『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

8 / 10
第八話

 胴体基部よりムラサメブレードが唸りを上げて迫り出す。常陸国(ひたちのくに)八千代(やちよ)尾崎前山のリーオ鍛治(かぬち)の粋を凝らして鍛え上げた、美麗の刃紋が浮かぶ名刀である。刀身の(しのぎ)に刻まれた、神仙が宿るといわれる古代ゾイド文字がコアの鳴動に呼応して淡く輝く。蝦夷相手に鍛え抜かれた黄金の闘気が、碧き獅子の躰に漲っていく。

 ウネンラギアが一斉に躍りかかる。小型故に、驚異的な機動性で村雨ライガーの直上から降りかかった。

 乾いた金属音が、荒廃した内裏に響く。横殴りの一閃の煌めきを残し、一機が切断された。どう、と紫宸殿の跡に二つの物体が倒れ込む。小次郎が操縦席で叫ぶ。

「ひとおつ!」

 十一基のカウルブレードが金色に逆立つ。飛び散ったブロックスコアの組織液を浴びて、村雨ライガーは野生を呼び起こした。

「小賢しいわ、ブロックス風情(ふぜい)が」

 小次郎の言葉に偽りはなかった。風防を狙い不用意に跳びこんだ二機目のウネンラギアも、ものの見事に弾き飛ばされた。大極殿に残されていた巨大な円柱に叩き付けられると、哀れにもそのまま村雨ライガーの足元に跳ね返って来る。本能的に逃げ出そうとする小型ブロックスを、狙い澄ました村雨ライガーのストライクレーザークローが薙ぎ払い、上半身と下半身を完全に切断した。

「ふたあつ!」

 村雨ライガーは獰猛な本能を解放した。

 切断された上半身残骸の頸部をクラッシュバイトで噛みつき振り回す。ブロックスの破片が紫宸殿に突き刺さり、頭部が千切れ転がり落ちる。

 残るウネンラギアには目もくれず、村雨ライガーは遠方で未だ怪電波を発しつづけるディアントラー目掛けて突進する。

 自ら傷つくことなく、武侠に欠ける(いくさ)を仕掛けるゾイドなど主人同様許せないのだ。背後で泡を食って必死に脱出を試みるコマンドウルフの姿がある。

「逃がさぬ」

 幾分赤みがかった傾く太陽光を浴び、碧き獅子が跳ぶ。

 繰り出された渾身のストライクレーザークローの一撃を避けようもなく、コマンドウルフはディアントラー諸共完全に破壊された。

「みいっつ!」

 村雨ライガーの足元に横たわるディアントラーのプラズマブレードアンテナを踏み躙りながら、小次郎はある事に気付いた。

「此奴にも操縦席が無い」

 残る一機のウネンラギアは、傀儡の主である筈のゾイドを打ち倒されても、未だに作動を続けている。まだ何処かに敵が潜んでいるに違いないのだ。

 直後、大極殿の奥から鵺の如き中型ブロックスゾイドが浮上した。二振の槍と巨大な桒形(くわがた)を備え、半透明の翼に光を纏う有人キメラ型ゾイド、ロードゲイルである。

 頭部の真下、機体中央部に紫色の五枚の合弁花が描かれている。

(……桔梗紋?)

 星紋を思わせる威圧的な意匠だった。

 小次郎が一瞬目を凝らした隙を狙って、三機目のウネンラギアが村雨ライガーの背後から忍び寄る。

 テイルブレードが唸りを上げて、小型ブロックスを薙ぎ払った。

「返す返すも卑怯な奴らだ」

 敵を村雨の直上の空間に放り上げる。落下する哀れな機体の真下に、突き立てたムラサメブレードが待っていた。

 四方に甲高い金属音を残し、ウネンラギアが串刺しとなる。

「四つ目……」

 小次郎の猛り狂う感情が瞬時に霧消した。不敵にもロードゲイルの風防は開放され、操縦者が翠髪(すいはつ)を靡かせ睨んでいる。

「見かけぬ奴だな。東夷(あずまえびす)か」

 ロードゲイルの操縦席に信じられない姿を見た。躰の線が細い。女だ。

武士(もののふ)としても、男としても気に入ったぞ。我が名は〝桔梗の前〟。生きておれば何れ亦遭うこともあろうぞ」

 二振のマグネイズスピアを振り翳すと、一瞬にして周囲が暗転し、視界を奪う。特殊な煙幕発生装置が仕組まれていたらしく、村雨ライガーの索敵能力も停止する。

「待て、女」

 噴き出した黒煙を空中に曳きながら、禍々しき(キメラ)型ブロックスが飛び去っていく。半透明のマグネッサーウィングが、傾く陽射しを映していた。

「桔梗の前」

 小次郎の耳目に、その名と紋章が不思議なまでにこびり付いていた。

 

 格闘を終え、ムラサメブレードを背後に納めて周囲を見渡すと、誰もいないと思っていた廃墟の風景の中、草臥(くたび)れた烏帽子を被った貴族らしき人影が現れていた。

 頻りと手を振っている。都を警邏(けいら)する者かもしれない。見遣れば廃墟の物陰からツインホーンを引き連れた部隊が到着していた。小次郎は身を乗り出し、声を張り上げる。

「私は突然先ほどの野盗共に襲われ、戦いに応じただけだ。騒擾の意志など持ってはいない」

「承知於き仕る。事の次第は見ておった。(さす)れば彼の方よ、まずは操縦席より降りられよ」

 話をしたいというのだろう。

 それにしても「事の次第を察している」のであれば、なぜ加勢をしなかったのか。出で立ちは押領使であるが、治安を守るべき警邏が傍観していたとは。

 小次郎は未だに燻る激情を抑えながら、操縦席から立ち上がった。

 

                 *

 

「そなたが刃を交えたのは、摂津から河内、和泉に於いて悪逆非道の限りを尽くした群盗の頭目、桔梗の前である。国衙を襲った後、都に入った事までは把握していたものの、何しろ神出鬼没。我ら押領使も、ほとほと手を焼いていたのだ。

 大内裏跡に根城(ねじろ)を張ったとまでは聞いていたが、鎮撫するにも手勢少なく、小一条大臣に訴え健児(こんでい)を召集し、一斉に制圧することを進言しようとしていた矢先であった。貴殿の活躍、いや、誠に以てお見事であった」

 都訛りが強く聞き取りにくいが、会話中小一条大臣の名が出たことを小次郎は聞き逃さなかった。

「小一条大臣を御存知ですか。私は前鎮守府将軍、平良持の次男にして平小次郎将門と申し上げる。坂東の地に居を構えられた菅原道真公の子息、景行公より推薦状を頂き、小一条大臣に滝口の衛士の任を帯び上洛した次第です。何分田舎(いなか)育ち故、清涼殿も内裏も移転を知らず、路頭に迷っていた折。是非とも小一条大臣に取り次ぎを願いたい」

 堰を切ったように告げる小次郎を、烏帽子を被った押領使は最初怪訝そうな顔を、次に憐みにも似た表情を浮かべ、諭すように語り出した。

「坂東の地からでは止むを得ないだろう。そなたは途轍(とてつ)もなく畏れ多いことを申しておる。借りができた故、詳細に伝えてやろう。

 小次郎殿とやら、小一条大臣とは、天井人で在らせられる摂政藤原忠平様のことだ。兄時平公が菅公の祟りを受け逝去された後、移築した清涼殿にて藤原一族の権力を一手に引き受け軌道エレベーターの建造を始め、ソラシティーの管理やジオステーションへの移民など多くの事業を取り仕切っている。其れだけに上洛して建議を受ける事も多く、容易に目通りが叶う方ではないのだ。不躾な物言いではあるが、謁見には少なくとも一月はかかる」

「私は景行公の推薦状を携えてきたのだ。なぜそれほどまでに」

「平の君よ、世は押並べて泰平だ。それ故に様々な根回しも必要となる。遠く坂東の地では、景行公とやらも配慮し切れなかったのであろう。官吏への登用は、(けだ)し賄賂は不可欠。そんなものだ」

 勇んで上洛したものの、容易には目的が達せられない現実に小次郎は愕然としていた。落胆する若武者に、目の前の人物が告げる。

「如何であろう、宜しければ我が家に起居されよ。我は興世王、遠く桓武の帝に祖を持ち、今はうらぶれた押領使などを務めておるが、何れは下向し受領となる心算(つもり)だ。こうして出会ったのも奇縁である」

 興世王と名乗った押領使は、抜け目のない視線を送りながら笑っている。

 油断のならない御仁だ。小次郎の直観がそう語ったが、今は少しでも知人を増やすべきと判断した。

「お心遣い、謹んでお受けしたい」

 陽はすっかり沈んでいた。都での初日は、小次郎の激動の生涯を予見するが如く、波乱に満ちたものとなっていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。