『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第一部「ソラの都」   作:城元太

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第壱話

『神々の怒り』。先の大異変がそう呼ばれたことも、誰の記憶からも薄れつつある。

 悲しみに打ち沈んだ人々の顔に微笑みが甦り、引き裂かれた大地に再び草花の芽が萌え出でた。

 この惑星の東の大地、力強く、人と大地とゾイドが繋がった世界に、新たな創世記(ジェネシス)が始まっていた。

 

 遠く春霞に(けぶ)る筑波の峰の麓に、大地を踏みしめ駆け抜ける一つのゾイドがあった。

 新緑に映える碧い機体、春の息吹に応え金色の(たてがみ)が風に(なび)く。背負った太刀に朝露を纏い、(しずく)となって飛び散って行く。

 何処の誰が名付けたか知らぬ。人はそう呼ぶ、〝村雨ライガー〟と。

 父のその父の、そのまた父の代より呼ばれてきた。確かな事は、ゾイドが今ここで(はし)っているということだけだ。

 風防の隙間から流れ込む風が、操縦席に座る若武者の頬を撫でていく。

「ゆくぞ、村雨」

 操るゾイドに語りかけ、機体(かかと)のターンピックを作動させる。大地を穿(うが)ち左前脚を軸にして急回転、背負った太刀〝ムラサメブレード〟を展開する。

 白刃(はくじん)(きら)めきは新緑を映し、無数の光を乱反射させた。刃の水滴が光る。一斉に残り三肢のターンピックが作動し、機体は半回転をしてピタリと静止した。

 鋼鉄の獅子が咆哮する。金属生命体の放つ命の喜びを精一杯讃え、周囲に雄叫びを轟かせた。若武者は額に汗を光らせ、風防を目一杯に開いた。彼の瞳が語っている。

 

 俺はこの大地が好きだ。

 俺はこの星が好きだ。

 俺はここに生きている。

 

 若武者の見据える先、青い筑波の山肌が浮き上がっていた。

 

 風防を開いたまま、村雨が悠然と歩いて行く。

 見渡す限りの地平に青々と繁った水田が広がり、苗の隙間の水面に真上の太陽が煌めく。

 豊かな大地だ。今年も豊作であるように。

 畝の列から、百姓仕事の合間に顔を見上げる。

「小次郎様、本日はどちらへの野駆けで」

「おう、常羽御厩(いくはのみまや)まで行ってきた」

 鎌を片手に下草を刈る百姓が問いかける。

「村雨ライガーが泥だらけではありませぬか」

「ちと信太(した)流海(ながれうみ)(はま)ってしまったのだ。(やかた)に帰ったらすぐに洗ってやらねばな」

「御精が出ます。今宵は回忌の夜、夕刻には館に出向きますので、その折改めて御挨拶します」

「留次郎、皆も待っておるぞ」

 操作盤に片膝をついて伸びあがると、再び彼は操縦席に身を任せた。

 ゾイドは生きている。村雨ライガーの気性は概ね穏やかだが、機嫌が良い時もあれば悪い時もある。どんなに(なだ)め賺してみても、拗ねて風防を開かないこともある。父が陸奥で奮戦した時には、猛り狂って敵を蹴散らし、獰猛な野獣の本能を曝け出したこともあるそうだ。

 それでいい。俺は根っからのゾイド乗りだ。これからも、このゾイドと共に歩もうぞ。

 草原を渡る新緑の香を感じつつ、小次郎は村雨ライガーを進めて行った。

 

 春霞の向こう側に鎌輪(かまわ)の館が見えてくる。村雨ライガーは自ら帰る場所を知っているのだ。板塀と土塁の向こう側から炊事の紫煙が棚引いている。屋敷の馬場では御厨(みくりや)三郎将頼(まさより)が、盛んに王狼ケーニッヒウルフのスナイパーライフルの試射をしているのが望まれた。矢倉(やぐら)門を(くぐ)り、曲がり家に村雨が向かう頃には、三郎が騎射を終えた王狼の操縦席から立ち上がり頭を下げていた。

「兄上、お帰りなさいませ」

 今はこの鎌輪の館の当主である以上、例え兄弟であっても最大の礼を尽くすのが習いである。五郎将文(まさぶみ)、六郎将武(まさたけ)、七郎将為(まさため)、そして未だ幼い八郎将種(まさたね)ら舎弟達も一斉に館から飛び出し小次郎を出迎える。その内小次郎は一人足りない弟に気付いた。

「四郎はどうした」

将平(まさひら)はまた勉学です。景行(かげゆき)公の所に通うようになったはいいが、あれでは坂東武者の務めは果たせませぬ。少し日の光の下に引き出さなければ」

「良いではないか。将平は俺達と違って頭がいいのだ」

 三郎を宥め、小次郎は高らかに笑っていた。

 

「小次郎、帰ったのか」

 館の奥より声がする。笑い声を聞き付けたのであろう。

「母上、御厩よりただいま帰りました。僦馬(しゅうま)の党は見当たりませんでした」

「それは良いことでした。それにしてもまあ、村雨が泥だらけではないか」

 微笑む母に、若武者も笑顔を浮かべる。

「今宵は父君の忌の儀を行うのであろう。礼を失せぬよう、夕刻までに村雨をきっちり仕上げておくれ」

「心得ました」

 父が他界し季節は既に三度目の初夏を迎え、光陰の如き月日の速さを感じる。

 今宵は長くなりそうだ。

 惣領としての責務の重さを、小次郎は改めて噛みしめていた。

 

 夕刻、篝火(かがりび)が赤々と燃え上がり、人々の姿を浮かび上がらせる。炎を囲んで数人の娼妓(しょうぎ)が舞い踊る。遠く筑波山の天辺に、明るい満月が一つかかった。

「先の鎮守府将軍良持(よしもち)の次男、此方へ」

 祝詞(のりと)の響く中、若武者が呼び上げられた。

「嫡子たる者、その名を八幡大菩薩の御前にて名乗られよ」

 篝火に照らされ、堂々たる体躯の武者が立ち上がる。

 宴の最中だ、恥をかく訳には行かぬ。

 深く呼吸を整える。背後には、前肢を立て後肢を畳み、宴を見守るように村雨ライガーと王狼ケーニッヒウルフが控える。

 若武者は、一際高く名乗りを上げた。

「我が名は平将門(たいらのまさかど)。又の名を相馬小次郎(そうまのこじろう)将門。この惑星Ziの東方大陸、坂東の住人にて、今は亡き父平良持(たいらのよしもち)の嫡男なり。

 今宵は父の回忌である。皆の者、父の残したこの村雨ライガーと共に、存分に父の供養を行ってくれ」

 歓声が沸き上がる。篝火の炎が、星空に届くかのように燃え上がった。

 


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