『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

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第弐話

 回忌の宴には、高望王(たかもちおう)を始祖とする一族の(おさ)達が集まっていた。座の最高位に当たるのは長兄にして小次郎の伯父、常陸の大掾(だいじょう)を務める平国香(くにか)であった。

「今宵の回忌は滞りなく進んだようだな」

 盃を手にしながら、下総の甥に(ねぎら)いの言葉を掛ける。

「良持が急な病により身罷(みまか)ってから早三年、本来の嫡子となるべき長兄の太郎将弘(まさひろ)も没して久しい。ただ、小次郎がここまで立派に回忌の儀を(もてな)すことができたのだ。犬養の義姉(あね)君、そして亡き弟良持も、さぞ満足したであろう」

 国香は上機嫌である。常陸伯父は、同国石田の荘の中心にして国府石岡周辺を有し、坂東では嵯峨源氏の源護(みなもとのまもる)に次ぐ勢力を誇っている。レッドホーンを中心に編制された部隊は、グランチュラを率いる土蜘蛛の残党と思しき群盗を討伐し、将門の父良持亡き後もその地位を継いで長く受領(ずりょう)として任じられていた。

「時に小次郎、お前は何時(いつ)まで下総に引き篭もっているつもりなのだ」

 国香の謂わんとする事は察していたが、こうまで早々に切り出されるとは(いささ)か面喰った。判っていた。二年前に上洛した国香の嫡子、太郎貞盛(さだもり)の事である。

「太郎は昨年ソラに昇り、都を警護するゾイドの御厨(みくり)を管理する左馬充(さまのじょう)の位を授かった。加えて地上のジェネレーターからレッゲルをソラに運ぶザバットの運用も行っておる」

 小次郎の従兄平貞盛は、年齢が近い事もあり、幼少期より筑波の峰を仰ぎ共にゾイドを競わせた仲であった。だが太郎は元服後間も無く上洛し、ソラに於いて厳然とした権力を有する藤原北家に召し抱えられていた。未だに軌道エレベーターの建設が続くソラシティーでは、燃料を含め資材の殆どを地上に依存しており、ジェネレーターの設置の見返りに地方に置かれた国司を通じ、レッゲル等の貢物を大量に調達し続けていた。

「いつまでも坂東で田舎暮らしを捨て置く場合ではあるまいて。お前の父の鎮守府将軍の位階とまではいかずとも、せめて押領使(おうりょうし)、後々には関州の検非違使(けびいし)職程度は得ておくべきではないのか」

「国香兄上、左程急かさずとも好いではありませぬか」

 折を見計らい、相模村岡の叔父平良文(たいらのよしぶみ)が酒を携え国香のもとにやってくる。

「小次郎が鎌輪を離れれば、将頼、将平などの年若き者のみとなります。犬養の義姉君も嫡男に発たれては心細いでしょう。仕官の儀は暫く様子を見てからでも宜しいではないですか」

 良持と母を同じくする良文は凱龍輝を操り、安房から相模にかけての領地を持つ。良文は筑波に広がる八幡菩薩信仰に対し、自らは太極(ポラリス)の妙見信仰を行い、天上の太白(たいはく)北斗の星を崇めていた。信仰する神の違いが、国香達との距離を置く理由ともなり、疎外されがちな下総の甥たちに便宜を図ってくれていた。

「良文、よもや兄上に意見しようとは思わなんだぞ」

 幾分酒が入り高揚したのか、或いは生来のものなのか、常陸に寄宿している叔父平良正(よしまさ)が口を挟んだ。

 アイスブレーザーを駆る一番若い叔父は、自らの知行が少なく、良持の死後(しき)りに下総への侵入を繰り返していた。

「小次郎、貴様は国香兄者の意見が聞けんのか、そして他の者どもも!」

 良正は小次郎と共に奉迎に努める三郎や四郎を睥睨し、盃を地面に叩き付ける。

 いつものことだ。小次郎はこの若い叔父の仕種に心底辟易していた。

「止めぬか良正。回忌の席であることを忘れたか。お前はいつも粗暴でいかん」

 見かねた叔父平良兼(よしかね)が良正を宥める。上総(かずさ)(すけ)であり上野(こうづけ)にも広大な所領を持つ良兼は、ダークホーンを主力とした精強な軍団を所有し、国香と同等の力を持っていた。碓井の関を越えんとする夜斗(やと)が率いるブロックスを鎮圧可能な兵力を持つ良兼の諫言に、さすがに良正も黙り込み、渋い表情のまま己の座に戻って行った。良兼は小次郎の盃に酒を注ぎつつ話を継ぐ。

「のう小次郎よ。兄上の申すことも一理あるとは思わぬか。

 確かにこの広く未開の坂東では、ゾイドを操る腕は必要だ。香取の海付近より産ずるリーオの(たたら)も、貢物としては貴重だろう。

 しかしいつまでの地上に這いつくばっていては世界は開けぬ。儂の倅の公雅(きみまさ)公連(きみつら)はまだ元服前ゆえ上洛させるわけにもいかぬが、(いず)れは太郎貞盛殿と同じ道を歩むことになるであろう。長女良子(よしこ)は坂東で暮らせば良いとして、お前は良子より年上、元服も済ませておる。太郎殿の様にこの機会にソラに昇ってもよいのではないか」

 無言で聞いていた小次郎が、(おもむろ)に告げた。

「伯父上様達の有り難き進言、誠にもって心に沁み渡りました。仕官の件については、追って母上とも相談の後、お返事(つかまつ)ります。さすれば常陸の伯父上、太郎は元気なのですか」

 口下手な若武者の、精一杯の口上であった。伯父達の魂胆があからさまにわかる故に、どの様にこの場を収めるか思案した上での返答であったのだ。自慢の息子の事に触れられ、国香は途端に眉目を綻ばせる。

「しっかりやっておるよ。ただ、都への進物が重なってのう。(さと)ではリーオとレッゲルを集めるのに大童(おおわらわ)じゃよ」

 不平とも、自慢とも取れる初老の伯父の言葉に、阿諛(あゆ)とも迎合とも取れる笑いで座は満たされた。話題の中心であった小次郎はしかし、身を固くして成り行きを見守っていた。

 伯父達の動きに警戒しない訳にはいかない。ただ、ソラの都での官職を得られなければ、いつまでも所領の収穫を天井人に搾取され続けるだけだ。せめて(すけ)の位を得て、父が(ひら)いた所領を残したいとの思いは確かにあった。

 今、ソラの都には太郎貞盛がいる。小次郎にとってとても心強いことだ。時宜を逃せば仕官の道は永遠に閉ざされるかもしれない。

 若武者は、燃え上がる篝火と炎に浮かび上がる村雨ライガーを、代わる代わる見つめるのであった。

 


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