燥感、閉塞感といったものを消してしまいたかったのだ。

 そしてたどり着いた場所。そこは今は使われていない学校だった。

 

『多目的ホールへ至急こられたし』

 

 到着した旨をメールで送信すると、すぐさま返信のメールが来た。

 すぐに指示に従い多目的ホールを目指す。

 途中、僕の他にも数十名ほど生徒とおぼしき人物と顔を合わせた。恐らく僕と同じくメールの呼びかけに応じた他校の生徒だろう。

 

 これはなんとなく予想がついていた。

 あんな手の込んだメールを僕一人に出すほど相手も暇じゃないだろうし、もしも人を集めるのが目的なら複数の相手に同様のメールを出すはずだと。

 

 僕とその他生徒は特に会話も無く、それでいてどこか後ろめたい気持で目的の場所に到着した。

 この先に何が待っているのか、相手の目的は一体何なのか。後数分ではっきりするだろう。

 まあ、どの道こんな人気のない廃校舎に呼び出す時点で怪しい組織なのは間違いないし、その呼びかけに応じてしまった僕達に引き返す選択肢など最初からありはしないのだけど。

 

 ホール内に到着した僕達を出迎えたのは白衣を着た数名の研究員だった。

 薄暗いホール内には大小様々な計器類が取り揃えられており、スタッフと思しき人達がセッティングを行っている。

 かつて教卓・教壇部分があった箇所には変わりに簡易の長机が設置されている。

 

「皆さん。本日はようこそお越しくださいました……。それでは適当にお座りください。ただいまから説明を行います」

 

 長机の真ん中に着席していた男性職員がマイクを握り、抑揚の無い声で僕達に適当な席へ着席するよう促す。

 

「――今日集まっていただいたのは他でもありません。皆さんには我々が開発した新薬の投薬実験、その被験者になっていただきます。能力促進効果を前提とした新薬です。その比較対象としてあなた方無能力者からランダムに30名ほど選ばさせていただきました。ここまではよろしいですか?」

 

 男は、事務的に、矢継ぎ早に、何の抑揚の無い声で質問を促す。

 

 一瞬訪れる静寂の間。

 質問が無いと見越した男は説明を続ける。

 

「今回我々が新薬実験に踏み切ったのは我々側の諸事情なので割愛させていただきますが、要は学園都市上層部の認可を待つ時間を節約したいというただ一点に要約されます。やはり人間を対象とした新薬ですので、人間に使わなければ意味がありません。いくらマウスや他の動物を使用したとしても、有用な研究結果は得られない。その為、こうして非公式に皆さんに集まっていただくより他無かった訳です」

 

 男の説明が終るや否や沸き起こる「それって、ヤバイ薬なんじゃ?」「……実験?」という疑惑の声。

 僕、だけじゃなく周りの生徒達も、男の説明に動揺を隠し切れないでいた。

 それを破ったのは一人の女生徒だった。

  

「あの……それって……認可の下りていない薬を私たちで人体実験するってことですか……? それって違法じゃ……」

 

 女生徒が手を上げとおずおずといった感じで質問する。それに釣られるように数名の生徒が「そーだ。人体に悪影響あるんじゃないの?」「俺らは実験用マウスか!?」などと囃し立てる。

 

「あのさあ――」

 

 男はやれやれといった感じで僕達を見下ろす。

 

「合法である薬でどうにかならなかったから、君達は依然無能力者(・・・・)のままなんでしょお? 君達の中には『いつか能力が花開く』と思っている頭ン中がお花畑の人間がいるかもしれない。けどねぇ、断言しよう。その『いつか』という日は永遠に来ないということを」

 

 この他者に対する気遣いのなさ。エリート思考。典型的な学園都市の研究職員の考え方だ。

 白衣に付けたネームプレートを確認する。

 そこには『刈谷製薬・研究所職員 草薙カルマ』と記されていた。

 

 この男・草薙の言うことはいちいち腹が立つが、この学園都市では正しい発言だ。

 その証拠に先の発言に誰も、何も言い返せない。

 

 ホール中が静寂に包まれる。

 皆、言いたいことはあるだろうが思うことは同じだ。

 

 能力が芽吹かない。

 他の能力者から見下される。

 欠陥品、ゴミ、クズ、役立たず。

 

 この街に住んでいるなら聴きたくなくても聞こえてくる、あるいは実感させられてしまう、圧倒的多数の無慈悲な言葉や暴力の数々。

 現状を変えようとした、その努力も怠らなかった。でも、才能という壁の前ではそんなのは何の役にも立たなかった。

 それが現実。どうしようもない僕達の世界なのだ

 

「皆さんは違法だ何だといっていますが、この学園都市で皆さんが最初に受けた手術だって、外の世界では十分に違法です。結局安全かそうでないかの線引きなんて、常識による解釈の度合いでしかない。それに、認可は下りていませんが、この薬は現時点でも十分有効活用できる薬品です。あとは皆さんの覚悟や意思次第ですが――」

 

 草薙が僕達を値踏みするように一瞥する。

 まるで「ここまでお膳立てしてやったんだ。まさかこの好意を無下に断るんじゃないだろうな?」といっているように、鋭い眼光を僕達に向ける。

 

「……その、薬を使用したら本当に能力が開花するんですか……?」

「確実性はありません。投薬後に能力が開花するのか、したとして人体に一体どんな影響があるのか、それを調べる意味もかねての今回の実験なのですから。過剰な期待は持たぬことです」

「人体に悪影響は……?」

「無きにしも非ずです。もっとも、あったとしても発熱が数日続く程度で、生命に危険はありませんよ」

「そうなんですか? よかったぁ……」

 

 先程の野次とは違い、今度は真剣に草薙に対して質問責めにする僕ら。

 それに対し草薙からの回答は、『生命に支障が無く、投薬後の後遺症もほぼ無い』というものだった。

 つまり今回の実験はほぼノーリスクで投薬した全員に能力開花の可能性があるという事になる。

 この時僕を含め、ほぼ全員の溜飲が下がったのは間違いないだろう。

 

「――それでは説明はこれで終了とし、これより参加者を募ります。希望者は壇上前へ、辞退者はそのままお帰りください。それと分かっているとは思いますが、ここで行われた事の一切合財は全てオフレコと言う事でお願いします。若い身空で人体模型などにはなりたくないでしょう?」

 

 草薙のその言葉に辞退する人間は誰一人いなかった。代わりに全員が壇上へ向かう。最後のセリフは敢えて聞こえないようにした。

 

 ……今になって思う。

 普通に考えてそんな甘い話がある訳が無いという事に。

 怪しい組織が開発した怪しい新薬。それが安全なものである保障なんて万に一つも無いのに。

 その時の僕達は能力者になれるかもしれないという甘い言葉にすっかり舞い上がり、正常な判断力を失っていたのだ。

 

 こうして僕達は能力を得られるという甘い誘いに屈服し、怪しげな組織から怪しげな薬品を体内に注入されたのだった――

 

 

 

 

「おお、八雲氏。お待ちしておりましたぞ~」

 

身体検査(システムスキャン)終了後、声をかけて来たのは蛭田だった。彼は僕が出てくるまでずっと校門前で待っていたらしい。軽くストーカーだ。

 本来ならあのふくよかな下っ腹に思いっきりドロップキックでもかましてやりたい所なのだが、ズキズキと痛む頭痛がそれを許さなかった。

 

「およよ? 八雲氏、どうされた? 顔色が優れないようですが……」

「……ちょっと、風邪引いただけだ……何でもない……それより――」

 

 ――僕にかまわないで先に帰ってくれ。そう言おうとしたのだがそれをもう一つの声が遮った。

 

(いけません)

 

 ものすごくか細い声が僕の後から聞こえた。後ろを見ると背の小さな女生徒が僕の制服端をちょこんと掴んでいる。

 

「お、岡成さん……」

(風邪を馬鹿にしてはいけません。悪化――)

 

 何をいっているのか全然聞き取れない……

 恐らく『悪化すれば様々な病気を引き起こす恐れがあります。ですから風邪は馬鹿にしてはいけません』とでもいっているのだろう。

 

 クラスメイトの岡成理子(おかなり りこ)さん。

 小柄な体。

 顎くらいまで伸ばした前髪。

 小声。

 はっきり言うとクラスでの印象があまり残らない子だ。そんな彼女に僕は何故か懐かれていた。

 おそらく高校の初登校時に私物を派手にぶちまけていた所を助けたからだろう。

 僕としては何か可愛そうだな位の軽い気持だったのだが、彼女はそうじゃなかったらしい。

 以来こうしていつの間にか背後に立たれる日々だ。

 

 ……こうしてみると蛭田といい彼女といい、変人にばかり好かれている気がする……

 

「では八雲氏っ」

(いきましょうか)

 

 二人は僕の手を強引に取るとどんどんと進み始める。

 

「お、おいっ。行くって、どこへ?」

 

 思わず聞き返さずにはいられない。まさかとは思うがこいつら……

 

「知れたことっ。行くといったら――」

(八雲さんの自宅です。精一杯看病しますよ)

 

 意外っ! 蛭田はともかくとして、岡成さんまで加担してくるとは。こう見えて岡成さんは意外とアグレッシブなタイプのようだ。僕はグイグイと腕を引っ張られ、そのまま街中まで引きずられるようにして連行されていくのだった。

 

 

 ……しかし忘れていた。

 あのメールを受け取ってからの僕の運気は下り坂だということに。

 その不運が、この後二人に思いがけないトラブルを引き起こすという事に。

 このときの僕は、まだ気が付いていなかった。

 

 その不運に気が付くのは、二人に街中まで連れられて数分後。

 朝の不良達に出会い、再び裏路地に拉致されてしまってからの事である。

 

 

「……ふぅ~ん? 朝とは違い、偉く羽振りが良くなったねェ……キ、ミ」

 

 抜き取られた財布をひらひらとさせ、不良の一人が僕の頬を軽く叩く。

 

「な、んで……? 僕に目を付けてたのか?」

「あんっ? の か(・・)ぁ?」

「いえ……付けてた……んですか……」

 

 何で一日に二回も? その不幸を呪わずにはいられない僕は、思わずそう訊ねてしまった。

 

「いやぁ? お前ぇなんて知んねェよ? ただ街中に目立つデブが居たんで、カモれるかなと思って拉致ってみたらおまけにお前らがくっついて来ただけだ」

「そしたらぁ~。朝の君チャンがひっかかってんじゃぁ~ん。も~ぅ。君って、運悪すぎぃ~」

 

 そういってもう一人の不良がゲラゲラと笑う。

 こいつは何かオカマっぽい。財布より貞操の心配をした方が良いのかも知れない。

 

 裏路地にいる不良達は計4人。いずれもガタイが良く、腕力で敵う相手じゃない。

 路地裏の先は行き止まりで、逃げ道もない。

 まさに絶体絶命という奴だった。

 

(あなた達は人でなしですっ恥を知りなさい!)

「さっきから何言いってんだかわかんねぇんだよっ。もっとでかい声でしゃべれやコラァ!」

 

 岡成さんは不良達に弱みをみせまいと気丈に振舞っている。だけど、無理をしているのが丸分かりだ。体は小刻みに震え、瞳は髪に覆われて見えないけどうっすらと光るものが見えている。

 

「か、返すでござるっ。そのお金は今月の限定フィギュアを買うためのものっ、決して貴殿らに――うげっ!?」

「ござるござる煩ぇんだよっ。忍者かテメーはよぉーーーーーーっ」

 

 蹴りが蛭田の股間に直撃する。蛭田は地面に這い蹲り、うめき声をあげた。

 

「俺はテメーみてーな暑苦しいデブが一番嫌ぇなんだ。その顔を見ただけで、思わず蹴りが出ちまうくらいきれーなんだっ。オメーみてーなオタクのデブはこの世から完全に抹消してぇくれぇになぁーーーーっ」

 

 そういって何度も何度も蛭田の顔面、頭、手や腹に蹴りを振り下ろす。

 

 いくらなんでもやりすぎだっ。完全に常軌を逸している。

 蛭田は完全にグロッキーで、身を縮こまらせて頭部を守るだけで精一杯という感じだ。

 僕は止めに入ろうと思わず身を乗り出す。

 

「や、やめ――」

「何処行くんだコラァ? でめぇも殴られてぇのか。あんっ?」

「ひっ……」

 

 目の前にいる不良が拳を振り上げる動作をし、思わず悲鳴を上げてしまう。それと同時に、足ががくがくと震え、それ以上先へと進めなくなってしまう。

 情けない事に僕は完全にビビッてしまって、蛭田を助けることも、その場から一歩も動くことも出来なかった。

 

 その間も蛭田に加えられる暴力は激しさを増していく。このままでは最悪の事態になってしまうだろう。

 この状態を打開する方法も思いつかず、一発、二発振り下ろされる蹴りの嵐。

 そして止めとばかりに勢いを付けた一撃が蛭田に加えられようとして、それが止められた。

 それを止めたのは、蛭田自身だ――

 

「……か、かえせ……。そのお金は……拙者が、正当に受け取る事が出来る、拙者だけのお金……。理不尽に奪い取られるいわれの無い、もの……」

 

 蛭田はその野太い手で不良の右足を掴んだのだ。そして力を込める。

 

「ぐっ!? こいつ、馬鹿力をっ!?」

「……貴殿等だって、学園都市側から生活するには十分なお金は貰っているはずでござる。なのに……何故……」

「うるせぇっ!」

 

 不良は自由が効く左足で蛭田の顔面を蹴り上げる。

 それで右足を掴む力が弱くなったのか、男は軽々と拘束から逃れた。

 

「一ヶ月云十万なんて金はなぁっ、はした金なんだよぉーーーー! そんなん貰っても一ヶ月持つわきゃねぇーだろぉーが! それに、弱肉強食はこの学園都市のルールだろぉーが! より弱い奴から通行料巻き上げて何が悪い!?」

 

 再び蛭田に見舞われる暴力の嵐。だけど、蛭田はもう怯まなかった。

 

「通行料? 何ゆえに貴殿達にそのようなものを支払わねば成らぬのでござる? 誰だって自由に好きな道を歩く権利があるはず……なのに――」

「うるせぇーーーーーー! ごちゃごちゃと御託並べやがって、テメーはおとなしくサンドバッグになってりゃ良いんだよぉーーーーーー!」

 

 殴られ、蹴られ、鼻を叩き折られ、蛭田は抵抗することも出来ず、一方的に暴力を受け続ける。

 

「あ~あ。切れた切れた。あーなるともう止まんねぇ。……お前、もういっていいぜ。俺はこのねぇちゃんと楽しむ事にするからよぉ」

 

 目の前の不良がいやらしい目つきでげへへへと笑うと、岡成さんの方へと歩み始める。

 

(いや……。こないでっ。八雲さんったすけて)

 

 岡成さんは絶望的な表情を浮かべて僕に救いの手を求める。

 そのつぶらな瞳は、決して僕が見捨てないであろうと信じて疑わない瞳だ。

 

 それに対し、僕は顔を背けた。

 そして……自分を責めた……

 

 なんだ……これは……?

 何かの悪い夢なのか。

 なんで? どうして? こんな不幸が僕にばかり起こる?

 一体何が原因だ? この原因を作ったのは誰だ……

 

 それは……

 僕だ……

 

 僕があの時メールを受け取らなければ。

 怪しげな薬を投薬されなければ、こんな自体にはならなかった。

 

 蛭田はレベル2の予知能力者だ。

 日常の些細な出来事から自分に有益なこと不利益なことを選り分けられる。

 直感で無意識に危険を察知したりする事が出来る。

 だが今回は僕と一緒で、僕の体調を心配するあまり、その能力が鈍ってしまった。

 避けられたトラブルなのだ、本来は。

 岡成さんに至っては、完全な巻き添えだ。

 

 結局、全て……僕が悪い……

 

 そんな僕に、また朝と同じシチュエーションが提示された。

 二人を置いて逃げると、僕は助かる。

 

 朝の僕は、逃げ出した。

 本当は助けたかった、「やめろ」と奴らに言いたかった。

 だけど、それ以上に彼らが怖かった。暴力が怖かった。傷つくのが、怖かったんだ。

 だから全部を放り投げて、逃げた。

 

 じゃあ、今回は……?

 僕は……ぼくの、選択は……

 

 

 

 

 

 

「や……やめろ……」

「はぁ? なんか言ったかぁ」

 

 体が笑い、足が震える。

 動悸だって激しく、ドクドクと心臓の音が耳の奥で鳴り響いている。

 腹の底に残っている勇気を搾り出してやっといえた単語。

 か細いが、やっと言う事が出来た。

 

 そうだ。これがずっと言いたかったんだ。奴らに対してっ。

 

「……聞こえなかったのか? やめろって、いったんだ……さもないと――」

 

 その瞬間鋭いパンチが僕の頬を叩いた。

 一瞬何が起きたのか分からず、目がちかちかする。数秒たってようやく殴られたという事に気が付いた。

 

「馬鹿だなぁ~。お前、ほんと馬鹿。おとなしく帰っときゃ良かったのに」

 

 そういってさらに一発、今度は鼻っ面を思いっきり殴られた。

 とたんに鼻の中に鉄の匂いが充満し、生暖かい何かが噴出す。

 血だ……

 真っ白い制服が、鮮血に染まっていく。

 

「う……あ、ああ……」

「そぉらもう一発ぅ~」

 

 それから何度も何度もさっき見た蛭田と同じように、僕は殴られ、蹴られ続けた。

 だが、おかしい。あんまりに殴られ続けて体がおかしくなってしまったんだろうか?

 それとも薬がとうとう脳内にまで侵入したか?

 僕は殆ど痛みを感じなくなっていた。

 代わりに周りの世界がスローモーションのように見える。

 

 ああ、これは……きっと脳内物質のアドレナリンが大量に分泌されているんだな。

 だからこんなにゆっくりなんだ。

 

 不良の振り上げる拳も、いまだ暴行を受けている蛭田も、必死に僕の名前を呼んでいる岡成さんも、全てがゆっくり……ゆっくりの世界だ……

 これなら……かわせる……か……

 

 残された僕の意志が最後に思ったこと。

 それはこの不良に一発やり返してやることだった。

 僕は拳を振り上げ、奴のタイミングを計りながら、ゆっくりと拳を繰り出した。

 

 一瞬のホワイトアウト。

 そして世界が元に戻る。

 

「あた……った……?」

 

 そこで僕が見たものは地面に仰向けに倒れている不良と、拳を繰り出したまま固まっている自分自身だった。

 ジーンと拳に伝わる感触は、僕の拳が開いての顔面にヒットした証だ。

 

「一泡、吹かせてやったぞ……」

 

 そういいつつ、興奮が抑えられない。

 やった。やってやったっ!

 初めて僕は自分の取り巻く世界に反逆した気持になった。

 

「おい、調子にのってんじゃねーぞ」

 

 だがその反逆の代償はあたりにも高くつきそうだ。

 僕が一人を倒したと見るや、他の三人が一斉に僕を取り囲んできたからだ。

 中にはナイフを手にしている奴もいる。

 

「覚悟は出来てんだろぉーなぁっ!」

 

 ああ……

 これはタダでは済まないな。

 興奮が冷めると、とたんに冷静になる。そしてどうあがいても僕が無事に生還できる保障はないと悟る。

 だが自然と後悔は無かった。

 あるのは二人を無事にここから逃がす事が出来なかったという自責の念だけだ。

 

「くたばれやっ!!」

 

 そして不良達は一斉に僕に向かって――

 

「……おい。そこまでにしときなよ」

「!?」

 

 その声に不良たちの動きが止まり、一斉に振り返った。

 

「んだぁ? こいつはぁ?」

 

 怪訝な表情を浮かべる不良たちと同様、僕も同様の表情を浮かべた。

 その男は一言で言うならば、『奇妙』な男だった。

 

 180センチ以上はある長身に、ブカブカの学ランを着込んだ男。

 その学ランは明らかに改造したもので、胸元に何処で手に入れたか知らないピースマークとハートマークのアクセサリーを身に付けている。

 しかしそれよりも衝撃的なのはその頭だ。

 なんというか……『スゴイ』リーゼントヘアーとしか形容できない。そしてその『スゴイ』リーゼントヘアーは、確実に見るものに言いようのない威圧感を与えている。

 

「……聞こえなかったっスかね~~。ならもう一度いいますよ。『そこまでにしときなよ』。無抵抗の人間によってたかってなんてよぉ~~。アンタら、かっこ悪いっスよ」

 

 リーゼントの男は鋭い眼光で不良達を見渡し、威嚇する。

 長身に筋肉質な体。何よりあのリーゼントで睨まれれば並大抵の人間ならば立(ち)所に萎縮してしまうだろう。しかし残念ながら相手はゴロツキの不良。危険を察するという嗅覚が圧倒的に抜けていた。それよりも大切なのは男一人におめおめと引き下がってたまるかという安っぽいプライドだけなのだ。

 

「おい。一人で何イキがってんだコラ。オレら四人に勝てるなんて、思ってるワケェ? ウケルわ~~」

 

 不良の一人が手の平からボッと火の玉を浮かび上がらせ男に詰め寄る。

 学園都市ではもっともポピュラーな発火能力者(パイロキネシスト)

 それに対して男は……何もしない。ただポケットに手を突っ込み依然鋭い眼光を向けるだけだ。

 

「おいおいおいおい。もしかしてぇ~~。ビビッちゃってんですかぁ~~?」

「コイツマジで馬鹿だわ。いつの時代のお人だよぉ~~」

「でもでも~~。ちょっとだけ、い・い・お・と・こ」

 

 取り囲む不良。

 動じない謎の男。

 そんな男に対し、ただのカッコつけ野朗とでも判断したのか、不良達がはやし立てる。

 最初に男に突っかかった発火能力者(パイロキネシスト)が詰め寄り、さらに挑発する。

 

「おい、時代錯誤野朗。あんまりおふざけが過ぎると、そのふざけた頭ごとチリチリに――」

 

 それは一瞬だった。

 一瞬の出来事だった。

 発火能力者(パイロキネシスト)はしゃべりかけのセリフを最後まで言う事が出来ず、ビルの壁に叩きつけられた。

 

「――あ……ガ……ぁ?」

 

 壁に叩きつけられた不良は、自分に何が起きたのかも分からず口から血反吐を吐きながら悶絶する。

 その威力は壮絶で、彼の背中のコンクリートに大幅な亀裂を発生させている。

 

「一体何をっ!? 何をしやがった!?」

「コイツ、能力者だったのかっ! だがこの威力、やべえ!」

「ちょっと……。逃げた方が良いんじゃないの……?

 

 彼らは動揺を隠しきれない様子で、この場所から離れるために身を翻そうとする。

 だが、ここは路地裏の行き止まりだ。

 そしてここに連れて来たのは彼ら自身だ。逃げ場はまったく無い。

 彼らが自分達がヤバイ相手に手を出してしまったと悟ったのはこの瞬間だったはずだ。

 

 実際僕自身も驚きを隠せなかった。

 だがそれは不良達の驚きとはかなり異なる。

 彼らには男の能力が念動使い(テレキネシスト)に映ったみたいだが僕は違った。

 

 僕は見た。――あの瞬間、男の体から半透明状の腕の様なものが浮き出てきたのを。

 それが、不良の鼻と口と顎をぐしゃぐしゃに叩き潰したのをっ!

 

「――お前ら、いま、なんつった――?」

 

 男の口調が明らかに変わった。言葉の端々に怒気を含ませながら、残りの不良達へ向かい――そして一人を弾き飛ばした。

 

「げピっ……!?」

 

 さっきの発火能力者(パイロキネシスト)同様、壁に叩きつけられた不良は可哀想に、その衝撃で両腕があらぬ方向へ折れ曲がっている。そして、受身を取ることもできないまま地面に崩れ落ちた。

 

 また、だ――

 またリーゼントの男の体内から半透明の腕が出てきた。

 筋肉質な、装甲を纏った右腕。

 その豪腕から繰り出される拳がまた一人、不良を倒したのだ。

 

「俺の自慢の(ヘアー)を貶す奴は誰だろーが許さねぇ……」

 

 そして最後の止め、とばかりに男の体内からあの豪腕の主が姿を現す。

 それは人間……人の形をしていた。

 リーゼントの男と同じくらいの長身で筋肉質な肉体。

 その体には装甲の様なものが装着され、背中から首にかけてケーブルのようなものが伸びている。

 何より特徴的なのはその頭部だ。まるでハートの様な形の頭部からはギロリと鋭い目が覗き、標的である不良二人に突進する(というか空中を浮遊している!)

 

「ドラァッ!」

 

 男の雄たけびに呼応するように、”その何か”は拳を繰り出す。

 その全体像が見えたことで拳の威力を容易に想像する事が出来る。

 あんな丸太のような豪腕で殴られれば誰だって一溜まりも無いだろう。

 

 哀れ、彼ら二人は最後まで何が起こっているのか自覚する事無く、繰り出されたパンチに顔面を粉砕された。

 

 こうして男の乱入からものの三分も経たずに、全ての出来事は幕を閉じたのである。

 

 

 

(八雲さんっ!)

 

 全てが片付き安堵した瞬間、岡成さんが僕に抱きついてきた。可哀想に、きっと今まで生きてきた中でこれほどの怖い目にあった事など無かったのだろう。体を小刻みに震わせ、しゃくるような声で僕の名前を呼んでいる。

 彼女を巻き込んだのは僕だ。僕はそっと彼女の背中に背を回し、そっとさするようにしてあげた。彼女の恐怖が少しでも和らぐように。

 

 一方、リーゼントの男は蛭田の方へ歩み寄り、彼を介抱している。

 そうだ! 蛭田だっ。

 奴らから壮絶なリンチを受けており、瀕死の状態のはずなんだ。早く病院に連れて行かないと。

 そう思っていると、アレだけ酷い暴力を受け、とてもじゃないが立ち上がることすら困難だと思われた蛭田が、なんと! 怪我など一つも受けていないようにケロリとした表情で立ち上がったのだ!

 

「ひ、蛭田……なんで? どーして?」

「やぁ~~くぅ~~もぉ~~どぉ~~のぉ~~~~!」

 

 蛭田は僕の姿を確認するなりその巨体を震わせ僕に突進してきた。

 そして岡成さんごと僕を抱きしめた。

 

「こわかったでござる! 怖かったでこざるよぉおお!! 拙者あのまま天国へログインするところでしたぞ~~! 可愛いロリっ天使が拙者をお出迎えしている所でしたぞ~~!!」

「ぐぇっ。や、やめ……」

 

 やめろぉおおおおおお!

 男に抱きつかれる趣味はねーんだよぉおおおお!!

 

 そんな僕の心の絶叫などつゆ知らず、蛭田はその怪力で僕を締め上げる。

 

 ヤバイ。死ぬ。僕だけじゃなく間に挟まれてる岡成さんもしぬ。

 現に岡成さんは白目を向き、口からエクトプラズム的な何かを吐き出している。

 

 そんな別の意味で生命の危機を感じている僕にまた驚愕すべき事が起こった。

 もう勘弁してくれといいたいが、これは本当に驚いたのだから仕方ない。

 

「あ…・・・ぁ……ぅぅぅ……」

 

 何とリーゼントの男にぶちのめされた不良達がゆっくりと起き上がってきたのだ。

 しかしその表情は先程の好戦的な表情とは異なり、どこか脅えたものに変化している。

 

(きゃああああ!)

 

 岡成さんが小さい悲鳴を上げる。蛭田も同様に「うひょおおおおお」と訳の分からない雄たけびをあげているが驚いていることには違いないのだろう。僕も同じだ。

 

 不良の顔が、ぐちゃぐちゃに潰されていたはずの顔面が、ゆっくりと再生しているのだ。まるで動画を逆再生したかのように!

 飛び出した眼球も、ねじり曲がった鼻も、吹き飛んだ歯すらも。全てが元通りに戻っていく。

 

「……はははっ。いくらなんでも、無茶苦茶だぁ……」

 

 僕はもう、驚きを通り越して頭がパンクしそうだった。

 頭の中がグルグルしてどうにかなってしまいそうだった。

 リーゼント男の体内から出てきた謎の巨人。謎の再生現象。まったく訳が分からない。

 本当に、今日は一体なんて日なんだ。

 

「ううあああああああああ!」

 

 再起不能になったはずの不良4人組は、謎の再生により元に戻った。だがその表情は先程の好戦的な様子から一辺、まるで化け物を見るような目つきで完全に脅えきっている。恐怖で絶叫する奴もいる。

 

「おい」

 

 そこにリーゼントの男が胸倉を掴み、不良の一人を立たせる。

 

「もう二度とよぉーー。俺の前に姿見せんな。もしもう一度そのしけた面を見かけたらその時は――」

 

 拳を振り上げる動作をする。

 

「し、しませんっ。もう二度と、ここには現れませんっ。だから、命だけは……」

 

 よほど怖かったのだろう。不良は目に涙を浮かべて命乞いをする。そんな不良達にリーゼントの男は「いけよ」と掴んだ制服を離し、ここから立ち去るように促す。その言葉を待ってましたとばかりに不良達は我先へと元の道へと走り去っていった。気のせいか顔の形がさっきと全然違う気がしたのだが、思い過ごしだろう。

 

「――ったくよぉ。度し難い野郎共だったぜ。いくら俺の『クレイジー・ダイヤモンド』でも、歪んじまった精神(こころ)だけは直せねぇからよーー」

 

 不良達を見送るとリーゼントの男はくるっとこちらを振り返り「お前らも災難だったな」と声をかけてくれた。 その表情は先程とは異なり、ずいぶん和らいで見える。

 

「あの……どうして、僕達を助けてくれたんですか? 縁もゆかりも無いあなたが、どうして?」

 

 思わず僕はそう尋ねていた。

 純粋な興味からだ。

 すると男はさも当たり前のように

 

「なんつーか……逆境の中でも自分を張れるオメー等が『カッコ良かった』からじゃあねーの? 思わず手を貸してやりたくなるほどにな」

 

 そして自分出番は終ったとばかりに男は「じゃあな」と言い残し、そのまま元来た道を引き返していった。

 

「なんというか……」

(すごい人でした……)

 

 蛭田と岡成さんはぼそっと正直な感想を述べる。

 僕もそう思う。だけど同時に、うらやましくもあった。

 この学園都市に来てあんなタイプの人間には出会った事が無かった。損得勘定も無く、誰かの為に動いてくれる人間。それはまるで漫画の主人公のようで、僕は少しだけ彼を『カッコイイ』と思ってしまった。

 

「さて、これ以上ここにいても時間の無駄でござる。当初の予定通り、八雲氏の自宅へ――」

 

 緊張の糸が切れたのか、それとも蛭田の一言で思い出したのか、体が非常にだるくなってきた。

 そういえば頭痛もするし、熱っぽいしで二人に自宅へ担ぎ込まれる途中だった――

 ああ、まずい。これは、ヤバイやつだ…… 

 

「八雲氏?」

 

 がっくりと足の力が抜け、蛭田に体を寄りかける形になる。

 

「これは――。まず――――早く――」

(八雲さんっ!? しっかり――)

 

 二人が何をいっているのか分からない。意識が朦朧としてこのまま眠ってしまいたい――。

 

 悪い、ふたりとも――少し――――ね……る……

 

 最後の言葉は口にする事が出来たのだろうか? それともタダ頭の中で思っていただけ?

 そんなくだらないことを思いながら、僕の意識は深い闇の中に吸い込まれていった。

 

 

 ――結局、この熱が原因で僕は病院に担ぎ込まれ、三日三晩熱にうなされる事になった。

 

 

 

 

 

 

「――八雲氏? どうしたでござるか? ボーっとした表情をして。ひょっとして、まだ体調が優れないのでござるか?」

「あ、ああ……悪い、何でもない」

 

 隣の席の蛭田が声をかけてくれたお陰で、上の空だった意識を取り戻すことが出来た。

 あれから――体調は大分回復したのだがまだ微熱の状態が続いている。気を抜くと意識を持っていかれてしまいそうだ。

 自分の過ちだったとはいえ、もう十分に悔いた。さすがにこの状態から回復して欲しい。

 

「……それなら良いのでござるが……それより聞きましたか? 転校生のウワサ――」

 

 蛭田が僕にそっと耳打ちするように尋ねる。

 ああ、それでか。

 さっきから教室がざわついているのは。

 

 先程から教室内の空気がおかしい。

 クラスメイト達はしきりに「少年院から脱走してきたらしい」とか「もう何人も人を殺してるらしいよ」など、ヤバそうな単語をひそひそと話し合っている。

 いつの間にか教室内にはただならぬ緊張間が漂い始めていた。

 

「拙者が入手した最新情報によると、どうも札付きのワルで、前の学校から放校(追い出される事)される形でこの学校に来るとの事。なんでも教師を半殺しの目に合わせたらしいですぞ」

「マジかよ……」

「それに拙者の予感ですと、その不良は我々と浅からぬ因縁があるようで――」

 

 蛭田の言葉を強引に打ち切るため、僕は耳を塞いだ。

 

 蛭田は腐っても予知能力者。その予言や予感はかなりの確立で的中する。

 つまり、何らかのトラブルに巻き込まれる事は必至という事だ。

 

「悪夢が終らない……」

 

 そんな僕のぼやきは、ホームルームのチャイム音にかき消された。

 とたんに教室内は静まり返り、担任の教師を迎える。

 

「――ええ、今日は突然だが転校生を紹介したいと思う。よからぬウワサが出回っているようだが、振り回されないように。――それでは入りなさい」

 

 教師は朝礼もそこそこに、転校生を招き入れる。――とたんに教室内から大きなどよめきの声が上がった。

 

 特徴的なリーゼント。

 改造学ラン。

 長身に筋肉質な体格。

 

 先程していたウワサが具現化して出てきたような男の登場に、あるものは青ざめ、あるものはそのまま気を失った。泣き出している生徒もいる。

 

 だが僕は……いや、僕達は知っている。

 この男の事を。

 

「ああっ!?」

「こ、このお方はっ!」

 

 僕と蛭田は同時に叫んだ。視界にはいないが恐らく岡成さんも同様に驚いているはずだ。

 その僕達の声に男も「おおっ!? オメー等はっ」と驚きの声を上げた。そして教師の「おい、君っ?」という制止を振り切り、僕達の元へ。熱烈な抱擁(ハグ)をされた。

 

「まさかこんな所で見知った顔に出会えるとはなぁーー。転校先で『孤独な高校生活』つーのを送る覚悟してたからよぉーー。こいつは幸先いいぜぇーー」

 

 そういって僕達の肩をバンバンと叩いた。

 

「なんか……最初のイメージと全然違う気がする……」

「……で、ござる……な……」

 

 なんだ? このフランクさは? 最初の印象があまりに強烈過ぎたんで固定されちゃったけど、もしかしてこれが彼の『地』なんだろうか? そんな僕達の驚きを余所に、男は僕達を見る。

 

「そういや、自己紹介とかしてなかったな。東方仗助(ひがしかた じょうすけ)。趣味はテレビゲームに音楽鑑賞。気さくに『仗助くん』とでも呼んでくれや」

 

 そういって軽い敬礼のような挨拶をこちらに返してきた。

 その軽い笑みを含む表情や動作は、本当にどこにでもいる10代の少年と同じで、僕は彼に言いようの無い親近感を覚え始めた。

 端的にいえば、彼に興味を持ったのだ。

 だから僕は最初の一歩を踏み出すために、意を決して(まだ多少怖かったが)

 

「こ、こちらこそよろしく」

 

 と挨拶を交わしたのだった。

 

 

 ――これが彼、東方仗助との二回目の出会いだった。

 嵐のように颯爽と現れたこの男の登場で、僕の世界は大きく変わる事になる。

 そして同時に、ここから彼の物語が動き出す。

 

 これは、彼の物語だ。

 彼が仲間たちと何気ない生活を送り、時には事件に巻き込まれ、自らの出生の秘密にたどり着く。

 ただそれだけの、小さな幸せを守る物語だ。

 

 

 


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