『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

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第九話

 一頻り上洛の旨を語り終えると、興世王は小次郎の元に酒を注ぎに立ち上がる。

「左馬允平貞盛殿ならば存じ上げておる」

 小次郎は従兄の名を聞き、頼る者の無い都での唯一の憩いのような感覚を抱いていた。

「近頃小一条殿よりの覚えも高く、めきめきと頭角を現した武士で、非常に切れる御仁であると聞く。武芸にも秀で、盗賊衆も貞盛公の御厨には手を出さないとか。レッゲル輸送は帝の馬寮の重要な任務だが、群盗によってソラへの移送も儘ならないなか、唯一貞盛殿のみが定めて輸送をしているとも聞く」

「そうですか」

 小次郎は、従兄の活躍を知ると同時、自分も一刻も早く同じ舞台に立たねばならぬことを実感していた。

「但し、これには裏があってのう」

 まだ貞盛を同族の知り合い程度としか思っていないのか、或いは敢えて事実を告げるのか、興世王は声を潜める。

「野盗の頭目と結託をし、レッゲルとリーオの一部を横流しして移送の安定を図っているとの噂もある。確証は得られておらぬが野盗の一部には常陸の印章の入ったリーオを持つ者もいる」

 盃を運ぶ手が止まる。

 小次郎は耳を疑った。

 まさか、あの太郎貞盛が。

 訝しむ感情を振り払うと、小次郎は興世王に盃を返す。

「馬寮は何処でしょう。同族の(よしみ)に一度会っておきたいので」

「明日アースポートまで出向く故、その折に伴いましょう。お知り合いですかな」

「なあに、同郷の者というだけです」

 興世王に自分の素性の多くを語るには、まだ信が置けない。小次郎は酔った振りをして、その夜は早々に床に就くとした。

 

 珍しく二つ並んだ満月の月明かりが、興世王の屋敷の壁を照らしている。矢倉の向こう側に白刃を輝かす村雨ライガーが伏せ、更にその奥には月にも届くが如き軌道エレベーターのケーブルが浮かび上がる。時折天上界へと上昇するクルーザーの軌跡が輝いている。

 遠く坂東を離れ、繁栄の極みを享受していると思われた都は存外に(ただれ)れていた。

 望郷の想いが過る。

 母は、弟達は健在だろうか。

 そしてあの(ひと)は。

 

 朧月に浮かぶ面影を忍びつつ、小次郎は何時しか眠りについていた。

 

 翌朝、小次郎は再び村雨ライガーを駆ってアースポートを目指した。随伴するのは興世王のツインホーンと、同じく押領使の率いるレブラプターにイグアンである。小次郎は出会って以来抱いてきた疑問をぶつけてみた。

「興世王殿、田舎者故不躾(ぶしつけ)な問い、失礼あれば許されよ。

 貴殿らは正式な舎人(とねり)であろう。押領使が操るゾイドにしてはちと貧弱と(おぼ)しきもの。

 昨日私が対決したロードゲイルにしても、()しんばウネンラギアにせよ、貴殿らのゾイドでは太刀打ち出来まいて。

 せめてコマンドウルフやヘビーライモス程度の中型ゾイドは必要ではありませぬか」

 風防を開きながら進む操縦席越し、村雨ライガーの機体の高さから見下ろす形になった小次郎が問いかける。興世王は自虐的な笑いを浮かべた。

「諸国の調庸物が滞っておるのだ。警邏とて、公よりゾイドを与るのみ。貴殿の如き獅子型や虎型、龍型等の強力なゾイドは全て摂関家の護衛に引き抜かれ、都の治安は儘ならぬ。貴君が上洛した理由は滝口であろう。東夷に限らず、多くの俘夷も仕官を求めアースポートに詰めかけておるよ。止むを得ず武装をしておるものの、所詮は京生まれの京育ち。我らでは野盗衆を抑える事などできないのは明らかだ。

 イグアンであれ与えられれば()しなものだ。検非違使さえ自前のゾイドで戦わねばならぬ。貞盛殿は坂東からブラストルタイガーを率いて来た故、それなりに戦えたのであろう。左馬允の地位も、肯けるというものだ」

 聞きなれぬ名前に小次郎は戸惑う。

 ブラストルタイガーなど坂東で露ぞ見た事も聞いた事も無い。太郎貞盛は、ライガー零と豊富なチェインジングアーマーシステムを好んでいた。国香も息子貞盛の出立に、グスタフのコンテナ三台のイェーガー、シュナイダー、パンツァーユニット丸ごとを与え、ソラに送り出した。

 武士(もののふ)にとってゾイドとの繋がりは絶対である。ゾイドは主君に従い、主君はゾイドと一体になり山野を駆け巡る。安易な乗り換えをしないのが坂東武者の誇りであり名誉であったはずだ。

 太郎貞盛に何があったのかはまだわからないが、幼き頃より共に過ごした竹馬の友と呼べる従兄は、村岡の叔父良文の語った如く、都の毒に侵されてしまったのではないかという不安が過っていた。

 都には饐えた臭いが漂い続けている。風防を閉じ操縦席に身を潜めてみても、硝子越しに爛れた空気が染み入ってくるかのようであった。

 朱雀大路を少しだけ入った路地の闇には、浮浪人と思しき逃散の民が横たわっている。如何(いかが)わしげな店が軒を連ね、時折悩ましげな呼び声が集音器を経て聞こえてくる。

 ソラは、人々が平安に暮らす為に建造が始まった都市のはずだ。古くは『惑星大異変(グランドカタストロフ)』、新しくは『神々の怒り(ラグナロク)』と、数百年に亘って打ち続く地殻変動の脅威から逃れる為、無限の宇宙空間への進出と、太陽電池板のオービタル設置によるマイクロウェーブ発電により、地上電力の確保を行うはずであった。

 ところがいつしか巨大プロジェクトを完成させるための組織が、組織を維持するためだけの組織となり、手段が目的に転化してしまった。

 駿河の海、ホバーカーゴで出会った紀貫之が語った如く、大伴、紀、小野などの有力氏族を蹴散らし、帝の外戚として権力を(ほしいまま)に振るい出したのが藤原だ。

 遠く駿河から望んだ相模の奥で、不気味に噴煙を上げる冨士の峰が横たわっていたのが思い出される。

 あの悪魔が棲むと謂われる峰々は、伝説の死竜の巣窟があると囁かれていた。

 (おおやけ)は、民を救う気はないのか。

 今はソラシティー建造よりも早急に叶えねばならぬ務めがあるのではないか。

 小次郎は村雨ライガーに操縦を任せながら、幾つも取り止めの無いことを考え続けていた。

「馬寮に到着しましたぞ」

 興世王のツインホーンから連絡が届く。

 簡素な構えの建物の奥、ゾイドが歩いて踏み固められた道を過ぎ、馬寮の屋敷へと村雨ライガーを進めた。

 途中、整備塔に繋がれる数台の象型のゾイドを見受けた。興世王のツインホーンと同じ意匠だが、性能も大きさも格段に違うエレファンダーという大型ゾイドである。一台だけ黒と赤と燻んだ真鍮色の虎型ゾイドが駐機している。小次郎はそれが、太郎が操るというブラストルタイガーだと直感した。

 

 押領使として仕える興世王は其れなりに顔の広い人物であるようだった。馬寮の衛士と一言二言話すと、直ぐに小次郎を迎え入れた。

「貞盛殿は巡検中故に不在であるが、間もなく帰られるとのこと。暫し待たれよ」

 警邏であればゾイドで出撃するはずであり、ブラストルタイガーを残して巡検しているということは、それ以外の任を受けてのことだろう。小次郎は通された客間に待つことなどできなかった。

「ゾイドを拝見しても宜しいか」

 ブラストルタイガーもエレファンダーも坂東では見かけぬゾイドだ。邪気のない荒武者の趣が、聳え立つゾイド群の格納庫へと脚を向けさせていた。

 見事なゾイドであった。流石に馬寮の扱うゾイドは違うものだと痛感していた。

 太郎貞盛は、毎日この様なゾイドを扱っているのかと思うと羨望が湧き上がる。

 小次郎もゾイドと共に暮らし過してきたが、都に上ってから一度も村雨ライガーを洗浄していない。ムラサメブレードも刃紋に曇りが浮かんできている。目の前には整備塔があり、利用が許されれば洗浄出来る。都の淀んだ気に晒されている村雨ライガーの穢れを早く拭い取ってやりたい気持ちが強くなっていた。

「小次郎、相変わらずだな」

 懐かしい声に振り向くと、真新しい烏帽子に緋色の衣を纏った公家が立っていた。だが繁々とその顔をみて、小次郎はあっ、と声を上げる。

「太郎ではないか」

 見間違えるのも無理はない。嘗て共に坂東の山河を駆け抜けた頃の面影はなく、煌びやかな都人(みやこびと)の出で立ちとなっていた。茨城(うまらき)石田の口調も消え去り、(みやび)な京訛りが耳に突く。

「いつ都に出て来たのだ」

 穏やかに笑う従兄の姿は、ソラの都に溶け込んでいた。

 


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