『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

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第六話

 上総の国府を発った古びたホバーカーゴは、江戸内海より相模、駿河を越え、一路ソラの都を目指していた。

 船縁に打ち寄せる波涛を眺めながら、小次郎は郷に残してきた母や弟達の寂しげな顔を思い浮かべていた。

「こじろう兄さま、行かないでください」

 家舟(えぶね)の民である染谷氏の手引きにより鎌輪の館の出立の時、末の弟八郎将種(まさたね)が泣きながら(すが)ってきた。南の陸奥(みちのく)で生まれたこの異母弟は、父良持の坂東下向と共に鎌輪で起居をしてきた。僅か数年の間であったが小次郎に良く懐き、拙いながらも武士(もののふ)の剣術などをして過ごしてきた。

 今回小次郎が都に上る事を聞き、陸奥の叔父の権介(ごんのすけ)伴有梁(とものありはり)は、是が非に八郎を女婿にと請いてきた。陸奥には八郎の実母が居り、幼き弟にとっては悪い話ではない。だが情も移ってきただけに、互いに別れは悲しかった。

「陸奥には母上がお待ちですぞ」

 宥める有梁の声も聞こえず泣き縋る。小次郎は八郎の小さな頭に掌を乗せ力強く諭した。

「ぬしは陸奥の国にて、我らが父良持の所領を継ぐ者。そんなことでは父が遺した(ブレード)ライガーを操ることは出来ぬぞ」

 途端に八郎は必死に嗚咽を呑み込んだ。やはりゾイドには乗りたいのだ。

「偉いぞ八郎。有梁殿、将種をお願いします」

「心得て御座いますお館様。弟君は必ずや健やかにお育てします。どうか御無事で都からお戻りください。我も吉報と共に必ずや再び坂東に下向するが故に」

 涙を拭い掃った八郎が見上げた。

「こじろう兄さま、お帰りまでに八郎は(ブレード)ライガーを乗りこなして見せまする」

「そうだ、それでこそ俺の弟だ」

 小次郎は泣き腫らした丸い頬を頻りに撫でてやった。

 母や弟が別れの寂しさと不安さを示すのに反し、良兼や良正の叔父達は形の上では悲しさを装うものの、その心中ではほくそ笑んでいることが判る。唯一人、村岡の良文だけが、門出を祝い凱龍輝で駆けつけていた。

「小次郎よ、都には太郎貞盛がいるが油断はするな。幼き頃より山野を共に駆け巡った従兄とはいえ、太郎もまた都に毒されているやもしれぬ。都は油断のならぬ土地、頼りになるのは己のみだ。村岡の叔父からの諫言、忘れるでないぞ」

 小次郎は、この叔父が嘗て父良持と共に母である犬養春枝の君を巡り兄弟で競い合ったことを知っていた。父亡き後、何かにつけ世話を焼いてくれるのも、全ては母への高潔な想いを抱き続けているということだとも。

 この叔父だけは信じられる。凱龍輝を率いてわざわざ相模の国から出向いている理由も、小次郎の去った後に国香や良兼が下総に攻め込むことを防ぐためである。

「弟達と、母上を宜しく頼みます」

 老成した相模の武士は、力強く頷くと九曜の紋の刻まれた護符を差し出した。

「持って行け。我が氏族に伝わる妙見の護符だ。北辰は星宮神、万一大事があれば妙見童子が救済に駆けつけるとの言い伝えがある。船路の安全を祈願しておる。

 小次郎、達者でな」

「ありがとうございます叔父上。行って参ります」

 鬼怒の水面に、凱龍輝の山吹色の集光板が輝いていた。染谷の家舟に搭載された村雨ライガーは、風防を閉じたまま上総の津に向かい旅立っていった。

 

 

 東方大陸は北島(ほくとう)南島(なんとう)に別れ、ソラの都は北島の南端、大津の宮に連なって位置する。

 坂東を含む南島が、北島の三倍の面積を持つにも拘らず(まつりごと)の中心が置かれなかったのは、(ひとえ)に中央大陸からの距離によるものである。北島はアクア海を隔てて中央大陸ヘリック国に連なり、マルガリータ海流の還流に乗ってデルポイからの訪問者を受け入れていた。第二の惑星大異変とも呼べる『神々の怒り』以降、荒廃したデルポイを捨てて渡来した中央大陸人が北島でいち早くコロニーを形成し、生活を開始した。官僚組織の形成に長けた彼らは、『神々の怒り』の混乱冷めやらぬ東方大陸にて済崩(なしくず)しの統治を始め、(たちま)ち全土を勢力下に治めてしまっていた。

 

 ホバーカーゴには、様々な人々が乗り合わせていた。定期的に南北の大陸を行き来する中、小次郎の如く大番(=都の警護職)のために上洛する者や商業の為に巡回する者、そして舎人(とねり)として地方に赴く者と下向する者など、坂東では聞きなれない方言で話す者達も多くいた。円筒状の格納庫にも、坂東では見慣れぬゾイドが多々積載されている。同行者のいない小次郎であったが、初めての船路と、初めて目にするゾイドの数々に、飽きることなく旅路を過ごしていた。

 船路も半ばを過ぎ、間もなく大津宮に近づく頃、小次郎はホバーカーゴの甲板に、使い込まれたタブレットが落ちているのに気が付いた。拾い上げ手に取って表面を返すと、そこには達筆な文字で持ち主と思われる名が刻まれている。

(土佐守・紀貫之?)

 幾分痩せぎすで内股気味な文人らしき人物が、頻りにタブレットに何かを綴っていいたのを思い出す。雅な仕草は男性でありながらも女性的な風采を醸し出す人物であった。恐らくは単に置き忘れているに違いない。小次郎は艇内に戻り、持ち主である人物を探すこととした。

「つかぬ事を伺う。紀貫之殿ですか」

 見知らぬ武士より突然名前を告げられ、当惑しているその人物に、小次郎はタブレットを差し出す。

「こちらは貴殿の物ではありませんか」

 それを手にした途端、貫之の顔に血の気が戻り、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。土佐への旅路に戯れに記していたこれを無くし、途方に暮れていた所でした」

 一頻り感謝の言葉を述べると、貫之は銭袋から金子(きんす)を差し出し、小次郎に掴ませようとする。

「多すぎます、受け取れませぬ」

 その金額は小次郎にとって分不相応の大金と思われ、受け取りを固辞した。それでも貫之は礼をしたいと懇願するので、止む無く招きによって夕餉に同席をすることとなった。

 

「見れば立派な坂東武者の出で立ち。内裏への参内で御座いますか」

 小次郎は簡単に都への出立の経過を説明した。勿論、彩への淡い想いを語ることもなく。

「坂東出身で有れば御存知あるまいが、実はこの航路は、近年危ういものになりつつある」

 初耳であった。村岡の叔父でさえ伝えてくれなかったことから、ごく最近の出来事なのだろう。

「瀬戸の内海に入り、伊予から讃岐の域にて、ウォディック、ブラキオス、ハンマーヘッドにシンカーなどの水中戦用ゾイドを具した海賊が跋扈(ばっこ)しているのです」

「海賊ですか」

 小次郎も香取淡海(かとりのあわうみ)では、湖上に巣食う湖賊達とゾイド戦を交えたことはある。だが弱小なフロレシオスやアクアドンは、所詮村雨ライガーやケーニッヒウルフの相手ではなく、利根に勢力を張る染谷の民の協力も得て、それらは容易に鎮圧できていた。

「一時期、私の同族に当たる紀淑人(きのよしと)が伊予守となり鎮撫したものの、その後備前に受領の藤原子高(ふじわらのたねだか)が就くとまたぞろ騒ぎ出しました。

 都への船便も度々襲撃され被害を受けており、追捕使の派遣を待っているのですが、このホバーカーゴは警護の無い謂わば丸腰。いやはや全く物騒な話です」

 瀬戸の内海(うちうみ)の上、無言で見据える小次郎を前に、貫之は己の不安を共有せんとばかりに言葉を継いだ。

「海賊の頭目の名は藤原純友と申す。元の伊予掾(いよのじょう)にあった、国の乱人です」

藤原純友(ふじわらのすみとも)

 平将門は、その時初めて藤原純友の名を耳にしたのであった。

 

 


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