『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

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第拾話

 喧騒に包まれる都の市には目もくれず、藤原純友は唾棄すべき為政者の怠惰を目の当たりにしていた。

 アースポートの奥、アクア海に面した海面に、無数のゾイドの残骸が遺棄されている。バリゲーター、モサスレッジ、カノンダイバー、ブラキオス。どの機体にも一様に赤い斑点状の膿疱(のうほう)が発しており、生きてはいても機能障害を起し小刻みに震えている。

 この時、金属生命体として生きるゾイドにとって、ゾイドウィルスと呼ばれる恐るべき存在が猛威を振るっていた。ウィルスと言っても蛋白質などで形成されたものではなく、一種のコンピューターウィルスである。一説では、嘗て中央大陸や暗黒大陸で繰り広げられた戦争の過程で生み出されたもので、東方大陸との交易がはじまり、中央大陸から陸揚げされたゾイドのメモリーに紛れ込んでいたのではないかと言われている。

 惑星の土壌に無限に存在する珪素を媒体としてゾイドを構成する金属組織に侵入し増殖、ゾイドコアに感染後はゾイドの代謝を異様に高めた末に、表皮部分に無数の赤い斑点と水疱を()み、暴走状態に陥らせた後に死に至らせる。

 初期ヘリック国製ゾイドに見られる装甲板の無い機体であれば感染は容易に見つかるが、ゼネバス国、及び装甲板に覆われた後期開発ゾイドの場合、いつの間にか装甲の下に水疱が広がり、気付いた時には潤滑油混じりの赤黒い膿を滴らせ、高熱を発しながら暴走状態になり狂い死にする。ヒトへの伝染は確認されていないが、ゾイドを失うことは民にとって死活問題であった。対策は、ワクチンプログラムをシステムにインストールするだけで解決できるが、厄介なのは、このウィルスも投入されたワクチンプログラムに応じて微妙に変化する為、その度毎にデータを書き換えなければならないことだった。

 ソラの技術力を以てすれば至極簡単な作業であり、現にソラのゾイドはウィルスに感染することなく稼働している。問題は、庶民のゾイドへのインストール作業であった。

 ソラは、表向きは無償でワクチンデータを提供していたが、国司達は公廨(くがい)(政府の貸し付け)代としてレッゲルを要求し、利子を課して膨大な利益をせしめていた。本来これを取り締まるべき押領使も、国司から横流しされ権益を受け取って私腹を肥やしたため取り締まりは徹底されず、その皺寄せが民へと伸し掛る。

 毎年この時期になると、レッゲルを払えず瀕死の状態に陥った庶民のゾイドが、海岸に廃棄され打ち捨てられていた。苦楽を共にし、班田を耕してきた家族と言えるゾイドを、暴走を恐れ血を吐く様な思いで遺棄する様は痛々しい光景だった。

 

 いつの間にか純友の隣に現れた老人が、右手を額に翳し残骸の群れを眺めていた。

恒利(つねとし)、貴様はまたこれで儲ける魂胆だな」

「疾うに遺棄された機体でありまする。強雇(ごうこ)してまで運漕を図る奴らがいるのですから、それに比べれば遥かにましというもの。純友殿とて、左程変わりはせぬものを」

 藤原恒利は、老人特有の乾いた嗤いをする。

「相変わらず鼻につく物言いだな」

「性分で御座います……。お、来ましたな」

 波涛が逆巻き、寂しげな海面を割って鯨型ゾイドが出現する。漆黒の機体には表皮に電波吸収材が塗布されており、開いた巨大な口で遺棄されたゾイド群を海水ごと次々と呑み込んで行く。

「宜しいのですか。また備前介(びぜんのすけ)藤原子高(ふじわらのたねだか)播磨介(はりまのすけ)の島田惟幹(これみき)辺りが騒ぎ出しますぞ」

「奴らは動けぬ。何れ鴻臚館(こうろかん)での借りは返してやる」

「デルポイ貿易は儲かりますからな」

 余計な事は言うな、という表情に、藤原恒利(ふじわらのつねとし)は大袈裟に身を竦めると、再び消えていった。

(かしら)、仕事は終わりました。日振島(ひぶりじま)に引き揚げます〟

 純友の腰に付けた通信機が、必要以上に大きな音声で響いた。音量を間違えたのではなく、発声の主が大声なのだ。小振りのディスプレイには<藤原文元(ふじわらのふみもと)>と表示されている。

文元(ふみもと)、俺も直ぐ行く。待っておれ」

 純友が海に向かい「ほう」と一際呼び声を挙げると、目の前の海面にホエールキングと同様の漆黒のゾイドが浮上した。

 古代魚ユースノプテロンを思わせる様に四つの鰭を器用に動かし、黒いウォディックが磯に乗り上げた。

 開いた操縦席より身を滑り込ませ、純友は軌道エレベーターを睨み付ける。

「ソラよ、いつまでも天上界に浮かんでいられると思うな」

 砕ける波涛に掻き消されるように、海賊衆の首魁、藤原純友は水面(みなも)の底へと去って行った。

 

 

               第一部「ソラの都」了

 


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