『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

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第七話

「純友はソラの北家藤原長良(ふじわらのながら)の孫良範(よしのり)の子で、伊予掾(いよのじょう)従七位上に任ぜられ、海賊集団を鎮撫する為に禦賊(ぎょぞく)兵士制によって下向した者でありました」

「禦賊兵士制?」

「二百二十四人の浪人を確保し水中戦用ゾイドを備えて国府などを警護させるもので、追捕海賊使や軟弱な警護使では海賊に歯が立たぬ故、新たに編制した武装集団であった。ところが純友は、事もあろうに伊予の土豪高橋友久(たかはしともひさ)(くみ)し、国衙からの略奪を始めたのだ。

 ソラの情報誌グローサーシュピーゲルによると、〝純友は幾つともなくゾイドを繋げ、そこに人工栽培の畑を作り、巨大な人工要塞として移動しながら戦を仕掛けてくる〟との報告もある。到底信じ難い事だが」

 貫之は水平線を見つめた。

「御覧なさい、あの天空に伸びるケーブルを。バックミンスターフラーレンの再生技術を会得してから早や百年。我々は再び宇宙へと進出しようとしている。地上のアンカーターミナルから更に遠く、軌道上空九千里(三万五千㎞)の彼方に、建設中のジオステーションが存在するなど想像できますか。そしてその先の軌道二万五千里(十万㎞)にペントハウスステーションを建造し、他の惑星系を目指そうとしているとは。

 ソラの連中は、母なる惑星ブルースターに恋焦がれている。栄耀栄華を極める傍らで、税に苦しみ逃散(ちょうさん)を繰り返す民を顧みようとはしない。海賊衆とて元は穏やかな漁民だったのだ。応天門のクーデター以来、瀬戸の大海で貢献してきた大伴と、我ら紀の一族が藤原に排斥されて以来海の治安が悪化したのも、藤原の連中が海を知らなさすぎるからだ。

 おっと、身贔屓(みひいき)が過ぎましたな。忘れてくだされ」

 そう告げると、夕餉の金子(きんす)と軽い礼を残し、貫之はタブレットを片手に艇内に姿を移して行った。

 北島(ほくとう)はまだ水平線上の黒い線にしか見えないのに、天空には青空を背景に薄らと長大なケーブルの影が浮かぶ。未だ定位置に達せず、上昇を続けているのだろう。

 均田として与えられたレッゲルを生み出すジェネレーターは、確かにゾイドと民の命の源を産み出した。『神々の怒り』によって荒廃した大地を(いち)早く再生し、ゾイドの糧となるレッゲルと、豊かな漁場・水源・耕地を取り戻したのである。

 だが、与えられた物以上に奪われたものも多い。ジェネレーターを受け取る見返りに、代償として要求される過大な税は、末端に当たる良民への負担を増やし続けている。

一、ジェネレーターから採取されるレッゲルの拠出

二、収穫された穀物の上納

三、地方特産物の献上、特に坂東では勅旨牧でのゾイドの飼育と駒牽(こまひき)としての王族への分与

四、国司の命に基づく労役の義務

五、陸奥の地で採掘・精製されるリーオの納入

六、健児(こんでい)など地方官の子息に警護の任をあたえる。

 小次郎が上洛したのも、武士に課せられた大番である。充分な知行地も持ち、屋敷家人を持つ小次郎ら地方官でさえ負担は大きい。正税を負う良民に於いては尚更である。

 負担に耐え切れず逃散し、浮浪の民となる民は後を絶たず、その中で勇在る者は群盗海賊に成り果てた。

 小次郎は、毎年大量に納入してきた坂東の品も、途中海賊衆の手に落ちて来たかと思うと無性に腹立たしくなった。ソラは不足分を補うため、更に税を課したに違いない。元は同じ民同士が苦しめあっているのだ。

(おおやけ)が、(ただ)すべきは海賊衆ではなく(まつりごと)の根本ではないか)

 しかし、坂東より出立したばかりの若武者には、未だその糾すべき手段が思いつくはずもなかった。

(母上、叔父上、舎弟達、そして彩殿。俺は必ず官位を得る。官位を得て、皆の負担を減らし、豊かで幸せな坂東で暮らすのだ)

 海上を進むホバーカーゴの甲板からは、ケーブルの麓のアンカーターミナルが望めるようになっていた。ソラの都の麓まで僅かであった。

 

 ホバーカーゴが埠頭に横付けされ、海賊の襲撃に遭うことなく旅路を終えることのできた安堵に胸を撫で下す紀貫之らが下船していく脇で、小次郎の乗る村雨ライガーが感極まって跳びだしていた。狭い船倉に閉じ込められ鬱積(うっせき)していたゾイド達の先頭を切ったのだ。村雨が落ち着いた頃を見計らい小次郎は操縦席から地上に降り立ち、揺れない足元を何度か踏み締めた。主人の背後では、同じように右前足で大地を踏み締める村雨ライガーの姿があった。

「ここが、ソラの都か」

 小次郎と村雨ライガーを迎えたのは、(そび)え立つアンカーターミナルの羅城門(らじょうもん)であった。

 

 軌道エレベーターを建設する際、その地上接続の基礎部分に設置されるのがアンカーターミナル、別名エアロステーション若しくはアースポートである。事前に衛星軌道上に射ち上げられ、後にジオステーションとして利用される所謂宇宙ステーションより蜘蛛の糸の如く垂らされたカーボンナノチューブ製のケーブルは、次第にその本数を増やし最終的にテーパー構造の束となる。

 ジオステーションは惑星の歳差運動やコリオリの力によってホーマン遷移軌道を描く為、地上施設設置には若干の“遊び”が必要となる。その為アンカーターミナルの当初の建設計画では、移動に便利な海上での浮動構造施設を建設する予定であった。北島南端の、赤道近くの海沿いにアンカーターミナルが建造されたのも、上記の理由に加え、赤道周辺の重力アシスト効果(=スリングショット効果)を狙ったためである。

 ところが、衛星軌道上のジオステーションよりケーブルを伸ばし始めて後、アンカーターミナルの浮動構造はジオステーション側の軌道修正を行うことにより、思いのほか移動をせずとも設置が可能と判り、急遽海上により近い陸地に建設されることとなった。陸上部に建築されることにより、ケーブルを上昇するクルーザーのビーミング推進装置に動力源を供給する極超短波発生装置も陸上に建設ができ、アンカーターミナル周辺ではそれら諸々の設備建設が進んでいた。

 ビーミング推進装置の周囲に幾つものジェネレーターが繁茂し、無数の光芒を放ちながら天空に向かうクルーザーに推進力を与えている。最下層に巨大な極超短波受信板を備えたクルーザーは、光の帯を纏いながら雲の果てのジオステーションに向け昇天していく。

 時折、バインドコンテナを装備した左右馬寮のザバットが、忙しげにクルーザーに搭載する物資を輸送していた。

 初めて見る都の賑わいに、小次郎は圧倒されるとともに、故郷を遠く離れた地に降り立ってしまったことを実感していた。

 風の匂いが違いすぎる。小次郎は、都の()えた臭いが耐えられなかった。

 人とゾイドの往来で雑然と賑わう朱雀大路には、物珍しげな品や真新しいゾイドの部品を売る市が無数に立つ。原色で彩られた華やかな空間であり、海を渡ってくる潮風は心地よいはずなのに、都の風は澱んでいて陰鬱なのだ。

 小次郎は、菅原景行(すがわらのかげゆき)から託された滝口の衛士(えじ)への推薦状と、小一条大臣と呼ばれる藤原忠平(ふじわらのただひら)という人物を訪ねるために、内裏の清涼殿に向かい大路を彷徨(さまよ)っていた。途中、物珍しい坂東のゾイドに無数の人だかりができる。都の主流は虎型であり、獅子型のゾイドは数少なく、更に碧い機体に金色の鬣を持つ村雨ライガーに至っては東方大陸でも希少であった。

「お若い方、珍しいゾイドに乗っておられるな。どちらへの御用向きか」

 正面から向かってきたコマンドウルフの風防が開き、衛士らしき舎人が人当たり良く声を掛ける。

「内裏に行こうと思うのだが。この大路を進めばよいのだろうか」

「慣れぬ都では誰でも迷うものだ。内裏であればこの先にある。真っ直ぐ進めば宜しい」

 小次郎はその時、衛士の目が一瞬狡猾な光を浮かべたことに気付くべきであった。

「かたじけない」

 一頻り礼を言うと、小次郎は風防を開いたまま、足元を横切る人の波を注視しつつ内裏に向け進んで行った。

(案外、温情ある者も多いではないか)

叔父良文より、ソラでは他人のゾイドを強奪する集団がいるとも聞いた。しかし小さな善意に触れ、小次郎は安堵していた。進むに連れ寂しくなっていくことに気付かずに。

 

「此処が、大内裏……?」

 小次郎は、呆然として立ち竦んだ。目の前に広がるのは荒廃した家屋だけだった。崩れ落ちた巨大な扁額には、『大極殿』、『豊楽殿』そして『紫宸(ししん)殿』の文字が残る。滝口は、残る清涼殿の(うしとら)の方角のはずだが、人気(ひとけ)すらない。

 景行の父、菅公の怨霊と呼ばれる落雷の被害は大きく、以来地上の広大な大内裏の制は廃れ、御所はジオステーションに移築され、清涼殿がアースポートに移動していたことを小次郎は知らされていなかった。廃墟同然となった回廊の随所に焼け焦げた痕が残る。よく見れば、火災で焼失したものではなく、銃創の如き黒い穴が無数に空いている。小規模な戦闘が行われたに違いない。小次郎は村雨ライガーと共に、罠に嵌められたことに気付き身構えた。

 瓦礫の奥で蠢く影がある。

 村雨ライガーの前後から三機のゾイドが跳び出した。

「何だ此奴等は」

 小型ブロックスゾイド、ウネンラギアが一斉に襲いかかった。搭乗席に人影はない。しかし、野良ゾイドの動きではない。連携して村雨ライガーの頭部風防のみに集中して襲いかかる。

 小次郎は瞬時に索敵した。表示板に一際大きな反応があった。

 崩れ落ちた紫宸殿の屋根の上、巨大な翼の様な角を広げた小豆色のブロックスが微弱な振動波を発して立っている。無人ブロックスを操るゾイド、ディアントラーと、その背後には見覚えのあるコマンドウルフが控えていた。

「おのれ、謀ったな!」

 小次郎の怒りは頂点に達した。善意に見せかけて廃墟に誘い込み、更には無人のゾイドに襲わせるなど坂東では有り得ない。

 狡猾な(はかりごと)を練って、村雨ライガーを奪い取ろうとしたその盗賊集団は大きな過ちを犯していた。坂東武者、平将門の逆鱗に触れてしまったからだ。

「肩慣らしには丁度いい。かかって来い。行くぞ村雨」

 ムラサメブレードが展開し、荒廃した大内裏に氷の刃を閃かせていた。

 

 


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