『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

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第参話

 二日をおいた後、転機が訪れた。

 小次郎は、家人(けにん)と共に村雨ライガーにこびり付いた泥を落としつつ、ムラサメブレードの刃毀れの吟味中であった。

 上空に時ならぬ疾風が吹き渡る。見上げれば、灰白色の機体に黄色い眼光を灯した(ふくろう)型ゾイドが舞っている。旋回の様子から鎌輪の館への降下を求めているらしい。

 矢倉の上で着陸許可を示す(はたぼこ)が降られる。反発磁気(マグネッサーシステム)の砂塵を纏い、ナイトワイズが屋敷の馬場に着地した。小型ブロックスゾイドは、脚部を曲げ翼を両手の様にして身を屈め、背部の操縦席の傾きを最小にした。

 機体背部の風防越しに、窮屈そうに操縦席に収まる文官が見て取れる。風防を開き、尾翼の端に手を掛け足元の高さを確認し、搭乗者がやっと操縦席から降り立った。

「拙宅より遠いためにゾイドを使ったのだが、どうも飛行は苦手だ。第一ブロックスは乗り心地が悪くて適わん」

 不平を漏らしつつ、被った烏帽子(えぼし)を両手で直す。

景行(かげゆき)公、今日はどの様な御用向きで」

 額の汗を拭いながら、半身諸肌を脱いだ小次郎が、日中故に機動性の鈍る小型ブロックスを見上げた。

 菅原景行は遠く始祖に地球からの渡来人の血を受け継ぎ、多くの知識を蓄えた文人である。ソラに厳然たる権勢を誇る藤原一族の陰謀に巻き込まれ、父の道真(みちざね)が北を望む大宰府の地で息絶えたのが凡そ(30)年の昔。その後、相次ぐ藤原一族の不穏な死や、清涼殿への落雷など不吉な出来事が相次いだ。為政者に於いては素より「祟りだ、怨霊だ」と信じる訳もない。だが何かと(まつりごと)への不満を述べたい下衆な輩にとって、一連の藤原への災厄は絶好の話題の種を提供してしまった。巷には菅公の怨霊の噂が飛び交い、摂関家への批判が高まる。拠り所の無い批判に業を煮やしたソラでは、止む無く道真の雪冤(せつえん)を行い、子息である景行や飛騨権掾(ひだのごんじょう)に左遷された菅原兼茂(かねしげ)を呼び戻し、御霊会(ごりょうえ)を行い怨霊への鎮撫を試みる。

 そうした経緯で罪を赦され上洛を認められたものの、坂東が気に入ってしまった景行は都に上ることを好まず、下総の地に於いて悠々自適の学者生活を営んでいた。そんな文人に学問を習わぬ道理はない。(かね)てより勉学に勤しんでいた大葦原(おおあしはら)四郎将平が師事を願うのは自然な成り行きであった。

「本日は折り入って相談したき義があってお伺いした。単刀直入に申そう。ソラの都での仕官についてである」

 仕官という言葉に、小次郎は動揺した。

「昨日拙宅に学びに来た将平殿より伺い申した。愚生も小次郎殿の所作については思う所が在る。

 幸い、ソラの藤原忠平(ただひら)公は父道真の代より我が菅原家とも縁が深い。丁度滝口の衛士(えじ)として任に当たるべき人材を探されていた折、将門殿なら適任と察するのだが、如何様かな」

 突然の申し入れと、更には滝口という聞き覚えがない職にも戸惑い、暫し返答に詰まる。

「思案するのも無理もなかろう。滝口は内裏の鬼門を護る武勇に優れた武者を揃える場所、近頃は都も物騒なのだ。小一条(=藤原忠平)様ならば、将門殿の父良持公を鎮守府将軍に任ぜられた繋がりもある。千載一遇の機会ではなかろうか」

 国香達のように悪意をもって進言しているのではなく、純粋に善意から小次郎への仕官話を進めようとしていることは受け取れた。

 ソラは、厳然として天上に(そび)えている。坂東の地に於いてもその権威を排除することはできない。官職の滝口の衛士という任は、無骨な彼に適役であるとも思われる。

 だが、館はどうする。成長したとはいえ、まだ三郎達に館を任せるのは不安である。沈黙は相手に不信の情を抱かせる。朴訥として、小次郎は素直に気持ちを告げた。

「私めの懸念を申しあげたい」

 村雨ライガーを磨く手を止めて、景行を見据える。

「先の宴に於いても、石田の伯父(=国香)を初めとして、都での仕官を盛んに薦められました。しかし、良正叔父の仕種に顕れる様に、叔父達は明らかに下総の地を蚕食しようと(はかりごと)を巡らしています。

 均田の制度が崩れて久しく、有力貴族への寄進が行われ、次第に地方にも荘が広がり始めている。今私が鎌輪を離れれば、必ずや父良持より受け継いだ土地は奪われましょう。血族とはいえ、土地を巡る対立は常に骨肉の争いの体を成し、決して予断を許しませぬ。

 これらが杞憂であれば良いのですが、景行公であればどの様にお考えであられようか。忌憚なき意見をお聞きしたい」

 武家の棟梁として責を負う者の、当然の疑義であった。

 

「誠に不躾な建言を申し上げた」

 景行は一度ナイトワイズを見上げ、続いて村雨ライガーを見上げた。

「滝口と都での混乱の様子から、真っ先に貴君の事が思い浮かんだのだ。武家の事情に思い至らなかったことを許されよ。

 話は無理に進める必要はない。武士にとってはゾイドと所領こそが大事。この件、もし気乗りしたならば、再度お声がけされれば良い」

 小次郎は鄭重に返礼をし、自然、仕官の話は持越しの流れに移っていく。

 

 小次郎と景行の間の沈黙を破ったのは、図らずもまたゾイドであった。

「ランスタッグの群れ、あれは鹿島の玄明(はるあき)ではないか」

 景行の仰ぎ見る彼方に、常陸鹿島を中心に根城を張る豪族、藤原玄明率いる鹿型ゾイドの軍団が現れる。粗野な振舞いも多いが小次郎とは妙に馬が合い、野駆けなど度々鎌輪に訪れ、日長過すことも度々あった。

「どうもあの手の輩は苦手だ。将門殿、今日は早々に失礼させて頂く」

 小次郎が引き留めることも待たず、景行はいそいそと帰り支度を整える。出力の上がりきらないナイトワイズがよろよろと浮上し、代わってランスタッグの(いなな)きが、鎌輪の館に接近していた。

 

 


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